ラグナロック作戦(銀河英雄伝説)

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登録日:2017/06/27 (火) 07:39:37
更新日:2024/02/06 Tue 13:51:20NEW!
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作戦名は…


ラグナロック神々の黄昏



ラグナロック作戦とは、SF小説「銀河英雄伝説」内における軍事作戦行動の名称。
別名「神々の黄昏」。



【背景】


宇宙暦798年/帝国暦489年、ゴールデンバウム王朝の第37代皇帝であるエルヴィン・ヨーゼフ2世は、実質的な権力を帝国宰相であるラインハルト・フォン・ローエングラムに奪われていた。
それを不満に思った帝国貴族のランズベルク伯爵は、元帝国軍人のレオポルド・シューマッハと共に皇帝を誘拐。自由惑星同盟へと亡命する。


皇帝を手に入れた門閥貴族たちは、自由惑星同盟の支援の元で8月20日に旧貴族派の亡命政権である銀河帝国正統政府の樹立を宣言。


ラインハルトは同日エルヴィン・ヨーゼフ2世の廃位と生後8か月の第38代皇帝カザリン・ケートヘン1世の即位を発表した。
さらに「皇帝誘拐の実行犯」である正統政府と「共犯者」である自由惑星同盟に対し宣戦を布告する。


実はこれらの出来事はフェザーンとラインハルト自身によって仕組まれたことだった。


フェザーンはラインハルトの改革がこれまでの既得権益を損なうことを憂慮したのに加えて自由惑星同盟がアムリッツァ会戦救国軍事会議による内乱による疲弊から帝国との国力差をもはや覆せないほどに著しく低下させたため、同盟を見限り帝国に全面協力する方針へと移行したのである。
幼帝誘拐や亡命政権の樹立も全ては帝国に同盟を滅ぼさせる口実を作るための完全なる茶番劇であり、同時に両国間に何かしらの和解や停戦などを成立させないための策謀だったのである。


ラインハルトはフェザーンの動向を察知していたが、逆にこれを同盟に侵攻する大義名分が得られる好機と捉えていた。
さらに、ラインハルトにとって幼帝の「擁立」は権力の確保に必要なものではあったが、現状の幼帝は邪魔でしかなかった。
激しい周囲への暴力が問題になってはいたが廃位を論じるほどの罪というわけでもなく、もし幼帝が死ぬようなことがあればラインハルトに非難が集中してしまう。
幼帝が誘拐されて同盟領に入れば「邪魔な幼帝の排除」と「同盟侵攻の大義名分」が一度にできる。利害が一致したためにあえてその策謀を陰ながら支援したのであった。
しかも、この計画を伝えた弁務官ニコラス・ボルテックにラインハルトはフェザーン回廊の自由航行権を要求した。全てを見抜かれ、隠し立てをしても無意味と悟ったボルテックは敢えて全てを暴露して、ローエングラム体制化での自治を認めてもらう、つまりゴールデンバウム王朝からラインハルトに主が代わるだけという旨を伝える……と、ここまでは良かったのだが流石にこの要求には即答できなかった。当然、この時はラインハルトも知る由もなかったがフェザーンの裏には同盟と帝国を共倒れさせようとする地球教の存在があり、フェザーン側としては帝国がイゼルローンへ侵攻して帝国の軍事力を崩れさせる狙いもあっただろう。
だが、同盟への侵攻に協力してくれるというのは自治領主であるルビンスキーの意志であると伝えた=フェザーン回廊を通って同盟への電撃的な侵攻と心理的打撃を与えるべく協力をするのが筋というもの。
それでも尚、返答につまったボルテックにラインハルトは遠回しに『今回の誘拐と亡命政権樹立が帝国に同盟を滅ぼさせるためにフェザーンが仕組んだこと。そう同盟政府に伝えることで帝国と同盟でフェザーンを袋だたきにする』と脅迫する。折り悪く、同盟はフェザーンに莫大な負債を抱えており、真偽を問わず債務を踏み倒せるのならば乗る可能性も充分にあった。そうなれば、共通の敵を見出した両者の和睦さえ実現してしまい、地球教の思惑も水の泡になるのは必然であった。


こうしてラインハルトによる史上初の自由惑星同盟への大遠征が始まった。



もし、この時同盟が幼帝と誘拐犯を送還する形で和平を申し入れていれば、ラインハルトとしては軍事的にも政治的にも妥協せざるを得なかった。
ラインハルトが申し入れをはねつければ、幼帝を無為な危険にさらすことになりラインハルトの権力的正統性が揺らいでしまう。
さしものラインハルトもそれを押し通せる権力基盤を帝国内で確立していたわけではなかった。
人道的に見ても、仮に送還したところでラインハルトが皇帝を殺すわけにも行かない状況は変わらないので、さして問題のある対応でもない。


もっとも、この時期は直前にラインハルトがガイエスブルク要塞で直接イゼルローン要塞に侵攻するという政略・戦略的にも意味がない暴挙を行っていたこともあり、理想論はともかく実質的にはラインハルトと直接和平を結ぶことは不可能であったと言える。


目的のために手段を選ばないならば、敵対者の片方と組んで紛争を拡大させるという手法は理のある戦略だが、それには敵対者双方がある程度は拮抗しうる戦力を有していることが前提となる。
せめてリップシュタット戦役の時点で門閥貴族かラインハルトのどちらかと手を組んだならば理のある戦略となり得たが、正統政府は形ばかりで帝国内における支持も失われており、戦力と言えるものなど何一つ持っておらず、手を組んだところで同盟の実戦力は全く増えなかったのである。


にもかかわらず、イゼルローンにヤン・ウェンリーがいるし、フェザーンは中立勢力だから帝国は同盟に攻勢に出られないという、あまりにも無責任な根拠で同盟政府は正当政府と手を組んだ上、その存在を大々的に表明・公認するというアムリッツァに続く最低最悪の愚挙を犯してしまった。
フェザーンの策謀があったのは事実であるが、イゼルローン要塞の有無を問わずにそのような事をすれば帝国が皇帝奪還のために全面攻勢を掛けてくるのは明白であった。
攻勢が幼帝を危険にさらす可能性はあるが、放置しておいていずれ返って来ると思われる状況でもなく、それならば武力での奪還もラインハルトの権力的正統性を揺るがすことはない。
既に同盟は軍事的にも社会的にも壊滅状態であったにもかかわらず、腐敗した政治家と軍上層部は自分達の人気取りだけのためにこの最低の愚挙を犯した上に首都ではナイトシンドロームが蔓延し、『暴虐且つ悪辣な簒奪者の手から幼い皇帝を守り、正義の為に戦おう』などと市民までも無邪気に同盟政府を支持している有様であった(無論、憂国騎士団とトリューニヒトの裏工作もあっただろう)。


