街の始まり

ページ名:街の始まり

案内屋の鎮守の石工は語る。

 この街の謂れ、ですか。聴いても楽しくはない昔話ですよ。
 修験者と彼の従者だった人々から存在を忘れられた山神の物語です。
 
 
 昔、何処かの山に人々から存在を忘れ去られた山神がいました。忘れ去られても彼は山神として村の人々を見守り、時には禍を祓い彼等の幸せが続く事を願っていました。
 ある日、山神は足を挫き行き倒れた若い男性を見つけます。息があるのを確認すると急いで自身の住処へ連れ帰りました。
 山神の必死の看病と霊薬のお陰で起き上がれるまでに回復した若い男性は山に入った訳をぽつりぽつりと語ります。
 彼の正体は旅の修験者で山に住む妖を討伐するよう麓の村人に依頼をされていたのです。
「私は村人達の幸せを願って山を治めておりました……。ですが、いつからか村人達から人を喰らう妖だと思われていたのですね」
 彼から妖の特徴を聞き、自身のことだと察すると山神は嘆息しました。
「私の方から村人に説明しようか」
 その様子を憐れに思ったのか修験者は村人の説得をしようと提案します。
「いいえ、結構です。これは仕方がないことです」
 が、山神はそれを断りました。
「1度根付いた価値観は消すことは不可能です。討伐対象にされても……私には村人達を恨む事は出来ません。人々に忘れ去られた時点で悟るべきでした。私が居なくなれば村人達の安寧が保たれるのでしょう。修験者様、どうか私を殺してください」
「馬鹿な事を言うな、命を助けてくれたお前に恩を仇で返せと言うのか!!」
 自棄を起こした山神を修験者は一喝するとなにやら考えこみます。
「お前が害を及ぼす者ではないと分かった。だが、私が見逃しても此処に居ればいつかは討伐されてしまう。……ならば、私の従者になって共に旅をしないか」
 と、持ちかけました。
「それは……面白そうな提案ですね。ですが、迷惑ではないでしょうか」
「1人旅もそろそろ飽きて連れが欲しかったから調度良い」
 山神が恐る恐る尋ねると、修験者はあっけらけんと笑います。
「では、修験者様、私に名前を頂けませんか。強い霊力を持つ人外の者を調伏し御するのならば縛る為に名が必要なのです」
 これまでの言動を見ていると、この若い修験者は人外を御する術を知らないのだろうと山神は察し、その方法を伝えました。
「名前か……。そうだ、お前の瞳の色である二人静に因んで『靜(シズカ)』はどうだろうか」
「分かりました。私は今日から靜と名乗りましょう」
 山神は巨大な狼の姿から人の姿へと変わりました。
「よろしく頼むぞ靜。私の名前は常盤(トキワ)だ」
 人の姿へ変化した山神の手を親愛の情を込め修験者は握りました。
「修験者様、……提案があります。無傷のままの私を見たら村人は怪しむはずです。そうなれば貴方は無事で済まされない」
 長い時間2人は問答を続けていましたが修験者が根負けして渋々、山神の顔に傷をつけました。こうして山神は修験者の従者となったのです。
 
 
 
 それから、修験者と従者は各地を旅しました。時に悪しき妖を討伐したり、村人と交流したり、様々な経験をしました。ずっと、山にいた山神にとって全てが新鮮に見えました。
 しかし、そんな幸せな日々は長くは続きませんでした。
 
 
 
