溺れるほど好きなこと
作:青柳 ゆうすけ
ある程度進捗の目処が着いたエクセルをしっかりと保存してからパソコンをシャットダウンした。画面に終了の表示がされている間に首と肩を回す。夕方からずっと書類作成に追われていたのでコキコキと鈍い音がした。ふと見上げると、時計の針は午後十一時を示している。もうこんな時間だ。
デスクの上を軽く整理して、ゴミをポリ袋に放り込んでからハンドバッグを片手に立ち上がる。
営業部の部屋の電気は既に半分消灯されている。営業という仕事柄、朝型の社員が比較的多くこんな時間まで残っている夜型の社員はほとんど居ないためだ。今日に関しては平社員で最後である。
「お疲れ様です」
部屋の奥、ヴィルヘルム部長の居座っている部長室のドアをノックして開けると、スーツに身を包んだ巨漢で漆黒毛並みを持つ三つ首のケルベロス獣人である彼はいつものようにキーボードを太い指でガンガン打ち鳴らしていた。
「おぉ、やなゆーか。精が出るなこんな時間まで」
右の頭がふと顔をあげ、でかいヘッドホンを取った。ニンマリと牙を見せて笑ったその表情が気に食わない。アンタが無茶ぶりする案件をこなしてんだよとはもちろん内心にとどめる。
「頂いた案件の交渉資料作成進捗に目処がついたので帰ります」
「なんだ、資料くらいなら全然作ってやるが……」
ヴィルヘルムの作成する資料は要点をよく掴んでいるが、如何せん雑で結局自分で修正する羽目になる事が多いために俺はその申し出は毎回断っている。
それに、押し付けられたとはいえ担当する仕事だ。全てを自分でこなしたいという自負心もある。
「いえ、それには及びませんよ」
「それならいい。ヤバくなる前に声掛けろよ」
やばくなる前に声かけろよ。それはヴィルヘルムの俺に対する常套句になりつつある。
「了解です」
「それと、社長から有給休暇の取得率が随分悪いと部長会議でお咎めを食らった。適当に羽根伸ばして休めよ」
「それはまぁ……考えておきます。ていうか、むしろ部長の方が有給休暇使うべきでは?」
なんだかんだ家族サービスと称して有給をぶち込んでディズニーランドのお土産(クランキーチョコ)を大量に買ってくる課長とは違って、部長はデスクに居ないことの方が珍しい。たまに居ないと思ったら会議だ他部署に出張だと社内には必ず居る。
「俺は好きで消化してないんだ。ほっとけ。目処が着いたならさっさと帰れ」
仏頂面で返すヴィルヘルムの尻尾が揺れている。
それには敢えて気付かないふりをして、
「お先に失礼します」
軽く頭を下げて、部長室を後にした。
営業部の出口付近の壁に「最終消灯者確認リスト」たるものがあり、やなゆーは最後に電気のスイッチを消してそれに自分の名前と時刻を記入しながら考える。
部下なりに上司の心身には気を遣うものなのだろうが、ヴィルヘルムもやはり仕事の鬼ではなく生き物だったんだなぁ。
そんなことを考えながら、営業部の部屋を出た。エレベーターホールに向かいつつ、スマートフォン型のMUを取り出す。メタリックで大きめの、頑丈なそれは営業部の全員に配られるデバイスのひとつだ。起動させると同時にポップメッセージが一件の通知を知らせた。
*
株SOUの十四階には油絵課が存在する。一昔前の学校を彷彿させるような大部屋が幾つもあり隅の棚には幾つも人や獣、龍の頭骨を象った石膏が置かれてあり、多くの画家がそれらをモチーフに――或いは、なにか別のモチーフを探してはこのフロアで絵として仕上げていく。
廊下を進むと、二つの部屋に明かりが点っている。
ひとつの部屋に近づいて窓からそっと覗いてみた。
「いいよ、素敵なプロポーションだ……そのまま、動かないでね」
大きな白いファーを持つドラゴンが部屋の中心に素っ裸の女の子を立たせ、それを睨むように見つめている。
女の子は初夏の木々に広がる葉っぱのような艶やかな緑のロングヘアだった。耳がやや長く、尖っている様子を見るにきっと、人に近い種族だとされるエルフ種だろう。少し顎を引き、ヌードモデルになるのは初めてなのか、頬を火照らせて羞恥の表情を浮かべていた。
あまり、ジロジロ見ないでおこう。何をモチーフにするかは画家の趣味であり、俺が言うことは何も無い。
もうひとつの部屋に近づいてみた。
まだうら若い少女が大きな筆をキャンバスに走らせていた。恐らくは下塗りの段階であろう。深い緑と速乾性の油を混ぜた絵の具をキャンバスの中央にこれでもかと盛っていく。
その表情はどこまでも真っ直ぐであった。それはきっと依頼された絵ではないのだろうな、と思う。自分の内なる部分から込み上げたインスピレーションを形にする。その絵に値打ちがつく、つかないは別として自分が創りたいものを創っている。そんな風に思えた。
その彼女の傍に、まるで騎士が姫を護衛しているかのように明るいブルーと白の毛並みを持つ巨大なオオカミが丸くなって眠っていた。柔らかそうな腹の上にはもう一人、髪を後ろでひとつに纏め、活発そうな少女が横になっていてスマートフォンを弄り回している。何かを思ったか顔を上げ絵を描く少女へと声を掛けたが、あまりにも集中しすぎて絵を描く少女はキャンパスから視線すら逸らそうとしなかった。
ここも目的の場所ではない。そのまま先に進んでみる。
ふと覗いた明かりの点っていない部屋に一人、キャンバスと向き合う影がある。俺は驚いたが、その影をよく見て声を押し殺す。
キャンバスに向き合う影の顔には長いマズルが伸びていて、瞳にはメガネを掛けていた。横に長くカーキ色のフレームに薄いレンズが嵌ったそれは彼の獣の輪郭に良く似合う。
メッセージの送り主、オビリオであった。
暫く観察していたがオビリオは月明かり――正確に言えば窓からそう見えるように作られた幻想の月が放つ光――に照らされたまま2Bの鉛筆を真っ直ぐキャンバスに向けたまま微動だにしない。
膝の上には開かれたままのスケッチブック。
やなゆーはガラリと扉を開けて中へと入っていった。
「珍しいな、お前が油絵なんて」
「僕は元々油絵を専門にしていたんだよ。その後デジタルの旨味を知って、デジタルで描くようになったけれどさ」
キャンバスから視線を上げたオビリオに近づく。彼はニコリと微笑んでから、キャンバスに一本の線を描いた。ゆっくりとした動作で描く縦に長い放物線。たかが一本の線なのに、オビリオの描く線は非常に綺麗だった。俺の鉛筆の線とは何もかもが違う、例えるなら「生きた線」であり、生命の息吹を吹き込むような線だった。精子と卵子が互いに寄り添って結合し合い、卵子の周囲を覆う膜が変化して他の精子の侵入を阻む瞬間を垣間見たような、そんな気持ちだった。
ここから、新しいオビリオの描く絵が生まれる。
「こういうふうに、アナログで描くのも悪くないかなって」
「オビリオには今絵の依頼はしてないからさ、ちょうどいいんじゃないか。気分転換になってさ」
