酷暑のオフ話

ページ名:酷暑のオフ話

酷暑のオフ話
作:狐々亜


タイトル通りです。時間軸は適当





 某年某日。6月を迎えたばかりだというのにこの国はもう30度を超える真夏日を記録した。
烈日に照らされ湯気の上がるアスファルトを眺める、次のバスはもうじき来るはずだ。
白いビニル袋を腕に提げながらパスカードを用意する、独特の駆動音を鳴り響かせた箱が目の前に停まる。
ICカードを手短に通すとうだるような暑さから逃れるようにシート座る、窓の上辺からロール式のカーテンを降ろすとスマホを立ち上げた。
マップアプリとバスの時刻表を眺めながら欠伸を掻く。



そもそものきっかけは一件のメールだった。
 件名:頼みたい事が一つ
送り主は黒羽部長――社宅でのびのびとした寸暇を久々に味わっていた時に来たので送り主を視た途端に開けるのを躊躇した。
「えぇ……、うーん」
時計を確認する。現在時刻は午後3時、こちらとあちらでは時差もスケールも微妙に違う。
世界時計で彼らの世界の時刻を見る。幸いあちらはまだ午前中だそうだ。
頼み事の内容は買い出しをしてきてくれないかというもの。季節外れの猛暑によって区画の電力供給が間に合わなくなったそうだ。
冷蔵庫の中腐らしたんじゃないだろうなぁ……でも、部長の冷蔵庫は小さめだからまぁまだいいか。なんて思いつつ身支度を済ませ自室を後にした。


 とりあえず買ってきたのは、アイス・飲み物・あとは適当なレトルトと野菜だ。これだけあれば十分だろう。
ドライアイスが融け切らないうちにさっさと彼らの元に向かうことにする。獣人なので熱にはあまり強くはないが脚には自身がある方だった。
なるべく日陰を選びながらアパート前まで来る。
完全防音、耐臭構造という清廉なその住処は間違いなく家賃はとてもじゃないが自分には手を出せない域のそれだろう。
エントランスを抜けエレベータへ乗り目的の階を押す。降りるときにすれ違った和服の狐少年に軽く会釈をしながら廊下を進む。
よりによって一番端なのだ。これ以上表面上の挨拶を交わすのも面倒なので自然に歩は速くなる。


 インターホンを押す、返事はない。もう一度。返事はない。
面倒ながらスリープを解こうとスマホに手を掛けた時にボタンを押すより先に画面が点灯し振動する。
……メールを打つのも面倒になったのだろうか。電話を取った。
「わざわざごめんねぇ、鍵は開いてるからそのまま入っちゃって」
お気楽そうな、しかしいつもより弱い声に聞きながらノブを回し開け放つ。向こう奥から、入ったら鍵閉めてねーーという声が聞こえる。
指示どうりに鍵のつまみを回しリビングへ。
「いやぁ、本当に済まないね」
「うわぁ……、何時にもなく気が抜けますね」
川の字で寝そべる黒いの三匹。一匹はセーフ裸族、一匹は着物をはだけさせ髪を水に濡らしている。最後のは……長袖のは死んだように撃沈してた。
「とりあえずアイスを出して。冷蔵庫のがまだ一個生き残ってたからオレはそれでいい、お前は適当に好きなのとっとけ功労者」
前髪を垂らしながら幽鬼のように起き上がったそれと目が合った。
全身純黒の小さな体躯が脇をすり抜けるように動く。降ろされた髪から覗かせた目は同じ赤でも深い色合いの黒羽部長とは対称的に動脈血のように鮮やかだ。
数年前、部長に引き取られた狐獣人の兄弟。彼はその兄で現在は同じ株式会社SOUSAKUの別部署で働いている。
「あ、そうだ。アイス、ビンちゃん最初に選んでいいよーー」
「わーーー、本当?ビン選んでいいの?」
いいよーー、と目を細めて笑う部長を視認するともう一人のビンと呼ばれた少年が駆け寄ってくる。さっきまでぐったりとしていたのがまるで嘘のようだ。
残りのアイスの片方を黒羽部長に手渡す。


 着物の袖がズレて腕が見える、夏毛だからだろうか前に見た時よりも若干細くなっているように見える。
袖のせいでうまくスプーンの包装が剥がせない彼から一時的にそれを借りる。
「部長、また痩せたんじゃないんですか?」
「いやぁ、まさか。健康診断にも引っかかってないよーー」
ええ……本当だろうか、どうにも怪しい。営業部時代は外食の機会が多かった為そこそこ肉は有ったのだが工芸部始めてからは着実に減っていってるのだ。
胡坐を掻いていたらいつの間にか膝の上に座っているビンにスプーンを渡し自分の分の包装も裂く。
「いんや、確実に減ってるぜ。クロが料理当番の時は"夏場は暑いから火は避けよう"だとか何かと理由付けて肉料理回避しようと藻掻いてるからな」
「……部長?」
「や、だっておじさん薬食いは嫌なんだよ。僕はあくまでか弱い黒羽おじさんだから肉なんて別に魚介とか大豆類で賄えるだろう?」
ビンがアイスを零していないか目を配りながらこの人をどうしたら平均的な体型に戻せるかを考える。
変化で少年からおっさんまで姿かたちを自由にできる為周りにはバレにくいがそれなりに長い間彼に付いてきたらわかる。マスダの証言もあるのでやはりまた痩せたのだろう。
そういえば前に健康診断で測ったBMIは確か19だとか言ってた気がする、これ以上数値が下がるのはよろしくないしできれば避けたい。
後でマスダにメールでもして対応しよう。本人はビンを見る人が増えたのでシャワーに行ってしまっている。


 「んー、お兄さん。ごわごわしてそれビンや、なんだけどーー」
ビンの口元に付いたチョコアイスを拭ってやっている。彼本人はこの所業が早く終わってほしいのと考え事で揺れる俺の尻尾を触りたいらしく袖をぶんぶん振っている、もちろん届かない。
「俺の尻尾そんなに触って楽しいかい?そこのおじさんの方が毛艶とかめっちゃいいからいいと思うんだけどなぁ。毛に関してはそこらの女性社員より女子力あるし」
部長は尾にまで天使の輪のように光沢が入ったそれをふさり、と揺らして誘っているが誘われたビンは彼の方をそもそも見ていなかった。
「そういえばマスダ君の尻尾はどうなんだい?」
「えーー、だってお兄ちゃんの尻尾ぽろぽろしてて掴んでもビン楽しくない……」
そっかぁ……、と苦笑いしている部長とアイコンタクトを交わす。
「ははは……ビンくん。それお兄ちゃんには行ったらダメだよ?」
「????」
マスダがちょうどシャワーに行っていてよかった。注意された当人はどういうことを言ってるのだろう、とこちらとそちらを交互に見ていた。

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