7歳の子供というだけで理性や論理が飛んでしまうといってしまえばそれまでだし、昔から童話では王子や王女が正義で大臣が悪と相場が決まっているが、童話と同じレベルで政治を語られては付き合わされるヤン達にとっては迷惑極まりない。
しかも、『正義のため』と言っているが、相手は500年にもわたり民衆を搾取し続け、同盟と150年も戦争を続けたゴールデンバウム王朝である。つまり、同盟が掲げる正義とは『自分達が打倒するべき筈のゴールデンバウム王朝を復活させ、貴族達による搾取を回復しよう』というのと同じ。あまりにも滑稽且つ本末転倒としか言いようのない醜態を同盟政府も軍も市民も晒していた。


不倶戴天の敵のゴールデンバウム王朝と和平を成立するにしても、それは上述通り今ではなくリップシュタット戦役の際にラインハルトか門閥貴族に協力して、友誼を結ぶべきだったのである。裏でルビンスキーもイゼルローンとヤン・ウェンリーという組み合わせが正常な判断を狂わせると、同盟政府の愚挙を鼻で嗤っていた。


しかし、政治家の人気取りとそれにつられて熱を上げる市民たちと裏腹に、同盟の実戦力は損失を重ねて弱体化が著しかった。
最前線であるイゼルローン要塞からは、手薄になった軍人育成のために熟練兵を引き抜かれて新兵を回され、現場は新人育成に忙殺されるはめになっていた。前年のイゼルローンへの攻勢で発生した監視衛星群の損害についても、予算委員会の動きが鈍重で回復するための予算が下りないままであった。
その上ヤンを警戒する同盟政府首脳は、ヤンの力を弱めるためにユリアンのフェザーンへの赴任を隠れ蓑にメルカッツを正統政府の軍務尚書にしてヤンから引き離してしまう始末で、イゼルローン要塞があれば同盟は大丈夫だという安直な発想でヤンの邪魔をしていた。それだけでは飽き足らず、統合作戦本部長もトリューニヒトが「帝国の侵攻への挙国一致体制を確立する」という名目でクーデターで重傷を負ったクブルスリー大将を辞任に追いやり、後任は代行を務めたドーソンになった。
そして、肝心のトリューニヒトは帝国の侵攻への対策を聞くマスコミにイゼルローンにヤンがいるから大丈夫としか答えず、マスコミもそれで納得してしまう。そして、上述の通りトリューニヒトの手下であるドーソンを統合作戦本部長に充てるなど政府は権力を濫用し続けていた。
誘拐幼帝の受け入れが同盟にとって自滅的な決断という事を理解できたのは、イゼルローンのヤン艦隊とビュコック、そして元最高評議会議員のジョアン・レベロとホワン・ルイくらいであった。


そして、もはやレベロとルイはこの同盟の腐敗を止めることができずにいる中、頼みの綱のヤンが独裁者になるか否かという議論の次は、同盟と帝国の現状を分析していた。
片や『国家の苦しい内部事情さえも理解せずに保身や権力しか頭にない政治家』『それに媚び諂って出世した無能な軍人に牛耳られる軍隊』『政府の美辞麗句を真に受ける堕落した市民』によって『腐敗した民主政治の極致にまで達した同盟』
片や『腐敗した大貴族の支配体制を一掃した後に国政を改めて法治国家へと生まれ変わり、極めて理想的な専制国家となりつつある帝国』
果たしてどちらが良いのか、彼らは民主国家の政治家として極めて解答困難な命題を突きつけられている局面に立たされていた。そして、政府でそれらを理解していたのも彼ら二人だけであった。美辞麗句を鵜吞みにして、『自分たちの祖先を弾圧したゴールデンバウム王朝を守ろう』などと叫ぶ市民などは論外であろう。




◇登場人物


【銀河帝国軍】


帝国宰相兼帝国軍最高司令官。元帥。旗艦はブリュンヒルト。
ゴールデンバウム王朝を事実上制したことで、銀河統一の最終段階へ向けて動き出す。


帝国軍総参謀長。上級大将。
自由惑星同盟への侵攻の正当性を作り上げるためにある策を実行する。


ロイエンタール艦隊司令官。上級大将。旗艦はトリスタン。
レンネンカンプ・ルッツ両艦隊を率いてイゼルローン要塞を攻撃。


  • ウォルフガング・ミッターマイヤー

「疾風ウォルフ」の異名を持つミッターマイヤー艦隊司令官。上級大将。旗艦は人狼(ベイオ・ウルフ)。
本隊の第一陣としてフェザーン侵攻を担当する。


  • ヘルムート・レンネンカンプ

ヒゲレンネンカンプ艦隊司令官。大将。旗艦はガルガ・ファルムル。
指揮・戦術能力は十分以上に実力者だが、ロイエンタールに言わせれば目の前の敵に勝つことしか考えられない戦闘屋。
ラグナロック作戦で2度に渡ってヤンの策に乗せられてしまい、因縁ができる。


速攻に定評のあるファーレンハイト艦隊司令官。大将。旗艦はアースグリム。


黒色槍騎兵艦隊(シュワルツ・ランツェン・レイター)を率いる猛将。大将。旗艦は王虎(ケーニヒス・ティーゲル)。


  • カール・ロベルト・シュタインメッツ

シュタインメッツ艦隊司令官。大将。旗艦はフォンケル。


  • アウグスト・ザムエル・ワーレン

ワーレン艦隊司令官。大将。旗艦は火竜(サラマンドル)。


ミュラー艦隊司令官。大将。旗艦はリューベック。


  • モルト

宮廷警備の責任者。中将。誠実で重厚な初老の武人。
今回の幼帝誘拐の警備責任を問われ、処分が決定する前に自決してしまった。
リップシュタット戦役から首都オーディンの留守を任されており決して評価は低くなく、彼を実質的な冤罪で死なせることにはラインハルトも一度はためらった。


  • ウルリッヒ・ケスラー

憲兵総監。大将。
ランズベルク伯とシューマッハが何者かの誘拐目的でオーディンに入ったとの密告を受け、ラインハルトとヒルダに報告する。
モルトの上司にあたるがこちらは戒告と減俸で済まされた。


  • ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ

帝国宰相首席秘書官(中佐待遇)。マリーンドルフ伯フランツの長女。通称ヒルダ。
幼帝誘拐の可能性を聞かされながら特に警備を強化しなかった点からラインハルトの誘拐見逃しとモルト中将の冤罪に気付き指摘するが、強く追及することはなかった。


