バトルレポート:004「ヨウト・ササガワ case1」本文

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分厚い曇り空。
北側からバスケット前哨基地20を鷲掴みにするようにそびえる山並み。
先ほどから、灰色の雲のカーテンの向こうからはときおり遠雷が轟いていた。
まるで蹄鉄のようなカーブを描く断崖に囲われたここは、かつて人々の争いの中で天然の要害として役割を果たしていたのだろう。


世界各地に散財するバスケットの拠点の一つ、ここ「Outpost20」は、世界史を大きく塗り替えたヘキサグラム登場以前の旧世紀に建設された軍事施設跡地を再利用したものであった。
南側は「蹄鉄」のU字型に開放された平地が広がり、さほど遠くない交易拠点の街から海側の港町へと続く唯一の道が続く。
涸れた河川と並走するこの道はかつて人々に欠かせないものであったが、この軍事施設跡地を……流れ着いた武装集団が根城としてからは往来が途絶えていた。
そんな武装集団も、バスケットが施設を買い上げるという手段で立ち退いてしばらくが経つ。


MSGVFからバスケットへ出向したアーマータイプ・センチネル達の部隊の眼前を、涸れ川に沿ってのろのろと走り去るものがあった。
家族や親類縁者であろう、様々な年齢層の者達が一つの大型バンにへしあい、新たな住まいを求めて港町へと車を進めていた。


ところが施設近辺にはかつての戦いでの危険物が多数存在しているため、見かねた部下からの連絡があり、パウエル曹長は一家には通行ルートを指示したばかりであった。
部下達を伴ってOutpost20へと来たばかりのティグミー・パウエル曹長がまず行ったのは、基地周辺の危険物……埋設地雷、不発弾、後年のヘテロドックス集団同士の縄張り争いで設置された仕掛け罠の調査、マーキング、撤去であったのだ。
もっとも来たばかりの彼等はVF式で危険物のマーキングを行っていたため、地元民には理解されない恐れが懸念された。
中間管理職である彼の不安は的中し、対戦車地雷が未撤去の方角へ侵入しようとしたバンを停車させ、誘導を行ったのだ。


「肝を冷やしましたよ。無事に辿り着けるといいですがね、定員オーバーですし」


「……あの車種は、乗ったことがある。頑丈だ」


気心の知れた部下達のほか、そこにはバスケットに参画したガバナーのガゼン・ハンイもいた。
ガゼン・ハンイは現在Outpost20に駐留する数少ないヘキサギアのうち一機の専属ガバナーである。
第二世代ヘキサギア・エアリアルファイターでの空中の戦いを得意とする、現在では稀有な技能を持つ老兵。
陣営問わず依頼を請けるフリーランスの傭兵である彼は、たまたま外の空気を吸いにきたところに居合わせた…というのが本人の弁であった。


もっぱら施設警備を担当するVFのバックラーズとは別部署となるため、パウエル曹長達も顔を合わせる機会は珍しかった。
老年ならでは、それも単独行動で生き延びてきた経験を持つガバナーに対し多少なりとも尊敬の念を抱く兵士は多い。
若い世代にとってはコミュニケーションを図る機会と捉えられたが。


「あれは、舗装路では、いい車だ」


「MSG製ですが、割と古い車種ですね……かなり長持ちだなあ。そういえばお若い頃はあれに乗って遠出されたりしたのですか?」


「古い時代は、そんだけしっかりしたブツ(民生品)を作る余裕があったんだよ。…昔はブリキの兵隊なんて作ってなかったからな」


ガゼンは軽く吐き捨てるようにつぶやくと、カカトでその場にいた足跡を消して基地の方へと戻っていった。


一昨日、近隣の交易拠点の街では大規模な戦闘があった。
バスケットが穏便に買い取った軍事施設跡地から退去した武装集団が、更に別集団にその資金を狙われたのか。あるいは仲間同士の揉め事かもしれなかった。
バスケットは治安維持組織ではない。自身の活動を妨害するB.U.G.と認定されれば話は別なのだが、彼等にそこまでの介入を行う意思も道理もなく、また戦力も不足していた。
本来、南側の平原はMSGVF領なのだが、戦略的価値の低さから長らく放置されたまま。
民間業者の通信網程度はこの地域にもあるものの、おかげでバスケット拠点のOutpost20には別途通信回線を引く必要があり、それでもネットワークの品質は低く、ジェネレーターシャフトからの情報支援等を受けられるものでもなかったのだ。


「長年、戦いの場で生きてきた御仁だ。MSG…ことVFには、思う所もあるのだろうな」


パウエル曹長の方が、まだ変化をその目で見てきた年数が長い。
しかし、基地に戻るにはガゼンが歩いているのと同じ道しかない。気まずい空気の中、パウエル曹長と勤務を終えた交代要員は少しだけ時間を遅らせて帰ることにした。


道から斜面を登りOutpost20内へと入るルートにはやはり、かつての軍事施設への直進を防ぐための曲がりくねった道やコンクリート製のバリケードが点在し、車輪で走る種類の乗り物での侵入を防ぐ形となっていた。
ルートの一部には砲撃による大穴も開いたままになっており、人工物の世界へそこから荒野が侵入するかのごとく見えた。


