貞治二年御鞠記

ページ名:貞治二年御鞠記

貞治二年御鞠記

一名衣かつきの日記
後晋光園攝政良基公
貞治二のとしさ月中の十日。四の海浪しづまり。万國風おさまれるころ。春の杪は名ごりなくしげりはてゝ。夏木だちおりえがほなるに。紫の庭砌いさぎよく。玉の砂のうへすゞしきゆふべ。卯月の事しげかりし神わざも過ぬれば。百敷のあたりいとさう/"\しきころなるに。やまともろこしのうた糸竹のしらべは。大宮人の朝ゆふ手ならすことなれば。めづらしげなしとて。さりぬベき家々の鞠足ども。頭中將爲遠朝臣承て催さる。御點の人數は。二條前關白。良基公。關白道嗣公。右大臣。通相公。内大臣。實夏公。按察大納言。實繼卿。右大將。實俊卿。前權大納言。忠季卿。園前中納言。基隆卿。藤中納言。時光卿。新藤中納言。忠光卿。二條三位。爲忠卿。難波三位。宗淸卿。平三位。行時卿。殿上人には爲遠朝臣。信兼朝臣。雅冬朝臣。宗仲朝臣。基淸朝臣。雅家朝臣。宗音朝臣。爲有。藤原懷國。此外賀茂の輩は。員平。敏久。音平。能隆。脩久。音久。商久。重敏。員久。下の宮の祐泰などもめしに應ずるとぞ聞えし。此内不参の輩多し。きのふ十日と沙汰有しに。雨の餘波庭の露拂がたきによりて。今日十一日なるべし。まづ辰の時に。爲遠朝臣參りて。御裝束拵。御殿の東西議定所向御鞠懸。五間に御簾をかけわたしてこれをたる。南の三四間の前の簀子を切さげて。繧繝の帖一帖を供じて御座とす。東の庭の南の砌に南北へ小文疊一帖を敷て前關白の座とす。其末に東西へ同疊二帖をしきて見證の公卿の座とす。東の庭の北の砌に立蔀にそへて。小文疊を南北へしきて關白の座とす。その末に東西へおなじき疊四五帖をしきて鞠足の公卿の座とす。そのすゑに圓座十枚ばかりをしきておなじき殿上人の座とす。東の渡殿の下の西の砌に圓座をしきて賀茂の輩の座とす。小御所對のやに御簾をかけらる。便宜の女房などかいばみ侍所にや。未の時に人々やう/\まいりあつまる。大殿は夜べより直廬に候せらる。殿まいらせ給ぬれば。事よくなりぬとて。きぬかづきなどおどろ/\しくひしめく。門の內陣のうちより庭上まで雜人たちこみてところなし。こと具しぬれば。まづ簾中に出御あり。御韈ばかりをめさる。賀茂の輩參て渡殿の座につく。鞠足の公卿殿上人次第に參着す。まづ藏人懷國露拂の鞠をもて庭中にをく。やがて露はらひの人數めしたてらる。基淸朝臣。懷國。敏久。音平。能隆。商久。重敏など次第にたつ。いく程なくて露拂とゞまる。殿直廬にて沓韈はきて。庭上を經て座につかる。藏人懷國露拂の鞠をとりてしりぞく。此間藏人また枝に二付たるまり白まり上。ふすべ鞠下。をもちて。北の御所の木の下。北面の立蔀によせたつ。其後出御あり。大殿南殿の方よりすゝみて。東西の南の第四間の御簾をかゝげらる。出御あり。御直衣薄色の御指貫。文くわにあられ。常にはひの御大口にくゝりをさしてめさるゝにや。小口の御袴などいふたぐひあれども。このたびは建久已下たび/\例によて。御さしぬきをめさる。おほかた主上御指貫をめさるゝ事は。五節の帳臺試の時。おほやけ殿上人にまぎれむが爲めさるゝ事あり。これになぞらへて。後鳥羽院〔八十二代〕より沙汰ありて。御まりにはめされ侍なり。この度の御裝束の御文色などの事。大殿などに申だんぜらるゝことにや。出御の後しきの座につかせ給て御氣色によりて各庭上の座につかる。其後前の殿にたつべきよし頻に仰らる。今日は見證の座に候べきよしを固く申さる。たび/\の仰につきて。座をたちてさきの庭をへて。西の立蔀の內に立入られて。沓韈をはき。指貫をなをさる。嘉元に光明照院の關白〔兼基〕俄に仰を承て。立入て沓韈をはかれける例に侍とかや。奉行頭中將して御下ぐつを下さる。有文の紫革。はしをぬふ。ふせくみあり。これも當座別勅によりて立侍とき。代々御韈を給る蹤なるべし。足したゝめてのち。本路をへて座につかる。この間爲遠朝臣先の御まりふすべまり。一をときて。すゝみて懸の內にをく。家々の作法あることなれば。こまかにもしるさず。又爲遠朝臣めしによりて御具足を持てまいる。藏人卿具足をもちてあひしたがひ。爲遠朝臣がまへにをく。(空白)御あしをしたゝむ。なべては御沓の役はてゝ後こそ御鞠をばとき侍に。このたびの樣いとめづらしきにや。家の人なれば。さだめておもふ所侍らんか。次に上八人。かゝりの下に進たつ。まづ御立あり。ひつじさるの鷄冠木の左。