メインストーリー(改訂版)

ページ名:あ

TITANFALLタイタンフォール


禍中に沈む。


+ "0話"ー「あらすじ」-

「光あれ」
 神は祈りを込めてそう唱えた。
 世界に光が現れたので、同時に闇も生まれた。


 ...


「撃て!」


 力強い怒号の後に、無数の砲台から鋼鉄の雨が降り注ぐ。
 災禍の到来を告げる暁鐘の如く、砲声が止め処無く響き渡る。


 幾度もの着弾と衝撃が塹壕を歪ませ、中で蹲る兵士の退路を塞いでゆく。
 逃げ惑う敵兵に止めを刺すように、そこに爆炎が放たれる。


「メーデー!メーデー!」


「大量の火炎弾がこちらに...これ以上は持ちそうにありません...!」


「...くそッ、これが魔法の力だというのか...魔道士共め...!」


 ...


「...敵部隊は壊滅させた。奴ら全員火の海に叩き込んでやったよ」


「流石です、大尉殿。...それも魔法の力、という奴ですか」


「魔道士として拙い俺でさえこの威力だ。魔法の力というよりも、神の力なのかもしれんな...」


 ...魔法
 神が宿せしその力は、世界に数多の命を芽吹かせた。
 水は母なる海を産み、炎の熱は大地を創り、風は命を運んで回り、雷は闇夜を照らす光となって、世界を築き上げた。
 神が振るいしその力は、世界に果てしなき災厄を齎した。


「...俺がやった事は簡単さ。頭の中で炎のイメージを映し出して、魔法の詠唱して、天に祈りを捧げて。
 そしたらあのザマだ」


「神というより、破壊神の方がお似合いですよ、大尉殿。私は魔道士じゃないので、よく分かりませんが」


 辺りに広がる光景を前にして、魔道士は深い溜め息をついた。


 死臭を乗せた、むせ返るような硝煙の香り。焼け付く血肉の饐えた臭い。
 残骸の跡からは、それらの異臭が焔や黒煙と共に立ち昇っていた。


 これらは全て、自分の意志と魔法(ちから)が引き起こしたものである。
 頭の中では理解しつつも、 改めて自分の持つ力の恐ろしさに男は内心慄いていた。


 世界は既に、鉄と魔法の入り乱れる戦火の時代を迎えている。
 こんな出鱈目な力が存在する現実を思えば、無理からぬ事なのだろうか。


 「破壊神、か...人聞きの悪い」


 男は血生臭い光景から目を逸らし、ふと空を見上げた。


 ...直後、空を横切る黒い"影"が目に映る。
 それが何を意味するかを理解した瞬間、男の全身から血の気が引いた。


「て...」


「大尉殿?」


「...て、撤退だ!!今すぐ他部隊にも撤退命令を出せ!!」


「た、大尉殿!ここまで敵陣に踏み込んだのです、それを今更何を...!」


「まだ分からないのか!?"上"だ、上を見ろ...!」


 声を震わせる上官に言われるがまま、部下が空を見上げた。
 大きく、どす黒く、光を遮るような雲が、鬱々と一面に広がっていた。
 その形容しがたい空模様と、それ以上に不可解な現象を目の当たりにして、背筋が凍りついた。


 ...雪が降っていた。
 今までそんな気配は全く無かったというのに、それは瞬く間に戦場を席巻し始めている。
 何が起きているのかといった様子で、部下はただ呆然と空を見つめていた。


 絶え間なく、雪が降り続く。
 一体、何故...。


「大尉殿...あれは...」


「伏せろ!!」


 男は状況を把握するよりも前に、上官に頭を押さえつけられた。


 凍てつく風が次第に勢いを増し、大地を白く染め上げんと吹き荒ぶ。
 皮膚を引き裂く雹が降り注ぎ、周囲に断末魔と赤い飛沫が交錯する。


 余りに唐突な出来事に、二人はただ頭を下げることで地獄を凌ぐ他無かった。
 阿鼻叫喚の巷で現状を理解する余裕は既に無く、この吹雪に呑まれて死ぬしか無いのか...と。
 周囲の音が次第に遠くなり、己の終焉が脳裏を過った直後、猛吹雪の中に"それ"を見た。


 白を基調とした四肢と、全身を覆う結晶質の甲殻。巨駆による飛翔を可能とするほどの、一対の立派な翼。
 野性的でありながら、その上に氷の鎧を装う優美で壮麗な出で立ち。
 喩えるならばそれは、薄氷の甲冑を着込んだ騎士の如きドラゴンであった。


 どこか神秘的でありながら、生物として敵わない。
 本能的にそう確信出来るような迫力に。あるいは、その圧倒的な存在感に。
 二人は死の間際の最期まで、呆気に取られ続けていた。


「...本当に...居たん、ですね...」


「古竜...」


 ...


 古竜は人間と違い、本能のままに生きる。
 生物でありながら、姿を現しただけで吹雪や嵐といった災害を巻き起こす、「生ける天災」であった。
 戦場は神の出現によって忽ち凍土と化し、二度と火花を散らす事は無かった。


 一方で、人は高度な知能と文明を持ち、時として猛獣をも屠る。
 人類は知恵と力を結集することで古竜に抗う術を体得し、それを我が物とした。
 神の力を振るう人間__魔道士が世に現れて暫くすると、やがて世界は人類全盛の時代へと傾いていった。


 ...魔法の力を持つ者、持たぬ者。
 神に怒りを叫ぶ者。神を崇拝し、忠誠を誓った者。
 互いに相容れぬ主張は戦争を激化させ、世を混沌の状況に陥れた。


 神が残した4つの希望。
 それは命を育むよりも、殺戮の手段として人と共に在り続けた。


 ...


「敵魔道士に押されています!魔法部隊の援護はいつになるのですか!?」


「前方から氷の弾丸飛んで来るぞ、時間を稼いでくれ!防壁を展開する!」


 ...筒音が次第に静まり返り、全てが吹雪によって凍てついた惨状が露わになった。
 凍傷で倒れ、横たわる兵士。砲撃に巻き込まれ、土の上で息絶えた古竜。
 絶対零度の風と煙幕の立ち込める中で、人も竜も等しく屍と化していた。


 魔力によって急速に発展した文明は、魔力によって急速に衰退しつつあった。
 嘗て隆盛を極めていた古竜達は戦争によって数を減らし、やがて過去の存在となった。
 その事実が、血塗られた歴史を如実に物語っている。


 戦争は破滅の限りを尽くし、最後には互いに殺し合う戦力すらも失われた。
 多くの命や資源を侵蝕された地球には、生命を養う力はもう残ってはいない。


 滅亡の一途を辿るかに思えた人類は、長い年月を掛け宇宙への移住に成功する。
 広大な銀河の中には、生命が住まうのに適した惑星が存在していた。


 人類の生存圏は地球からフロンティアと呼ばれる星々へと移り変わり、
 これまで紡がれてきた文明は、新天地フロンティアにて復活を遂げる事となった。



 ___神は死んだ。
 戦争から100年余りの時を経て、それが世界の定説となりつつあった。


 ...フロンティアの片隅にある街に、ただ一人。
 世界が定めた学説に、異を唱える者がいた。




+ "1話"-「選択」-

 時刻は午後の3時だというのに、既に窓から斜陽が差し込んでいる。
 桃色の髪が薄紅く染まり、日没が日増しに早くなっている事に気がついた。


 「神は死んだ__か。うっ、眩し...って、もうそんな時期かぁ」


 聖書を半分程度まで読み終えた所で、少女ドロシーは読書を止めた。
 ここ最近では、本を娯楽として楽しむ余裕がどうにも無いように感じられる。


 この街に、間もなく冬がやって来る。
 一人で暮らすには大きな家で、その事実を喜べずにいた。


 「...今年こそは帰ってきてよ、姉さん...」


 ...


 静謐な空気が漂う雪国、ミシュカーヴ
 柔らかな土壌に雪が年中覆い被さる寒冷地であり、外を歩けば美しい銀世界を一望できる。
 冷寒が厳しいだけに家屋も喧騒も少なく、閑静に過ごすのにこれ以上の場所は無い。
 そんな風情ある街を、ドロシーは愛おしく思っていた。
 亡き母に代わり、愛情深く接してくれた姉と父ほどではないにせよ。


 父による童話の読み聞かせや、姉の歌う子守唄。二人による、魔法を始めとした熱心な教育。
 それらは印象深い思い出となって、ドロシーの記憶の片隅にあった。
 歌の一部のフレーズは、今でも偶に口ずさむ。


 冬が訪れ寒さも深まると、年に何度か姉が帰ってきて、家に遊びに来る。
 普段は仕事に忙殺されながらも、この季節になると不定期で顔を出してくれた。
 たまに顔を突き合わせて、近況を話す。その事が、遠く離れた姉妹を繋ぐ何よりのものだった。


 ...だが1つ、気がかりな事がある。
 ここ数年の間、彼女が一度も帰ってきていない。


 姉は職業柄、フロンティア中の星々を転々とすることが常であり、激務であった。
 それでも年に1回は、必ず顔を見せてくれた。


 今は違う。
 対面で会うどころか、個人間での通話もやり取りも、ここ最近では全くしていない。
 事実、姉に送ったメッセージに返信が来なくなってから、既に数ヶ月が経っている。


 ...暫く汚れていない姉の靴を、玄関の奥にそっと仕舞う。
 その直後に、知らせは突然やってきた。


 「先日よりIMC軍ミリシア軍の交戦により、フロンティアの星々にも戦禍が広がる状況が続いています。
 大勢の死傷者を出す事態に至っており、その数は既に十数万を超えているとのことです」


「IMCは宇宙への移住を全面的にバックアップした企業で、それ自体は偉業に他なりません。一方で、
 フロンティア中の資源を独占しようとする動きには批判も多く、原住民は武力行使による抵抗も辞さない様子です」


 銀河に数多のサービスを提供している巨大企業、IMC。
 そんな大物が、民兵組織であるミリシアを相手に戦争とは、恐ろしい時代が続くものだ。
 どこか他人事だと思いつつ、テレビの画面を凝視するドロシーの目に、不吉な映像が映り込んだ。


 ...大勢の死傷者の姿。
 銃器を手にしたロボットによる、原住民の殺戮。
 それらが液晶の画面上に偽りなく、ありありと映し出されていた。


「IMCによるフロンティア市民強制退去運動は過激さを増し、反抗の意志を見せる住民に容赦無く銃を向ける日々が
続いています。それに伴い、IMCに抵抗するミリシア軍の規模は益々拡大し、戦争は激化の一途を辿っています」