今煮詰まってるのはゲーム関連だ。ゲーム課のプランナーが指揮する映像とゲーム・ミュージック課のメンバーが手掛けたプロモーションビデオが完成し、それをどうやってPRしていくかが課題となっている。
そんなやなゆーの状況はオビリオはもちろんよく知っていて、それでも彼は会社に来ないという選択肢はあの検閲事件からしていない。それだけ会社に来たいと考えるだけの何かがここにはあるのだろう。
「やなゆーはさ」
オビリオは筆を動かしたまま呟いた。
「何かに追い詰められることは無いの」
「追い詰められたり……か?」
突然問われたその問いの真意を上手く掴むことが出来なかった。疑問げに問いかけることしか出来ず、しかしオビリオは手をとめない。
彼から送られてきたポップメッセージはたった一行。
――今から十四階に来てくれないかな。
――すまない、少し片付けないといけない仕事がある。二時間後でもいいか。
――わかった。待ってる。
それ以降俺は交渉資料作成に戻って返信をしていない。二時間も待たせすぎただろうか。
「営業やってると、締切に追われて狂いそうにはなるけれどな」
あくまで明るい調子を保った。二時間かかってしまうと言って待つと了承してくれたのはオビリオの方なのだ。そんなことを考えるのはきりがない。
しかし、冗談で放ったクライアントとの約束は絶対であり、それに間に合うように資料を作ったり社内会議で決を取ってこなくてはならない。それがどれだけ辛いか、というのは、
「僕はいつも何かに追い詰められているような気がするんだ」
どうやら違っていたようだ。
オビリオは続ける。
「絵を描いて、描き終える。それに僕はいつも納得できない。……いや、一つの作品を完成させる充実感はとても満ち足りていて、その悦びを知っている。だから、それを何度も得たくて筆を持ち続けているのは確かだよ。でもね、納得は一度もしたことが無いんだ。漠然と『この絵はここをこうするべきだったかな』とか『こういう表現の仕方が良かったかな』とか、そういう事を考えてしまう。やなゆーからOKを貰ったとしても、消えないんだ。どこかでもっといい作品を描けたんじゃないかって、完成だと満ち足りた一つの作品を前にして僕はその作品に対して、いつも足りない何かを求めている」
オビリオの瞳が空虚に向けられた。
それは、きっと俺には分からない次元の話なのだろう。きっと。
でも、一つだけ分かることがある。
作品を創り続ける以上――
「俺たちは日々違う感情の下で生きている。その中で『完璧』なんて存在しない。だから、俺は締切を設けリテイクを指示したりしている」
「そんなことは分かってるよ。でも……」
オビリオは深く俯いた。
「僕が言いたいことはそうじゃないです」
彼はそう言うなり、いきなり席を立った。
「おい、オビリオ!おい!」
開いたままのスケッチブックを残し、部屋を出ていく。
俺はその後を追うことはしなかった。追う資格がないと思ったのだ。
何が言いたかったのかは断片的にしか分からなかった。そして、理解できなかったことは俺には理解がし難いことでしか無かった。
その部分は絵の具を乗せた筆を持つものしか知ることが出来ない領域。
「……、……」
開かれたままのスケッチブックを手に取った。
そこにはいくつものエスキースが残されていた。日付が入り、時にはその作品のタイトルが残されていた。抽象的な作品もあれば、写実的なものもある。
共通するのはこのスケッチブックに残されたものがオビリオにとって「好きなもの」なのだろう。
やなゆーは深く息を吐いた。彼の残していったそれらをロッカーに片付けると、ポップメッセージにロッカー番号と片付けたというメッセージを残してから部屋を去った。
*
「じゃぁ、コレじっくりと見て思ったことや考えたことをそのまま描けばいいんですね?」
「あぁ、ゲームコンシェルジュ課からの依頼だ。向こうも手が足りんらしくてな」
やなゆーが仕様書を渡した相手はうら若い人間の女性だ。20代を少し回ったくらいで、セミロングの髪を頭の上からひとつに束ねてポニーテールとして下ろしている。活発そうな雰囲気によく似合い、可愛らしい表情にマッチしている。
「ゲームコンシェルジュ課なんて部門があったんですね」
「あんまり知られていないが、ゲーム部の中でもゲームの方向性や仕様を決める頭脳的な部門だよ」
正確に言うとプランナーというゲーム全体の仕様書を纏める課である。プロデューサーやディレクターからの指示を細かく受け取り、それを企画書に落とす。時には自ら必要な部分を考えて仕様書を作らなくてはならないから大変な仕事だ。
そして、営業部の俺としてはそんなコンシェルジュ課との繋がりが強い。ゲームクリエイト部に属するメンバーをコンシェルジュ課は全て把握しているが、時には今回のように人手が足りずに他部署に目的に応じた依頼をする時もある。
「シャケがリナに依頼したいって指名してたんだが……」
「あ〜! シャケさんの依頼なんですね!」
シャケはゲームコンシェルジュ課でよく仕事をするメンバーの一人だ。深い緑のつややかな外皮に包まれた、鰐によく似た爬虫類系の獣人である。背が俺よりも10センチほど高いが、そこまでがっしりとしておらずに縦に長い印象があった。シャツとジャケットを上手く着こなしてオシャレでもある。趣味はドラムで、良くゲームミュージック課にも顔を出してドラムを叩く姿を見た。
一緒に呑みに行ったことも数回あるのだが、明るくて社交的な男だ。絵も非常に上手い。日々を楽しそうに過ごしている。
「彼、凄く趣味が合うんですよね……大きな子が好きなところとか。そんな子が小さい子を呑み込むところとか……」
「あー……、……そうだな、そういうのが好きなら話が合うかもな」
俺はリナの背後で眠るラクトを見た。リナの傍には常にラクトという大きな狼型の生き物が寄り添っている。体長は10メートル近くまでになり特に何をするという訳でもないのだが、リナのそばに寄り添っているのが好きらしい。彼女が社内を歩く時はモーセが海の中に道を開いたように人が避けていく。
そんなラクトに日頃彼女が何をさせているのかはにっこり笑ってスルー。俺にはvoreの趣味は残念ながらない。
「そんじゃ分からない事が起きたら俺かシャケに連絡してくれればいいから。締切は大丈夫だよな?」
「はい、ありがとうございました。初めての依頼案件ですが、頑張ります」
リナがゆっくりと頭を下げて、キャンバスに向き合おうとした時――不意にオビリオの姿が脳裏を過ぎった。
「あのさ」
「はい?」
折角キャンバスに向かって作業を再開しようとしたリナに再び声を掛けた。
「リナは絵を描いていて……悩みとか、そういうものはないのか」
「……悩み、ですか。私はあんまりないですね。どっちかというと描いてるのはそれ以外することが思いつかないし、何かしてても描いてる方が楽しいと思えるからですからねぇ」