そんなこの基地を巡るかつての戦いについては、バスケットが基地を地元のヘテロドックス集団から買い上げた際から行われていた収集も既に完了し、オルタナティブ・オーブ型ドロイド「メロン」へ保存されて本部へと持ち帰られていた。
周辺の調査も終わり、現在、各地のバスケット拠点の中でも、Outpost20は長期保管が可能な備品の保管場所として用いられている。
言ってみれば、Outpost20はただの倉庫と言えた。
地元のヘテロドックスにも、協力とまではいかないものの、中立関係を根回し済……重要度の低い拠点のひとつ。
一昨日までは。
ひとまずは下界の状況を最新に更新する必要があり、それはVFの歩兵では不向きなため、別途人員が派遣されてきているという話だったが……。、


基地のフェンス内へと戻るパウエル曹長の耳に、いつもの落ち着きのない声ががなり立てた。
直属の上司たる第1中隊長、年かさの大尉である。
中隊本部の上級下士官であるティグミー・パウエル曹長の本来の役割は、上司の中隊長である大尉の補佐と、部下の兵の取りまとめ。
主に上からの圧力が高い職場であった。


「曹長ー! 探したら、すぐ応答する! そも中隊本部にいなきゃ駄目でしょう!」
「は。大変失礼いたしました、大尉どの」


もちろん先ほどまでの説明を試みるが、本質はそうではない。
いつものごとく一刻も早く事務仕事を押し付けて、今日はアガリとしたいのだろう。
VF兵士としての在り方を説教されて時間をロスした挙句、一刻も早く戻るように言いつけられ、彼は駆け足で基地内の中隊本部へと戻った、
ガゼンはとっくの昔に姿を消していた。


「あー、忙しい。忙しい」


ほとんど手を付けられていない事務仕事を曹長に押し付ける前フリを行った後、よろしく、と足取りも軽く晩酌をしに食堂へ向かう大尉。
こういったところは丁寧な仕事をする男であった。


突如、基地内や彼のアーマータイプから警報が鳴り響く。
基地周辺に物理的に設置された通信網の破壊が検知され、ヘキサギアを用いた襲撃が確認された。
B.U.G.による敵襲であった。



土砂降りの中。
ティグミー・パウエル曹長は、部下たち"だったもの"のうち、収容可能な姿を留めていた最後の一体を、屋根のあるプレハブまで運びこんだ。
一部は、認識票の回収すらできない有り様であったが、一人一人、名前と状況は記憶しており、まず間違いなく、バックアップからの情報体化が許可されるものと見えた。
いずれ再会できる事には違いはない。慣れ親しんだ者が斃れる姿も初めてでもない。
ないのだが、ゾアテックスヘキサギアの襲撃による被害のさまは彼にとって初めて目にするものであった。


獣性と呼ばれる機械の本能を備えた機械の獣の獰猛さと賢さには、最新のアーマータイプをもってしても太刀打ちできるものではない。
バックラーズ大隊第1中隊は、最前線に配置された者から伝え聞くその圧倒的な性能を文字通り身をもって味わうこととなった。
高速徹甲弾、化学反応弾、プラズマ兵器、陣地に待ち伏せしての十字砲火、無数の散弾が破裂する地雷原……いずれをも回避し走り抜ける運動性能。
四肢に搭載されたグラビティ・コントローラーによる打撃、圧殺が、猛威を振るった。
まるで、貴様らには弾を使うまでもない、とばかりに。


MSGVF、LA双方の中で穏健派と目される勢力が出資・派兵……様々な協力を行うヘテロドックス「バスケット」。
彼等は二大勢力が掲げる「人間の情報体化からの再創世」「あくまで生物種としての生を全うする為の戦い」とは距離を置き、あくまで未来人類へのガイドラインとなる地球・人類社会の記録収集に尽力していた。
そのためバスケットは双方の派閥からの支援を受けることのできる組織であったが、それは武力に勝る双方の派閥内部の過激派から攻撃される危険性も同時に孕んでいた


B.U.G.……Burden Units and Governors.
"厄介者"を意味するバスケットへの敵対者の中でも、最高ランクの脅威度を誇るのが、ガバナー・ヨウト・ササガワ&彼の愛機たるレイブレード・インパルス。
リバティー・アライアンス所属ヘキサギアでは最強の一角を誇り、禁忌の兵器を搭載する機体による明確な敵対行為には、優先的に対処を行う必要があった。
既に彼と彼の愛機はLA内部の指揮系統からは逸脱しており、かねてより敵対行為の中止要請を上層部から行っても意味をなさなかった。
一方、MSGVFは規格外兵器"レイブレード"の回収を厳命されており、が、バスケットに供出された戦力はごく知れたもの。
また現在、レイブレード・インパルスのような第三世代ヘキサギアを中心とする部隊によって各地で戦線が押し上げられており、MSGVFには、いつ現れるかも知れぬ単機のヘキサギア相手に、同じゾアテックス技術を用い、圧倒できるまとまった数の部隊を割いておける理由もなかったのだろう。


たまたま襲われたのは僻地の拠点で、配置されていたのは歩兵を中心とする少数の守備隊。
保有する戦力でなるべく時間を稼ぎ、その間、バスケットに参画しているゾアテックスヘキサギアの救援を求めるのが、戦術的には正しい。
ごく少数ではあるが、MSGVF内では手練れのガバナーとヘキサギアもバスケットが動かせる戦力として存在した。
しかし、常に戦術的に正しい判断を行える指揮官と、正しい行動を行える手段があるとは限らない。


