狂歌百物語（おいてけ堀）

おいてけ堀

001．蝉の声 森の木蔭に 釣る魚も 魚籠びくを蛻もぬける 置いてゆけ掘（宝市亭）
002．得し魚も おいてけと声 たてるなり 度を失ひて 逃げる堀端（松梅亭槙住）
003．思ひきや 褌ふどしばかりの 裸身はだかみを おいてけ堀に 置いていけとは（南向堂）
004．おいてけの 声に行来ゆききと 鳴く蛙 沓かたかたは 捨てゝ逃げけり（宝船亭升丸）
005．釣り溜めし 魚籠びくの尻まで 抜かれしは おいて行堀の 河童なるらん（大内亭参台）
006．かくまでに 骨折損を 下総しもふさや おいてけ堀の 網にかゝりて（長門 泉源舎清香）
007．数得てし 魚は残らず 置いてけと 釣師はあとを 釣針の鍵（装師坐浜松）
008．抜かれたる おいてけ堀に 釣る魚を 底気味悪く 覗く空魚籠からびく（尚丸）
009．燭もつ 御用も恐れ 逃げにけり おいてけ堀の 恐き鳴声（楽亭西馬）
010．よそで釣る 魚まで爰ここに おいてけと いふのはあまり 欲深き堀（甘喜）
011．物もたぬ 人も往来ゆききに 怪しまん 何をおいてけ 堀のあたりへ（見附 草の舎）
012．海賊の はしけの船の 入りし時 おいてけ堀の 名にや立ちけん（槙の屋）
013．捨てし物 拾はぬ代にも おいて行ゆけの 堀こそ欲の 深くあるらめ（駿府 望月楼）
014．堀の名の おいてゆけとは 宜むべなるや 代だいも置かずに 釣つて行くのを（哥居）
015．おいてけと 耳にひゞきて 魚うを一つ つれなき声を 立つる堀端（下総古河 孤松堂延年）
016．魚心 ありあまるほど 釣り得しを 水心なく 置いて行けといふ（松蔭）
017．釣り溜めて 魚籠に満つれば 駆け出いだす おいてけ堀の 声立てぬ間に（陽月舎網成）
018．此の堀の 主は何なり おいて行ゆけと 欲の深みに 声ぞ聞ゆる（楳星）
019．おいて行の 堀に魚みな 捕られしは ちと置いてきた 人にやあるらん（金丸）
020．籠の内 空にされるも 知らぬのは 少しおいて行ゆけ 堀の鮒釣り（高見）
021．身一つを おいてけ堀は 気味悪わろし 馬鹿にならぬと 人のさへけば（槙の屋）
022．金持ちて 返れる人や 逃げるらん おいてけ堀の 風の白浪（京 花兄）
023．声立つる おいてけ堀に 釣道具 びくりとしてぞ 捨てゝ逃げける（槙住）

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