トニーが所有するインビジブル・ウォールのオフィスの一室、あるいは彼らの溜まり場でのこと。フリースペースには無数のモニターとゲームハードが設置されており、ここに来ればいつでも最新作に興じることができる。それだけを目当てに来る連中も多く、実際、彼が今日ここを訪れた理由も八割がたはそうだった。
「あのねあのね☆それでね、そのときフーさんがねー☆」
そして彼は辟易していた。と言うのも宗室市という人物は生来、人一倍静寂を愛する気質である。だというに、たまの語らいくらいならいざ知らず、目の前の彼女は彼をひっ捕まえてはそんなことは知らないといわんばかりに、騒音にも似た落ちのない惚気話をこのところ毎日延々と繰り返しているからだ。
相槌も打たず、目の前でこれみよがしにiPhoneを弄り出してみせてるというに、それでも挫けず話を続けるその不屈の精神たるや。無意味なリロードのスワイプは繰り返され、SNSアプリからは「シュッ…ポ」と機械音が垂れ流されている。
「ねぇ聞いてる?せめて相槌くらいは打とうよ」
「見てわかるだろう。聞いてないよ。」
「ひどぉい!市クン冷たくない!?」
彼女は両腕をぶんぶんと振って全身で不服の怒りを表現してみせる。これで自分に飽きてくれれば清々するのだが。そう思いつつも、中身はともかく見た目は16,17近くのいい大人が、幼稚に振舞うのは些か見苦しいというかなんというか、みっともなくて見てられないから勘弁してくれという気持ちもあった。
「そんなんだから女の子泣かせるんだよ!」
「おいちょっと待てそれどこで聞いた、というかその話を大声でするんじゃない!!勘違いされるだろ!!!」
「勘違いも何もほんとのことじゃん!だって社長から聞いたもん!」
「元凶アイツかよ!あの口軽スクラップ野郎が!!」
その動揺の一瞬、無慈悲なエイリアンのレーザー弾が自機を無残に爆発四散させた。思わずコントローラーをぶん投げそうになる衝動に駆られる。ああもう限界だ、耐え切れそうにない。色んな方面に。
彼は端末のアプリを閉じて、着信画面を呼び出す。
『デイドリー・レイダース』のアドレスを選んで、コールのボタンをおもむろに叩いた。
フーザフティフ=エン・ヴァン・ダムは困惑していた。と言うのも、「いい加減疲れたので今からそちらを向かいます」という短い連絡がきたと思えば、ほどなくして彼が信じて送り出した少女が全身鎖で信じて託した派閥の少年ダイバーに雁字搦めに拘束されてやってきたからだ。とりあえず一体これは何事だと聞きたかった。
「ダムさん、いきなりアポも取らず押しかけてしまって申し訳ありません。これ、手土産のクッキーです」
「ああ、それは別に構わない。今日はもう仕事も終いだったしな。クッキーもわざわざありがとうな。」
まあバターと糖質は制限してるから自分は食えないが、後でこの子らに出すか、チャスあたりにでも渡してやればそれでいいだろう。彼が右手に掲げる缶を、その処遇に考えを馳せながら受け取った。
「むーっ!むーっ!」
「……ところで。俺にそこの前衛アートは一体どうやって生まれたのか聞かせてくれないか?」
「ああ、あれは壊れたラジオが五月蠅いかったので栓を。……つきましては、これを何とかしてほしくて来ました」
「そうか……わかった。じゃあとりあえず放してやってくれるか?」
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