 連絡を寄越さなくなった姉は今、果たして無事なのだろうか。
 あれだけ渇望した平穏は、またしても失われてしまうのか。


 今すぐに、姉の声が聴きたい。彼女の安否を確認したい。
 その一心に突き動かされ、携帯を手に取った。


「...あ、姉さん。ニュース見たんだけど、まだフロンティアで仕事してるんでしょ...大丈夫?」


「なんとか...ね...研究...ここで中止するわけには...怪我する前に...帰ってくるよ」


 息を切らしたような声が、スピーカー越しに聞こえてくる。
 その様子は普段の落ち着いた雰囲気とは明らかに違う異様なものであり、凶兆を示唆するように胸騒ぎを覚えた。


「今....ミシュカーヴにいるの?...そこから離れないでね、すぐ戻ってくるから」


「戻ってくるって、姉さん...それ具体的にいつなの?もう凄い被害が出てるみたいだし、帰ってきた方がいいんじゃ...」


 研究よりも、自身の身を案じて欲しい。
 何かあってからでは、遅過ぎるのだから。


 「「...に...」」


 「「げて....」」



 ...通信状況が悪いのか、彼女が何を言っているか殆ど聞き取れなかった。
「逃げて」という朧げな声を最後に通話は途切れ、以降彼女が連絡を寄越してくれることは無かった。



 姉は今、どこで何をしているのか。
 無事に帰れる手段が、彼女にあるのか。


 連絡手段が途絶えた今、ドロシーにそれを知る術は無い。
 あちこちの星を移動して回る金も、愛しい肉親を探す手掛かりさえも。



 ...この状況で自分に出来ることは、何か...
 そう考えた時、自身に秘める物に目を向けた。


 ...魔法。
 ドロシーは研鑽の積み重ねにより、功罪相半ばするこの力を掌握し、既に我が物としていた。


 勉学の果てに取得した国家資格「一等魔道士」。
 その肩書は、彼女の人生に大いに影響を与えると共に、様々な可能性を齎した。


 神にも等しい術式である、魔法。
 これがあれば、戦火を鎮める切っ掛けになり得るのだろうかと、ドロシーはふと思案した。
 傲慢にも、一等の魔道士である自分ならば...と。



 だが、問題は...精神力。


 これまで護身に用いてきた魔法を、今度は殺戮の手段として振るう。
 姉を守るべく、戦争そのものを止める為に。
 行く手を阻む障壁をこの手で壊し、命を奪う。


 ...そんな事、私に耐えられるだろうか?
 それとも、諦めてここでじっとしているか...。


 思考が重苦しく脳を巡り、ドロシーは頭を抱えた。
 他者の命を殺めてでも、家族を守りたいという思い。
 自らの意志で、禁忌を犯す背徳感。その2つの感情の狭間で、揺れ動いていた。



 姉の言葉を思い出す。


「すぐ戻ってくるから」


 ...彼女を取り巻く状況は、今尚果てしない戦禍が広がっている。
 戦争は以前よりも更に激化しているとされ、指を咥えて見ていても終わる気など微塵もしない。


 だが、神の力をその身に宿す、一等の魔道士ならば...
 戦いに終止符を打つ事が、出来るかもしれない。
 否、星を跨いだ衝突など、神の力無くして終わるべくもない。


 ならば、やるしかない。
 私以外に出来ないのならば、行くしかない。


 姉は戦禍に巻き込まれて、既に死んでいるのか。
 それともまだ、どこかで生きているのか。
 どんな形であれ、彼女の身に何があったのかをこの目で確かめたい。


 そう思うほどに、彼女の内に渦巻く覚悟が、狂気を孕んだ使命感へと変わってゆく。





 ...最後の通話から、約1ヶ月後。
 姉の手掛かりを探るべく、遠路遥々フロンティアに...


 此処ミリシアへやって来た。




+ "2話"ー「魔法使い」-

  IMCとミリシアの、2つが分かつ世界。
  様々な想いを胸に、少女はミリシアへの入隊を志願した。


 ...


 ドロシーは1週間程度の戦闘訓練を終え、小銃兵ライフルマンが集まって出来た「射撃部隊」の一員として、
 既に実戦投入の段階に入っていた。


 ...鬱蒼とした森の中で、部隊は淀みなく歩みを進める。
 奥の方を見やると、戦火によって燃え上がる木々が、夕闇の暗さを静かに照らしていた。


 今日が初陣という事もあってか、その光景がひどく恐ろしいものに感じられる。
 固唾を呑んで様子を見守っていると、自分だけ足並みが遅れている事に気がついた。
 新人が隊列を乱すなど、以ての外だ。そう思い、仲間の元に駆け足で近寄る。


「私だ、ガブリエルだ。今回の目的はここ、惑星ソラスの制圧を行い、ミリシアの勢力を少しでも押し広げる事だ」


 自分達を指揮するあの人___ガブリエル司令は、歴戦の猛者である。
 部隊の仲間達は、口を揃えてそう語る。彼がこの作戦に投入されたのは必然の事だ、とも。


 ここは敵軍IMCの燃料補給地であり、周辺を警備している敵兵が跋扈しているという。
 敵の包囲網を掻い潜るには、司令のような精鋭が不可欠という事だろう。


「ここを奪取する以外に、ミリシアに未来はない。この私、ガブリエルが責任を持って君たちを先導しよう。
 後に続け!」


 ...空から巨大なカプセルが幾つも降り注ぎ、勢いを保ったまま地面に衝突する。
 その衝撃でもうもうと煙が立ち昇り、容器の中から小型の敵機械兵スペクターが顔を出していた。


 それと同時に、部隊は一斉に銃を構えて射撃体勢に入る。
 ドロシーも遅れてライフルを構え、震える手を抑えてスコープを覗き、狙いを定めた。


 


 ...銃の咆哮が木霊した後に、敵が呆気なく地面に倒れ込む。
 よし、当たった。まずは一匹。


 ...喜びも束の間、仲間の援護射撃がそれに続く。スペクターが荒波のように迫ってきている。
 数に物を言わせて押し寄せてくる敵軍を前に、我々に休む暇などありはしないのか。


「撃て、互いをカバーしあうように弾幕を展開し続けろ!」


 ...射撃、射撃、射撃。
 司令の激しい攻勢を援護するように、発砲が絶え間なく続く。


 ...重い鉛玉、空を覆い尽くすミサイル、グレネードの嵐。
 強力な近代兵器の猛威によって、惑星が本来持っていた緑はいとも容易く失われていく。
 そこに生命は何も芽吹かず、後には灰しか残らない。


 破壊とは、かくも恐ろしいものなのか。
 自分が今ここにいるのは他でもない...戦場なのだと思い知らされる。


 ...ドロシーが一心にトリガーを引き続けるも、敵が倒れる気配は一向に無かった。
 何故だ。この距離にも関わらず、私の狙いが当たっていないのか。


 彼女は周囲を注意深く観察し、意識を張り巡らせた。
 銃から鳴る、カチカチと頼りない音に辟易してきた頃に、ようやく原因に気がついた。


 ...弾切れだ!


「一度リロードします!援護を!」


「了解!私がカバーする!」


 慣れない手つきで手元のマガジンを交換し、すぐさま銃撃戦に復帰する。
 大きな銃とマガジンを手で持つと、その確かな重量感が腕全体に感じられた。


「....メーデー!メーデー!撃たれたっ...!」


 ...重傷を負った仲間の、苦悶の声が聞こえてくる。
 ドロシーの射撃精度では敵を抑えることは難しく、肩を並べる仲間が前線から一度引き下がる。
 その度にこちらの戦力はじりじりと削られ、一人一人の限界が早まっていく。


 ...この撃ち合いは、いつになったら終わるのか。
 先の見えない恐怖を前に足が震え、狙いが上手く定まらない。


「ドロシー、まだやれそうか?」


「....はい....っ....!」


 ...司令の呼びかけに、必死で答える。
 が、激しい攻防を前にまともな応答は出来そうになかった。


「...予想以上に敵軍の戦力が多い。これより、攻撃魔法の使用を許可する」


 ...来た。


 攻撃魔法。
 魔道士たちは、脳内や心の中で強く念じることで、そのイメージを炎や冷気、風として発現させることが出来る。
 ...多大な隙を敵の前で晒す覚悟があるなら、の話だが。


「...総員に告ぐ、これよりドロシーが魔法の詠唱段階に入る。少しでも時間を稼ぎ、彼女の支援に徹しろ!!」


 司令の叫び声に呼応するように、部隊による一斉掃射が行われる。
 部隊の人数は先ほどよりも確かに減っているはずなのに、弾幕の勢いはより強く、激しさを増していく。
 銃弾の嵐が敵兵に降り注ぎ、スペクターらはその猛攻を前に尻込みしていた。


 ...仲間の助力に感謝し、ドロシーは手を合わせて静かに祈りを捧げた。




「עונד להבה אדומה(紅き炎を身に纏い)」


「לשרוף את כל כדור הארץ(大地を総て焼き尽くす)」



「הַבהָקָה(フレア)」





 幾許かの爆発の後に、戦場はすぐさま鎮まり返る。
 静寂に包まれる中、煉獄の帳が辺りを覆い尽くす。


 


 木々が燃え盛り、地獄の様相を呈するその一幕は、息が詰まるような戦場の過酷さを物語っていた。


 ...ドロシーは思わず脱力し、全身から力が抜けるように地面に倒れ伏した。
 足元が覚束ず、上手く立てそうにない。


 視界がぼやけ、意識が朦朧とする中で歓声と雄叫びが聞こえてくる。
 部隊の仲間たちの黄色い声が、鼓膜を軋ませるノイズのように耳に入り込んでくる。


「おい、今の爆発!見たか!?スペクターが一瞬で蒸発したぞ!」


「凄い魔法...まるで奇跡だ......天が私たちに味方したんだわ....」


「すげぇ、これが炎の魔法...でも、実際目にすると結構おっかねぇかも....」


 仲間が周りに集まり、一人の魔道士を祀り上げるように胴上げをし始めた。
 それは実に大袈裟で騒がしく、そしてどことなく無遠慮で。


 こういう扱いは、どうにも慣れないものだ。消耗した体に堪えるから、今すぐ下ろして欲しい...。
 そう思いはするものの、顔を綻ばせる仲間を見て、心の内を言えずにいた。


