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ゾット帝国親衛隊ジンがゆく!~苦悩の剣の運命と真実の扉~(外伝)
信二の大学生時代
飯屋の火事
魚拓
大学の授業が終わって、大学の図書室で静かに本を読んだり、勉強に勤しむ。
これが、わたしの日課だった。
わたしは本を読むのが好きで、将来、政治家を志していた。
大学は寮生で、友達と楽しくやっている。
もうすぐ、大学も卒業だ。
働き口も決まり、両親に手紙を送った。
今日は天気がいいので、気分転換することにした。
大学が終わり、わたしは大学の図書室で借りた本を読みながら、町をふらりと歩いていた。
飯屋、飲み屋、小物屋を通り過ぎる。人力車が通り過ぎてゆく。
若い娘の客呼びの声、鍬を担いだ農民、行商人、二人組の着物を着た若い女、町の空気が清々しい。
甘味処に寄って、芋羊羹いもようかんでも食べるか。
そう思って本から顔を上げた時、誰かと肩がぶつかった。
「兄ちゃん。どこみとんねん! 謝らんかい!」
苛立った訛りのある男の声。
男は金髪の逆毛で、額に長い紅いはちまきを巻き、頬に古い刀傷がある。
首に数珠を掛け、鞘に納めた刀を両肩に載せて、両手を鞘の上に載せている。
右手には、小さな球体を持っていた。
紅い桜柄の半被はっぴを羽織り、腹に白い腹巻を巻いている。
下は大工が穿くような黒いズボンで、黒い足袋に草履。
この男、大工か?
にしては、刀を持ち歩いているな。
通行人が囁き合いながら、通り過ぎてゆく。
立ち止る者はいなかった。この男を避けるように。
「すまない。本に集中していた。わたしの不注意だ」
わたしは片手で本を閉じて、男に頭を下げた。
「ワイが誰かわかっとんのか!? この背中の青龍が目に入らんのか!」
男は半被を半脱ぎし、わたしに背中を向けて、背中を見せた。
男の背中に、見事で勇ましい青龍の入れ墨が彫ってあった。
今にも、青龍が動き出しそうだ。彫り師の業が光っている。
「お前は、ならず者か?」
わたしは顔を上げて、男の背中の入れ墨を見て、鋭い目つきで男に訊く。
「ちゃうわ! 紅桜の頭、斎藤隆盛さいとうたかもりや。兄ちゃん、覚えときや」
斎藤が半被を羽織って、わたしに振り返る。
左手で鞘を握って、右手に持っている小さな球体を宙に放り投げて遊んでいる。
「紅桜か。聞かない組織だな。この町に何しに来た?」
わたしは、斎藤を睨み据える。
ならず者か。わたしは嫌いだ。
わたしは、将来政治家になり、正しい国を作る。
動乱の時代を、この手で終わらせる。
わたしは強く本を握り締めた。
「兄ちゃん。ワイに口きいとるけど、度胸あんなぁ。本当なら、ワイに斬られてるで? まあええわ。今日は機嫌がいいさかい。こいつを試しに来たんや」
斎藤は、右手の掌に載っている丸い球体を転がして、嬉しそうにわたしに見せびらかす。
「殺しの道具か? ただの球体にしか見えないが」
わたしは冗談をかました。鼻で笑って。
「へっ。まあ見とれ」
斎藤は、掌の上で球体を人差指で弾いた。真っ直ぐに飛ぶ球体。
そのまま球体は宙に浮いて、球体に天使のような羽が生えた。
球体のお尻から打ち上げ花火のような煙が出て、羽が勢いよく回転しながら、わたしの背後を突き進んだ。
球体の進路方向に障害物や通行人がいると、球体は真横に避けてゆく。
「!? な、なんだ、これは」
わたしは思わず振り返り、奇妙な球体を眼で追った。
球体の飛ぶ先に、一軒の大きな飯屋が建っている。
ま、まさか、あれは爆弾か?
わたしの予感は的中してしまった。
球体が飯屋の入り口に飛んでゆき、その後飯屋が轟音とともに大爆発した。
わたしは爆風で吹き飛び、道の脇に停めてある大八車の車輪に激突する。
爆発した飯屋の前で、人々の叫び声が聞こえる。
「なにが起きたんだ!?」
「火事だ! 火を消せ!」
「人が下敷きになっとる! 誰か手伝ってくれ!」
「水だ! 水持ってこい! 火を消すぞ!」
ここまで熱風が身体を嫌でも撫でる。
わたしは、跡形もない飯屋を見た。
飯屋が建っていたところにぽっかりと大きな空間が空いている。
人々の悲鳴、泣き叫ぶ声、家族を呼ぶ声、迫りくる火の海。生き物のようにうねる火柱。
建物の下敷きになっている人が叫びながら、手を伸ばし必死に助けを求めている。
わたしは、惨い光景に思わず顔を背ける。
一瞬にして、辺りが地獄絵図となった。
「ごっついのう。木下佑蔵が発明した武器ちゅうんわ」
斎藤が、跡形もなく吹っ飛んだ飯屋を見て、顎に手を当てて妙に感心していた。
火事を見て、楽しそうに口笛を吹いた。
木下佑蔵だと?
わたしの父だ。
あの球体は、父が発明した武器なのか?
父の武器を悪用することは、断じてわたしが許さん。
「貴様……なにをしたっ!」
わたしは斎藤を睨み据えた。
身体を起こそうとするが、大八車に激突した衝撃で、身体中に痛みが走る。
わたしは肩を押さえて唸った。
「お得意さんから、品をこうただけや。なんや、その眼は!? 思い出したで、ワイの頬に刀傷をつけた奴も、そんな眼をしとったなぁ。まっ、そいつを殺り損ねたけどなぁ。憲兵団の伊藤ちゅう男や。思い出しただけでも、ごっつ腹が立つで。やっぱ、お前を斬りたくなったでぇ」
斎藤が鞘から刀を抜き、腰に下げたひょうたんを取って、ひょうたんの口を開け、ひょうたんの酒を飲んだ。
口に含んだ酒を、刀身に吹きかける。
刀身に酒を吹きかけて、刀身を清めるというのか?
清めるのは、お前自身だ。斎藤。
「わたしを斬るのか? 丸腰だぞ」
わたしは肩を押さえて、斎藤を睨み据える。
「関係ないわ。斬りたい時に斬る。それだけや」
斎藤がひょうたんの口を閉じて、ひょうたんを腰に下げる。
刃先をわたしに向けて、不気味に微笑んでいる。
わたしは、爆風で大八車から落ちた藁の下に、鞘が見えているのに気付く。
刀は抜きたくないが、鞘で斎藤の攻撃を凌げるはずだ。
人は斬りたくない。だが、やるしかない。
そう思い、動こうと思ったその時だった。
「うろたえるんじゃないよ! うちの魔術で雨を降らすよ! どきな!」
わたしは、声のする方に向いた。
爆発で吹っ飛んだ飯屋の前で、バケツリレーで火に水を掛けている町人に怒鳴る女。
女は振袖を着て、跡形もなく吹っ飛んだ飯屋の前で、煙管を吹かしている。
物悲しそうに、火の海を見つめて。
「興ざめやのう。なんや? あの女は。魔術やて? 笑わせんなや。やれるもんならやってみい」
斎藤は胡坐をかいて、刀を地面に突き刺し、ひょうたんの酒を飲んで女を見学し始めた。
今のうちに動くか?
いや、まだだ。もう少し様子を見よう。
わたしも斎藤に釣られて、女の様子を見守る。
女は炎の海に向かって、煙管を吹かしたかと思うと、跡形もなく吹っ飛んだ飯屋の上空に雨雲が発生し、大雨が降り注いだ。
あっという間に火は鎮火して、煙が嘘のように昇っている。
女は下敷きになっている人に声を掛けて、軽々と屋根を持ち上げた。
下敷きになった人たちが、町の人たちに助けられてゆく。
次に女は怪我人たちを見て回り、怪我人の傷を包み込むように両手を翳すと、手が神々しく光り、みるみる傷が治ってゆく。
女は法力で、怪我人たちの傷を癒して回る。
思わず斎藤は目を擦り、信じられない光景に目を疑った。
わたしは、女の力に息を呑むしかなかった。
その時、女は次の怪我人を治療するため、歩くのを止めてわたしに振り向き、煙管を吹かして何故か微笑んだ。
そっちは、任せた。ということか?
斎藤に傷を負わせることは無理だろうが、時間稼ぎならできそうだ。
あの女に任せれば、大丈夫だろう。
お前の力で、怪我人を治療してやってくれ。
「ほう。あの姉ちゃん、何もんや? 生憎、女を斬る趣味はないねん。女を抱く趣味はあるけどなぁ」
斎藤は顎に手を当てて首を傾げ、ひょうたんの酒を飲むのも忘れて興味津々に謎の女を見ていた。
わたしは、謎の女の行動に見惚れていた。
あの女。ひょっとして、魔術師なのか?
「やっぱ、興ざめやのう、兄ちゃん。こっちはこっちで楽しもうや」
ひょうたんを腰に下げて、おもむろに斎藤が立ち上がり、地面に突き刺した刀を抜く。
刀を肩で叩きながら、不気味な笑みを浮かべて、わたしにじりじりと歩み寄る。
わたしの冷や汗が頬を伝う。
まだだ、ギリギリまで斎藤を引き付ける。
よし、今だ。
わたしは、斎藤が声を上げて刀を振り下ろすよりも早く、藁の下にあった鞘を取った。
「いくでぇぇぇぇぇ! ワイに会ったのが不運やったな!」
斎藤が奇声を上げて、わたしに向かって真っすぐに刀を振り下ろす。
斎藤の太刀風が風を切り裂く。
斎藤の振り下ろした太刀風で、大八車が真っ二つに斬れて壊れた。
「なんや。この大八車、盗品の刀が積んであったんか。ふんっ。運が良かったな、兄ちゃん」
斎藤は刀を肩で叩きながら、真っ二つになった大八車を見て、鼻で笑った。
斎藤の力量を甘く見ていた。
斎藤の太刀筋、相当腕が立つ。
さすが、紅桜の頭、ということだけはある。
鞘で受け止めれば、間違いなく、わたしは死ぬだろう。
わたしは、斎藤の太刀風を浴びて壊れた大八車を見て、冷や汗が頬を伝った。
「そんななまくら刀で、ワイと殺り合うつもりなんか? 人を斬ったこともない青二才が」
斎藤は刀で肩を叩きながら、腰に下げたひょうたんの酒を美味そうに飲んでいる。
嘲笑うかのように鼻で笑って、口許の酒を手で拭う。
わたしは歯を食いしばった。
こいつ一人が消えるだけでも、どれだけ国が正されることか。
わたしとて、大学で武術を学んだ身。大学で習った剣術、今こそ実戦の時だ。
大丈夫だ。死にやしない。わたしには、やることがあるからな。
わたしはおもむろに立ち上がって、鞘からゆっくりと刀を抜く。
鞘を地面に投げ捨てる。
「ほう。そのなまくら刀で、ワイと殺り合うちゅうんか? ふんっ。おもろくなってきたでぇ」
斎藤がひょうたんを腰に下げると、腰を低くして、刀を肩に置いたまま構えた。
片手の指を動かして、来いとばかりにわたしを挑発した。
「わたしの実力、試させてもらう」
わたしは深呼吸して、顔の前で、握り締めた刀を斜め下に構えた。
「ほぉ。見たこともない構えやな。こりゃ、楽しめそうや」
斎藤が変わらない態勢のまま、鼻で笑った。
飯屋の火事の鎮火で、町人の歓喜の中。
ここだけ、空気が重く流れる。
わたしと斎藤は動かないまま。
斎藤が僅かに動いたと思うと、わたしに駆けて、一気にわたしの懐に入り、刀を真っ直ぐ振り下ろしてくる。
わたしは体を捻って、斎藤の刀を避けて受け止めた。
その瞬間、刀と刀がぶつかり合って火花が散り、斎藤の太刀風がわたしの髪を撫でた。
斎藤の太刀風で切れたわたしの髪が、はらりと地面に落ちる。
「ふんっ。やっぱ、なまくら刀やなぁ。にしても、やるやないか、兄ちゃん」
斎藤が面白くもないように刀を上げて、刃こぼれした刀身を見て、妙に感心したように顎に手を当てる。
「わたしを斬らないのか? 斎藤」
わたしも刀を下ろして、斎藤を睨み据えた。
わたしも刀身を見ると、刃こぼれしていた。
「気が変わったわ、兄ちゃん。もっとつようなってから、出直してき。そん時、本気で殺り合おうや。ワイは、兄ちゃんを気にったで。刀を交えてわかったわ。兄ちゃん、剣の素人じゃないやろ?」
斎藤が嬉しそうに、わたしの肩に手を回した。
「うっ」
わたしは斎藤に肩を回され、右肩に激痛が走り、思わず唸った。
「すまんすまん。ワイの太刀風で、兄ちゃんの肩を斬ったみたいやわ。早いとこ医者に診てもらったほうがええ。ほなら、ワイは帰るで。またの、兄ちゃん。今度会うのを楽しみにしてるで」
斎藤はわたしから離れて刀を鞘に納めると、わたしの左肩を軽く叩いて、口笛を吹いて上機嫌で町に消えて行った。
わたしは、斎藤の背中を見送った。
いつまでも。
わたしを斬らなかったことを、後悔するがいい。斎藤よ。
今度会う時は、お前を牢に入れる時だ。
「うっ」
わたしは、片膝を地面につく。
右肩から、一筋の血が右腕を伝い、右手の指から血が滴る。
今頃になって、肩が切れるとは。
斎藤。恐ろしい男だ。
右肩の激痛で、わたしの意識が遠のく。
わたしは、うつ伏せに地面に倒れた。
砂埃が悲しく舞う。
遠のく意識の中で、薄目で爆発で吹っ飛んだ飯屋を見る。
誰かが、小走りにわたしに駆け寄ってくるのが見える。
着物を着ている女だとわかった。
「だ、いじょう、ぶ、ですか……」
若い女の声がした。
わたしの身体を必死に揺すっている。
わたしは、そこで気を失った。
お菊との出会い
魚拓
瓦屋根の下敷きになった人が、わたしの目の前で燃えている。
彼らがわたしに助けを求めて、必死に手を伸ばす。
白目を剥いて燃えている人が歩きながら叫んでいる。
わたしは立ち尽くしていた。
炎が熱くて、近づくことさえできない。
「死にたくない! 助けてくれ!」
燃えながら苦痛に歪む男。
「身体が熱いよぉ」
少女が苦しそうに手を伸ばしている。
「誰が火を消してくれ!」
白目を剥いて燃えている人がわたしの懐を掴む。
わたしの着物に火が燃え移る。
手が燃えて、やがて身体が燃える。
熱い。身体が熱い。身体が溶ける。
「うわぁぁぁぁぁ!」
わたしは熱くて声を上げた。
そこで瞼を開ける。
高鳴る鼓動、夢だとわかる。
汗を掻いているのか、汗で布団が身体にくっついて気持ち悪い。
さっきの夢が蘇る。
恐ろしい夢だ。飯屋の火事の光景が、頭から離れてないな。
見慣れない天井が視界に映る。
小鳥の囀さえずりが聞こえる。
どこだ、ここは。
わたしはゆっくりと上半身を起こす。
辺りを見回すと、ここは日本家屋の客間らしく畳部屋だった。
客間の縁側の庭先に、竹の物干竿に洗濯物が干してあった。
洗濯物が、気持ちよさそうに風に揺られている。
その時、額に載せてあった、白い濡れタオルが布団に落ちる。
タオルを持つと、ひんやり冷たかった。
わたしは上半身裸で、右肩の傷に丁寧に包帯が巻いてあった。
巻いてある包帯から、消毒液と薬の匂いがした。
「うっ」
起き上がろうとすると、右肩に痛みが走り、わたしは唸る。
わたしは額を手で押さえる。
斎藤と一悶着ひともんちゃくの後、わたしは気を失ったのか。
おまけに熱を出したようだ。少し頭痛がする。
それにしても、誰がわたしの傷の手当てを?
もしや、魔術を唱えた、あの女か?
いや、待てよ。わたしが気を失う際に、女の声がしたような。
彼女が、わたしを助けたというのか?
今日は何日だ?