  • カザリン・ケートヘン1世

銀河帝国第38代皇帝にして初の女帝。
先々帝オトフリート5世(フリードリヒ4世の父)の第3皇女の孫。父はユルゲン・オファー・フォン・ペグニッツ子爵。
生後8か月の乳児で、ラインハルトの完全なる傀儡。


【自由惑星同盟】


イゼルローン要塞兼駐留艦隊司令官。大将。
皇帝誘拐の真相を正確に見抜いていた。


  • ユリアン・ミンツ

ヤンの一番弟子。曹長。
同盟側のヤンへの嫌がらせ策謀により銀河帝国正統政府成立と前後して、少尉昇進とともにフェザーン駐在武官としてイゼルローンを離れる。
ルイ・マシュンゴが相棒として付き従っている。


  • アレクサンドル・ビュコック

宇宙艦隊司令長官。大将。ヤン艦隊以外の残存戦力を糾合して帝国軍に挑む。


  • チュン・ウー・チェン

宇宙艦隊総参謀長。少将。
帝国との明らかな兵力差を縮めるべく奔走していたオスマン中将が急病に倒れたため副参謀長から昇格。
「パン屋の二代目」と揶揄される冴えない風采だが、その頭脳は戦術・戦略共に非常に明晰。ビュコックの片腕としてその才をいかんなく発揮する。


  • スーン・スールズカリッター

少佐。ビュコックの副官。
前任のファイフェル少佐が心臓発作で倒れたため急遽抜擢された。
長い姓を言いにくかったのか覚えられなかったのかビュコックは「スール」と愛称のように短く呼ぶようになり、これを気に入って本人は正式に姓を変えてしまったという。


  • パエッタ

第1艦隊司令官。中将。
アスターテ会戦で負傷して以来の出陣。
当時はヤンの進言を退けたりと頑迷であったが療養後は改心したようで帝国軍に苦戦するヤンを心配したり、以前は媚びを売っていたトリューニヒトとのしがらみも無くなったことで本来の実力を存分に発揮するようになる。


  • ライオネル・モートン

第14艦隊司令官。中将。旗艦はアキレウス。
アムリッツァ星域会戦時に第9艦隊の副司令官として参加。司令官アル・サレム中将の負傷後に指揮を引継ぎ撤退戦を戦いぬいたことで、ヤンやビュコックからも評価されている。


  • ラルフ・カールセン

第15艦隊司令官。中将。



最高評議会議長。
帝国軍のフェザーン侵攻を知り、クーデターのときに続いて再び雲隠れする。


  • ウォルター・アイランズ

国防委員長。
「二流利権屋」と呼ばれるトリューニヒト派の政治家で軍の受けもよくなかったが、トリューニヒトが雲隠れしたことで政治家として覚醒し、事実上の議長代理として軍事・政治両面を取りまとめる。


  • ヘンスロー

フェザーン駐在弁務官。何の能力もないお飾り。
彼が持っていた現金だけは役に立ったが。


【銀河帝国正統政府】


  • アルフレッド・フォン・ランズベルク

軍務次官。
才覚に優れるところはないが、貴族でありながら傲慢にふるまうことのない稀有な人物。
リップシュタット戦役では貴族連合軍に参加し、敗北後にフェザーンへ亡命したが、ケッセルリンクの誘いを受けエルヴィン・ヨーゼフ2世の「救出」を実行する。


  • レオポルド・シューマッハ

准将。平民出で後方勤務主体の軍歴でありながら30歳の若さで帝国軍の大佐まで昇進していた極めて有能な人物。
リップシュタット戦役ではフレーゲル男爵の参謀として参加したが、敗戦濃厚となってから無謀な決闘を望むフレーゲルを見限り叛逆。
その後はフェザーンに亡命し開拓事業についていたが、ケッセルリンクからの脅迫交じりの勧誘を受け、ランズベルク伯と共に皇帝救出に参加することに。
銀河帝国正統政府の荒唐無稽さや漁夫の利を狙うフェザーンの思惑にも気づいてはいたが、眠っていた自身のラインハルトへの対抗心が実行の後押しとなる。
[[後に全てが終わった後、フェザーンの開拓地へ帰るものの、その開拓農場は解体されていた。結局彼は帝国軍に戻るが、ある海賊討伐のさいに行方不明になる最期を迎える。しかしそれは別の話である。>ネタバレ]]


軍務尚書。元帝国軍の宿将。
リップシュタット戦役後に同盟に亡命しヤンの客将となるが、本人の与り知らぬところで軍務尚書とされる。
しかし彼の立場として皇帝を放置するわけにも行かず、その立場を追認する。


  • ヨッフェン・フォン・レムシャイド

首相。
かつては帝国のフェザーン駐在高等弁務官を務めていたが、ラインハルトの権力掌握によって立場が危うくなっていたところをルビンスキーらに利用されることになる。
無能でこそないものの、実質の伴わない正統政府をどうにかできるだけの政治的手腕はない。


  • エルヴィン・ヨーゼフ2世

皇帝。
ラインハルトによって傀儡として遇されていたが、ランズベルク伯とシューマッハにより誘拐される。
周囲にとんでもない暴力を振るう子どもになってしまった。


【フェザーン自治領】


  • アドリアン・ルビンスキー

フェザーン自治領主。
同盟を滅亡させ帝国の経済的実権を握ることをもくろんでいた。


  • ルパート・ケッセルリンク

ルビンスキーの補佐官。
皇帝誘拐の実行犯をそろえるなどのお膳立てを整えた。実はルビンスキーの庶子であるが、母が捨てられたことでルビンスキーを憎悪している。


  • ニコラス・ボルテック

帝国駐在弁務官。
当初はルビンスキーの命で動いていたが、逆にラインハルトに看破されフェザーン総督就任を条件に帝国軍のフェザーン侵攻を容認する。





◇以下、作戦行動の内容とその経過


【第9次イゼルローン攻防戦】


さて、自由惑星同盟に手向けるレクイエムの1小節目を奏でに行くとするか…


ラインハルトの命を受けたロイエンタールを総司令官とした3個艦隊3万6千隻の艦隊は、10月9日イゼルローン回廊に侵攻、11月20日よりイゼルローン要塞への攻撃を開始した。
あくまでも本隊が同盟領へ侵攻するための陽動作戦であったが、ロイエンタールは全く手を抜かず万全を期して戦いに臨み、その攻勢は苛烈を極めた。
帝国軍の指揮官はロイエンタール、ルッツ、レンネンカンプの3名。OVA版ではさらに後詰にエルンスト・フォン・アイゼナッハ大将の艦隊が控えていた。