第一撃で、ヨウトは基地周辺の通信手段……「カラカサ」と呼ぶ者もいる、MSGVF製中継施設を徹底的に破壊。
山岳に姿を隠してはヘキサグラムの出力を回復させ、再度の襲撃。
単機での行動が可能なヘキサギアによる奇襲戦法により、


いっぽう守備側のバックラーズ大隊では、大尉が部下への全力出撃を命じた。
前線から遠く離れ、組織の理念遂行とは外れた民間団体への出向を命じられた彼には、自ら戦い情報体の地位を勝ち得るための功績が必要だったのかもしれないし、脅威度判定AのB.U.G.を捕らえることで、バスケット内でVF勢力をまとめあげる評判を欲していたのかもしれないし、あるいは迫り来る実際の脅威に対してパニックを起こしてしまったのかもしれなかった。
いずれにせよ兵士は上官の命令に対して最善を尽くして戦い、その結果、配られたカードの大半は既に山へ打ち捨てられてしまっていた。


MSGヴァリアントフォース歩兵大隊“バックラーズ。
指導者SANATのもと、肉体を捨て情報体となることを人々へ推奨するMSGであったが、実際に社会の構成員となる者たちを情報体とする転換処理には時間を要した。
兵士は転換の「優先順位」で高い位置を占めるものの、それでも未だ生身を保護するアーマータイプ・センチネル着用者は多い。
バックラーズ大隊もおよそ半数が既に情報体となった者、残り半数は生身の人間が占めており、パウエル曹長はその後者であった。
部隊ではあと何人、何か月、の目安すら表示されず待たされ続ける者も多かったが、彼にはようやく通知が届き……その直後のバスケットへの出向となった。
大隊は2つに分割され、分かれたそれぞれの各中隊は再編成となり、うち、彼の第一中隊がバスケット出向を命ぜられて今にいたる。
バックラーズを半分に分けたうちパウエル曹長の第1中隊は、レポート記録任務の護衛ではなく脅威度の低い施設警備を割り当られており、パラポーンでない生身の者が殆どを占めていた。
次の再編の際には、ほぼ全員がパラポーンからなる勇猛果敢な部隊として知られるようになることだろう。


負傷の痛みを紛らわすため、アーマータイプから鎮痛剤を投与しつつ、自分ではない誰かがそんな状況分析を行っている、そんな刹那の現実逃避。
投与を終え、薬が効き始めた頃、がこん、がこん、といういかにも機械的な…親しみのある歩行音が聞こえ、パウエル曹長は我に返った。


「ガラパゴスはこの1台だけっすね。敵はまた退いたみたい」


「ご協力感謝します、エイゲートさん」


さきほどパウエル自身が吹き飛ばされて制御を失ってしまったガラパゴスB型を回収し、施設内へ戻ってきたのは、ガゼンと同じく、記録任務の護衛などに従事するレイス・エイゲート。
先ほどの戦闘のあと、何かと協力してくれている数名のうちの一人であった。
彼は任務のオフであったが、探している物資があると言い少し前からOutpost20に滞在をしていた。


「少し回って見てきたけど、とにかーく手当たり次第やられてる感じ。うーん法則性…。それと、レイスでいいですよ」


一度撤退したとはいえ、いつどこからみたびゾアテックスヘキサギアが現れるとも知れない状況の中、危険を顧みずによくも。
肝が据わっている、とパウエル曹長は驚嘆する。
頼りにしていた部下の一人をなるべく思い出さないようにしつつ、この状況では頼れる者は有難かった。


「ではレイスさん、軽傷の部下を集めますのでやはり通信設備の復旧を…」


そう、動ける者のみで何をすべきかの相談を持ちかけた矢先、パウエル曹長の耳に通信が入った。
本部から動こうとしない大尉の声であった。


「VFの上の人は、何て言ってるんです?」


VF側周波数での交信のため、レイスのバスケット共通チャンネルでは把握できていない。


「討伐指令だ、バトルレポートの記録は始まっている、打開策を考えろ。…と言ってますが、わめいているだけなので、気になさらないでください」


戦死した兵士は、バックアップからの情報体化を優先するため、情報体化の順番待ちへの割り込みが入る。
ある意味、順番には様々な派閥の様々な利害関係が絡むため、その意味で無駄に戦死者を増やすと、指揮官にはそれなりに問われるものがある。
パウエルはそのような背景をかいつまんで説明し、その間にもレイスは残された装備品を、ざっくりベースですが、と言いつつ簡単なリストにまとめ上げていた。


「やっぱ、VFの上の人も好かないかも…」
「いや、これはその、いわば特殊なケースであって、普通はもっとまともな…」


「そうそう、MSGVFはまともな人ばかりだっちゃ!っあ!」ドシャァァ
「パール。貴女が説得力を削いでどうするんですの」


そこに割って入ったのは、けつまずいて携帯食料の包みを廊下にぶちまけたパール・マウンテンと、ブロンズ・マウンテン。
少女の外観を持つ彼女らはバスケット内外での情報収集活動等に従事している有能な情報体チームであり、この場に最も必要とされる存在と言えた。


「外部との通信手段は、念入りに"下ごしらえ"されていますけれども、それを封じて……ヨウト・ササガワが内部にしようとした事が今一つ見えてきませんわね、


「情報を奪取しようとした形跡もなし…破壊にしても非効率が過ぎて、まるで入った途端に暴れているだけだっちゃ。何というか、ムラがある?感じ…」


「気まぐれでの破壊活動、の可能性が高いということでありますか。ならば、気が済んで立ち去るという可能性も?」
手配書一覧を眺めると、そこにはパウエルが欲する答えがあった。
"Intelligence(知性)...D"感性で行動してしまう、というデータが記載されており、ならば……そう、自らでも気付かぬうちに希望的観測に縋ろうとしていた。
それほどまでにゾアテックスヘキサギアと対峙した衝撃は強かったのだ、彼は後になって思うのだった。
幸いなことに、この場は彼の主観に残りの者の生命が預けられている状況ではなかった。