新聞があればいいのだが。
それより、大学に行かねば。皆が心配している。
わたしが起き上がろうとした時。
庭の物陰から、着物を着た若い娘が鼻歌を歌いながら現れた。
わたしを見るなり、手に持っていたじょうろを驚いて落とす。
「無茶はダメですよ!」
慌てて縁側の踏み石に草履を脱ぎ捨て、わたしの元へ小走りに寄る。
「誰だ!? わたしに寄るな!」
わたしは、若い娘に近寄るなとばかりに、手で制して若い娘を睨み据える。
見たところ、彼女は丸腰だが油断はできない。
「わ、私は、あなたを助けた者です! お菊と申します」
若い娘は、わたしの布団の横で、膝を折って両手を畳に添えた。
額を畳につけんとばかりに深く頭を下げた。
まるで、旅館の女将が旅人を歓迎するように。
……彼女に敵意はないみたいだな。
そうか。彼女がわたしを助けたのか。
ここは、彼女の家か。
その瞬間、安心したのか、わたしの力が抜けた。
「お菊か。わたしは大学に戻らねばならん。こうしている間にも、この国は……」
わたしは無理に起き上がろうとして、右肩に痛みが走り、また唸る。
わたしは態勢を崩して、片膝を布団につく。
右肩の痛みを歯を食いしばって我慢し、布団を握り締める。
「大丈夫ですか!?」
お菊が慌ててわたしの身体を支える。
心配そうに、わたしの顔を覗き込んでいる。
「なんとしても大学に戻らねば。お菊、わたしの身体を起こせ。頼む」
わたしはお菊の肩に手を置いて、お菊に縋り、頭を下げる。
次の瞬間、お菊が平手でわたしの頬をぶった。
わたしは唖然として、わたしの眼がさざ波のように揺らめく。
「なにをする! わたしは、一刻も早くこの国を正したいだけだ!」
わたしは握り拳で、畳を思いっきり叩いた。
お菊を睨み据える。
「国を正すことが正義なんですか!? あなたは、人一人を本気で守ったことがあるんですか!? 目の前の人間も守れないで、そんなこともできない人間が、気安く国を正すとか口にしないでください! 目の前で死んでゆく人を見たことがあるんですか! 笑わせないでください!」
お菊が涙を滲ませて、わたしの前に屈み込む。
わたしの両肩に手を置いて、訴えるようにわたしの両肩を揺らす。
「!? 国を正すことが正義じゃない? わたしは、人一人さえ守ったことがない……夢を見ていたのかもな……すまない、お菊。わたしが間違っていた」
わたしはやるせなくなり俯いた。
ただ、悔しくて泣いていた。涙の粒が布団に零れ落ちる。
何度も、涙を手で拭う。
「あなたは、右肩に深手を負っています。右肩の傷が完治するまで、私が看病します。それからでも、話を聞くのは遅くないでしょ?」
お菊は、わたしの手を優しく握った。
お菊の口調は優しかった。まるで子供をあやすように。
「ああ、そうだな。わたしがどうかしていた、すまない。わたしは、木下信二だ。世話になる、お菊」
わたしも、お菊の手を握り返す。
そして、そのまま命の恩人に土下座をした。右肩の痛みを我慢して。
「もしかして、木下佑蔵さんの息子さんですか!?」
お菊が声を輝かせて、わたしの身体を揺すり、嬉しそうにわたしに訊く。
「あ、ああ。そうだが……」
わたしは顔を上げて、訳がわからなかった。
気まずそうに、お菊から顔を背け、人差指で頬を掻く。
「木下佑蔵さんが開発した武器、凄いですよね! 憲兵団の新聞、毎号読んでますよ! 憲兵団に憧れてて、私、憲兵団に入隊したいんですけど……」
お菊が表情を曇らせて、わたしから顔を背ける。
お菊は胸に手を当て、瞳が悲しそうに揺れている。
「どうかしたのか?」
わたしはお菊の肩に手を置き、お菊の顔を覗き込む。
お菊は、今にも泣きそうな顔をしている。
胸に当てた手を握り締める。
「実は、おとっつあんが賭博とばくで借金作っちゃって。それで私、大学中退して必死に働いて借金返してるんです。おとっつあんも、あれから賭博もやめて、真面目に畑仕事してるんですけどね。母は幼いころ病気で亡くなって、おとっつあんが男手一つで私を育ててくれて、本当に感謝しているんです。だから、おとっつあんに恩返しもしたいんです」
おもむろにお菊が立ち上がり、縁側から庭を見つめた。
わたしは、寂しそうなお菊の背中を見つめる。
そうか。
この娘こは、わたしより強い子なんだな。
それに比べて、わたしは何不自由なく育った。
わたしの場合、幼い頃から使用人がいたからな。
「お菊、お前は強い娘なんだな。わたしとは大違いだ。ところで、仕事はなにしている?」
わたしは、お菊の背中に微笑む。
「おとっつあんには内緒なんですけど……私、朝から夕方まで遊郭で働いているんです。夕方にはおとっつあんが畑仕事から帰ってくるので。おとっつあんには心配掛けたくないんです。借金を返すには、それしかないと思って。でも最近、変なお客さんに付け回されてて、困ってるんです……こないだ、そのお客さんが家まで来ちゃって、おとっつあんが追い払ってくたから良かったけど。私、怖くて……」
お菊が泣き崩れる。
お菊の涙の粒が、畳に染みる。
「お菊。キミは充分に、父親に心配を掛けている。仕事で知らない男に抱かれるのを、父親が知ったら、どんなに悲しむか。お菊は、そんなことを考えたことがあるか? お菊のお母さんが、お腹を痛めてキミを産んだ。簡単に、自分の身体を許すな! どんなに時間が掛かってもいい。ちゃんと真面目に働いて、父親の借金を返すんだ。父親は真面目に働いているのに。そこまでしてキミは、父親が知らないところで迷惑を掛けてまで、寄り道するのか? それこそ、親不孝者だ」
わたしは、お菊に強く優しく語りかけた。
「!? す、すいません。信二さんの言葉で目が覚めました。私、真面目に働きます」
お菊が涙を拭いながら、鼻を啜すする。
その時、玄関の扉を乱暴に開ける音が聞こえた。
お菊が驚いて、身体が飛び上がる。
「おーきーく、ちゃん。今日は休みなのかい? 店でお菊ちゃん待ってたのに。家まで来ちゃったよ。へへっ」
玄関で男の声が聞こえたかと思うと、男は遠慮なくずかずかと家に上がり込んだのか、どたどたと騒がしい足音が聞こえる。
「し、信二さん。あの男が来ました。助けてくださいっ」
お菊が立ち上がる。
怖くなったのか、わたしの傍まで来て、わたしに強く抱き付く。
お菊を付け回している例の店の男か?
不味いな。こんな時に。
わたしは、なにか武器になる物はないかと、客間を素早く見回した。
布団の傍にある棚の横に、一本の竹刀が立て掛けてあった。
お菊が大学生の時に使っていた竹刀か?
まあいい。ないよりはマシだ。
恐らく、男は刀を持っているだろう。
力ずくで、お菊を奪うつもりかもしれん。
「お菊。棚の横に立て掛けてある竹刀を取ってくれ」
わたしは、布団の傍にある棚の横に立て掛けてある竹刀に手を伸ばした。
が、右肩に痛みが走り、痛みで手を伸ばしきれない。
「は、はい」
お菊は立ち上がり、布団の傍にある棚の横に立て掛けてある竹刀を取って、わたしの手に竹刀を握らす。
わたしは、竹刀を布団の中に隠した。
そして、お菊を抱き締めた。
「あれれ~。店に来ないと思ったら、男と寝てるじゃないか。いいなぁ。誰だい、その男は?」
ボロボロの単衣に、ボロボロの袴を着た、中年の親父がわたしたちの前に立っていた。
中年の親父の頭が禿げ、頭皮がつるつるに光っている。腰には、鞘を下げている。
ひょうたんの酒を飲みながら、しゃっくりをした。
よろけながら、口許の酒を手で拭う。
客間に酒の匂いが充満した。
「私の彼よ。もう遊郭で働かないから、出て行ってちょうだい。私は、彼と幸せになるの」
お菊はわたしの懐を握り締めて、酔っ払い中年男を睨み据える。
「おい、お菊。話がややこしくなるだろう」
わたしは頭の後ろ掻いた。
わたしは、酔っ払いの中年男が腰に下げている鞘を見る。
やはり、刀を持っているな。
なんとしてでも、お菊を守らねば。
「へぇ。お菊ちゃん、わしが知らない間に男作ったんだ。悪いけど、お菊ちゃんはわしの物だから。お菊ちゃん、わしに艶あでやかな身体を見せておくれぇ~」
酔っ払いの中年男が、腰に下げた鞘から刀を抜き、お菊に刀を振り下ろす。
酔っ払い中年男の太刀風が、わたしとお菊を包み込んだ。
「きゃっ」
お菊が瞼を閉じて、声を漏らす。
わたしは、布団に隠してあった竹刀を素早く取って、酔っ払いの中年男の刀を受け止める。
この男、斎藤よりは剣の腕はないが、刀が厄介だ。
幸いにも、刀の切れ味がなくて、竹刀が切れなくて助かった。
「へぇ。あんた、右肩怪我してるんだ。お菊ちゃんに看病してもらっていいなぁ。もう、お菊ちゃんを抱いたのかい?」
酔っ払いの中年男は、わたしの右肩の怪我を見て、顎に手を当てて妙に感心した。
しゃっくりが出て、中年の酔っ払い男の身体がふらつき、酔っ払いの中年男は首を横に振った。
この男、相当酒を飲んでいるな。
仕事は何しているか知らないが、遊郭と酒に溺れたようだ。
所詮、賭博と一緒だ。溺れたが最後。
男がふらついている今がチャンスか。
それに、わたしは右肩を怪我している。
さすがに戦えない。受け止めるのがやっとだ。
せめて、男の視界を奪えば、なんとか勝機があるかもしれない。
わたしは布団に目を落とす。
そうか。布団を奴の頭に被せれば視界を奪える。
枕でもいい。固い枕を奴の顔に当てるのもいい。
そして、その隙に体当たりを食らわせば。
「お菊! 枕を男の顔に思いっきり投げろ!」
わたしは、酔っ払い中年男の刀を竹刀で受け止めながら、お菊に怒鳴った。
「は、はいっ!」
お菊が返事をするや否や、酔っ払い男の顔面に枕が当たる。
固い枕なので、男の顔面に当たるや重い音がした。
「ぐわっ! ちくしょう! いてぇぞ!」
酔っ払い中年男が、顔を手で押さえた。
わたしの竹刀から、酔っ払い中年男の刀が離れる。
「お菊! 男の顔に布団を被せて、思いっきり体当たりしろ!」
わたしは、右肩の痛みで片膝をつく。
竹刀を畳に突き立てる。
「は、はい!」
お菊は返事をすると、布団を乱暴に取って、酔っ払い中年男の顔に布団を被せた。
そして、酔っ払い中年男がふらついて布団を取れずにいるところを、お菊が思いっきり体当たりした。
酔っ払いの中年男は縁側に吹っ飛び、吹っ飛んだ衝撃で刀が畳の上に落ちた。
わたしはそれを見逃さず、無理に身体を引きずる。
すぐにお菊が支えてくれて、お菊が刀を拾い上げ、わたしの手に刀を握らせる。
そして、お菊はわたしに抱き付いた。
「なにしやがる! あーあ、酒がなくなっちまったい」
酔っ払いの中年男が布団を乱暴に取って投げ捨てた。
畳の上に染み込んだ酒を見て、頭の後ろを掻いて愚痴を零す。
わたしは、酔っ払い中年男の喉元に、刀の刃先を突き出す。
「ひっ。わ、わしが悪かった。お菊は、お前の女じゃ。い、命は助けてくれ」
酔っ払いの中年男はさすがに酔いが覚めたらしく、尻餅をついたまま後退る。
命ばかりは助けてくれといわんばかりに、手を伸ばして。
「お前の悪行、見逃すわけにはいかない。今逃げれば、見逃してやる。どうする? 牢に入るか、今逃げるか」
わたしは真っ直ぐに、酔っ払いの中年男を冷たく見下ろす。
お菊は無言で、酔っ払いの中年男を、わたしの胸の中で見下ろしている。
酔っ払いの中年男は額に冷や汗を掻いて、引きつった顔でわたしとお菊を見比べた。
「ひ、ひぇ~。お助けを!」
酔っ払いの中年男は悲鳴を上げて、玄関に飛んで行った。
「うっ」
わたしは右肩に痛みが走り、片膝をついた。
竹刀を畳の上に突き立てる。
「し、信二さん。ありがとうございました。なんとお礼を言っていいか」
お菊が頬を紅く染めて、わたしを抱き締める。
「これで、あの男は二度とお菊を付け回さないだろう。お菊はわたしが雇う。わたしの屋敷の使用人として。父に手紙で知らせよう」
わたしもお菊を抱き締め返した。
お菊の頭を優しく撫でる。
「えっ? え~!? い、いいんですか!?」
お菊が驚いて顔を上げる。
「もちろんだ。これから、お菊に世話になるからな。わたしからの恩返しだ」
わたしはお菊に微笑んだ。
「もぉ。信二さんったら~」
お菊がわたしの右肩を強く叩く。
「お、おい。わたしは怪我人だぞ!?」
わたしは唸る。
「す、すいません」
お菊がわたしから離れて、膝を折り、両手を畳の上に添えて、深く頭を下げた。
わたしは、それが可笑しくて笑った。
お菊も顔を上げて、笑った。
攫われた勘兵衛
魚拓
わたしが右肩を負傷してから、二週間が経とうとしていた。
わたしは、お菊の家で右肩の傷を看病してもらっている。
あれから立てるようになり、わたしの身体は回復の傾向に向かっている。
わたしは、お菊の父、勘兵衛の借金返済のため、お菊をわたしの屋敷で使用人として雇うことにした。
わたしは、使用人としてお菊を雇って欲しいと、父に手紙を送り、今日の昼に返事が返って着た。
わたしは客間で、座布団に胡坐をかいて、縁側から降り注ぐ午後の太陽の光に反射した机の上に父の手紙を広げ、父の文を眼で追っていく。
《信二。久しぶりだな。元気にしてるか。紅桜の頭、斎藤と戦って、右肩を負傷したそうだな。お菊さんには感謝している、お前の命の恩人だからな。そのまま、結婚したらどうだ。はははは、冗談だ。今度は、お前がお菊さんを守ってやれ。最近、影の組織が動き出している。私の武器が影の組織に渡り、影の組織が私の武器を悪用している。お前の身に危険が迫るかもしれん、くれぐれも用心しろよ。お菊さんを巻き込んではならん。今、お前は右肩を負傷している。万が一のために、私が開発した信号銃を送っておく。身の危険が迫ったら、空に向かって、信号弾を発砲しろ。直ぐに私の仲間がお前を迎えにゆく。私も身の危険が迫っている。新時代のために憲兵団で武器を造ってきたが、影の組織が私の武器を悪用するとは。皮肉なものだ。そろそろ、私は仕事を辞めて、静かなところでのんびりと研究したいものだ。お前の右肩が完治して、屋敷にお菊さんを連れてくるといい。話は使用人に伝えておく。母さんにも、顔を出してやれ。大学、もうすぐ卒業だってな。お前が大学を休んでいる間、屋敷に戻れば、家庭教師を雇って授業してもらおう。それで、単位を補えるだろ。お前には、ちゃんと大学を卒業して欲しいからな。そうだ、こないだ町の骨董屋でいい物を見つけたんだ。お守りとして持っておくといい。きっと気に入るだろう。首飾りの黒色の勾玉だ。骨董屋の店主が言うには、死神の魂が封じ込めてあるらしい。店主も冗談がキツイ。店主によれば、黒色の勾玉は死んだ爺さんの物らしく、気味悪くて処分に困っていたらしい。そいつを持っていれば、死なないかもな。そのうち死神が現れたりしてな。ふぅ、調子に乗った、すまん。さて。今度、ゆっくり話すか。お前を愛している。父より》
手紙を読み終わり、手紙から顔を上げる。
父上……父上の身に危険が迫っているというのか?
紅桜の頭、斎藤が手にしていた爆弾。
そして、影の組織。
考えるのはよそう。
わたしは首を横に振った。
おもむろにわたしは腕を組む。
そういえば、しばらく屋敷に戻ってないな。
右肩が完治したら、屋敷に顔を出すか。
屋敷でのんびりしながら、家庭教師か、悪くない。
それで単位を補って、わたしは大学を卒業できる。
大学の寮は個室だが、どうも、大学は人が多くて落ち着かない。
それにだ。
わたしに、身の危険が迫っているのか?
もしそうなら、ここには居られないな。
だが、わたしはまだ、右肩の傷が完治していない。
下手に動いて、影の者と戦うことになれば、右肩の傷が開くかもしれない。
わたしに身の危険が迫れば、父は信号銃を使えと言っていた。
机の上にある大きい茶封筒に、わたしは目を落とす。
茶封筒の中を手で探って、一丁の小銃を取り出す。
信号銃を手に取って、信号銃をまじまじと見る。
これが、信号銃なのか?
見た目は小銃だが、父が言うには、弾が信号弾らしい。
できれば使いたくないが。
わたしは、小銃を懐に入れた。
そういえば、父上はお守りも送ってくれたんだったな。
わたしは大きい茶封筒を手探りしてみた。
手触りで、首飾りの感触があった。
おもむろに、首飾りを取り出してみる。
わたしは机に頬杖をついて、首飾りを翳す。
禍々しい黒色の勾玉が妖しく煌めく。
邪悪な力を感じる。
なるほど。
確かに、不気味だ。
骨董屋の店主が処分したくなるのもわかる。
『やっとっ、うちの主が現れました。この時を、どれほど待ったことでしょう』
その時、頭の中で不思議な声が響いた。
凛とした透き通る少女の声だった。
「誰だ。誰かいるのか」
わたしは首飾りを握って立ち上がり、縁側を見渡した。
が、庭には誰もない。
家の中を見て回るが、誰かいる気配はない。
「変だな。声が聞こえた気がしたが」
わたしは唸って首を傾げ、頭の後ろを掻きながら客間に戻った。
「うちはここですよ、主」
その時、縁側から声が聞こえた。
わたしは声のする縁側を見て、腰を抜かして驚いた。
客間の座布団に胡坐をかこうとしていたが、そのまま尻餅をつく。
縁側に、半透明の少女が座っていた。
少女は、おかっぱ頭の黒髪で、黒い花の髪飾りを付けている。
瞳が黄色く、黒い花柄の振袖を着て、黒い足袋に草履。
手には手毬を抱え持っている。
「主の正しい国作り、お手伝いいたします。主、悪い人間がいない世界を望んでいるのでしょう?」
少女は、手に抱え持った手毬をじっと見つめている。
「!? ど、どうしてそれを。まさか、お前は死神というのか?」
わたしの額に冷や汗を掻いている。
動揺で、眼がさざ波のように揺れている。
し、信じられん。
異国の本で死神を見たが、まるで姿形が違う。
これは夢か?
