はたして麺を音を立ててすするのは日本の文化なのか
しばしば「麺を音を立ててすするのは日本の文化」であると言われます。より詳しく書くと、「そばなどの麺類を豪快な音を立ててすするのは『粋』とされる」という主張です。このページでは、この主張の妥当性を検証したいと思います。
そんな文化はない
結論から言って、そのような「文化」は存在しません。
江戸以前の文献で「麺類を音を立ててすするのが粋である」という価値観が浸透していることを実証できるものは存在しません。
この主張をする人には、落語家がそばをすする演技で音を立てている例を挙げ、それが文化であると主張している人が少なからずいます。
しかし、冷静に考えましょう。落語の演出で行われている所作が「日本の文化」である、という主張は、多分に論理が飛躍しています。
たとえば、アニメの食事シーンには「ムシャムシャ」「ガツガツ」といった効果音が插入されますが、そのような音を立てるのが「文化」であると、真剣に主張する人はいないでしょう。
それは、見る人に何を表現しているか伝えるための単なる「演出」であり、そのような文化が存在しているわけではありません。
文化であれば許されるのか
そもそも、それが文化であったり古くからの慣習であれば、行ってもよいのでしょうか?
たとえば、古代の国の多くでは、殉死や族誅といった人権を無視した行為が当然のように行われていたわけですが、それらは文化であるという理由で正当化されるのでしょうか?
「食事で不要な音を立てない」「他人に食事音を聞かせない」というマナーは、人には生まれながらに人権があるのと同様、普遍的なものです。
「音を立てないでものを食べる方が行儀が良い」というのは、あえて反発する理由もないくらい、当たり前のことだと思います。
一人一人がそう認識できるのなら、そう改めない理由があるでしょうか?
コメント
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関西ではNGですよ。
テレビの影響で東京ナイズドされつつありますが。
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