日も南中し、これから沈み行く一方となる境の頃だった。ここはミチアト古生物研究所第1研究棟、1階所長室の戸を叩く乾いた音が廊下に響く。
「はい、どうぞ」
部屋の中で黒い革張りの椅子に座っている白髪の男が優しく、しかし通る声で入室を促した。ドアノブが静かに回転し、微かに蝶番の軋む音を立てながらドアが開かれた。
「失礼します。所長に届け物が……」
白衣を着た若い男が段ボール箱を抱えたまま身体でドアを押さえて室内へ入っていく。箱は大きいものの重たく感じているようには見えない。事実、その中身の大半は化学繊維の布でしかないのだ。そう、大半は。
「おお、もう届いたのかい。技術の進歩というのは常々すごいものだね。ありがとう、そのあたりに置いてくれればいいよ」
「はい、では失礼しました」
扉の脇に箱を置いて男は部屋を後にする。所長室に残された男は密かに口角を上げていた。
そして翌日朝、寮から第1棟への連絡通路を渡ろうと職員やアニマルガールは立ち止まり例外なく“それ”を見ていた。
「メリークリスマス! ハッハッハ」
付け髭が微妙に浮いている。地毛が鬘で隠しきれていない、声がバレバレ、プレゼントの袋がサンタのように膨らんでいない。そう、どう見ても鹿島幹生所長その人である。左手で持った袋に右腕を入れて、そして出す。手に握られているのは手のひらサイズのスノードーム、中にはなんともMIPらしく三葉虫のレプリカが入っている。
「所長?」
「ノーノー! 僕はサンタクロースさ。一生懸命働く職員の君たちにはプレゼントをあげよう」
「サンタクロースって良い子にしていた子供にプレゼントをあげるんじゃ」
「僕の年にもなれば君らくらいの年の子供がいても可笑しくは」
「やっぱり所長じゃない」
当然だが職員やアニマルガールには正体が露見している。所長もそれに気付いていないはずがないが、一人一人順にスノードームを渡していく。受け取る者の反応はそれぞれだが、中身に興味を持つ、飾る場所に思いを馳せる、楽しそうに配る所長を見て幸せな気分になるなど概ね肯定的だ。
「では、所長サンタから最後にプレゼントだ」
「やっぱり所長じゃないですか」
「セントラル郊外公園にてクリスマス主張出展を行うことになったよ。各棟は代表研究室を2つ選んで出展の準備を進めてくれ。スペースに関しては心配いらない、出展団体が少な過ぎてゴコクにまで話が回ってきたんだから。それじゃあ僕は2,3棟の方にも行ってくるからよろしくね」
“フォッフォッフォ”とわざとらしい笑い声をあげながら所長サンタは連絡通路を駆けて行った。
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