積雲箱

ページ名:積雲箱

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+TALE-

◯邂逅

 

窓に掛かったカーテンの隙間から漏れ出てテーブルを温める柔らかな日差し、奥のちょっとしたカフェテリアから香る深みのあるコーヒーの匂い、そしてあらゆる所から聞こえる、ページを捲る際に生じる紙と紙が擦れ合う音。私はここで知覚する様々な事が、何よりも好きであった。

試験解放区、と呼ばれるこの街では、アニマルガールの知見を広げる目的で沢山の図書館が整備されている。東西南北それぞれに大きめの女学園もあることから、学都としてもこれくらいの数は必須なのかもしれない。私はその数多の図書館の中でも、海側にあるここが気に入っていた。窓の外にはすぐ海が広がっており、その向こう側には霞んではいるが群島の西側に位置するキョウシュウ地方やアクシマ地方、リウキウ地方を望む事ができる。

女学院の全課程を終え卒業してからは、専らここで本を読み漁る生活が続いている。読む本は大体小説であるが、偶には幼児向けの童話や専門的な学術書にも手を伸ばしてみたりもする。要するに気紛れだ。今日は久し振りに日本の古典文学を読んでいる。なかなか難解な内容の物が多いが、この系統は読み解ければ解けるほど楽しいのだ。

 

読んでいるうちにふと気になってレファレンスカウンターの上に置いてあった置き時計に目をやると、既に12時を回っていた。もうお昼か、とは思ったが、私にとってはそれだけだ。腹も減りはしないし、特別昼に見たい番組がある訳でも無い。食事を摂るよりは、どちらかと言うと今日自分自身に課した読破予定の数冊の本を読み解くという課題をこなす為、テーブルからは動きたく無い気分であったと言うのもある。

 

それから数時間が経って、二冊読み終えた、という所で窓から差してきた西日が気になった為、すぐ横にあったカーテンに手を伸ばそうとした時、私の手元に不意に影が差した。

誰かが閉めてくれたのかな、と思い三冊目に移ろうとするが、今度は視界の端に先程までは無かった何かが映り始めた。

どうも気になって本に入り込めない為、ふと顔を上げて見ると。

 

そこには一人の少女が立っていた。

 

灰色のスカートの上に所々白が差した、焦げ茶色を基調としたフードの無いパーカーの様な服を羽織っており、首回りには服と比べて明るい茶の暖かそうなファーが付いている。髪は黒。そこには黒から艶やかなピンクへとグラデーションの掛かった一本のヘアピンが着けてある。その直ぐ下にあった血色の良い顔には、如何にも自信満々です、と言った様な不敵な笑みが浮かべられていた。

私の手元に落ちた影は彼女が作り出したものらしかった。

ただまあ、私は赤の他人との交流はまるきり興味の外であったため、一瞥をくれてやると直ぐに開いた三冊目の本へと目を落とす。

が、それはすぐに妨げられた。

 

「おい、お前」

 

黒髪の少女が話し掛けてきたのだ。なんて面倒臭い、と言葉には出さずに心中で呟くと、私は徐にもう一度顔を上げる。

 

「何かしら」

「お前さ、自分の前に人が立ってるの、見て気にならない訳」

「気にした方が良かったの?なら謝るわ。ごめんなさい」

 

私は半ば儀礼的に頭を下げる。しかし彼女は今度は顔をしかめた。私からすればなかなか紳士的な対応であったのだが、どうやら彼女はそうは受け取らなかったみたいだ。

 

「馬鹿にしてんのか」

「そんな訳ないじゃ無い。だからこうして謝っているのでしょう」

「あのさぁ」

 

ここで彼女は私が座っていた卓上へと手をついた。勢いがあったため、どん、と大きめの音が周囲に鳴り響く。周りの人々はその音に反応してこちらをちらりと見たが、すぐに目を逸らした。私は溜息を1つだけ吐いて、声を少し顰めて言う。

 

「ここは図書館なのよ。大きい音を出さないで貰えるかしら」

「人間の定めた規則なんて、知るかよ」

 

人間という単語が出て始めて気が付いた。彼女の黒髪の両サイドには服とほぼ同色の羽が折り畳まれて身を潜めていた。アニマルガール、という訳だ。アニマルガールの中には傍若無人な振る舞いをする輩がいるとはかねがね耳にしてはいたが、彼女ももしかしたらその内の一人なのだろうか。

とにかくこのままでは進展は無さそうなので、私は読むつもりだった三冊目をぱたんと閉じて、改めて彼女へと向き直った。

 

「ここでは迷惑よ。話があるなら別な所で聞きましょう」

「ああ、『別な所』でな」

 

私は席を静かに立つと、三冊を手にし元の書架にしっかりと戻した。ノルマは三冊であったのだが、しょうがない。私は彼女を連れ立って外へ出た。

 

「話す場所は何処でも良いけれど、正直言って持ち合わせは少ないわよ」

「いいって。あたしも持ってないしさ。それに、話はすぐ済むぜ」

 

彼女はあそこで話そう、と図書館脇の狭い路地を指差した。場所の指定が謎ではあったが、提示されれば特に断るつもりも無い。

 

「いいわ。行きましょう」

 

彼女はそう来なくっちゃ、と頭の羽を一瞬ではあるがぶるんと震わせた。

 

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鋭く重い一発目はみぞおちの辺りに食い込んだ。

胃を強く圧迫された為、もし昼にご飯を食べていたら吐き戻していたかもしれない。

アニマルガール特有の強い脚力には成す術もなく、私は飛ばされて背後にあったポリバケツに激突した。

 

路地を話し合いの場に指定された時点で何か嫌な予感はしていたが、まさかご挨拶がわりに蹴りを入れて来るとは、全く予想もしていなかった。後頭部と腹部に強い痛みを抱えながら、私は近くのモルタルの壁に手をついて何とか立ち上がる。

顔を上げると、西日の射し込む路地の入り口に先程の少女がまたも笑みを浮かべて仁王立ちをしていた。

彼女が何故私を蹴り飛ばしたのか、その理由は分からないが、とにかくこちらに対して強い敵対心を抱いているのは明らかだ。

動けないでいる私を見て、彼女はそのままずいとこちらに向かって歩み始めた。

 

「あんた、案外頑丈じゃねぇか。大体私に蹴られた奴は、暫く起き上がれないんだけどな」

「いかにも悪役っぽい台詞、吐くじゃない」

「悪役?ああそうだ、あんたにちょっとした談判があってやって来たんだ」

「談判…?」

「なるべく近い内に、この区から出てって貰えないかな」

 

突拍子も無い願いに、私は鼻で笑って返そうとしたが、込み上げるような痛みが全身を支配していてそれもままならない。

痛みを暫く堪えたのち、私は口を開いた。

 

「嫌よ」

 

私がそう言った時、彼女は一瞬小さく顔を歪ませたが、直ぐに取り繕うようにして元の笑みに戻った。

 

「ふーん?やっぱり何か見返りが無いと駄目?」

「見返りがあったとしても、私はここを動くつもりは無いわ。もしパークの中でここ以上に図書館がある場所が有るとしたら構わないけれど、きっと無いでしょう」

「図書館、ね」

 

彼女は言った後に大きな溜息を吐き、忌々しそうにこちらを見た。

 

「…やーっぱ、腹立つなぁ、あんた」

「腹立つ…?」

「ああ、心底気にくわねぇ。目障り。あんた鳥の癖に、何人間気取ってんの?腹立つんだけどさぁ」

 

言い終わらないうちに彼女は私の胸倉を掴んだ。

 

「こっちから質問させて貰うけどさ、あんたは目的な訳?人間を装う事に、何か意味あるの?鳥は所詮馬鹿だから、人間の姿にでもなってちやほやされたいってか」

「鳥類が馬鹿というのは、あなたの偏見では無いかしら」

「はぁ?一々揚げ足取ってんじゃねぇよ」

 

彼女が胸倉を掴む力がよりいっそう強くなる。

彼女は私より身長が高いのであるが、その強靭な腕力により彼女の頭を少し超える程度には持ち上げられた。

 

「なあ教えろよ。理由によっては解放してやらないでも無い」

「ヒトの形を取っているのは私自身の意思では無いわ。事故によってこうなったの」

「なら、その事故とやらを教えて貰おうか」

 

私はまたもや言葉に詰まった。

なるべく口にしたくない出来事だった。たった一瞬ではあるが、あの時の鋭い痛みや冷たい海の中の光景が頭をよぎる。

結局答えない私に苛立ちを隠さない彼女は、また私を上へと締め上げた。

自分自身の体重も相俟って、本格的に呼吸が苦しくなった。

 

「…おい、いい加減にしろよ。正当な理由が無い限り、あたしはあんたがその姿で此処にいる事を許さない」

「…なんで、そんなにこだ、わるのかしら」

「さっきも言ったようにあんたの態度が鼻に着くんだよ。鳥の本来の姿を捨てて、人間になりきっている所が。事故だかなんだかは知らないけど、病院とかに行って治して貰えば済む話だろう」

「…やれる事は、全て、やったつもりよ。でも、結局、治らなかった。人間を気取ってる、訳じゃないわ。それに」

 

そこで不意にふわっとした浮遊感を感じ、間も無くして私は尻餅をついた。

彼女が手を離したのだ。

彼女は私を離した手を少しの間見つめてから、そして気怠そうな目をこちらに向けた。

 

「じゃあもう良いわ。あたしが戻してやる」

 

私がその意味を理解する前に彼女は私の肩をがしっと両手で掴んだ。

 

「あたしも只の馬鹿じゃないぜ。鳥系のアニマルガールの羽根が何処から出て、サンドスターが何処に蓄えられているのかも、何と無くだけれど知ってる」

 

彼女はやがて肩を掴んでいた手を私の頭、丁度こめかみの少し上の辺りへと手を伸ばした。

されそうな事は既に予想がついていた。そしてそれは、私が考える限り痛く無いわけがない。

なんとか逃れようと体を振ろうとするが、彼女の拘束が硬く身動き1つ取れない。

彼女は指の股をぴたりと閉じ、私の側頭部に突き立てた。

自分のひ弱さに急に哀しくなった。普通のアニマルガールならば、ここで解けていただろうに。

 

「おい」

 

その時、明るい路地の向こうにこちらを呼ぶ黒い影が見えた。逆光で顔こそ見えないが、その身長やがたいを鑑みるに男性だろう。

 

「何してる」

 

男性はこちらに向かって進み始めた。

彼女は短く舌打ちすると、私の肩から手をどける。  

 

「命拾いしたな、あんた」

 

完璧と言える捨て台詞を吐いた彼女は、またも私を笑みを浮かべながらじっと睨んだ。

身長差があるので対峙する際はどうしてもこちらが見下ろされる側となってしまうが、その時の眼力の強さによりその圧迫感はより増幅して感じられた。

 

「また今度会った時は、ちゃんとした姿で居てくれよなぁ。頼むぜ」

 

彼女は虹彩と翼をじんわりと輝かせながら、路地の出口の方を見やった。

 

「ちょっと通るぜ、お兄さん」

 

言い終わるか終わらないかのうちに爆風が巻き起こった。倒れてあったポリバケツから溢れていた紙ゴミや段ボールの切れ端が舞い上がる。立ち込めた砂塵に私はひどく咳き込んだ。

それと同時くらいに路地の出口の方からも低い咳が聞こえる。

 

「おい、さっき他に誰かいたよな。大丈夫か」

 

私はその声を聞くや否や駆け出した。男とは逆側にだ。光が射す大通りの方へと向かう。

路地を抜けて直ぐ右に曲がると、今度はその突き当たりにあった広場を走って駆け抜けた。

走って、走って、胸の辺りが苦しくなってきたので一度立ち止まろうとしたら足が縺れて転んだ。

 

冷静で無い。

その事は自分でも分かっていた。体力も無い癖に走って転ぶなんて、馬鹿みたい。

こんな事で動揺するなんて、心の奥の方は結局、女学院に居た時と、私が過ちを犯した前と結局変わっていないじゃない。

私は呼吸を整えて、今度は歩いて広場の出口へと向かった。この広場の前を横切る通りを越えれば、家だ。

 

緻密な模様が施された区営マンションのエントランスに立つオブジェを横目にエレベーターのもとへ向かい、自宅のある階数を押した。

整えた筈の心臓はまた鼓動が速くなっていた。

扉が開く。虚脱した心と共に中へと踏み込む。上がり始めた小さな箱の中で、彼女の言葉を反芻した。

 

[人間を装う事に、何か意味あるの?]

