報告書:「」事件について。 覚醒級ダイバー1名が同様に覚醒級であるローグ集団の襲撃により死亡。奇書院から深層級1名、護衛としてゼロメアから境界級1名、現地調査などの支援として不知火から覚醒級一名をこれの報復討伐任務に割り当てたところ、うち不知火のダイバーが私怨を理由にローグダイバーと内通しており、実際には深層級1名と直属の境界級10名を伴った戦力が現地に潜伏していた。 ダイブ地点にも一定戦力が確保されており、この任務は実質ダイブアウト不可のツーマンセルのみという過酷な状況で実施されることになった。その後、内通を関知した正規ダイバー陣営がダイブ地点のローグダイバー排除に戦力を投じ、領域内突入のタイミングで突如一級夢現災害相当の悪夢の出現が確認。 直前に通信が完全に途絶したことを鑑み、既に両名は死亡したものと判断し救助任務は放棄。通常の討伐任務へと差し替えられ、戦力招集と状況観測へと移行した。 |
僕は生まれつき獣に近かった。顔が、とかそういうことじゃないよ、感性が、だよ。他者の心というものが僕にはどうにも理解しがたかったんだ。……気取った風な言い方をしたけど、単純に超弩級の馬鹿だったのかもしれない。実際、純粋に自分はどうしようもない馬鹿だからいけないのでは?と思って幼少期は齧り付くように勉強にしがみつきもした。けど、大して役には立たなかった。算数や理科じゃ人の心はわからなかったし、道徳の教科書をいくら読んだところで何も身に付きはしなかった。そこには「多分正解なんだろうな」って事実が淡々と書き連ねられてることしかわからず、「どうして正解なのか」という共感というか理解は得られなかったし。それでも意味があったか?と言えば、どうだろう。クラスメイトに多少は慕ってもらえたり親や先生は喜んでくれたけど、嫉妬の原因にもなったから結局のところは±0だ。それでも学ぶことは楽しいから、勉強続けて今でもこうやって研究職やってるわけだけど。
ああ、それと小さい頃一番悩んだことは何より死と愛への理解が難しかったこと。見かねた両親がペットにハムスターを飼ってくれたことはあったけど、滑車を延々回すそれを見ても愛しさは込み上げなかったし、ある日寿命を迎えたときだってただ動かなくなったな、としか思えなかった。家族親戚みんなに慕われていた祖父が亡くなったときは僕だけ涙が出なかった。クリスチャンの同級生が父を失ったとき、「神様、お父さんを返して」って泣く彼女にあろうことか「神は居ないし死の先は無だよ」とかのたまって平手を食らったこともあった。特に最後のはしばらくの間理解できなかったな。「天国で君を見守ってる」だとか、気の利いたことが言えればよかったのに。道徳の教科書の答えにもそうあったのに。上辺だけの理解しかしてなかったから、碌に知識を使えないことも虚しかった。
「震えるくらい冷えるのかい、シェル。なら今火を……」「違う、怖い。怖いの、優。」「ほんとに2人で無事に帰れるのかなって。……怖いから、震えてるんだよ」そうか。寒いときだけじゃなく、人は怖い時も震えるのか。
『』『』『』『』……僕はずっと怖かったんだ。「……僕もだよシェル。とても怖い、死ぬかもしれないことが、君を失うかもしれないことが。これから先起こるであろうことが、怖くてたまらない。」返事がない。「シェル?」「………ごめん、優。どこかで何かに怯えてるのをずっと知ってたのに。……やっと怖い、って君が吐き出せたのに。今の私は何もしてあげられなくて」
やっぱり君は物知りだよ、シェル。
「そんなことないさ、君が僕のそばに居てくれている。これだけで、頭がどうにかなりそうなこの状況でも僕はまだ正気を保てている。……けど、君のその罪悪感に付け込むとするのなら」
「僕の頬にキスしてくれないか、そうしたら、なんだか勇気が出そうな気がする」
「いや、やっぱり今のは無しだ。聞かな……むぐっ」
「いいよ。……どう?勇気、出た?」
「……ああ。ありがとう。おかげで覚悟もできた」
「そっか。よかった」
「少し眠るから、あとで起こしてくれ。」
中から湧き上がる恐怖に身を委ねる。このまま死ぬのは怖い、シェルが死んでしまうのも怖い、何も残せないのも怖い、無に還るのが怖い、僕が居ないまま世界が回る寂しさが怖い、居ないのをいいことに歪んで伝えられるのが怖い、僕の研究で誰かが誰かを悲しませるのが怖い、この安全地帯の外が怖い、痛いのだって怖い。沢山沢山、怖い。何より、もうじき怪物になる自分が怖くてたまらない。
「わかった、おやすみ。……優」
……いや、違う!大丈夫だ!だって『今の』僕にはシェルが居る!
「ああ、おやすみ、シェル。」
正体不明だったこの衝動を、抑え込み続けていた理性の糸を、今、切った。
追記:再突入のタイミングで夢現災害のダイバーログが消失、及び「シェル」が「ペイン・ラヴァ―」を抱えて領域内から帰還した。両名はかなりの重傷(特に「ペイン・ラヴァ―」には昏睡なども見られた)ものの、命に別状はなく現在治療中。 |
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