世の中にはそういうタイプの創作家も居る。息を吐くように色々な作品を発表するタイプだ。頭の中には色々な表現したいものが湯水の如く湧き出て、常に筆を動かし続けられる。そんな人は確かに存在するのだ。
リナは少し悩んだ様子を見せていたが、不意ににっこりと微笑んだ。
「でも、絵を描くと本来頭の中でイメージしていたものを描き上がったモノとのギャップが感じられることはありますね。そういうところで思い悩むことはありますよ」
「そういう時は、どうやって乗り切るんだ?」
ギャップ、という言葉にやなゆーは食い入るように続きを促した。まさにそれをきっとオビリオは感じているのだろう。俺にはどういうことだかはわからないが――。彼の悩みを解消するヒントは得られるかもしれない。
「どういう風に乗り切るかと言われても……油絵は絵の具を乗せて乾燥させてしまえば、削り取ることはできても鉛筆を消しゴムで消すみたいにすることは難しいですし……最終的には自分の中の完成図と違うものが出来上がりますよ。それで自分が出来たって納得するしか無いんです。今回の絵はこんな絵ができあがった。それでいい。そうやって気持ちのハードルを下げて納得して、落ち着かせるしか無いんです。完璧を追い求めてはいけないというか……」
自分で話してて、何を話したいのか訳分からなくなってきちゃった。
リナはそう言ってあっけらかんに笑うと、絵の具で汚れたエプロンを首から掛けて締め直し、左手にパレットを持った。筆は少量のペインティングオイルに突っ込んで馴染ませる。
「ありがとう、参考になったよ」
やはり絵を描く人の言葉は参考になる。完成した絵を前にした時に感じるギャップは絵を描く人全てが感じるものなのだということがわかっただけでもまた違うことが言えるかもしれない。
腰をあげようとしたところで今度はリナがキャンバスを見つめながら話しかけてきた。
「やなゆーさんって、確か一次創作部の文芸課と営業部の掛け持ちですよね」
「そうだが……何か」
「絵には携わらない部署に所属してるけれど、誰かに相談でもされたんですか?」
俺は少しばかり驚いた。リナの親友はイラスト部の二次創作課に所属する少女のキイロとラクトで、主に友達付き合いをしているのか彼らだけだと思ったからだ。それ以外の人にはあまり興味はないのかなと勝手に思っていたのだ。
……思い返せばシャケともよく話をするというのだから、全く殻に閉じこもるようなタイプでもないのだろうが。
「ちょっとオビリオが色々思い悩んでるようでな」
「オビリオさんですか。あの人の絵も私好きですよ。凄い写実的で、ファンタジックなところもあって! あの人の絵は見ているとその日の気分によって明るくも暗くも見えるような、懐の深さがあるのが好きです」
リナはオビリオの作品をそうやって見ているのか。
俺はそこまで深く彼の作品を見たことは無かった。少なくとも俺の知っているオビリオは「納期をきちんと守って一つの作品をきちんと仕上げるいい画家」である印象が強かった。その作品の描かれた経緯はもちろん俺の仕事に直結させるためであり、それをゆくゆくは金に換えるためだと考えていた。
もちろん上手い絵だなとは完成したイラストを見る度に毎回思う。だが、上手い絵以上の感想はまだ抱けていない。
「オビリオさんが作品作りに関して悩んでいるんですね」
昨夜からもやもやと脳裏を漂うシャボン玉のような何かは、リナの言葉でスッと弾けて消える。
そうか、オビリオはそれに思い悩んだ居たのか。腑に落ちた俺は昨夜の出来事を一通り説明することにした。
順序立てて話す俺のトークを聞きながらも、リナは筆に絵の具を乗せて、キャンバスを彩っていった。白と青が目立つ絵だった。
「……」
話し終えてからもリナは数秒間キャンバスへの筆の動きを止めなかった。どうやらリナも何かを考えているらしい。
ややあってから、彼女はゆっくりと囁くような声量で口を開いた。
「やなゆーさんは絵を描かないんですか」
「は?」
「だから、やなゆーさんは趣味でも絵を描くことはしないんですか?」
何を言われているのかさっぱり検討もつかなかった。だから、黙って素直に俺の日頃を振り返ってから言う。
「殆ど……描かないな。絵はクライアントにイメージを伝えるためにラフみたいな汚い絵を雑に書くくらいで、日頃は仕事が忙しくて……空いた時間は執筆に使っているし」
「じゃぁ、ちょっと描いてみませんか」
リナは作業の手を止めて、そのままにっこりと笑顔を浮かべる。
「一緒に溺れませんか。絵の世界の海に。少しだけ、彼の気持ちがわかるようになるかもしれませんよ」
*
翌日になった。朝イチで作っていた資料を仕上げ、ヴィルヘルムに確認してもらう為にやなゆーは部長室の分厚いドアを叩いた。
プリントアウトしての確認はヴィルヘルムにとって大した仕事ではなかった。六つの目と三つの脳で見てるんだか見てないんだかよく分からないくらいのスピードで資料を読んでいく。
その後幾つかの指摘を受け、それに対する返答をしたり、修正点を赤ペンでメモしていく。そういう部分はネルオットと違って鋭いので、有難いアドバイスとして受け取る。
「それならこれで客先との商談準備の仕事は上がりだな。お前、今受けてる案件は」
「ゲームコンシェルジュ課のシャケのヘルプと工芸部のブランド化案件だけですが、どちらも仕事は空けます」
「どういうことだ? 仕事を空けるって、何か理由でもあるのか」
俺の口から飛び出した仕事放棄にも似た発言にさしものヴィルヘルムも目を白黒させた。
「……昨日、有給取れって仰ってたじゃないですか。それを行使させて頂きたく」
「何だ。そんなことか」
ヴィルヘルムはやれやれと肩を竦めたように大きく息を吐いた。
「休む日と必要な引き継ぎがあればそこに一緒に要点をまとめてメールで報告。あとは好きに休んで構わん」
「引き継ぎに関しては……ゲームコンシェルジュ課のシャケにも連絡してますし、工芸部ブランドは細々とした書類作りだけなので白澤さんに押し付けます」
「後者は俺のトップダウンでネルオットも行かせる。……勘違いするなよ、アイツは管理職として生温いから今一番重いやなゆーの仕事も分配させて担当させようと思ってたんだ。これは以前からの決定だ」
よくデスクで寝ている姿を見るネルオットに関しては部下なりに同意見だったので、俺は何も言わずに「ありがとうございます」と感謝の意を伝えて頭を下げた。
「お前な、有休は働く労働者の権利なんだぞ。それを使う為に一々頭下げんな。やりづらい」
シッシッ、と追い払うようにヴィルヘルムが手を振った。
「有休を取得するために調整してくれる有能な上司への感謝の意を伝えただけですよ」
おどけたように言うと、ヴィルヘルムは尻尾がぶわっと膨らみ、少し頬を赤くしながら「いいからさっさと帰れ」と一蹴された。
デスクに戻って白澤さんにメールを送った。作るのは大した分量じゃない書類で、期日は俺が戻るまで。彼の力量なら三時間とかからないだろう。続けてシャケにもメールを送ったのだが、返答はビデオ通話だった。