「いや、既にレイブレード・インパルスに搭載されたヘキサグラムの再生は終わっている時間ですよ」
割って入るレイス。
「それでも来ない、ということは…ここから脱出しようとするのを待ち伏せしてるかも」


「私もそう思うっちゃ」
「レイブレード型の稼働時間の情報は、私も調べましたわ…レイスさんの見立てが正しそうですわね。どちらが痺れを切らして動くか、幸い、相手は単機。動いた時の備えを……」
ブロンズも頷く。


「籠城しつつ、いざ攻め込まれた場合の策を…ここにある物でやるしかないっすね」
「並行して通信手段の回復も試みましょう」
「あと、生きてるうちになるべく沢山の飯を食っておくべきだっちゃ」
「了解です、こちらには動ける者に限りがあります。負傷者は一角に収容し、なるべく離れた箇所に襲撃を陽動できれば有難いのですが」
パール・ブロンズの二名こと"マウンテンず"はVF内において士官以上の待遇であるとの認識から、パウエルは彼女らの存在に安堵を抱き、提言を重視することができた。


「退避していただいているスタッフの方もおります。いずれにせよ人命優先で、よろしくて?」
「では、基本的にこの対角線上に配置を考えるのは…?」


その時。
屋外に停めてあった大型トラックが急発進し、Outpost20基地の正門を突っ切って南側へと走り出した。
安全に脱出ができる状況を待ち、応急手当を行ったバックラーズの負傷者を乗せる手はずだった唯一の運搬手段だったのだが……


「大尉! 状況はまだ危険です!」
心当たるパウエルはVFの周波数で呼びかけると、慌てた声色で応答があった。
「このままではらちが明かんでしょう! 私が近場の通信圏内まで行くから、早く救援を呼べるから!こういう時、状況、攻めないと!傍受される!切るぞ!」
通信が切られる。


追いつけないまでも、思わず数名が外に駆け出す。
まずい。パウエルは青ざめた。
横転しそうになりながらも体勢を立て直し、基地施設の外まで走り出たトラックは、案の定短距離を突っ切ろうとして……対戦車地雷へと横から突っ込んだ。
光が弾けて、一拍遅れて轟音が伝わってきた。
生き残りを連れての脱出手段は、文字通りの木っ端微塵となって消えた。


更に、反対方向からそれ以上の地響きと粉塵が吹きこんできた。
レイブレード・インパルスのグラビティ・プレスが旧管制塔を横倒しに倒壊させ、連なる宿舎を巻き込んで数棟が瓦礫と化していた。


目的の無い破壊に関して、ヨウト・ササガワのセンスは目を見張る物があるようだった。
まるで、早く積み木を崩す遊びをしたくてたまらない、幼子のようにしびれを切らした再侵入。
しかも、人気のない建物を標的として破壊衝動をぶつけたように見えた


「レ…共振励起、使ったッ!?」


思わず叫んだレイス。彼の視点は異なり、飛び去ったインパルスから伸びる青白い励起光を指していた。


「使いましたわね」
「確か、一時的にすんごい☆パワーを出すけれどもその代わりに消耗もすんごい☆やつだっちゃ」
流石のマウンテンずの二名、そこには気付く。
「知ってるの!? あれはレイブレード…に次ぐ切り札だよ…こっちをナメてるのか? 普通、迂闊には使えない」
信じられない、という顔つきのレイスを、パウエルは見た。
「やっぱり来たとは思ったけれども、まさかね。VFの上官サンは…お気の毒だったけども、これしばらく時間が稼げましたよ」
「ならば、ここで先ほどの車両が使えていれば退避を優先できたのですが…」


「で」
一同は、大量に待ったセメントの粉塵を払いながら現れた声に振り向いた。


「奴をどうするんだ、あんたらでやれそうなのか」
飛行用ヘルメットを既に装着したガゼンが、アーリー79の各部位の締め付けを点検しながら歩み寄ってきた。




ヨウト・ササガワは、LA・VFの合同組織バスケットに対して強い疑念を抱く。
一方が血で血を洗う総力戦を行っているのに、一方ではにやつきながら手を握り合うだと?
かつての仲間たちが自由のために立ち上がり、VFの機械の兵士たち相手に倒されていった光景が目に浮かぶようだ。
彼らのためにも、必ずや憎きバスケットを潰してみせる…そして、LAの上に登り詰めてやる。
バスケットには、必ず上に行くための手がかりがある、そう決意した。


「おい、……あー、"KARMA"。エネルギーの回復まではあとどれくらいだ」
「はい、"ガバナー"。残り時間は…」
「よーしよし。じゃあひと眠りすっかな」
「はい、おやすみなさい、私のガバナー」