要塞から艦隊を出撃させる隙さえ与えず、トールハンマーの射程にも入らず、ロイエンタールの作戦は徹底的にヤンをイゼルローンへ封印することに固執した。
これに対しヤンは、ヒューベリオンを囮として帝国軍の進軍を誘い、それに乗じて揚陸艦をロイエンタールの旗艦「トリスタン」に突入させることに成功。
この時、ワルター・フォン・シェーンコップ少将とロイエンタールが艦内で一騎打ちを行うも、決着をつけるには至らなかった。
敵に乗せられたことを悟ったロイエンタールは、一旦攻勢を中止し後退する。


その後、帝国軍の本隊がフェザーン回廊を通過して同盟領に入ると、本部から「最善と信じる行動を取れ」と指示が入る。
これは、チュン・ウー・チェンが「現状イゼルローンの確保は無意味で、ヤン艦隊は現在遊兵状態。最大限働いてもらおう」と判断し、更にヤンなら自分と同じ思考に至ると考えて提案した物だった。
ヤンはこれを受けて要塞の放棄と帝国軍本隊との対峙を決定。
一方のロイエンタールも「あらゆる布石を惜しまない」戦法に転じ(ルッツ曰く「嫌がらせの攻撃」)、戦闘は断続的に続く。
この時イゼルローンより輸送船が出撃し、レンネンカンプがこれを追撃するが、これはダスティ・アッテンボロー少将が仕組んだ爆薬を積んだ無人船であり、まんまと罠にかかったレンネンカンプは3割(2千隻)の損害を出す。
なお、この輸送船の利用は半ば無許可に近い扱いであり、当然のことながら兵站担当のアレックス・キャゼルヌ少将は激おこ。イゼルローン放棄に当たっては市民を軍艦にもすし詰めにして運ぶことになった。


1月19日、同盟軍はイゼルローン要塞を放棄し撤退、帝国軍はイゼルローン要塞を同盟軍から取り戻す事に成功する。
その際にヤンの残した置き土産が後に炸裂するのだが、それは後日の話である。



【フェザーン侵攻作戦】

我々はただ戦い、征服するためにここにあるのではない


歴史のページをめくる為にここにあるのだ!


帝国のイゼルローン奪還より遡ること12月9日、ロイエンタールより「援軍の要請」を受けたラインハルトは、ウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将に「イゼルローンへの援軍」としての出撃を命じた。
これはラインハルトが意図的にリークする形でフェザーン・同盟両政府にも伝わったが、真の目標はフェザーン回廊であり、出撃に際しても大多数の将兵にはイゼルローンへの出撃であると伝えられるほど徹底されていた。
先鋒を承ったミッターマイヤーの艦隊は、12月24日軍事的な直接攻撃に対して無防備なフェザーンを制圧する。


フェザーンは軍事力を持たない国家だったため、軍事衝突は起きず占領は短時間で完了した。
しかし自治領主であるアドリアン・ルビンスキーを捕えることができず、これは後に大きな禍根となる。
なお軍事衝突はなかったが、一部の帝国兵士が民間人への暴行や略奪を行ったため、ミッターマイヤーが綱紀粛正のために被疑者を即決裁判の上で公開処刑している。


またルビンスキーの確保と合わせて一つの目的だった同盟弁務官事務所の制圧にも成功したものの、ヘンスロー弁務官の捕縛並びに航路図などのデータ入手は失敗に終わった。
これは駐在武官として赴任していたユリアンと補佐官のルイ・マシュンゴ准尉の功績であり、彼らはヘンスローと共にフェザーンを脱出、途中帝国軍の駆逐艦ハーメルンⅣに捕捉されるも逆に乗っ取ってしまった。


【ランテマリオ星域会戦】

フェザーン方面からの侵攻はないと安心しきっていた同盟は、フェザーンからの侵攻に狼狽。
同盟議長ヨブ・トリューニヒトは「責任の重さを痛感する」と言い残して雲隠れを決め込んでしまう始末。
だが、トリューニヒトの腰巾着でしかなかった国防委員長ウォルター・アイランズがここに来てまさかの覚醒。
評議会をリードして「何とか講和の条件を整えるために一戦交えて勝つか引き分ける」と言う基本戦略をまとめ、同盟軍宇宙艦隊総司令であるアレクサンドル・ビュコック元帥はこれに応じ、ヤン艦隊以外の残存戦力を糾合して、ハイネセンへの航路上で最後の無人宙域であるランテマリオ星域にて帝国軍に戦いを挑む。
ビュコック率いる同盟軍はまとまった艦隊がパエッタ中将指揮の第1艦隊しか存在しなかったため、辺境の警護を任務とする艦隊や、廃棄寸前の老朽艦及びテストも終わっていない新造艦までもをかき集め、これらの寄せ集め艦艇を第14、第15艦隊として再編、司令官にライオネル・モートン、ラルフ・カールセンの両中将をあてた。
が、同盟加盟国である他の星系から「同盟軍は首都星ハイネセンのみを防衛して、他の星系は見捨てるのではないか?」という疑念を抱かせる事となった。
ビュコックや総参謀長チュン・ウー・チェン大将としては、イゼルローンから撤退したヤン艦隊とも合流し少しでも戦力差を埋めようとしていたが、他星域の住民からの疑惑を晴らすためにも現有戦力のみで戦い勝利を得なければならない立場となってしまった。
おまけにここまでやっても艦艇数は3万2900隻と、後述の帝国軍の1/4以下とはるかに少ない状況である。


一方の帝国軍はラインハルトによって保証された自分達の権利が貴族側にまた奪われる事を恐れる平民や、憎き門閥貴族とそれを受け入れた共犯者として同盟へ怒りを燃やす若者たちが軍に志願するほどに戦意も高まっていた。
総勢15万4600隻(支援用艦艇を含む)の艦隊を「双頭の蛇」と呼ばれる陣形に編成。
この陣形には「後方」というものが存在せず、左右に展開する「双頭の頸」と、中央の胴体部に艦隊を分け、胴体部の艦隊と敵が交戦を開始すると、左右の「頸」が敵の側面をつき、挟撃・殲滅するという図式になる。
右翼となる第1陣にラインハルト、第2陣にシュタインメッツ、事実上の先陣となる第3陣にはミッターマイヤー、さらに第4陣にミュラー、第5陣にワーレンが控え、ファーレンハイトとビッテンフェルトは予備兵力として、「双頭の蛇」のさらに外側で待機することとなった。



宇宙暦799年/帝国暦490年2月8日、先陣をきるミッターマイヤー艦隊の動きに合わせ、同盟軍が攻勢をかけることで戦いは始まった。
圧倒的な兵力差を前にビュコックは必要以上の突出は避けていたが、一部が帝国軍の示威行動に動揺し、勝手に攻撃を始めてしまう(OVA版ではザーニアル、マリネッティ両少将率いる分艦隊)。