「やなゆーが居なくてもどうにかなりそうな目処はついたよ。いやはや、心配掛けてごめんね」
おでこに冷却シートを二枚貼り、デスクの片隅にはエナジードリンクの大量の空き缶、目の下には大きなクマが出来ているシャケはデスマの真っ只中だ。
「それは良かった。少し休んだ方がいいぞ」
「ちょうど今朝リナさんからメールを貰って、絵を最優先でやってくれることになったし、背景絵に数人リナさんの友達がヘルプで来てくれることになったからこれから少し寝る……」
リナはそこまで融通効かせてくれたのか。ありがたいことだ。
「あぁ、今度飲みに行こうな。ゆっくり休め」
「ありがと……おやすみ〜……」
プツン、とそこで通話は途切れた。
営業部員全員にクラウドで共有されているMUスケジュールに午後半休からの有休予定を一週間突っ込んでから、やなゆーは営業に使うバックを取る。そしてネクタイを外しながら勢いよく席を立った。十四階の油絵課に向かう。
*
日中の油絵課の大部屋には想像以上に社員が溢れていたが、小部屋を先にリナが確保してくれていたので甘えて入る。
広さは十五畳程で十分にふたりが創作できるスペースが確保されている。部屋の隅には簡素な木製デスクとタブレットタイプのパソコン(持ち出しは御法度だ)が置かれており、アナログで描きあげた作品をデジタルに取り込んだり動画で作画風景を中継することもできる。
「遅れてすまん」
「やっほ、来たね。別に作品を描く片手間に教えるだけだから気にしなくていいよ」
やなゆーはバックを邪魔にならない部屋の隅に放り投げるように置くと、ちらりとエプロン姿のリナの前にあるキャンバスが視界に入った。そこには背景の下地となる絵の具が盛られていた。昨日描いていた絵とは違うそれであり、シャケが依頼したゲームの背景に使われる絵なのだろうとひと目でわかった。
「そういえば今朝シャケさんと企画書の内容少し打合わせして、私の知ってる油絵描けるメンバーを数人紹介しといたよ」
「サンキュ、そういうサポートは助かる」
営業もゲームコンシェルジュも制作の進行を管理する側としては制作を手伝う人員が増えることは大歓迎だ。シャケなら上手く舵取りもできるだろう。少ない人員に負担をかけさせる心苦しさよりも自分に負担がかかっても多い人員に指示を出す方が良いのはシャケも変わらないはずだ。
やなゆーは昨日リナ言われたとおり、エプロンを取り出して頭からかぶる。100均でも売ってるような極普通の黄色いエプロンだ。
「やなゆーはエプロン似合わないね」
リナが筆を動かしながらケラケラと笑う。
やなゆーは後ろ手に腰紐を縛りつつ、
「放っておけ、こんな格好日頃しないから真新しさがあるだけだ」
「真新しさね……そういえばやなゆーさんの私服姿は見たこと無いや、スーツ姿しか知らない」
「前提として営業する男が私服とかありえないだろ。それに、男は基本的にどこいくにしてもスーツなら間違いないんだ。たとえ外回りが無いときでも出社する時はいつもスーツだ」
株SOUでは寧ろクリエイターの集団が大多数を締めるため、私服出社率は異様に高い。社長ですら私服で出社している社風故にやなゆーのようなスーツ出社は極少数派である。
しかし、やなゆーは寧ろそれでいいのだ。出社する時にスーツなら毎朝服で悩む時間を省略できる。
私服に関してもそもそも服にあまり頓着はないし、そこそこのラインを揃えておけばいざというときにも対応できるし長持ちする。だからクローゼットの中はスーツが大半で私服は無難なものが脇の方にこぢんまりとしている。
「確かにそういう時スーツ出社って便利だよね。今じゃ私服バンバン買っちゃうからクローゼットいっぱいだし」
「よく服買いに行くのか。意外だな」
「どっちかというと絵の具で駄目になる確率のほうが高いかも」
「ちゃんとツナギに着替えたらどうなんだ……」
「着替えるための女子更衣室に行くのが面倒なんだよね。一応上からジャージ着てるけれど、絵の具がジャージ貫通しちゃうこともよくあるし」
「まじでツナギに着替えたほうがいいと思うぞそれ。女子更衣室なんて廊下歩けばすぐじゃないか」
「検討しておくよ」
ていうか油絵ってそんなに汚れるものなのか?
やなゆーはワイシャツにエプロンをしているが、パンツがスーツなので少し躊躇う。絵の具汚れはきっとクリーニングに出しても落とすのは難しいかもしれない。
リナは立ち上がると、部屋の隅にあるイーゼルを手に取った。
「キャンバスは出来合いのがあるからそれを使うとして……ペインティングナイフや筆は自分で買いに行ったほうが良いんだけれど、それはまた本格的に絵を描くときでいいと思う。とりあえず私の方で用意しておいたから」
「え、これ全部?」
必要な絵の具や油、キャンバスはもちろん、筆、パレット、ペインティングナイフ、ペインティングオイル、湯壺、筆洗器……エスキースに必要なスケッチブックや鉛筆までもがきれいな木製の絵具箱に収められていた。
「画材は領収書落ちるしね。いやーこの会社がホワイトで良かった~」
会社が交流をするにあたって必要なものがほぼ全て経費で落ちるのは知っていたが、まさか課に属していない俺の画材まで経費が落ちるとは思っていなかったので経理のザルっぷりに思わず苦笑した。
イーゼルの立て方、筆や絵の具の使い方を一通り教わった。まさか描くのに姿勢や筆の持ち方なんて基礎があるとは思ってなかったのでここでも新たな発見があった。
「それじゃ、描いてみましょうか。何か描きたいものとかあります?」
「そんないきなり描きたいものを描いていいものかい? モチーフとか用意しなくても……」
疑問形に思わず疑問形で答えてしまったのは、俺の中でここは絵画教室であり、そこはテクニックを磨くところだと考えていたからだ。そしてその光景は立方体や玉、花などのモチーフが予め机に用意してあってそれを描くというものだ。
しかし、リナはそれを真っ向から否定した。
「やなゆーさんが描きたいものを描かなきゃ面白くないじゃないですか。小学生に絵を教える時にわざわざそんなモチーフを予め用意しておきます?」
「いや……好きなものを好きなように描かせてからだな」
「それを教える前に九九の公式を詰め込むように絵を教えるのは正直私向いてないんです」
確かに九九を覚えるのは大変だった記憶がある。そしてつまらなかったこともよく覚えている。
「まずは小手先のテクニック云々の前に筆を走らせろってことだな」
「そうです。小学生と同じですよ。もうすぐ三十路になるってことは忘れて大丈夫です」
不意に飛び出した三十路という言葉にがっくりと項垂れる。元々あまり聞いて嬉しく思わない単語だったが、リナのように若い子から言われるのは余計に気恥しいものがある。
「それで、モチーフはどうするんです?」
「モチーフ、な……」