次に大殿めしにしたがひてすゝみたゝる。たつみの柳の左。次に殿すゝみたゝる。うしとらの櫻の左。次に基隆卿立。いぬゐの松の左。次に爲忠卿立。いぬゐの松の右。次に爲遠朝臣立。たつみの柳の右。次に宗仲朝臣立。ひつじさるの鷄冠木の右。次に雅家朝臣立。うしとらの櫻の右。八人立をはりて。御氣色によりて。殿庭中にすゝみて。鞠をとりて上鞠の役をつとめらる。一足なり。色々の說有事なれば。こまかにしるさず。其後園中納言まりをとりてあぐ。いくほどなくて殿座に歸らる。大殿又一兩足にて座にかへられぬれば。時光忠光の卿をめしたてらる。しばしありて御所かへり入らせ給。又殿めしたてらる。賀茂の輩も次第にまじはりまいる。御鞠かずありていとおもしろし。今日員申人のなきぞいと心えぬ事に侍る。されどその人なければちからなし。今日人々のあしもとすぐれてみゆ。右衞門督櫻をよきてといひける面かげ。夏の梢にもうかむ心ちして。名殘戀しきなどながめけむ人もありけんかし。其後又御所御立たび/\にをよぶ。大殿は御氣色あれども。そのゝちはたゝれず。思ふところ有べし。內のうへの御めい足。人にすぐれてみえさせ給ふ。白川〔七十二代〕鳥羽〔七十四代〕の御ことは程とをければこまかにしり侍らず。後白川〔七十七代〕後鳥羽〔八十二代〕この道堪能にてありしかば。夫よりぞ道もいよいよさかりになり侍ける。これはことに伏見〔九十一代〕後伏見〔九十二代〕兩代御上足の御あとをつがせ給て。かやうにおもしろくあそばすにやと。目も心もをよばず侍し。さしもくれがたき夏の日影。なごりおほき心ちするに。入合こゝろづきなしなど。物見る女房のうちなげくもおほし。殿しきりにめしたてらる。得たる上足にてましませば。のべあしかへあしなどさま/"\目をおどろかす。御堂〔道長〕知足院〔忠實〕など神變なりけむあとをつがれけるもありがたし。暮近せめて。殿。忠光。爲光。行時。宗仲。雅家。敏久。音平など。思ひ/\にみだれあふ足もと共いはむかたなし。殿やがてすぐに早出させられぬれば。御鞠はとゞまる。簾中にいらせ給。大殿もとのごとく御簾にまいらる。今日の人々の裝束。皆直衣衣冠なり。爲遠朝臣直衣に紅の片衣をきる。賀茂音平衣冠に紅の帷を着。その外別の事なし。さても禁中晴の御鞠は。中比たびたびの事に侍れど。今日の儀式まれなる事に侍とぞ。年老て物見人も申侍し。昔黃帝鞠を造て武を鍊せしむ。さればを四夷を平げ一天をおさむる器なりといへり。我國には天智〔三十九代〕のすベらぎ大織冠に魚と水との約をなし。君と臣との躰をあはせしも。此道のなかだてなるとかや。延喜〔醍醐〕天曆〔村上〕のかしこき御代には。京中蹴鞠のものをめして。淸凉殿の東庭にてつねに御覽侍るよし御記にもみえ侍り。中頃侍從大納言成通卿道の聖にて。鞠のせいにあひて秘術を傳はべりしよりこのかた。一人の師範として衆人の宗匠たりき。後鳥羽院承元〔土御門〕に灌頂の儀をとりをこなはれ。上八人をさだめられて。韈のしなをわかたれしより。ひとへに禁中の翫。雲の上のわざとなれり。興に携。道をもてあそぶ輩。誰か今日の宸宴をうかゞはざらん。
上八人の立樣
基隆卿・雅家朝臣
松・櫻
爲忠卿・關白
御所・爲遠朝臣
鷄冠木・柳
宗仲朝臣・前關白
今日御所御韈有文紫革。結文菊ヲ縫。
參仕人々。
公卿。
前關白。良基公。直衣。有文紫革韈。今日自御所被下。
關白。道嗣公。直衣。無文燻革。
園中納言。基隆卿。直衣。無文燻革。
藤中納言。時光卿。直衣。錦革。
新藤中納言。忠光卿。直衣。錦革。
侍從三位。爲忠卿。直衣。燻革。
平三位。行時卿。衣冠。錦革。
殿上人。
爲遠朝臣。直衣。紅帷。錦革。今日奉行。
信兼朝臣。束帶。錦革。
宗仲朝臣〔難波少将〕。衣冠。錦革。
基淸朝臣。直衣。藍革。
雅家朝臣〔飛鳥井少将〕。衣冠。錦革。
宗音朝臣。衣冠。錦革。
藤原懷國〔藏人〕。束帶。藍革。
賀茂。
員平。有文紫革。
敏平。有文紫革。
音平。錦革。
能隆。藍革。
脩久。藍革。
音久。藍革。
商久。藍革。
重敏。藍革。
員久。藍革。
下社。
祐泰。
文明十二年十月書進室町殿中書也。御本卷物自御所給之。今度草子也。不審事有之。以證本可挍合者也。
於江州柏木鄕書之。判
右榮雅眞筆冩申者也。
天正二申戌年正月廿六日 判

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