わたしは目を擦って、頬を引っ張る。
……夢じゃないな。
少女は縁側に座っている。
変わらずに。
「……昔、うちは町で姉と遊んでいたところ、呪師に拉致されました。呪師の屋敷の地下にある儀式の間で、うちと姉は背中に呪の魔方陣が彫られました。食事も与えられず、ただ背中に魔方陣を彫られ続けました。やがて、うちと姉は餓死しました。そして、呪師の呪いによって、うちと姉は、それぞれ死神と神に転生しました。うちと姉が呪師を恨むほど、結果的に呪師に力を与えたのです。呪師は、うちと姉を利用して国を支配しました。しかし、うちと姉の力が暴走して、国は亡びました。皮肉なことに、生き残った民によって呪師は殺されました。ずる賢い呪師は、誰にも呪いの力を渡さないために、儀式でうちと姉の魂を物に封じ込めました。時間が経てば、魂が他の物に移るように式を組んで。こうして長い間、うちと姉は封印されてきました。そして今、姉の魂を封じた光の勾玉が、どこかの蔵で眠っているみたいですね。うちの魂を封じた闇の勾玉は、主が手にしました。うちは死神です。死神の力を使って、恨みのある人間を消すこともできます。ただ、闇の力が強い人間ほど、その分、悪魂あくだまが必要になります」
少女は手毬を見つめながら、まくしたてた。
そして、肩を落として小さくため息を零した。
「……話はわかった。わたしの中に、闇の力があるというのか? お前は、それに惹かれた、と?」
わたしは冷や汗が頬を伝い、生唾を飲み込み喉を鳴らした。
「恐らく、主の父の中に眠る闇の力が、うちを引き寄せたんだと思います。主の手に、闇の勾玉が渡った今。主の中にも、微弱な闇の力を感じます」
少女は手毬を撫でて、手毬をじっと見つめた。
なるほど。
確かに父上は、影の者を恨んでいる。
新時代のために造ってきた父の武器が、影の者に悪用されているからな。
そして、闇の勾玉がわたしの手に渡った。
死神は、闇の力が欲しいんじゃない。
主を探していたんだ。
「見たところ、まだ力が戻ってないみたいだな」
わたしは机を手で突いて立ち上がり、少女の隣に座った。
黒色の勾玉を握って。
「ええ。うちは、自分の力の源となる、闇の力が欲しい訳じゃありません。闇に染まった多くの者を見て、飽きているんです。だから、うちは主を探していたんです。でも、まだ主が、主と決まったわけじゃありません。少し様子を見させていただきます。うちが主じゃないと判断すれば、うちはまた、主を求めるまでですので」
少女は手毬から顔を上げて、表情を曇らせてわたしを見つめる。
黄色い瞳に吸い込まれそうだ。
「わたしを試しているわけか。いいだろ。好きにしてくれ。わたしは正しい国を作りたいが、正しい国を作ることが正義ではないと、お菊に言われたからな。今は、正しい国を作ることに拘ってないさ。お菊に説教されて目が覚めたからな」
わたしは少女の頭を優しく撫でた。
わたしは踏み石の下駄に足を入れて、おもむろに立ち上がり、庭で空を仰いだ。
「そ、そうですか。主は、うちが今まで見てきた人たちと違いますね。落ち着いています。主に闇の力が眠っているのに、決して闇の力に染まろうとしない。お菊さんが止めてくれたんですね」
わたしの背中で、少女の声が聞こえる。
「そうだな。お菊には世話になりっぱなしだ。ところで、死神は名前があるのか?」
わたしは少女に振り返った。
両手を腰に当てて。
「うちは、名前なんかありません。生前の名前は忘れてしまいました」
少女は悲しそうに俯いた。
「そうか……わたしが、お前に名前を付けてやろう。今日からお前は、楓だ」
わたしは顎に手を当てて、首を傾げて少女の名前に悩んだ。
やがて頷いて、わたしは少女の名を口にした。
「か、楓。うちは楓。楓……あ、ありがとうございます、主!」
楓が顔を上げると、顔が生き生きと輝いていた。
わたしに懐きたいのか、嬉しそうにわたしの元へ駆け寄る。
わたしは屈み込んで、楓を温かく抱き締めようとした。
楓は、わたしの傍らに来るなり、半透明の身体が消えた。
楓の涙が、風でわたしの頬を撫でた。
消えたか。
わたしを試すがいい。楓。
わたしは膝に腕を載せて屈み込んだまま、微笑んでいた。
そして、黒色の勾玉の首飾りを首につけた。
その時。
玄関が開いて、お菊のどたどたと騒がしい足音が聞こえて、お菊が息を切らして縁側に現れた。
わたしは何事かと思い、おもむろに立ち上がる。
「し、信二さん。おとっつあんがいないんです! おとっつあんの畑を探してもいませんでした。他の人に訊いても、おつっつあんを見てないって。私、どうすれば!?」
お菊が縁側の踏み石の下駄に足を踏み入れるなり、わたしに駆け寄って抱き付く。
わたしの胸で、子供のように泣いている。
「落ち着くんだ。勘兵衛さんは、いなくなったと決まったわけじゃない。そのうち帰ってくるさ。気晴らしに、遊郭に行ってるかもしれない」
わたしは、お菊を抱き締め返す。
わたしは、慰めるようにお菊の頭を優しく撫でる。
とりあえず、冗談でも言って、お菊を慰めるしかない。
わたしは、客間の壁時計を見た。十七時を過ぎているな。
いつもなら、勘兵衛さんが帰ってくる時間だ。
娘想いの勘兵衛さんだ。遊郭に行っているとは思えない。
町の人も、勘兵衛さんを見て言いないと、お菊は言っている。
だとすると。
考えられるのは、人攫い。最悪の考えが浮かんだ。
だとしたら、誰が勘兵衛さんを?
嫌な予感が過る。
お菊を抱き締めながら、頭の中で父の手紙が駆け巡る。
父上は言っていた。影の組織が動き出していると。
ま、まさか、影の組織が、勘兵衛さんを攫ったというのか?
だとしたら、何の目的があるというのだ?
勘兵衛さんは、体格がいい方でない。戦闘員には向いてないはず。
もしや、何かの実験で、勘兵衛さんは攫われた?
その可能性が高い。
わたしは、お菊を強く抱きしめる。
「おとっつあんは、本当に遊郭に行ったんでしょうか? やっぱり男の人は、そういうのに興味があるんですか?」
わたしの胸で、子供の様に泣いていたお菊が顔を上げる。
お菊の顔は涙で真っ赤だった。お菊は鼻をすすり、涙を拭う。
「ま、まあ、そうだろうな。男は、女を抱きたくなる時は、あると思うぞ?」
わたしは気まずそうに、お菊から顔を背け、照れ隠ししながら人差指で頬を掻く。
「信二さんは、遊郭に行ったことあるんですか?」
お菊はわたしの懐を握って、わたしの顔を覗き込んでいる。
お菊を慰めるつもりが、何故こんなことに。
不埒な自分を呪いたい。
わたしは情けなくなり、顔を手で覆い首を横に振る。
「遊郭に行ったことはないが、興味があるといえばある。ないといえばない」
わたしはお菊から顔を背けて、恥ずかしさで顔を真っ赤にした。
思わずお菊から離れた。
「もぉ、信二さんったら! 信二さんが遊郭に行ったら、私、許しませんからね! 抱くなら、私にしてください!」
お菊が、わたしの胸を両手の拳で、ぽかぽかと叩く。
言ってはっとして、お菊は顔を真っ赤にして、わたしから離れた。
顔を背けて、恥ずかしいというように頬に両手を当てて、首を横に振っている。
「と、とにかくだ。もう少し、勘兵衛さんを待ってみよう」
わたしは、お菊から顔を背けたまま、両手を組んだ。
お菊をちらちらと見る。
「そ、そうですね。私、夕飯の支度してきます」
お菊はそそくさと庭を後にした。
「わ、わたしも手伝おう。お菊には世話になりっぱなしだ」
わたしは慌ててお菊の後を追った。
慌てすぎて、こけそうになる。
「い、いいです! 信二さんは怪我人なんですから。傷が開いたら大変です。ゆっくりしててください」
縁側の奥から、躊躇いがちなお菊の声が聞こえる。
「あ、ああ。そうだな」
わたしは踏み石に下駄を揃えて、客間に戻った。
おもむろに机の上に置いてある、本を取って読み始めた。
この本は、お菊が買ってきてくれた。
どくらい時間が経っただろう。
わたしは、本に読み耽っていた。
ふと壁時計を見ると、十九時を回っていた。
客間の隣の居間で、お菊がせっせと料理を運んでいる。
「信二さん。お腹空いたでしょ? おとっつあんもお腹を空かして帰ってきますよ」
たすき掛けをしたお菊が額の汗を手の甲で拭いながら、机に料理が盛られた器を並べていく。
「そうだな。腹が減っては戦はできんからな。夕飯を食べていれば、勘兵衛さん、帰ってくるだろう」
わたしは本にしおりを挟んで、机を手で突いて立ち上がり、腕を組んで居間に向かう。
居間の机の上には、冷奴、豆腐の上に刻んだトマトと葱が添えてある。
他に肉じゃが、白米、秋刀魚の焼き魚、味噌汁。と、豪勢な夕食だった。
お盆には、急須と湯呑が二つ、二人分の箸置きと箸が置いてある。
「おいおい。作り過ぎじゃないか?」
わたしは向かい側に座ったお菊に訊いて、わたしは座布団に胡坐をかいた。
「信二さんには、栄養をつけてもらって、早く良くなって欲しいですから」
お菊がお盆から箸置きと箸を取って、わたしの席に箸置きと箸を置く。
そして、自分の席に箸置きと箸を置いた。
「じゃ、食べましょうか。いただきます」
お菊が手を合わせる。
わたしをちらちらと見る。
「あ、ああ。いただきます」
わたしも手を合わせる。
お菊をちらちらと見る。
「今日のご飯、上手に炊けてる!」
お菊が白米を口にほうばって唸る。
お菊が白米が美味しいとばかりに。
「昨日の白米は、少し水気が多かったからな」
わたしは白米をほうばって、雰囲気をぶち壊すことを口に滑らす。
お菊を見ると、頬を紙風船のように膨らませていた。
「もぉ! 信二さんったら。ご飯炊くの難しいんだから。花嫁修業中なんですよ?」
お菊がそっぽを向き、顎を動かして、白米を食べている。
「す、すまない」
わたしは気まずそうに、箸を止めてお菊に謝った。
しばらく黙ることにしよう。
わたしは、お菊と二人っきりという気まずい雰囲気に落ち着かなった。
いつもなら、勘兵衛さんが座っていた場所に、わたしは座っている。
それも、なんだか変な感じだった。
緊張で、わたしの箸が震えている。
「信二さん。手が震えてますけど、大丈夫ですか? 右肩の傷が痛むんですか? 私が食べさせてあげましょうか?」
お菊が箸を止めて、心配そうにわたしを見ている。
「だ、大丈夫だ。自分で食べられる」
わたしはお椀を持とうとしたが、緊張して手が震え、力が抜けてお椀を机の上に落とした。
お椀が悪戯のように回る。
お菊を見たら、今度は箸を落としてしまった。
「傷口が開いたんですか!? 私が食べさせてあげますから!」
お菊が立ち上がって、わたしの隣に来て正座した。
「いや、いいんだ。傷口が開いたわけじゃない」
わたしは両手を必死に振って、顔を真っ赤にしてお菊から顔を背ける。
「汗かいてるじゃないですか。痛くて、我慢してるんでしょう?」
お菊が身を乗り出して、わたしの顔を覗き込む。
お菊がわたしの額に手を当てる。
お菊の白くて細い手。
お菊の着物の懐から覗く、豊満な胸。
お菊の花の様ないい香り。
お菊の艶姿。
わたしは思わず、お菊の豊満な胸を見入ってしまった。
わたしは鼻血が出そうになり、慌てて鼻を押さえる。
そりゃ、大学の女子を、遠くから見ていたといえば嘘になる。
わたしだって、恋愛したい。
かといって、大学の女子に声を掛ける勇気はなかった。
ただ、大学構内を寄り添ってあるく男女を羨ましく見ていただけだ。
だめだ、お菊。
これ以上、お菊が近づくと、わたしの理性が失われる。
わたしは鼻血を出して、仰向けに倒れた。
「し、信二さん!? 大変、鼻血が出ているじゃない!?」
お菊の声が遠ざかる。
わたしはそのまま気を失った。
屋敷での攻防
2015年3月~4月に書かれた。「気が狂った父親に軟禁され謎の組織に襲われる」というストーリーは父親やアンチ達に対する■■■の感情が現れているのかもしれない。
真夜中の爆発音
魚拓
ここのところ、眠れない夜が続いた。
ベッドで寝返りを何度も打つ。
これで、目を覚ましたのは何度目だろうか。
またベッドから上半身を起こす。
窓のカーテンの隙間から、月の光が漏れている。
わたしは窓に手をかざすと、月の光でわたしの手が白くなる。
ベッド際のカーテンを少し開けて、静かに窓を開け放つ。
窓から身を乗り出だして、窓の外を眺める。
部屋に冷たい風が入ってきて、カーテンが静かに揺れた。
暗雲の間から、三日月が黄色い顔を出す。
手を伸ばせば、届きそうな三日月。
わたしは、三日月にそっと手を伸ばした。
「ぐっ!」
その時、手に火傷するような痛みが手先から腕に走り、火花が散った。
わたしは手を引っ込めて、手首を押さえる。痛みが引いてゆく。
やはり、ダメか。
わたしは首を横に振って、窓を閉める。
屋敷の外に、結界のようなものが張られている。
見えない透明の壁が、月明かりで青光りしている。
父上は、まだわたしを軟禁する気なのか。
三日月の夜は、狼男にでもなって、屋敷の外に出てみたいものだ。
そんな冗談を言って、三日月に不眠を訴える。
これだけ明るければ、今日は晴れだな。
目の前に広がる、漆黒の闇の森。
狼の遠吠えが聞こえ、梟が鳴いている。
その時、森の鳥たちがざわついた。
「ん?」
今日は、森の様子が変だ。
いや、気のせいか。
わたしは、首を横に振る。
ここは、夜になれば不気味になる。
だが、自然に囲まれ、空気は美味しい。
この光景を見るたびに、わたしは思う。
父は何故こんなところに屋敷を建てたんだと。
いつも考えていた。
そう、夜に。
何故なら、夜になれば、屋敷の地下から聞こえてくる。
人の悲鳴、不気味な機械の音、銃声、爆発音。
それが、二時間から三時間くらい続く。
その音が止んでから、わたしはようやく寝付ける。
そう、これこそが、わたしの不眠の原因である。
朝になって、使用人が一人消えたこともあった。
わたしは思った、父が使用人を殺したのではないかと。
他の使用人に訊いても、何も答えてくれない。
どうして秘密にする?
屋敷の地下で、何が行われているんだ?
何度も確かめようと思ったこともある。
しかし、屋敷中を探したが、地下の入り口がどこにも見つからなかった。
わたしの父は、憲兵団の武器開発部だった。
新時代のために、父は新しい武器を開発していた。
昔はよく父に、父が開発した銃とか装備品を、わたしに自慢げに見せてくれたものだ。
わたしは、都に住んで学問を学んでいた。
わたしは大学卒業を前に、紅桜の頭、斎藤によって右肩に傷を負わされた。
わたしはお菊に助けられ、お菊の家で看病してもらっていた。
お菊は父親の借金返済のために、遊郭で働いていた。
わたしは、遊郭で働くのを辞めるように、お菊を説得した。
そして、お菊の客だった男がお菊の家まで押しかけたが、わたしはなんとか男を追い払った。
やがて、その男が腹いせでならず者を雇い、夜にお菊の家に押しかける。
わたしたちが逃げたと悟ったならず者は、お菊の家を爆弾で爆破。
わたしとお菊は、わたしの屋敷で暮らすことになった。
お菊のことは父に手紙で話していたので、お菊は使用人として住み込みで働くことに。
屋敷に戻ると、父が頼んでおいた家庭教師の麻里亜がやって来た。
麻里亜は屋敷に住み込みで、わたしと勉強することになった。
こうして、大学を休んだ間の単位を補い、わたしは大学を卒業できた。
大学を卒業後、しばらくして、母は流行病で亡くなった。
それから父は変わった。人が変わったように。
たまに屋敷に戻ると、父は、わたしに暴力を振るうようになった。
そして、父はある日突然仕事を辞め、わたしと父はこの屋敷に引っ越してきた。
父はいつの間に、この屋敷を建てたんだ?
父はお菊を気に入って使用人として雇い、他に何人か使用人を雇った。
父は毎日屋敷に籠った。
そして、父は屋敷の地下で秘密の研究を始めたのだ。
わたしは、この屋敷に引っ越してきた時から、父の姿を見ていない。
それに、何故か使用人から、わたしの外出を禁じられた。
もう何年も、外出をしていない。
わたしは、この大きな屋敷に軟禁されたのだ。
そして、何よりも変なのが麻里亜だ。
わたしが大学を卒業して、父の命で麻里亜はわたしの用心棒になった。
おかげで決まっていた仕事が取り消され、夜回りの仕事をすることになった。
麻里亜は、わたしの用心棒であり、わたしの母親代わりでもあった。
麻里亜に勉強を教わったり、武術の稽古もした。
しかし、わたしは思った。
麻里亜は、一度も笑ったことがない。
感情表現が苦手で、口数も少ない。
それに、麻里亜の蒼い髪と紅い眼。
まるで麻里亜は、人間じゃないみたいだと。
そもそも麻里亜は、どこで生まれ育った?
父は何故、家庭教師としてやってきた麻里亜を用心棒として雇ったんだ?
いや、違う。そうじゃない。
今日は何かが変だ。
そう。
今日は、屋敷の地下から、何も聞こえない。
わたしの不眠の原因でもある、屋敷の地下からの音。
そう思った、その時。
月明かりの下で、屋敷の角から人影が伸びた。
屋敷の角から出て来た人が歩いてきて、ふとこちらを見上げる。
わたしは慌てて、窓から顔を引っ込めた。
怖くて、布団に潜り込む。
な、なんだ、今のは。
そいつは、烏のような面を被っていて、顔は見えなかった。
黒の単衣に黒い上着、黒い袴に、黒い足袋に黒い草履。
黒ずくめの姿が、月明かりではっきりと見えた。
黒い翼に、黒い面。
まさしく、あれは烏。
わたしは布団の中で震えていた。
黒ずくめの姿が、頭から放れずに寒気がする。
その時。
屋敷から、大砲のようなもので撃たれたような爆発音が聞こえた。
同時に爆発の振動が、わたしの部屋に伝わってきた。
「!?」
な、何事だ。
わたしは布団から顔を出す。
高鳴る鼓動。
息をすることさえ忘れるほどに。
こんなことは初めてだ。
さっきの黒ずくめの仕業なのか?
そして、侵入者は何を狙っている?
父の命か?
それとも、わたしの命か?
まさか、父の研究が狙いか?
何故、父上は、何を研究しているのかわたしに教えてくれないんだ。
とにかく、落ち着くんだ。
わたしは敷き布団を握り締めて、皺ができた敷き布団を見つめている。
恐怖で動揺して、瞳孔が開いている。
思うように身体が動かない。
首をぎこちなく動かして、壁に掛けてある、鞘に納められた業物の刀を見る。
昔、父がわたしにくれた刀だ。父が自ら鍛えた刀と聞いた。
一度も、鞘から刀を抜いたことがない。
早くしないと、侵入者がわたしの部屋に来る。
あの刀で、人を斬れというのか。父の刀で。
できない。そんなこと。
だが、このままだと殺される。それどころか、命の保証はない。
この部屋にいては危険だ。
使用人の麻里亜に剣術を習ったが、こんな時に役立つとは。
剣術なんて、殆ど頭に入っていない。
役に立つ時なんて、来る筈はないと思っていた。
それより、わたしの身体よ動け。動くんだ。
「ぐわっ!」
その時、屋敷のどこからか侵入者の悲鳴が聞こえた。
わたしは、それを合図にベッドから抜け出す。
急がねば。
わたしは壁にかけてある、鞘を取って握る。
鞘に目を落として、鞘を握る力を込めようとしたが、鞘を握る手が震えている。
手首を押さえて、震えを抑えようとするが、やがて鞘が手から滑り落ちた。
わたしは、すぐに鞘を拾い上げる。
胸を撫で下ろして、深呼吸をする。
飲み込んだ唾が喉を鳴らす。
冷や汗が、頬を伝う。
みんな、無事でいてくれよ。
机に行って、机の上に鞘を置いた。
机の引き出しから、ホルスターと護身用のリボルバーを取る。
ホルスターを腰に巻いて、片目を瞑り、リボルバーの銃弾が入ってるか確認した。
弾は数発か。麻里亜との稽古で、使ったきりか。
ホルスターにリボルバーを収めて、鞘を手に取る。
こんな物、できれば使いたくない。父の刀も。
そうだ。今こそ、確かめなければ。
父が、わたしに何を隠しているのか。
そして、侵入者の正体を確かめなければ。
わたしは意を決して、部屋の扉のドアノブに手を掛ける。
深呼吸して、心を落ち着かせる。
いくぞ。
ドアノブをゆっくり回して、部屋の扉をそっと開ける。
開いた扉の隙間から、廊下の様子を窺う。
よし、人の気配はないな。
扉を抜け出して、扉の音を立てないように閉める。
廊下には豪華なシャンデリアが、廊下を照らしている。
扉を出てすぐに異臭がした。
血生臭い、微かに煙の匂い。いや、これは火薬の匂いか?
