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スロースリップ(英: slow slip)とは、地震学の用語で、普通の地震による滑り(スリップ)よりもはるかに遅い速度で発生する滑り現象のことである。「スローイベント」「ゆっくりすべり」「ゆっくり地震」などとも呼ばれるが、厳密には「スロースリップ」か「ゆっくりすべり」が最も的確に意味を表している。海溝などの沈み込み帯ではよく見られる現象。また、1つのプレートの中に存在する断層の面でも発生する。
「普通の地震よりもはるかに遅い速度」というのは、地震を起こす地殻変動の速度のことである。地震としては、地震動の継続時間が非常に長く、地震動の周期が比較的長め(約0.5秒~数十秒)であるという特徴を持つ。
海溝付近のプレート境界の断面図。いくつかのパターンを示した。
1.大陸プレート
2.付加体
3.海洋プレート
5.固着域
6.遷移領域
4.安定すべり域
スロースリップのほとんどは黄色で示した6.遷移領域で起こる。
海洋プレートが大陸プレートの下に沈みこむ構造(沈み込み帯)では、海溝ができ、プレート同士の境界面の一部が強い圧力によって密着して固定され(固着)、固着域(アスペリティ)ができるのが一般的である。固着域は、数十年~数百年の間圧力を溜め込んで動かず、地震の時に一気にずれ動く部分である。
通常、この固着域は帯状に分布するものもあれば、まだらに分布したりするものもあり、大きさも分布も場所によってさまざまである。大まかに見れば、海溝に対してほぼ平行に分布する。ちなみに、この固着域の分布はプレート同士の境界面の温度に関係があるとされているが、温度だけでは説明できず、そのほかにも多数の要因があると考えられている。固着域の周り(すぐ内側と外側)には、スロースリップを起こしながら沈み込む部分(スロースリップ域、遷移領域)が細長く分布し、そのさらに内側には地震を起こさずに安定して沈み込む部分(安定すべり域)が広く分布している。
力学的には、固着域は動的な不安定破壊を起こす特性、遷移領域は静的に不安定破壊を起こす特性,安定すべり域は安定した滑りを起こす特性を持っている。つまり、固着域は大きな振動を伴った地震、遷移領域は振動をほとんど伴わない地震や「すべり」、安定すべり域は振動を全く伴わない滑らかな「すべり」を起こす。
基本的には、沈みこむ海洋プレートは移動方向と同じ向きに、乗り上げている大陸プレートはその向きとは逆方向に、スロースリップを起こす。
また、プレート同士の境界面が、アスペリティとバリアの2種類で構成されているという考え方もある。この考え方では、バリアは地震を起こさずに安定して沈み込み、安定すべり域と同じ働きをしているが、水などが浸入することによってスロースリップを起こすようになるとしている。
厳密には、地震によるすべりを伴わないスロースリップをサイレント地震(silent earthquake)、地震によるすべりを伴うスロースリップをスロー地震(slow earthquake)というが、使い分けは研究者の間でも正確ではない。スロー地震は地震計による観測が可能であるが、サイレント地震は観測不可能であり、GPSなどで継続的に変位の観測を行わなければ発見できない。
また、明治三陸地震のように、震度が比較的小さいながらも巨大な津波が発生する地震があり、これは「津波地震」と呼ばれている。津波地震が発生する原因には、地震時のすべりが遅いことが関係していると考えられており、津波地震はスロー地震に含められることがある。スロー地震はゆっくりとした揺れで大きな津波を伴うことから、サイレント地震はゆっくりとした揺れで津波さえ伴わないことから名づけられたとされているが、現在は地震以外の「滑り」にまで語義が拡大されている。
サイレント地震は、継続期間が数日間である短期的スロースリップと、継続期間が数か月~数年と長い長期的スロースリップに分けることがある。
また、大地震の発生後に震源域の周囲で発生する速度の遅い滑りを余効滑り(アフタースリップ、after slip、または余効変動)といい、これもスロースリップに含めることがある。
東海地方では、南海トラフ(海溝の1種)でユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートが沈み込んでいる。浜名湖付近では、2000年から2004年まで、年間1cm程度の速度でスロースリップが発生していることが、GPSの観測により判明した。当初は、東海地震に関連のある異常、特に東海地震発生の引き金なのではないかとの見方があり、多くの研究がなされた。
結果、東海地方のプレート同士の境界面は通常とは異なることが判明した。東海地方の南東には、伊豆諸島と平行して銭洲海嶺という細長い海底山脈がある。この銭洲海嶺は古くから何度も活動しており、東海地方の地下には沈み込んだ古い銭洲海嶺が何列も存在している。プレート同士が強い圧力によって滑っている境界面では、銭洲海嶺のような隆起した地形があると、海水などの水が堆積物と一緒に地下に沈み込み、そのままプレート同士の境界面を作ってしまう。地下では深く沈み込むに従って圧力が高まるため、堆積物に含まれる水は鉱物内から外に染み出し、鉱物同士の隙間に入り込んで高圧の水となる。これを「高間隙水圧帯」という。水は粘度が低いため、高間隙水圧帯は潤滑油の働きをして、鉱物同士が押し合うプレート境界よりも滑りやすくなる。
東海地方の地下では、銭洲海嶺の影響で高間隙水圧帯ができ、そのため、スロースリップを起こす部分の幅が通常よりも広くなり、スロースリップの規模が大きくなっていることが分かった。
房総半島東部から東方沖にかけての地域では、地表にある北アメリカプレートの下で、太平洋プレートがさらにフィリピン海プレートの下に沈みこんでいる。太平洋プレートとフィリピン海プレートの境界面では、1983年、1990年、1996年、2002年、2007年の計5回、スロースリップが発生した(観測によるものと、事後解析によるものがある)。
1970年に東京湾でM6.5相当、1989年に千葉県中部でM5.9相当のスロースリップが発生した。
1996年には、日向灘で10月19日と12月3日にそれぞれM6.6の地震が発生したが、その余効滑り(アフタースリップ)が同年に観測されている。また、1997年には豊後水道付近でスロースリップが発生した。
日向灘では、スロースリップ域は深さ15~40km付近に分布している。
三陸沖では、3度の三陸はるか沖地震において、余効滑り(アフタースリップ)が観測されている。1989年の地震 (Mw7.2) では約10日間、1992年の地震 (Mw6.9) では約1日間、1994年の地震 (Mw7.7) では約1年間をかけて、それぞれ地震本体の規模より大きな規模のスロースリップが発生した。
三陸沖では、固着域とスロースリップ域が帯状ではなくまばらに分布している部分もあることが分かっている。深さでは、20~50km付近に分布している。
2006年1月に、紀伊半島から愛知県にかけての地域で、深部低周波微動を伴った短期的スロースリップが発生した。M6.2相当と推定され、活動範囲が次第に西から東へと移動していく現象も観測された。
スロースリップのうち、特に余効滑り(アフタースリップ)は、周囲のプレート境界面の応力に変化を及ぼして地震(余震)を誘発するという見方が有力である。
一方、一般的なスロースリップについては、スリップが固着域に影響を及ぼして大地震を誘発する可能性があるとの見方があるが、実際にそのようなことが観測された例は無く、情報が乏しいのが現状である。
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