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有標化原則とは、人間の心理的傾向に関する仮説である。直観的には、人間がある言語表現について「わざわざこのような表現をするのには何か言外の理由があるはずだ」と考えたがる傾向のこと。
観察者が日常のなかで、ある言表や事態を人間の用意した記号として解釈するとすれば、観察者は「その人は何のためにわざわざそんな記号を用意したのか」を意識的にしろ無意識的にしろまず考えずにはいられない。このような配慮は、記号一般に意味作用をもたらす一つの原因となっている。
有標化原則は、関与原理や特筆性を基礎づける。何らかの事態が言語形式として記述されるにあたって、そこに含まれる名辞は必然的に事態への参与という役を担うことになる、というのが関与原理の主旨だが、つまるところこれは有標化原則の一形態である。すなわち「あえて発話されたからには事態へ何らかの形で参与しているだろう」と。そしてまた、何らかの言語表現は、何かそれにおいて特筆的なことがかかわっているということを、自然にわれわれに示唆する。
純粋に形式的には、文それ自体は事態(言表内容)を記述するにすぎない言語形式、つまり命題 P であるはずだが、ひとたびそれが発話(言表行為)されると、P は話者が世界についての自分の知識に照らして「評価」されたものとして扱われ、「P は真である」という言外の意図を割り当てられる。このことを移冠というが、これも有標化原則に基づく。すなわち、話者が P は正しいと信じており、そのことは異常であり、そのことをわれわれに意識させるためにそのように主張しているのだ、ということである。
有標化原則という用語の由来はもちろん有標性である。有標・無標という概念それ自体は言語学的な分析から生まれた概念であるが、しばしば本来の意味を超えて解釈される。極端なところでは、ある言語で文法性が女性のときにだけ有標になることを指して、「言語文化レベルで採用されている女性主体の物象化(異常化)の思想だ」と批判することができる。この批判の是非はともかくとして、少なくともそれは可能である。
このような、そもそも人間が用意する記号表現とは、大なり小なり何らかの現象を異常(特筆的)とみなしたことによるものである、という考えを有標化原則は含みうる。例えば「熊出没注意」の標識はその最たる例である。そしてまた、ある表現が明示的であればあるほど(際立っていればいるほど)、それが指し示す事象が異常である(とみなされている)、というのも妥当な考え方である。
こういった心理的傾向は言語表現に限らず、机に刃物が置かれているといったある種の異常事態に対しても当然に起こる。しかしこれは、その実現に人間の意図がかかわっていることが明らかであることによる。一方で例えば、ある人が道端で熊の足跡を発見したとする。この足跡自体は熊によって実現された(人間にとっての)異常事態であり、熊の生息を示唆する記号とみなすことはできるが、何らかの目的のために実現された事態ではないと考えられるため、一般に有標化原則は適用されない。机上刃物の例のように、その実現に人間の意図がかかわっているような状況を特に用意という。
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