 

装っているつもりは無かった。つもりは、だ。

動物として生まれて、フレンズになって、フレンズとして生きているつもりだった。

けれど何処かで、私は人間になり切ろうとしていた?そんなつもりは毛頭無かったのに。

女学院に入ったのもそれが目的じゃ無い。知りたい事を、自ら考えたいから、与えられる情報に依存せずに、演繹出来る力を付けたいから、だ。

高度な教育技術を持つ人間の、その子供のする義務的な行為を決して模倣した訳じゃ無い。

しかし踏み外れていたのか?本来の目的から外れて、もしかしたらいつの間にか人間に近付く為に学んでいたのか。人間に近付くため、本を読んでいたのか。

 

いつの間にか自宅のドアの前で立ち竦んでいた。橙色の日差しが目に燃えるように差していた。

ハッとしてドアに向き直る。落ち着こう。まずは入ろうと、鍵を差し込んで回す。ガチャリと音がしたのを聞いて、ノブを回す。が、開かない。

あれ、と思った。鍵を掛け忘れてしまったのか?いや、少なくともここを出る前の私は正常だった。そんな事は有り得ない。そうなると考え付くのは一つか。

もう一度鍵を回して解錠する。いつもより重いドアを開けて入ると、廊下の奥のリビングへと通ずる開け放たれたガラス戸から馴染みの顔が覗いた。彼女は試験解放区の職員。私の身辺管理を担当している。今日は定期面談の日であったか。これ程大きな事を失念するとは、私はやっぱりおかしい。

 

「あ、お帰り!いっつも家にいる時間を見計らってちょっと前に来たんだけど、居なかったから勝手に入っちゃったよ」

 

彼女ははきはきと話す。当の私は上の空だった。

玄関口で立ち竦む私を見て、不思議に思ったらしい彼女は上がり框まで歩いて来た。

 

「…どうしたの?もしかして具合とか悪かったり」

 

正直何かを話したい気分では無かった。話す事も無かった。彼女の言う通り、具合が悪いと言う事で取り敢えずこの場をやり過ごそうと考えた。

 

「そうね…頭痛がして…」

「それじゃあ、早く休まないと!とにかく靴脱いで上がってよ!」

 

彼女は手を伸ばして私の腕を掴んだ。その瞬間、体が電流を受けたかの様にびくんと跳ねた。手の温もり。服を越してじんわりと染み渡るのを強く感じた。

そして強い嫌悪感を感じた。出来損ないが優等生に同情された様な、献身対しての違和感と共に押し寄せた。私は身を強く引いて縮こまった。

 

「触らないで…人間が…」

 

彼女は表情を引きつらせた。

そして気付いた。平生の私であれば決して言わない様な言葉を口走った事に。

私の方が酷く狼狽した。

また私は信頼出来る筈の人に、そんな事を。

4年前と何も変わらない。他人の気持ちを汲めやしない。

無意識のうちに温い涙が溢れて頰を伝う。それを隠すようにして私は、冷たくなった手で顔を覆った。

 

いつのまにか彼女は私の横に来て、屈むようにして私を見ていた。さっきあんなに酷い事を言って突き放してしまった以上、恐ろしくて顔を向けられないでいた。

 

「何かあったんだね…?中で話を聞くよ」

 

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「…つまり、図書館で本を読んでいたら、見知らぬアニマルガールに路地裏に連れ込まれて、恫喝された…って事?」

 

私から一通り事の経緯を聞いた彼女はそう言った。要約して話されると、改めてその違和感と不条理さを感じる。

 

「大体合っているけれど…彼女が迷わずに私の元に来たと言うことは、つまり事前に十分調べ上げていたと言う事よね」

 

噂が耳に届いていたとしても、容姿を知らなければ訪ねようがない。

 

「まあ結構特徴的だしね。髪の色とか、髪留めとか…」

 

言いながら自分の髪を手で搔きよせて目の前に持ってくる。金色に近いブロンド。自分の本来の姿とは関係性の薄い派手な色合いだ。その代わり髪留めは基部が桃色で先端が黒く、申し訳程度の元動物要素が練り込まれている。

 

「私が人間に近い様子をしている事が気に食わなかったらしいわ」

 

何人間気取ってんの、とあの時あのアニマルガールはそう言っていた。

 

「今度会った時はちゃんとした姿で居てくれ、とも言われた」

「それってつまり、もう一度来るってこと?」

「多分」

 

明確な根拠は無いがあの口ぶりから言えばそうだろう。私の事を心底嫌っている、と言うよりは憎んでいる感じがした。何か特別憎まれる事をした事があっただろうか。記憶を探るが見当たらない。

 

「随分と嫌われていたわね、私は。でなければ、蹴る、胸倉を掴む、なんて初対面でしないもの」

「ん…ちょっと待って。恫喝だけじゃなくて暴力も振るわれたの!?」

「人目のつかないくらい路地裏に連れ込んでする事と言ったら、大体そうでしょう」

「早く言ってよ!今手当てするから…」

 

彼女は言いつつ部屋の救急箱が置いてある棚の元へ走っていった。大した事は無いから大丈夫、と声を掛けるが、そんな訳ないでしょ、と鋭い声が返ってくる。

救急箱を抱えて戻ってきた彼女は私の座る椅子のすぐ横のフローリングにしゃがみこみ、箱を開けて手当ての準備を始めた。

 

「痛いのはどの辺?」

「腹部と臀部」

「どんな感じの痛み?」

「全体的にはずきずきとした感じね。外じゃなくて中からの」

「じゃあ、お腹を蹴られた感じかぁ。とにかく、手当てするから脱いで!」

「それ程の怪我ではないわ。これで十分。」

 

包帯と保冷剤を持ってやる気まんまんと言った表情を浮かべている彼女を横目に、私は箱の中の湿布を二枚取った。実際腹部の痛みが強く、湿布一枚でどうにかなるようには到底思えなかったが、まあ無いよりはマシだ。

それに、こんな事で彼女の手を煩わせたくは無い。

 

「駄目だって!内出血を起こしているかもしれないし、打ち身の腫れと炎症を抑えるには圧迫、冷却を…」

「私はアニマルガールよ。他の人間とは治癒能力が違うわ。これ程度の怪我であれば、1日もあれば治せる」

「嘘をつかないで。そうじゃ無い事を一番知っているのは、あなたでしょ?」

 

私を見つめる目は真っ直ぐで鋭かった。見透かされている事は直ぐに分かった。強がっている事は、とうに知られている。

そう。私は自分の怪我を急速に治癒することなど出来ない。そんな芸当が出来るのは、翼や耳や尾や鰭を持った、「完成した」アニマルガールだけの話だ。体内の、あの正体のよく分からない謎の物質の、扱い方をよく知っている。未完成で投げ出された私はそんな事は出来ない。出来る訳がない。分かっていた。

耐えきれずに彼女に尋ねる。

 

「…どうして、そんなに献身的なの」

 

ずっと気になっていた質問だ。彼女が私の健康管理のために担当飼育員として着任した時からずっと。

聞いた話によれば、本土の大学の獣医学研究科で優秀な成績を積み重ねた彼女は、本来行くべきであった獣医の道を投げ捨てて、このパークの試験解放区特殊動物飼育員への就職を志望したという。家族の強い反対を押し切って、動物やアニマルガールとの交流を望んだ彼女が、本当にこんな人間とも動物ともアニマルガールとも言えない中途半端な私の元に来て良かったのか。

 

「あなたは、私に尽くすべきではないわ。さっきの私が、私自身の本性なのよ」

 

先程彼女に発した酷い言葉を思い返しながら言う。自分の分際でよく言えたものだ。たった今まで人間を装っていた偽物が、目標としていた生物を拒絶して良いのか。

良いわけがない。

馬鹿だな、と思った。どうして私は、いつも、こんな。

 

「もういい。もう良いのよ。あなたは私じゃなくて、別のフレンズの元に行くべきだと、私が強く思うわ」

 

同じ道を辿っている、と気付いていた。あの時と全く変わらない。

私は自らの手で、人を引き離すのだ。自らの過ちで、人の信頼を失うのだ。

私は人間が親しみを込めて呼ぶ「フレンズ」にはなれない。アニマルガールであっても、決してフレンズ呼ばれる存在では無い。私の元を離れ、かつて彼女が夢見たフレンズとの交流を果たす事が、何より彼女のためになると思っていた。

 

「だから…」

「良い加減にしてよね」

 

不意に彼女の言葉が遮った。

急の事に私ははっとして顔を上げる。

 

「あなたは私を自分から引き離す事が私にとっての何よりの幸福であると考えているようだけれど、それは違うよ。そしてその行為は、私にとって一番の侮辱となるわ」

 

思わぬ返答に私はたじろいだ。侮辱とはどういう事だ。

 

「私はこの数年間、あなたと上手くやって来たと我ながら思っている。辛い時も、楽しい…いや、あなたが楽しいと思っているかは定かでは無いけれど、しっかり面と向かって付き合って来た。そしてそれに費やした時間は全て、価値があると思えるわ」

 

私を見据えた瞳は動かない。

 

「翼や尻尾だけが動物の取り柄じゃ無いでしょう」

 

彼女は続ける。

 

「私は動物が好きだから、アニマルガールと触れ合ってみたいからこの役職を志願した。私が見て、聞いて、知りたいと願ったアニマルガールからあなたが除外される事なんてあってはならないよ。少なくとも私はあなたを『フレンズ』と見做して、付き合って来た」

 

「今まであなたのバックアップをして来た事は、私に取っての喜びよ。あなたは気付いてないかも知れないけれど、最初に比べてあなたは心を開いてくれるようになった。初めはまるで氷の様に冷たくて、口もあまり聞いてくれなかったでしょ」

 

「私はどうやったら仲良くなれるか、パークにあるあなたのパーソナルデータや関連資料を持ち出して、調べ上げた。趣味が無い事を気にしていたから、読書を紹介した。コミュニケーションが苦手だったから、私が持ちうるだけのコミュニケーション技術を教えてあげた。ご飯あんまり食べないから、ジャパリまんだけに偏らないように献立を考えてあげた事もあったっけ」

 

「私自身も沢山の事をあなたに教わったわ。私が知らなかった作家の作品を薦めてくれた。渡り鳥の生活が実際にどうなっているのかを語ってくれた。空から見た景色はどんなものなのかを知る事が出来た。私達はお互い教え教わってきたでしょ。それは、こう言えば滑稽かも知れないけれど、少なくとも掛け替えのない物だと私は考えているよ」

 

「私があなたから離れる事は、幸福では無い。悲しみ、苦しみ以外の何者でも無いわ。これまでの時間はどうなるの。私が何よりもやり甲斐を感じていたこの生活は、無かった事にされてしまうの?あなたをサポート出来る事を誇りに思っていた私は否定されるの?あなた自身の否定は、私自身の否定でもあるわ。これは私だけじゃなくて、試験解放区で今働いている飼育員に全て当てはまる事であると、そう信じている。自分を卑下して、貶める事はすなわち私達のやり甲斐を、労苦を無下にすると言う事なの」

 

「あなたが私に出て行って欲しいと言うのならば、私は拒みません。私はあなたの思いを尊重したいから。アニマルガールを尊重する事は本来、飼育員の務めであると思うから。だからどうか、今だけは本当の事を聞かせて」

 

彼女は火照った両手で私の両手を包み込む様にして握った。じんわりと体内に熱が染み入って行くようだ。

私は返答に窮した。重荷になっていると思っていた自分自身が肯定されてしまうと、何も言えなくなってしまう。浅い考えを抱いていた自分を責めたくもなった。

 

「お願い」

 

彼女は変わらない瞳で私を見つめたまま言った。

頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。混乱していた。何か言えそうに無い。

でもここで。

ここで何も言えずに彼女を手離して仕舞えば、私はまた、過去と同じ様に後悔する事になる。同じ過ちを犯したくは無い。もう、沢山だ。

そうして考えが纏まらないうちに、いつの間にか口が先に開いていた。

 

「嫌だ」

 

嫌。

本心だった。

 

「嫌…私を置いていかないで」

 

「それは、本心なの?私に言われて流されたのでは無いのね?」

 

私は声も出せずに頷く。

 

「私は…私は、今まで、ずっと、強がっていた」

 

「強がって強がって、いつも口を開かずに冷静沈着を装っていれば、事が上手く運ぶと、そう確かに信じていた…それが、それが私にとって一番良い処世術だった」

 

温い涙が頬を伝って行くのを感じた。私は続ける。

 

「そんなのは意味が無いって、とっくに気付いてた…知ってたけれど、変えられなかった。女学院の時から、陰で何かを言われていた事には、気付いていたの。けれどそれを指摘して、更に身の回りから人が離れて行ってしまったらどうしようって思って、それで…それで私は終ぞ言う事はなかった。」

 

「どうして翼も尾も無い人間がこの学校にいるんだって、そう言う目を何度も向けられた。周囲から向けられる奇異の目。私は何とか耐え切った。でもその代償として、私の心には大きな壁が出来てしまった。常に冷静で論理主義的な人物の仮面と組み合わせて、心が外界と直接接する事を避ける様になった。」

 

「壁が厚すぎて、私自身が自分の本心に気付くことが出来なくなっていたの。あるいは無意識のうちに無視していた。余計な事を口にしなければ、他人を傷付ける事なんて無い。冷静で知的な事を言えば、きっと他人に信用されると思っていた。あわよくば他人に好きになって貰いたかった。感情表現が苦手な本性もあって、仮面を被っている事に苦痛は無かった。私はかつての自分と決別をして、いつの間にか人間に歩み寄ろうとしていた」

 

「でもそれがある時裏目に出た。正しい事が必ずしも相手の心に響くと思っていた私は、何も知らずに、平然とかつての飼育員さんに、幾度となく辛辣な言葉を投げかけてしまった。彼は所々不真面目ではあったけれど、それでも今思えば、私に尽くしてくれていた。女学院への入学を薦めてくれたのも彼だった。あのパブを教えてくれたのも、彼だった。だけれど私は、彼の事を慮る事はせずに、彼のプライドを、深く傷つけてしまっていた」

 

「その事に気付けたのは彼がいなくなった後だった。自分のせいであったと気付いて、絶望した。同時に深く反省もした。相手の気持ちもしっかりと考えられる様に努力した。辛辣な物言いもなるべく避ける様にした。けれど、私は結局、仮面を剥ぐ事は出来なかった」

 

「もし外して自分を出せば、忽ち嫌われると思っていた。彼が辞めた事で、他者に拒絶される事を今まで以上に恐れるようになった。だから自分を曝け出すことなんて、出来るわけが無かったの。初めは女学院を卒業したら外そうと思っていた。けれど今の今まで結局ずるずると付け続けて、外せないままでいた」

 

私は懺悔を続けた。懺悔と言えるかは分からないが、今までひた隠しにしてきた本当の自分を伝える事は、それなりに勇気のいる事で、今私が彼女に示せる最大限の事だった。

涙は止まらない。しゃくりあげる様になって後半が上手く伝わったかは定かでは無いが、彼女は真剣に私を見据えたままでいた。

 

「…私にとっても、あなたと過ごしてきた時間は、掛け替えの無いものだわ。手放したくなんか無い。もっともっと、ずっと、一緒にいたい…」

 

私は彼女の手を強く握った。

 

「どうして…?どうして私だけこんな…皆と違うの?私だって、もっと他の人間や、アニマルガールと話がしたい。私だって、普通に食べて、普通に笑って、普通に空が飛びたいのに」

 

「なんで…どうして…私だけ…」

 

言っても仕様がない事は分かっていた。でもそんな事はもう、どうでも良かった。久し振りに自分の心の声が聞けた事が、嬉しかった。

多分まだ心の壁は破れていない。仮面も全部剥げていない。でもそれでも、今までより数歩は、進めた気がした。

 

気付くと彼女は直ぐ横まで来ていた。

私はゆっくりと体を彼女の方に向けて、そして体を預けた。つまり抱きついた。とにかく今は、他者の温もりが欲しかった。

自分を理解して、受け止めてくれる器が欲しかった。

 

「…話してくれて良かった。辛かったでしょ。ごめんね」

 

私はいつの間にか嗚咽を上げるくらいには泣いていた。ただ身を彼女に委ねて泣いた。辛いけれど気持ちが良かった。初めて心と心が触れ合った様な気がした。

 

「…ねぇ」

 

暫くして私は涙を拭いながら彼女に言った。

 

「なに?」

 

「少しお腹が空いてしまったから、何か食べに行かない?」

 

「珍しいね。いつもなら『ジャパリまんは完全食だから、これを食べれば必要な栄養素は摂取出来るわ』とかなんとか言ってるくせに」

 

彼女は似てない声真似で私をからかった。

 

「だって、泣くのは案外、エネルギーを消費する事なのよ。…それに、もう一つ話しておきたい事があるの」

 