だとしたら、最初の爆発音の火薬か?
鼻を手で覆って、扉のすぐ側の壁に凭れて、廊下を左右見る。
この屋敷は広い。
奴ら、まだここには来てないな。
わたしが無事だということは……
やはり、奴らは父の研究が狙いのようだ。間違いない。
しかし、まだ奴らの目的を知らない以上、慎重に行動せねば。
麻里亜、どこだ。
お前なら、父上が何処にいるか知っているだろう。
わたしは鼻を手で覆ったまま、廊下の壁伝いに歩き出した。
鞘を握る手が震えている。
どれだけ歩いたのかもわからない。
異臭で、意識が揺らぐ。
どこを歩いているのかもわからない。
さっきからやけに静かだ。
侵入者はどこに行った?
わたしは、気分が優れなくなり、廊下の壁に凭れた。
吐きそうになり、口もとを手で押さえる。
まるで自分の屋敷じゃないみたいだ。
できれば、夢であってほしい。
その時。廊下の角から、黒ずくめの男がよろめきながら出て来た。
わたしは慌てて、ホルスターからリボルバーを抜いて、銃口をその男に向ける。
片手で構えた銃口が恐怖で震えている。
両手でしっかりと銃を握りしめ、狙いを定める。
黒ずくめの男は、こちらに気付くことなく、すぐにうつ伏せに倒れた。
どうやら、背後から誰かに斬られたらしい。
黒ずくめの男の背中が血だらけだった。
一体、誰が?
まさか仲間割れか?
それとも……
「信二様、ご無事でしたか!」
倒れた男の廊下の角から、若い女の声がした。
髪を三つ編みにし、黒いワンピースに白いエプロンを首に掛けた使用人が、わたしの元に駆けてきた。
「お、お前はお菊か?」
わたしは、この騒ぎの中、初めて使用人を見て安堵した。
お菊を見て安心したわたしは、リボルバーを下ろした。
わたしは、倒れた黒ずくめの男を見る。
倒れた黒ずくめの男の後からやってきたお菊。
まさか、お前が、黒ずくめの男を斬ったというのか?
だとしたら、お菊。お前はどこで、戦闘術を習ったというのだ?
「信二様、危ない!」
お菊が足を止めて、腰のホルスターからオートマチック銃を抜いて発砲した。
「がはっ」
わたしの背後で、重い音を立てて、床に誰かが倒れる音が聞こえた。
わたしは、すぐに音の方に振り向いた。
そこに、黒ずくめの男が仰向けに倒れていた。
黒ずくめの男の気配に気づかなかった。
お菊がいなかったら、わたしはやられていただろう。
お菊に振り向くと、構えた銃口から煙が昇る。
「お、お菊。お前は、一体何者なのだ?」
わたしは、見たこともないお菊の姿に、震える声で訊く。
得体の知れないお菊に、わたしの身体が反応して、わたしはお菊にリボルバーを構えていた。
わたしの銃口が震えている。
「信二様、銃をお下げください。私は、あなたのお父様によって、屋敷の地下で訓練された戦闘員です」
お菊が、ホルスターにオートマチック銃を収めて、わたしに会釈した。
胸の前で腕を曲げて、拳を作って。
「な、なんだと!?」
わたしは驚いて、お菊を見つめる。
あまりのショックで、リボルバーが手から滑り落ちた。
床に音を立てて落ちたリボルバー。大丈夫だ。暴発はないみたいだ。
わたしは改めて、お菊を下から上へと見る。
お菊のホルスターに収められた銀色のオートマチック銃。
腰に下げた鞘。刀は恐らく業物だろう。
わたしの知らないお菊。
そうか。
夜な夜な屋敷の地下から聞こえていた音は、使用人が戦闘訓練していた音だったのか。
だとしたら、何故だ?
何故、使用人が戦闘訓練する必要がある?
父を守るためか?
それとも、わたしを守るためか?
まさか、父の研究を守るためか?
「使用人が消えたことがあっただろ。あれは、父が使用人を殺したというのか?」
わたしは驚きの連続で、異臭が漂うのも忘れていた。
床に落ちたリボルバーを拾い上げて、ホルスターにリボルバーを収める。
父への怒りで、わたしは会釈したままのお菊に歩み寄る。
「いえ。あれは、お父様の訓練が辛くて、使用人が逃げただけです」
お菊が会釈したまま、静かに答える。
「そ、そうだったのか。父を疑ったわたしが間違っていた」
わたしは、やるせなくなり俯いて、首を横に振る。
「信二様、時間がありません。ここにいると危険です」
お菊が顔を上げて、わたしの手を握った。
「お菊、何が起こってる。わたしにわかるように説明しろ!」
わたしはお菊の手を振り払った。
訳のわからない状況と、また父への怒りが込み上げてきた。
その時、お菊の脇腹に刀が貫き、お菊が口から血を吐いて前のめりになる。
わたしは、お菊の返り血を浴び、慌てて倒れるお菊を支えた。
わたしの鞘を握る手が震えている。
どうも。浜川裕平です。
お待たせしましたー!やっと、勘兵衛のエピソード更新です!
(勘兵衛ではなく信二ですが)気にしないでください(笑)
作者自身、敵を主人公にしてみたかったのと、悪になる前の人間的な信二のエピソードを書きたかったので、思い切って書いてみました!
さてさて、これからどうなるやら(汗)
- 目に見えない結界による軟禁、刀と護身用のリボルバーで武装など独特な世界観が提示される。
- 以下の一節は意図せずギャグになってしまっている(と思う)。
お菊は父親の借金返済のために、遊郭で働いていた。
わたしは、遊郭で働くのを辞めるように、お菊を説得した。
そして、お菊の客だった男がお菊の家まで押しかけたが、わたしはなんとか男を追い払った。
やがて、その男が腹いせでならず者を雇い、夜にお菊の家に押しかける。
わたしたちが逃げたと悟ったならず者は、お菊の家を爆弾で爆破。
- 爆発音→屋敷に侵入者→密かに地下で戦闘訓練を受けていたお菊が黒ずくめの男たちを殺して?信二(主人公)を助ける→話している間に背後から刀で刺されるお菊
麻里亜の正体
魚拓
「し、信二様。わ、私は、あなたのことが、す、好きでした……」
お菊がわたしの腕の中で、わたしの顔を見上げ、苦しそうに声を出す。
お菊がわたしの顔を見て、お菊は頬が紅くなった。
お菊は安心したかのように微笑んで、わたしの唇を重ねた後に気絶した。
そうか、お菊。
わたしと出会ってから、わたしに惹かれていったのだな。
お前は、わたしと話すとき、妙にそわそわしていたな。
そういうことだったのか。
お前の気持ちに気付かなくてすまなかったな。
今は、ゆっくり休め。
わたしが、お前を死なせない。
「不覚よのう。小娘が、我に背を見せるとは。いささか、ここの使用人を甘く見ておったわ」
お菊の背後で、野太い男の声が聞こえた。
「!?」
わたしは、お菊の肩越しに見た。
突然、何もない空間から、静電気で火花が散るような音を立てて、徐々に黒ずくめの男が姿を現した。
まるで、ついさっきまで姿を消していたかのように。
子供騙しの手品でもあるまい。
姿を消して、人を殺めるというのか。
このような道具を作る人間は、わたしの知る限り一人しかいない。
「お前のお父上の道具は、誠に優れているよのう」
黒ずくめの男が高笑いしながら、お菊の脇腹を貫いた刀を抜く。
お菊の脇腹から血が飛び散る。
「うっ」
お菊が痛そうな声を上げた。
お菊の額に、汗が滝のように掻いている。
お菊が肩で息をする。
わたしは、お菊の脇腹を手で押さえた。
黒ずくめの男を睨み付ける。
やはり、姿を消す道具は、父が造った物だったか。
目の前で見せつけられると、恐ろしいものだ。
姿を消す、人殺しの道具。か。
そうやって、父の武器は闇に撒かれているのか。
お菊は、出血多量だ。
このままだと、お菊の命が危うい。
お菊の顔から血の気が引いていく。
不味いな。
早くお菊の手当てをしなければ。
こいつ、わざとお菊の急所を外したというのか?
「先ほどぶりですな。お坊ちゃん」
黒ずくめの男が、刀を腰に下げた鞘に納める。
黒ずくめの男が、挨拶代わりに会釈する。
先ほどぶりだと?
こいつ、何を言ってるんだ?
まさか、月明かりの下で見た男なのか?
「貴様、何者だ?」
わたしは、お菊の脇腹を手で押さえたまま、黒ずくめの男に訊く。
最初に、月明かりの下で見た、黒ずくめの姿が頭に浮かぶ。
男の正体を知り、恐怖で身体が震えている。
「我は、烏組副隊長、杉森勘兵衛と申す」
黒ずくめの男が顔を上げた。
面越しに、男の鼻息が聞こえる。
まさか、この男。
お菊の父、勘兵衛さんだというのか?
「す、杉森勘兵衛? お、おとっつあん……?」
お菊が驚いた顔を上げて、わたしから離れて、勘兵衛に振り向く。
お菊が脇腹の傷を手で押さえて。
「ぬおっ!? お、お前は、お菊、なのか……?」
勘兵衛が動揺して、お菊の顔を見て後退る。
一歩、また一歩と。
なんだ。
明らかに、勘兵衛さんが戦意喪失している。
どうしたというんだ?
「ぐあああ!」
勘兵衛が口から泡を吹き出し、頭を手で押さえて、首を激しく横に振っている。
「お、おとっつあん!?」
お菊が脇腹を押さえながら、よろめきながら、勘兵衛に歩み寄る。
「よせ! お菊! 男の様子がおかしい!」
わたしは、お菊の肩を掴んだ。
勘兵衛さんは、恐らく洗脳されている。
薬物かなにかで。
「ち、血だ……」
勘兵衛が掌についた血を見て、床に両膝を付く。
お腹を押さえて苦しみ始めた。
しばらくして、勘兵衛が苦しむのを止めた。
勘兵衛の息も安定している。
わたしとお菊は、黙って勘兵衛さんの様子を見守っていた。
勘兵衛さんは、娘の姿を見て、正気に戻りつつあった。
そして、勘兵衛さんは血を見て、正気に戻った。
それがきっかけで、洗脳が解けたに違いない。一時的かもしれないが。
「お、おらは一体?」
勘兵衛が立ち上がって、辺りを見回す。
不思議そうに首を傾げている。
「お、おとっつあん! 私だよ!?」
お菊が泣きながら、勘兵衛に抱き付く。
脇腹の傷を押さえたまま。
「お、お菊か? おめぇ、血だらけじゃねぇか。どうしたんだ?」
勘兵衛が、お菊の両肩に手を置いて、お菊の身体を離し、心配そうにお菊の脇腹の傷を見ている。
「おとっつあんが、私を斬ったんだよ? 覚えてない?」
お菊が、また勘兵衛に抱き付く。
「知らねぇ。おらは知らねぇ……」
勘兵衛は首を横に振るばかり。
やはり、勘兵衛さんは洗脳されている間のことは記憶にないらしい。
惨いことだ。知らない間に人を殺めるというのは。
「おとっつあん。心配したんだよ……」
お菊が、勘兵衛の胸で泣いている。
「いんや。畑仕事してたら、急に後ろから誰かに殴られたのは覚えてるだ……」
勘兵衛が腕を組んで、首を傾げた。
わたしは、頭の後ろを掻いている勘兵衛を見た。
ここまで整理するとだ。
何者かが、勘兵衛さんを拉致して、罪もない人間を組員に仕立てたというのか。
それも、新時代のためというのか?
恐らく勘兵衛さんは、洗脳の実験にされた可能性が高い。
その洗脳技術を利用して、他の村人も洗脳し、兵を創ろうとしている?
誰が、なんのために?
いや、考えるのはやめよう。
屋敷の外で、こんな恐ろしいことが起こっていたなんて。
それは、変わらない事実だ。
わたしが無知だった。
屋敷に軟禁されている場合ではなかったんだ。
わたしが政府の人間になっていれば、こんなことにならなかったのかもしれない。
いや。たとえ、わたしが政府の人間になっても、誰かに裏切られるかもしれない。
どうすればいいんだ。
「くそっ!」
わたしは悔しくて、声を上げて、拳で廊下の壁を叩く。
「し、信二様、すいません。何年も会ってない父と再会したものですから」
お菊がわたしの声に反応して、お菊は勘兵衛の胸から離れ、わたしに振り向いて会釈した。
「構わない。それより、お菊。出血が酷い、止血をしよう」
わたしは、お菊の脇腹を見て言った。
「そ、そこの部屋で、手当してきます。失礼します」
お菊が恥ずかしそうに上目使いで、わたしと勘兵衛を一瞥してから、わたしに一礼した。
お菊はポケットから鍵を取り出して、すぐ側の扉の鍵を開けて、部屋の中に入って行った。
すぐに鍵を掛ける音がした。
そうか。
お菊は女性だった。わたしより年下だろう。
男の前で、服を脱いで傷の手当てをするのは、少し気が引けるだろうな。
わたしは、気まずくて頭の後ろを掻いた。
「……ちくしょう。まだ頭がいてぇだ」
立ち尽くしていた勘兵衛が頭を振っている。
「大丈夫か?」
わたしは、勘兵衛さんの元に歩み寄った。
しかし、また異臭に鼻がやられてしまい、わたしは吐きそうになる。
慌てて、口もとを手で押さえる。
「信二さん、申し訳ねぇだ。おらは烏組に攫われて、お菊に心配掛けちまった。信二さん、これ使うだよ。息が楽になるだ」
勘兵衛が懐からハンカチを出して、わたしに渡してくれた。
同時に、勘兵衛の懐から懐紙が床に落ちる。
「す、すまない。お菊には世話になった」
わたしは勘兵衛さんからハンカチを受け取り、ハンカチを鼻に当てる。
そして、勘兵衛の懐から床に落ちた懐紙を拾い上げた。
嫌な予感がした。
まさか、懐紙の中身は洗脳する薬か?
それとも、洗脳からの苦しみから解放されるための毒か?
「あんれ? なんで懐紙なんか入ってるだ? 頭痛薬かの?」
勘兵衛が不思議そうに、わたしから懐紙を取って、懐紙を開ける。
「よせ。毒薬かもしれない!」
わたしは、勘兵衛さんの手から懐紙を奪い取った。
勘兵衛さんから開けた懐紙を奪い取った勢いで、見事に粉末状の薬らしきものが、床に散らばった。
床に散らばった粉末状の薬らしきものが、化学反応したのか、床の絨毯が溶けた。
わたしはその光景を見て、生唾を飲み込む。
お、恐ろしい。こんなもの飲んだら、人が人でなくなる。
「な、なにするだ! さ、さっきから頭が痛いべ。どうしちまっただ……」
勘兵衛が頭を押さえながら、よろめいて、わたしに近づく。
「ちっ、面白くないねぇ。さっさと薬のんじまえば楽になれたのにさっ!」
その時、勘兵衛の背後で舌打ちが聞こえたと思ったら、ドスのきいた女の声が聞こえた。
同時に、刀の刃が、風を切る音がした。
「ぐわぁぁぁ!」
勘兵衛が悲鳴を上げて、鈍い音を立てて、床にうつ伏せに倒れる。
勘兵衛さんの背中の黒い単衣が、袈裟斬りされている。
勘兵衛さんの背中の黒い単衣が、血で滲んでゆく。
「な、なんだと!?」
わたしは、突然の出来事で何もできなかった。
ただ、口もとをハンカチで押さえたまま、立ち尽くしている。
まただ。
また、わたしの前で人が斬られた。
わたしは何もできないのか?
いや、違う。こんなものを持ってるからだろ。
父の刀なんか必要ない。わたしは人を斬らない。
わたしは、父の刀を廊下の壁に向けて投げ捨てた。
父の刀が、虚しく音を立てる。
「勘兵衛さん!?」
わたしは、うつ伏せに倒れた勘兵衛を抱き起す。
「す、すまねぇ。信二さん。ようやく、おらは人に戻れましただ。最後まで、ダメな父親でした」
勘兵衛が涙を滲ませ、涙が頬を伝っていく。
ただ、悲しい顔をして天井を仰ぐ。
「おらは、人を殺めたんですね? この手で。ならば、おらは地獄に落ちますだ……お菊、すまねぇ」
勘兵衛が苦しそうに声を出し、震える手でわたしの懐を掴んだ。
「わたしがさせません! お菊を残して、逝かないでください!」
わたしは勘兵衛さんの手を掴んだ。
烏の面を取って、勘兵衛さんの身体を揺らして、必死に呼びかけた。
勘兵衛さんの顔は、優しい顔をしていた。
「お菊を頼みましたぞ。どうか、お菊を守ってやってくだせえ」
勘兵衛は、わたしの腕の中で、眠るように息絶えた。
死に顔が安らかだ。
「その命、わたしが無駄にはさせません!」
わたしは勘兵衛さんの胸の中で泣いた。
ただ、子供のように泣いていた。いつまでも。
こんなに泣いたのは初めてだ。
わたしは涙を拭って、廊下の壁際に勘兵衛さんを仰向けにして、勘兵衛さんの顔にハンカチを被せた。
勘兵衛さんのお腹の上で腕を組ませる。わたしは胸で十字を切った。
杉森さん。わたしができる、せめてもの弔いです。
わたしが責任を持って、必ず埋葬します。
わたしは立ち上がり、ホルスターからリボルバーを抜いて構える。
歯を食いしばって。
「出てこい! そこにいるんだろ!?」
わたしは廊下の向こうを睨んで、握り締めたリボルバーの銃口を廊下の奥に向ける。
さっきの女はどこにいった。何故、何もしてこない。
また、父の道具で姿を消しているんだろう。
わたしに、まやかしは効かないぞ。
「うるさいねぇ、ここにいるよ。泣けるじゃないか。なあ? 麻里亜」
廊下の壁に凭れて、腕を組んだ、黒ずくめの女が姿を現した。
静電気で火花を散らしたような音を立てて。
女はポニーテールで、口元を覆うように、烏の口ばしのような黒い面を被っている。
女の格好は、黒ずくめの男とは違って、くノ一が着るような黒装束だった。
女の隣で、空間から使用人の麻里亜が姿を現した。
麻里亜もお菊と同じで、黒いワンピースに白いエプロンを首に掛けている。
ただお菊と違うのは、麻里亜の髪が蒼色で、眼が紅いこと。
麻里亜は、刀の刃を女の喉元に突きつけている。
麻里亜。
お前は今まで何をしていた?