 
 村になかなかたどり着けずに山の中で野宿をしていた時、2人は山賊に遭遇しました。
 山賊に襲われた従者を庇った修験者は凶刃に倒れます。激情に駆られた従者は本性である山神の姿──白い毛並みに朝焼けの赤をもつ巨大な狼─へ転変すると山賊達を尻尾で叩き飛ばし、倒れ伏す修験者を背に乗せ無我夢中で朔闇の中を走り続けました。
 霧のなかを抜け辿り着いた先は此岸と彼岸の狭間、キサラギと呼ばれる空間でした。危険がない事を確認すると従者は背中から修験者を優しく降ろします。
 目を閉じ横たわる修験者の顔色は生きているものと変わりません。……ただ、体温を感じないこと以外は。
 今、彼らが居るのは死者も生者も妖ものも区別のつかないキサラギの空間。
「起きてください、修験者様」
 一縷の望みを賭け修験者に声をかけます。
「私は山賊に斬られて死んだ筈だ。どういう事だ、靜」
「修験者様、何か悪い夢でも見たのですか。夕餉の後は私の背中でうたた寝していましたよ。それよりも異界へ迷い込んでしまったようです」
 身動ぎ起き上がる修験者の疑問に彼は素っ気なく答えます。修験者が死んでしまった事は黙っていようと心に決めました。
 真実を隠し表面上は今までの関係を続けることにしたのです。
 
 2人がキサラギの世界で見たものは想像を絶するものでした。心を痛めた修験者は迷う者を救う手だてが無いものかと考え続け様々な手段を用いました。
 ですが、人の心というものは悪しきに呑まれやすいものでごさいます。
 せめて亡くなった者の心残りを断ち切る時間を得ることの出来るようにと修験者は樒と白檀を刻み香を焚き、身を蝕む悪しきを阻む結界を設けます。
 修験者に手順を教わった従者は日に数度、香を焚き続けまして。やがて従者の体には白檀の香りが染み付き取れなくなりました。修験者は空間に迷いこんだ生者の案内人、従者は鎮魂香を焚き死者の安寧を願い続けました。
 
 死してなお、物事を受け入れることの出来ない者の未練を漱ぎ先へ向かう場所として君影の街は生まれました。
 
 居場所のない無害な妖も此処に住むようになり街は大きく発展していきます。
 いつしか、迷い込んだ生者はマレビト、死者はカスカ、生前の想いにとらわれ姿が歪み先へ行けなくなった者や行き場のない妖は纏めてキシンと呼ばれるようになりました。
 
 街が出来て、幾年経った頃の事です。
「自分の心残りは無くなった。お前の居場所も出来て私は安心してみやに行ける」
 修験者は従者に伝えました。
「何故です、修験者様。ならば、なぎす経由の陸蒸気へ乗って私と共に元の世界へ戻りましょう」
 引き止める従者の発言を遮り、彼の手を優しく握ると首を横に振りました。
「お前は分かっているはずだよ靜。私は山賊に襲われたあの日、……死んでいるんだ」
 修験者の手はとても冷たく、生きている者の温もりはありませんでした。
「必死に私が死んだ事実を隠していたのは知っていたんだ。だから、お前の優しさに甘えてしまっていたのかもしれない」
 隠していた真実を当事者から突き付けられた従者は暫し俯きます。
「分かりました。……私は人ではないので共にみやへ行けません。代わりに従者としての名前を貴方へお返しします。靜は貴方と共に参りましょう。この場へ残る私は従者の靜ではありません。貴方の志を受け継いだ友として此処に残ります」
 と従者……もとい山神は彼に答えました。
 
 住まう世界は違えど心は共に在るという想いを込め水戻石を用いた首飾りを手渡しました。いつか修験者に渡そうと思っていたものです。
 修験者を乗せた陸蒸気は段々と遠くへ消えて行きます。
「さようなら、常盤様」
 ついぞ、面と向かって言えなかった友の本名を呟いてから山神は静かに陸蒸気の向かった先を見つめていました。
 これで話はおしまいです。
 
 ……山神のその後、ですか?
 私には分かりかねます。
 ですが、修験者の志を継ぎ、今も何処かでこの街を見守っているのではないでしょうか。
 
 話を終えた案内屋は立ち上がると案内の続きを始める、ふわりと僅かに白檀の香りがした。
 

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