「...お前ら、祭り騒ぎはそこまで。ドロシー、先ほどはご苦労だった。凄まじい爆発だったな、あれはまるで...」


 司令は言いかけて、しばし目を瞬いた後にかぶりを振った。


「いや...なんでも。それより、体調の方は大丈夫か?」


「は...吐きそう...ですけど、まだ...やれます」


 強力な魔法は発現させる事自体が難しく、その反動も強い。
 戦場での命懸けの状況下という事もあり、肉体、及び精神に多大な負荷が掛かる。
 それは優れた魔道士とて例外ではなく、ドロシーは強烈な吐き気に襲われていた。


「無理せずに少し休め、一度部隊の進軍を中止する...一歩ずつ、慎重に進めばいい。何より、君みたいな魔道士は
 貴重だ。酷使して使い潰すのも惜しい」


 司令はそう言って、労うように手を差し伸べてきた。
 ...理解のあるボスがいて良かった、助かった。
 そう思い、地べたを這う身体を徐ろに起こし始めた。





「あの...何してるの?」


 不思議な光景を目の当たりにして、ドロシーは思わず声を発した。
 部隊の仲間達が、敵の残骸に群がるように集まっていたのだ。


「ん?あぁ、これか。腕のパーツが故障してきたから、スペクターからちょっと拝借してるってとこだ」


「あたしら、腕とか脚とか...体の一部が機械で。ミリシアから部品が届くまでは、こうするしかないの。あたしも
 魔法が使えたら、また違ったのかもしれないけどね」


 生身の身体に自然に取り付けられた、金属の手脚。それに覆い被さる、人工の皮膚。
 その完成度は高く、凝視しなければ義肢であると見抜けない。


「でもお前、指から火が出るだけいいじゃねぇか。それで、魔法で着火させた煙草のお味は?」


「安物のオイルライターよりはマシかな。戦闘の役に立たない手品みたいなもんだから、別にいいけど」


「俺たち一般人の魔法なんてそんなもんだろ」


 彼らは会話を交えながらも、素早い手つきで部品を掠め取る。
 「生き残るには殺略など当たり前」という雰囲気を否定するでもなく、仲間の一人が司令に向かって話しかけていた。


「司令。弾が切れちまったんですが、追加の物資はいつ届くんですか?」


「救援物資は24時間いつでも戦場にお届け出来る訳じゃない。敵が使ってた武器をそのまま使え」


「えー...敵から奪う事が前提だから、追加の弾なんて送らんでもいいだろうって?」


「フリッツ。副隊長の座まで与えられて、お前未だに敵の使ってたオモチャじゃ戦えませんってか?」


 彼らは冗談を交えながら、軽いトーンで言葉を返し合っていた。
 部下と司令という上下関係を感じさせない掛け合いは、生真面目なドロシーには奇異に映る。
 軍人として生きながらえる術は、そういったジョークを楽しむ心の在り方にあるというのだろうか。


「まさかね。敵の持ってたR201カービンなんか、ウチじゃ古いですけど最低限は使えますし。
 最新型の301が良かったけど、101じゃないだけマシですかね」


「R101なら却って値打ちがあるってもんだろ。骨董品(ヴィンテージ)はいいぞ、趣があって」


 R201。
 型落ちとなって久しいアサルトライフルであり、ミリシア兵の銃に比べて品質で劣る。
 しかし、数の暴力の前には、多少の性能差など意味を成さないのだろう。


 ...ある者は態勢を立て直し、木々の茂みに隠れて作業を行っていた。
 またある者は、先ほどの光景を目の当たりにして興奮しているのか、側に近づいてきた。


「...ドロシー様、先程は本当に助かりました。あぁ、神に仕えし者に、なんとお礼を申し上げれば良いのか...」


 ...隠密行動に適した、迷彩柄の防護服。その上に重ね着された、胸部周りを保護する防弾ベスト。
 ミリタリーな装備に身を包む仲間の一人が、まさか敬虔な信徒であるとは想像にも及ばなかった。


「...そういう大袈裟な態度、好きじゃないな。私は出来ることをしただけだから、ありがとうの一言でいいの」


「そうでしたか、失礼しました...では感謝の意を込めて、キリエ・エレイソン...とだけ」


 キリエ・エレイソン...「主よ、我らを憐れみ給え」。それから転じて、「神の祈りがあらんことを」という
 ニュアンスを含む祈りの言葉。


 ドロシーからすれば、それは他力本願じみた神頼みの言葉に他ならず、僅かに苛立ちを覚えた。
 一方で、今の時代にここまで神を崇める人間がいるものなのか、という驚きがそれ以上にあった。


「...この世に神はいても、それは救世主に非ず、よ」


「私は少なくとも、そうは思いませんよ。ドロシーさん、貴女にもどうかご加護あらん事を」


 救いの手をただ待つよりも、自分の力でどうにかした方が良いに決まってる。
 その言葉が喉まで出掛かった所で、信徒はその場を後にして物資の補充に向かっていた。




 ...その時だった。
 轟音と共に、"何か"が空から降ってきた。


 ...耳を劈く轟きを前に、部隊の会話は一瞬にして掻き消された。
 地割れかと見まごう程の、大地の振動。何も見えなくなるほどの煙幕。
 それらが辺り一面に広がり、肉塊を踏み潰すような湿っぽい音が、骨や鉄が砕ける音の後に続いていた。



 



「タ...タイタンだ...に、逃げろぉぉぉぉおぉぉぉぉ!!」



「...おいドロシー!何ボーっとしてんだ、早く立て!死にてぇか!?」



 ...不安を掻き立てる仲間の声色も相まって、何が起きているのか理解出来なかった。
 タ、タイタン?こいつが...


 身の毛がよだつような、この恐ろしい鋼鉄の怪物が...
 こいつが、...巨人タイタンなのか...!



 ...ドロシーは戦場に来て初めて、生物が本能的に持つ原始的な恐怖を肌で感じていた。
 こいつは間違いなく、ヤバい....という確信。
 その圧倒的な巨体と衝撃的な邂逅は...そう思わせるだけの凄まじい説得力に溢れていた。



 次いで、煙幕の中から出てくる増援の数々。



 


 機械じみたモノアイに、赤いサーチライトが差している。
 その無機質さに戦慄が走り、先ほどの衝撃も相まって死の文字が頭を過ぎる。


 あぁ父よ...偉大なる神よ...!
 私はこれから...どうなるのでしょうか...





「まずは周辺のスペクターを片付けろ!少しでも数を減らし、先のことは後続に任せる!直ちに応援を呼べ!」



 張り裂けんばかりの司令の叫び声に、血も凍るような恐怖が身中を駆け巡る。
 司令に倣うように、部隊の一人は激しい戦闘の最中、通信機に向かって祈るように叫び続けた。


 「こちら前線部隊、応援を要請する!繰り返す、こちら前線部隊、応援を要請する!!」
 「応援を要請する!繰り返す、応援を要請する!!」


 状況が状況だ、助けてくれるなら誰でもいい...誰だって構わない。


 誰でもいい...だから、早く。
 早く...


「「...こちら紅蓮だ。敵襲かね?」」


「ロード級タイタンとスペクターの奇襲を受けている!直ちに応援を!!」


「「...了解、すぐにそちらに向かう!」」


 ...通信が繋がり、紅蓮と名乗る人物が応答してくれたようだった。
 援軍が来てくれるのは何よりだが、そうも言っていられない状況が続いている。


 敵タイタンの容赦無い銃撃に、仲間の腹部に風穴が開けられてゆく。
 放たれたミサイルによる爆風がドロシーの頬を掠め、辺りに火の粉が飛散する。


「神さ...」


「ま...ッ....」


 ...隣に居たはずの信徒は、肉が弾ける音と共に頭部を吹き飛ばされていた。
 地面に叩きつけられた肉片が僅かに痙攣し、やがてその動きを止める一連の様子は...直視するには耐え難い。


「...っ......」


 ...言葉にならない小さな悲鳴が、口から漏れる。
 凄惨な光景に目を逸らしたくなるが、目を逸らせば敵の攻撃を躱せない。


 必死に敵の数を減らしてはいるものの、次々に飛んでくる攻撃が厳しい。
 熱風と爆炎は未だ止まず、乱雑に放たれたミサイルが部隊を火だるまに変えていく。


 これが、タイタンの力なのか...。


 ...地面に転がる仲間の死体を横目に、思わず心が折れかける。


「...ドロシー!!魔法は!?さっきみたいに魔法でなんとかならないわけ!?」


 ...無知で無遠慮な仲間の言葉に、思わず舌打ちが出る。
 意識が吹き飛ぶようなあの反動で、大勢の敵に隙を晒すのはまずい。
 大規模な魔法に相応の負荷が伴うのは、先ほど目にしたばかりだろうに。


 ...魔法を詠唱する時間を稼いで貰い、再度フレアを放てば良いのだろうか。
 だが、それで取り巻きを殲滅しても、デカブツをも屠れる気はしない...。
 あの巨体を前にして、千鳥足を踏む羽目になったら、私は...私はどうなる...


 ...ドロシーは射撃を続けながらも、ひたすらに思考していた。
 援軍到着まで、本当にこのまま耐え凌ぐしかないのか。何か1つくらい、活路があるのではないかと。



「...総員に告ぐ。周りの敵は私が全て片付ける」


 銃撃の応酬が続く中、司令が通信機越しにそう告げた。
 が、ドロシーは一瞬、彼の言葉の意味が理解出来なかった。



 ...私が全て片付ける?
 ここに来て、司令は一体どんな策を...


「考えるな、撃て!1秒でも多く時間を稼いでくれ!とにかく撃ち続けろ!」


「...20秒。20秒だけあれば十分だ、いけるよな?」


 ....数十秒稼ぐだけで、この状況を打破出来るような術などあるはずがない。


 ...どこにも.....あるはずが.....。



 ....まさか




 あの人は......!