敵将が名だたる「疾風ウォルフ」ということもあり、攻勢をかけた同盟軍は半狂乱になって無秩序な突撃を行うが、これが予想外の損害をミッターマイヤー艦隊に与え、やむなくミッターマイヤーは後退する。
しかし、秩序のない攻勢が艦隊の瓦解、ひいては全滅に結び付くことを知っているビュコックは、突出した艦隊に後退と陣形の再編を命じる。
一方の帝国軍はこれに乗じて反攻勢に転じ、ついに「双頭の蛇」が動き出す。


同盟側の当初の目的は、「敵の攻勢を挫き、各個撃破する」というものだったが、前述の想定外の突出により、目論見は崩れた。
このためビュコックとチュンは、ヤン艦隊の救援を待つべく、守りに徹した戦いに移る。
恒星ランテマリオから吹く恒星風と、ビームのエネルギーが生み出す宇宙潮流が偶発的に生まれたことも相まって、帝国軍は圧倒的兵力を持ちながらも攻めあぐねることになる。


見かねたラインハルトは、翌9日ついに後方で待機していたビッテンフェルトに命令を下し、総攻撃をかける。
地の利を活かした戦いを続けてきた同盟軍だったが、ビッテンフェルトは宇宙潮流を強行突破し、敵のピンポイント射撃もものともせず反撃し、主力艦隊を粉砕することに成功した。


この直後、ヤン艦隊が帝国軍の背後に迫っているという情報が齎されたため、帝国軍は一時的に混乱状態に陥る。
この隙をついて、ビュコックはありったけのビームとミサイルを敵に叩きつけ、戦線離脱に成功しヤン艦隊と合流。
さらにユリアンたちも合流し共にハイネセンへ帰着することが出来た。


ラインハルトは混乱状態を収集して、ガンダルヴァ恒星系の第2惑星ウルヴァシーに侵攻拠点を置いた。
一方ヤンはハイネセン帰着の際に、同盟軍最年少となる32歳で元帥に昇進した。
ヤン艦隊の将帥たちも1階級ずつ昇進し、ユリアンも帝国駆逐艦乗っ取りの功績で勲章授与と中尉昇進となった。


ヤンはラインハルトを戦場で戦死させるという戦術的成果を持って帝国内部で内紛を起こさせ撤退に追い込むという戦略的勝利を得る構想を伝えた。
同盟首脳であるアイランズはヤンの裁量に拘束を加えず全面協力を約束した。


【ライガール・トリプラ両星域/タッシリ星域の会戦】


第14・15艦隊の残余部隊を麾下に収め、同盟軍唯一の機動戦力となったヤン艦隊は、3月帝国軍のゾンバルト少将率いる補給艦隊を全滅させた。
補給路を絶つというヤンの目論見を崩すべく、ラインハルトはシュタインメッツにヤンの掃討並びにゲリラ基地の探査を命じる。


ヤンがライガール・トリプラ星域に布陣していることを突き止めたシュタインメッツは、その旨を本隊に連絡、本隊からは援軍としてレンネンカンプ艦隊が派遣された。
同星域にはブラックホールが存在しており、ヤンはその危険宙域ギリギリの位置に布陣していた。


シュタインメッツはこれを「背水の陣」と捉え、半包囲体制を敷いて戦闘を展開するが、これに対しヤンは中央突破を図り反転、シュタインメッツ艦隊をブラックホールに押し込む形となる。
罠にかけられたと知ったシュタインメッツは態勢を入れ替えようと密集陣形をとるが、ヤン艦隊の集中砲火に晒され失敗。
援軍が迫っていることを知ったヤンが攻勢を強化したこともあり、ついにシュタインメッツは全軍を4時方向に転進させ、シュヴァルツシルト半径ギリギリのラインを通り艦隊を撤退させる。
最終的にシュタインメッツ艦隊は8割もの損害を出す大惨敗を喫する。


一方のヤンは、第2陣のレンネンカンプに対し示威行動をとり、先日手玉にとられた経験からヤンを警戒するレンネンカンプは、思うように攻勢をかけれなくなる。
攻撃をためらうレンネンカンプ艦隊にヤン艦隊は先制を機しこれを瓦解、レンネンカンプが陣形を立て直した時には、ヤン艦隊は影も形も見えなくなっていた。


諸提督の度重なる失敗と、補給がままならなくなってきた現状を打破するため、今度はワーレンが自身の艦隊をもって同盟軍の補給基地を叩く作戦を立案、打って出る。
これに対しヤンは、タッシリ星域にて爆薬と液体ヘリウムを積んだ補給コンテナ群を囮にし、故意にワーレン艦隊に奪わせる。
そうとは知らないワーレンは罠にかかり、さらにヤン艦隊の追撃も受けて瓦解、撤退する。


会戦後、ワーレンは偵察によってヤン艦隊が同盟領各地の補給基地を転々としており、同盟領全域を使ったゲリラ戦を行っていることを突き止めた。
これらの行動は全て、ラインハルト自らが出陣してくるように仕向けるヤンの作戦だった。



【バーミリオン星域会戦】


作中において唯一、ヤン・ウェンリーとラインハルトが同数の兵力で戦った会戦。
先の度重なる失敗に業を煮やしたラインハルトは、自らが囮になることでヤンを誘き出そうとする。
具体的には、旗下の諸将の軍勢を全て同盟領内の重要拠点に分散させ、ラインハルトは自身の直属艦隊のみを率いて首都であるハイネセンに向かう。
ラインハルト艦隊の前にヤン艦隊が出現したら、ラインハルト艦隊は守備に徹して時間を稼ぎ、その間に分散していた各艦隊が戦場に取って返し、ヤン艦隊を包囲殲滅するというものだった。


自由惑星同盟が生き残る為には、ラインハルトを殺すしかないと考えたヤンも、あえてその策に乗り、両者はバーミリオン星域で激突した。
この時、部下から懸念を伝えられた時の、二人の反応はそれぞれ違っていた。
ラインハルトは『私がヤンに負けると思うか?』と反論を封じ、
ヤンは一度『負けると思うのかい?』と同じ反応を返したが、
ユリアンに『そんな言い方で反論を封じるのは卑怯』と返されたため、謝罪し、勝算は高くないながらも乗るしかない、と、自分の考えを明かしている。
この差が、後の結果につながったのかもしれない。
帝国軍はラインハルト本隊と、それを護衛する直属艦隊18,800隻、同盟軍はヤン艦隊と、ランテマリオ星域にて加入した第14、15艦隊を合わせた16,420隻。


