歌書(総説) - いにしえwiki
入歌林金葉抄(同)さよのねざめ(同)苔莚(心敬)東野州聞書(東常縁)兼載雑談(猪苗代兼載)栄雅記ならの葉和歌道しるべ(飛鳥井雅親)和歌入学抄飛鳥井家秘伝抄筆のまよひ飛鳥井家秘伝抄飛鳥井家式和歌口伝和歌部類抄和歌六部抄和歌口伝和歌次第博物館本無名抄正広筆記宋世口伝和歌深秘抄東家三部
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原定家)懐紙短冊書法口伝(今川貞世・等)和歌功能(宋世)和歌愚僻抄建保寛正間歌詩会記(一条冬良)和歌書様和歌次第之事花月恋五十体色紙当流口伝飛鳥井家和歌之式法類会座訓(冷泉為和)和歌条々和歌書様和歌会次第永正聞書和歌式和歌玉屑抄(也足軒)歌会作法聞書(木戸寿之)飛鳥井家之式(飛鳥
A. 飛鳥井家は、藤原北家花山院流難波家の庶流であり、公家・華族の家格を有した家です。参考URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E9%B3%A5%E4%BA%95%E5%AE%B6
内外三時抄ないげさんじしょうは鎌倉時代の中期の作品。著者は飛鳥井家の第3代当主の飛鳥井雅有あすかい まさあり。続群書類従の蹴鞠部、第五三六巻に収録。序文内外三時抄(序)鞠場篇内外三時抄(庭作)内外三時抄(塞縁下)内外三時抄(石畳)内外三時抄(傍前栽)内外三時抄(懸樹)装束篇内外三
に行くように進言。そして最終的にはやっと完成した船で、徳川家康も連れて海外へ旅立っていった。実はあまり知られていないが、宗茂は蹴鞠の総本家・飛鳥井家から免許皆伝を受けるほどの蹴鞠好き。その史実を踏まえての役回りと思われる。義元が桶狭間に散った1560年時点で政宗も宗茂も生まれてね
029.脇指も 刀もぬきて たつ時は なをる圓座の 脇にをく也030.びんずりや うつぼながしは 曲足の 中にもまりの 大事なりけり這三十首飛鳥井家中納言雅康。述作也。以前大納言雅章卿。本書写?合矣。同作之和歌百首也。其内五十首或卅首書分之本有之。仍三通也。今二通追而可写者也。寛
蹴鞠条々大概しゅうきくじょうじょうたいがいは室町時代の後期の作品。著者は飛鳥井家の第7代当主雅世の次男、飛鳥井雅康あすかい まさやす。続群書類従の蹴鞠部、第五三六巻に収録。身體事書云。凡人のうけたるところ。性に利鈍賢愚あり。體に好惡大少あり。父よけれども子かならずうけず。師妙なれ