酔っ払いとくだ話
作:秋月
やけ酒を飲んでいる白澤君とそれに付き合う黒羽部長のお話。 酔っぱらい達が喋っているだけ。
ここ1週間程、白澤くんの様子がおかしい。縁くんの度重なる奇行にも全く反応を示さない。今日は作業に行き詰まった縁くんが機嫌が良いセキセイインコの行動を彷彿とさせるような謎の動きをしながら某求人情報の歌を熱唱していた。 いつもならば白澤くんがハリセンを持って止めに入るけれど、机に向かい死んだ魚のような目で作業を行っており全く動かず……。最終的に隣で作業していた古鐡くんが怒って「ふりかけ、ハウス!!」と叫んでいた。
工芸部は白澤くん以外いつも通りだ。
原因は分かっていてあえて放置していたけれど、そろそろ手を打つべきだろう。
私用の携帯を取り出し、メール画面を開き
”マスダくんへ
今日は用事があるので帰りが遅くなります。
夕飯はいりません。
黒羽”
手早く簡潔に文面を打つとマスダくんへメールを送った。
* * *
仕事終わりの白澤に声をかけると黒羽は馴染みの居酒屋に向かった。
暖簾を潜り、空いていたカウンター席へ2人は座る。
「今日もこのお店は賑やかだねー」
「この時間に、ここの店に寄るなんて珍しいですね」
「たまには騒がしい所で飲みたい気分なんだよ」
注文を取りに来た店員に白澤用のビールと自身の日本酒を頼む。
運ばれてきたグラスを受け取ると
「乾杯、仕事お疲れさま」
「お疲れ様です……」
かちりとグラスを当てた後に各々、自身の酒に口を付ける。
酒を飲みつつ他愛もない雑談をしていると、注文していたおつまみが運ばれてきた。
黒羽の前には伽羅蕗、白澤の前には塩茹で枝豆である。
「やはり、ここの伽羅蕗は美味しいね。お酒のツマミにはぴったりだ」
日本酒をちびちび飲みながら、伽羅蕗を上機嫌で黒羽は摘む。よほど、好きな味なのか彼のボリュームのある尻尾がユラユラと揺れる。
「……」
隣で枝豆を黙々と剥いている白澤を見ると
「さて、元気の無い子犬くんに単刀直入に聞くよ。……また、彼女と別れたのかな?」
彼は用件を切り出した。
「──っ!?!部長、エスパータイプですか」
「分かりやすいんだよ、キミは……」
枝豆を剥きながら固まる白澤を見て、黒羽は呆れたような表情を浮かべるのだった。
□ □ □
「私の何処がへたれなのでしょうか……」
話を終え、俯いたまま小さな声で呟く白澤。
「……毎回話を聞くけど白澤くんは女難の相でもでてるのかな。この前の彼女には二股かけられていたし、厄祓いしてきた方がいいんじゃないかい?」
「部長……、私の話を真面目に聞いてますか」
「はいはい、聞いてるよ」
白澤の反論を適当に流すと黒羽は伽羅蕗を摘む。
「いっその事、古鐡くんと付き合ってみたら良いじゃないか」
「絶対嫌です……。あの人怖い……」
枝豆を摘むのを止め、白澤はビールを飲む。
「はぁー、部長が恋人だったら良いのに……」
「付き合うのなら、こんなおじさんよりも若くて可愛い女の子にしなさい。白澤くんはお酒が弱いんだからそろそろ自重しないと」
追加の日本酒と伽羅蕗を注文しつつ黒羽は白澤を窘めた。
「おれはー、こうみえてもさけにつよいんれすー」
店員が持ってきたビールジョッキを受け取りその場で一気飲みすると白澤は机に突っ伏す、勢い余って頭を打ち付けたのか鈍い音が響いた。
「一人称が素に戻っているよ、子犬くん……」
言わんこっちゃない、とボヤき黒羽は自身の額に手を当てると溜息をついた。
「ぶちょーはー、今お付き合いしている人とか好きな人はいないんれすかー」
突っ伏した状態のまま呂律の回らぬ口調で白澤は彼に訊ねる。
「いないなあ、ボクにとって仕事が恋人で部下が子供のようなものだからね」
伽羅蕗と日本酒を店員から受け取りながら彼は返事をする。
白澤がここまで泥酔していれば詳細を話しても次の日には忘れているから問題はないだろうと思い、黒羽は話を続けた。
「恋愛かー……。白澤くんほどモテてはいないけど人並みには女性とお付き合いした事はあるよ。……ああ、この仕事につく前は婚約者もいたね」
「初耳なんれすがそれ……。いたっていうことはーわかれてしまったのれしょーか?」
黒羽の発言を聞き、白澤は机に顔を付けたまま彼の方を見た。
「別れたんじゃなくてね、彼女が事故にあって二度と会えない場所に行ってしまったんだよ。ボクの出身世界は昔はあまり医療水準の良くない所でね」
そこで、話を区切るとグラスを手に取り、日本酒を一気にあおる。
空になったグラスをぼんやりと見つめる黒羽の表情はどこか諦観を帯びていた。
「手の施しようがなかったんだ……」
後ろを通りかかった店員に黒羽は日本酒の追加と白澤用に冷水を注文する、白澤も再びビールの大ジョッキを頼んだ。
「白澤くん。そろそろ飲みすぎだからいい加減にしなさい」
「おれはまだまだ飲めるからへーきなんれる!!」
運ばれてきたビールグラスを店員から受け取ると中身を零さないよう両手で持ちつつ頬擦りしながらジト目で白澤は反論する。
「あー、やんなっちゃうよ。この子はー」
「生ビールさいこー!」
再び一気にビールを飲み干すと唐突に叫ぶ白澤を見て、以前彼に訊ねられた出来事を黒羽は思い出した。
「そういえば。昔、キミに聞かれた柘植櫛細工師になった理由もついでに教えようか。ボクの住んでいた地域にはね、男性が柘植櫛を作って伴侶となる女性に送る風習があるんだ。君の世界で言う婚約指輪のようなものだね。出来栄えを見た彼女はとても喜んでくれてね、祝言を上げて夫婦になったら2人で小間物屋を営もうって話もしていたんだ。それが、柘植櫛細工師になろうと思った切っ掛けだ。ボクが交渉担当と小物作り、婚約者が接客担当だったかな……。亡くなったのは櫛を送った2日後だったよ。あれから随分と長い時が経った。だけど……この歳になっても未だに婚約者だった朱莉の笑顔が頭から離れないんだ」
隣で酔いつぶれ爆睡する白澤を見た後に、
「キミ達が思っているほど強い男ではないんだよ、ボクは……」
黒羽は自嘲するのだった。
fin.