狂歌百物語（人魂）

人魂

001．誰たれ見しと なくて言ひつく 咄はなしまで 翼を添へて 走る人魂（仙台松山 千澗亭）
002．一念に 燃やす炎ほむらの 日高川 わたる恨みや 妄蛇なるらん（静洲園）
003．生ぐさき 風の誘ひて 鰯雲 かゝる絶え間を 過ぐる人魂（海樹園）
004．煩悩と 迷ひの雲の 中空を ふわりふわりと 出づる人魂（桃実園）
005．爪にまで 火ともし比ごろは ふはふはと 黄金こがね色なる 人魂の訪とふ（弥彦冨幹）
006．大神楽だいかぐら 毬の曲すと 見るまでに ひやらひやひや 思ふ人魂（大内亭参台）
007．千人の 首塚出でて 玉の緒の 百万遍も 行きつ戻りつ（月のや満丸）
008．犬猫と 同じ譬へに 言はれにし その人魂の 尾を引きて行く（駿府松径舎）
009．糸をひく 人の玉子の ふわふわは 今際いまはの息の つまり肴か（足兼）
010．人魂の とんだ咄に 尾が附きて 先から先へ 走り行くらん（月のや満丸）
011．人魂の とんだ咄を 仕出しいだして はては争ふ 顔の青筋（花林堂糸道）
012．飛び廻る 夜も深川の 人魂は いかなるものか 霊岸寺前（栄寿堂）
013．見るうちに ふと火の消えし 人魂は さぞな闇路を 迷ひぬるらん（下毛葉鹿 壺蝶楼花好）
014．ばつたりと 逢うて逸れ行く 人魂に 我が魂の 消ゆる思ひぞ（上総飯野 一矢亭内志）
015．二階家やの 棟むねにせまらぬ 人魂は 心広尾の 原や訪ふらん（雲井園）
016．橋落ちし 時に死にたる 人魂を 永代唱ふ 回向院にて（上総 花月楼）
017．家の上を とんだ噂に 青ざめし 我が魂も 人に見られむ（伊勢大淀浦 春の門松也）
018．欲に目の なくて身失せし 人なれや 闇より闇を 迷ふ魂（常陸大谷 千別）
019．人魂を 見しと見ぬとの 争ひに 額ぬかより青き 筋も引くらん（青則）
020．人魂に 羽根が生へてや 鳥部山 あちらこちらを 飛び廻るなり（南葉亭繁美）
021．月花を 愛せし人の 魂とみて 哥の念仏ねぶつも 詠みて手向けん（下総恩名 文左堂弓雄）
022．下襲したがひの 妻に結ばん きもさめつ 引きし五色の いとも凄さに（駿府 小柏園）
023．人魂の とんだ所の まがり角 出会がしらの ぞつと襟もと（無事也）
024．人だまの 光も凄く ぞつとして 心細くも あとを引きけり（下毛葉鹿 壺万楼松寿）
025．人魂の 飛ぶとひとしく 肝玉の 消えて真黒き ぬばたまの闇（館林 美通歌垣）
026．うそうそと 言ふを真事まことと 言ひつのり 青筋出して とんだ人魂（上総飯野 部多成）
027．小夜ふけて 見る人魂に 驚きて 青くなりてぞ 跡を引くらん（芝口屋）
028．魂を見て 結ぶ処の 下襲したがひの 褄つまをからげて 逃げる女をみなら（高見）
029．人魂も 無縁の墓を 抜け出でて 石にも筋の 残る青苔（清のや玉成）
030．結びぬる 下襲の褄 ほつれけん 糸を引きつゝ 見ゆる人魂（駿府 芝人）
031．青筋を 引きてちりちり 飛び行くは 癇癪持ちの 人の魂かも（尚丸）
032．酒ゆゑに 果てにし人の 魂かそも 後を引きつゝ 空を飛び行く（下総戸奈良 水彦）
033．夏草の 青野が原に 夜ごと夜ごと 燃ゆる螢や 鬼火なるらん（梅袖）

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