4月24日、双方が何かを仕掛けてくると警戒し合っていたため、戦いは至って平凡な正面攻撃の応酬で始まった。
一時、帝国のトゥルナイゼン艦隊が功を焦って突出し、逆撃を加えられて損害を出すが、戦況が大きく動くことはなかった。


タイムリミットは、他の帝国艦隊が引き返してくる前。そのためヤンは4月27日に一転、速攻に転じる。
だが、時間稼ぎさえすればいいラインハルトは、艦隊を薄いペティコートのように24段に分け、それらを順々に同盟軍に突破させ、永遠に続く戦いの疲労を蓄積させる作戦に打って出た(突破された陣も、その後帝国軍の側面を通って最後尾に移動するため、半永久的に陣を突破し続けなければならなくなる)。
ヤンはスパルタニアン部隊を発進させて状況の打開を図るも失敗、この戦いでイワン・コーネフを始めとする、同盟軍の戦闘艇パイロットの多数が戦死した。


ヤンさえも見抜けなかったこの作戦の真意を見抜いたのは、他ならぬユリアンであった。
ラインハルトの真意に気付いたヤンは、今度は直属艦隊を誘い出し、その隙にラインハルトの本陣を突く作戦に出る。
マリノ准将率いる2,000隻程度の艦隊に、隕石等を牽引させて1万隻程度の疑似艦隊を作り上げたヤンは、左翼からマリノに帝国軍を攻撃させる。
ラインハルトは一時判断に窮するが、この疑似艦隊が本隊であると判断し、先ほどの陣を解除して攻勢に転じる。
しかし、罠だと知った帝国軍は急ぎ引き返して、本陣に向かうヤン艦隊を攻撃するが、これに対しヤンは攻撃してきた艦隊を半包囲し、もう一方から隕石群を打ち込んだマリノ艦隊と呼応して、完全に包囲殲滅する形を作り上げてしまう。


罠にかかった帝国軍は為す術もなく壊滅状態に陥り、ラインハルトのもとにも同盟軍が迫るが、辛うじてミュラー艦隊が救援に駆け付け、ラインハルトは九死に一生を得る。
ヤンが予想したミッターマイヤーではなくミュラーが先駆けて駆け付けられたのは、担当していた補給基地が無血開城に近い状態で制圧できたため、その日数を大幅に短縮できたためである。
強行的な艦隊運動を行ったため、4割の艦隊が脱落していたが、それでも8,000隻の援軍は今のラインハルトにとっては十分であった。
ミュラー艦隊は同盟軍とラインハルトの間に割って入り、同盟軍第14艦隊に6割の損失を与え、さらに旗艦アキレウスを撃沈、モートンを戦死に追いやっている。


ほぼ同時に、ヤンはラインハルト直属艦隊の指揮官であるカルナップが包囲網を突破しようとしていると気付き、わざと包囲網の一部を解放し、脱出を促す。
そこになだれ込んだカルナップ艦隊と、味方を救出しようと侵入してきたミュラー艦隊が交錯したところを、ヤンは一斉射撃により殲滅する。
カルナップは戦死し、さらにミュラーの旗艦リューベックをも撃沈。ミュラーは辛うじて脱出に成功し、旗艦を4度変えて抗戦し続けるが、ヤン艦隊に決定打を与えることはできなかった。


だが、今まさにラインハルトを討ち取る寸前、政府からの無条件停戦命令が入る。
本国より無条件停戦命令を受けたヤン・ウェンリーはシェーンコップらの反対を抑えて即座に戦闘を中止。


……が、ラインハルトは突然の事態に納得できず激怒するばかりだった。


「馬鹿げている! 何故、急にこんなことになるのだ!? あと一歩で奴らは勝てたではないか!」


「目前の勝利を放棄すべき正当な理由が何かあったというのか!?」


【ハイネセン制圧】


停戦命令が届く3日前、帝国宰相首席秘書官のヒルデガルド・フォン・マリーンドルフはラインハルトが敗北することを予見すると、ミッターマイヤーとロイエンタールの両将を説得して同盟政府を降伏させるために首都ハイネセンへ侵攻していた。
(なお、会戦前にはラインハルトに対しても提案したが却下された)


ハイネセン上空に達したミッターマイヤー、ロイエンタールは統合作戦本部に爆撃を行い、同盟政府に降伏を迫り、さらにヒルダからの提案で「降伏すればラインハルトの名において同盟元首の罪は不問にする」と誓約も付け加えられる。


すなわちトリューニヒトの身の安全を帝国が保障するというものであり、雲隠れしていたトリューニヒトはこれに飛びつき図々しくも緊急会議を開く。


「結論を言おう。帝国軍の要求を受け入れる」


「無差別攻撃をすると言われてはそうするしかあるまい」


これまで散々にも「悪しき帝国と戦え」と国民を扇動していたのにもかかわらず、それとは真逆に保身のためだけにあっさり降伏をしようとしていたのである。
帝国が侵攻してくるきっかけを作り、責任逃れまでし、あまつさえ国家を売り渡そうとするトリューニヒトをビュコックとアイランズは説得しようとするが、
本人に代わって苦労をしていたのを全く知らん顔と言わんばかりに、逆に彼らを愚弄するばかりか、救国軍事会議のクーデターを鎮圧する際にアルテミスの首飾りを破壊した件を始め、それまで散々持ち上げていたヤンをも罵倒して責任転嫁を図る。アルテミスの首飾りの件一つをとっても、自分は何もしていないのにである。


アルテミスの首飾り、イゼルローン要塞。あなた方はまだ気づかないのですかな?ハードウェアがいかに強大でも、それを使う人間が肝心なのだということに。


こうなる危険性をヤンはずっと指摘しておったではないですか。それに取り合わず、こうした事態に至らしめたのは誰です?


しかもそうした最悪の状況の中で、起死回生を図ろうとしているヤンの妨害にしかならない事を敢えて行おうというのですか?自分達自身の身の安全と引き換えに。


これまで沈黙していたビュコックはアルテミスの首飾りやイゼルローン要塞という強大な武器があっても、それを扱う肝心の同盟の軍人や政治家達が無能では何の意味もないと糾弾する。
事実、イゼルローンにヤンがいるから大丈夫だと高をくくった同盟の軍幹部と政治家は銀河帝国正統政府の樹立を承認するという軍事侵攻するための絶好の大義名分をラインハルトに与えてしまった。
そんな彼らの安い期待に対して、ラインハルトはイゼルローンへの攻撃を陽動に裏取引によりフェザーンを制圧、そこから同盟領に侵攻することで戦わずにイゼルローンの戦略的価値を消滅させた上にヤンをイゼルローンに閉じ込めることで動けなくしてしまったのである。


