第1話「特区」

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「ようこそ、『人外種間友好的交流プロジェクト』にご協力いただいた新規編入社員の皆さん。ここは世界一のコングロマリット"Hexacle"が運営する、唯一人間の手が介在されずに成り立った文明拠点、"特区"です。我々は、あなたの来訪を歓迎します」

「特区では、人間による経済活動は20XX年現在一切行われていません。そもそも、この特区では"人間"と呼ばれる生命体は生活しておりません。では何が住んでいるのか。もはやここにおられる皆様には解説不要でしょう。そう、"人外種"です」

「彼ら人外種は人間のように歩き、人間のように食べ、人間のように考える、人間とはかけ離れた知能存在です。ここでは彼らは常に人権が認められており、彼らとは常に対等な関係性を築くことが求められます。ともあれ、もしあなたが人外種に強い抵抗を抱いていないのならば、きっとその日から仲良くなることができるでしょう」

「また、我々Hexacleは、皆様がこの特区でより良い労働環境をご提供できるよう、素晴らしいパーソナルアシスタントがいつもあなたのそばに携えられています。彼女は超拡張支援システム、通称"HEXAS"です。HEXASは、Hexacleが特区を中立かつ安全に管理する目的で運用されている人工知能です。彼女は今現在まで、特区全体を総合的に管理していますが、こちらも人間の手による管理は行われていません。特区での労働で何かご不明な点がありましたら、このHEXASにお問い合わせすることで必ず解決することができるでしょう」

「それでは、特区での素晴らしい一日をお祈りしています」

 ――"特区"への片道切符の道中、僕は車内で案内ビデオを見せられた。流石は世界的コングロマリットのHexacle、ムービー一つ取っても手を抜いている様子はない。
僕は亜条<あじょう>。さっきの説明にあったHexacleに勤める、入社して数年のしがない社員の一人だ。僕は『人外種間友好的交流プロジェクト』という計画に突然抜擢され、この特区と呼ばれる場所に赴くことになった。いわゆる転勤だ。
 この事自体は特に苦痛はない。独身な上に一人暮らしという身軽な立場としては、転勤ごときでは特に動じることはない、はずなのだが。……とある理由によって、もはや左遷レベルという程に辛いものとなっているのだ。そう、

 僕は、人外種が苦手なのだ。

 いや、単純に「苦手」と言っても、いわゆる「不可解なものから来る不安」が原因というだけではない。かつては僕は色々巻き込まれたこともあって、以来僕は彼ら人外種に関する情報に触れることすら拒んでいた。
 なのにこの僕が、どうしてそんな僕が、この計画で「彼こそが一番の適任だ」などと言われてしまったのか。おそらくは絶対に解決しない謎だろうし、一生をかけても指名した上司を許すことはないだろう。

 海の上を一直線に走り抜く車両は、やがて目的地となる島の中へと吸い込まれていく。彼ら人外種が住まう島こそが、特区そのものである。車両はホームに近づき、ゆっくりと止まっていく。

「はぁ」

 いよいよ到着してしまった、と心からの落胆のため息が吐き出され、よし、と気を引き締めて車両の扉前に立つ。ちなみにさっき「皆様」などとムービーでの説明であったために、複数人が車両に乗っているかのような雰囲気があるが、実際には僕以外にこの車両には乗っていない。つまり、僕だけがこの特区に降り立つことになる。

「ここが、特区……」

 思わず僕は声を上げてしまった。扉が開き外気が流れ込んでくるのを感じながらホームへと降りると、その異質かつ常識の一切通用しないであろう景色に驚きを隠せない。白を基調とした清潔感溢れるホームでは、様々な姿をした「彼ら」が歩いている。一つ目人間やドラゴン、半魚人など、伝承や神話、果ては都市伝説などに出てくるような奇妙な存在が、皆一様にスーツや私服を纏ってせわしなく歩いているのである。

「す、すごい」
「人間さんが初めて見ると、やっぱりすごいんです?」
「わああっ!!」

 あっけを取られながら景色に見とれていると突然、右隣から女性の声で話しかけられる。僕は思わず声を裏返し、後ろへとずっこけてしまった。「いててて」と腰を撫でながら声のした方を見やると、茶髪のメガネを掛けた女性が、いきなり素っ頓狂な声を上げて転んでしまった僕を見ながら立っていた。

