中村和裕
中村 和裕 本名 中村 和裕 通称 カズ 吉田道場 大将 戦極の若大将 吉田道場の柔くん 吉田道場の一番星 性別 男性 国籍 日本 誕生日 1979年2月21日(44歳) 出身地 広島県福山市 身長...
TOMONORI | |
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本名 | 佐藤 友則(さとう とものり) |
性別 | 男性 |
国籍 | 日本 |
誕生日 | 1977年12月31日(45歳) |
出身地 | 北海道札幌市 |
身長 | 162cm |
体重 | 52.5kg |
リーチ | |
階級 | フライ級(NJKF) |
スタイル | キックボクシング |
所属 | アクティブJ →OGUNI-GYM |
TOMONORI(とものり、1977年12月31日 - )は、日本のキックボクサー。本名は佐藤 友則(さとう とものり)。北海道札幌市出身。OGUNI-GYM所属。
幼少期にブルース・リーといった香港映画スターに憧れて、小学生の頃から空手を始める。中学3年生のときまでに、多くの大会で優勝した。高校入学後にアマチュアボクシングと柔道を始めた。柔道では、一週間練習しただけで小規模の大会で優勝した。その後UFCの影響もあって、プロ総合格闘家になるため、高校を中退して上京した。アマチュア修斗に出場しようと応募するが、出場可能な階級がなかったため断られた。そこで同じ中学出身だった大宮司進から、タイでの修行の話を聞き、キックボクシングに興味を持つようになり、アクティブJに入門する。その頃、アクティブJのタイ支部が出来たため、タイに渡る。
1997年9月28日に単身タイに渡り、タイのラジャダムナン・スタジアムでプロデビューし、タイ人に敗れた。
1998年2月28日、NJKF加盟ジムに所属し、日本でもプロデビュー。柏木吾一に勝利する。1999年にOGUNIジムに移籍。
5Rに昇格し、2001年5月25日に押川童子丸と再戦。前回はTOMONORIの不戦勝だった。1R開始直後にハイキックでダウンを奪われるが、その後肘打ちでTKO勝ちをおさめた。
2003年4月6日、オランダで開催された「K-1 WORLD GP 2003 世界地区予選オランダ大会」のフレッシュマンファイト(2分5R)に出場。モハメド(モロッコ)と対戦し、4Rに1度ダウンを奪ったが、判定ドローとなった。
2003年11月9日、NJKF「VORTEX X」のNKBフライ級王者決定戦に出場。この頃はNJKFはNKBに加盟していたため、NKBの王座に挑戦した。TOMONORIは同級1位にランクされており、高橋拓也(同級2位)と対戦。相手のパンチのラッシュに付き合ってしまい1RKO負けを喫し、王座獲得に失敗した。
2004年3月13日、アメリカ合衆国のオクラホマ州でエリザベス・ルイス(アメリカ)の持つUKF世界バンタム級王座に挑戦。3R目にハイキックでKO勝ちし、王座を獲得した。
2004年10月17日、ダミアン・トレイノー(イギリス / WMCヨーロッパスーパーフライ級王者)との王者決定戦において判定0-2で下しWMCインターコンチネンタルスーパーフライ級王者となった。
2006年4月9日、高橋拓也(拳之会/王者)の持つNJKFフライ級王座に挑戦し、3-0の判定勝ちを収め王座を獲得した。
2006年9月1日にJ-NETWORK主催のフライ級トーナメント「MACH GO! GO! '06 ~フライ級最強決定トーナメント1回戦~」に出場。飛燕野嶋(MA日本フライ級2位)と対戦し、5R判定0-0で延長Rに突入。手数でわずかに上回り、6R判定3-0で準決勝に進出した。TOMONORIは、この試合前の練習中に肋骨を骨折し、満足に動ける状態ではなかった。なお、公式上のこの試合結果は、5R0-0ドローである。またルールで、延長Rは2分となっている。
2006年10月1日に松尾崇(J-NETWORKフライ級2位)と対戦。1R終了時の負傷判定3-0で勝利し、決勝戦進出を決めた。1R終了のゴングがなった直後に、右ハイキックが松尾に当たり、松尾はダウンした。インターバル終了後も松尾にダメージが残っていたため、ドクターストップがかかった。ゴングがなった瞬間、既にTOMONORIがパンチから繋がる右ハイキックのコンビネーションを出していたことと、流れの中での攻撃であったためにレフェリーが止めに入る前の攻撃だったことから反則は取られなかった。