アルテミスの首飾りも、ヤンは巨大な氷塊を用いて犠牲無しで一瞬で全て破壊してしまう。政府も軍上層部も救国軍事会議がアルテミスの首飾りの存在に安心しきって、敗北した事実から何も学んでいなかったのである。アルテミスの首飾りが万能でないように、イゼルローンも万能ではないことを。


要するに、同盟は命数を使い果たしたのです。


政治家は権力を弄び、軍人はアムリッツァに見られるように投機的な冒険にのめり込んだ。いや、市民すら政治を一部の政治業者に委ね、それに参加しようとしなかった。


民主主義を口で唱えながら、それを維持する努力を怠ったのです。専制政治が倒れるのは君主と重臣の罪だが、民主政治が崩壊するのは、全ての市民の責任ですからな。


ここに来て、ビュコックは同盟が既に国家として死んでいることを断言する。
レベロとルイが憂いていたように、サンフォード、ウィンザー、ネグロポンティ、そしてトリューニヒトら同盟の政治家達は自らの政治権力のためだけに政権の座について戦争を賛美して軍を私物化し、大義さえも方便にその権力を弄んで国家を腐敗、弱体化させた。
それはこの危機を乗り切るべく奮戦しているアイランズも例外ではなく、あくまで今奮闘している分相対的にマシだというに過ぎない。
そして、実際の能力など皆無で出世しか頭にないフォーク、ドーソン、ロックウェルを始めとした無能な軍人達は出世だけを目当てに腐敗した政治家に媚びを売ると共にアムリッツァのような無意味で杜撰な作戦を考えて自分達だけ安全な場所にいて戦争を賛美して将兵を死地へ向かわせる。
そんな腐敗しきった状況の影響を肌で感じながらも関心を持たない市民………
既に自由惑星同盟は命数を使い果たし、形だけの国家に成り果てていたのである。


二等兵からのし上がったビュコックは素手で実力行使に出ようとするが、トリューニヒトは事前に用意しておいた地球教徒の私兵によって逆に彼らを拘束してしまう。
邪魔者を全て排除したトリューニヒトは無条件降伏を受け入れ、これにより自由惑星同盟は一世紀半の長きにわたる戦争に敗北した。


この呆気ない降伏にはミッターマイヤー、ロイエンタール、そして誓約を提案したヒルダでさえも困惑し、開いた口が塞がらなかったという…。


事実上の勝者となったはずのラインハルトであったものの、その屈辱は大きく、後の新たな戦いの要因にもなる。


「私は勝利を譲られたというわけか……」


「情けない話だな……私は本来自分のものではない勝利を譲ってもらったのか。まるで乞食のように……」


【バーラトの和約】

ラインハルトは、自由惑星同盟を完全併呑させることはこの時点では行わなかった。
「戦えばいつでも勝てる」「帝国兵が帰りたがっている」「財政がガタガタの同盟を帝国が抱えると帝国の財政もガタガタになる」といった行政専門家やオーベルシュタインの意見を採用したのだ。


代わって、5月25日、自由惑星同盟と銀河帝国の間で事実上の降伏文書である『バーラトの和約』が締結される。内容は、

  • 帝国艦船の同盟領内における自由通行権を認める。
  • ガンダルヴァ星系と回廊周辺の星系2つの割譲。
  • 安全保障税として年間1兆5千億帝国マルクの支払。
  • 高等弁務官の設置。
  • 戦艦、宇宙母艦の放棄を含めた同盟軍の軍縮。
  • 帝国との友好・協調を阻害する活動を禁ずることを定めた国内法の制定。

が同盟に課せられた。「首に縄をかけられて、爪先だけはまだ床についている(byホワン・ルイ)」という不平等条約であり、これにより自由惑星同盟は銀河帝国の属国と化した。皮肉なことに、これまで辺境の叛乱勢力だった同盟は敗戦し、帝国の属国となったことで国家としての存在を承認されたのである。


【その後】

会戦終結直後、ヤン・ウェンリーとラインハルト・フォン・ローエングラムの二名は史上唯一の直接会見を果たす。


バーラトの和約によって、自由惑星同盟は事実上は銀河帝国の支配下に置かれ、ラインハルトの代理としてヘルムート・レンネンカンプ上級大将が帝国高等弁務官として就任。


敗戦の責任を取りヨブ・トリューニヒトは最高評議会議長を辞任(事実上のトンズラ)し、誓約によって身の安全が保障された帝国へ亡命する。
それに代わって新たにジョアン・レベロが滅亡の危機に瀕した最高評議会議長に就任する。
(アイランズはトリューニヒトに裏切られたショックで廃人となってしまった)
ヤン・ウェンリーは軍を退役し予備役に編入され、新妻と夢の年金暮らしをはじめることになった。
ヤン艦隊の主要メンバーやビュコックらは、特に軍事裁判などにはかけられず退役あるいは辞表を提出。
キャゼルヌだけは軍が成り立たなくなると言うことで辞めさせてもらえず勤務を継続することとなったが、彼らは、皮肉にも同盟が属領となったことで、作中でも最も平穏な時期を謳歌することができた。


また銀河帝国正統政府は敗戦以前から閣僚が次々姿を消していく末期的状況であり、敗戦に伴って完全に崩壊した。
首相のレムシャイドはロイエンタールに邸を囲まれて自殺、皇帝エルヴィン・ヨーゼフ2世は、ランズベルク伯爵と共に姿を消す。
翌新帝国暦2年11月、ハイネセン辺境のクラムフォルスに潜伏していたランズベルク伯爵が捕らえられるが、エルヴィン・ヨーゼフ2世は同年3月に既に死亡しており、ランズベルクは発狂した状態でミイラ化した死体と共に逃亡生活をしていたことが明らかになった。
[[しかし翌年6月にシューマッハが捕らえられた際に、エルヴィン・ヨーゼフ2世は死亡したとされた前年3月に行方不明になったと証言した(ランズベルクが発狂したのもこれが原因と思われる)。>ネタバレ]]
メルカッツ軍務尚書は戦死…したと見せて実はヤンの手引きで潜伏しており、これが後につながることになる。



なお、会戦におけるヒルダの独断行動は本来、帝国の統帥本部権を侵害する越権行為であり、特にラインハルトの名を勝手に使ってトリューニヒトを免罪にしてしまったことは大問題であった。
ラインハルトの怒りを買っているが、ラインハルトとてヒルダが自分を救ったという事実は分かっており、功績を鑑みて処罰されることはなく不問とされた。


6月20日、皇帝カザリン・ケートヘンの親権者、ユルゲン・オファー・フォン・ペグニッツ公爵は、オーベルシュタインよりの呼び出しを受け、ある同意書にサインを求められた。
それはカザリン・ケートヘンの退位と帝位をラインハルトに禅譲するという内容であった。
元より政治的な能力も野心もない親権者は財産・安全の保障と高額の年金と引換に禅譲の署名を行い、この日をもってゴールデンバウム朝銀河帝国は人知れず490年の歴史に終止符を打つこととなった。