「驚かせてしまってごめんなさい、えっと……その、あっ、はじめまして! そしてようこそ、菱目崎へ! 私はここにくる予定の人間さんの案内役を担当させてもらいます、羽槻<はつき>です!」
「えっ、へ……は、はい、羽槻、さん?」
「えと、大丈夫ですか……?」

 しばらく、僕は彼女の見た目を理解できずにいた。見慣れた人間の顔、人間の胴体に、見慣れない鳥の翼と脚が見えたからだ。確か事前情報として聞いていた記憶と照らし合わせれば、これは……

「ハーピー……」
「あっ! よくわかりましたね! そうです、私はハーピーなんです!」
「あ、アハハ、なるほど……」

 突然話しかけてきた彼女が人外種だとは、覚悟していても慣れないものだ。羽槻と名乗った彼女は、苦笑を見せる僕とは対象的に、爽やかで優しい笑みを浮かべている。

「ええっと、とりあえず立ち上がれますか? よろしければ手を」
「いえ、大丈夫です」

 ころんだまま座り込んでいた僕を手助けしようとしたのか、差し伸べてきた彼女の手(?)による支えを取らず、自分の力で立ち上がる。人外種の手を借りると、何をされるか分かったものじゃないからだ。

「それなら良かった! ……あっ、忘れるところでした! 人間さんが到着したらこれを渡さなきゃならないんでした」

 そう言うと、羽槻はポケットから取り出したであろう端末を、僕に渡してきた。カードのように薄い、黒いガラスのような端末である。僕は恐る恐るそれを受け取った。

「これは?」
「この端末はですね~、特区に住むためのいろいろな情報を記録してるものです! ここの人外さんはみんなもってるんですよ!」
「そ、そうなんですか……」

 やけに元気ではきはきとした態度の羽槻は、ドヤ顔で自身のポケットから端末を取り出して見せてきた。一体どうやってあの翼のような手で物を掴んでいるのかは不明だが、しっかり持てているようだ。その様子はさながら「子供っぽい」感じさえする。

「さて、そろそろ急がないといけませんよ!」
「えっ、急ぐって、会社にですか……?」
「もちろん! 課長さんもお待ちですし、待たせると怒っちゃいますよ……?」
「お、怒るって」
「課長さん怒るとすっごい怖いですからね~、さっ、早く行きましょっ」

 羽槻が言う「課長」という方は、おそらくは上司になるであろう方なのは明白だ。だが、一体どんな方なのか……羽槻の説明だけを聞いていると、ただただ不安でしか無い。というより、特区初出勤でもしかして遅刻!? いや、そんなことはあってはならないことじゃないか! 僕は走り出した羽槻に引き離されないように走り出した。

「あっ、そういえばまだお名前聞いてなかったですね、人間さん。名前はなんて言うんですか?」
「え、ぼ、僕は亜条ですっ!」
「亜条さん、ですね! 私覚えました! 改めてよろしくです!」
「アハハ……よ、よろしくお願いします」

 僕は他の人外種の群れをかき分け、職場へと走りながら感じていた。この調子では、多分きっと、今までの常識は一切通用などしない未来が待ち受けているのだろうと。羽槻という女性がどこまでも明るく元気そうな人外種であることが、おそらく唯一の救いなのかもしれない、と。
 とにかく、僕はこの先がとても不安で仕方がないな、とばかり考えていたのだった。

 



「え? 特区に社員が入った? それも人間で平社員? ワーオ! こりゃ面白くなりそうじゃーん」
「らしいですよ。これは特ダネじゃ無いですかね?」

 都内某所、ある小規模編集社のオフィスで脚をテーブルに載せて話をしている女性。タバコを吹かし、奥に立っている男性の話を聞いて、調子の良いハスキーボイスで楽しそうな声を上げた。

「なかなかこういう一大スクープって無いからさ~。よし、いっちょこの私、蕪城<かぶらぎ>ちゃんが調査に赴いてやろうじゃないっての! 記者魂が燃えてくるわ!」

 眼に炎を浮かべつつ、早速! と言わんばかりにコートを羽織り、仕事道具のカバンを肩から下げてオフィスを飛び出す。やるべきことはただ一つ、彼女にとっては記事の執筆だけが生きがいなのだ。

「いっくわよ~、待ってなさい特区! 待ってなさいHexacle! 待ってなさい名も無き社員! 今度こそ面白い話聞かせてもらうわよ~~!!」

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