+ "3話"ー「白兵の紅蓮」-


「Sacrificate humi iacentem(地に伏す贄を凍て尽かし)」


「Qui monis omnia, venite ad me(万物を戒める者よ 我が元へ)」


 敵タイタンはおろか、自軍すらも凍死しかねない....そう思わせるほどの激しい吹雪が辺りを覆い尽くす。
 先ほどの煉獄の風景は黒煙を上げ、絶対零度を前に消えかかっていた。


 やはり、司令は______


 ...考えるより先に、吹雪の勢いが臨界点に達したその刹那。
 "言葉まほう"は紡がれた______。



「Celsius(セルシウス)」





 ...直後、周りのスペクターはおろか、タイタンまでもが物言わぬ氷像と化していた。
 その光景は現実のものとは思えず、夢の中の出来事かと錯覚しかねない。


 噂には聞いていた。
 大規模な魔法を行使する魔道士が、ミリシアにもいるという事を。


 だが、ここまでの規模ともなると、その反動も尋常ではないのだろう。
 何度も咳き込む司令の足元に、赤い血溜まりが波紋のように広がっていた。


「...司令、大丈夫ですか!しっかりしてください!!」


 声を荒らげて駆け寄る仲間達をよそに、ドロシーはただ呆然と立ち尽くしていた。


 辺り一面に広がる、血塗られた雪景色。
 それは疑う余地も無く、地獄そのものであった。


 ...異様な静寂に、一条の風が吹き抜ける。
 刺すような冷たさに、身体に籠もる熱が少しずつ、確実に奪われていく。


「こちら....ガブリエルだ...近接部隊の諸君。準備が完了次第...目的地のソラスに出発してくれ....」


「いや...5分後には到着する。それまで首を長くして待っていてくれたまえ、司令殿」


「...ハハ。いつも助かるよ、紅蓮...」


 敵は凍て付いて微動だにせず、幾分時間と余裕があった。
 援軍を呼び終えた司令の指示に従い、部隊は速やかに陣形を展開する。


 唇を噛み締めている仲間の動きは淀みなく、殆ど無駄がない。
 内心はどうあれ、戦場で仲間の死を悼む暇など無いとでも言うのだろうか。


 ドロシーも胸中を押し殺すように、口を開いて詠唱を始めた。


 ...
 ............


「הַבהָקָה(フレア)」



 ......


 氷漬けになった敵兵が、身動き1つ取れぬまま溶けてゆく。
 融解した金属と煤の焼けた煙が霧散し、その不快な匂いに思わず顔を顰めた。


 ...魔法による反動で足がもつれ、ドロシーが音を立てて地面に倒れ込む。
 頭の中で疼くような頭痛や目眩に襲われ、眼の前の光景が歪んで見える。


 直後、奥の方から応援に駆けつけてきた部隊の姿が目に映る。


「近接部隊、到着しました!...司令、大丈夫ですか!そんな所で寝転がってたら危ないですよ...肩、貸しますから」


「...君たちが来るまでの間でなんとか休めたよ...大丈夫、一人で立てるさ...」


 あの短い時間で、司令は既に回復したようだった。
 ...それとも、部下を前にして我慢しているだけなのか。


「これより作戦を続行する...ミリシアに幸あれ!」


 援軍や司令の張り上げるような声が、微かに聞こえてくる。
 意識が朦朧とし、声を含めたあらゆる音が、次第にか細く遠くなっていった。


「射撃部隊は近接部隊に後を任せ、直ちに撤退を開始しろ!これ以上の戦闘は危険だ!」


「...いや、私は残るよ。部下が撤退するまでは退く訳にもいかんのでね、まだ戦えるさ」


 ...司令の声が、上手く聞き取れない。
 そう感じた直後、意識が遠のくような眠気に襲われて、ドロシーは静かに瞼を閉じた。







「...お嬢ちゃん」


「魔道士のお嬢ちゃん、大丈夫かね」


 誰かを呼びかける声が耳に入り、混濁していた意識が覚醒するようにハッと目が覚めた。
 瞼を開くと、刀剣を携えた女性が自分を介抱してくれていた。


「お、ようやく起きたか。私がここまで運んでやったんだ、感謝したまえ。正直な所、結構重かったのだぞ」


 戦場の荒々しさとは縁遠い、澄んだ声色が耳に入る。
 加えて、仕立ての良い貴族風の衣装。クラシックで上品な黒褐色の服装が、銀色の髪を引き立てている。
 その持ち主が只者ではない事は、寝起きの状態でも瞬時に理解出来た。


「あの...あなたは?」


「近接部隊所属、識別名紅蓮。君たちをお守りする、戦闘用アンドロイドの紅蓮だ。よく覚えておきたまえ」


 近接部隊所属の、戦闘用アンドロイド。それを聞いて、ドロシーは耳を疑った。
 柔和な微笑みを浮かべる表情は、もはや人間のそれとは区別がつかない。
 目の前の人物が機械の人形であるとは、にわかには信じ難いものがあった。


「...あなたが私達を護衛してくれるのですね。ええと、その...一人で?」


「ここには私一人だけだ。それで十分なのは、ガブリエル司令もよく理解しているであろう」


 彼女はそう口にして、自分の有用性を主張して憚らなかった。
 ロボットらしかぬ生き生きとしたその所作は、人と機械の線引きは何処にあるのかと思わざるを得ない。


「...いろいろ聞きたい事があるんですが...とりあえず、助かりました。ありがとうございます、紅蓮さん」


「はは。なに、私は兵器として自分の業務をこなしただけさ。それと、呼び方は紅蓮でいい。堅苦しいから敬語も
 無くてよいぞ、ドロシーお嬢ちゃん」


 鷹揚に笑う彼女をよそに周囲を見渡すと、大きなテントがそこかしこに目に映る。
 吊り下げられたLEDの電球と、拠点の中心にある焚き火がささやかに光を放ち、夜を粛々と照らしていた。


 紅蓮曰く、このキャンプ地は別の部隊が設立してくれたものだという。
 水や食料、弾薬が最低限用意されており、ミリシアがIMCから勝ち取った貴重な場所である事が伺える。


 「えっと...じゃあ、紅蓮。あの山は何なの?」


 奥の方で、スペクターの残骸がうず高く積み上げられている。
 あれは何だと言い終えた瞬間に、それが彼女の"業務"である事に気がついた。


「私が斬り伏せたのだよ、全部で15体。必要なパーツがあるなら持っていくといい」


「あの数を...あなた一人で?15体を?」


「そうだ」


 剣を用いた白兵戦など、時代遅れではないのか。
 魔法と銃で戦場を切り抜けて来たドロシーは、何故銃火器ではなく刃で戦うのかという疑問を頭に浮かべた。


「失礼だけど、今の時代にどうして接近戦が必要なの?あなた、顔に切り傷があるし、怪我も結構するんじゃないの」


「うーん、そうだな...スペクターがどういう奴か知っておるか?」


「質より量で攻めてくるタイプの敵よね。射撃精度は疎かだけど、徒党を組んでそれを補うっていう」


 新人の言葉に対し、紅蓮はその通りだと返した。
 一呼吸置いて、彼女は続けた。


「奴らは、一定の距離を保っての射撃くらいしか出来ない。不意を付いて急接近すれば、狙いが定まらずに照準が
 ぶれる。そこに勢いよく一太刀浴びせれば、簡単に倒せる」


「...なるほど、そういう理由があるのね。けど、痛い思いをして近づくっていうのは、私はちょっと怖いかも」


「だったら痛覚センサーを切ればいい。それで部品が故障したら、体ごと換装すれば問題あるまい」


 痛覚センサーに、身体の故障。
 ミリシアに来て間もないドロシーには、まだ馴染みのない言葉だった。


「...少し疲れた、燃料を補給したい。お嬢ちゃん、尋問の続きなら中でやろう。来たまえ」


「尋問ってあなたね...」


 近くのテントに入り、灯りを点ける。
 中は簡素だが丈夫な作りになっており、疲弊した心身を休めるには充分だった。
 口にした携帯食料を水で流し込んでいると、紅蓮の突飛な行動に思わず噴き出しそうになった。


 ...彼女は何でも無さそうな様子で、右腕を丸ごと取り外していた。
 慣れた手付きで腕ごと付け直し、その動作はおよそ10秒と掛かってもいないだろう。
 新調した腕全体で黒い液体の入った容器を持ち、一気に飲み干していた。


「...なんだ、そんな目で見ないでおくれ。私にとってはこのオイルこそが動力源なのだよ」


「...いや、ごめん。その、あなたってすごく人間みたいな雰囲気があるから。それと行動とのギャップがね」


 ドロシーの驚き様に気を悪くしたのか、「全く」と零す。
 彼女はぶつくさ言いながらも、懐から通信機を取り出した。


「...こちら紅蓮だ。司令殿、応答を」


「...承知した。しかしながら、その奮戦ぶりにはいつも驚かされる。...えぇ、魔道士のお嬢ちゃんなら一緒だ、
 すぐに向かうよ」


 温和な語り口とは裏腹に、紅蓮の柔らかい表情は既に凛としたものになっていた。
 人生はいつ何時も、我々を悠々と待ってくれなどしない。





 テントから出て暫くして、耳障りな通信機のノイズが鼓膜に入り込んでくる。
 と同時に、通信機の小さな画面に声の持ち主の姿が映し出された。


 


 紫色の髪に、澄んだ青の瞳。
 目立った外傷の見当たらないその人物は、冷静な口調で話を始めた。


「初めまして、諸君。只今より君達を動かすことなった、指揮官のゼーレだ。ドロシー、まだやれそうかな」


「はい...まぁ、なんとか。というより、私の事をご存知なんですね...」


 なんとかやれると言ったものの、頭の奥底でじわじわと蝕むような頭痛がまだ残っていた。
 もう基地に戻って寝たいというのが本音ではあるが、致命的な重傷を負っている訳でもない。


「よろしい。...では手短に作戦を説明する。今はガブリエル司令率いる部隊がタイタンの群れを相手取っている」


「その隙に進軍し、君たちにはデカブツとその取り巻き共とカチあってもらう」


 デカブツ。明言こそされていないが、間違いなくタイタンの事だろう。
 あの衝撃的な邂逅、そしてあの存在感...全てが恐怖であり、思い出すだけでも吐き気がする。


 「紅蓮、君にはいつも通り露払いとして周辺の護衛をお願いしたい。フリッツ、君には臨時隊長として部隊を
 指揮して貰う。出来るよな?」


 無言で頷く紅蓮の横で、筋骨隆々な男が敬礼した。
 礼節を弁えた鋭敏な動きは、司令と軽口を叩いていた人物のそれとは思い難い。


「いい返事だ...で、どうやって敵タイタンどもを始末するのかっていうのが君たちの疑問だろう。それに関しては
 問題ない」


 指揮官がそう言い終えると、上空を飛行しているドロップシップから物資が雑に放り投げられた。


 中に入っていたのは、何の変哲もないただのサブマシンガン。
 手に取ると非常に軽く、あのタイタンをねじ伏せるようなパワーは感じられない。


  