私が真意を確かめなければならない事が、確かに一つまだ残っていた。

 

 

 

 

+イトヨ[製作中]-

イトヨのフレンズ:メモ

 

性格とか:

・基本的には明朗快活な性格

 

・コミュニケーションを得意とする→川だけでは無く海にも出て行き、回遊を行うことから(近縁種のハリヨは淡水内で一生を終える)

 

・硬い食べ物が好き→若い個体は甲殻類を主に食すことから

 

・春夏が好き→産卵期が春夏の事から

 

・試験解放区はあまり好まない。シンノウ平野内の冷涼な地域が好き→澄んだ冷水の環境が好むことから

 

・普段は友好的ではあるが、赤い物を身につけているようなフレンズや人間には警戒心を示す→雄のイトヨが繁殖期に腹部の婚姻色を持った他のイトヨに対して攻撃的になる生態から

 

・赤い物を避けたがるので、どちらかというと寒色系の装飾物などを好む

 

・信じ込みやすい性格→赤色ばかりに目を取られて、形が一切似ていない模型にも攻撃を仕掛けることから

 

・あまり住処に他者を招こうとはしない→縄張り意識が強いことから

 

・興奮したり嬉しい事があったりすると左右に体を振る癖がある→雌を誘導する際に行うジグザグダンスより

 

・武器として三叉槍を持ってはいるが基本使おうとはしない→トゲウオ科特有の背びれと尻びれにある棘から(大体2~4本あるが普通は3本)(実装未定)

 

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●下書き

 

動物名:イトヨ(Gasterosteus aculeatus)

 

愛称:クレア

 

所属:リバーパークシンノウ

 

管理権限:1

 

容姿:

 

アニマルガール概要:

彼女はホクリク地方に位置する淡水族館、リバーパークシンノウ内を通るとある二級河川の河川敷で川の中を覗き込んでいるところを館員によって発見されました。

発見当初は近付いた館員に対して少し怯えている様子で、ただ臆病という訳ではなく、状況を説明すると落ち着きを取り戻しました。

本館での同定作業を終えてからは、彼女たっての希望により、戸籍がリバーパーク内の渓流ホテルに移されました。敢えてこの場所を選んだのは彼女が身体的・精神的に研究開発区よりも自然に囲まれている場所の方が落ち着くからであり、開発区に居る時には検査の際には確認されなかった喘息様の咳をしていました。

 

彼女は基本的には快活明朗な性格であり、他者とのコミュニケーションを得意とします。基本的には前述の渓流ホテル内で業務の手伝いをしていますが、都市部を除き、よくリバーパーク内を散歩して回っています。彼女の身辺管理をしているホテル従業員によると、規則を厳格に守る傾向にあるようで、どんなに遠くに行ったとしても従業員が設定した門限までには必ずホテルに戻って来るそうです。このため、彼女の外出はよほどの事が無い限り制限されません。

フレンドリーな側面も多い彼女ですが、ホテル内に与えられている自室には何人たりとも招き入れません。どんなに親しくしている同僚のフレンズや従業員でも、踏み入れようとするとフレンズ化の際に一緒に生成された三叉槍で威嚇します。実際に刺す事は彼女の性格上ありませんが、一度誤って従業員の手に小さな傷を付けてしまった事があり、その時には彼女は泣いて謝っていました。

 

また彼女は硬い食べ物を好みます。これは恐らくイトヨの若い個体が小型の甲殻類をよく捕食する事から来ていると考えられ、鮭とばやビーフジャーキー、さきいかなど酒のあてを与えると喜びます。以前従業員がケーキを買ってきて与えた事がありましたが、少し難色を示したため、柔らかく甘いものはあまり好まないのかも知れません。

 

彼女は癖なのか、何か興奮したり嬉しい事があったりすると体を左右にくゆらす事が有ります。その度従業員が指摘するとハッとして恥ずかしがり、動きを一度は止めますが、またいつの間にか動き始めてしまいます。これはイトヨの求愛行動でもあるジグザグダンスに起因していると考えられ、本能の一部でもある事から無理に止める必要は無いと思われます。

 

特筆すべきことは、何か「赤い物」に過剰に反応するという事です。

基本的にフレンドリーで温和な彼女ですが、何か赤い物を見かけると激しく反応します。この時の反応は、びっくりして怖がるというものではなく、その対象物に対して強い敵対心を顕すという所です。

今までで反応を確認したものは様々です。初めはホテルに郵便物を配達しに来たパーク郵政局の赤い車を見るやいなや配達員に槍を構えて道を塞ぎました。その場は従業員が後ろから彼女の目を落ち着くまで塞ぎ、その隙に配達員を行かせて事無きを得ましたが、止められなかった場合は危害を加える事になっていたかも知れません。

研究施設での検査では、その反応の程度が対象物の色の濃さと大きさに比例するという事が判明しました。車の様な大きな物が赤色をしていれば、彼女は激しい敵対心を示します。また手乗りサイズの物であっても、色がビビットな赤である程激しく反応する傾向にあります。現に一度、ミズガシ果樹園から直送された宿泊客に提供するための新鮮な林檎を目にした時も、強い警戒心を示しました。

この事から、彼女を出来るだけ鮮やかな赤から引き離す必要があると思われます。彼女の不在時に気づかれぬ様少しずつ赤い装飾品を減らしていった事により、今は室内の調度品全てが寒色系に統一されているものと思われます。

彼女が危害を加えるのを防ぐために、ホテル内の物も出来るだけ寒色系、または色が暗い暖色系に統一されました。

 

何かを信じ込みやすい、という特徴もあります。

一度吹き込まれた情報を固持しようとする側面があり、その後の他者の意見をあまり積極的には取り入れようとしません。この性格により失敗する事も多々あり、その度に従業員から注意を受けています。本人はその様な事が無いように常々気を付けているつもりですが、体を揺らす癖と同様に治る気配はありません。

同定の段階で一度ハリヨのフレンズだと間違って伝えられた事があったため、その後イトヨだったと訂正が入った際もなかなか信じようとはしませんでした。

 

 

野生解放:“Led Red”

直訳すると「導かれた赤」。過去に郵政局の車を見た際に発動されたものと考えられています。従業員が目を塞いで視覚を遮断したため野生解放を用いての行動は行われませんでしたが、恐らく一時的に身体能力を向上させる事が出来るのでは無いかと思われます。

 

動物紹介:

イトヨ(糸魚 学名:Gasterosteus aculeatus

分類:トゲウオ目トゲウオ科イトヨ属イトヨ

分布:北半球の亜寒帯に広く分布。日本では山口県、利根川以北に分布。

保全状態評価:環境省レッドリスト(2007年度版)において、イトヨ太平洋型とイトヨ日本海型が「絶滅のおそれのある地域個体群(LP) 」に記載される。

別名:ハリウオ、ハリサバ、トゲチョなど

近縁種:ハリヨ(Gasterosteus microcephalus

 

解説:イトヨはトゲウオ目トゲウオ科に分類される魚。体長は10cmほどで、左右に平たい。背中には背びれの棘条が3本離れて発達し、さらに腹に2本、尻びれ付近にも1本とげがある。うろこはないが、トゲウオ科特有の鱗板が体の側面に並ぶ。体色は褐色だが、成熟したオスは体が青っぽくなり、のどから腹部にかけて赤色の婚姻色を発現させる。

若い個体は群れで生活し、小型の甲殻類などを捕食して成長するが、婚姻色を発現させたオスは縄張りを作り、同種のオスを激しく追い払うようになる。同時にオスは縄張り内の川底に穴を掘って水草の根などを集め、トンネル状の巣を作り、メスを誘って産卵をおこなう。オスは産卵後も巣に残って卵を保護する。

繁殖期のオスに様々な模型を近づける実験では、たとえ形が似ていなくても体の下面が赤ければ攻撃行動を起こす。この習性は本能行動の例として知られ、教科書などにも登場する。


 

+新小笠原群島生成に関する一考察(ヘッドカノン)(しゅみ)-閉じる

~現実の地形的背景について~

新小笠原群島の形成中心となった西之島は1702年、スペインの帆船によって発見される。
西之島
  ・
  ・
  ・

〇西之島について

旧島部分は波などによる侵食作用で1973年に「有史以来初めて噴火」してから、年間60~80cmの速さで海岸が後退。
⇒かつて:面積0.07k㎡
 1999年時点(噴火後):面積0.29k㎡(新島含む)(形状安定期)

そして2013年に、旧火口西方の火口が噴火し、40年ぶりに新しい陸地を形成する。
→面積が大きく拡大。旧島を新島が飲み込む。
⇒8月24日の観測では総面積約3.0k㎡

◎西之島の溶岩は何故か安山岩質

→安山岩は主に大陸地殻を構成している。
 西之島に対して、伊豆諸島では玄武岩質の溶岩が見られる。
         ⇓
 大陸形成に関わる謎を解く切っ掛けとなるか?

          ・
          ・
          ・
      2018年現在は沈静化

ここでJGP時代設定時系列年表(ヘッドカノン)を参考にした時、
2015年には火山群島が小笠原諸島に発生…とある。
が、基本カノンになっているジャパリグル―プについてには「西之島新島が2017年以降に急激に成長」とある為、併せて考えてみると、

2015年:この年に現在の西之島付近に新島が発生(現実世界より二年遅い)

2017年:燻っていた火山活動が一気に活発化し、キョウシュウ地方にあたる新陸地の形成を開始

という流れも有り得ると思われる。(基本カノン重視)

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§2017年以降のJGP世界線での動き(予想)(暫定)

2015年某日:西之島の南東に新島誕生
     →ここでは現実の新島形成の情報に合わせて、
      南東約500mで噴火、最大幅150m程度の島が生成されたと仮定する。
      同時に溶岩流の噴出により面積拡大開始。

36日後:新島が西之島(旧島)に結合。
   →旧島を飲み込む

約7ヶ月後:複数の火口が噴火を繰り返し、従来の島の大部分は溶岩に覆われる。
     →東西約1550m、南北約1070m、高さ75m(仮定)

約1年と4ヶ月後:火山活動が縮小傾向となる。
       →この時に丁度新島誕生から2年。⇒2017年?
        噴火は続くが、溶岩の流出等は収まる。
        東西約1900m、南北約1950m(仮定)

数ヶ月後:噴火後初となる調査団の上陸…………………現実では2016年10月20日
    →(時系列上では2015年に実地踏査が行われていたが、活動中は極めて危険であると思われたのでこのヘッドカ
     ノンではこちらに移動)
     外来種を持ちこまないように日本動物保護研究所の研究員含めた調査団が、沖合約30mから泳いで上陸。
     カツオドリなどの海鳥が確認された。

???:火山活動の再開
    ストロンボリ式とブルカノ式の噴火を繰り返していたが、やがてブルカノ式の回数が多くなり、溶岩の粘性も高
    まる。また同年には過去最大級の噴火も見られ、測量用飛行機や無人飛行機を用いての観測も、安全のために一
    時中断される。
    これに伴い、気象庁が入山規制を発令する。

???:火山活動の広がり
    この年の初めから夏にかけて硫黄島の地震活動が活発化。
    島全体の隆起量が著しく増加するのと同時に、北東沖で大規模な変色水域が確認される。
    この島全体の異常報告を受け、気象庁は噴火警戒レベルを3の「入山規制」にまで引き上げる。
    島に常駐していた自衛隊員は島外への一時避難を余儀なくされたが、避難から数日後には地震活動はやや低下傾
    向となり、変色も消失。その後は火山性微動も観測されたが、その回数も低調となり、これに合わせて気象庁も
    噴火警戒レベルを1に引き下げる。

???:

+お正月tale[済]-

バン。突如として玄関のドアが開く。正月の朝から何事か、と私は思ったが、尋ねてきた相手は大体検討が付いている。

 

オグロシギ:シシギーーーーーーーーーーーーーッ!あ・け・お・め!!

 

オオソリハシシギ:……新年早々あなたは煩いわね。インターフォンを押す、いや、せめてノックしてから入るというのが世の常識というものよ。

 

明けましておめでとう御座います、をあけおめと略されたのも少々気にはなったが、きりが無いので敢えて指摘はしない。

 

ロシギ:何だよ、その言い草は。お前が鍵掛けてないのが全部悪いんだろ~

 

シシギ:あなたのような馬鹿が新年早々闖入してくるとは考えもしなかったからよ

 

ロシギ:相変わらず言い方がキツいなシシギィ、もっと気楽に行こうよ!

 

シシギ:………

 

いや、違う、こんなやり取りをしている場合では無いと思い、私はすっくと席を立って台所へ向かう。

 

ロシギ:何処行くんだよ

 

シシギ:台所よ。おせち料理、食べるでしょう?

 

ロシギ:えっ、作ってくれるのか!?

 

シシギ:まあね。折角の正月なのだから。何も無いというのも淋しいしね

 

ロシギ:何だよ~、今日はいつになく優しいなぁ、こいつこいつぅ

 

シシギ:離れなさい

 

背中に引っ付き小突いてくるオグロシギを無理矢理引き離し、改めて台所へと向き直る。

 

ふむ。

 

おせち料理と言うものは、基本的に祝い肴、焼き魚、酢の物、煮物の四つで構成されると、かつて解放区内の図書館で読んだ文化伝承に関する書籍に書いてあった。元を辿れば季節の変わり目である節句に神前に御供えする料理らしく、無宗教で無神論者である私からすれば作る必要は無いようにも思えるが、まあふと気付いた時に神頼みのような事をしてしまう時もあるからたまにこういうのも良いのかもしれない。

 

シシギ:あなたは、どう?おせち料理は食べた事はあるのかしら

 

ロシギ:食うっていうか、生まれてこの方見た事無いな。話には聞くけど…

 

シシギ:成る程ね…

 

ならば無難な献立を選ぶに越した事は無い。今日の事を考えて大晦日前に既にあらかたの材料は買い揃えて置いたものの、肝心の献立が決まっていないのだ。

 

ロシギ:でもさ、お前が料理作れても入れ物どうすんだよ。普通の皿に盛り付けるわけじゃあ無いんだろ。

 

シシギ:心配の必要は無いわ。既に有るもの。

 

アニマルガールが居住するマンションやアパートには必ず日々の生活で使う分の食器類が予め用意されている。これはパークの配慮だ。私はその事をここに転居する際に聞かされていたので、到着して直ぐに全ての棚を検めたところ、一つの組重が見つかったのだ。何故?