山中へと一旦退避したヨウトは機体と己の休息を判断した。
紅に鈍く輝く、レイブレード・インパルスの細長い瞳が彼の寝姿を見守っていた。




「ラピダリー(宝石職人)からジュエル3、指定地点まであと30」
「ジュエル3、了解だっちゃ」
「ボクもパールさんも順調ですよ~」
マウンテンずの持ち込んだヘキサギア「トライポッド・アマビコ」が、パールを乗せスイスイとメンテナンストンネルを走り抜ける。
旧世紀から使われなくなって久しいトンネルのため、剥がれ落ちた壁面の瓦礫なども多々あるものの、アマビコのローラー捌きは軽々と障害物を避けて進んだ。


「こちらジュエル4、配置完了。ラピダリーどうぞ」
「ラピダリー了解。ミス・ブロ…ジュエル4、どうか無理はなさらないでください」
「ふふ。この中で、もっとも無理を出来るのが私達、ですわよ?」
「…失礼しました」
「優しさと受け取っておきますわ」


「ジュエル2からラピダリー、仕掛けは完了!」
「ラピダリー了解、間もなくジュエル3が到着、ケーブルを接続後、一緒に戻られたし」
「ジャンク屋のワザマエ、見て驚いてよねッ」


「ガゼンだ。俺はいつでも出られるぞ」
「ジュエル1、頼りにしています。待機お願いします」
「…了解した」
台詞の最後にジジイがどうこう、と聞こえた気がしたが、通信は先方から切っていたので伝達したい事ではなかったのだろう。
専用ヘキサギア「アモクシャ=ガルダ」を操ることのできるガゼン=ハンイが迎撃作戦の要であった。


話は少し前に遡る。


ありていに言うと、老兵・年若いジャンク屋・情報体・先の戦いで負傷した兵士。
戦えるガバナー皆で力を合わせて状況を脱しよう、と決められる空気が、バスケットにはあった。
「即席でのチームアップ…をするんなら、やっぱりコールサイン☆だっちゃ」
「パールさん」「ブロンズさん」「ガゼンさん」「レイスさん」「パウエルさん」……知り合ったばかりかつ、異なる出身の者同士で呼び合う気遣いに居心地の悪さを感じたパールの発案だった。


ヘキサギアは、ガゼンの愛機のほか、ヒトで言う両腕を失ったガラパゴスB型。軽輸送用のトライポッド・アマビコ。
3台の他、施設入手後の作業に用いていた「チューブティタン」2台が残されていた。


これらを用いて、新鋭のゾアテックスヘキサギアと如何に戦うか。
正面からでは到底かなうはずもない相手であるが、兵力を失った今でさえ、地の利はこちらにあった。
また、バスケット調べのF.R.U.I.T.S.パラメータ(B.U.G.仕様)でも一定の妥当性があることは確認された、あくまで設定された評価値であり、バスケットへの執着……という観点の値はなかったが。


「俺、割とダマされやすい方で。怪しい宝飾屋の店先で『これのおかげでROBで大儲けできたよ!ありがとう!』なんて喜んでる人を見ると、つい俺も嬉しくなって…買っちゃうんですよ開運ブレスレットとか…あれ絶対サクラだったよな、って」
「で、俺の話は置いといて。気になるんだけども、知性Dの評価。あれは、破壊の様子からも妥当かも。更にバスケットへ執着し、コスパを顧みずに攻撃を仕掛けてくる…これはこっちがダマす側に回る…罠を仕掛ける余地はあると思います」
「レイスさんの話は、言えてるな。奴は今、組織から外れてるんだろ? 情報支援が無いうちに確実に仕留めるべきだ」
レイスは、へえ、とガゼンを振り返る。
ガゼンは、若さだけでは人を判断しないようだった。互いに組織の外で命を張っている存在だからこそ、払うべき敬意を欠かす道理もないのだろう。
「一つ、留意していただきたいのは、第三世代…ゾアテックスヘキサギアには、勘の鋭いAIが搭載されていることですわ」
「VFでも当然、鹵獲したKARMAについて研究をしておりますし、個人的にも、女の勘…のようなものすら働くような個体なども存じ上げております」
ブロンズは続ける。
「なので、罠を見破っても、回避の出来ない状況になるまで発動を控えるべき…そんな罠は出来るかしら?」
「ブロンズに付け加えると、ガバナーとKARMA、それぞれの関係性という変数もあるのが実情だっちゃ」
「パール、今回そこに付け込むほどの情報は残念ながら…」
反対に、そこを弱点として突くことが出来れば対策が可能とも言っているかのようであったが、それはもはや諜報活動といった域となってくる。


「…昔、よく遊んでいたゲームで」
一同の視線はパウエルに集まり、やや…かなり気おくれするも、彼は続けた。
「ええと、プレイヤーの腕以上の動きをできるAIには、3次元空間ではなかなか対応ができない。俺も下手糞な方でした。
「レイブレード・インパルスと直接対峙して、理解の浅さを思い知りました。3次元空間を、2つの脳が連動した火器を複数積んで襲い掛かってくる。しかも空中に足場すら設けて。あれを思い出します…」
「ただ、ゲームは…ゲーム側から救済策として用意されたのが、上下方向に動きの制限される狭いステージ…でした」
「あぁ、地下…駐車場とか?」
「そう。相手が避けようがない空間で、火力で、先に上回れば、いかに高機動でも無敵のメカは存在しなかった」
そこでブロンズは、1枚の古びた紙…パルプを固めた、物理的な紙を広げた。
「その案は、この辺り…で使えそうですわね?」