「私が最近開発した銃でね。ボルトSMGって言うんだが、なかなか洒落た武器だろう?あ、予備の弾薬は
 それが全てだから、くれぐれも無駄にするなよ」


 指揮官はその語りを止めること無く、饒舌を振るった。


「...で、こいつは魔力の込められたエネルギー弾を放つ銃なんだが、それが敵タイタン共の足を止めてくれる。
量産型ロード級のタイタンは外の装甲は立派だが、内部の守りがお留守だ。覚えておくといい」


 原理はまだ分からずとも、この武器が化け物の足止めに使える。
 その事実が、部隊の士気を確かなものにした。


 ...一方で、これがもう少し早く手配されていれば、犠牲を抑えられたのかという疑問もあった。
 帰らぬ人となった彼らと親しかった訳では無いが、共に戦う仲間が減っていくのは精神的に苦しい。


「...もっと早く」


 ...必死に絞り出したような、か細い声。それに思わず耳を傾ける。
 声がした方向を一瞥すると、何か言いたげな仲間が怒りを主張していた。


「どうしてもっと早く、物資を送って下さらないのですか...その武器があれば、ここまで追い詰められる事も
 無かったのに...!!」


 肩を震わせて啖呵を切る彼女に、指揮官は溜め息をついて諭し始めた。


「物資を届けるにも、相応のリスクが伴う。24時間どこでも届けられる訳じゃないのは、知っての通りだと思うが。
 恨むなら私じゃなくて、この状況を生み出した元凶だ。今のミリシアでは、私がわざわざ届けるしかないんだよ」


 返答を聞いた彼女はそれ以上何も話そうとせず、ただ俯いて啜り泣いていた。
 行き場の無い怒りが確かにそこには在り、それは周囲に重苦しい閉塞感を残していった。


 ...やるせない気持ちを抑えきれず、ドロシーの口からも愚痴が零れた。


「...随分追い詰められているのですね、ミリシアは」


「否定したい所だけど、そうだね。けど、今はまだ全てを諦める段階でもない」


 新人の小言に対し、指揮官はフッと笑って言葉を返した。
 彼女の先程のやり取りは些か冷淡に見えたが、単なる薄情な皮肉屋という訳ではないのだろう。


「そういうことだ。魔法を使えない者達は、この武器でドロシーの援護をメインに行ってくれ。
 側面は紅蓮が守ってくれる、とにかくドロシーが作戦の肝だ。忘れるな」


「...私に相当期待しているようですが」


「君が期待の新人というのはさっきの戦闘を見たら分かるさ。あの規模の大爆発をね」


 盤上の駒を淡々と動かすように、指揮官は落ち着き払ってそう告げた。
 魔道士が持つ力には、戦力として相応の価値があると。


「...さて、これ以上はお家に帰ってからにしよう。ではそろそろ始めようか、強く美しきライフルマンの諸君?」



「ミリシアに...幸あれ!」



 指揮官の力強い掛け声と共に、部隊は再度進軍を開始した。
 辺りは薄暗く燃え盛り、その光景が緊張を静かに煽り立てる。


 


 しかし、この戦場を突き進んででも会うべき人物がいる。
 全ては"彼女"に会うために、私は今ここに立っているのだ。





+ "4話"ー「進軍は戦火と共に」-

「...っ...!!」


 ...いた。
 奥の方まで歩みを進めると、例のデカブツが単独で、それも我が物顔で闊歩していた。
 頭の中で戦うと理解していても、実際に目の前にいると思わず足が竦んでしまう。


 幸い、こちらに気づいている様子は無い。
 何も考えずに先手を取れる状況の中、ドロシーは指を震わせてトリガーを引きそびれていた。


「おい、お前。顔色悪いが大丈夫か...?」


 隊長の気遣いに対し、首を横に振った。
 ...我ながら、情けない。
 そう思いつつ、額に脂汗が滲む。


「...チッ、これだから新人は...。まぁいい、そこで待ってろ。俺達がやる」


 そう言うと、フリッツは簡単なジェスチャーで部隊に指示を出していた。
 紅蓮が目にも留まらぬ速さでタイタンの側面を取る傍ら、部隊は茂みの中に散らばり、敵を囲むように展開した。
 タイタンの注意は紅蓮の方に向けられ、的確に死角を突く動きは見事という他ない。


「....撃てっ!!」


 彼の勇ましい掛け声を皮切りに、部隊の一斉射撃が行なわれる。
 四方から放たれる電撃の嵐が敵の動きを瞬時に封じ、その巨体による猛撃を不能としていた。


「総員、射撃止め。後は紅蓮が」


 鶴の一声で掃射がぴたりと止まり、紅蓮が一瞬にして間合いを詰める。


 彼女の一振りが敵の背中を捉えたかと思うと、タイタンは緑色の液体を吹き出しながら足元を崩し、
 程なくして地面に倒れ伏した。


 敵機が動作を止めて暫くして、部隊から歓喜の声が上がった。
 ゼーレ指揮官が開発したこの銃さえあれば、強大な兵器にも立ち向かう事が出来る、と。


 「...凄いのね、たった一撃で」


 思っていたことをありのままに、ドロシーが零す。
 自分一人だけ何も出来ずにいたと気後れしていると、紅蓮が軽い足取りでこちらに近付いてきた。


「お嬢ちゃん。今後君に出来るなら...という期待を込めて、1つ良いことを教えてあげようか」


 ...紅蓮が少々勿体ぶって話した事は、「タイタンには動力源となるバッテリーが体のどこかにあり、
 それを破壊することで効率よく動作不良に出来る」
 というものだった。


「それ、さっきのテントの中で教えてくれても良かったのに」


「教えたとして、怯えてビクついてた君が実際行動に移せたものかね」


 彼女の返答は手厳しいながらも、弱点を狙うのに恐怖で動けなくては話にならない。
 それ自体は確かに一理ある事だと、ドロシーは納得した。


「...いや、紅蓮。さっきの戦いぶりを見たら、ちょっとは気分もマシになってきたかも」


「ふ、悪くない。その意気だ」




 ...バン、と炸裂音が周囲に響き渡る。
 突然の横槍に、部隊全員が水を打ったように静まり返った。


 ここから遠くない上空で、信号弾が打ち上がっている。
 色は赤く、闇夜の中では不気味なほどに鮮やかに見えた。


「あそこって確か...司令の部隊がいた区域じゃ...!」


 赤の信号弾。
 緊急事態を知らせるSOSの救難信号であり、長らく交戦していた司令の命が危ぶまれる。


 「...そうだな、急がなければ」


 フリッツがそう呟く。
 彼の一言に部隊全体が動き出した矢先、"連中"が茂みの奥から姿を現した。


 ...取り巻きのスペクターが10機ほど。
 そして、小型のタイタンのような敵が4機、陣形の中心に居座っている。


 「死神リーパーが4体...お前ら、あのデカブツの足止めを頼めるか...!」


 こちらは紅蓮を含め、総数7人。それに対し、相手は14機。
 内4機は、死神の名に恥じない存在感を放つ怪物。
 小型のタイタンというには十分過ぎる体格を前に、緊張が走る。


 「...いける」


 数的不利を承知の上で、ドロシーはそう言った。
 損害無しでタイタンを撃破した事で、いくらか冷静さを取り戻しつつあった。


 ...ボルトの予備弾薬には余裕がある。自分たちが射撃であの4機を止めて、残りの小型は紅蓮に任せればそれでいい。
 手に汗を握りつつ、懐から得物を素早く取り出した。





「総員射撃、スペクター共の陣形をこれ以上展開させるな!撃て、動きを阻害しろ!」


 激しい銃撃戦の中で、フリッツの銃撃を受けたデカブツ2機が動きを止めていた。
 紅蓮は電光石火の動きで側面を取り、展開していたスペクターを1匹ずつ両断している。


 ...にも関わらず、敵の勢いは止まらない。


 リーパーの放つミサイルが着弾して爆ぜる度に、身を隠せる遮蔽物が吹き飛ばされていく。
 周囲を焼き払う光線が大地を焦土に塗り替え、地面に燃え盛る炎が射撃部隊を封じ込めている。


 「メーデー、メーデー!!弾薬が切れた!これ以上はもう足止めできん!誰か、誰か援護を!」


 「...クソ、熱気に囲まれて動けねぇ...ここまでか...!」


 死神による火葬さながらに、部隊の仲間が激しい炎に呑まれて朽ちていく。
 炎から逃げた先で、鉛玉が仲間の胸元や四肢を無慈悲に貫く光景が見える。


 敵の猛攻はドロシーの想像以上に凄まじく、あれを前にして魔法を詠唱する暇など無いように思えた。


 ...互いの波状攻撃が続き、敵の残りがリーパー2体になった頃。
 銃弾を撃ち尽くしたのか、武器を持ち上げてマガジンを交換していた。


 荒波の引きを見逃さず、ドロシーは周囲を一瞥して現状を把握した。
 こちらは残り4人。内2人は深手を負い、体を張れる状況ではない。


 警戒して注視すると、敵の足元は内部のパーツが一部剥き出しになっていた。
 ダメージが蓄積しているのかふらついているように見え、あれほど分かりやすい弱点を無視する理由はない。


 「紅蓮!足止めはするから!!とどめはお願い!!」


 咆哮を轟かせるドロシーに対し、敵の背後を取っていた紅蓮が静かに頷く。
 無言の同意をその目でしかと受け取り、ドロシーは最後の予備弾薬を敵の足元目掛けて炸裂させた。


 弾薬が足元でスパークし、敵が体勢を崩す。
 直後、紅蓮の一振りが敵の背面を捉えると、死神はやがて動かなくなった。


 ...交戦により3名が死亡、2名が重傷を受け、作戦続行が可能な人員は紅蓮とドロシーのみ。
 負傷者2人は地面に力なくへたばり、四肢から血を流し、虚ろな目でどこでもない場所をじっと眺めている。
 壊滅的なこの状況下で司令の元まで行くのか...と、ドロシーは内心絶望していた。