小説を書いていく時にもモチーフを決めることが大切だ。俺の場合はそれを先行して決めるので幾つかモチーフとしてのストックはあるのだが、それを上手く絵で表現できるかと言えば別の話だ。それも、初めて握る筆で油絵として仕上げる作品としてだ。
俺はスケッチブックを開き、モチーフとして何が描きたいのかを幾つか言葉で書き出していくのだった。
そこで描かないのね、というリナの苦笑が微かに部屋に響いたのだった。
* * *
「やなゆーなら有休だよ。暫く羽休めする期間も大切だろ」
「はぁ……そうでしたか」
じゃな、とそのスーツ姿の男性は手を振って受付のステラの元に向かってしまった。きっとこれから帰るのだろう。
オビリオは会社の入口付近でスーツに身を包んだ人を狙って声を掛けた。やなゆーを最近見かけないと思ったからだ。
すれ違うのはお互いの活動時間が違うという側面もある。今は22時に差し掛かろうとする頃で、やなゆーはこの時間はだいたい営業部の仕事を終えて喫煙所で一息着いている頃だ。
そして、このタイミングで会えない日は殆ど会うことが出来ない。
「オビリオさーん」
名前に顔を上げると、声を掛けてきたのはピングの毛並みを持つ兎獣人のステラだった。
受付にメタリックな白銀色のロボットが腰を下ろしていた。MUのAIで自動稼働するロボットであり、社内の掃除や雑務を一手に引き受けてくれている。行き交う人の少なくなった受付の業務も彼が引き受けるのだ。しかし不審者に対する対処は出来ない仕様なので、向かいのソファに迷彩服を身に纏い重厚なライフルを構え、無線機を携帯した防衛部所属の竜の獣人が万一の時に備えて朝まで待機する。
そのふたりと引き継ぎを終えたステラはふぁ、と軽く欠伸をした。
「ステラさんが夜番に入るの珍しいですね」
「そうなの、夜番に入る子がどうしても推しのライブに行きたいって交代お願いされたからね」
受付のスキルを持っているのは社内でも数少ない。
「受付は人数が少なくて大変そうですね」
「でも営業部や他のデスマ真っ最中の皆さんに比べたらゆるーくふわっとしてられる時間もあるし、楽な方だと思うな。ところで、今日はもう退社ですか?」
夕方に出社して、すこし絵を描き進めていた。ある程度絵の具を盛ったところで乾燥させる必要性が出てきたので、休憩がてらスケッチブックにアイディアを取り留めもなく書いていた。でも、どれもパッとしなかった。
どことなく晴れない気待ちに休憩室の喫煙所を覗いたが、やなゆーさんは居なかった。仕方なくいちごミルクオレを飲んでから、退社間際の営業部の人に聞いてみるというアイディアを思い立ち、受付にやってきたのだった。
「いや、絵の具もぼちぼち乾く頃だと思うのでもう少し作業をしようと思っていますけれど……」
「そうなんだ。私はどうしようかなって考えててさ」
ようやく受付の仕事を終わらせたステラはこれからが創作の本番だ。
受付近くのカラフルな椅子に腰を据えると、掌ほどのB6サイズのクロッキーを開くと、可愛らしいキャラクターのラフデザインが幾つも並んでいた。
「うわぁ、凄い!これ、全部ステラさんが!?」
「そうなの、受付やりながらもキャラクターは結構ポンポン出せるんだよね。でも、肝心のストーリーはさっぱり。もうちょっとストーリーを煮詰めてからキャラを増やすべきなのは分かってるんだけれどなー」
各ページには全体イラストと顔のアップ、サイド、バックと身体的特徴は簡単に網羅できるようになり設定集としての原石が既に垣間見える。
「でも凄いですよ、こんなにたくさんキャラを生み出せるなんてなかなか難しいと思います」
「そうですかね?」
オビリオにとっては起承転結のあるストーリーを考えることもキャラを生み出すことも尊敬に値する行為であるのだが、当のステラはきょとんと小首をかしげる。
「受付に座ってると、大体毎朝出社してくる人の顔を見ますからね。一人ひとり違った種族や個性的な人達が多い会社ですから、そういう人たちと話してるとすぐ思いつきますよ」
オビリオは振り返って、メタリックなロボットが座る受付に振り返る。あそこに座ってれば、毎日色々な人と接する機会も増えるだろうとオビリオはストンと腑に落ちた。
「確かにそうかもしれませんね。僕はキャラを作るのが苦手なのは、そういう経験が少ないからかな……」
ぽすん、とステラの隣にオビリオは腰を下ろした。
「イラストを描くのは好きなんですが、ストーリーの入り交じった話を描くのは下手で……おまけにキャラも上手く生み出せないから、そういうたくさんのキャラがキラキラ輝いてる創作をする人たちを見るとすごく羨ましく感じるんです」
ステラは小さく息を吐いて、何か言葉を纏めた。それを伝えようとした――その時である。
ジリリリリリリッ!!と激しいベルの音が鳴り響いた。それは社内の全域に響き渡る。
あまりの音の五月蝿さにオビリオは全身の毛並みが逆立って、周辺をキョロキョロと見渡す。
『検閲組織が当館周辺に展開中! 戦闘員は総員正面玄関へ! 非戦闘員は防弾室へ待避!』
「MU!端末をロックしろ!」
過剰すぎる程の音量で館内放送が流され、受付へと叫んだのは目の前の竜の獣人である。彼はライフルの安全装置を解除して受付の後方、二階へ上がるエスカレーターの前に素早く移動する。
「オビリオさん、立って! 早く防弾室へ!」
「っ……」
素早く立ち上がったステラに対し、オビリオは立ち上がろうとしても上手く立ち上がれない。
「ステラ! 何してるんだ、応戦準備!」
「ッ……ハイ!」
竜の獣人が叫び、ステラは弾かれたように受付に走り出した。そのテーブルの下に飛び込むと、黒塗りのマシンガンを引っぱり出す。
その時、ぽさっとクロッキーがロビーのちょうど真ん中に落ちた。
――あそこには、ステラさんのたくさんのキャラクターが。
「お前、そっちに行くな!」
竜の獣人が叫んだが、引き返すことは出来ない。なんとか這いつくばるようにクロッキーに向かう。
しかし、それに触れることは出来なかった。あと少しのところでまた猛ダッシュしてきたステラに凄まじい勢いでタックルを仕掛けられたのだ。
そのまま持ち上げられ、一気にエレベーター近くまで無理矢理後退させられる。
「ステラは発砲準備! MU、防弾シールドを展開しろ!」
竜の獣人の叫ぶような指示と同時にステラはガチャッ!と中腰のまま肩にライフルを押し当てて扉を狙う。
それと同時に目の前に半透明の防弾シールドが展開された。微かに目を凝らせば黄色く光るシールドであり、扉前は封鎖された。
「早くオビリオさんは防弾室へ!」
「ダメですっ……ステラさんのクロッキーが」
「そんなこと――言ってる場合ですかっ!」
バァン!と正面玄関の扉が打ち破られた。途端、放たれたのは紅蓮の炎であった。防弾シールドに直撃し、その炎の勢いは阻まれるが巨大な火の玉はオビリオの目前まで迫り、思わず顔を隠してしまう。
「検閲組織からの攻撃を認む!」