 

ロシギ:なんだか変な話だな、そのくみじゅう?だか何だかが既に用意されているなんてさ。

 

シシギ:たまに普通の感覚とずれた所があるのよ、このパークには。

 

ロシギ:ふーん。じゃあ早い所献立を決めようよ。あたしも手伝うからさ。

 

シシギ。そうね、じゃあまず一の重から…

 

一の重。これは比較的決めやすいのではないか。飲酒が出来ない子供の為にもここには甘い料理が盛り合わせられる。また一番上の重でもあるため、彩り華やかにしなくてはならない。

 

シシギ:黒豆に数の子、田作り、蒲鉾、栗金団、それに伊達巻きがあるはずね。

 

ロシギ:どれも聞いたことのない食べ物だな。

 

シシギ:御祝いの席で食べるものだもの、アニマルガール中でも食べた事がある者は限られるわ。

 

ロシギ:甘いのは?

 

シシギ:そうね、黒豆と栗金団、伊達巻きといった所かしら。

 

ロシギ:じゃあそれらは欠かせないな。

 

シシギ:あなたは甘党だっけ?

 

ロシギ:違うけど。でも甘い物は正義だろ。

 

シシギ:おめでたい頭ね。正月だけに。

 

ロシギ:ひでぇ奴だな。

 

という訳で一の重にはオグロシギの希望通り黒豆・栗金団・伊達巻きの甘い物3コンボに加え、鮭の昆布巻きと蒲鉾、田作りに数の子を入れる事に決まった。

この内大体の物は解放区内のスーパーで完成済みの物を買ってはいたが、黒豆と田作りと昆布巻きを買うのをすっかり失念していた為、これらは作る他無い。

 

シシギ:じゃあまず田作りね。イワシの幼魚の佃煮の事よ。片口イワシはあるからこれを使うわ。

 

ロシギ:そういえばおせち料理の献立にはそれぞれ何か意味が有るって何処かで聞いた事があるな。

 

シシギ:そうね。田作りの場合、江戸時代に田んぼ作りの高級肥料として片口イワシが使われたから、豊年豊作が祈願されているわ。

 

冷凍庫を覗き込みながら私はそう解説した。そこから冷凍された片口イワシが入った袋を取り出す。年末という事もあり安くなっていた物だ。

 

シシギ:先ずは炒めるわね。

 

フライパンにイワシを入れ、弱火で炒っていく。かつての女学院在籍中に家庭科の授業で調理実習があったし、例のパブへの就職後も練習をした事があるから、ある程度の料理の心得はあるつもりだ。  

暇になって、台所脇の壁にもたれ掛かって手遊びをしているオグロシギに呼び掛ける。

 

シシギ:あなたはその間、絡めるたれを作って貰えないかしら。

 

ロシギ:よし来た。

 

シシギ:材料は全てそこにあるわ。醤油、砂糖、酒、みりん。それらを鍋で火にかけて煮詰めるのよ。

 

ロシギ:うっ、火かぁ…やってみるけど。

 

オグロシギは私が指示した通りに鍋に調味料を入れ、火をつけ煮詰め始めた。少しへっぴり腰ではあるが仕方が無い。指定した分量で入れさせたので味の方は問題が無い筈だ。たぶん。

両者とも完成したので、その後はたれを先ずボウルに入れて、私が炒ったイワシをそこに混ぜる。よく絡め合わされば完成。

 

ロシギ:ふぅ~…一個作るのにも案外体力使うもんだな、これ。 y

 

シシギ:そうよ。あなたももっとこの作る側の労苦というものを知るべきだわ。

 

ロシギ:あたしは食う専門だよ。

 

シシギ:あと火にびびり過ぎね。物凄い体勢になっていたわよ、あなた。

 

ロシギ:しょ、しょうがないじゃん!火は動物にとって最大の恐怖の一つだろ!

 

シシギ:分からないわ。

 

ロシギ:分からねぇだろうな…

 

さて、次は黒豆だ。これは煮るのに多くの時間を要するので、早めにやっておくのに越した事は無い。私は黒豆と砂糖、濃口醤油を取り出して台所に置く。

 

ロシギ:これもなーんか意味が含まれてんの?

 

シシギ:そのまま、“まめ”に暮らせるようにという願いが込められているわ。で、これを作るにあたってあなたにお使いを頼みたいのだけれど…

 

ロシギ:おう、何だよ。言ってみろ。

 

シシギ:錆びた釘が欲しいの。この部屋には生憎そんな物は無いからね。出来れば5、6本程欲しいわ。

 

ロシギ:はぁ?何に使うんだよ、そんなもん。

 

シシギ:黒豆に色を付けるにあたって欠かせないのよ。鉄鍋や表面を削った釘を使うという方法もあるけれど、うちには鉄鍋も削る為の道具も無いしね。

 

ロシギ:とにかく何処からか持って来れば良いんだな?

 

シシギ:そうよ。これが無いと上手く色が付かないから宜しく頼むわ。私はその間昆布巻きを作っておくから、頼むわね。

 

ロシギ:はいよっと

 

オグロシギはベランダに出て手摺に手をかけると、そのまま跳び箱を跳ぶ様に自分の体を強く押し出して飛んでいった。

全く、羽根があると良いのも羨ましいものだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ロシギ:それにしても、錆びた釘なんて何処にあるんだ?皆目見当もつかないぞ。

 

先程からヒトの歩かない場所を低空飛行しているが、なかなか見つからない。これはあれか、探すと逆に見つからないパターンか。

 

ロシギ:…聞き込みするか。

 

こういう時には持ち前のコミュニケーション能力を発揮しなくては。

 

ロシギ:よっ。あんたは何のフレンズ?

 

とにかく見かけたアニマルガールに声を掛けてみる。

 

ピクス:あなたは…?ああ、同じフレンズね。

 

ロシギ:時間あればちょっと聞きたいんだけどさぁ、この辺で錆びた釘を見なかった?てかお前大きいな…

 

ピクス:む…随分と失礼ね。錆びた釘?そんなものここら辺で一度も見かけた事無いわよ。ここは通学路にもなるし、パークがちゃんと整備してるからね。

 

ロシギ:むぅ、そうかぁ…あるかなぁと思ったんだけど。

 

ピクス:何に使うか分からないけれど、そういう釘は普通もう使えないものだからゴミ捨て場とかにあるんじゃない?

 

食べ物に使う釘をゴミ捨て場から調達しても良いのか気にはなったが、行ってみるに越した事はない。

 

ロシギ:なるほどね。サンキュー!また何処かで会おう!

 

ピクス:ち、ちょっと、名前くらい言いなさいよ!もーーー!

 

ぶつくさ文句を言う何かのフレンズを後にして私はその場を飛び去った。

早いうちに見つけて帰らなければ、オオソリハシシギに叱られてしまう。私はとにかく近場のゴミ捨て場を西の方に向かいながら手当たり次第に探し回った。

 

アン:ん?あなたはもしかして、鳥のフレンズ?ゴミ捨て場を漁っているという事は、カラスのフレンズね!

 

ロシギ:おいおい失礼だな。あたしはれっきとした渡り鳥のフレンズ、オグロシギよ!

 

アン:違ったかー、ごめんね!私はアネハヅルのフレンズ、アンよ!

 

ロシギ:よろしく、アン。ここら辺で錆びた釘を見かけなかった?あたしは今それを探してるんだけどさぁ。

 

アン:錆びた釘?ここらでは見た事無いわね。何に使うの?

 

ロシギ:それが私もよく分からないんだよなぁ。なんか色をつけるため?とかなんとかで駆り出されたんだけどさ。そっか、知らないかぁ…

 

アン;港近くの廃材置き場になら落ちてるかもよ。丁度学校も休みで暇だったし、釘探し付き合ってあげようか?

 

ロシギ;いや、良いんだ。それに港近くまで行っちゃうと時間無くなるし…

 

アン;そんな事ないわ!何のための翼なのよ、さあ行くわよ!

 

アンの虹彩が薄っすらと光り、背中から大きな翼が展開される。私の手を握り、飛び立つ姿勢を取る。

 

アン;さあ、一気に8000mまで行っちゃうんだから!

 

ロシギ;いやいや、そんなに高いと逆に見つからないから…ってちょっと、マジで行くつもりかよ!?

 

アン;それっ!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ロシギ;はあ、酷い目に遭った…

 

まさか本当にあんな高さまで飛ぶとは。いくら鳥とは言え、飛ぶ高度には得意不得意がある。薄い空気の中長時間飛び回ったため、すっかり疲れてしまった。

というか結局釘探しすらしなかったし、単にあいつは空の散歩をしたかっただけでは無いのか。

 

ロシギ;やばい、もうこんな時間か。急いで見つけないと…

 

むしろ整備が行き届いた試験解放区より他の地方のほうが見つかり易いのでは無いかとも考えたのだが、取り敢えず最後の希望をかけてアンが言った港近くの廃材置き場へと向かう。

とにかく引き受けたからには持ち帰りたいので、行く道すがらも道端の方に目を凝らしながら低空飛行を続けていると。

 

ロシギ;うおっ!

 

サバンナ;ふみゃっ!?

 

ロシギ;ごめん!あたしが前見てなかったんだ!

 

サバンナ;いいよいいよ!あなたは大丈夫?

 

ぶつかってしまった彼女はネコ科のアニマルガールらしかった。その証拠として彼女はネコ科特有の服の上に、毛皮柄のジャージをふんわりと羽織っていた。頭部と尾部には大きな耳と尻尾が付いている。

 

サバンナ;私はサバンナキャットのサバンナだよ!あなたは見た所鳥のフレンズ?こんな低いとこ飛んで何してたのー?

 

ロシギ;あたしはオグロシギ。ちょっとだけ探しているものがあってね…

 

サバンナ;へー、なんだか面白そう!なになに?

 

ロシギ;いや、特別綺麗だったりするものでもないんだけど…というかむしろ汚いな。錆びた釘なんだけど。

 

サバンナ;錆びた釘?そんなものここでは見た事ないなー。どこか他に行く当てはあるの?

 

ロシギ;今から港の近くの廃材置き場に行こうと思ってたんだ。いろんな物が捨ててあるらしいし、そこならきっとあるかなって。

 

サバンナ;へー、私も散歩の途中だし、面白そうだから付いて行こうかなー?

 

ロシギ;あたしは構わないけどさ、服汚れちゃうぞ?

 

サバンナ;へーき!後でお風呂入るから!行こ行こ!

 

道案内も兼ねて結局サバンナも付いて来てくれる事となった。

規則的に張り巡らされた道路を行くと、程なくして件の廃材置き場へと到着した。

 

サバンナ;ここかな?私もよく知らないんだけど。

 

ロシギ;ここだここだ!じゃあフェンスを乗り越えて…

 

サバンナ;あ、これじゃない?

 

ロシギ;んー?

 

フェンスを飛んで乗り越えようとしていた私は動きを止めて、サバンナが声をあげた方を見やった。そこではフェンス下の隙間からではあるが、数本の錆びた釘が

歩道側にはみ出していた。

 

ロシギ;やっとだ…やっと見つけたぞ!

 

嬉しさのあまり声を張り上げてしまったせいで通行人から怪訝な顔をされたが、そんな事はどうでもいい。とにかく見つかれば御の字だ。屈みこんで持って来ていたビニール袋に穴が開かない様慎重に釘を入れる。

 

サバンナ;えっへん!私が見つけたんだよ!

 

ロシギ;本当にありがとう。出来ればなんかお礼をしたいんだけどさ。

 

サバンナ;お礼かあ……そうだ、良かったらラーメン一緒に食べない?

 

ロシギ;らーめん?

 

サバンナ;ここら辺に行きつけのラーメン屋さんがあるんだ~。いつもは夜にやってるんだけど、もう夕方だしいるかなぁ。

 

サバンナによると試験解放区では夜に必ず「よるめんや」とかいうらーめん?の屋台が現れるらしい。そもそもらーめんという食べ物を知らなかった私にとって、その誘いはとても魅力的ではあったのだが。

 

ロシギ;私も正直行ってみたいんだけど、この釘を持って帰らなきゃいけないから、ごめんね。

 

サバンナ;そっかぁ、残念だな~。もし今度あったら、次こそは「よるめんや」連れて行ってあげるよ!

 

ロシギ;いいの?

 

サバンナ;うん!だってもう、お友達だから!

 

サバンナにもう一度礼を言い、私はその場を飛び立った。

いつの間にか日が暮れ始めていて、沈んでいく太陽は西が海に面している試験解放区からはよく見えた。

今日の朝、今年初めて登った日が今年初めて沈んで行くその様子をもう少し眺めて居たかったが、流石にこれ以上彼女を待たせる訳にはいかないので夕日に背を向けて一路家の方へと向かった。

 

ベランダに到着するまで残り数キロ、というところで地上に見知った顔を見つけた。折角なので降りて声をかける。

 

ロシギ;よっ、お前こんな所で何してんのさ。

 

ラポ;あっ、オグロシギさんこんばんは。何って、えっと…

 

ラポが居たのはすっかり暗くなってしまった小さめの公園の中だった。そして視界の端に見覚えのある水色の物体が映り込む。

 

ロシギ;お前…また懲りずにやってたのか?

 

ラポ;うう…でも何回も試して見ないと分からないじゃないですか。ね、ラッキーさん?

 

呼びかけに応じてラッキービーストがラポの方を見上げる。ラッキービーストがフレンズに反応するのはどうやらここだけらしい。前にホクリクの方に出向いた時は聞いても道案内一つしてれなかったものだ。

 

ロシギ;いい加減ジャパリまんくらいくれてやれよな。

 

ラポ;駄目ですか…?

 

ラッキービースト;[認証エラー。君のデータが本部に登録されていないよ。近くの飼育員に聞いてみてね。]

 

ロシギ;相変わらずつれねぇなぁ。たったの一個くらいいいじゃないか。

 

ラッキービースト;[ダメだよ。アニマルガールの健康管理もパークガイドロボットであるボクの務めです。]

 

ラポ;うう…やっぱり駄目なんだ…

 

ロシギ;気を取り直せって。今シシギがおせち料理作ってくれてるみたいだからさぁ。

 

ラポ;えっ…でもそんな神聖なもの、私なんかが食べても良いんですか…?

 

ロシギ;お前はおせち料理を一体何だと思ってんだよ…縁起物らしいし、食えるもんなら食っておこうよ。ほら、行くぞ!

 

私はラポを強引に引っ張って、家の方へと飛び立った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

シシギ;随分と遅かったわね。一体何処で油を売っていたのかしら。

 

ロシギ;いやそれは、あの、本当は1時間ちょっとで戻ってくるはずだったんだけどさ…

 

シシギ;言い訳は無用よ。約束を反故にするなんて、万死に値するわ。

 

ロシギ;うぐっ…ごめんなさい…でもそこまで言わなくても良いじゃんか…

 

シシギ;冗談よ。そもそも、そのつもりだったしね。

 

ロシギ;そのつもり?