 ボルトSMGがあろうとも、ドロシーの射撃精度はあまりに杜撰なものだった。
 恐怖や興奮、恐れ。それら雑念が射撃に影響し、7対14という人数差を覆せずにいた。


 助けを求めるように紅蓮の方に目を向けると、通信機で誰かと話している様子だった。
 取込み中に話しかける訳にもいかず、ドロシーは俯いて視線を落とした。


 「なぁ、お前。ドロシーって、いったか...」


 ...視線の先に、顔を歪ませたフリッツが座り込んでいた。
 言葉を無視して彼の患部に包帯を巻きに向かうと、弱々しく口を開いた。


 「すまねぇ」


 「...喋らないで。傷口が開きます」


 「来たばっかの新人、それも女の...お前に助けてもらって、すまねぇ」


 女の、という言葉に一瞬手が止まったが、間を置いて応急処置を再開する。
 悔しさや無力といった感情がただただ滲み出たその言葉だけが、戦場の空に侘びしく響く。






 「皆さん!!」


 突然、背後から声が聞こえてくる。
 爆発により凹んだ地面を駆ける音と共に、鬱屈とした空気に透き通る声が。
 振り返ると、そこにはミリシアの一式装備に身を包んだ部隊がいた。


「援護に参りました、初めまして...3等ライフルマン、ドロシー。お噂はかねがね」


 人数は3人。
 部隊員の防弾ベストは所々破れており、額には汗が浮かんでいる。


 彼らも私達と同じように戦場を切り抜けて、ここまで来たのか。
 援軍に対してどこか親近感を覚え、ドロシーは手を差し出して軽く握手を交わした。


「初めまして。私の事は誰かから聞いてるの?」


「えぇ。ゼーレ指揮官から、ガブリエル司令に匹敵する魔道士がいると」


「...はは。別に大したことないよ」


 軽いやり取りをよそに、紅蓮が周辺をぐるっと見渡すと、口を開いた。


「坊っちゃん、先ほどの赤い信号弾を見たか?」


「えぇ、まぁ。司令が戦っていると思しき地点ですよね。早く向かった方がいいのは分かっていますが、
 その、彼らは...」


 援軍の部隊長がちらりと負傷者2人を見遣り、言葉を濁した。
 彼に対し、紅蓮は単刀直入に話した。


「最寄りのキャンプ地に救護部隊を呼んである。応急処置だけ済ませたら、後は彼らに回収してもらう」


「...来るまでは放置ですか...」


「悪いとは思っておるよ。だが、司令の援護が先だ。今の我々に、先導者無くして前に進む事は難しい」


 紅蓮の中では、ガブリエル司令>>それ以外という基準が確立されているように見えた。
 命に優先順位を付ける...厳しくもそれは、必要とあらば少なからず持たねばならない意識なのだろう。


 ...ドロシーが考え込んでいると、上空から再度、赤い炸裂が見えた。
 信号弾の位置を踏まえても、少なくとも司令はまだ無事だ。


「...お嬢ちゃん、休む暇も与えず申し訳ない」


「いや、いいの。分かってた事だから...。ボルトの弾も無くなっちゃったけど...それでも行くしかないんでしょ?」


「ハハ、随分物分かりの良いご様子で...」


 ...正直に言ってしまえば、今すぐに帰りたいという気持ちはあった。
 だが、戦争を終わらせるという気概でここに志願したのは、紛れもなく自分。
 仕方ないという気持ちとはまた別に、ドロシーはどこか割り切った心根でいた。






 焦土を駆け抜け司令の元へ辿り着くと、そこには地獄があった。
 タイタンと多数のスペクターが、1体のタイタン目掛けて銃弾を撒き散らしていた。


 地面は一部が白く凍り、一部は焼けたように焦げた痕を残している。
 司令の部隊の屍やスペクターの残骸があちこちで横たわっており、壮絶な戦闘であった事が伺える。
 火花飛び交う戦場にも関わらず、吹雪を彷彿とさせる冷たい風が、断続的に続いていた。



 「...BT、そこか!司令は、司令はどこだ、どこにいる!?」


 新人であるドロシーに、BTが誰かは分からない。
 想像も出来ないような紅蓮の激しい剣幕から、ただならぬ雰囲気だけは感じ取れた。


 「...待て、反応が無いようでは状況が掴めない。誰か司令と通信が繋がったら教えておくれ」


 紅蓮がそう言って、茂みに身を隠すように部隊に命じた。
 BTとやらの手助けをしたい一方で、味方を誤射する恐れから部隊は動け出せずにいる。


 ...ドロシーは理解が追いつかず、司令は無事なのだろうかと茂みの中で憂慮していた。
 固唾を呑んで様子を見守っていると、通信機から声が聞こえてきた。






+ "5話"ー「起動」-

「...ますか、ライフルマン...」


「聞こえ...ますか...3等ライフルマンの、ドロ、シー...」


 ...突如として聞こえてきた、電子音混じりの機械音声。それは、人間のものよりも遥かに無機質な印象を受けた。
 画面に人の顔は無く、身構えていると電子音がノイズの後に再び聞こえてきた。


「私は...BT...ミリシア所属...ヴァンガード級タイタン...」


 ...BT
 今まさに敵を殲滅しているあのタイタンが、私に語りかけているのか。
 あの怪物に、対話の機能が備わっているとでも言うのか。


「...ドロシーでいいわ。どうしたの、BT」


「ガブリエル司令の脈拍が低下中...援護を...」


「...司令!...司令は今どこにいるの?あの人は無事?」


「私の中で...搭乗しています...」



 ...搭乗だと?
 まさか、私が恐れてやまない怪物の中に、人が乗り込む事が出来るのか。
 ましてやあの巨大な鋼鉄を、あれだけ豪快に動かすことが可能なのか。
 ...馬鹿な。


 「...司令がいるのは分かったわ。それで、私はどうすればいい?」


 ドロシーの問いかけに対し、答えたのはBTではなかった。
 司令だった。




 「伏せろ!!」


 ...激しい突風を伴う吹雪が巻き起こり、辺りを覆い尽くす。
 吹き荒ぶ冷気の暴風が全てを凍てつかせ、部隊は茂みの中で縮こまる事しか出来なかった。


 ...嵐が過ぎ去り敵全体が凍りつくと、BTがその膂力で全てを破壊していた。
 スペクターは剛拳を受けて砕け散り、タイタンは内部のバッテリーを爆破され、氷の床に緑色の川が流れた。
 怪物がまた別の怪物に薙ぎ倒される光景を前に、部隊は誰も言葉を紡がない。それほどまでに、圧巻の光景だった。


 ...長く続いた沈黙は、BTの一声によって破られた。


「司令の生命反応が低下中」


 BTの正面が開くと、搭乗席で重傷を負っている司令の姿が露わになった。
 全身からは血を流し、息も絶え絶えなその様子は、何故生きていられるのかと思わざるを得ない。


 部隊は司令の元に駆け寄り、誰に言われるでもなく応急処置をし始めた。
 司令がまだ生きている事にひとまず安堵し、周囲を警戒しているドロシーに声が掛けられた。


「3等ライフルマン、ドロシー。ゼーレ指揮官から、お願いがあります」


 BTだった。
 ドロシーの耳に直接響くその声は、通信機よりも幾分重みがあった。
 あの鉄塊からどんな言葉が飛び出すのかと、身構えた。



「あなたに臨時パイロットをお願いします」


 ...ドロシーは仰天しそうになった。
 ゼーレ指揮官から、「今だけパイロットになってほしい」とは、どういう風の吹き回しなのか。
 そもそもパイロットとは何か、詳しく知らないというのに。


「...どうして私なの?」


「周辺に、まだ敵の反応があります。司令を最寄りのキャンプ地まで安全に護送するには、4人ほどの人員が必要です」


 ...先ほどの援軍の3人に加え、紅蓮。それか、ドロシー。
 それで丁度4人。


「タイタンを操縦するには、専用の資格や指揮官クラスの人間からの許可が必要です。ゼーレ指揮官が見込んだ
 あなたに、たった今許可が降りました」


 強大な兵器であるタイタンは、許可や資格無しに使う事は許されない。
 それ自体はドロシーも理解出来たが、何故自分が選ばれたのか。そもそもこの兵器を、どう扱えばいいのか。
 ...ミリシアは私を使い潰し、ここで殺すつもりなのか。


 「...なるほど、ゼーレ指揮官は私に死んで来いと。そう言うのね」


 ドロシーの皮肉に対し、BTは何も答えない。
 目の前のタイタンは無言でハッチを開き、乗れと言わんばかりだった。


 「周辺200m以内に、敵タイタン2機とスペクターの群れを補足。私の予測によると、2分以内に接敵の可能性」


 ...時間が無い。
 自分に白羽の矢が立った経緯など聞く訳にも行かず、ドロシーは深い溜め息をついた。


 「...分かった、分かったから。どうやって動かせばいいかだけ教えて」


「近くのボタンで直接操作するか、口頭で指示するだけでも構いません」


 席に着くと、操縦席の画面越しから、紅蓮と援軍の3人の姿が確認できた。
 6,7mはあろうかという体格に、遠近感が狂う。周辺の物体が全て小さく見え、矮小な存在だとすら思えてくる。


「司令は私がおぶって行く。3人は周辺の障害物をどかしておくれ...お、重ッ...」


「...お嬢ちゃん、司令の命は確かに預かった。ミリシアで落ち合おう」


 ...紅蓮の小さな話し声すら、明瞭に聞こえてくる。
 視界、聴覚、共に良好。この席にいると、五感が研ぎ澄まされた感覚に陥りそうだった。


 初めての搭乗による恐怖とは別に、何か全能感のようなものがドロシーの内に湧き上がっていた。
 もしかしたら、出来るかもしれない。


「...ドロシー、敵が近付いています。これより接続(リンク)を繋ぎます」




 


 ヴァンガード級タイタン : BT
 主要プロトコル


 1.パイロットへリンクせよ
 2.任務を執行せよ
 3.パイロットを保護せよ


「「プロトコル...起動」」


「「パイロットの保護を最優先」」「「任務を執行せよ」」「「動力の低下を確認」」


「「パイロットとリンクします」」



 .......
 画面が暗転し、何も映さないスクリーン上に文字が浮かび上がる。
 闇の中でも敵の足音が確かに聞こえ、鼓動の高鳴りが肌で感じられた。



 ...暫くして画面越しに外の様子が鮮明に映し出され、大勢の敵が身構えている様子が見える。
 恐れと高揚がドロシーの胸の中で溶け合い、逃げるという選択肢はたった今消え失せた。