バスケットによってOutlook20となる以前の施設構造を洗い出したところ、かつてこの軍事施設には、北側の山脈を抜ける細いトンネルがあったのだ。
メンテナンス用と思われる細いトンネル、かつ、距離も長大なため、残された車両やヘキサギアでは、通れない可能性もある。
負傷者や非武装のスタッフを連れ、ここを通過する脱出はなおのこと難しい。
ビークルモードへ可変したレイブレード・インパルスであれば通過が可能なため、追撃速度の差で逃げ場が無くなってしまう。
では、ここを罠に使うのはどうか。
それにはトンネル内へと誘引する必要があった。立てた策に上手く乗ってくれればよいのだが。


そして、この地域で年に数度の豪雨が収まりつつある頃。
ヨウトの駆るレイブレード・インパルスはまたも姿を現した。
今度は北の山側から断崖を駆け下り、枯れ木を蹴倒しては敷地内へ突進してくる。
観測していたブロンズが全員に告げる。


「ジュエル4よりジュエリーショップ、方角からトンネルには気付いていない模様。打合せ通り、プランBでお願いしますわ」
「ラピダリー了解、ジュエル3・パール嬢と誘い出します」
司令塔はブロンズにスイッチ、ラピダリーことパウエル曹長が前線にて囮となるプランであった。


「来い!来いよケダモノ野郎!こいつは部下のぶんだ!」
ポン、ポン、と放物線軌道でグレネードを放ち、注意を惹きつける。
当然損傷を与えられる素振りもないが、ヨウトはパウエルに気付き回頭。
「あとこれは大尉のぶんだ!」
打ち尽くした銃身を放り投げ、一目散に旧時代の格納庫へ。


今では使われなくなって久しい航空機を敵対勢力の空爆から守り格納するための掩体壕(えんたいごう。
残骸の一部が残るのみであったそこは、トンネルほどではないものの3次元機動が疎外される空間であった。


ヨウトはパラポーンだかアーマータイプだか知らないが、センチネルを追い格納庫へ突入する。
彼のKARMAは、彼に警告を発しなかった。


PIN!
「せーの☆新しい朝が来たー!だっちゃ!!」
そこへ、パールがEMP手りゅう弾、閃光手りゅう弾を炸裂させる。


「うおっ!?」
ヨウトのアーマータイプ・ポーンA1は突如爆発的に増大した光量および電磁波ノイズに対する機能調整を開始。
インパルスも加速を停止。
その数瞬の遅れが、遮光処理を施し、格納庫天井の梁部分で待機をしていたレイスに機会を与えた。


「せいっ」
LAT・ペルセウス。
レイスのアーマータイプには、重心となる腰部にジェットパックが装備されていた。
抜群の空間把握能力を持つ彼の特性を活かした、頭上からの襲撃。
ジャンク屋とは、第二の人生を過ごす彼が選んだ生業。
本来彼がもっとも得意とする戦闘スタイルが、今まさに活かされる瞬間であった、
対するガバナーの装備も、ヘキサギアのシートも、それも勝手知ったる……


狙い定めたヨウトの姿勢から、レイスは瞬時に足技を切り替えた。
中腰で立ち上がったヨウトの頸部を両脚でホールドし、思い切り操縦席から引きはがす。
ポーンA1の保護機能で、首が折れる心配がないという判断もあってのことだった。


レイスは受け身を取り、派手な絵面で地べたへと落着する2人。


「ヨウト・ササガワ!降参しろ!命までは取らない!」
「ぐ…傭兵!?」
ガコッ。レイスはアーマータイプ・ポーンA1のメットの一部に力を加え、先の尖ったヘルムバイザーを半ば露出させた。


「ほいな!」
パールは1丁のショットガンをヨウトへと突きつける。
「くそっ」


チェックメイト。プレイヤーが1人、だったならば。
プレイヤーはもう1人いた。レイブレード・インパルスは、只のマシンではない。


『ガバナー!』
主人を振り落とされたインパルスはこの状況で逆転をかけるべく、レイスと密着した状態のヨウトでもなく、直接銃口を突き付けているパウエルでもなく、格納庫の隅に下がったパウエル曹長へと跳躍し、上体を振りかぶって"圧殺"の構えを見せた。


『私のガバナーを解放しなさい』
心なしか動揺をしているのか、パウエルは、目前に迫る肉体的な終わりを自覚しつつ、KARMAからそんな印象を受けた。
互いに人質を取った形。
しかし切り札はもう1枚。


格納庫の隅、シートに覆われた一角に潜んでいたのは、アモクシャ=ガルダであった。
爆発的な推力で…不意を突き、インパルスはこちらで仕留める。絶好の機会であった。
が。


ガゼンは動かなかった。
今、インパルスに突撃すれば…旧式もよいところの第二世代機で、新鋭第三世代ヘキサギアを一撃のもとに仕留められる。
まさにジャイアント・キリングだ、とミーティングではパウエルがお世辞を並べ立てていた。
まずもって、誇れる戦果となっただろう。"あいつら"が聞けば、向こうに行った際には、再び共に喜び合うことができただろう。
しかし、"あいつら"は、ガゼンに冷めた視線を投げかけ、踵を返し、去っていく……まだ「ブリキの兵隊」ではない人間一人を見殺しにしての戦果を誇るような男であったなら。


「構わん!やってくれ!」
パウエルは叫ぶが、当然のごとく気付かれ。


「あっ…やばいっちゃ」
プランは破綻した。
レイブレード・インパルスは初めて見せる攻撃手段のチェーンガン・グレネードランチャーを格納庫内へ猛射。
あちこちが剥離・崩落する中、粉塵を突進。
パウエルの頭上には、留め具が破壊された鉄骨がスローモーションで降ってきて……
強い衝撃が加わった。