 

シシギ;初めの火の取り扱いにしたってへっぴり腰だったし、色々先行き

不安だったから釘を頼んでキッチンから引き剥がしたという訳ね。

 

ロシギ;てめぇ…久し振りに殺意が湧いたぞ…

 

ラポ;まあまあまあ…折角のお正月ですし、おせち食べましょうよって!

 

喧嘩が始まりそうであったので私は仲裁を買って出た。二人の間に割り込んで両手をぶんぶん振ったので、二人とも何とか思いとどまってくれたようだ。シシギさんが改めて私に向き直る。

 

シシギ;…で、あなたはオグロシギにつれて来られたと。

 

ラポ;あ、はい、公園でお腹を空かせていたらロシギさんが声を掛けて下さって…

 

シシギ;呼ぶ手間が省けて良かったわ。あなたの分も含めて作っておいたのよ。

 

ラポ;えっ…でもそんな…私みたいな人間がそんなもの…

 

シシギそもそも人間じゃないわよ、あなた。それに私があなたを忘れる訳ないでしょう。私の分身みたいな節があるんだから。

 

ラポ;あっ

 

ロシギ;そういやそうだったな、お前ら。まあ何でも良いからおせち食おうよ。

 

私は二人に促されるままに席についた。目の前には三つ重なった漆塗りの箱が置いてあった。蓋を開けてみるとその中にはとても色鮮やかな料理が敷き詰められていた。1段目が特に鮮やかな様に見える。

 

ラポ;うわぁ…

 

ロシギ;うお…これ全部お前が盛り付けたのかよ?

 

シシギ;様々な本を参考にしてね。先人の知恵を借りただけに過ぎないわ。

 

ロシギ;じゃあ1段目からっと…って、結局黒豆作れたんかい!

 

シシギ;鉄鍋は前からあったからね。

 

ロシギ;どこまで騙しやがる…

 

ラポ;そういえばおせちは縁起物だってロシギさんから聞きましたけど、それぞれどんな意味が込められているんですか?

 

ロシギ;ふふん、それはあたしから教えてやるよ!さっき言ったこの黒豆にはな、あれだ、日々のまめまめしたなんか細かい心配事は吹っ飛ばして上手くやれっていう意味が込められてるらしい

 

シシギ;全く合っていないわ。流石は鳥頭代表ね。

 

ロシギ;お前も鳥頭だろうが!

 

シシギ;頭に羽が無いから鳥頭ではないわ。

 

ロシギ;こんのっ!

 

ラポ;あーもう!早く食べましょうって!

 

結局、この日はこんな一触即発の状態が続いてはいたが、なんとかおせちは3人で食べ切ることが出来た。オグロシギさん、オオソリハシシギさん、彼女らと出会ってもう何ヶ月経っただろう。どちらも私が持ち合わせていないものを沢山持っている。明るさ、行動力、冷静さ、判断力。未だ私はそれらを教えてくれた彼女たちに、まだ何も尽くせていない。

でも、まだ時間はあるはず。

今年こそは、きっと見つけてみせるから。

 

+セルリアン[頓挫]-閉じる

セルリアン情報


セルリアン管理番号:CEL-1-548/

種別名:

世代区分:第1世代

脅威レベル:

駆除状況:未駆除

規定対応手順:当該セルリアンはレンズ部分がそのまま石(コア)になっており、これを破壊する事で駆除出来ます。動かない事、そしてこの脆弱性から、駆除の際に高い戦力を持つようなアニマルガールを同伴させる必要はありません。発見時に職員が近寄った際には目だけはこちらに向けましたが、胴体の方は一切動く事がありませんでした。人間はおろかアニマルガールに対して敵対的な行動を取る事は今まで一度も確認されていません。
現時点では同種は発見されておらず確認されているのはこの一体のみであり、閉館した施設内にある事に加え移動しない事から来園者やアニマルガールに露見する事はほぼ無いと思われますが、仮に遭遇してしまった際は欺瞞情報「只の瓦落多」の流布で対応が可能となります。

説明:CEL-1-548/ 、通称 はホッカイ地方内陸部の盆地に位置する旧歓楽街に出没するセルリアンです。
出没と言っても自ら動く事は一切なく、かつてパーク開園時にかなりの賑わいを見せたシネマコンプレックス内のある上映室内にて発見されました。

このシネコン自体は20██年にパーク内部事件B-057CL”女王セルリアンによるパークセントラル襲撃事件”発生に伴うパーク休園時に閉鎖されてしまった為、それ以降当該セルリアンの発見まで人の立ち入りは無かったものと思われます。
発見のきっかけとなったのは放棄されていた当該シネコンの立地する区画の再開発をする為に行われた、管理局の立ち入り調査であり、セルリアン自体は映画館の最も奥に存在する██番シアターの上映室で発見されました。この上映室の天井は一部老朽化により崩落しており、そこから入り込んだサンドスターによってもともと室内にあった映写機がセルリアン化したと思われます。

外見的特徴としては、昔ながらの16mmフィルム用映写機とほぼ同じ形をしており、二つ存在するリールの中央部にそれぞれ目が付いています。
最大リールが2000ft、映写速度は24コマ/秒、映写レンズは1:1.2/50mm、使用ランプは350Wのクセノンアークランプ、そして発生方式は光学再生・磁気録音再生と、普通の映写機との差異はあまり見られません。
次にフィルムですが、これはもともとセルリアンのリールにセットされています。ただ輝きを取りこむ前は全てのコマが黒く塗りつぶされており、一体何が写っているのか判別出来ません。輝きを得た後は奪われたアニマルガールの記憶を基にフィルムがリール上で作られていきます。リールからフィルムを取り外して調べてみたところ、不燃性のアセテートフィルムに近い事が分かりました。このタイプのテープはとても切れやすく、取り扱いには細心の注意が必要になります。またこのシネコンでは4KのDLPプロジェクターが使用されており、何故セルリアン化した際に16mm映写機という退行した形に変わったのかは不明です。

行動:当該セルリアンは輝きを奪った後にフィルムが完全に生成されると自動的に上映を開始します。この時、記憶を取りこまれたアニマルガールは昏睡状態となります。通常、16mm映写機ぼ映写には映写技師が必要となりますが、このセルリアンは技師が行う作業を必要としません。セルリアンが上映する映像は最短で30分、最高で2時間30分程であり、この長さでは通常フィルムが5~8巻程必要になりますが、これも必要としません。映写は一つの映像につき1巻のフィルムを使用して行われます。この構造は未だ不明です。
映像はモノクロームで、音は一切ありません。基本的にアニマルガールの記憶に基づいて構成されており、しかし起きた事実はそのままでは無く要約して映されます。また要約だけではなく演出も考えられており、悲しい生い立ちを持つ場合は悲劇的に、はたまた華やかな人生を歩んできた記憶がある際には喜劇的に演出されたりします。
上映終了後はフィルムの動きが停止し、また黒に塗りつぶされた状態に戻ります。それに伴い当該セルリアンに取り込まれていた記憶などの輝きは全てアニマルガールに返却されるという事が確認されています。

また当該セルリアンはアニマルガールと直接接触した際にのみ輝きを吸収しようとします。この吸収に必要な時間は対象となるアニマルガールの誕生から経過している時間に比例するものであり、アニマルガール時代が短いフレンズほど短く、長いほど長くなります。また記憶の投影の際には動力源としてサンドスターを要するので、これに必要なサンドスターも記憶の取りこみと同時に行われます。記憶の返却の際に吸収されたサンドスターが戻る、という事はない為、その点に関しては注意が必要となります。

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アニマルガール情報


動物名:オオソリハシシギ

愛称:ラポ

所属:不明

管理権限:

アニマルガール概要:彼女は第3█回パーク浅海域生態系調査に於いて、アンイン地方北部の干潟で発見されました。恐らくパークに飛来した際に、誤ってサンドスター高濃度地帯に突入し、フレンズ化してしまった個体だと考えられています。発見当初は怯えた様子で干潟の真ん中に座り込んでおり、職員が保護しようと近づいても、立ち上がろうとする気配は見受けられませんでした。数時間の説得の末、なんとか保護に成功しました。

彼女はとても奥手な性格をしています。職員が会話を試みた際も、決して目を合わせようとはせず、常に自分の膝のあたりに目を泳がせたまま会話を続けていました。またその為他のフレンズともコミュニケーションが取れないのか、彼女と親しい関係にある職員や来園者、アニマルガールは未だ確認されていません。職員が定期健康診断の為に彼女のもとを訪れる時には、彼女は決まって空腹状態であり、満足な食事が取れていない状況であることが容易に推測できます。この空腹状態は、その引っ込み思案な性格ゆえにジャパリまん等の配給を行っているラッキービーストに近づいたり話しかける事が出来ていない事に起因していると考えられます。ただ渡り鳥の特性か、好奇心だけは人一倍強いらしく、伏し目ながらもパークの職員に何かを尋ねる様子が度々確認されています。

容姿:上から下にかけて灰褐色から淡い褐色へとグラデーションのかかった衣服を着用しており、髪色は深茶色、また同色の翼を持っています。長く突出した前髪の基部は桃色で、先に行くほど黒くなっています。また長く黒いブーツを履いており、装飾品については胸元に鮮やかな桃色のリボンを着けています。臀部には黒い尾が見受けられます。

野生解放:「Ephemeral Wings」
直訳すると「儚い翼」。翼の一時的な肥大化により、通常よりも機敏に飛びまわる事が出来るようになったり、自らを翼で覆い、外界からの物理的な衝撃を緩和する事が出来ます。但し、彼女の体力面もあってか開放できる時間はとても短く、野生解放終了後はサンドスターが十分に供給されるまで暫く動く事が出来なくなります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンイン地方管理センター:送付されてきたパーソナルデータを本部のメインサーバに送信した所、重複するデータが確認されました。よってこのデータは受理できません。

 

██ ██:なんだこのデータは。メインサーバに重複したデータがある。遺伝子解析結果も含めて地方管理センターに昨日送信したが、受理されずに差し戻された。もしかして調査班の奴ら、誤って登録済みのアニマルガールを送ってきやがったのか。とにかくこれに頓着していては他の作業が進まないから、メインサーバのデータを参照して、前回の登録時に足りなかった部分を付け足しておこう。

 

アンイン地方管理センター:送られたパーソナルデータは正常に送信出来ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+備考-閉じる

+当データが受理された五ヶ月後に匿名の試験開放区所属職員から送られた文書-

+開示請求をしますか?(上位権限保持者にのみ有効)     はい  いいえ-

承認されました。閲覧可能期間は一ヶ月になります。

宛先:test_release_area_mainserver@japari.co.jp

送信者:anonymous

件名:オオソリハシシギ(Limosa lapponica)のアニマルガールについて

 

 

 

こんにちは。私情により無礼を承知で匿名と言う形でこのメールを送らせて頂きました。

最近オオソリハシシギのアニマルガールと接触する機会があったのですが、その時感じた疑問をここで質問させて頂きたいと思います。

五か月前に本部メインサーバのオオソリハシシギのパーソナルデータに修正・加筆があったかと思われます。

まず容姿。加筆後には「また同色の翼を持っています」「臀部には黒い尾が見受けられます」とありますが、私が接触した個体には翼や尾は一切見受けられませんでした。これはパーソナルデータの記述と食い違っています。私が以前に彼女のパーソナルデータを参照したときはこのような記述はありませんでした。加筆後にも彼女のもとを数回尋ねましたが、特に容姿に特別の変化は見られませんでした。

次です。

発見時期についてです。加筆後には「第3█回パーク浅海域生態系調査に於いて」となっていますが、彼女を初めて担当した時期から考えれば、明らかに不自然です。彼女がサンドスターによってアニマルガール化を果たしたのが五年前の205█年。私が彼女の身辺管理に充てられたのはその3ヶ月後。対して、文中にある第3█回パーク浅海域生態系調査が行われたのは一年前の206█。その間四年ものブランクが生じてしまいます。恐らく、本来は五年前に行われた第2█回パーク浅海域生態系調査で発見されたのではないでしょうか。

次に、性格について。文中には「彼女はとても奥手な性格をしています」とあります。これは彼女の何処を見てこう書き直されたのでしょうか。彼女は決して奥手ではありません。確かに自ずから発言をしようとはあまりしない傾向にありますが、何かしらの契機を与えられれば何の問題も無く話し始めます。また、目は必ずこちらに向けて話します。彼女が目を逸らすような場面を、私は今まで一度も見た事がありません。引っ込み思案では無く、もっと峻峭な性格をしている筈です。私は彼女に幾度となく自分の本心を見透かされ、核心を突くような言葉を投げかけられました。この記述には誤りがあるとしか、私は思えません。

そして、野生解放について。随分と大仰な名前を付けられたものですね。私が知る彼女はその野生解放すら出来ないのですよ。これは確かな事です。彼女は、オオソリハシシギは、その本来の形質をほぼ失っています。現状それによって先程も書いたように羽、尾などは一切見受けられません。一体加筆を行った人間は、何を見てそう書き足したのでしょうか。

彼女はかつて自らを「もっとも脆い個体である」と評価しました。彼女は今、体内に存在するサンドスターによってのみ生かされています。またこれについては深く掘り下げませんが、過去の自分が関与した事件について今でも深く後悔し、嘆いています。

どうか、本来の彼女について、正しい記述をしては貰えないでしょうか。かつて身辺管理を担当した、私からの願いです。

当データの、全面修正を要求します。

 

 

 

-------------------------------END------------------------------

 

 

 

 

 

 

+追伸-閉じる
+表示には再度権限認証が必要となります。認証を行いますか?         はい ・ いいえ-閉じる

認証完了。

追伸

 

訂正があります。

記述と合致する個体を見つけました。

ただし、どうやら全くの別個体のようです。同じ種が群島に飛来して、アニマルガール化したのでしょう。

よって修正では無く、元データとの分離をお願いします。

登録情報が重複しているため、LBの認証機能と干渉しあって別個体にジャパリまん等のアニマルガール全体に等しく行き渡るべき食料が行き届いてません。

可及的速やかにお願いします。

また、私はこれ以降連絡を取る事が出来なくなります。

匿名で失礼しました。データの修正を待っております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+[修正完了データ]-収納

修正・記事の分離が完了しました。ここから御参照下さい。

オオソリハシシギ(本部登録済み-登録番号:████████)

 

 

 

 

 

 

 

 

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アニマルガール情報


動物名:オグロシギ

愛称:ロシギ

所属:カントー地方~ホクリク地方

管理権限:

アニマルガール概要:ある特定の場所には定住せず、常にカントー地方からホクリク地方の森林・沿岸エリアを放浪している渡り鳥のアニマルガールです。
他のアニマルガールより知的好奇心が旺盛であり、敢えて人が多いパークセントラルやシンノウ平野の市街地に降り立ち、気になった事を片っ端から職員や来園客に聞き込んで回る姿が目撃されています。
性格としては好戦的であるという事が真っ先に挙げられます。特に近縁種、シギ科のアニマルガールに対して当たりが強い傾向があり、相手に向ける敵愾心を隠すような素振りはありません。その威圧的な態度から、シギ科だけでは無く他のアニマルガールからも敬遠されがちな所が多々ありますが、当人は特にその事を気にすることは無いようです。また一年ほど前に一人のアニマルガールに私怨から攻撃を仕掛け怪我を負わせたとして、倫理保安局から厳重注意が下されています。


自らの身体能力にはかなりの自信を持っていますが、実際には他と比べて特別優れたものを持ち合わせてはいないようです。
一部からはその性格から恐れられる面もある一方、それにより自身の能力を過信して突っ走ってしまう事も多く、返り討ちにされることも少なくないようです。彼女に言わせると「他の子より持久力には長けている」らしく、これは長距離を移動する渡り鳥の特徴が発現したものと考えられます。


また努力家という側面もあり、職員が本人に頼み込み聞き込みをしたところ、今は散歩がてらに各地の図書館に立ち寄り、そこで借りた日本語で書かれた書物(絵本から小説まで多岐に渡る)をもとにして人の言語の勉強をしているようです。億劫さよりも多くの事を知ってみたいという好奇心が勝った、と本人は話しており、まだ稚拙ながらも見聞きした事柄を郊外で偶然拾ったという測量野帳に纏めていると言います。そのため彼女の知識は増えていく一方であり、以前より簡単には言う事を聞かなくなった、と一時期保護観察を担当した職員が嘆いていました。


交友関係は未だ不明な部分が多いですが、彼女によると同じシギ科で気の置けないやつが一人いるとの事で、文字の読み書きは主に彼女に教えられたと自慢げに語っていました。これらの事から友人であるというシギ科のアニマルガールは試験開放区内の女学院に通う学生なのではないかとの見方が強まっています。女学院の学生ではない事が判明しました。詳細は不明。

-インタビュー-

[数秒間の静寂の後、突然大きな羽音が鳴る]

職員:うおっ!?

オグロシギ:よっと…指定された場所ここで合ってる?

職員:合ってますよ。えっと[紙を捲る音が聞こえる]…オグロシギさん、でよろしいですか?

オグロシギ:ふふん、そうだよ、あたしこそがオグロシギ!でも居心地悪いしロシギ、って呼んで貰ってもいいかな?

職員:勿論です。では、早速インタビューに移りますが…

オグロシギ:待った!その前に聞いておこう、謝礼のジャパリまん、ちゃんとくれるんだろうね?

職員:ええ、一応本部の方には数十個準備しておりますが……もしかして足らないですか?

オグロシギ:いやいや、飛ぶ時に携行するには十分な量だね。それにあたし達渡り鳥は長距離移動が多いから身体の上手い使い方を知っているのさ。だからそう簡単に飢餓に陥る事も無いしね![自慢げに鼻を鳴らす]

職員:なるほど…では早速質問に移りますが、まずフレンズ化したのは大体何時ごろでしょうか?その時の記憶も残っていればお願いします。

オグロシギ:うーん、確か一年半ほど前だったかな?越冬の時期、ヒトが確か秋と呼んでる頃にここらの干潟に飛んで来て、ミミズやらゴカイやらを喰ってたんだけど、ちょうどその時は霧が濃くてさ。あたしは群れでも結構食べる方だったから、飛行条件が悪くなる前に食い溜めしておこうと考えて仲間より少し長くその場に居座ってたらこの有様だよ。その後霧の中で仲間を探したけど見つからなかったし、きっともうオーストラリアの方に行っちまったんだろうな。
まあ渡り鳥の世界では隊列にひどく遅れてしまったり、飛ぶのに疲れてしまったりした奴はどうせ死ぬ運命だから、置いて行かれるのも当然だと思ってるけど。

職員:[フィールドノートにペンを走らせる音]
   …それで、フレンズ化した当初はどんな生活をしていましたか?また勝手が違って困っていた事などがあったなら、それもお聞かせ下さい。

オグロシギ:あの時はまず食いもんに飢えていたなぁ。近くにいたミミズとかを拾って食ってみたんだけど、やっぱりこの体だとあんまり美味しいとは思えなくて。数匹ばかし食った後に付近を散歩してたらラッキービーストに逢ってさ。でまあジャパリまんを貰える事を知って、今は食べるものに困る事も無いんだけど。

職員:やっぱり食生活の変化は辛いですか?

オグロシギ:辛くないよ。というのも、味覚が変わっちゃったのが大きい気がするけど。鳥の時は行く先々で干潟の状態が異なるから食べ物を安定的に得られるとは限らないし、むしろ律儀に決まった時間に食べ物を恵んでくれるここでの生活の方がいいと思うけどね。
あと困っていた事と言ったら飛び方かなぁ。ヒトの体の腕に当たる部分が本来の翼だから、最初は頭の翼を動かすのに相当手こずっていたね。慣れないし、何より力の入れ加減が分からない。実際、サンドスター?か何かの力も加わるから、慣れたらこっちの姿の方が飛びやすかったんだけどね。

職員:なるほど、ありがとうございます。他の職員の方々からは常々好奇心が旺盛だという話を聞いていますが、実際はどうなのでしょうか?

オグロシギ:好奇心?何かを知りたいと思うとかそういう事?

職員:そうです。

オグロシギ:そうだねぇ。でも他の渡り鳥だってそうなんじゃない?別な鳥類に比べて遠い場所まで行くんだし、行った先でも現地調査は欠かせないし、後代にその地域の渡り方も受け継いでいかなきゃいけないしね。
まあ一応こういうものは持ち歩いてるけど…[広めのポケットから薄汚れた長方形のノートを取り出す]

職員:大分年季が入っていますね。これと一緒なのでは?

オグロシギ:それそれ!でもまあ、これは拾い物なんだけどね~

職員:拾い物?これは本部からの支給品なんですけど、もしかしたらそれも職員が落としたものかもしれませんね。

オグロシギ:確かに初めの方に何か書いてあったなぁ。まあヒトの事情なんてあたしからすればどうでもいいんだけどね。
とにかく気になったものはこれに書いてるんだ。ここらの地形とか天気の変化の仕方とかは大体覚えてるけど、ヒトが作った物はよく分からない事が多いからね。

職員:もしかして文字も書けるんですか?

オグロシギ:ちょっとだけなら、ね。漢字?っていうのはまだまだだけど、「ひらがな」っていうものは大体書けるようになったかな。このノートと一緒にペンが落ちてたから、それも使ってるんだけど。

職員:なるほど…[フィールドノートに書き込む音]
全て独学なんですか?

オグロシギ:まさか。ちょうどこの街に知り合いがいてーそいつあたしより頭が良いからさ、そいつに教えて貰ってたんだ。ただそいつ、図書館とか郊外の方に外出している事が多いから、タイミング合わないと会えないんだよなぁ。

職員:試験開放区に知り合いが一人、と…
ところで先日シンノウ平野の方で他の鳥系アニマルガールの方々の調査を行ってきたのですが、あなたを恐れるような発言がありましたね。そこらへんもこの機会にお聞かせ願えませんか?

オグロシギ:おっ、それ聞いちゃう?ふふふ…

職員:な、なんですか…?

オグロシギ:……って言ってもまあ特に深い訳があるわけでも無いんだけどね。昔はちょっとやんちゃしてたってだけで…

職員:やんちゃ、ですか。例えばどんな?

オグロシギ:そうだなぁ。鳥系のアニマルガールにはよく喧嘩売ってたね。特にシギ科の。

職員:ふむ、それはまた何故?同種のアニマルガール同士はウマが合うなんてよく聞きますけどね。

オグロシギ:何故?うーん、気に入らなかったから?

職員:気に入らない?

オグロシギ:なんかみんなフレンズ化すると性格が柔和になっちゃってさ。元の体の時は群れの中でも喧嘩は絶えなくて、賑やかだった。みんな自己主張が激しくてさ、このでかいアサリは俺のもんだとか、俺の前を急に横切るなよとか、そんな些細な事で。だから今は何か物足りない。五体満足になって動きやすい事も多いけれど、その代わり視野が狭まった気がするなってよく思う。

職員:それは、フレンズ化した事をあまり良く受け取ってはいない、という事でしょうか?

オグロシギ:いいや、そんなことは無いね。これは一種の運命だろうと思っているしね。あたしはただ猫被ったように見える奴らが気に食わなかっただけ。それに…一人怪我させちゃった時、流石に反省したから…

職員:なるほど。それなら良かったです。

オグロシギ:『一体、獣でも人間でも、もとは何かほかのものだったんだろう。初めはそれを覚えているが、しだいに忘れてしまい、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか?』

職員:…?

オグロシギ:さっき話したあいつが喧嘩っ早かったあたしを諭して言った言葉さ。なんかの本の一節らしいよ。まあその本の主人公は、聞いた限りではちょっとかわいそうなヒト?だったけどね…
いやあ、このセリフ言えて良かった良かった!そろそろあたしは時間かな~

職員:言いたかっただけなんですか…とにかく、今回は御協力感謝します。インタビューの記録は本部にて厳重に保管しますので、御安心を。

オグロシギ:はいよ~。話してたら血が騒いできちゃったな…ちょっと一戦交えてくるわ。それじゃっ![轟音と共に飛び去る]

職員:ええっ、喧嘩はやめたんじゃ無かったんですか!ちょっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

[録音終了。この対話資料は、クラウド内の電子アーカイブに保存されています。]

 

野生解放について:

解放名「Long-Term Plight」

直訳すると「長期的な苦境」。開放中は羽の肥大化が確認されます。
また通常時よりも機敏な動きが可能になり、解放時間も他のフレンズと比べて比較的長い為、攻撃対象により長時間ダメージを与え続ける事が出来ます。
解放時間の長期化は渡り鳥特有の高い持久力によるものではないかと推測されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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確認:当記事に閲覧制限はかかっていません。

 

[自動認証]一般ID及び管理権限-1~5における通常ライセンスを確認。展開します…

 

 

 

 

 

 

アニマルガール情報

動物名:オオソリハシシギ(発見時の容姿より推定)

愛称:なし

所属:セントラル臨時監視領域(元動物との照合が出来しだい別管区へ移管予定)

管理権限:1

 

アニマルガール概要:第2█回パーク浅海域生態系調査に於いてアンイン地方北部の干潟で発見されたのが彼女です。発見当時の容姿は、上から下にかけて灰褐色から淡い褐色へとグラデーションのかかった衣服を着用しており、髪色は赤毛、また同色の翼が確認されています。装飾品については特筆すべきところはありません。またこれら容姿についての情報は全て調査に同行していた研究員によって口頭で説明されたものであり、正確性はありません。


研究員が接近した際には特に反応は見られませんでしたが、発見報告を終え彼女をチョウシュウ鳥類研究保護センターへ移送を開始しようとした所、異常なほどの拒絶反応を見せました。同伴の動物心理士のメンタルケアにより彼女は施設への移送に関して理解を示してくれましたが、同日PM11:52、宿直研究員から動物の形質(BP純度の高い尾や翼等)が消失しているとの報告があり、現在に至るまでその部位の回復は確認されていません。

現在はパークセントラル内部臨時監視領域内にて経過観察が行われていますが、長時間監視下に置かれるという事は彼女自身の人格形成において少なくとも良い影響を与えるものではない為、調査の長期化は防ぐべきであるとの声が運営事務局及び倫理保安局から上がっています。

 

性格について:現時点では不明です。他と比べヒト化動物の扱いに慣れている試験開放区職員の████・███二名が面会室で質疑を行いましたが、伏し目のまま応答しようとする素振りは一切見せませんでした。質疑に関する詳細な情報の一部は以下に記します。

+質疑録-閉じる

20██/██/██
 Q.ヒト化前の記憶はありますか?

 A.[無反応]

 Q.何処か行きたい場所はありますか?

 A.[無反応]

 

 Q.ヒト化以前の記憶がある場合、仲間と共に行動していたか否かについて聞かせて下さい。

 A.[空を仰ぐような素振りを一瞬見せるが、それ以降反応無し]

 

 Q.単刀直入に聞きます。自身のヒト化は受け入れがたい事だったのでしょうか。

 A.[6分間の沈黙の後、徐に席を立ち、退室してしまった]

 

 -質疑終了-

 

野生開放能力について:現時点では確認されていません。また、研究開発局によると彼女が動物の形質を喪失してしまっている以上野生開放は不可能とのことであり、現在彼女自身が元来存在していた深層意識をヒト化した際に形成された理性によって必要以上に押えこんでいる為に野生部分を認識する事が困難な状況となっており、彼女のメンタルケアがこれまで以上に必要であると推測されます。

 

 

 

 

 

 

 

緊急追記

発見場所であるアンイン地方北部の干潟において、一羽のオオソリハシシギの死体が発見されました。
本件との因果関係は不明ですが、彼女のヒト化プロセスに関して以下のような見解が示されました。

 

 

これは言っていいのか悪いのかは分からないが、ひょっとすると彼女は"完全な"生命体からヒト化
した訳では無いかもしれないな。つまるところ、羽が、こう
[会議室の喧騒が声を掻き消す]

ああ分かった、これについては後で論文として公に発表する必要があるかもな。
悪いけどこの録音は消しておいてくれないか。え?議事録としての保存が必要?いやほら、正直ここで間違った
論理を展開してしまったとしたら私の沽券に関わるし…あ、これが停止のボ
[再生終了]

 

本人の要求により名前は非公開とさせて頂きます。

 


 

+Section1[没]-Close

-管理番号JP-UN-233の本部登録データベースとの照会完了。2番隔離房の開扉開始-

ー眩しい光が目を刺す。色彩豊かな自然光ではなく、ヒトにより作りだされた人工的な白色灯の光だ。
今、私は「車椅子」という、パイプ椅子の横に大きな車輪ー丁度ここに来る前にパークの中で目にした遊覧用の足こぎ四輪車のようなーが付いている不思議な椅子の上に座っている。背後には持ち手が付いており、今その上にはここの女性職員の手が載っている。女性職員をここの管理区域に配属したのはせめてもの配慮だろうか。どうせ本当の性別なんて彼らには分からない癖に。