何故、敵と一緒に行動している?
「麻里亜! 何してる! 父上はどこだ!?」
わたしは、女にリボルバーの銃口を向けて、麻里亜に怒鳴った。
「ワタシは、烏組に協力します」
麻里亜が、顔色変えずに冷たい声で言った。
女の喉元に、刀の刃を突きつけたまま。
「そういうことさ。まっ、迂闊に動けば、アタシは麻里亜に殺されるからね」
女がお手上げというように、肩を竦める。
わたしは訳がわからずに、女にリボルバーの銃口を向けている。
「麻里亜。その女は何者だ!?」
わたしは女を睨む。
「烏組隊長、甘楽です。甘楽は、洗脳が解かれた、杉森の始末に来たもよう」
麻里亜の感情のない声。
僅かに、麻里亜の刀が動いた。
シャンデリアに反射して、麻里亜の刀先が白く光っている。
「なるほど、口封じか」
わたしは、リボルバーを両手で握り締め直す。
手に汗を掻いて、狙いが定まらない。
「ああ、そうさ。そいつは、洗脳の実験台に選んでやったのさ」
甘楽が両目を閉じて静かに答える。
「言え! 誰が烏組を発足させた! 麻里亜は何者なんだ!」
わたしは甘楽のすぐ近くの壁に、リボルバーを弾をぶち込んだ。
「おいおい、いっぺんに言うんじゃないよ。烏組を発足させたのは、裏政府さ。そして、麻里亜は、お前の父が造った人造人間」
甘楽が、鋭くわたしを睨む。
「ま、麻里亜が人造人間だと……ば、馬鹿な。そんな技術が、この時代にあるというのか」
わたしはショックのあまり、腰が抜けて、両膝が床についた。
麻里亜は人間の感じがしなかった。
まさか、父が造った人造人間だとは。
どうも。浜川裕平です。
お菊:信二様、あなたのことが好きです。
作者:こらこら、お菊さん。勝手に出て来ないでくださいよ。
甘楽:後書きだって! アタシがぶち壊してやるよ!
作者:まあまあ。甘楽さん、落ち着いてください。
と、こんな感じで、後書きに登場人物を登場させてみました。
賑やかでいいかな?(笑)
さてさて。麻里亜の正体がわかってしまいました。
最初の設定では、杉森は、お菊のお父さんじゃなかったんですが……
結果的に、ドラマ的な展開になって良かったと思います。
麻里亜は、没キャラだったのですが……
人造人間という設定で、登場させてみました。
もともと、アンドロイド的なキャラを構想してたのですが。
ちょっと無理があると思い、没にしてました。
これから、麻里亜に活躍してもらいたいと思っています。
- 信二に告白→口づけして気を失うお菊
- 刺したのがお菊の父 杉森勘兵衛(烏組副隊長)と判明→驚くお菊→洗脳が解ける勘兵衛→父娘感動の再開
- 止血のため一人で部屋に入るお菊 「お菊は女性だった。わたしより年下だろう。 男の前で、服を脱いで傷の手当てをするのは、少し気が引けるだろうな。」
- 背後から刀で斬られる勘兵衛(似たもの父娘)→その場で即「こんなものを持ってるからだろ。 父の刀なんか必要ない。わたしは人を斬らない。」と刀を投げ捨てて勘兵衛を抱き起す信二
- "烏組隊長"神楽登場→さらに使用人の麻里亜が神楽の喉元に刀を突き付けた状態で現れる→麻里亜「ワタシは、烏組に協力します」
- 麻里亜は信二の父が作った人造人間だと判明→信二「ば、馬鹿な。そんな技術が、この時代にあるというのか」
父の用心棒:銀二
魚拓
「アタシの目的はね、麻里亜の回収さ。麻里亜の技術を依頼主が欲しがってね」
甘楽が呆れたように、首を横に振って肩を竦める。
「何故だ……何故、麻里亜は抵抗しない!? それでも、父が造った人造人間だというのか!? 答えろ、麻里亜!」
わたしは、「くそっ!」と声を上げて、両手で床を叩いた。
そして、麻里亜にリボルバーの銃口を向ける。
リボルバーを握り締めた、わたしの手が小刻みに震えている。
「ワタシの意思です。邪魔しないでください」
麻里亜の紅い眼が、わたしを鋭く睨む。
麻里亜の鋭い眼光。
お前は使用人じゃない。
お前は兵器だ。
麻里亜が刀を下ろして、刀を回して鞘に納める。
麻里亜が刀の鞘を握って、片方の手を握った。
「ふぅ。やっと自由になったよ」
甘楽が額の汗を手の甲で拭って、息を深く吐いた。
わたしはやるせなくなり、リボルバーを下ろした。
俯いて、両手を床に付けて、床を見つめる。
麻里亜が敵に協力している限り、わたしに勝ち目はないだろう。
麻里亜。
わたしを裏切るのか?
いや、父を。
「ついでに言っておいてやるよ。お前の父は、屋敷の地下で武器の闇取引しているみたいだねぇ。まっ、アタシは興味ないけど?」
甘楽の暢気な声が降ってくる。
甘楽が口笛を吹き始めた。
父は、そのために、こんなところに屋敷を建てたのか?
そこまでして、何故金がいるんだ?
麻里亜は完成しているのに。
それとも、まだ何か研究する必要があるのか?
「さてとっ。副隊長さんに新薬を試そうかね。アタシたちは、その間にずらかるよっ!」
「了解」
新薬?
なんのことだ?
わたしは不思議に思いながら、顔を上げる。
甘楽が、懐から小銃を取り出した。
「死んだばかりで悪いね。まだ三途の川は渡ってないだろ?」
甘楽が不気味な笑みを浮かべながら、小銃を勘兵衛の身体に向けて発砲した。
「ずらかるよ! 麻里亜!」
甘楽は小銃を懐に入れるやいなや、廊下の向こうに向かって走り出した。
「了解」
続いて麻里亜も、甘楽の後を追う。
鞘を握ったまま。
その時、勘兵衛が獣のような低い唸り声を上げた。
勘兵衛の全身の筋肉が嫌な音を立てて増していき、身長も増してゆく。
変わり果ててゆく、勘兵衛の姿。
もはや、人の姿ではない。
わたしは、その恐ろしい光景に座り込む。
座った態勢で一歩。また一歩と後退る。
腰が抜けて動けなくなる
蘇生術?
いや、化け物に変身させる薬か?
よせ。
頼む。杉森さんを、極楽に行かせてやってくれ。
わたしは、床に転がる父の刀を見た。
そうだ。今こそ、父の刀を抜くとき。
わたしは、リボルバーをホスルターに収め、座った態勢で後退りながら父の刀に近づく。
ゆっくりと父の刀に手を伸ばし、鞘を拾い上げる。
刀の柄を握った時だった。
お菊が手当てに入って行った扉が静かに内側に開く。
「信二様。これは私の闘いです……信二様は、甘楽たちを追ってください」
お菊が、扉の前で俯いている。
腰に下げた鞘を握る手が震え、片方の手が握り拳を作っている。
「お、お菊!? 傷は大丈夫なのか!?」
わたしは立ち上がって、お菊に歩み寄り、お菊の肩に手を置く。
わたしは心配にそうに、お菊の顔を覗き込んだ。
「ええ。父が亡くなった現実を受け止めることができず、ずっと泣いてました。すいません……」
お菊が俯いたまま泣いて、お菊の涙の粒が床の絨毯に落ちて黒く染みる。
「ここはお前に任せた。わたしは甘楽たちを追う」
わたしはお菊を優しく抱きしめた。
お菊の頭を撫でると、お菊が子供のように泣き止んだ。
「信二様、どうかご無事で。死んだら許しませんからっ」
お菊が俯いたまま涙を手で拭ぐって、わたしの胸を軽く叩く。
腰に下げた鞘を握ったまま。
「死なないさ。杉森さんを任せたぞ」
わたしはお菊から離れ、鞘を握り締めて、廊下を走り出した。
高い寝間着が血だらけだ。そんな愚痴を心に零した。
鞘から刀を抜く。
甘楽、逃がさんぞ。
甘楽たちが行く先は、恐らく玄関だろう。
ならば、こっちの方が早い。
わたしは、廊下の分かれ道で右に曲がった。
何度か廊下を曲がり、階段を駆け下りた。
そして、ようやく玄関ホールが見えて来た。
玄関ホールの手摺に座る人影が、目に飛び込んでくる。
やがて、その姿がはっきりと見える。
玄関ホールの手摺に座って、太ももの上に両肘を載せて、頬杖を突いている少年。
短髪で白いシャツの上に青い単衣、縞の袴を穿いて、白い足袋に藁草履。
手摺に木刀が立てかけてあり、少年は爽やかな笑顔を浮かべて、わたしを見ている。
こいつ。
烏組の者か?
格好が烏組の者とは違うが。
「お待ちしてましたよ。信二さん」
少年が手摺に手を突いて、手摺から飛び降りる。
手摺に立てかけていた、木刀を片手で取る。
「な、何者だ?」
わたしは刀を真っ直ぐに、刃先を少年に向ける。
わたしは殺気を隠している少年に動揺していた。
「はじめまして。ボクは、父上の用心棒、銀二です。甘楽さんたち、見逃してくれませんか?」
少年が会釈して顔を上げ、頭を掻きながら、玄関ホールを振り向く。
父上が用心棒を雇っていたとは。
しかも、こいつ只者ではない。
こいつの目は、人斬りの眼だ。
それにしても、初めて見る顔だな。
屋敷の地下に、父と一緒に居たというのか?
「退け。甘楽を止めねばならん。麻里亜の技術を、影の者に渡すわけにはいかん」
わたしは少年に構わず、駆け出そうとする。
まるで、少年の殺気から逃げるように。
「まあまあ。甘楽さんには勝てませんよ? 死ぬだけです。それでもいいなら、ボクは止めません」
少年はわたしの前で、木刀を持った手を横に広げる。頭の後ろを掻きながら。
「貴様、麻里亜が何者か知っているんだろ?」
わたしは、銀二に刃先を向けて、銀二を睨んだ。
緊張で高鳴る鼓動。落ち着け。
「あなたの父が言うには、麻里亜さんはガラクタらしいですから。たとえ、敵に麻里亜さんが渡っても大丈夫ですよ」
銀二が、木刀を左肩に置く。
木刀で左肩を叩いたり、木刀を持ち替えて、木刀で右肩を叩いたり。
「どういう意味だ?」
わたしは奇妙な動きをする、銀二を見ていた。
いつ襲ってくるかわからんぞ。
「さぁ。それは、直接あなたの父に訊いてみたらどうです?」
銀二は、木刀を右肩に置いたまま、屈伸したり片足で飛んだりしている。
こいつ、さっきからなんなんだ。
だが、油断は禁物だ。
「だったら、今すぐ案内しろ」
わたしは刀を下ろして、刀を鞘に納めた。
殺気は隠しているが、戦う気があるのか?
「いいですよ。でも、その前に、ボクと戦ってくれませんか?」
銀二が木刀を下ろして、わたしに深く会釈する。
「なんのために、お前と戦うのだ?」
わたしは腕を組んで、銀二を見下ろした。
父が何処にいるのか、間違いなく、こいつは知っている。
「あたなの父から、お許しが出たんですよ。信二さんを殺してもよいと」
銀二が顔を上げて、わたしに爽やかな笑顔を向ける。
その笑顔が、殺気を隠していた。
「!? な、なんだと!?」
わたしは少年の殺気に怖気づき、後退る。
一歩。また一歩と。
「ボクなら、木刀で信二さんを殺せますよ?」
少年が鋭い眼光を放ち、わたしに真っ直ぐ木刀の刃先を向ける。
「嘘か誠か。どちらにせよ、父の所に案内してもらうぞ」
わたしは、鞘から静かに刀を抜く。
冷や汗が頬を伝う。
「殺すのは冗談ですよ。本気は出さないので、実力を確かめるだけですから」
銀二が、両手で木刀の柄を握り締めて、八相の構えをする。
銀二から、解放された黒い殺気立ったオーラが見える。
「甘楽を逃がした責任、取ってもらうぞ」
わたしは刀の柄を握り締め、中段の構えをする。
敵の実力が分からない以上、まずは様子を見る。
しばらく、わたしと銀二が睨み合ったまま対峙する。
二人の間に、冷たい空気が流れる。空気が痛い。
銀二が駆けたと思ったら、すぐに音も立てず一瞬で姿を消した。
どこいった?
速すぎて見えなかった。
「ここですよ」
わたしの背後で殺気立った声が聞こえたと思たら、木刀の風切る音が聞こえ、わたしの胴に木刀が打ち込まれた。
「ぐっ」
わたしは片膝を床に付け、刀を床に刺し、激痛が走る脇腹を押さえる。
「ボクがなんで藁草履を履いているか、わかります? 軽くて、速く動けるからですよ」
銀二が冷たい声で、わたしの耳元で囁く。
銀二の言葉が、身体に突き刺さる感覚。
寒気がして、わたしは首を横に振った。
あの速度は異常だ。
もはや、あの速度は人ではない。
殺人を極めるために会得した速さだ。
「ならば、銃はどうだ!」
わたしは、床に刺した刀の柄から手を離した。
素早くホルスターからリボルバーを片手で抜き、上半身を曲げて銀二に振り向き、リボルバーの銃口を銀二に向けた。
「!? い、いないだとっ」
そこに、銀二の姿はなかった。
「上ですよ。信二さん」
わたしの頭上で、銀二の声が降って来た。
見上げると、銀二がわたしに爽やかな笑顔を向けて、大の字で宙を舞っていた。
銀二の短髪が、風に靡いている。
「上かっ!」
わたしは、リボルバーを撃った。
銀二の身体が、波のように揺らいだ。
そして、銀二は一瞬で消えた。
ざ、残像だというのか?
確かに弾は当たったはず。
その時。
シャンデリアが揺れて、小さい音を立てた。
シャンデリアを見上げると、銀二がシャデリアに座っていた。
爽やかな笑顔をわたしに向けている。
「舐められたものだな」
わたしは悪態をついて、シャンデリアに向かってリボルバーを撃つ。
また銀二の身体が波のように揺らいで消えた。
天井に逆さに立つ銀二の残像。
ピースをして余裕をかましている。
リボルバーを撃っては、銀二が残像のように消え、宙を一瞬で移動する銀二。
その時、銀二がわたしに目がけて、木刀を弓矢のように投げてくる。
わたしは素早く木刀を避ける。
銀二が投げた木刀が物凄い音を立てて、床に突き刺さる。
リボルバーを夢中で撃ったため、弾がシャンデリアに当たったらしく、シャンデリアが派手に音を立てて床に落ちる。
シャンデリアのガラスの破片が飛び散った。ガラスの破片が、生き物のように飛んで襲ってくる。
わたしは慌てて態勢を低くし、両腕の中に顔を埋める。
「あちゃ~。派手にやりましたねぇ」
銀二の暢気な声が降ってくる。
わたしは顔を上げた。
辺りの紅い絨毯の上には、ガラスの破片が飛び散っている。
随分、派手にやってしまった。
確実に傷を負わせる方法がない限り、リボルバーを使うのはやめよう。弾の無駄だ。
どうせ、弾は使い切ってしまったからな。
わたしは起き上がって、ホルスターにリボルバーを収める。
「無駄ですよ? 銃でも、ボクの速度には追いつけませんから」
銀二が、木刀を床に真っ直ぐ立てて、木刀の柄の上に両手を重ね合わせて杖のように置いている。
わたしは銀二を見る。
こいつ。いつの間に木刀を。
余裕の態度に、無性に腹が立つ。
銀二は無傷だった。
掠り傷一つ負ってない。
しかし、銀二の青い単衣の袖が少し切れている。
弾を掠めたというのか?
だが、所詮は人間。
お前は麻里亜とは違う。
いくら殺人術を極めたとて、人造人間には敵わないだろう。
落ち着け。
必ず、銀二の弱みがあるはず。
それを探せば、勝機はある。
わたしは、床に刺した刀の柄を握り締める。
「どうします? まだ続けます?」
銀二が変わらぬ態勢で、わたしに訊いてくる。
「少し休憩させてくれ。それくらい、いいだろ?」
わたしは脇腹を押さえながら、刀の柄から手を離して立ち上がった。
肩で息をしている。
「無駄だと思いますけど。どうぞどうぞっ」
銀二が木刀を床に置いて、胡坐をかいた。
頬杖をついて、退屈そうにわたしを見て欠伸をした。
まずは状況を見極めるんだ。
わたしは感覚を研ぎ澄まして、周りをよく見た。
「ん?」
よく見ると、わたしの足元の紅い絨毯上に、焼け焦げたような跡ができていた。
まだ、焼け焦げた跡は新しい。
これはなんだ?
わたしは不思議に思って、床に片膝を付き、その焼け焦げた跡に目を落とした。
来るときは、こんな焼け焦げた跡は無かったはずだ。
まさか、この焼け焦げた跡、銀二に関係しているのか?
わたしは、確かめるように銀二を見る。
銀二を上から下へと目をやる。
よく見ると、胡坐をかいた銀二の藁草履の裏に、濃く焼け焦げたような黒い跡ができている。
ちょうど、銀二の藁草履の爪先裏に。
どうも。浜川裕平です。
今回のバトルシーンですが、本当は甘楽と戦わせるつもりでした。
麻里亜を阻止するために、甘楽と戦わせようと。途中まで執筆してました。
ですが、父の用心棒の銀二を登場させて、バトルさせたらどうか?
そこから、今回のようなバトルシーンができました。
まあ、甘楽とは後で戦わせることもできます(笑)
銀二、なかなかいい感じの登場人物になったと思います。
銀二:それでは、皆さん。次話でお会いしましょう。
甘楽:アタシを忘れるんじゃないよ!
麻里亜:……
銀二の弱点
魚拓
まさか。
銀二は急激に速度を緩める際に爪先立ちして、その際に絨毯との摩擦が起こり、藁草履の爪先裏に焼け焦げたような跡ができたのか?
だが、そのような摩擦音は聞こえなかった。
恐らく、殺人術で摩擦音を消しているのかもしれない。
だったら、銀二の摩擦音を何らかの形で聞こえるようにすればいい。
そうすれば、銀二の位置が把握でき、銀二に攻撃を与えれる。
しかし、どうすれば、銀二の摩擦音が聞こえるというのだ?