竜の獣人が胸元の無線機に叫ぶように報告し――
「発砲許可!撃てぇっ!」
ステラが向かってくる炎に向けて射撃を開始した。竜の獣人ももちろんトリガーを引きまくる。
炎の向こうでいくつものうめき声が聞こえた。
「オビリオさんは早く、上層階の防弾室へ!」
ステラは弾倉を交換しながら叫んだが、非戦闘員であるオビリオはこんな状況は経験したことがない。
完全に腰が抜けて、床にへたり込んでしまう。
「オビリオ、こっちだ」
彼の体をひょいと抱えるのは屈強な手だった。見上げれば巨漢の白虎獣人であるスノールだ。
「歯を食いしばれ!」
「えっ、ええええええっ!!!」
そのまま剛腕で一気に振り上げられた。オビリオの獣人成人男性にしては軽い身体が吹き抜けの二階に向けて放り投げられる。どうすることもできないオビリオは身体を丸めて衝撃に備えていたが、意外にもそれは少なかった。
「お怪我はありませんか?」
恐る恐る目を開けると、スノールを超える大きな明るい黄色と白の毛並みの狐獣人の大きな腕の中に収まっていた。
書道課を兼課している夜霧である。
「ぇ、あぇ……なんとか……」
「あとはお任せ下さい。ヴィルヘルムさん、襲撃者の身元は割れましたか?」
夜霧に床に下ろされ、這う這うの体で近くのベンチに腰を下ろすと、巨大なスーツの狼獣人――否、その頭は3つ存在する――ケルベロスの獣人が無線機を握っていた。
「世界座標8659.7761からだ。基本的には剣と魔法の世界という認識で間違いないが、丁重にお帰り願う為に銃器と火薬類の使用は禁じる命令が発令された。行くぞ、夜霧」
「お任せ下さい。……それでは、オビリオさんは頭を守って伏せていてください。じきに抗争も終わります」
「暫く身体を動かしてなかったからなぁ、今回は存分に楽しませてもらうぜ」
「程々に頼みますよ」
夜霧とヴィルヘルムはそれだけを言い残すと、そのままガラス柵を飛び越え激戦区である1階のロビーへともどっていった。
剣と魔法の世界に住む人を相手に銃器は少々オーバーキルが過ぎるのだ。幾多もの世界と創作による交流をするという株式会社SOUSAKUの理念は殺戮が目的ではない。戦闘行為は社の運営に激しく反発し妨害する存在にのみ発令され、その際も専守防衛を徹底する必要がある。
そして、防衛部員はあらゆる戦闘を想定して日々訓練を重ねてきた戦闘のプロフェッショナル達である。
日頃の訓練の成果を存分に発揮し、力で押してくる戦鬼達に真っ向から凄まじい威力の拳を振るう。その度にトラックが事故を起こしたような衝撃音がロビーに広がった。
目を覆いたくなるような惨劇がそこには待ち構えていて、オビリオはそっと視線を背けていた。ロビーから先に進むことのできた敵勢力は居なく、追っかけやってきた防衛部員達が片っ端から完璧に敵勢力の力を削いでいく。
オビリオは二階の隅っこで震えたまま、幾ばくかの時が過ぎた。
「敵勢力の撤退を確認! 戦闘終了! 後方支援部隊に非常警報解除の連絡をしろ」
そう指示するのはヴィルヘルムで、手近の防衛部員のひとりが無線で何かを話しているようだ。
「やー……これは忙しくなりそうだ。安全確認は終わりました?」
ロビーの吹き抜けから様子を伺っていたオビリオに声がかかる。
振り返るとその穏やかな高い声の持ち主はまだまだ歳いくばもない獣人の少年だった。恐らくは、オビリオよりもずっと若い。
「や……ごめんなさい、僕は防衛部じゃないので……戦闘終了とは言ってましたが」
「そうでしたか、それじゃぁもう少しかかりそうですね。僕らが現場に行けるようになるのは防衛部員による安全確認と武装解除の知らせが届いてからですから」
真っ白な毛並みにまだまだ短いマズル、ショートカットでさっぱりとした髪は柔らかくて幼さを醸し出している。身長は120センチといったところだろうか。整った顔立ちと柔和な笑みが子供っぽさを更に引き立たせている。
しかしそれより何より彼を印象付けるのは真っ白な毛並みと同化しそうな白衣に身を包んでいたことと、その背中から広がる一対の翼である。
「あ、申し遅れました。僕はファイ。防衛部医療課に属しています」
「お医者さんでしたか」
防衛部医療課はつまり、社内で発生した怪我人や傷病者をまっ先に手当するのが仕事である。
日頃は二階の医務室で暇そうにしているのをちらりと見る(扉が開け放たれていて、そこから覗く程度だ)ことがある。やはり絵を描いたり文章を書いたりとデスクワークが中心の株SOUでは利用する人は少ないらしい。
しかし、この検閲抗争後は腕の見せどころであろう。ファイもどことなく唇を引き締めていた。
「えぇ、あんまりそう見えないですけれど……ね」
若いゆえに日頃そう見られないことが多いのだろう。微かに苦笑いを浮かべるファイだが、オビリオはその格好と首から下げる聴診器できちんと彼を医者だと認識している。
その背中に呼び声が掛かった。
「ファイさ~ん!」
「リナさん。ラクトさん」
ラクトの巨体に乗ったリナが颯爽とエレベーターホールの方向から現れる。ラクトが身を伏せると、そのままリナは大きなオレンジの蛍光色バックを幾つか背負ったまま飛び降りた。
「言われたとおりのもの持ってきましたよ!」
リナの背負ってきたものは非常用の医療キットであり、現場に持ち運んでその場で応急処置をしたり診察を行うための道具が詰め込まれている。
「ありがとう。あと、ドラゴン用のAEDを持ってきてくれると嬉しいな」
「それは重いからボク取ってくるね!」
ラクトは素早く身を翻し、エレベーターホールの方向へと引き返していく。
実際にオビリオはドラゴン用のAEDを見たことはないが、診療室にきっとあるのだろう。
「ファイ! 現場の安全確保は完了した! 診てやってくれ!」
下でヴィルヘルムが低い声で叫んだ。
「わかりました! リナ、行こう!」
「はい!」
リナは医療キットの一つをファイに渡し、エスカレータを経由してロビーに向かう。ファイはそのまま身軽な動きでガラス柵を乗り越えた。着地の寸前大きな翼を一つ振って羽ばたき、落下の速度を軽減して軽々と着地した。
「あ、僕も手伝います……!」
オビリオも特に何ができるというわけではないのだが、リナの後を追った。ファイの後を追ったら確実に怪我することは自分が一番よく知っている。
火炎放射から始まった戦闘はものの10分で終了し、ロビーは煙幕に包まれていた。それが徐々に晴れてくると、ロビーの惨状が見えてくる。
床の大理石を破壊する巨大な斧、べったりと染み付いた真っ赤な血、床に崩れ落ちている巨大なドラゴンと、完全に両手脚を拘束され顔面を殴られすぎて戦意喪失している戦鬼が二匹。
その他にも数人の戦士が居たらしいのだが、戦局不利と見て逃げたらしい。そんなことを戦闘課の誰かが囁いていた。