-開扉完了。担当職員は通常通路を通って面会所へ向かって下さい。有事の際は検体のもとを速やかに離れ、マニュアルに従い適切な処理を行うように。移送開始。-

女性はヘッドセットで何らかの応答をした後、私の載った車椅子を動かし始めた。このルーティーンを目にするのは今日で40回目くらいになるだろうか。私の移送を担当する職員は日を問わず、いつも慎重に、丁寧に、的確に、適切に、決まった手順を繰り返す。実際に見たことはないが、工場の中って、きっとこんな感じに機械が決まった動きを繰り返しているのだと思う。二つ目の角を右へ曲がる。つきあたりを左へ。そうすると次は右に真っ赤な消火設備が見えてくるから、その次を更に右へ。ここまで来ると人通りも多くなってくる。暖色系のさまざまな色の腕章をつけた職員がこちらを冷ややかな目で一瞥する。まるで異物や、闖入者を見るような目で。そうして元の生活に彼らは戻って行く。こうなると私も俯くしかない。顔を上げれば、辛い事しかない。こうやって、下を向いて待っていれば、後ろの機械みたいに無機質な動きをする職員が、私を面会所へ連れていってくれる。
考えているうちに、面会所へ着いた。

-お疲れさまでした。只今より引継ぎの職員が向かいます。報告後、担当職員は検体のもとを離れ、通常業務へ戻って下さい。-

程無くしてその引継ぎとやらの男性職員が現れた。彼らは挨拶を交わすと、和やかに談笑し始めた。親しい間柄なのだろうか、特に会話を聞いていても何かの隔たりらしきものは感じられない。さっきまで私を移送していた機械人間が、まるで嘘みたいだ。ヒトはこうやって自己を使い分ける。この体になって分かった事だ。もっと早く、出来るならここに来る前にその事に気が付いていれば、こんな思いはせずに済んだのに。また、あの辛く哀しい時間が始まる。彼らの会話が終われば、思い出したくもない程苦しい詰問が始まる。なぜ。私は元の姿に戻る事も、ヒトになる事も許されないのか。元の部分をひた隠し、彼らと姿形が同じであるように繕っても、それは嘘だと咎められ、心の奥を詮索される。

「遅くなって悪いね。入ろうか。」

嫌だ。声も出せないまま、私はまた暗く冷たい部屋の中へと引き込まれた。


「あれ、珍しいですね、こんな所にいるの」

後ろから不意に声を掛けられて、思わず立ち止った。振り向かなくても誰かは分かる。

「仕事なんだから、当たり前だろ。今日は面会予定のアニマルガールの監視役。」

目は合わせたくないので、振り向かずに答える。一度目を合わせば、嬉々として目を輝かせ、どうでもよい話を勝手に展開する。彼女はそういう人間だ。最近の無駄話の内容は確か「一昨日の夢の話」だっただろうか。
ふと腕時計に目をやる。あと17分。引き継ぎは最低でも5分前に着いて済ませれば良いから、立ち話の時間くらいはあるか。
今度こそは振り返った。

「お、やっとこっち見た。最近会わないから心配してたんですよ。あっ、眉毛剃りました?」
「剃ってない。だいたいそっちも職務中なんだから、私語は慎めよな。」
「固いなぁ。あと、私もその用事で来てるんですけど。」

彼女が頬を膨らませる振りをしながら指差したのは、俺が持っている資料の束だ。この中身の大半は今日担当するアニマルガールー毎回この呼び方には違和感を感じるがーの身辺の情報、いわゆるパーソナルデータが占めている。これが大分お堅いもので、発見当初の容姿、ヒト化の要因とか、監視方法だとかの形式的な文章しか載っていない。担当に当たってはこの冗長な文を臨時ブリーフィングで読み合わせる訳であるが、面白さのかけらもないので毎度辟易する。もっと性格とか、好きな食べ物とか、そういう取っ付きやすい内容を記してくれればいいのに。まあ監視の仕事からすればアニマルガールに直接接するわけではないので、読み合わせ自体はあまり意味がないともいえる。
彼女がこの束を指差したという事は、面会に関係がある仕事を受けてきたのだろうか。

「オオトリ?ちゃんだっけ?私アニマルガールと会うのは初めてだから楽しみだなぁ。オオトリっていう事は、コウノトリとかのフレンズなんですかね?あ、もしかしたら鳳って書いて、鳳凰のフレンズとか?」
「オオソリ、な。オオソリハシシギ。先月の浅海域生態系調査で発見されたヒト化動物。噂によれば相当閉鎖的な性格らしいが…というか、その話を聞くに面会の仕事を受けてきたんだろ?そんなことも知らなくて大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。人づきあいは得意な方ですから。」

ヒトじゃないんだけどなぁ。彼女は昔から座学が得意な方ではないから、きっと読み合わせの時に真面目に聞いていなかったのだろう。
時計を見る。あと7分。そろそろか。無言で振り返り、ここから程近い面会所に向かって歩を進める。
彼女にはそれが付いてこいという合図に見えたようで、小走りで後ろにピッタリと付いてきた。面会所の前では引継ぎ担当の女性職員が立って待っていた。移送は既に終わっていたらしく、ドアの横の壁面に備え付けられているマグネットボードには二名の名が並んでいた。片方がアニマルガール、もう片方が質疑補佐の職員、と言ったところだろうか。彼女と一緒に女性職員から引継ぎの説明を受け、入室する。

まず目に入ったのは、暗く無機質な面会室のつくりだ。全面が灰色の塗り壁で、室内にはカラカラと換気扇の乾いた音がこだましていた。
中央には机と椅子。机上にあるデスクライトと灰皿から徐々に視線を上に向けるとー

居た。

報告と違うとはこの事だ。彼女はヒトのそれと全く違わない姿形をしていた。唯一異質なものと言えば、彼女が顔に浮かべる深い憂悶の色くらいだろうか。期待していた羽だとか、尾だとかは確認する事が出来なかった。
先に机に座っていた職員に囁くように声を掛ける。

「監視及び面会担当者二名、只今参りました。引継ぎ遅れてしまって申し訳ありません。…彼女が今回担当するアニマルガールなんでしょうか?」
「そうですね。まあ見ての通り姿は人間とあまり変わりませんから、やる側としては楽ですよ…」

時計を確認する。開始時間丁度である。一緒に付いてきた彼女は既に椅子に座っていた。振り返って、入口の女性職員に目配せをし、重厚なドアを閉める。
この重厚さは、パークが掛けている保険だ。言ってしまえばフレンズという存在は、人間を脅かす存在にも成り得る。彼らの逆鱗に触れてしまえば、重大な被害が発生する事も十分に考えられる。だからこのドアで脅威と日常を分かち、安全性を保つ。暗に示された懸念の象徴は、その質量を持ってしてドアを閉める自分にのしかかった。何かがあれば、刺し違えてでもここを守る。

「時間となりました。面会を開始します。」


質疑は何の滞りも無く進められていた。というのも、対象である彼女が一言も発さないが故に質問がただ流れて行っているだけなのだが。
質疑の補佐である私は、隣の主質疑官である彼とアニマルガール、とされている彼女ー見た目から判断すれば20代前半であろうかーを交互に見比べ、特に何をするでもなく、固く無機質なパイプ椅子に背を預けていた。フレンズとの質疑は、原則的に主質疑官との間のみで行われる。マニュアルに基づけば質疑補佐と監視官が必要なのであるが、この通り、実際にやることは主質疑官に比べ少なくなる。監視管に至っては本当に必要なのだろうか。幸い現在監視下に置かれているアニマルガールのなかで、凶暴と言えるものは限りなく少ない。だいたいは素性が明らかでないか、種の同定が難しいかのいずれかの理由で監視対象となる。監視官は対象のアニマルガールの人権が質疑により著しく侵害される場合、または逆にアニマルガールが質疑官に危害を加える素振りを見せた場合に介入し、騒乱を鎮圧するという役目を担っており、大体はそれだけの力を持った屈強な人間がここに割り当てられる。しかし…私は重厚なドアの右に立つ彼を横目で一瞥する。寝ているのか?目が開いているようにはこちらからでは到底見えない。とんだ給料泥棒だ。視線を元に戻す。戻した先では、先ほどと露ほども変わらない沈黙が続いていた。目を伏せる彼女の前で監察官はとうとうしびれを切らしたのか、徐に口を開く。

「…いいですか、覚えている事でいいんです。私達が知りたいのはあなたの種族。その同定に関わるような情報をあなたの口から聞くことさえ出来ればこの面会は終わるんです。」
質疑官は続ける。
「先日のDNA鑑定において、激しい遺伝子組み換えの痕跡が発見されました。これはアニマルガールの遺伝子に見られる普遍的なもので、あなたがアニマルガールである事の何よりの証左です。それに加えて一部に見られた本来あるべき形質の発現異常。…あなた、自分がアニマルガールである事を隠していますよね?」

質疑官は私が気付いた時には立っており、机に両手をつき、前のめりになる形で彼女と向き合っていた。同時にそれまで伏せられていた彼女の瞳が静かに上に向けられる。文字通り目前で対峙した両者のうち、先に口を開いたのは意外にも彼女だった。

「隠してなんかいません。これが私のもともとの姿です。」

初めて聞くその声は透き通ったものであった。質疑官も声は初めて聞くのか、目を丸くする。そして彼女の目前から顔を離し、再度椅子に深く腰掛ける。

「あくまでもしらばっくれるつもりなんですね。困るなぁ、そういうの。こちらはもう既に一か月以上も待たされているんですよ。そうしてやっと本人の口から得られた情報が『隠してない』っていうんじゃこっちも面目が立ちませんよ。」

質疑官が悪態をつく。これはいけない。一か月も抑留状態であった者にそのような言葉を向けるのは禁忌である。私はすかさず両者の間に割り込んだ。

「彼女は一カ月以上もの間抑圧状態だったんです。結論を急ぐべきではありません。」
二人の視線が一斉に私に注がれる。質疑官はこちらに向き直って言った。
「こちらの身にもなって下さいよ。私は先月の30日からこの質疑対象との面会を任されているんです。毎日毎日指定された同じ質問をして、たまには話題を少し変えてやっても、彼女は反応一つしない。何が楽しいんですか。隔絶された環境で行うこの単調な作業が。出来るなら、そんなことを言えるあなたに代わって欲しい。」

彼は疲弊していた。パーソナルデータを、私は思い出す。矢吹洋司。確かそれが彼の名前だ。二か月前の定例ブリーフィングで初めて目にしたとき、彼は生き生きとしていた。面会を行うこの監視部は、フレンズと精神的に最も肉薄する部門と言え、それはヒト化動物の深淵に最も近いという事でもある。彼はそこにある一種の面白さを見出し、自ら転部希望を出したのだ。そのような職務に一途な男が、ここまで捻じれるとは。
私はある一種の憎しみを持って彼女の方を振り返った。彼女は私の視線に気づき、体を強張らせる。しかし、そのときの怯えたような目は、次の瞬間には色を変えていた。

『諦め』、か。

 

「分かりました。もうこれ以上、あなたの群れも、私の仲間も、悩ませない。」

 

その刹那、眩い光が彼女の側頭部から溢れ出す。あまりもの眩しさに私は反射的に目を背けたが、なんとか向き直り、光の中の彼女を捉える事が出来た。周囲を覆うのは紛れもないサンドスターだ。高濃度になると発光反応が起こるとはかねがね聞いていたが、まさかここまでだとは。その美しさについ見蕩れるが、野生開放の危険性を忘れてはならない。私は光の中、ただ茫然と発光原を見つめる矢吹に近づいた。

「矢吹さん。野生開放の恐れがあります、早く退避を!」

矢吹は動かない。私は強く腕を揺さぶる。

「矢吹さん!」
「違う。これは野生部分の開放なんかじゃない。自らサンドスターを体外へ放出しているんだ。物凄い早さでな…」
「…それって」

 

 

気付いた時には彼女にしがみついていた。想像を凌ぐ熱さだ。彼女に近づいて初めて、本当の姿を確認する事が出来た。

「駄目だよ…こんな終わり方じゃ…あなたの事はまだよく知らないけど、その姿は無下にしていいものじゃ無い!こんなの、早すぎるよ!」

自分で言っていて滑稽だ。さっきまで矢吹をこんな状況に陥れた彼女を少し憎んでさえいたのに。こんなこと、きっと自分が言える立場ではない。
だけど。

「気づいてよ!」

sそこで不意に背後から強く肩を掴まれ、引き離された。あいつだ。さっきまで寝ていた癖に。
急に体が重くなった。サンドスターを浴びすぎたのか。遠くから呼びかける声が聞こえる。それが矢吹なのか、あいつなのかは分からない。
肺の中に水が満ちるような、気持ちの悪い感覚を覚え、そこで意識は途切れた。

 

 

[面会棟3階において規定量を超えるサンドスターを検出。部内警報を5に引き上げ。周辺職員退避ののち、該当区域は閉鎖されます。]

 

 

[職員の退避を確認。公害対策部による中和作業を開始。規定量を超えるサンドスターに曝露した可能性のある作業員は、仮設治療テントで診察を受けて下さい。]

+Section2[没]-Close

目を覚ました時には、固いベッドの上に横になっていた。そのままの体勢でしばらくの間、白い天井を見つめた。

ーそうだ、あの子は。

我に返り体を起こそうとするが、同時に節々に焼けるような痛みが走る。痛みを堪えつつなんとか起きるとそこには広めの病室が広がっていた。隔離病室だろうか。処置は完全に終えられたのか、それらしき医療機器は見当たらなない。そのとき、見計らったかのように病室のドアが開けられた。

「おはようございます。担当医の鈴木です。桃根涼香さん、でよろしいですか。」

唐突に名前を呼ばれ思わず頷く。鈴木はそのままこちらに歩み寄り、近くのパーテーションの裏に置かれていたらしい採血機器を取り出し、準備を始めた。

「朝の採血しますね。手を。」

促されるままそばに置かれた注射台に腕を置く。朝の冷気も相俟ってひんやりと冷たい。鈴木は注射器のパッケージを開けながらにこやかに話しかけてくる。

「それにしてもね、昨日はびっくりしましたよ。サンドスター関連の急患なんて初めてでしたからね。施術が上手くいって良かったです。何か体の変調とかはありませんか?」
「えっと……そういえば体の節々が痛い気がしますね。」
「なるほど、それは腹腔鏡手術後に現れる症状なんですよ。手術中に入れたガスが肩などから抜けて行くんですね。数日後には完全に抜けますから、心配は要りませんよ。」

腹腔鏡。言われて初めて肩にも痛みが生じている事に気づく。片手でピンクのストライプが入っている病衣を少しだけ捲ると、ちらりと綺麗な縫合の跡が見て取れた。さすってみるが痛みはほぼ無い。手術は生まれて初めてだが、これほど綺麗に繋がるものなのか。

「では、針、入れますね。縫合の跡は術語数週間後には取れますよ。」

鋭い痛みが肌を刺す。私は意を決して尋ねた。

「…あの、あの子は、昨日かどうかは分かりませんけど、私が倒れる前にしがみ付いてた子は、どうなっているんでしょうか?」
「あの子?」
「はい。私、自分が意識を失う前にアニマルガールの子にしがみ付いてた記憶が確かにあるんです。その子が無事かどうか、知りたくて…」

鈴木は血液が入ったスピッツを振りながら視線を宙に泳がせる。針捨て容器に使用後の注射針を入れ、手袋を袋に詰め込んだ後に、こちらに改めて向き直った。

「桃根さん、僕から言うのもなんだけど、その件とはもう関わらない方がいいんじゃないかなぁ。」

思わぬ返答に目が点になる。どういう事だ。関わらない方がいい。あんな状態の彼女を、諦めろとでも言うのか。

「見捨てるなんて、出来ません。鈴木先生も聞かされている筈ですよね。私がこんなに大量のサンドスターを浴びることになった切っ掛けを。放っておけば、もしかしたらまた、あんなことが…」

鈴木は私の言葉を受けて苦笑いを浮かべた。そしてそれ以上は話を続けることなく、採血機器を元のパーテーションの裏に戻す。

「鈴木先生!」
「そうだ、朝食後に廊下でのリハビリがあるから、忘れずに来てね。それじゃあ、お大事に。」

鈴木は聞こうともしない。間もなくドアが閉められ、部屋の中は再び静寂で満たされた。


ー深い海の中にいた。

深くて深くて、底が全く見えないような。
それはとても怖い場所だけど、同時に静かだ。もう責め立てる声も聞こえない。

死んでしまったのだろうか。

ヒトとして?