主ヨウトを救い出し、格納庫から飛び出たレイブレード・インパルスは施設中央部へと距離を取る。
続けて、粉塵にまみれつつもパウエルを抱えて飛び出してきたのはジェットパックの残り燃料を使い切ったレイスであった。
「どうして、俺なんかを…」
「人命が最優先でしょうが!」
レイスは咄嗟の判断でヨウトを離し、「降って来る破片と鉄骨を避け」パウエルを救い出したのだった。彼にしかできない事も理解していた。
「すまない。…ありがとう」


「げほっげほっ…生身だったら塵肺だっちゃ~」
真っ白になりせきこみながらパールが続く。


「パール、重たいからアーマーは要らないって言ったのは貴女でしょう…いえ、そんなことより。プランA、続けて参りましょう」


ブロンズは屋外で状況を把握できる立場にあった。
カモフラージュネットを取り払うと、Lat・typeDの姿を現し、短槍を掲げる。


「テンプテーション…起動します!」


備え付けられた深緋の碑晶質から高品質のダミーホログラムが展開され、それぞれあられもない姿の美女たちとなって思い思いに逃げ惑い始める。


トンネルの入口へ向かって。


「皆さん!こちらですわ!一人でも避難を!」


軍服姿のブロンズが指示を出すホログラムが、「いかにもお偉いさんをもてなしていそうな安直な姿の」美女たちを誘導する。
展開されたダミーホログラムは目を凝らしても実在する肉体かどうかの判別がつかないほどの出来栄えであったが、目を凝らした場合はいずれもブロンズの面影が残ることには気付いたかもしれない。
ヨウトは気付くはずもなく…


「畜生、やはりバスケットはスパイの巣窟だな。こんな辺鄙なとこなら目を付けられにくいか。女たちで高官を抱きこんでやがるんだな」
『ガバナー、追撃しますか』
「ああ、一人生かしておけばいい、行くぞ」


MSGVFきってのホログラム技術が、KARMAのセンサーを上回っていた。
ヨウトはインパルスをビークル形態へと可変させ、トンネルへと突入。
二又に別れたメンテナンストンネルの片側は、かつての崩落で行き止まりになっており、旧世紀の残骸を片付けるスクラップ置き場となっていた。。
ブロンズの分身(デコイ)達はそちら側へと走り去り、いつしか姿を消し…


「おい、どこへ行った」
『対象は消失しました』


流石に警戒するヨウトはその場でインパルスを四足形態へと戻し…その様子は、予めレイスとパールによって設置されたカメラ越しに捉えられていた。


「チューブティタン1号2号起動、フルパワー!だっちゃ!!」


乗用車2台がすれ違うことも難しい、ごく狭いトンネル。
左右の残骸に隠されていた、重機の特性を強く持つヘキサギア・チューブティタン。
眼前のレイブレード・インパルスを両側から鷲掴みにし、フレームに過大な力がかかる。
いかな動きののろい第二世代ヘキサギアといえども、いかな俊敏な第三世代ヘキサギアといえども、この距離では捕らえられない道理もない。
直列に連結されたストレージに蓄えられたヘキサグラムの出力は、最新の技術で人工筋肉へと形を変えたヘキサグラムの総量を上回っていた。


「くそ、罠だらけかよ!」
『ガバナー、どうしますか』


「「やったッ!」」
「ラピダリーよりジュエル1、ガゼンさん!今度こそお願いしま…」


その台詞を発し終える前に、事態は起こった。
音もなく、瞬間的な光量でカメラがダウン、トンネルの入り口からは、真昼の太陽を思わせる爆光が輝き出し…


「レイ…ブレード…」
誰ともなく、その場では力ない声が聞こえた。


刹那、各所に後付けされた環境汚染センサーが甲高い悲鳴を鳴らし始め、パウエル曹長のアーマータイプに備え付けられたインジケータも急激に上昇する汚染レベルを示していた。
レベル1から2、2から3…


熱したナイフでバターを切り裂くかのように、チューブティタン2機とも上半身やアームがずる。と切り裂かれ、力を失った。


『ガバナー、正しい判断でした』
「ああ…これでまた、ひと休みだがね」
『提案。敵性ヘキサギアからのヘキサグラム摘出が可能です』
「それがあったか! よし、少し待っていろ」
ヨウトは降車する。


刀身となり崩壊したヘキサグラムより発生した、エレメントであったもの。また切り裂かれたストレージ内ヘキサグラムの崩壊が重なり、トンネル内は汚染レベル6"アビス"となっていた。レベル6とは、人類の計測できる上限値である。
この施設全体、施設外にもやがて……汚染は広がるだろう。


撤退…すぐにでも負傷者を離さなければ。それ以外の情報体である人々の命にも危険が迫っていた。
「一旦、トンネルから少しでも距離を取りませんと!」
「アマビコで少しでも多くピストン輸送しかないな」
『ボク頑張りますよ~』


