縫製人間ヌイグルマー

ページ名:縫製人間ヌイグルマー

登録日:2011/06/19(日) 08:27:57
更新日:2023/11/17 Fri 11:01:04NEW!
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ヌイグルマー。


これは、愛する者を守るために自ら望んでぬいぐるみになった、勇敢な者たちの、戦いの物語である。





キルケゴールは著書『死に至る病』でこう断言している。
「何のために生まれて、何のために生きるのか、神に訊かれて答えられない者は永遠の絶望、死に至る病に囚われている」
「また、多くの人はこの精神の最大の危機についてほとんど無関心であり、この重大な事態に気づいてさえいない」と。


なぜ、自分はこのような不細工に生まれたのか?
なぜ、自分はこのような不器用に生まれたのか?
なぜ、自分はこのような苦しみの世界に生まれたのか?
なぜ、自分はこのような果てしない絶望に打ちひしがれているのか?


なぜ、多くの人はこの世界に生きていて、なんとなく幸せであり、それとなく不幸せにのうのうとしていられるのか?


自分は、一体何をなすべきなのか?
自分が何をなすべきか、一体どうすれば見つけられるのか?




キルケゴールは純然たるキリスト者であるが、このような問はどこにあっても普遍的に存在するだろう。
それは、仏教における空の思想や縁起論に則った価値観を多くの楽曲や著作で語っている大槻ケンヂにとっても、やはり何においても優先すべき、非常に重要な問題であった。


自分がなぜこのように生まれつき、なぜこのような運命を背負わされたのか?
自分に一体なにが出来ると言うのか?




全てのものごとは原因と結果の関係があり、そして全てのものごとには必ず意味がある。
その耐え切れぬほど重い荷物を背負い込んで歩む、逃げ出したいほど過酷な旅路で起こる、様々な目を背けたくなるほどつらく悲しい出来事にも、必ず意味があり、
それを知ったとき、全ての絶望は強大な勇気へと変わる。
全ての恐怖は、全てを包み込む愛と幸せに変わる。




地球から遠く離れたある星の滅亡と、小説家の父を亡くした少女も、もちろん深く関係しているのである。





★あらすじ☆


森野姫子は、小説家の父を持っていた。
少しずぼらな母と、夢想家の父の愛情を一身に受け、
彼女自身もまた、クリスマスのプレゼントに買ってもらった大切なぬいぐるみの『ブースケ』に、綿いっぱいの愛を注ぎながら、すくすくと育ち、
いつか自分も父のような小説家になり、現実のあらゆる不幸や不条理を、ペンと想像の力で幸せや勇気に書き換えてやろうと幼いながらに決意していた。


父が、倒れたツリーの下敷きとなって死んだあの日までは――――




――――巨大な総合商工会社であるMB社の急速な市場支配は、大きな富とともに大量の失業者を生み出した。
アメリカの少年フィルの父親もその一人だ。
彼はジャンク行き寸前のあみぐるみを救い出し、それをフィルへのクリスマスプレゼントとして手渡した直後、首を切って自殺した。
飲んだくれの叔父に引き取られたフィルは、叔父からの執拗な虐待に『チャーリー』と名付けたあみぐるみと寄り添って耐える日々を送ることになる。
アルコール中毒がいよいよ深刻になり、朦朧とした意識の中、ささいなことから逆上した叔父がフィルを殺そうとしたその日までは――――




――――遠い昔、遠い遠い彼方の星。
その星では綿状の生命体が見事な文明を築いていた。
綿状の生命体と言っても、彼らは常になんらかの『よりしろ』に包まれていないと消えてしまう、はかない存在だ。
しかし、その柔らかで雪のような綿の中には、鍛え上げられたら鋼よりも強固な勇気と愛と誇りを持っていた。
精霊と精神の啓示によって日々を切磋琢磨しつつ生きている彼らの日常は、恋や笑いが溢れ、穏やかで、そして何より情熱的であった。
彼らの星全体が謎の病に包まれて、次々によりしろを失い、故郷の星を捨てなくてはならなくなったその日までは――――




――――長い長い旅路の果て、彼らがたどり着いたのは地球。
決死の降下を試みた彼らのほとんどは、南国タイの海岸線で雪のように消えていった。
偶然風に流されたほんの一握りのものだけが、ぬいぐるみ工事の綿に紛れて消失を免れたのだ。


不細工なテディベアのパチモンや犬やあみぐるみに姿を変えた彼らは、バラバラに世界中に出荷されてしまう。
別れの刹那、彼らはボタンの瞳に賭けて誓った。




「どんなに遠く離れても、我らは友である。いつか必ずまた出会おう」と。





――――作中では、不条理で過酷な運命を背負った様々な人物が登場する。
彼らは皆、冒頭に示した答えを探しているのだ。





大槻ケンヂの著作の中でもかなりの大作に入る部類の小説であり、
バンド『特撮』の代表曲の一つである『戦え!ヌイグルマー』をモチーフに再構成された作品である。
同じく楽曲をモチーフにした長編小説には『筋肉少女帯』の『再殺部隊』を再構成・再構築した『ステーシー』があるが、
『ヌイグルマー』はよりポップでコミカルな仕上がりとなっている。
ヒーローも夢も希望も登場しない『ステーシー』とは、全く逆ベクトルのアプローチから大槻ケンヂが持つ普遍的な『生への疑問』への解答を試みた作品であると言えるだろう。
(両作に共通して登場するのは『愛』と『音楽』である)


作品としては、この世のあらゆる不幸と不条理に立ち向かう勇敢な戦士を描いた、特撮風ドタバタSFコメディー冒険活劇と言ったところか。
熱い、熱すぎる、熱苦しいほどの熱血展開が、全国の悩めるロック少年少女たち、それからロックを知らない少年少女たち、
更にロック精神をどこかに忘れた大人たちにアイデンティティーの道標を与えること請け合いな仕上がりである。


悩めるロック少年代表大槻ケンヂ自身が特撮のヒーローたちから受けた影響を作品に昇華し、誕生したのが本作『縫製人間ヌイグルマー』なのだ。


自分の理不尽な境遇に思い悩んだり、漠然とした不安や不満を持っている人は是非ご一読願いたいところである。
直接の答えは見つからなくとも、そこには大きなヒントがあるはずだ。


全てのことには必ず意味がある。
この項目を偶然最後まで読んだことも、あるいはそれによって書店で本作を見つけ出し、試しに買って読んでみることにも、必ず何らかの意味があるのだ。













糸ほつれ、綿もはみで、布やぶれ、体はもげてさえ追記・修正お願いします。


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