いや。
正確には、銀二が誤って音を出せばいい。
それにしても、シャンデリアのガラスの破片がかなり飛び散っているな。
いや、待てよ。もしかしたら、ガラスの破片を銀二が踏めば音が出るのでは?
わたしは、絨毯に落ちたコンタクトレンズを探すように、絨毯に目を凝らした。
辺りは、ガラスの破片だらけだ。
これなら、どこから銀二が襲って来ても、あとは銀二がガラスの破片を踏めばいい。
その音を頼りに、銀二に攻撃を仕掛ければ、勝機があるかもしれない。
だが、確かめる必要があるな。この勝機を。
「待たせてすまない。始めよう」
わたしは、床に刺した刀を抜き、ガラスの破片が散らばっている所に歩いた。
わたしがガラスの破片を踏むと音がした。スリッパを履いていて良かった。
「あれ? もう休憩いいんですか?」
銀二が頭の後ろを掻いて、ゆっくりと立ち上がる。
床に落ちた木刀を拾い上げて、手首で木刀を回して遊んでいる。
再び、わたしは銀二と対峙する。
銀二の不敵な笑み。
銀二は木刀を握り締めた腕を下げて、隙だらけの構えをした。
新しい攻撃か?
いや、油断は禁物。
わたしは八相の構えをした。
二人の間に、嫌な空気が流れた。
銀二が何も言わずに駆け出し、また一瞬で姿を消した。
ここからが勝負だ。よく耳を澄ますんだ。
その時、わたしの真横で、銀二が微かにガラスの破片を踏む音が聞こえた。
反射的にガラスに目を落とす。
ガラスの破片に銀二の姿がはっきりと見えた。
銀二は木刀を真横に振ろうとしている。
わたしは咄嗟に、片手を地面について、銀二の木刀を間一髪で避けた。
そうか、ガラスの破片を鏡の代わりにすればいい。
「あれ? おっかしいなっ」
銀二が首を傾げるのが、ガラスの破片に映った。
そして、銀二の姿が揺らいで消えた。
勝機は見えた。
しかし、まだだ。まだ動くな。
銀二が飛ぶ時、ガラスの破片が絨毯に食い込むような音がするはずだ。
銀二が宙を舞う、その時が狙い目。
わたしは、刀の柄を握り締めた。
わたしがそう思った時、ガラスの破片が絨毯に食い込むような重い音がした。
ここだ。
わたしはガラスの破片を見る。
銀二が宙を舞っている姿がはっきりと見える。木刀振りかざして。
わたしは、勢いよく刀の刃先を、銀二に突き出す。
二つの太刀風がぶつかり合う。
いくら、殺人術で姿が消せるとて、ガラスの破片に映る自分の姿までは消せまい。
詰めが甘かったな。銀二。
「っが」
銀二の脇腹に刺さったわたしの刀。
銀二の脇腹から血しぶきが飛び、わたしの刀身を銀二の血が伝い落ちる。
手ごたえはあった。
わたしの戦法は正しかったようだな。
銀二の身体が重い音を立てて床につく。
銀二は驚愕して目を見開き、脇腹に刺さった刀を見る。
ショックで頭を手で押さえ、木刀を床に落とした。
「な、なんで……ボクの血が……」
銀二がよろめいて、廊下の壁に凭れた。
銀二が脇腹に刺さった刀を抜く。
銀二は廊下の壁伝いに座り込んだ。
銀二が苦しそうに、両手で脇腹を押さえる。
「血だ。ボクの血だ。ハハハハッ。アハハハハッ」
銀二は狂ったように笑った。
掌についた、自分の血を見て。
「勝負あったな。銀二」
わたしは、床に落ちた自分の刀を柄を握った。
「なんでですか! なんでボクは負けたんですか!?」
銀二が悔しそうに俯いて、拳で床を叩いた。
脇腹を押さえて、泣きながら。
「ガラスの破片にお前の姿が映った。ガラスの破片に映る自分の姿までは消せなかったようだな」
わたしは、刀を腰に下げた鞘に納める。
「そ、そんな……」
銀二が俯いたまま、唸っている。
「父上のところに案内してもらおうか」
わたしは、銀二に手を差し伸べる。
「殺してやる……殺してやる!」
銀二が木刀に手を伸ばして、木刀の柄を掴む。
ゆっくりと立ち上がって、いきなり銀二が木刀を振り回してきた。
「!?」
こいつ。
怒りで、自我を保てなくなったか。
わたしは慌てて、鞘から刀を抜く。
わたしは、銀二に激しく応戦する。
銀二の木刀を受け流すので精一杯だ。
どうすれば、銀二を正気に戻せるというのだ。
まだ本気ではないとはいえ、すごい殺気だ。
それに、木刀だというのに、物凄い剣圧だ。
わたしは玄関ホールの手摺まで追い込まれてしまう。
「お仕舞ですよ? 信二さんっ」
頭を手で押さえて、歯をむき出し、鋭い眼光を放つ銀二。
銀二が木刀の柄を両手で握り締めたと思ったら、声を上げて、飛んで木刀を一振りする。
わたしは間一髪で避けるが、木刀の風圧で手摺が壊れ、そのまま風に押されて玄関ホールに落ちる。
わたしの身体が玄関ホールに鈍い音を立てて、わたしは仰向けに倒れる。
上半身を起こそうと思ったとき、喉元に突きつけられた、銀二の木刀。
「さっきから頭が痛いんですよ。さっさと死んでください」
銀二が苛立つように前髪をかき上げ、わたしの喉元に木刀を突きつけたまま、冷たく言い放つ。
「!?」
わたしの頬を冷や汗が伝う。
ここまでか。
その時、天井が地鳴りのように揺れる。
玄関ホールのシャンデリアが大きく揺れた。
「な、なんですか?」
銀二が何事かと、天井を見上げる。
わたしは、その隙に横に転がり、窮地を脱した。
なんとかなったか。
次の瞬間。
轟音とともに、天井が崩れ落ちる。
「っち」
銀二が舌打ちして、素早くわたしを抱き起こして、その場を離れる。
わたしと銀二は、玄関ホール二階の階段に避難していた。
瓦礫の中に現れた、変わり果てた姿の勘兵衛。
勘兵衛の眼が紅く、鋭い眼光を放ち、歯に鋭い牙が生え、耳が狼のように尖っていた。
口から涎を垂らし、獣のような唸り声を上げている。
勘兵衛の身体は固い皮膚に覆われ、黒い単衣と袴が引き裂け、両腕と両足が露わになっている。
鬼の様な手足と、手足の爪が長く伸びて鋭くなっている。
勘兵衛の手に、お菊が握り締められている。
「うっ」
お菊が苦しそうに、声を上げている。
骨が軋む音が聞こえた。
お、お菊。
無事だったか。
だが、わたしの力では、お前を助けることができない。
銀二なら、できるかもしれない。
「何故助けた?」
わたしは銀二を睨んで訊いた。
「知らないですよ。身体が勝手に動いたんですから」
銀二がそっぽを向いて、頭の後ろを掻いている。
頼む。
お菊、持ってくれよ。
「そうか。お菊を助けてくれ」
わたしは鼻で笑った。お菊に顎でしゃくった。
「しょうがないなぁ。刀を貸してください。木刀じゃ、あの化け物に太刀打ちできませんから」
銀二が頭の後ろを掻きながら、わたしに爽やかな笑顔を向ける。
真剣な顔つきで、化け物を見つめる。
どういう風の吹き回しだ?
とにかく、これでお菊を助けられる。
杉森さん、どうか娘を殺めないでください。
あなたは、化け物じゃないんだ。
「父の刀だ。大事に使えよ」
わたしは、銀二に刀を差し出す。
銀二が、刀の柄を握る。
わたしは、刀の柄から手を離す。
「刀が折れても、知りませんよっ」
銀二が頭の後ろを掻いて、勘兵衛に向かって駆け出した。
「うぁぁぁぁぁ!」
お菊の悲鳴が、玄関ホールに響く。
お菊が、勘兵衛の腕の中で気絶した。
「これで終わりです!」
銀二が、勘兵衛の太い腕に向かって、刀を振りかざす。
刀の一閃が、雷のように走る。
次の瞬間、勘兵衛の太い腕が、玄関ホールの床に鈍い音を立てて落ちた。
勘兵衛の斬られた腕の切り口から、血が滝のように落ちる。
「ぐあぁぁぁぁ!」
勘兵衛の吠える声。
勘兵衛の大きな図体がよろける。
いくら図体が大きくなったからといって、所詮は人間。
ならば、奴の弱点は心の臓。
そうでしょ? 杉森さん。
「銀二! 心の臓を狙え!」
わたしは、銀二に叫んだ。
「わかりましたよっ」
銀二が刀を肩に置いて叩く。
銀二が鋭い目つきで、勘兵衛に刀を斜めに構える。
次に瞬間。銀二が飛んで、勘兵衛の心の臓に向かって、声を上げて刀を突き刺す。
わたしは、その光景を目に焼き付ける。
杉森さん。
どうか、安らかに眠ってください。
あなたはきっと、極楽に行けます。
烏組に殺された、奥さんもいますよ。
お菊は、わたしが守ります。
どうか。天国から、見守ってください。
わたしは両目を閉じて、胸の前で十字を切った。
わたしは両目を開けて、銀二を見た。
銀二は地面に着地して、わたしに向けてピースをした。
よろめきながら、わたしに向かって歩いてきたが、やがてうつ伏せに倒れた。
勘兵衛の胸に突き刺さった、わたしの刀。
熱を帯び始め、刀が溶け始める。
ダメ、なのか?
わたしは固唾を飲んで、勘兵衛の様子を見ていた。
「ぐぉぉぉぉぉ!」
勘兵衛が咆哮を上げて、天に向かって、掌を広げる。
そして、勘兵衛の身体の内側から爆発が起こった。
無数の光の玉が飛び散る。
やがて、無数の光の玉が集まって一つになり、やがて半透明の勘兵衛の姿となる。
「ありがとうございますだ。信二さん」
勘兵衛が微笑んで、わたしに会釈する。
「娘を、よろしくおねげえします。おらと家内は、天国から見守ってますだよ」
半透明の勘兵衛が、お菊を寂しそうに見つめる。
半透明の勘兵衛が、またわたしに会釈する。
「もう、お菊に触れることはできねんですね……」
半透明の勘兵衛が、自分の掌を見て悟る。
勘兵衛の眼から、涙が零れる。
その時、天井から優しい光が差し込む。
「どうやら、お迎えがきたようです。信二さん、本当にありがとうございましたっ」
半透明の勘兵衛が深くお辞儀をした。
そのまま半透明の勘兵衛が消える。
勘兵衛の魂が天に昇ってゆく。
終わったか。
わたし疲労で意識が、朦朧とする。
その時、薄れる意識の中で、わたしは見た。
瓦礫の上に、人影が立っているのを。
風で靡く、長い蒼い髪。
紅い眼光。
黒いワンピースに白いエプロンを首に掛けている。
ま、麻里亜?
でも、お前は、甘楽と逃げたはずでは?
わたしは麻里亜に手を伸ばす。
「信二様。お迎えに来ました、父上がお呼びです」
麻里亜の冷たい声。
わたしは気を失った。
父との再会
魚拓
わたしは聴いた。
はっきりしない夢の中で。
「はいぃ。目を覚ましてちょうだいぃ。はいっ、よいしょっとっ」
陽気な男の声が聞こえ、親指を何度も弾く音。
続いて、頬に平手でぶたれたような痛みが走った。
「さっさと起きろよ! いつまで寝てんだい! ああ!?」
男の怒鳴り声。
男が苛立ったのか、地団太を踏んでいるような音。
なんだ?
わたしは、ゆっくりと瞼を開けた。
視界に広がる光景。照明が振り子のように揺れている。
まだ意識がはっきりとしないらしく、首を横に振る。
薄目で開けて、その光景を見る。
そこに、男が居た。
照明の影で男が隠れ、照明の明りで、なんとか中年の男だとわかる。
「お利口お利口。やっと目を覚ましたねぇ。かれこれ……って、どれくらい待ったかわからんわ!」
中年の男が拍手しながら、丸椅子を引いて立ち上がる。
中年の男は苛立ったのか、座っていた丸椅子を思いっきり蹴った。
丸椅子が転がって、暗闇に消えてゆく。
「あいたっ。いたたたた。あいたたたのた、っと」
中年の男は可笑しな悲鳴を上げて、片足を踊るように上げては下げ、痛そうに足の指を押さえている。
照明の明りの下で、中年の男の姿がはっきりと見えた。
黒いシルクハットを被り、シルクハットからはみ出したエメラルドグリーンの髪がカールしている。
左眼に時計の様な精巧な眼帯をして、口が裂けて縫い目があり、縫い目を隠すように、口紅が塗ってある。
口に葉巻を銜えて、葉巻から煙が昇っている。
ストライプ柄の黒いスーツの上に、毛皮のコートを羽織っている。
袖から覗く左手が、まるで機械のような手をしており、右手の人差指と薬指に指輪を嵌め、杖を突いている。
ストライブ柄の黒いスーツの生地が切られた両脚から覗く両足は、まるで機械のような両足が覗き、両足には黒い革靴を履いている。
中年の男がわたしの前まで来て、葉巻の煙を、わたしにゆっくりと吹きかけた。
「気分はどうだい? 坊や」
中年の男は、不敵な笑みを浮かべている。
わたしは、葉巻の煙に咳き込んだ。
手足を動かすが、身体が動かないことに気付く。
わたしは上半身裸だった。少し筋肉質になった感じがするが。
どうやら、寝台のような立てた台に、手足を半円状の金具で固定されている。
「お前は誰だ?」
わたしは、その男に訊く。
それにしても暗いな。男の顔がやっと見える明るさだ。
この男、気味が悪い。
「はい、死神です。って違う! お前が会いたかった、お前の父だよ? って、感動の再会ってやつ!?」
中年の男は両手を腰に当てて、仰け反って高笑いする。
仰け反り過ぎて、シルクハットが落ち、頭のお皿が露わになった。
中年の男が慌てて、シルクハットを被る。
「見てない? 見てないよね? ね?」
中年の男が、シルクハットの埃を両手で叩いて払い落とし、両手を擦り合わせながら心配そうにわたしに訊く。
「ち、父上?」
わたしは、中年の男の質問を無視した。
わたしは驚きのあまり、眼が見開いている。
「ああ、そうだよ! 研究の事故でな、こんな姿になっちまったぜ! ちくしょう! 笑えよ!」
父上が地団太を踏んで、シルクハットを地面に叩きつける。
父上が、「あっ、いけね」と言って、何事もなかったようにシルクハットを被る。
スーツの胸ポケットから、小さな四角形の手鏡を取り出して、鼻歌を歌いながら髪のカールを掻き上げたりしている。
「よし、その通り」と言って、父上がスーツの胸ポケットに手鏡を入れた。
「父上。あなたに訊きたいことがあります」
わたしは、父上に訊きたいことが、たくさん思い浮かんだ。
父上は何故、この屋敷に引っ越したのか。
父上は何故、憲兵団の仕事を辞めたのか。
父上は何故、屋敷の地下で使用人を戦闘訓練させる必要があったのか。
父上は何故、人造人間の麻里亜を造ったのか。
父上は何故、わたしをこの屋敷に軟禁したのか。
父上、一つ一つ聴かせてもらいますよ。
「うん。わかるよ、息子よ。うんうん。なんでも言ってみなさい」
父上が、わたしの肩に手を置いて、口を噤んで頷いた。
その後、父上は葉巻を吹かした。
「なんで、仕事を辞めたんですか?」
わたしは生唾を飲み込んで、喉を鳴らした。
やっと、父上の謎がわかる。
「ああ、あれ? 仕方ないじゃん。お前が大学の寮に住んでいる時、私は影の組織に新しい武器を造れと脅されててさ。ある日、家に帰ると最愛の妻は、影の組織に殺されていましたとさ。笑えないっつうの!」
父上が思い出したように、悔しそうに地団太を踏んだ。まるで子供のように。
「母は、流行病で亡くなったんじゃなかったんですね……」
わたしは俯く。
父上から、母の死の真実を知らされ、涙が滲む。
母上の葬儀で、棺の中で安らかに眠る母上の死に顔が頭に過る。
きっと、母上はわかっていたに違いない。
影の組織に脅おびやかされている夫。母上は、夫の変化に気付いていた。
自分が殺されてもおかしくない人間だと。母上は悟ったに違いない。
わたしの涙が、静かに頬を伝う。
「家内の葬儀の日。お前に、優しい嘘をついたんだよ? 妻は、流行病で亡くなったと」
父上が機械の手で、わたしの頬の涙を優しく拭う。
私の頬に、機械の感触がした。
「!? ち、父上……」
わたしは俯いたまま、辛くて嗚咽おえつする。
「姿をくらますため、この屋敷に引っ越してきたんだ。連中にバレないように立てた、この屋敷にね」
父上が、機械の手でわたしの頭を撫でる。子供をあやすように。
「母上が亡くなってから、あなたは変わってしまった。わたしに暴力を振るい。あげく、この屋敷にわたしを軟禁した」
わたしは顔を上げて、父上を睨んだ。
「ああ、そうだよ。妻が殺されてから、私は変わってしまった。お前を屋敷に軟禁したのは、外で面倒起こされては、連中に勘付かれるからね。なんせ、お前は私の息子だ。奴らに復讐するため、この屋敷の地下で必死に研究してやったよ。研究のためには金がいるだろ? いつの間にか、自分が闇に染まってしまったんだ。皮肉だろ?」
父上が冷たい声で、自分の機械の手を見つめ、拳を作ったり開いたりして遊んでいる。
やがて、悲しい顔つきで葉巻を吹かした。
「……父上、まだ研究は続けるのですか?」
わたしはやるせなくなり俯いた。
「いや、研究はもうせん。麻里亜が完成したからな。あっ、この屋敷で研究しないって意味ね? ここの装置が古くてさ。来週、新しい屋敷に引っ越しするぞ。新しい屋敷は、最新の装置ばかりだからな。きたれ、私の時代! 来い、来い!」
父上が口をへの字に曲げて、手をひらひらさせる。
腕を組んだかと思うと、両手を上げて、大声を出した。
「どういうことですか? 麻里亜は烏組に協力して消えたはずでは?」
高鳴る鼓動。
わたしは顔を上げる。
麻里亜が完成した?
