飴ちゃん
作:秋月
黒羽部長に餌付けされている縁のお話。 何気ない日常の一コマ。
紺の布地に麻の葉文様が入った巾着袋からブドウ糖のタブレットを取り出すと包装フィルムを剥がし口に含んだ黒羽は書類のデータ入力を再開する。
視線を感じ顔を上げると、黒羽の手元付近に置いてある巾着袋を見て、目を輝かせながら尻尾をふる、ゴーグルを額当てのように付け白衣を羽織った雀茶色の狼獣人と目が合った。
巾着袋を左手に持ち左右に振ると真似をする様に彼女も顔を振る。
「縁くん……お手」
戯れに黒羽は自身の右手を縁に差し伸べた。
迷うことなく彼女は黒羽の手のひらの上に自身の右手を乗せる。
「おかわり、お座り」
指示された通りに縁は行動する。
「はい、ご苦労さま。飴ちゃんあげるねえ、ブドウ糖と蜂蜜飴どっちが良いかな?」
個包装されたブドウ糖と蜂蜜飴を取り出すと黒羽は人の良い笑顔を浮かべつつ問う。
「やったー!!蜂蜜飴が良いです」
お座りの姿勢を止め、立ち上がると縁は両手を挙げて万歳ポーズを取った。
「飴ちゃん食べたら作業再開しようね」
「分かりましたー!」
激しく尻尾を振りながら個包装された飴を受け取ると嬉しそうに自分の席に戻って行った。
「部下に芸を仕込んで犬扱いするのやめてください……」
黒羽と縁の応酬を横目で見ていた白澤は深くため息をつく。
「えー、古鐵くんもこの間やってたよ?縁くんの鼻先にクッキー置いて鼻パクさせていたのをボクは見たよ」
口を尖らせ拗ねた子供の様な態度を取る黒羽の様子を彼は見なかった事にした。
「本当ですか、古鐵さん」
話を振り、古鐵の方を見た白澤は後悔する。黒檀の芯材に小刀を当てたまま固まる、仁王像の如く鬼気迫る形相をした古鐡がいた。
「そうだけど……何か、文句でもあるの?」
地を這うような低い声で彼女は返答する。
「あ……、ごめんなさい。何でもないです……」
作業妨害されたせいで視線だけで人を殺せそうな殺気を放ちながら睨み付ける古鐵から目を逸らし白澤は小声で謝る。
「古鐵くん、中断させてごめんねー。作業再開して大丈夫だよぉ」
殺気を撒き散らす古鐡と怯える白澤を見て、気にする様子もなくヘラヘラ笑いながら両手を上げ降参のポーズをとる黒羽。 黒羽と白澤を交互に見た後、顔を顰めると古鐵は作業に戻った。
fin.