ファイが真っ先に駆け寄ったのは崩れたまま大量の血を流してピクリとも動かないドラゴンであった。赤茶けた鱗と一対の皮膜に覆われた翼、頑丈そうな後足と小さな前肢。そして光を失った巨大な瞳孔。西洋の神話に出てくるタイプのドラゴンはオビリオは初めて見る。その巨大な姿と神聖さに圧倒され、呆然と立ち尽くす。
「力自慢の方手を貸してください! 処置を始めます!」
ファイの声にヴィルヘルムと夜霧が即座に駆け寄った。この時ばかりは軽い口調のヴィルヘルムも何も言わなかった。リナも駆け寄ってドラゴンの巨大な身体によじ登ろうとしたところを、大きなドラゴン用AEDを持ってきたラクトがリボンで支えて押し上げる。
「オビリオさん」
ドラゴンの巨大さに圧倒されていたオビリオは呼ばれた声に振り返るとステラの姿があった。
細くて華奢な右腕に包帯が巻かれている。
「その怪我――」
「ライフルを握った時、反動で少し筋肉を痛めただけ。念の為の湿布が貼ってあるだけですよ」
左手で包帯の巻かれた右腕を握りながら、ステラはオビリオの発言を遮るように言う。
オビリオは何も言わずに振り返った。足元には焦げ付き、半分燃えて失われたステラのクロッキー帳があった。それを両手で優しく持ち上げる。
「オビリオさんに怪我がなくて良かったです」
ステラは焦げ付いたクロッキーに視線を落としたままのオビリオに後ろから優しく抱きついた。
彼女の香水であろうふわっとした花の匂いと、微かな火薬の臭いが入り交じってオビリオの鼻腔をくすぐる。
「クロッキーならまた描き直せばいいんです。だから、あんな無茶はもうしないで」
「描き直せばいいなんて事はないです。同じ絵が二度と描けない以上このクロッキーに描かれた創作は二度と戻っては来ない」
クロッキーを初めて見せてもらった戦闘が始まる前のあの瞬間、確かにオビリオは彼女にしか描くことが出来ないそれに確かに感動した。心を揺さぶられた。その作品が好きだった。
それが、今はもうない。
「……どうして、自由な創作が認められないんでしょうか。僕らはいつだってやりたいことをやっているだけなのに」
オビリオは先のラズマーン検閲抗争に巻き込まれた当事者だ。検閲が起きる理屈はもう理解している。
「許せません。一人ひとりが持っている創作の権利を取り上げることなんて誰にもできない」
それでも納得できないものは納得が出来ない。オビリオは硬く拳を作った。
「もちろん私もそう思う。一人ひとりの表現の自由は絶対に守らなくてはならないものだと認識しています。創作を……もっと言えば、個人の思想を弾圧することなんて許されない」
株式会社SOUSAKUは様々な世界から様々な種族が訪れる。その一人ひとりが違う意志と個性、そして思想を持っている。その中で各々が「創作を愛している」というたった一つの共通点で集まり、自由に創作と向き合っている。
狼獣人のオビリオと兎獣人のステラは出身世界が違えど、運命の気まぐれでこの会社の社員として雇われ、創作を見せ合う友人となった。
「でも、それとこれとは別です。例えクロッキーが燃やされても、私の描いた作品が奪われても、私の心までは彼らは検閲出来ない。それはオビリオさんだって同じはずです」
例えドラゴンのブレスと機関銃で互いに攻撃し合おうとも、死ななければまた筆を握ることが出来る。新たな作品が作れる。
そうステラに諭されると、その友人であるオビリオは酷く身勝手な行動をしてしまったかのように思った。頬が熱くなった。
「ごめんなさい、少し無茶をしました」
「危なくて全身の毛並みが逆立ちました」
これから互いに撃ち合う場所のど真ん中に飛び込んでいけばどうなるかは日頃から防衛部として訓練をしているステラにとって想像に容易いだろう。
それでも――
「オビリオさんが私の作品をそうやって護ろうとしてくれるのが分かって嬉しかったです。ありがとうございました」
オビリオは手に持ったままのクロッキー帳をステラへ渡した。
彼の頬はどことなく高揚していて、どこか満足そうな表情だった。
*
何だよ、うるせぇな。邪魔すんな。
社内に響き渡る警報ベルに対しても、筆を持つやなゆーは動かなかった。目の前のキャンバスに絵の具を盛っている最中だったのだ。
「やなゆーさん検閲ですよ! 早く防弾室へ――」
隣にいたリナは慌てて筆を洗いつつ、移動する準備をしていた。しかし、そのリナの叫び声は何も聞こえないようにやなゆーは平筆を動かし続けている。
「……ちょっと今は無理だ」
「何言ってんですか!絵と命とどっちが大切なんですか!」
ドドッ! と大きな音がしてそれまで別の場所で過ごしていたであろうリナのラクトが部屋の外に到着していた。
「リナ! 一階正面玄関にみんな集合するように言われてる!」
ラクトの声に促されるようにリナはやなゆーの肩に手を掛けるが、それを払った。
「今いい所なんだ。邪魔すんな」
「っ……やなゆーさんなんて知りません!行くよラクト!」
リナは身を翻して個人作業部屋を飛び出すと、身を低くしたラクトのリボンによって背中に乗せられ、一気にエレベーターホールへと姿を消した。
やなゆーはひとり取り残された。もちろん筆を止めることは無かった。
もう少し上手く描けそうな気がしていたんだ。でも、実際に描いてみたら全然上手く描けなくて。描き始めた初日は背中が筋肉痛になった。姿勢や筆の使い方から教わって描き始めたは良いものの、それは目に見えて下手な絵だった。描いたのは結局鉄製のじょうろと木製の立方体、透明なガラスでできた球体だ。何を描けばいいか、結局決められなかったのだ。
でも、二枚目の絵に挑む今は――本当に描きたいものを描いている。
いつの間にか警鐘も鳴り止んでいた。静寂の中で筆に絵の具を含ませ丁寧にキャンバスに丁寧に盛っていく。
すると、やなゆーの脳裏に響く声があった。
――凄いわね、まーちゃん。まーちゃんの描く絵はこんなに綺麗。
筆を動かす度に蠢くのは古い記憶だ。ずっと昔、過去に置き去りにしてきた母親の声。
母親はいつも2つ上の姉の絵を褒めていた。その頃は姉と同じように俺も絵を描くことが好きだった。
しかし、それはまだ学校にも通う前の頃の話。その頃の「2つ上」の絵としての実力は埋め難いほどの差があった。
もちろん、姉の描いた絵は今の俺が見たら笑ってしまうほどの酷い出来栄えだった。それでも俺の酷さと比べたら、絵を描く習慣のなかった母は、絵の難しさなんて知らない故に物差しを使わずに褒めたのだ。
「2つ上」の姉の絵ばかりを。
俺はいつしかペンを握らなくなっていた。姉と比較され、言外に「あんたの絵は上手くないんだよ」と思われるのが嫌になったのだ。
俺はそれから本を読むようになった。本を読むのは好きで、活字の羅列を追いかけ頭の中で空想を描くのが好きになった。行間に足りない部分は自らの想像で埋めていった。
母はそんな本を読む息子のことは褒めた。ゲームに夢中になる同世代の子と比べたらそりゃ褒めるところは多々あるのだろう。
しかしやはり親は本を読まない人だった。そんな姿を見たことが無い俺は、褒められたにもかかわらず親に反発していく。