そういえば、わたしが気を失う時に見た人影。
あれは、確かに麻里亜だった。
「あれは試作機、ガラクタだよ。試作機の体内に爆弾が仕掛けてあってな。奴らの秘密基地で、デカい花火が打ちあがる仕組みよ。どわはははははっ」
父上は、両手を腰に当てて、下品な笑い声を上げる。
葉巻の煙で輪を作り、楽しそうに遊んでいる。
「あの麻里亜はガラクタじゃない! たとえ、試作機だとしてもだ!」
わたしは父上に怒鳴った。歯を食いしばって。
わたしの中で蘇る、試作機:麻里亜との思い出。
わたしにとって、麻里亜は大切な存在だ。
麻里亜、頼む。死なないでくれ。
父上が鼻で笑う。
「父上。あなたは何のために、屋敷の地下で使用人を訓練させたんですか……」
わたしは俯いて静かに言う。
「ああ、それね。全ては、今日のためじゃないか」
父上が親指を弾く音が聞こえた。
葉巻を、ゆっくりと吹かす。
「どういうことですか?」
わたしは俯いたまま。
「麻里亜を完成させるために、戦闘データを採る必要があったのさ。だから、私はわざと烏組に情報を漏らし、ここで使用人と烏組を戦わせたってわけ。おかげで、いいデータ採れたし。麻里亜も完成ぃ! 一石二鳥ってわけだ! 私って天才!」
父上が下品な笑い声を上げ、力強く拍手した。
「……そのために。あなたは、この日のために使用人を戦闘員に仕立て、あなたはこの屋敷を、その舞台にした。ってことですか。麻里亜の完成のために」
わたしは俯いたまま、握り拳を作った。歯を食いしばる。
「そうそう。お前の謎は解けたかな? お前が知っている、私ではないぞ?」
父上がスーツのズボンに巻いたホルスターから、リボルバーを抜いて、わたしに銃口を向ける。
「まだです。最後の質問です。銀二は何者なんですか? あの身のこなし、只者じゃなかった」
わたしは顔を上げて、父上を睨み付ける。
リボルバーの銃口を一瞥して。
「ああ、銀二か。あいつは、お菊が拾って来たんだ。銀二は孤児で、路頭を彷徨っていたところをね。まあ、捨て駒として悪くないと思って、銀二を戦闘員に仕立ててやったよ。あの女(お菊)は、銀二を弟のように可愛がっていた。銀二は、どうせ捨て駒なのにねっ! 傑作だろ!?」
父上は額を掻きながら、高笑いした。腹を抱えて。
そうか。
銀二は、わたしへのお菊の想いに気付いて、わたしを助けた。
そんなところか。
礼を言うぞ、銀二。お前は命の恩人だ。
「……あたなは、わたしの知っている父じゃない! わたしを撃つ気ですか!? 実の息子を!」
わたしはリボルバーの銃口を見つめたまま、眼を見開く。
見開いた眼が、さざ波ように揺れ動く。
信じていた父上に殺されるとはな。これも運命か。いや、皮肉か。
「だぁかぁらっ、お前が知っている私は、とうに死んでいるのだよっ! この馬鹿者がっ!」
父上がリボルバーを撃つ。
リボルバーの一閃。
もはや、これまで。
わたしは思わず瞼を閉じた。
あれ、痛くない?
目を開けて、少し痛みがした右腕を見ると、リボルバーの銃弾が食い込んでいた。
わたしは生きている?
首を動かして、自分の身体を見る。
そして、確かめるように、父上を見た。
「ありゃまっ、大成功ぅ! ふぅ! お前の腕に薬を注射してやった。親の情けでな。なんちゃって」
父上は、阿保みたいに踊っている。
葉巻を吹かしながら。
「わたしの身体になにしたんですか!」
わたしは怒鳴った。唾を飛ばして。
わたしの右腕に食い込んだリボルバーの銃弾が、磁石に吸い寄せられるように上がってきて、リボルバーの銃弾が床に落ちる。
よく見ると、右腕の傷が完治していた。
どうなってる?
治癒能力なのか?
「おいおい、怒鳴るなって。それより、お前の状況わかってます? お菊と銀二は、監禁しているんだぜ?」
父上は耳をほじくりながら、面倒そうにしている。
「!? どういうことだ! 説明しろ!」
わたしは父上を睨み、怒鳴った。
両手に力を込めると、両手に固定された金具が外れそうになる。
まさか、父が注射した薬というのは、力を増強させる薬なのか?
なんのために、父はわたしに注射したのだ?
父の新しい実験か?
わたしは、父の実験台にされたのか?
「さぁ、ゲームの始まりだぁ! 私が憎いだろ!? 私を殺してみろ!? ぬわはははははっ」
父上が不気味に笑いながら、リボルバーを乱射した。
「父上! あなたの研究で、多くの血が流れたんだ!」
わたしは唸り声を上げて、リボルバーの銃弾を食らいながらも、両手足を固定された金具を怪力で外す。
金具が凶器のように吹っ飛ぶ。
屋敷で死んでいった、使用人たち。彼女たちは、麻里亜の完成のために、屋敷の地下で戦闘訓練を受けた。
洗脳の実験にされ、薬で化け物の姿になった、杉森さん。烏組は、父の武器を使っていた、
そして、父の武器で亡くなったひとたち。耳を澄ませば、無念の声が聞こえる。
わたしは、父上を許すことができない。
わたしは寝台から降りて、父上を睨む。握り拳を作って、歯を食いしばって。
父上のリボルバーが弾切れになったらしく、リボルバーを投げ捨て、もう一丁のリボルバーをホルスターから抜く。
わたしの傷も完治し、父が乱射したリボルバーの銃弾が床に落ちてゆく。一発、もう一発と。
その時、照明が次々に点き、部屋が一気に明るくなる。
どうやら、ここはホールみたいだ。
奥に、巨大なモニターがある。
巨大なモニターは、小さな画面に区切られており、小さな画面には屋敷内の映像が映っていた。
モニターに、使用人の亡骸や、烏組の亡骸が映る。
使用人が壁に凭れて座り込み、胸を撃たれたのか、胸を押さえて死んでいる。
別の映像に、烏組の男がうつ伏せに倒れ、腕を伸ばし背中に刺さった刀。
わたしは思わず、モニターから顔を背ける。
なるほど。
監視カメラか。それにしても惨い。
恐らく、ここで父は、わたしを監視していたわけか。
巨大なモニターの前に、大きな書斎机があった。
あの机で、父上は研究の結果をまとめていたのか?
ホールの真ん中に、白い大きな布が被せてある。
ガトリング砲のような形をしている。
新しい武器か?
「誰が照明点けろと言った! 麻里亜か!」
父上が眩しそうに顔に手を翳かざし、辺りを見回している。
「抵抗するなら、あなたの頸動脈を切ります」
その時、父上の背後に現れた麻里亜。
麻里亜は、刀の刃を父上の喉元に突きつけている。
父上が驚いて、口に銜えた葉巻を床に落とす。
「ま、麻里亜? なのか?」
わたしは驚いて佇む。
眩しくて、顔に手を翳す。手の隙間から見える、父上の背後に立つ麻里亜。
麻里亜の蒼い髪、紅い瞳。
麻里亜は、黒いワンピースに白いエプロンを首に掛けていた。
「っち」
父上は舌打ちして、リボルバーを床に落として、リボルバーを足で向こうに蹴る。
抵抗しない意思表示に、両手を高く上げた。
床に落ちたリボルバーが暴発しないところを見ると、リボルバーは弾切れらしい。
弾切れのリボルバーを見て、「あらら~」と、父上は残念そうに声を漏らす。
「どうなってる。どうなってるんだ! ちくしょう! 麻里亜、私に逆らうのか!」
父上が怒鳴る。
「たった今、試作機麻里亜は自害しました。これより、試作機麻里亜と情報共有します」
父上の背後で、麻里亜の冷たい声。
「んだと! 馬鹿な、ありえん。ありえんわ! あのガラクタがぁ!」
父上が唾を飛ばして怒鳴る。
試作機麻里亜が自害した?
どういうことだ?
「試作機麻里亜の意思により、信二様の命令をお受けします」
少し感情のこもったような、麻里亜の声。
麻里亜の頬から、涙の粒が床に落ちる。
床に落ちた麻里亜の涙が、小さな水たまりを作った。
麻里亜が、泣いている、のか?
わたしは、麻里亜からもらい泣きをした。
「……そうか。おかえり、麻里亜。よく戻ったな」
わたしは嬉しくて、涙が滲んだ。
頬に伝う涙を、手で拭う。
「さっさと殺せ!」
父上が両目を瞑った。
「形勢逆転だな。父上」
わたしは父上を見つめる。
静かに込み上げる、父への怒りを抑えて。
握り拳を作る。
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新しい武器
魚拓
「麻里亜、刀を下ろせ」
わたしは腕を回して、首を回しながら、麻里亜に言った。
「了解」
麻里亜が、父上の喉元から刀を下ろして、一歩引いて刀を鞘に納める。
そのまま麻里亜は棒立ちする。腰に下げた鞘を握って。
「私をどうするつもりだぁ? 息子よ」
父上が瞼をゆっくりと開けて、わたしを睨む。
「監禁室に閉じ込めて、憲兵団に身柄を確保してもらいます」
わたしは腕を組んで、父上を見下して冷たく言う。
監禁室は、さっきモニターに映っていた。使わせてもらいますよ。
「ふんっ。臭い牢獄の中で、血の罪を償えってか? お前らしい、好きにしろ」
父上は鼻で笑って、杖から乱暴に手を離した。
両膝を床につけて、頭の後ろに手を回す。
「麻里亜。手錠を掛けて、父上を監禁室に連れてゆけ」
わたしは、巨大なモニターを見ながら言う。
「了解」
麻里亜は、黒いワンピースのポケットから手錠を取り出し、父上の手首に手錠を掛けた。
麻里亜は父上を立ち上がらせ、杖を拾い上げて杖を突かせ、父上を連行して、二人はホールの奥に消えてゆく。
わたしは佇んで、巨大なモニターを凝視していた。
先ほど監禁室の映像が映っていた辺りに、巨大なモニターの小さな映像が切り替わる。
別の監禁室の映像に切り替わり、銀二とお菊が監禁室の床に気絶していた。
それぞれ、別々の監禁室に監禁されている。
「!? お菊、銀二!」
わたしはお菊と銀二が無事で、表情が綻ぶ(ほころぶ)。
二人を助けたい気持ちを堪えて、握り拳を作る。
しばらく、屋敷の地下を調べたい。わたしの我が儘だ(わがまま)。
後で、必ず助ける。しばらく、監禁室で休んでいてくれ。
そこなら安全だろう。
まずは、モニター前の書斎机を調べよう。
何か手掛かりがあるかもしれない。
わたしは吸い寄せられるように、モニター前の書斎机を調べ始めた。
机の上は乱雑らんざつしており、何枚かの難しい図面や、黄ばんだ研究日誌や、新しい研究日誌が混ざり合って、古い研究日誌と新しい研究日誌が何冊かあった。研究日誌の日付が、それぞればらばらだった。
机の上を掻き分けていくと、研究日誌が床に落ちたりしたが気にしない。
机の一番下に、伏せられた古い写真立てがあった。
思わずわたしの手が止まる。
「ん?」
高揚を抑えきれず、写真立てを手に取り、飾られた写真を見る。
写真は古ぼけたわたしの家族写真だったが、写真は鋭利のような物で切り裂かれている。
わたしと、母上と、父上の顔が切り取られ、顔無しになっている。
写真立てを持つわたしの手が震える。
父上は、自分の中の優しい父上を封印したのか。
全ては、自分を陥れた(おとしいれた)奴らの復讐のために。
写真に写っている父上と母上。
顔が切り取られ表情が分からないが、この頃の父上は優しく、母上も幸せそうだった。
今でも鮮明に覚えている。わたしも幸せだった。
だが、父上と母上は、もういない。
写真立てに、わたしの涙が零れ落ちる。
わたしは口許くちもとを手で押さえた。
辛くなったわたしは嗚咽して、写真立てを机に伏せた。
全てを終わらせなければ。
わたしの手で。
涙を手で拭って、丸まった図面を机の上に広げて見た。
そこに、麻里亜らしき人造人間の設計図や、武器の設計図の様なものが、鉛筆で細かく書かれていた。
ここで、試作機麻里亜は造られたのか?
そして、武器の設計図に書かれている、マント、制服、革手袋、革靴、刀、銃。
父が最近まで研究していた、新しい武器だろう。
わたしは広げた設計図を丸め、一番古い日付の黄ばんだ研究日誌を手に取り、研究日誌の頁ぺーじを捲った。
そこには、父の細かい字で、難しい数式や、ありふれた日記が書かれている。
わたしの知っている父がそこに居るようで、また涙が溢れる。
また頁を捲っていくと、茶封筒が床に落ちた。
「これは?」
わたしは不思議に思いながら、茶封筒を手に取る。
《息子へ》と、父の字で茶封筒の表に書かれている。
茶封筒を裏返すと、裏には何も書かれていない。
「ち、父上の手紙!?」
わたしは高鳴る鼓動を抑え、茶封筒の封を慌てて千切る(ちぎる)。
父の文面を眼で追っていく。心の中で、父の声が呪文のように唱えられてゆく。
《お前がこの手紙を読んでいる時。私が私でなくなっているだろう。最愛の妻は、奴らに殺された。私は、妻を奴らに殺されたショックで、お前に酷い仕打ちをしているかもしれない。その時は許してくれ。もうすぐ、私は闇に染まることだろう。奴らの復讐のために。この手紙を読み終わったら、どうか、お前の手で私を楽にしてくれ。私が開発した武器で。そして、私の武器を正しい道に役立ててくれ。お前を愛している。父より》
「ち、父上……」
わたしは父からの手紙を読み終わり、手紙を持った腕を下げて、涙を手の甲で拭う。
どうして。どうして父上は変わってしまったんだ。
わたしは悔しくて手紙を握り締め、机を思いっきり両手で叩く。
その時、机全体が重い音を立てて沈み、歯車が噛み合うような仕掛けが音を立てて動き出した。
「な、なんだ?」
わたしは、辺りを見回す。
書斎机の前の床が両開きになり、床下から大きなガラスケースが二つ現れた。
一つのガラスケースには、刀架に掛けられた刀。肩に掛けるタイプらしい。
そして、刀の下に二丁のオートマチック銃とホルスター。
もう一つのガラスケースには、憲兵団の制服と、革手袋と革靴、そしてマント。
「こ、これは、憲兵団の制服……」
わたしは、憲兵団の制服を見つめていた。
驚きのあまり眼が見開き、眼がさざ波のように揺れている。
何故、憲兵団の制服が?
まさか、父は憲兵団の制服を着て、奴らに復讐するつもりだったのか?
わたしは、銃と刀を見る。
これは、設計図に書かれていた武器か?
新時代のための新しい武器だというのか?
その時、ガラスケースの刀が脈打ち始め、二つのガラスケースが砕け散った。
わたしは床に伏せて、両腕の中に顔を埋める。
わたしと共鳴しているのか?
なんのために?
これを使えというのか?
わたしは顔を上げ、ゆっくりと立ち上がり、生唾を飲み込んで喉を鳴らす。
鞘を見つめ、深呼吸して、刀の鞘を握る。
次の瞬間。電撃のような痛みが、身体中を駆け巡る。
わたしは思わず唸り、手首を押さえる。
「うぉぉぉぉぉ!」
わたしは悲鳴を上げて、歯を食いしばる。
電撃のような痛みが抜けたかと思うと、身体中から煙が昇っていた。
わたしは肩で息をしていた。
これは、父上からの贈り物だ。わたしの知っている父上のな。
大事に隠していたようだが。あなたの武器、使わせてもらいますよ。
そして、この手で、あなたを楽にさせます。
わたしは憲兵団の制服を着て、マントを羽織り、革手袋を嵌め、革靴を履いた。
腰にホルスターを巻いて、二丁のオートマチック銃をホルスターに収め、肩に鞘を斜めに掛ける。
手の指を開いては閉じて動かしてみる。
不思議だ。力が湧いてくるようだ。
ホルスターからオートマチック銃を抜いて、両手で構えてみる。
皮肉なもんだな。父の武器を装備するとは。
オートマチック銃をホルスターに収める。
その時、轟音がした。まるで、大砲の様な。
しばらくして、屋敷の地下に放送が入ったのか、耳障りな雑音がした。
わたしは雑音に耐えられなくなり、両耳を押さえる。
「テス、テス。声は入ってますかぁ? どうぞぉ。息子よ。モニターを見ろ。なんつってな」
わたしは驚いて、両耳を押さえたまま巨大なモニターを見る。
放送の音量が大きくて、耳障りだった。
巨大なモニターの画面が一つになり、映像が流れた。
三味線が流れる。
「ねぇ。あたしを抱いて? 二人で、いい夢見ましょ? ね?」
着物を着た若い女が、画面一杯に半裸で迫り、豊満な胸を手で隠して手招きしている。
上目使いで甘えたり、投げキスをしている。
誰だ、この女は?
どこかの遊郭か?
画面が切り替わって、机の椅子に座り、身を乗り出した父上が映る。
父上が興奮気味に、鼻息が荒くなっている。
鼻血が出そうになり、「いかん。いかんぞ」と言いながら、鼻を手で押さえる。
映像が二分割された。全体の映像と、父上のどアップ。
どうやら映像は、監禁室前らしい。
薄暗い廊下に、シャンデリアの蝋燭ろうそくが怪しく灯っている。
廊下の奥に、頑丈そうな扉が並んでいる。
あの扉の向こうに、銀二とお菊が?
それにしても、麻里亜の姿が見当たらないが。
「こりゃ失礼。あの娘こは咲ちゃんね。いい乳して、たまらんねぇ! くぅ!」
父上が拳を振り上げたと思ったら、口に銜えた葉巻を持って咳払いする。
その後、興奮気味に仰け反って高笑いした。
仰け反り過ぎて腰にきたらしく、腰を叩いている。
そして、シルクハットが落ちて、慌てて拾い上げる。
父上は、わたしの姿が見えているのか?
ならば、こちらの映像を流すカメラがモニターに仕掛けられているのか?