 「...そう、全ては私自身が選んだこと」


 残された道は、この戦場を突き進む事...ただそれだけだった。
 だからまずは...敵に勝って、とにかく生き残らなければ。


 「ミリシアに...幸あれ」


 ...自分自身を鼓舞するように、独り言を呟いた。




「ヴァンガード級タイタン、BT。こちらも準備完了です」


「パイロットモード、起動オンライン






+ "6話"ー「キリエ・エレイソン」-

 ...やるしかない。
 ドロシーの必死の覚悟が伝わったのか、BTは立派な銃器を持ち上げ始めた。


「私の操縦席にはあなたがいます。あなたが私を動かしてくれれば、より効率的な戦闘が可能になります____
 攻撃のご指示を」


 ...司令の戦いぶりを思い出し、ドロシーは既に1つの着想を得ていた。
 操縦者の指示に従い、BTは全身から燃え盛るミサイルを激しく射出した。


「うわっ!」


 発射の度に機体が激しく揺れ、体勢を崩しそうになる。
 一方で、炎を帯びたミサイルは敵タイタンを中心に爆風を起こし、後ろの木々もろとも焼き尽くしていた。
 敵の身体が炎で融け、部品が明後日の方向に撒き散らされていく。その圧倒的威力には、驚愕という他なかった。


「...おぉ、これがタイタンの力...。おっかないねぇ、BTさん」


「どうぞ続けてご指示を」


 調子付いたドロシーをよそに、BTは指示を待っている。
 片腕で銃器を撃ち続けるも、もう片方の腕は手持ち無沙汰になっていた。


 ...敵を次々と撃破するも、音に釣られて駆けつけたのか、援軍が続々と姿を現した。
 キリがない。


 「ドロシー、敵の射撃が続いています。一度守りの体勢に入りましょう」


 敵の数に押され、攻撃の手を緩めざるを得なかった。
 あれほどの弾幕を正面から受ければ、さしものBTもただでは済まないだろう。


 「...動力が低下しています。このままでは持ちません」


 BTが両腕でシールドを展開するも、その物量を前に攻めあぐねていた。
 守りから攻勢に転じるには、余りにも暴力的な敵の数。


 こういった場面、司令ならばどう切り抜けたものかと考え、思考を張り巡らせる。
 今の私に出来る、最善の選択肢とは何か...。


「ご指示を」


 ...否、元より私に出来る事は、これしかない。
 そう決意を固め、命令を下した。


「...BT、守りをもっと強めて」


「了解です」


 BTはドロシーを信じているのか、シールドを何層も重ねて守りを固めていく。
 有り余る電気のエネルギーが、防壁の周囲に迸る。
 敵は木々の炎に巻き込まれ、少しずつ頭数を減らしていた。


 ...
 .......




「בוא, שידן קמיצוטאצ'י(雷よ)」


「הרחיק את הרוע שלפניי(地を這う者共に 天より裁きを与え給え)」


「בָּרָק(エンテルトリア)」



 ...


 周囲に激しい落雷が幾度も続き、敵兵を貫くように降り注ぐ。
 雷槍が敵タイタンの背面を掠めた後、緑色の爆発が周囲を巻き込んで爆砕の連鎖を起こしていた。


「お見事...です...」


「ド...ロ...」


 ...周囲に誰も居なくなり、一時の静寂が訪れる。


 それを見届けたBTから、ノイズ混じりの音声が聞こえてくる。
 ドロシーが大丈夫かと声を掛けても、返事は返ってこない。


 ...両者共に死力を尽くし、既に疲弊しきっていた。
 指揮官に繋いで、ミリシアまで撤退させて貰おう。
 そう思った矢先、タイタンはついに体勢を保てなくなり、大地に片膝をつき始めた。


「動力停止...」


 コックピットの画面が暗転し、周囲から明かりが消え失せた。
 視界が暗闇に包まれ、画面には微かな光さえも映らなかった。


 いや...もう何も見なくて済むのか。
 そんな考えがふと頭を過ぎり、ドロシーは静かに目を瞑った。





 ......
 ...


「...お目覚めのようですね」


 静謐な空気に透き通る声が耳に入り、小さなドロップシップの中でドロシーは瞼を開けた。
 白衣に身を包む金髪の女性が、今自分を介抱している。


 近くには大量の銃や弾丸、ミリシア兵向けの装備が山の如く積まれ、小さな窓からは宇宙空間が見える。
 そしてシップの中には、操縦者と看護師と、私の3人しかいない。


 我々は今、帰還中なのだろうか。
 状況の全貌が把握出来ず、何があったのかと尋ねた。


 「BTの中で眠る貴女を見つけて、もう4時間くらい経ったんですけど。...終わったんですよ、ソラス侵攻作戦」


 「...それってつまり、負けたってこと...」



 息を詰まらせるドロシーに対し、勝ったんですよ、と伝えた。


 ...ミリシアの、勝利。
 地獄の初陣を駆け抜け、私は今生きている。あれだけの死を目の当たりにして尚、今ここにいる。


 そう思った時、ドロシーの全身から力が抜けた。
 臨戦態勢による緊張が解け、同時に身体の節々が悲鳴を上げ始めた。


「...そういえば、BTは...司令...それと、皆は...」


 全身の痛みに耐えながら、ドロシーが力なく問うた。
 自分の不安を察知したのか、彼女は優しく微笑みながら、淡々と事実を述べた。


「...司令は勿論のこと、BTも。あなたの部隊にいたフリッツ副官とライフルマンも、無事に保護されましたよ」


 ドロシーは率直に、奇跡が起きたのだと思った。
 この戦場に救いがあったのかとすら思える中で、先程の装備の山が視界に入った。
 夥しい数だった。


 「あれは...」


 ドロシーが何気なく口にすると、一転して看護師はその笑顔を曇らせた。


 「"回収"したんです」


 その言葉に、あの山が兵士の遺品で出来ている事を悟った。
 気付いた途端に、銃弾や炎で焼かれた痕が、ヘルメットや防弾ベストに刻まれているのが見える。


 そして、彼女はどこか改まった様子で語り始めた。


 ...彼らはみな、懸命に戦った。
 熾烈な争いの果てに、多くの命を散らしてミリシアは辛勝を収めた...


 今回は作戦規模が規模なだけに、何百をも超える数の動員がなされた。
 生き残った数はと言うと、その半分にも満たない。


 「...彼らの死は、それ自体に何の意味も持たない、無駄な事だったのでしょうか」


 突然の深刻な問いかけに、ドロシーは心を掻き乱されるような思いをした。


 神を信じて戦った彼や、支給品の遅れに苛立ちを露わにした彼女。
 司令の元で命を燃やし、誰一人として生き残る事無く散っていった彼ら。


 ...皆死んだ。
 彼らの死とその散り際はやがて、誰の記憶に残る事もなく忘れ去られる。
 何百という死者の内の一人、誤差のような数字として扱われ、その遺体と共に葬られる。
 ここに来て、戦いの中で感じた昂揚が、生存のためのまやかしであったと気づいてしまう。


 ...無。
 それが死だ。
 死の世界に我々生者が介入する余地は無く、出来る事と言えば、
 希望的観測とも言える解釈を手向け、生の終わりに意味を持たせる事くらいだろう。


 精神的に参っている時にその問は酷だろうと思いつつも、答えた。


「結果として、ミリシアは勝利した。...だったらせめて、彼らの死にちょっとくらい意味があったって、
 いいと思うの」


 彼らの死は、決して無駄ではない。
 ...そう思わないと、心が擦り切れてしまいそうだったから。


「...良かった」


 彼女は心から安堵したようにそう告げると、瞑目して祈りを始めた。


 「どうか彼らの死が、安らかでありますように」


 _キリエ・エレイソン。
 彼女が口にしたその言葉は、単なる神頼みではないように感じた。
 純粋に死者を偲び、哀悼を捧げる一人の人間の姿が、そこにはあった。


「...このご時世に珍しい。あなたも信徒の一人なのね」


「えぇ。今この世界に、救世主たる神がいるのかは分かりませんが。一抹の救いくらいなら...あると思ってます」


 純粋な想いを潤ませる、青い瞳。
 その目に吸い込まれるように見つめていると、彼女が突然自分を抱き締めた。


「こんな風にね」


 彼女の唐突過ぎる行動に怯んでいると、何か温かいものを全身から感じた。
 金属質で冷たい彼女の装備から発せられる、微弱な熱や電流が、ドロシーの五臓六腑に染み渡る。


「...これ、もしかして魔法を用いた医療法なの?」


「私、こう見えても魔道士なんですよ。特別腕が立つって訳じゃないけど...あなたと同じです」


 道理で、と思った。
 肉体を傷つけず、弱い刺激を流して自然治癒を促進させる魔法など、一朝一夕で身につくものではない。
 ドロシーが今まで必要としなかった事もあり、彼女が真似出来るような技能では到底無かった。


「...ねぇ、ドロシーさん。私、こうやって誰かを助けられる人生で良かったって、時折そう思うんです」


「綺麗事ってやつよ、それは」


「そうかもしれない。でも今は、目の前にいるあなたが生きてくれてよかった、って。クサいかもしれないけど、
 医療従事者ってそんなものです」


 どこまでも明け透けで露骨だけれど、水を差すような他意の感じられない、純粋でひたむきな言葉。


 ...他人から向けられた純真な善意など、いつぶりだろう。
 そう思った時、雫が頬を伝った。


 「ふふ。ほら」


 しばらく言葉も出せずに落涙するドロシーを、彼女は抱き締め続けた。
 ...これほど温かい涙など、いつぶりに流したのだろう。
 もう覚えてなどいないが、ここには誰の目を気にするでもなく、泣く事を許される場所がある。


「勇敢に戦った、一人の魔道士さん。どうか貴女にも...神の救いがありますように」


 その言葉が止めとなり、激流をせき止めていたダムが決壊するように、ドロシーの目から涙が一層溢れた。
 魔道士の名を冠する少女は、静寂を掻き消す嗚咽と共に泣き続けた。
 名も知らぬ、看護師の胸の中で。







+ "7話"ー「ミリシアに生きる者」-



Militia vicit我々は勝利した



 銀河帝国IMCとの抗争の中で、我々ミリシアが敗北に屈する事は決して無い。
 世界規模の平和を実現させるべく、常に前進し続けている。


 此度、ミリシアは惑星ソラス侵攻作戦を成功させ、IMCからの奪還を果たした。
 ソラスの奪還により軍事産業力は飛躍的に向上し、軍の大規模な再編成を行う運びとなった。