褒めるほど俺は偉いことはしていない。本を読むことは俺の人生で必要な事だから読むのだ。そんな上辺だけの言葉はいらない。
そう、上辺だけの言葉は要らないんだ。
頬をつつっ、と撫でる汗。筆を握ったままの二の腕で無造作に拭い、やなゆーは立ち上がった。
少し後ろに下がって、イーゼルに乗せられたキャンバスの全体を見る。全体としてのバランスが整っているか、構図は満足いくものになっているか、最後のチェック。
「……ふぅ」
この絵はこれで完成した。そう納得をつけると手のひらからこぼれ落ちた筆が床でカララン、と音を立てた。
キャンバスも筆洗も絵の具もそのままにしてやなゆーは部屋を出た。
十四階の休憩室に入り、真っ先に喫煙室に入った。タバコを咥え、ライターで火を灯した。
深く煙を吸う間も絵のことばかり考えていた。
五日間も絵を連続で描いたのはやなゆーにとって初めての経験であった。仕事をする時とも小説を考えるときとも違う部分の脳を使った気がしていて、絵を描くことに少しずつ楽しさを見出してきた。だが、それは所詮子供の楽しみであった。絵を描くことは楽しいことだという子供の楽しみ。それとオビリオへのアドバイスはまた違うものではないか。
リナの言っていた絵の海に溺れるということはどういうことなのだろう。その答えは未だに出ていなかった。
背中がじんわりと痛む。初日はとても立っていられないほどに背中が痛み、休憩を挟む時はソファーに倒れるようにしていたのだが、今ではもう心地よいくらいの痛みに落ち着き、それも慣れてきていた。
軽く背骨をそらすように腰を動かした時、不意に――休憩室の扉が開いた。
姿を表したのはオビリオだった。透明なガラスの向こうでオビリオと目が合った。
彼は小走りで喫煙所の扉に手をかけると、自分は吸わないにも関わらず喫煙室に飛び込んできた。
「やなゆーさん、無事でしたか?」
「オビリオこそ無事だったみたいだな、よかった」
互いに非戦闘員だ。抵抗する術は残念ながら持ち合わせていない。だからこそ、ベルの音には背筋の凍る思いをするしそれが終わったのちに互いの表情を見ると安堵する。
それが終わった後――互いに何を話せばいいかわからなくなる。やなゆーは少しだけ視線を反らした。
オビリオの絵作りの答えはまだ見つかっていない。有休を取ってまで絵を描いたにも関わらず、このザマだ。
何を話せばいいのだろう、と考えを巡らせているうちにオビリオは口を開いた。
「あの、リナさんから個室で絵を描いてるって聞いて……なんで有休取って絵描いてるんですか?」
純粋無垢な天然の発言に「お前な!」と声を上げようとして思いとどまる。
「……単純に俺が描きたくなっただけだよ。別に特に理由なんてあるわけじゃない」
「あ、そうだったんですか? やなゆーさんってあんまり絵を描くイメージが無かったからつい」
子供のようにはにかみながらそんなことを言うオビリオの顔面に一発拳を食らわせてやろうかと本気で思った。
「なんだよ、俺が絵を描いちゃダメなのかよ。ここには絵が得意な奴らがゴロゴロ居て、たまに感化されることだってあるだろ」
「いや、そういうつもりじゃなかったんですけれど……」
首をすくめて上目遣いに様子を伺うオビリオの表情ときたら怒られて凹んだ犬みたいな顔になってやがる。
短くなったタバコを灰皿に押し付けると、オビリオは更に口を開いた。
「あの、僕も今凄い絵を描きたくなっていて……よかったら、一緒に絵を描きませんか?」
「どうしたんだ藪から棒に。この前は悩んでるって言ったじゃないか」
「あの時は……確かに悩んでたんですけれど、でも、今ちゃんとここで絵を描けるということそのものが幸せなことなんだと改めて感じて……」
少し恥ずかしげに頬を赤く染めながら言うオビリオの言葉に、俺も不意を突かれたように目を丸くする。
オビリオにどんな心境の変化があったのかはまるでわからないが、いずれにせよ――本人は描く気が戻ったのだということはわかる。
やはり、俺のアドバイスなんていらなかったか。リナと何かを話したみたいだし、きっとそこで何か思うことがあったのだろう。絵描き同士の交流のほうが、アドバイスになる。シンプルな法則だ。
「まぁ……描きたいって気持ちが戻ったのなら、それは何よりだな」
「だから、一緒に絵を描きましょう!」
オビリオは俺の手を握り、強引に引っ張って喫煙所から連れ出そうとする。
「おいおい、俺はまだ休憩中で――」
「いいじゃないですか! やなゆーさんが描いた絵も見てみたいですしね! どんな絵を描いたのか凄く気になります」
そこまで言われると、俺はそれまで描いていた絵を思い出し――かぁっと頬に熱を帯びるのを感じた。手を強引に引いてオビリオの脚を止める。
「待った! まだ見せられるような段階じゃない!」
「過程だけでも気になります! やなゆーさんの思い描くモチーフとか、どんなテーマで描いてるかとか、凄く気になります!」
「だ、ダメだ! 俺の絵を見るなんてだめだ! 恥ずかしくて死ぬ!」
「絵は上手下手じゃないですよ、気持ちが込められてるかどうかです!」
二匹がぎゃんぎゃん叫ぶ休憩所での攻防はもう暫く続くのだ。
* * *
やなゆーが姿を消してから、幾ばくかの時間が経った。十四階の作業部屋はキャンバスの絵の具が少しずつ乾く他は、何も変化もなく静寂に包まれている。
リナがラクトに乗って戻ってきた。彼女はドラゴンの血にまみれていたが、シャワーを浴び、着替えてさっぱりとした印象になっていた。ラクトはやはり廊下の前で立ち止まると伏せて、リナを下ろした。
ふたりは二言三言言葉を交わすとリナだけがドアノブに手を掛けて部屋に入った。
「あれ、やなゆーは居ないんだ」
見回したリナがそこに居るはずの存在が居ないことを確認して囁いた直後だ。
ふと視界にキャンバスが入った。同時にリナは吸い寄せられるようにその傍に寄っていく。それを見つめたまま、立ち尽くした。そして、微かに微笑んだ。
そして、再び静寂が訪れた。リナの呼吸する微かな音だけが増えた部屋の中で、ゆっくりと時が流れる。
「やっほ、リナちゃん」
ドアノブが回る音もしなかったのだが、不意に声を掛けられたリナはビクリと肩をはね上げながら振り返る。
「し、社長!?」
振り返ったリナの目の前に居たのは、いつもジーパンにパーカーとラフな格好で背中に一対の翼があるボーイッシュな女性――社長であった。
彼女はいつも穏やかな表情だが、必然的にキャンバスを見ている今は特ににこにこと笑っている。
社長がそんな表情を浮かべるのも当然だと思った。
キャンバスに描かれたこの絵からは――本人が楽しんで、どっぷりと絵に溺れながら描いたということがよく伝わってくるのだから。
「この絵、誰が描いたの? ――とっても素敵だね」
キャンバスに描かれた灰色の狼の獣人の表情は、穏やかに笑っているように見えたのだった。
fin.