メアリー・ヘインズと「白い鍵の魔女」について

ページ名:著者 藍司

 

「白い鍵の魔女」伝承


かつて、セイラムには生まれつき喉が潰れ言葉を発することができない娘が居た。彼女は同じ年の頃の子供たちの輪には爪弾きにされ、好奇や悪意に晒され続けたが、話せないがために誰かへと抗議する手段も持ち合わせなかった。

募らせる憎悪に惹かれたか、ある晩彼女の夢の中に悪魔が訪れ、取引を持ち掛けた。彼女は眼前のそれにいたく驚かされたが、あくまでこれは夢なのだと考え、平静を保った。

「私はあなたの望むものを何だって差し上げることができます。ただ、対価としてあなたの魂をいただけるのなら」

「何でも?なら、私に言葉を話せるようにできるの?」

「ええ、ビロードのように透き通った美しい声をあなたに授けるでしょう。」

「……本当だったら素敵ね。きっと、今よりずっと幸せになれるわ」

「私はあなたが生きている限り幸福にすることを誓いましょう。」

 

娘はしばらく頬に手を当て考えこんだが、最後には申し出を承諾した。

目を覚まし、伸びをする。そのとき、自身の口からふと漏れ出た音を聞き、彼女は昨晩ただの夢ではないのだと悟った。

それから、生まれて初めて得た声を謳歌するように歌い始めた童歌はまず両親を、そして彼女を虐げて来た彼らの耳へ入り、みなを驚愕させた。

悪魔はそれからも夢枕に立ち続け、彼女の親しき友人となった。彼女はその日あったことをみな悪魔に話したし、悪魔はより彼女が幸せでいられるよう、時折幾つかの魔術や助言を教えることもあった。それらは今までの不幸を上書きするような、幸福な日々ではあったが、決して永遠に続くものではなかった。

 

一重に……まず生まれた時期に恵まれなかった。彼女が生まれた時代は、かの魔女裁判の時分。村々を覆う集団ヒステリーが彼女の町に届くまでには、そう時間がかからなかった。そして、生贄を求めるその狂気に対して、少なくない嫉妬を集めた彼女は絶好の獲物であった。

裁判に掛けられ、神父の前に立たされた彼女は嫌疑を肯定することも、そして否定することもなかった。例え夢のまやかしであっても、悪魔の存在を否定することは神前への偽証に思われたからだ。

そして、最後には神意に全てを委ねるべく彼女は水底へと沈められ、それから決して浮かび上がらなかった。

 

町民たちはそれを見て彼女の死を嘆き、そして彼女が魔女でなかったことに安堵し、そして……忘れていった。

ただ一人、悪魔という例外を除いては。

町へと姿を現した悪魔は湖のほとりへと、彼女の亡骸のもとに向かい、水の中へその身を投じた。

捜索には長い時間がかかったが、それでも悪魔は遺骨とその中で眠る魂を見つけ出した。

「メアリー。私にはあなたとの約束を守り切ることはできず、また、肉体を蘇らせることもできませんでした。」

「今の私が与えられるのは、あなたがもう一度生を歩むために彼等の肉体を利用する術を与えること、それだけです」

そして、それを掘り出して一本の鍵を創り出すと、それに口づけを交わしどこかへ去っていった。

 

それからのことであるが、その地域では殺人が相次ぎ、魔女裁判はより悪化の一途を辿っていく。殺された者の数よりも多くの刑死者が生み出され、情勢は混迷を極めていく。その中で「魔女は白い鍵を携えていた」と述べる者も居たが、実物が裁判の証拠に持ち出されることは決してなかった。

多くのものは、混乱によるデマだと一蹴したが、或る者は魔女は既に姿を眩ませ去ったのだという。

私達が真偽を確かめるには、既に多くのモノが遺失しすぎた。だが、仮に……後者が事実であったとするのなら。

「白い鍵の魔女」は今、どこで何を思っているのだろうか?


個体名:不詳→白い鍵の魔女(メアリー・ヘインズ)

外観:蛸の八本脚を生やした、フード付きローブの少女。白い鍵をブローチにしている。

宿主:メアリー・ヘインズ→不定

元型:聖書体系における女性の悪魔像→白い鍵

性自認:女性→女性

行動指針;生ける夢との再会

概要

いわゆる物品型の生ける夢。接触すると対象を宿主にし、強制的に自我を乗っ取ってホルダー化するので注意が必要。

現在はある離れの館の中でホルダー状態を維持したまま生活しており、これを監視する形で奇書院が保管している。

元々は初代宿主の「悪魔に魂を売ってでも声が欲しい」という願望から発生した・引き寄せられた生ける夢であると推定され、その性格は伝承の内容を鑑みるに概ねステレオタイプの悪魔像のそれであり、物腰低く契約を重んじる資本主義者だろうと思われる。

宿主が魔女裁判で死亡する際、生ける夢がその記憶や自我などをクオリア内に複写することによって彼女を生ける夢という形で精神を保存・再生できるようにしたが、引き換えに自身を復元するのに必要な情報やリソースは遺失しているようだ。この個体のクオリアを復元すると常にメアリー・ヘインズの自我が復元される。

この性質により、限りなく人間に近い精神性のままで300年超もの期間、あのときの悪魔にもう一度会おうと放浪を続けていたようだ。

彼女曰く、悪魔は見目麗しい少女に近かったそうで、男性職員に対して圧倒的に女性職員、そして10代後半から20代前半に甘い。彼女らに対してだけは蓄積した知識の提供などについても積極的である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


無機的 ネイバー ホルダー 1級夢現災害

 

 

 

 

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