それとも鳥としてか。

本当は海の中なんて知らない。知る筈がない。
干潟で羽を休め、貝や昆虫を啄ばむ。もちろん冷たい海なんてもとより入る必要なんてない。
私にとって海中とは形而上のものであり、同時に「死」を象徴するものだ。

けれど、不思議な事に、この光景を目にするのは二度目であった。

 

あの時、私が「この姿」で無かった時、私とその仲間は大洋の南西にある大陸ーヒトはオーストラリアと呼ぶそうだがーから飛び立ち、暖かさを求めて北進を続けていた。
ニュージーランドで一息つくという手もあったのだが、群れ全体において疲れの色を見せる者は当時一羽として居なかった。だからよりよい餌場を求めてオーストラリアへと降り立ったのだ。
いま思えば、それが大きな間違いだった。
流木やヒトの流した浮遊物に降り立ち休み休みアラスカを目指す。長距離の移動はそれなりに大変なものだが、普段話せない仲間と親睦を深められる唯一の時間でもあるので、私としては少し、楽しかった。
オーストラリアを経ってから数日後、大きな島々が見えてきた。これが「本州」だろうか。いや、違う。その諸島周辺には鮮やかな裾礁が広がっていた。これは明らかに聞いていたものとは違っていた。フィリピンに来てしまったか?
そのとき、先鋒から諸島を回避するようにとの伝言があった。それもそうだ、先代から伝わっていない地域の飛行は渡り鳥からすればなるべく避けたいことなのだから。諸島の上空にかかる濃い、虹色がかった霧を避けるために今度は低空飛行へと切り替えた。
群れにとって予想しない出来事ではあったが、ここで干潟を見つけられるのならば好都合だ。食料と休息を得たい、本能の目で地上を舐めまわすように見渡す。

その時だ。

予想もしない大きな力に押され、私は群れの外へとはじき出された。
なんだ。急いで体勢を立て直し、元の場所を見やる。
そこには、青みがかった色をした何かが、群れへと突っ込んでいる姿があった。渡り鳥は基本的に飛行中に天敵に襲われることはまずない。だからこそ青天の霹靂であったのだ。

鳥たちは隊列を崩し四方八方へ飛びまわる。

私はその光景に呆然とし、ただ見ている事しか出来なかった。だがそのせいで目を付けられた。

青い何かは私に向かって音も無く近づく。羽音も無いなんて。梟の仲間だろうか?
悠長に考えている暇などない事に気づき、とっさに身を翻す。
島だ。島に逃げよう。
体力も残されていない状態の私は、その時そんな選択しか出来なかった。飛んでいるうちに先の霧にぶつかる。視界は悪いが仕方がない。闇雲に飛びまわり、次に霧から出たのはー

海だ。

しまった。方向を誤ったか。よりにもよって戻ってきてしまうとは。
撒けたかと振り返ろうとして、体にさっきよりも強い衝撃が走る。

気づけば、片翼を失っていた。

無様に落ちる私の上から、青い何かが覆いかぶさった。
苦しい。息が出来ない。必死にもがくが、固体だか液体だか分からないそいつの体は出る事を許してくれない。だんだんと意識が遠のいていくのを感じた。
その時。

突如体が解放された。そいつが自ら私を出したのだ。なぜ、喰わない?
解放されてすぐに直下にあった施設の屋根に激突する。そのあまりもの痛みに声すら出なかった。
傾斜のある屋根を体が緩やかに滑り落ちていく。片方だけでもと思ったが、もう片翼からの出血が激しく、それもままならない。

終わりか。

次の瞬間には海に沈んでいた。
さっきのあいつの体内よりもよっぽど苦しい。

だんだんと引きずり込まれていく。深くて深くて、底が見えないような場所へ。

静かだ。怖い。温かい。苦しい。

助けて。

 

 

気づけば「ヒト」だった。目覚めたのは近くの干潟で、鳥では無くヒトの体勢で横たわっていた。
酷く滑稽な話ではあるが、その時私はごく自然にこの姿を受け入れていた。
輪廻転生だと思った。神の思し召しだとも思った。
そのどちらも鳥の世界には存在しないのに。

思えばこの時すでに、「人間的思想」が生まれていたのだ。

だが同時に先刻まであった「食欲」は消え失せていた。

これが何を示すのかは私には分からないし、分かりたくもない。でも。

 

私は、空に隊列を崩し逃げ惑う鳥共を見上げて、ヒトとして生きていこうと、そう確かに誓った。

+Section3[没]-閉じる

 

「ーーー入室完了しました。これよりフィジカルテストを行います」

 

 

嫌な声だ。
声の主こそ知りはしないが、あの時と同種の人間であろう。

「起きろ検体。身体検査を行う。」

彼らが私に気遣う事ももう無くなった。かつては配慮か何かは分からないが、女性職員を身辺管理に充てていたはずだ。しかし今はもう見境なく、男性職員も室内に容赦なく入ってくる。
あの事件以降、彼らは私を脅威として見做さなくなった。理由は結局わからない。とにかく深い海のそこから引き上げられ、目を覚ました後にあれから4日経っているということしか聞かされ無かった。

「二分超過だ、行くぞ。主任に小言言われんのは俺なんだよ…」

男は私をその太い腕で荒々しく椅子から引き離す。抵抗しても無駄、と言う事は経験則であるから、黙って車椅子に乗る。

「現在時刻11時27分、二分超過で地下収容室を出発します。」
[了解。入行ゲートはC737、主幹エレベータを用いて一般入場客に露見しないよう移送には細心の注意を払って下さい。合流コードはVl2s。]

無機質な音声が男の胸元のレシーバーより流れる。男は私の後ろに回り込み、車椅子を押し始めた。
ここで保健施設に移送されるのはまだ三回目であったが、ある程度施設の構造は覚えてしまった。まあエリア全体で構造が統一されているということもあるのだが。
男は変わらないペースで私の載った車椅子を、不安になるほど白い壁面で囲まれた廊下のなか押していく。
私に向けられる奇異の目は無くなったが、同時にある種の孤独感のようなものを覚える。居ないならいないで寂しいなんて、なんだか皮肉だ。

男は主幹エレベータホールに着いたところで足を止めた。エレベーター、と呼ばれるヒトが作った鉄の箱は、基本的には昇降運動を繰り返すがここのは少し違う。横や斜めにも動くのだ。直接外からその動きを確かめる術は無いが、中からでも体にかかる重力のベクトルの変化でその動きの変化も容易に感じ取ることが出来る。軌道距離が長い為か数分かかった後、重いドアがゆっくりと開いた。男は私の車椅子の向きを反転させ、自分の背後から箱の中へと慎重に入る。まもなくしてドアが閉じられた。
ここからはひたすら耐えるしかない。

数十メートル上昇するとシャフトがガラス張りになっている区間に突入し、外の景色を見ることが出来る。
私は思わずそのまばゆい自然光に目を細めた。
外の世界はこの短い時間の中でしか拝むことが出来ない。それだけに私の唯一の楽しみと言ってもよかった。だが。

眼下に広がる遊園地。
市街地。
森。
川。
人間。
人。
ヒト。

まったく最近は嫌気が差すようにまでなってしまった。ヒト以外、どれをとっても私が生涯のうち二度と触れることの出来ないかもしれないものだ。
かつての群れの中にもいくらかの下衆な奴がいたように、人間の群れの中でもそういうやつは居ても少数なのかもしれない。けれどこの閉鎖的な空間では、少数でも汚い部分を目の当たりにしてしまうと、彼ら全体がそうであるという風な思考に陥りがちである。この研究施設を出たとして、私が身を寄せる事の出来る場所は果たしてあるのだろうか。眼前に不意に立ち込め始めた暗雲を振り払うように私は頭を振った。

「どうした?体調が悪いならすぐに言え。」

心の籠っていない形式上の台詞を投げつけられ、私はもっとうんざりした。

それからしばらくしてドアが開き、私は箱の中から出た。

[こちらは厚生棟35階、検査フロアです。]

自動音声が頭上から流れる。これが私にとっての地獄の始まりの合図だ。今日は一体、どんな苦痛を味わう事となるのか。
しかしそれは、思わぬ方向で裏切られることになった。


「見つけた…」

見つけたとはなんだ。声をした方を振り向くと、病衣を纏った小柄な女性が息を切らして立っていた。
移送担当の職員はナースステーションの受付カウンターで引継ぎ作業を行っており、まったくこの女性に気が付いていない。

「あなた、あの時の…鳥の子ね…?」

記憶を手繰り寄せる。あの深い海に沈みこんだ四日前、何が起こったか。
曖昧であったものが戻ってきて、あっと声を上げようとした時、私の手はその女性に握られていた。

そして強い力で不意に引っ張られた。

「ちょっ、何処に行くつもり!?」

女性は走り始める。手が繋がれている以上私も一緒に走るほか無かった。

「こんなとこ早く逃げ出して、外に行こう。ー話したい事があったの。」

流石に足音で気付いたのか、後ろから職員が何やら怒号を飛ばしている。
まずい。逃げなきゃ。この手を離して元の場所に戻らなければ、何が起こるか分からない。
でも私は振り払う事なんて出来なかった。
強く握られていたからでは無く、それは自分が観測できない何かしらの意志がその行為を封じている事にその時気付いた。
逃げるべきは、腐ったこの場所か。

私は手を強く握り返して今度は彼女の前に躍り出た。そうして改めて彼女の方へ顔を向ける。
位置が逆転した事に驚いた様子であったが、やがて徐に頷いた。

[厚生棟35階に於いて異常警報が発報されました。職員は状況確認を急いで下さい。来院者の方々は最寄りの病室に避難し、警報が解除されるまで決して外には出ないでください。またこれにより、部内警報は4に引き上げられています。]

無機質でニュアンスをぼかしたアナウンスがフロア中に響き渡る。数メートル先で談笑していた老婦人達が私達を見るなり怪訝な顔をして、病室へ引き返して行く。
私は心底腹が立った。あんな目を向けられているのは慣れている筈なのに、今日は腹が立って仕方なかった。
その時、目の端で緑に輝くピクトグラムを捉えて急ブレーキを掛けた。

「ここから行きましょう」
「こんな所通っても大丈夫なの…?」

四の五の言っている場合ではない。私は躊躇せずその扉に手を掛ける。
ここは非常用の退避口。説明を受けた訳ではないが、視覚的にそう訴えていた。
しかしドアノブを回しても開く気配は無い。閉められたか。

「検体を発見。捕えます。」

その時不意に背後の角から通信機を持った男が現れた。男は躊躇う素振りも見せること無くこちらに鈍い色をした銃口を向けた。
その先にあるのは私だ。アニマルガールに存在するらしい治癒能力を考慮してのことだろうが、その輝きの無い男の瞳を見て寒気が走った。
どうする。扉を開ける事を諦めた私は、男の方に向き直った。男はこちらに向かって無言で手招きをした。大人しく行けば撃たないということか。

私はゆっくりと繋がれた手を解くと、男の方へ向かって歩み出す。銃口は依然としてこちらに向けられているが、近づいて行くほどに撃つ気配は薄れていく。
そして数メートル手前で立ち止まった。行けるか。
十分な間合いが取れた事を確認して、両側頭部あたりの髪をまだ温かみが残る手で掻き乱す。

程無くして、「それ」は出た。

刹那横に飛び出し男の左脇に回り込む。賭けではあったが、身体能力の向上をその動きで感じ取ることが出来た。
男も男で反応は素早く、脇を取らせぬよう左に向き直るとこちらに拳銃を構え直す。直後撃たれた弾丸は避けきれず私の右腕を少し穿ったが、構わずその懐に潜り込んだ。
目前で男と対峙する形となった私は相手が動くより先にその巨体を押しのけ、みぞおちあたりに回しで蹴りを入れた。男の体躯がわずかではあるが揺らぐ。
そこに生じた僅かな間は男の手から拳銃を離すのに十分であった。

「っ…!!」

私は男に向けられた明らかな動揺の顔を横目に、床に落ちた銃を拾い上げる。
そうして同じように銃口を向けた。

やるか。

やらないか。

今の身体状況ならば片手で撃つことも容易いだろう。今の今まで両手で扱っていた物を自分より小柄な者、それも女性に片手で照準を合わせられることになった男は、傍から見てすぐに分かるほどさらに大きな動揺の色を顔に浮かべた。

「早く!!」

その声でふと我に返る。
私は銃を下げ静かに床に置き直すと、蹴って廊下の遥か遠くへと飛ばした。
私はドアに向き直り、今度は勢いよくドアノブを回した。鈍い音がして、ドアの鍵が外れた、と同時にドアノブあたりの金具も壊れて落ちた。
なんて脆い。今思えばこれが私の「元」が発現した最後の時だったのだ。

彼女の暖かな手を握り直し、私はあの取るに足らないひ弱な人間に一瞥をくれる事も無く非常口の中へと進んだ。


 

 


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