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瀬川 昌治(せがわ まさはる、1925年10月26日 - )は、日本の映画監督、脚本家、テレビ監督、舞台演出家。喜劇映画の名手とされ、1960年代に数多くの喜劇シリーズを監督した。
東京市神田区神保町(現在の東京都千代田区神田神保町)の官吏の家に生まれる。学習院初等科、中等科に学び、一学年上の三島由紀夫などと交流する。学習院高等科 (旧制)在学中に陸軍船舶兵として応召。終戦後、東京帝国大学(現・東京大学)文学部英文科に入学するが、在学中は野球部のレギュラー外野手として活躍し、東京六大学野球リーグ戦にも出場した(東京大学野球部出身の映画監督としては、他に井坂聡がいる)。
卒業後は映画プロデューサーを目指し、当時ハリウッドのプロデューサー・システムを取り入れていた新東宝の製作部に入社するが、次第に演出に興味を持つようになり、1950年には同社の助監督部に異動して、阿部豊、松林宗恵、中川信夫などに師事した。新東宝が大蔵貢のワンマン体制に移行して従来のような自由な映画作りが困難になった1957年に退社。フリーのシナリオライターを経て、1959年、東映の契約助監督となる。
1960年、『ぽんこつ』で監督デビュー。アクション映画や文芸映画を手掛ける一方、榎本健一などの浅草出身コメディアンを起用して喜劇に才能を発揮する。1967年、東宝や松竹に対抗して東映が立ち上げた喜劇「列車シリーズ」の監督を任される。旧国鉄の協力を得て、全国各地の鉄道や観光地が登場する渥美清主演のこのシリーズは、計3本作られ好評を得るが、列車シリーズを高く評価した松竹社長・城戸四郎から「松竹の正月映画で列車シリーズをやってほしい」との誘いを受けて、翌1968年に松竹に移籍。山田洋次の『男はつらいよ』第一作の同時上映作品として「旅行シリーズ」の一作目『喜劇・大安旅行』をフランキー堺主演で監督する。
列車シリーズの主人公が鉄道の車掌で固定されていたのに対して、旅行シリーズでは主人公は観光地の鉄道駅に勤務する駅員か駅長なども演じるようになり、作品に登場するロケ地もよりスケールアップして(『喜劇・誘惑旅行』ではフィリピン・ロケを敢行)、喜劇であると同時に観光地映画という独自のジャンルを確立する。緻密に練られた構成の妙と、伴淳三郎やミヤコ蝶々などベテラン喜劇俳優を巧みに使いこなしてヒット作を量産する瀬川の演出手法は、城戸四郎から絶大な信頼を得ることとなり、1969年の年頭挨拶において城戸は「瀬川を見習え」と全社員に訓示するというエピソードを残している。なお、松竹に移籍した背景には、東映で保留されていた先輩・三島由紀夫の小説『愛の疾走』映画化の企画を進めるという瀬川の意図があったが、旅行ものがシリーズ化されたために、『愛の疾走』の企画は立ち消えとなる。
旅行シリーズは計11本制作され、1972年の『快感旅行』で終了(のちに番外編としてテレビドラマ『喜劇団体旅行 開運祈願』がフランキー堺主演で作られている)。松竹では他に、渡辺祐介がメインディレクターを務めた「全員集合!!シリーズ」の『ザ・ドリフターズのカモだ!!御用だ!!』と『正義だ!味方だ!全員集合!!』、前田陽一が立ち上げた「喜劇・男シリーズ」の『喜劇・男の泣きどころ』と『喜劇・男の腕だめし』を手掛けている。
1978年に松竹を離れ、1984年ににっかつ(日活)ロマンポルノ『トルコ行進曲・夢の城』で衝撃的な映画界カムバックを果たす。この頃から、社会の最底辺にいる水商売の女たちや芸人たちのプロフェッショナリズム賛歌を喜劇タッチの中に盛り込むようになり、ビートたけしやタモリなどテレビタレントの意外な一面を引き出すことに成功した。現時点において最後の映画作品となっている1990年の『Mr.レディー 夜明けのシンデレラ』でも、ニューハーフをプロ根性を持つ芸人と見なし、そのプロフェッショナリズム礼賛を喜劇タッチで描いた。
監督デビューの直後から脚本家として参加していたテレビドラマには、1965年の『国際事件記者』から監督として本格的に関わるようになり、1970年代~80年代には山口百恵、宇津井健が出演した「赤いシリーズ」や「スチュワーデス物語」などのヒットシリーズを手掛け、一方では『Gメン'75』、『夜明けの刑事』、『キイハンター』など刑事ドラマやアクションドラマも監督して、テレビドラマの黄金時代に大きく貢献した。一方、瀬川映画の顔である盟友・フランキー堺晩年の当たり役となった『赤かぶ検事奮戦記』など、映画時代の俳優たちの代表作となるテレビドラマも多数手掛ける。90年代以降もヒットメーカーとしての腕は少しも衰えることなく、「姉さん事件です」の流行語を生んだ「HOTELシリーズ」や「新幹線物語シリーズ」などのヒット作を送り出した。2004年からはテレビ東京(TX)系のハイビジョン・サスペンスドラマも手掛けている。また、大衆芸能に対する愛着をこめた舞台も数多く演出し、『東京浅草シネクラブ』、『午後の遺言状』などの演劇作品の他、舟木一夫のミュージカル作品や盟友・丹波哲郎の『丹波哲郎の大霊界』などを演出している。
1985年に金井美恵子が映画雑誌「リュミエール」誌上において、瀬川の『瀬戸はよいとこ・花嫁観光船』に触れたことがきっかけとなり、1980年代末にはアテネフランセ文化センターのシネクラブを中心にして、にわかに再評価ブームが起きる。初期のミュージカル映画『乾杯!ごきげん野郎』や東映映画の名悪役・遠藤辰雄(遠藤太津朗)が主演した喜劇『三等兵親分』、そして夫婦交換を描いたシニカルな喜劇『喜劇・"夫"売ります!!』などがこの再評価ブームの中で若い映画ファンや研究者によって再発見され、瀬川喜劇映画は意外な形での復活を果たすこととなった。
※自作監督作品の脚本は除く。
fr:Masaharu_Segawa
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