「能美島」を含むwiki一覧 - 1ページ

地区別 - 呉市周辺の遺構まとめ

(大平山砲台跡) 御手洗町簡易水道配水池跡 鹿島の段々畑 川尻トンネル 県道204号安登停車場線 浜田橋 女猫の瀬戸 レンガの積み方江田島・能美島江田島・能美島 海上自衛隊第1術科学校(旧海軍兵学校) 古鷹山 海友舎(旧海軍兵学校下士官集会所) 小用港(戦艦榛名終焉の地) 江田島

飛渡瀬(巡洋艦大淀終焉の地) - 呉市周辺の遺構まとめ

飛渡瀬(巡洋艦大淀終焉の地)飛渡瀬(ひとのせ)は江田島湾の一番奥、江田島と能美島の間の交通の要衝にあります。元々ここには江田島と能美島の間にあった瀬戸(小さな海峡)があり「飛び越えて渡れる瀬戸」という意味の地名が由来となっています。巡洋艦大淀は太平洋戦争中に竣工した軽巡洋艦で連合

鹿川水源地 - 呉市周辺の遺構まとめ

鹿川水源地鹿川(かのかわ)水源地は能美島の小鹿川にある水源地で『江田島海軍水道』の1つ明治26年に開校した海軍兵学校の水源地として初めに奥小路水源地が作られました。しかし、生徒数の増加や海軍兵学校の規模拡大を受けて水源地の追加増築が必要となりました。そこで海軍は、昭和16年に能美

第六潜水艇殉難者記念碑 - 呉市周辺の遺構まとめ

ました。第六潜水艇の船体は終戦まで潜水学校に保存されていましたが、戦後進駐軍の戦没者崇拝・戦争賛美禁止命令により解体されました。眼前にある東能美島との間の海が事故現場です。 備考 ・国道2号線の岩国市装束町交差点を山側に入って第六潜水艇記念碑の看板のある入口を

重極湾(巡洋艦北上終焉の地) - 呉市周辺の遺構まとめ

じゅうごくわん)でカモフラージュのため松や草木を置いて停泊していました。重極湾は倉橋島の南西にある北向きの湾で、両側に突き出した半島と目前に能美島があるため艦艇を隠すのに適した地形でした。しかし、昭和20年7月の第二次呉軍港空襲では重極湾に隠れていた巡洋艦北上は空襲を受け大破しま

  • 1