2006年11月22日、「MACH GO! GO! '06 ~フライ級最強トーナメント」の決勝戦に出場し、魂叶獅(J-NETWORKフライ級王者)と対戦。1Rに右ストレートでダウンを奪うと、5R判定3-0で優勝。ジャッジのスコアでは3、4点差がつく大差だった。
2007年3月18日、ラッタナデェ・KTジム(タイ/元ルンピニー・スタジアムミニフライ級王者)と対戦。1R終了間際に左フックのクロスカウンターでダウンを奪われ、1R3:05KO負けを喫した。試合翌日に、ジムの会長に再戦を直訴した。
2007年7月29日、ディファ有明でルンピニー&ラジャダムナン・スタジアムミニフライ級1位のランカーとなったラッタナデェ・KTジム(タイ)と再戦。離れ際の左フックで1R2:15KO勝ちした。
2007年9月1日、タイのバンコク国立競技場で行なわれたWPMF世界スーパーフライ級王者決定戦で、ダーウサミン・イングラムジム(タイ/ラジャダムナン・スタジアムフライ級10位)と対戦。5R判定3-0で敗れ、王座獲得に失敗した。スコアはジャッジ全員が49-48という微妙な判定だった。
2008年10月14日、WMC世界スーパーフライ級王者決定戦に出場。チャオタピー・ギャットコーウィット(タイ/WMC世界バンタム級6位)と対戦し、5R目に膝でダウンを奪われ判定負けした。
2008年12月22日、地元札幌のZepp Sapporoで「NORTH LEGEND in Zepp Sapporo KICK BOXING FIGHTING 2007」という興行を自らプロデュースし、UKF世界バンタム級王座防衛戦を行った。チェ・ジンスン(韓国)と対戦し、3Rに右ローキックでダウンを奪い、4Rにさらに同じように右ローキックでダウンを奪うと、セコンドがタオルを投入し、4R0:43KO勝ちした。2R終了時に、TOMONORIがゴングの音に気づかず攻め続けてしまい、相手のセコンドが怒ってリング上で抗議するという一幕があった。この興行はレフェリーとジャッジ団がNJKF公認ではなかったため、NJKF非公式の戦績となっている。
2009年9月23日、後楽園ホールで開催された「WBCムエタイルール日本統一王座決定戦」に出場。スーパーバンタム級の決勝戦(3分5R)で島んちゅ泰(MA日本バンタム級2位)と対戦。3Rにカウンターの右ストレートを当て、3R2:16KO勝ちを収め、初代王者になった[1]。
2009年11月22日、第2代RISE55kg級王者決定戦で寺戸伸近と対戦し、2RKO負けで王座獲得ならず[2]。
勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
× | 藤原あらし | 3R 1:18 KO(左肘打ち) | REBELS 3 | 2010年7月19日 |
○ | 民洞現 | 5R終了 判定3-0 | ノースエリア格闘技イベント BOUT-VI | 2010年3月14日 |
× | 寺戸伸近 | 2R 1:54 KO(3ダウン:パンチ連打) | RISE 60 【第2代RISE55kg級王者決定戦】 | 2009年11月22日 |
○ | 島んちゅ泰 | 3R 2:16 KO(右ストレート) | ニュージャパンキックボクシング連盟 「WBCムエタイルール日本統一王座決定戦 ~ROAD TO REAL KING 11~」 【WBCムエタイルール日本統一王座決定トーナメント バンタム級 決勝】 | 2009年9月23日 |
○ | 松本圭一太 | 5R終了 判定3-0 | ニュージャパンキックボクシング連盟 「WBCムエタイルール日本統一王座決定トーナメント準決勝 ~ROAD TO REAL KING 9~」 【WBCムエタイルール日本統一王座決定トーナメント バンタム級 準決勝】 | 2009年7月26日 |
× | ペッチシーニル・ポータナポル | 2R 1:46 TKO(ドクターストップ:顔面カット) | ノースエリア格闘技イベント BOUT-IV | 2009年3月15日 |
△ | KENT | 5R終了 判定1-1 | ムエローク Japan 2009 ~最大最強のムエタイ祭り~ 【M-1スーパーフライ級王座決定戦】 | 2009年1月18日 |
前王者 | WMCインターコンチネンタルスーパーフライ級王者 2004年10月17日 - 現在 | 次王者 |
前王者 エリザベス・ルイス | UKF世界バンタム級王者 2004年3月13日 - 現在 | 次王者 |
初代 | 初代WBCムエタイルールバンタム級日本統一王者 2009年9月23日 - 現在 | 次王者 |
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