「鳥羽院」を含むwiki一覧 - 2ページ

新田義重_(大炊介) - 日本通信百科事典

る[6]。1157年(保元2年)、平氏方の藤原忠雅に申請して新田荘の立券に成功し、正式な新田荘司として就いた。当時の上野国司・藤原重家の舅が鳥羽院御願寺金剛心院の造営に深く関与をした藤原家成であり、藤原氏北家の花山院流・忠雅の母の兄も家成であった。ようやく、義重は敵対していた母方

晩学抄(鞠長員鞠) - いにしえwiki

つねにゆづれ。其人或は上手或は可然人。或は又いたくあてつかぬ人に時々やるべし。是等口傳集にも見えたり。詮は練習也。鞠高の數鞠を常に好べし。後鳥羽院勅定にも侍し。立蔀の內にて二三百もける程にてこそ上手とはいふべけれと云々。尤有其謂哉。さほどならずとも四五十もすぐにちらさでけるほどに

歌書(歌合) - いにしえwiki

歌合建保五年歌合右大将通光家歌合右大将家道家歌合定家卿百番自歌合四十番謌合建保五年歌合建保七年歌合建保七年歌合日吉社大宮歌合慈鎮和尚自歌合後鳥羽院自歌合草木歌合定家家隆両卿撰歌合家隆卿百番自歌合日吉社撰歌合石清水若宮歌合光明峰寺摂政家歌合卿相侍臣歌合名所月歌合日吉社歌合定家卿自歌

古人の異名の一覧 - いにしえwiki

石の 人こそしらね かはく間もなし異浦の丹後(宜秋門院丹後)- わすれじな 難波の秋の 夜半の空 こと浦にすむ 月は見るとも若草の宮内卿(後鳥羽院宮内卿)- うすくこく 野辺の緑の いろ/\に あとまで見ゆる 雪の若草下もえの少将(俊成卿女)- 下もえに 思ひきえなん 煙だに 跡

御集の一覧 - いにしえwiki

奈良御集代々御集亭子院御集延喜御集天暦御集円融院御集花山院御集五葉集崇徳院御百首崇徳院御集後鳥羽院御集遠島御百首遠島御百首抄土御門院御集土御門院御製百首順徳院御集順徳院御百首順徳院御製百首抄内裏名所御百首後嵯峨院御百首亀山院御集嘉元仙洞御百首伏見院御集伏見院御製伏見院御百首後宇多

歌人 こ - いにしえwiki

馬(こそべ の つしま)小大君(こおおきみ)後醍醐天皇(ごだいごてんのう)後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)後鳥羽天皇(ごとばてんのう)後鳥羽院下野(ごとばのいんのしもつけ)軍王(こにきしのおおきみ)後二条天皇(ごにじょうてんのう)近衛天皇(このえてんのう)近衛基平(このえ も

歌書(総説) - いにしえwiki

(藤原俊成)新撰帝説集正治奏状(同)和歌肝要(同)和歌色葉抄(上覚)和歌色葉抄後京極摂政判詞西公談抄(尾崎満良)四条大納言日記(四条隆房)後鳥羽院口伝抄家隆卿口伝抄(藤原家隆)無名抄(鴨長明)瑩玉抄(同)八雲御抄(順徳院)三体和歌和歌伊呂波近代秀歌(藤原定家)異本定家卿和歌式詠歌

蹴鞠 - いにしえwiki

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内外三時抄(韈) - いにしえwiki

計也。韈をば何足とは不言。量と云べき也。結緒は當家有文無文ともに用也。四條方には無文許を用云々。依之兄弟相論及勘例。故相公之說被用之畢。已後鳥羽院有文を令用御畢。其後當代同前也。切樣口傳集のごとし。韈と同文異文同色不同色皆用之。藍革。あゐしらぢ。むらさきがは。錦革。韈と混亂しても

内外三時抄(諒闇) - いにしえwiki

書云。不可違出仕之法。彼識者に訪べし。出仕する人々は猶しゝら烏帽子を着也。庶品絹狩衣。平絹指貫。生白帶。沓は黑赤可隨時。後鳥羽院御時。故相公幷故刑部宗長卿共に黑沓也。範茂卿相公に弟子也。朱漆の沓のうへを一はりぬりかへして着之。韈は故相公無文藍革也。宗長卿は或うらがへし或又有文を用

内外三時抄(摂関) - いにしえwiki

皆有例有謂。其外無別儀。但常の出仕も下絬らるゝ事なれば。俄御會之時。乍下袴上絬て。右下袴の前をばほころばして。後へ押やりて令立賜先例あり。後鳥羽院後御宇。賴實公如此。古くは指貫を沓にふみ入て立。これ其の時は裝束なへ/\と有ける時なればこそ然らめ。當時如木いかでかけらるべきや。韈。

内外三時抄(上皇) - いにしえwiki

書云。御直衣。冠御烏帽子隨節。御布衣。若內々會之時。御小直衣御狩衣等也。無殊儀。後鳥羽院は御直垂御葛袴御狩袴。是は別儀也。筵道建保之比被用之。予云。其比行幸之比也。即御會有之。其時筵道後被用。其上非故儀。タグ一覧: カウンターページ全体:今日:昨日:

内外三時抄(単) - いにしえwiki

夕云。初に重て着事あり。宗長卿度々着之。後鳥羽院又着御あり。相摸次郞時村數相公の弟子として院參之時着之。大底下括て宗々臣。臨御會刻限て上絬之時着之。自宿所上絬て着たる例は少也。予云。宗繼朝臣自兼日上絬着事度々。結句卅余にて紅單を重たりとて諸人嘲哢也。タグ一覧: カウンターページ全

小倉百人一首 - いにしえwiki

ゆふぐれは みそぎぞなつの しるしなりける(従二位家隆)099.ひともをし ひともうらめし あぢきなく よをおもふゆゑに ものおもふみは(後鳥羽院)100.ももしきや ふるきのきばの しのぶにも なほあまりある むかしなりけり(順徳院)小倉百首百人一首(藤原定家)百人一首同同百人

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