宇宙暦799年/新帝国暦1年6月22日。
ラインハルトは銀河帝国の首都オーディンの新無憂宮において大々的に即位式及び戴冠式を行い、自ら帝冠を戴いた。


かくして長年銀河の覇権を争っていたフェザーン自治領、自由惑星同盟、ゴールデンバウム王朝銀河帝国の三大勢力は共に歴史の舞台を降り、新たにラインハルト・フォン・ローエングラムを開祖とするローエングラム王朝の時代が幕を開けた。


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  • もしもヤンが政府の停船命令を無視してラインハルトを討ち取ってたらどうなっていたかな? -- 名無しさん (2017-06-28 09:08:12)
  • ↑ 書面で降伏しちゃったし、軍もボロボロだしで、同盟は砲火にさらされ続けるだろうし、帝国もめちゃくちゃになるしで、混乱するだけな気がする -- 名無しさん (2017-06-28 09:23:31)
  • いろんな推測ができるけど、個人的に、アルテミスの首飾りが健在だったら、どれぐらい帝国をけん制できたか知りたいな -- 名無しさん (2017-06-28 09:24:33)
  • ↑指向性ゼッフル粒子があるから無理でしょう -- 名無しさん (2017-06-28 11:45:36)
  • ↑2 帝国の双璧に加えて戦略眼は両者に勝るとも劣らないヒルダがいるからなあ。ヤンに「ハイネセン急襲」の一報を送る時間くらいはありそうだけど軍を退けるほどの力はないと思う。帝国と同盟が共に情報源にしていたフェザーンが帝国の手中にあるから、作中でヤンが使った質量攻撃(または他の弱点)に気づいたかもしれないし。 -- 名無しさん (2017-06-28 12:24:16)
  • 占領時、ルビンスキーが帝国の手を逃れられたのは、フェザーンを占領することを読んでいたのか、それとも帝国の内通者から情報をもらっていたのか…… -- 名無しさん (2017-07-29 12:10:04)
  • バーミリオン会戦で帝国の提督たちがわざわざ基地を占領するまで戻って来なかったのって、どう考えてもラインハルトが提督たちに連絡しなかったせいだと思う。双璧まで基地占領を優先してるのやっぱり異常 -- 名無しさん (2017-07-29 12:37:38)
  • ↑ラインハルトの本心はヤンとのタイマン希望と推測。ただ、それは周囲からの反対にあうから包囲作戦によって納得させたんじゃないかなぁ。包囲作戦を完遂するつもりならヤンが仕掛けた囮作戦は無視しただろうし。 -- 名無しさん (2017-09-13 16:02:21)
  • ラインハルトがシュトライトの反対論に「私がヤンに負けると思うのか?」と言って黙らせたのに対し、ヤンの同じ問いに対してユリアンが、「そんな言葉で反論を封じさせるのは卑怯です」と反論されるという対比が、専制主義と共和主義の違いであるのと同時に、この差が勝敗の差でもあったなと思う。 -- 名無しさん (2019-03-08 15:05:28)
  • フェザーンを経由すればイゼルローンは関係ないことに1世紀以上誰も気付かなかったのはやはり無理があるから、結局のところ帝国にも同盟にも相手を本気で征服しようと考えてる者はいなかったということなのかな?そういった動きを見せた者をフェザーンは買収などして立ち回っていたはずだけれど、生粋の征服者であるラインハルトにはそれが通用しなかったと。軍事力の均衡が崩れた状態で征服の意思を持つ者が出現したら、瞬時に崩壊する構造だったわけだよね -- 名無しさん (2020-05-05 16:39:15)
  • もしかしたら、帝国がフェザーンを占領することすら、ルビンスキーの計画のうち(あるいは織り込み済みか予想済みか)だったりしたのかな? とっとと隠れて帝国軍の目を逃れたこと、といい -- 名無しさん (2020-05-05 17:25:15)
  • アスターテ&アムリッツア以前は帝国と同盟どっちかにフェザーンが肩入れしたらした方に大いにバランス偏るから攻められなかっただけ。新航路発見とかはまあ妨害全力でしたんだろうけど -- 名無しさん (2020-05-05 18:04:19)
  • 同盟と帝国の国力が拮抗していれば、一方がフェザーンを占領してももう一方に取り返されるだろうから下手に動けないから、その状態を維持するようにフェアーンは動いていたわけだよね。それなのに帝国侵攻作戦が失敗して戦力が大幅ダウンしても、イゼルローンがあるって呑気してた末期の同盟上層部がアホすぎる -- 名無しさん (2020-05-05 21:47:29)
  • もしもトリューニヒトが要求を蹴ってたらロイエンタールとミッターマイヤーは民間人を巻き添えにしてもハイネセンを攻撃しただろうか? -- 名無しさん (2020-09-13 07:48:53)
  • ↑ミッターマイヤーはフェザーン占領の時に「民間人に手を出すなよ。やったら処刑だからな」と言ってるから、爆撃はあくまで脅し程度で軍関係の場所のみ狙うと思う。やったらやったで、後でヤン艦隊に「放置してたら他の星も無差別攻撃されるな」と撃破されるのがオチだけど -- 名無しさん (2020-09-13 10:14:36)
  • ↑7勝ったのは専制主義だけどな。例えラインハルト本人がどう思っていたとしても -- 名無しさん (2021-04-01 08:46:09)
  • ↑6ルビンスキーの当時の展望は正確には解らないが、後の歴史を考えれば多分その思惑の半分くらいは達成されてるんだよな。フェザーンは首都になり、地球教の支配から脱し、政治と経済の中心になって銀河を支配したと言える。病気がなければ本人が返り咲くまでは行かずとも裏から支配する算段もあったのかもしれないが。 -- 名無しさん (2021-06-26 22:25:05)
  • トリューニヒトの厚顔無恥ここに極まれりって感じ。自分は何もせず逃げ回ってたくせよく他者を批判できるな。「随分と偉そうなことを」とか完全なブーメランだし。 -- 名無しさん (2021-10-30 18:45:52)
  • この民主主義については本当に大切な考えなのだよね -- 名無しさん (2022-05-24 13:38:06)
  • 実は地球教のやり方が洗練されて見えるから困る。宇宙でも特別軍事作戦してるとか… -- 名無しさん (2022-07-31 21:42:14)
  • フジリュー版の浮遊砲台破壊シーンはレンネンカンプが無能ではない事がわかる -- 名無しさん (2023-01-12 07:46:23)

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