その時、バスケット共通回線に緊急連絡が入った。


「OP20の諸君、こちらバスケット理事会だ。全会一致での決断による指示だ。退避したまえ」


「VF指揮官の判断があり、現有の戦力でB.U.G.の討伐を行ったようだが……その判断は誤りだ。我々は人命を優先する」


「LAに"貸し"が出来たので、迎えのウインドフォール編隊を回した。一応言っておくが、色で驚かないでくれ。」


「LA規格のコンテナを運び込んでいますので、負傷者含め全員を収容してください。ウインドフォールが回収します」


「全員に、天網(スカイネット)から得られた画像データを共有した。ピックアップポイントを示してある」


トンネル内は既に確認するすべがなく、またレイブレード使用後はまたしばらく動けない…はずであった。
汚染の到達まで時間が迫っていた。次なるミッションは、屋外に積まれたコンテナ群から、空中輸送に適した物を見つけなければならない。
これには時間を要するかと思いきや、


「あー、あれですね」
レイスは瞬く間に対象のコンテナを見つけ、よ、と天井に登ってスプレーでマーキングを行う。


「ジュエル2、いやレイスさん。色々と…ありがとう。流石ジャンク屋か、助かる」
パウエルは改めて深々と礼をする。


「…実は俺、元LAなんですよ。しかし気になるのが…」
「あいつ、ヨウトのヘルメットは俺がさっき閉まらなくしたんで、もう…彼に会うことはないかもしれません」


その時だった、
一同のそばにいたガゼンが、突然走り出したのだ。
向かうは先ほどの格納庫。愛機・アモクシャ=ガルダは後程回収をする手筈だったのだが…


「ジュエル1! 戻って!」
パウエルの脳裏によぎったのは、「ジャイアント・キリングになりますよ!」そう勧めた自身の言動だった。
今、トンネルに突入すれば、確実に仕留められる。
もちろん、入った者は二度と生命を持っては戻れない。



ガゼンは半壊した格納庫へ駆け、愛機のスタータースイッチを入れる。
ヘキサグラムの起動音は、静かだ。
心根は落ち着いていた。
やるべきことは、一つ。
それは彼が本心から尊重する生き方だった。


リモコンスイッチを入れ、格納庫の扉を開けようとした。
先ほどの戦闘によるダメージで、扉は動かない。


「ジュエル1、それじゃ出られないっちゃ」
そこに現れたのはパール。


「ジュエル1、飛びたい気持ちはよーくわかる。だから…」


「乙女の!フルスイング!!」


《渾身の槌》!ホームランバッター。
拾った建材を、鋼板の格納庫扉へと渾身の力でもって叩きつけ…


厚さ数十cmの扉は、枯れ葉のように空を舞った。


「恩に…着る!」


飛翔するエアリアルファイター。
アモクシャ=ガルダは急加速、飛行形態へと翼を広げ、トンネルへと突入した。


「あーーーれーーーー…」
衝撃の余波で倒壊する格納庫からは、乙女の悲鳴も聞こえた気がした。



既存の兵器にヘキサグラムを搭載した第一世代ヘキサギアではなく、ヘキサグラム技術を前提に新たに開発された第二世代ヘキサギア。
瞬間的な大推力で跳躍飛行を行い、スタニオングランスにて必殺を狙う、バルクアーム・タイプに対してのカウンター機体・ウッドペッカー。
歴史を振り返れば、当時は今よりも兵士の人命を軽々しく消費できた時代、という見方がされている。
自然、当時のウッドペッカータイプ、中には初期ディフィニッションアーマーのカテゴリも含めて使い捨ての特攻兵器と評する者もいた。
しかし。
愛機に改修を重ね生き延びてきた空のガバナー・ガゼン=ハンイの存在が、エアリアルファイターによる突撃戦法が必ずしも生命を捨てる戦い方ではなかったことを証明していた。


空のガバナー。
彼のスキルは、突入時に遺憾なく発揮された。
ぎりぎりの幅のメンテナンストンネルへと突入、汚染警報ががなり立てる中、彼は…分岐を選んだ。
レイブレード・インパルスの機体めがけてではなく、山脈の向こう側へ。


ガゼンの耳に、ブロンズから通信が入る。


「ガゼンさん、パールから聞きましたわ。というか察しました」
「LAの天網(スカイネット)…静止画像ですが、ここまで精巧に瞬間を補足できる精度だなんて。目的の座標まで誘導はお任せあれ」


ガゼンの心に留まっていたのは、少し前に避難民を乗せた1台のバンであった。
枯れ川に沿って走っていた車だが、豪雨の後で無事に走り続けられたのか。
彼の経験では、不整地で脱輪する恐れをぬぐえなかった。
そのバンとおぼしき1台の画像が、さきほど共有された天網の静止画像の中にあった。
傾いて止まっており、周囲では乗車していた一家が途方に暮れているようだった。


「今、民間の基地局に侵入して、一家の携帯端末に”お電話”をかけましたわ」
「全員、乗車して衝撃に備えているそうですわ」


「了解。恩に着る」


「自らしたい事を、しているだけですわ。わたくし達は、人命優先では…一致してますものね」


「同感だ。これより微調整に入るので通信は一旦切るぞ。"ジュエル1"、オーバー」


ガゼンの技量が再び発揮されるのはここからであった。
あの車を破壊しない速度で、可能な限り汚染の広がる一帯から離脱する。
アモクシャ=ガルダに今回備え付けハンガークローであれば、恐らく…可能。
AIに劣らぬ経験と判断が、彼に確信を与えた。


目視できるバンには、小さな子供たちもすし詰めになっているようだ。
G2AIに指示を出し、白い翼、シールドウイングを展開する。


「聞いたか?天使が、助けに来るってさ」
雲間からは陽光が指し、地上から仰ぎ見るそれは、まるで天使の梯子のように見えていた。


<了>

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