 我が軍が打倒IMCへの歩みを進める為には、ミリシアに与する全ての者が共に結束しなければならない。
 長年続くフロンティア戦争終結の為に勝利を重ね、IMCの野望を撃滅しなければならない。
 全ては戦場で命を燃やした英霊と、ミリシアに生きとし生ける者達の為に。


 Bona fortuna ad Militia(ミリシアに、幸あれ)


 印象的な一文で締め括られた機関誌が発行されて以来、
 ミリシアでその話題を耳にしなかった日は一度として無かった。
 それだけ大々的な報せである事は、行き交う人々の溢れんばかりの熱気とどよめきから、想像に容易いものであった。





 初陣からの帰還を果たしたドロシーは軍の再編により、射撃部隊からパイオニアへの移動を命じられた。
 そして今日、部隊の一人が自分に会いに来るという。


 パイオニア部隊
 敵情や地形を探る斥候と、敵を排除して後続を牽引する役割を持ち、それ故に力量を問われる部隊。
 一体どんな人物が来るのかと不安と期待に胸を膨らませ、ドロシーは自室で待ち続けていた。


 廊下から、コンコンと戸を叩く軽快な音が聞こえてくる。
 待ってましたとばかりに顔を出すと、荷物を抱えた人物がピンと背筋を伸ばして直立していた。


 「コンニチハ。作業用ロボットであるワタクシが、お届けに参りマシタ。割れ物注意、デス」


 ...ただの届け物か。
 思わぬ肩透かしを食らっていると、受け取った荷物がやけに重い事に気がついた。


「ゼーレ指揮官様から、物資は万全にと仰せつかってオリマス。ソレデハ」


 箱を慎重に床に置き、何が入っているのかと数秒間考えた。
 送り主が指揮官となれば、銃や弾薬などの軍需品がぎっしり詰まっているのだろうか。
 得体の知れない物資箱が、殺風景な部屋の真ん中で異様な存在感を放っている。


 中身を恐る恐る確認すると、そこには思いもよらない"物資"が入っていた。




「やぁ~、お嬢ちゃん...次の作戦、私と一緒と聞いてなぁぁ...ひっく...」


 ...いた。
 ウイスキーを抱え、真っ昼間から顔面を紅潮させる呑んだくれが、箱の中に上手いこと丸まっていた。


 「...しかし...ぃ...洒落っ気のないつまらん部屋だのぉ、うぅ...」


 距離感をかなぐり捨てた振る舞いに、困惑と怒りが胸の辺りまでこみ上げる。
 想像の遥か斜め上を行く邂逅に、紅蓮の顔面に一撃入れたい衝動に耐えなければならなかった。


「...ずいぶん苦しそうじゃない。故障してんなら、今すぐお医者さんの所まで送ってあげるわ」


「ま、待て!話す。ワケは話すから、その物騒な拳を...」



 ...



「...すまん、私も悪ふざけが過ぎた。どうせなら、顔合わせは記憶に残るインパクトあるものにしたくてな...」


「顔合わせは別に挨拶とかでいいのよ。というか、箱の中に入ろうなんてゼーレさんに止められなかったの?」


「彼女は案外たちの悪いタイプでな、自分のお気に入りに対してはうんと寛容なお方だ。私やお嬢ちゃんなんかには特に」


 そう言って、紅蓮は腕に刻まれたSの刻印を見せつけた。
 Seele・Armoryゼーレ・アーモリー社が開発した傑作にして、その社長であるゼーレの寵愛を受けている何よりの証。


 紅蓮の話を聞いて、これもゼーレの差し金か、と思った。
 目をつけている新人と信頼できる部下を同じ部隊に組ませる事で、明らかに紅蓮を通して私の様子を伺っている。
 自分の身の振り方を弁える事に意識が向き、ドロシーは言葉を選んだ。


 「...まぁ、経緯は分かったからもういいや。あそうだ、軽い冗談程度に聞いて欲しいんだけどさぁ」


 自分の言葉に対し、紅蓮がこちらに身体を向ける。
 彼女の顔から赤らみが消え、酔いも冷めてきていると判断したドロシーは咄嗟に質問を変えた。


「いや、1つ聞きたい。あなたって戦闘の為の道具として作られたのに、まるで人間みたいに人格が備わってるけど。
 それは他のアンドロイドもそうなの?」


「ゼーレや総司令殿がそう設定しておるからな。
 ミリシアでは人もアンドロイドも共通の目的を持った仲間だという意識付けの為に、我々には心が持たされておる。   
 無論、機械は所詮機械だという考えの人間も、居ない訳じゃないが...」


 ...ドロシーは率直に、酔狂な真似をするものだと思った。


 アンドロイドは本来、戦争による人口不足を補う為の労働力であり、フロンティアの開拓を皮切りに台頭したという。
 現在では人間同然の外見を有し、社会の一員として世界に違和感無く溶け込んでいる。
 一方で、人が持ち得る心や感情の機微というものは、殆ど持ち合わせていなかった。


 良く言えば、人間に従事する良き隣人。悪く言えば、機械と金属で作られた、自我を持たぬ奴隷。
 世間ではこのような風潮が続き、それはドロシーが住んでいたミシュカーヴでも同様の事だった。
 厳寒にも耐えうる労働力にして、除雪のお供。それが全てだった。


 だが、ミリシアは違った。
 目の前のアンドロイドには心があり、ユーモアがあり、あまつさえ人間と同等以上の待遇を与えられているのだ。
 IMCが使い捨ての如く、大量のスペクターやタイタンを武力として動員する事とは、全く対象的な事のように思われた。


「兵器なのに心がある...それに対して、紅蓮はどう思うの?」


 一瞬、我ながら踏み込んだ質問をしたと内心申し訳無く感じたが、紅蓮は一呼吸置いて返してくれた。


「仲間に恵まれてか、近頃は酒も食事も楽しいと思えるようになってな。結構な事なんだが...それとは別に、
 我々には生まれ持った使命がある」


 ...生まれながらに与えられた、兵器としての使命。
 人間の兵士が各々持つ、戦う理由や志とはまた異なった、存在意義。


 敵を討つ。
 彼女はそのためだけに戦場に赴き、刃を振るうのだろう。


「私には戦う以外に存在理由は無いし、それが普通だ。宿舎ではこうやって飲み明かすこともあるが、その時は...
 いや、1つ聞きたい。兵器が使命を果たしていない時、それは生きていると言えるのか...ってね」


 彼女は自身の得物を見つめながら、物憂げに問いかけた。
 その所作は、文明の発展に伴って生まれた、無機質な創造物という範疇を既に超えているかのように見えた。


 兵器でありながら、人間と同じように過ごす事を許されている。少なくとも、そう作られてある。
 一方で、戦場では敵を屠る兵器として戦うことを強いられ、本人はそれ自体に疑問を抱いていない。


 その矛盾がドロシーに当惑を齎し、彼女は自分の思う考えを実直に話した。


「あなたがお酒や食事を楽しいと思える事が、最初から決められた設定ではないのなら...それは生きてるんだと思う」


「自分の意志で何かをする時、何かを決める時、何かを良いと思える時_それが生きている事だと?」


「そういうこと。アンドロイドが趣味を持つなんて噴飯ものの話だけど、紅蓮を見てると有り得ない話でもない...のかもね」


 酒や食事を嗜む事を、自分の意志の末に辿り着いたのならば。
 その意志が、何者にも縛られていない自由に基づくものであるならば。
 「定められたプログラムを遂行する」だけの状態から超越したその瞬間こそが、生きているのではないか。
 ドロシーは自身の考えを、拙い口ぶりで伝えた。


「...ふふ、そうかい。やっぱり二人の言ってた通りなんだなぁ、お嬢ちゃんは」


「二人って?」


「友人さ。近い内に紹介させて貰おう」


 ...命も無いのに、生きている。
 ドロシーにとってそれはまだ、理解し難い事だった。





「R301は、ミリシアを象徴する名銃ね。ガブリエルさんみたいな魔道士でも限り、扱えるようになった方が身の為よ。
 新人さん」


「拳銃の扱いが上手い、ベレッタって子がうちの部隊にいるんだけどさ。...なぁ、人間の俺が機械に恋するなんて、
 やっぱどうかしてるよなぁ...」


「空薬莢の回収なんざ、あのロボットか使えない新兵どもにやらせればいいだろ。...なに、言う事を聞かない?
 いやいや、人も機械も叩けば直る。だろ?」


「そこ、私語を慎め...ミリシア兵たるもの平等であれよ。アンドロイドの差別や虐待は処罰の対象である事を忘れるな!」


 


 ...射撃訓練場で、ミリシア兵の多種多様な声が明瞭に聞こえてくる。
 的や設備、銃が満遍なく配置されたこの場所は、練習や訓練にはうってつけの場所だった。
 紅蓮の誘いを受けて来たはいいものの、射撃訓練や部下の指導をしにやってきた人々でごった返している。


 軍の再編による昇格試験に備えて、みな必死に訓練しに来ているとは紅蓮の言だった。
 階級が上がれば相応の給与や待遇が約束される為、他人事ではないのだろう。
 金を欲しているのはドロシーも同様であり、彼らの貪欲な姿勢はよく理解できた。


「凄い、入団試験の射撃テストの時はもっと静かだったのに。今はまるでお祭り騒ぎって感じね」


「お嬢ちゃん、ここだと騒々しくてかなわんだろう。場所を移すから、着いてきておくれ」


「...え、ここ以外に訓練場なんてあったっけ?」


 紅蓮はニヤニヤと笑みと浮かべると、ポケットから小さな鍵を取り出した。
 どこか見覚えのあるS印が、特別な代物であることをこれでもかと明示している。


 「知る人ぞ知る裏ルート...少年少女はそういう言葉に弱いと聞くが...お嬢ちゃんはこういうの、好きかね」


 ...紅蓮の案内に着いていく道中、射撃場の騒々しさが嘘のように静寂が続く。
 足音の反響さえ感じられる静けさの中で、心做しか彼女の背中が大きく見えた。


「着いたぞ」


 特別訓練場。
 そう銘打たれた扉の施錠が開き、ドロシーの目に広大な訓練場が飛び込んできた。



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