「さてとっ。麻里亜は、監禁室に閉じ込めたぜ? どういう意味かわかるかな? ん?」
父上が耳に手を当てて、答えを待つかのように瞬きしている。
葉巻を吹かした。
「どういう意味だ?」
わたしはモニターを睨む。
握り拳を作る。
「麻里亜に連行されている間、私は必死に考えた。考えに考えたわ。そこで、私はわざと監禁室に連行され、邪魔な麻里亜を監禁室に閉じ込めたわけだ。この手でね? ドカンと一発よ! 麻里亜の腹に風穴開いちまった。ありゃ死んじまったかもなぁ!」
父上は機械の手を振って見せびらかし、机を叩いて不気味に笑った。
父上の手が大砲のような形に変わっている。
さっきの音は、あの大砲で撃った音か。
父上と闘うなら、あの手は厄介だな。
あの手、他の形に変形するかもしれない。
「麻里亜を撃ったのか!?」
わたしは父上に怒鳴った。
ホルスターの二丁のオートマチック銃を抜こうとする。
「どうどう。なあに、監禁室の造りは丈夫でねぇ。麻里亜の回路をショートさせた。しばらく、麻里亜には眠ってもらうよ」
父上が葉巻を吹かして、画面に向けて煙を吐く。
父上は廊下の奥の監禁室に振り向いて、手の指を動かして、投げキスをした。
可笑しいというように、机を叩いて不気味に笑っている。
「父上。あたなも人造人間なのですか!?」
最初に、屋敷の地下で父上を見た時から、そう思った。
あの身体は人間ではないと。恐らく、自ら身体を改造したに違いない。
まさに狂気。
「おうよ。今から、お菊と銀二の監禁室に冷気を流し込む。助けたくば、私を倒すことだ。そうすれば、監禁室の冷気は解除される。頼みの麻里亜は寝てるぞ? 私と、どう戦う? 因みに私を倒したとしても、屋敷中に仕掛けた爆弾が起動するぞ?」
父上が不敵な笑みを浮かべ、可笑しいというように机を叩いて不気味に笑っている。
満足げに、葉巻を吹かした。
「父上。あなたからの贈り物を受け取りましたよ。父上の眼は節穴ですか?」
わたしは、憲兵団の制服、革手袋と革靴を、父上に見せびらかした。
ホルスターからオートマチック銃を抜いて、オートマチック銃の銃口をモニターに向ける。
「あれ、あんれ? あれれれれのれ? おかしいぞ。なんで私の最高傑作を、お前がつけているんだよ!? どうやった!? ああ!? 今気付いた、今気付いたで、ちくしょう! やっぱ視力落ちてる?」
父上が葉巻を口から落として、眼を何度も擦る。瞬きをしている。
やがて苛立ったのか、悔しそうに椅子を蹴って地団太を踏んだ。
「わたしが、この手で楽にしてあげますよ」
わたしはホルスターにオートマチック銃を収め、肩に掛けた鞘から刀を抜いて、父上に刀を突きつける。
「そうか、そうきたか。ならば、私も奥の手を使うか、なっと」
父上が顎に手を当てて、感慨深そうに言うと、掌に拳を叩いて、画面の奥に消えて行った。
不気味に高笑いしながら。
一体、父は何を始めるというんだ?
恐らく、これが父との最後の闘いになるだろう。
止めねば、父上を。
わたしは刀の柄を握り締め、ホルスターのオートマチック銃を握り、ホールの奥に向かって走り出した。
「おいおい、何処に行く? 息子よ。私はここだぞ? はい注目。お前には邪魔されたわ! ここでお前を殺す! 血祭じゃ!」
わたしの背後で、父上の冷たい怒号どごうが聞こえた。
わたしは振り向く。
いつの間に!?
銀二の、足の速さの技を使ったのか?
父は人造人間。もはや造作もないこと。
父上は、ホールの真ん中にある、大きな白い布を被せているところに立っていた。
「私の切り札はなぁ、こいつよぉ! ショータイムだっ!」
父上が、大きな白い布を捲り取る。
大きな白い布の下が露あらわになる。
大きな白い布の下に現れたのは、大きなガトリング砲だった。
父上は大きなガトリング砲に、頬擦りをして、ガトリング砲の銃身を手で撫でている。
やがて、私に不敵な笑みを浮かべる。片手を腰に当て、杖を突いて。
父上が口に銜えた葉巻の煙が、嘲笑うかのように昇ってゆく。
父との戦い
魚拓
わたしは駆け出した。父を倒すため。
刀の柄を握り締め、僅かな希望に賭けて。
ホルスターから素早くオートマチック銃を抜いて、父上を撃つ。
オートマチック銃を握る手と、刀を持つ手が震えている。
やはり、わたしは父を撃つことができない。
この迷いが命取りになるかもしれない。
何故、争わなければならない?
他に方法はないのか?
父上はわたしが駆けてくるのを見るや、矢の様に素早く動いては変なポーズを決めて、銃弾を華麗に避ける。
わたしは父の動きが予測できずに立ち止り、刀を握っている腕にオートマチック銃を載せて、父上に苛立ってオートマチック銃を乱射する。
しばらくして、オートマチック銃の引き金を引いても、弾が放たれなくなる。
ついにオートマチック銃の弾が切れて、わたしは舌打ちした。
父上を正確に狙わない限り、父上に傷を負わすことはできない。
わたしは諦めてオートマチック銃を下ろし、父上を睨み据える。
「終わりか? 終わったね? よしよし。私を撃つなんて不可能であーる! 可能なんてねぇんだよ! 甘いねぇ、ちゃんと狙ってる? 私はここだ! 弾を無駄にするんじゃねぇぞ!」
父上が両手を腰に当てて、偉そうに仁王立ちする。
左手は腰に当てたまま、右手の人差指を立てて、右手の人差指を小さく左右に振った。
挑発するように舌を鳴らしながら、右手の人差指を小さく左右に振る。
父上、油断しましたね。
わたしのホスルターには、もう一丁オートマチック銃があるんですよ?
わたしは父上を睨み据えたまま、刀の柄を握っている手を離して、刀を床に落とす。
意表を突かれ、目を見開く父上。父上は間抜けに「ぬお?」っと声を漏らした。
わたしは刀を床に落とすと同時に、素早くもう一丁のオートマチック銃を抜いて、父上を撃つ。
父上は不意を突かれ、動くことを忘れて立ち尽くしている。
わたしは父上を撃ちながら、弾切れになったオートマチック銃をホルスターに収める。
その時。わたしの銃弾が、父上のシルクハットに命中した。
父上のシルクハットが紙の様に弾き飛び、シルクハットが裏返しで床に落ちる。
「ん!? 帽子、落ちた? なんか、頭が涼しいんですけど。って、帽子落ちてる! こんちくしょう!」
父上が頭の皿を気にして手で触り、シルクハットを被ってないことに地団太を踏む。
父上はシルクハットが床に落ちていることに気付き、手を叩いてシルクハットを指さす。
帽子に当たったか。
やはり手元が狂っているな。
わたしはオートマチック銃の引き金から手を離す。
だが、帽子に当たったのは幸運かもしれん。
父上は頭を気にしているからな。
躊躇していたら、確実に父上に殺される。
高鳴る鼓動と、冷や汗が頬を伝う。
だが、闇雲に父上の懐に飛び込むのは危険だ。
どんな攻撃が飛び出すかわからない。
それより、父上の杖だ。
あの杖をなんとかすれば、勝機があるかもしれない。
少なくとも、足の悪い父上の動きを封じれるはずだ。
わたしは両手でオートマチック銃を握り締め、父上の杖を狙い撃ちした。
父上は必死にシルクハットを拾おうと、姿勢を低くして四つん這いになり、頭の皿を気にしながら銃弾を避けるのに手いっぱいだ。
毛皮のコートを盾代わりにして、銃弾を凌いでいる。
銃弾が毛皮のコートに命中する度に、「おーまいがっ! この毛皮コートいくらしたと思ってんだ!?」と、文句を言っている。
明らかに頭の皿を気にしている父上の動きが鈍かった。
父上はシルクハットを拾えないのが悔しいのか、四つん這いのまま握り拳で一発床を叩く。
父上は四つん這いのまま、わたしにお尻を向けて間抜けな格好で動きを止め、「ぐぬぬぬぬ」と唸って、歯を食いしばって拳を振り上げる。
そして、不気味に笑いながら右手で杖の先をわたしに向け、杖型の銃を乱射してきた。
杖先の筒から、銃弾が放たれる度に火を噴いている。
「ひゃはははは! 風穴開けたるで!」
父上は笑いながら、その隙に左手でシルクハットを拾って、満足気にシルクハットを頭に被る。
不味い。
あの杖はマシンガンだったのか。
わたしは反射的に左手でマントの裾を掴み、マントの裾を盾代わりにして、マントに顔を埋める。
銃弾がマントを貫通することはなく、マントに銃弾が命中する度に火花が散る。
これで、攻撃を凌げそうだな。
そういえば、制服も銃弾が貫通していない。
父上に命を救われたな。
皮肉なもんだ。
「いいねっ! さすが、私の作品だぁ! くぅ、痺れるぜ! たまんねぇな! 踊れ踊れ!」
父上が歓喜を上げて、片膝を床について右手に持った杖型のマシンガンをぶっ放す。
空いた左手で葉巻を吹かして、余裕の態度を見せる。
やがて、マシンガンが弾切れになった。
杖の先でぼっと音を立てて一筋の煙が上る。
「弾切れか。役立たずが」
父上は舌打ちして、まだ杖が使えないかと思っているのか、唸りながら杖を上げて見たり、杖を手の甲で叩いたりしている。
わたしはそれを見逃さなかった。
父のマシンガンを防ぐのに手いっぱいで、オートマチック銃の無駄撃ちはやめて弾を温存していた。
わたしはマントの裾から手を離し、オートマチック銃を握っている腕を上げて、オートマチック銃を両手で握り締める。
そして、父上の右手首を狙い撃ちした。
三発目で、父上の右手首に銃弾が命中し、父上の右手首から血が滴る。
父上は杖をいじるのに気を取られ、その場から動けないでいた。
「くそったれが! よくも、私を撃ったな!」
父上は杖を床に落とす。
だらんと右手を垂らした。
父上は右手首の傷を舌で舐めて、父上は左手で右手首を押さえる。
いつの間にか、大砲の様な左手が機械の手に戻っていた。
「これで、杖は使い物になりませんよ? あなたは、右手首を負傷しました」
わたしは父上を睨み据え、オートマチック銃の銃口を父上に向ける。
「くそう。この杖、ガラクタだ。面白くねぇの。つまんねぇ。ああ、つまんねぇ」
父上は素早く立ち上がり、悔しそうに杖を踏み潰し、地団太を踏んだ。
父上が杖を踏む度に、杖が青白い電気を帯び、青白い電気が放電される。
そして、青白い静電気が痛そうな音を立てる。
なんだ?
父上は杖に何をした?
この杖、電気を発生させているのか?
わたしは不思議に思いながら、父に銃口を向けたまま、床に落ちた杖を見下ろしていた。
「と見せかけて、こいつはただの杖じゃねぇ! 雷剣の完成だ!」
父上が爪先を杖に引っかけて杖を蹴り上げ、浮き上がった杖を素早く左手で杖を持った。
わたしに駆け寄るなり、わたしの右肩に杖を突く。
なんだ。
攻撃の感じはしない。それに痛くもない。
どういうことだ?
まだ、この杖には武器があるというのか?
わたしは動揺して、父上に銃口を向けたまま身体が動かない。
「吠えろ! 雷剣よ! 皮膚を貫け。そして、血を吐け! 血祭りだ!」
わたしの右肩を突く父上の杖が眩い青白い電気を帯び、雷鳴とともにわたしの皮膚を貫いた。
「がはっ」
わたしは口から血を吐き、よろめきながら後退る。
雷の剣だと。
まだ隠し武器があったとは。油断した。
長期戦は不味いな。
「ビリビリしましょうや! 旦那ぁ! 死ぬんじゃねぇぞ!」
父上が高笑いし、左手に持った杖の先を地面に突き刺す。
父上の杖の先から、四方八方に青白い電気が乾いた音を立てて、青白い電気が床を波の様に走り回る。
そして、父上が左手の杖を高く掲げる。
「ショータイム!」
父上は天井を見上げて叫んだ。
雷鳴とともに父上の身体から青白い電気が放たれる。
次の瞬間、くないの形をした青白い電気の棘が四方八方に飛ぶ。
「なっ!?」
わたしは予想外の攻撃に声を漏らした。
右肩の傷を左手で押さえて。
攻撃を回避できる空間もない。
ここは、マントで攻撃を凌ぐしかない。
至近距離の攻撃は不味いな。
「くっ」
わたしはマントの裾を盾代わりにする。
青白い電気の棘は、マントに当たる度に小さく爆発する。
わたしの装備品に、青白い電気が走る。
手が痺れて、オートマチック銃を床に落とす。
床に落ちたオートマチック銃が青白い電気を帯びている。
どいうことだ?
父の攻撃を吸収したのか?
屈み込んでオートマチック銃を拾おうとしたが、静電気で火花が散り、手が痛くて拾えなかった。
わたしは父を見据える。
なんとか防げてるのか?
このマントもいつまで持つか。
一刻も早く杖を破壊しなければ。
この際、感電しても構わない。
わたしは革手袋を握り締める。
わたしは床に落ちたオートマチック銃を拾う。
今度は静電気も発生せず、革手袋のおかげか感電はしなかった。
それどころか、雷を吸収している感じさえする。
「雷剣の前では、銃なんぞおもちゃ同然よ!」
父上は雷剣を振り回して遊んでいる。
手応えはある。
恐らく、この銃は敵の物理攻撃以外を吸収し、力に変えることができる銃に違いない。
その証拠に、この銃は青白い電気を帯びている。
わたしはオートマチック銃を握り締めて、おもむろに腕を上げる。
父上を睨み据えて、引き金を引いて父上を撃つ。
わたしの銃口から、青白い電気を帯びた銃弾が矢の様に放たれる。
次の瞬間、わたしの銃弾が父上の胸辺りに命中した。
父上の身体が青白い電気に覆われる。
「なんてこったい! そいつは、私の攻撃を吸収しやがった……」
父上がわたしのオートマチック銃を、震える手で指さす。
父上は青白い電気で全身が痺れて、杖を床に落とし、片膝を床につく。
恐らく、刀も物理攻撃以外を吸収するタイプなのだろう。
わたしは床に落ちている刀を見つめた。
ならば、床に落ちた刀も電気を吸収したはず。
刀の刀身が青白い電気を帯びて、刃先が線香花火の様に小さい火花を散らしていた。
やはり、この刀も電気を吸収したに違いない。
あの刀で杖が切れるかもしれないな。ふとそう思う。
わたしは父が痺れている隙に、床に落ちた刀に歩いて向かう。
ホスルターにオートマチック銃を収めて、おもむろに刀を拾う。
確かめるように、刀を翳してみる。
刀身が青白く光り、光に反射してわたしの顔が刀身に映る。
刀身に青白い電気が波打つ。
面白い、父と同じ雷剣か。
試しに一振りしてみる。
「迂闊だったわ! お前の手に私の最高傑作が渡っちまうとは。一生の不覚」
父上は全身が痺れながらも、拳で床を叩こうとするが、手が痺れて途中で手が止まる。
「いくぞっ! 父上!」
わたしは右肩の傷の痛みに構わず、刀の柄を握り締め、横に刀を構えて、父上に突進する。
父の懐に入るや否や、わたしは刀を真っ直ぐ振り下ろす。
次の瞬間。重い金属音が鳴り、火花が散る。
父上は左手で杖を拾って、わたしの刀を受け止めていた。
わたしの刀が震えている。
父上の杖に触れている、わたしの刀の刀身が熱を帯び、青白い電気を放電している。
「いつまでも痺れていると思ったか!? 芝居じゃ! そう簡単には切れんぞ、この杖は」
父上が鼻で笑っている。
しかし、痺れを我慢しているのか杖が震えている。
額には冷や汗を掻いていた。
「ならば、切れるまで切ります!」
わたしは刀を振り上げ、今度は刀を袈裟に振り下ろす。
再び重い金属音が鳴り、火花が散る。
父上が杖で、わたしの刀を受け止める。
「お前の剣の筋、見せてもらおうか!」
父上は杖を振り上げ、杖を袈裟に振り下ろす。
わたしは父の杖を、刀で受け止める。
お互い飛び退り、一旦距離を置く。
二人は同時に駆け出し、同時に杖と刀を振り下ろす。
父上の雷剣と、わたしの雷剣が激しく入り乱れる。
その度に、風を切って火花が飛び散り、太刀風が舞う。
しばらく互角に戦う二人。
そして、息を切らした二人。
「剣の腕は、私と互角、というわけか。少々力み過ぎたわ。小童が」
父上が息を切らしながらわたしと向き合い、わたしを睨み据える。
「わたしとて、大学で武術を学んだ身。簡単には負けません」
わたしも息を切らしながら父と向き合い、父を睨み据える。
剣の腕は互角。
これでは、杖を破壊できない。
それどころか、勝負が長引くだけだ。
どうすれば。
雷の銃弾を浴びせて、父上を痺れさせ時間を稼ぐか。
また雷の銃弾を撃てる保証はない。
この際剣を捨てて、この革手袋で杖を破壊できないものだろうか。
雷を帯びた銃を拾った時、この革手袋はなんともなかった。
父が造った革手袋だ。杖を握り潰すくらいの握力を得られるかもしれないが。
一瞬、父が優しい顔をした。
そんな気がした。
「これはどうだ!」
父上が杖の先を向けて、青白い光を帯びたくないの形をした銃弾が放たれる。
まだ銃が使えるのか。
そう思ったとき、わたしの右手首に、青白い光を帯びたくないが突き刺さる。
わたしの右手首から血が滴る。
「くっ」
わたしは痛みで声を漏らし、刀を床に落とす。
右腕を垂らし、左手で右手首の傷を押さえる。
「これで右手は使えんぞ? どうする!?」
父上が杖を突き出して、わたしに突進してくる。
わたしは、父上がわたしの懐に入ったところを見計らい、素早く屈み込んで杖を避ける。
杖が風を切り、わたしの左肩の上を通り過ぎる。
すかさず右腕を垂らし、左手の革手袋で杖を掴んで受け止める。
「遊びは終わりです。父上」
わたしは左手に力を入れて、そのまま杖を握り潰した。
杖は、ガラスが砕けるような音を立てて粉々に砕け散る。
父上が動揺して眼が見開き、そのままの態勢で「ぬおっ」と呟いた。
「剣が振れなくても、わたしには銃がある」
わたしは左手で素早くホルスターから銃を抜くと、父上の胸に至近距離で銃弾をぶち込んだ。
青白い電気を帯びた銃弾を。
「くっそぉぉぉぉぉう!」
青白い電気を帯びた銃弾を食らった父上は、全身が痺れながら、後退りして仰向けに倒れた。
終わったか。
思った通り、強力な武器だ。
やはり、一度物理攻撃以外の攻撃を吸収すれば、戦闘の時は使えるみたいだ。
ここで終わらせる。
父の研究を止める。心を鬼にしなければ。
わたしは修羅になれない。
わたしは静かに立ち上がった。
ゆっくりと父に歩を進める。
「まだだ! まだ終わらんぞ!」
父上は立ち上がろうとするが、全身が痺れて上半身を起こせずもがいている。
「これで終わりです」
わたしは父上に歩み寄り、父上の額に銃口を向ける。
だらんと右腕を垂らして。
「と見せかけて、甘いわ!」
父上が左手の掌を広げた。掌の上には銀色の小さな球体があった。
父上は不敵な笑みを浮かべると、銀色の球体が閃光とともに、濃い緑色の煙が噴出される。
け、煙玉か。油断した。
わたしは咳き込む。
視界がゼロに近く、煙が晴れるまで待つことにした。
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