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続・ゆっくりの村 前編

村あき 71KB

『続・ゆっくりの村』

 

 

 

 

―――その村は針葉樹生い茂る山の中にあった。

 

 「―――、―――!―――、―――ゆん!」


 木々の間を縫うように敷かれた獣道の上を何かが跳ねていた。

ぽむんぽむんというふざけた音と妙な鳴き声。
リズミカルな呼吸音が山の中を行く。

 時刻は丑三つ時。空には満月。

 枝葉から零れた月明かりが獣道に差し込み、跳ねる何かを映し出す。

 「―――、―――、―――ゆゆん!」

ゆっくりだ。

 翡翠色の帽子に猫耳。

さらに、これまた猫のような尻尾が二本。

“ちぇん”と呼ばれる通常種のゆっくりが、何の躊躇いもなく夜の山を跳ね回る。

 「―――うー!」
 「うー―――うー☆!!」
 「―――」

 風切音が辺りに響く。

ちぇんの背後。駆け抜けてきた獣道には三つの影が並び、時に交錯しながらちぇんの後を追っている。

 捕食種だ。

 蝙蝠のような羽根で羽ばたき豪快に空気を裂く二匹のれみりゃ。

 柳のようにしなやかな骨格と色取り取りの宝石を煌めかせ、音もなく空を滑る一匹のふらん。

 追う者たちの眼には獲物しか映っていない。

 

 逃げる通常種と追う捕食種

ありふれた……とまではいかなくとも極々自然な光景だ。

 夜は捕食種の時間。

そんな時間に外を出歩くような通常種は襲われて当然。

 空を飛び、身体能力でも通常種とは雲泥の差がある捕食種が後れを取るわけもなく。
 見つかった通常種は恐れで顔を歪ませ、全身全霊で涙と汗に塗れながらみっともなく逃走する。

 捕まれば甘さを高めるために地獄のような拷問をされ、最後には捕食されるが故に。
 何代にも渡って刻まれた“生きるための知識”
捕食種には絶対に捕まってはいけないという本能。

ぐちゃぐちゃに絶望する通常種。
 笑みを浮かべて狩りを楽しむ捕食種。

そんな自然な光景が―――違う

今巻き起こっている現状はどうにも様子が違う。

 多くの不可解が存在する追走劇だった。


 「うー!!う、うぅぅぅううう!!うぅぅぅうううぅうううう!!」
 「うー!うー☆!うー!!うううー!!!まつんだどぉおおぉおおお!!!」

 「―――ッ―――ッ!!」

 捕食種たちに余裕はなかった。

れみりゃたちは息が切れ、お決まりの鳴き声を上げながら必死に羽ばたいている。

ふらんは息こそ落ち着いているものの表情は鋭く、眼には苛立ちが見て取れる。

 距離が……縮まらない。

ちぇんと彼女を追う三つの影は重ならない。
 一定の距離を保ったまま、もうどれだけの時間が過ぎただろう。

 「―――ゆ―――ゆん!―――ゆゆん!」

 一方、ちぇんには恐怖も焦りも無い。
 変わらないリズムで呼吸は刻まれ口元には笑みすら見える。

 彼女の跳ねる姿は力強く、通常種のソレとは思えないほどに速い。

 全身をバネの様に使うその跳ね方は、足など持たない饅頭の癖にそれこそ猫科の四足獣を連想させる。
 二本の尻尾でバランスを取りながら無駄のない全身運動で駆けていく。

 普通ならば有り得ることではない。
いくらあんよの速さに定評のあるちぇん種であっても。

 日頃から甘味を摂取できる捕食種
 雑草でようやく日々の飢えを凌ぐ通常種

 二者の間に存在する絶対的な差。
それ故に存在する身体能力の違い。

 加えて、空を飛ぶことのできる捕食種が。
 通常種を捕らえられない道理はないのだ。

だが……


「―――ッ―――ッッ!!!!」

ふらんが牙をギシリと鳴らす。

 苛立ちだけでも追いかける獲物を殺してしまえそうだと錯覚する。

 餡子の中には疑問符ばかり。

 何故追いつけない?
 何故捕まえられない?

いつも通りの狩りの筈。
きまぐれに遠出してきた山の中。

うーうーと喧しい声に誘われて見つけた活きの良い獲物。

どうしてこんなに苛立たなければいけない?
どうしてこんなにも腹が立つ?


 「うう!?」
 「うが!?」
 「ッ!!!!」


 時折、追う三匹は交錯しぶつかりそうになる。
 三匹はチームなどではない。
 偶々同じ得物を追うことになった邪魔者ども。
 相手をしてやってもいいが、そんな事をしていては獲物に逃げられる。

それも苛立ちに拍車をかけていた。

いつもは歯牙にもかけない針葉樹の枝葉が煩わしくて仕方がない。
 避ける事に気を割けば獲物との距離が離れてしまう。

ふらんの中枢餡は煮え滾る。
 怒りが治まることなどなく、逃げる猫饅頭を諦めるなどという選択肢はありえない。

 他の二匹もそれは同じだ。

 「―――ゆ!わかるよー!
  おまえらみたいな!
  ぱたぱたできるだけののろまに!
  ちぇんがつかまるわけ!
  ないんだねー!
  わかれよー!」

 「「「―――」」」

 追走の合間に見せられるちぇんの余裕の表情。
あからさまな挑発も理性の箍を外すに足りる。

―――殺す
―――食うだけでは足りない
―――苦しめてやる
―――今までの獲物の中で最も惨たらしく
―――長く
―――簡単には殺さない
―――許しを請えば尚痛めつけて
―――生まれたことを後悔するほどに

―――殺す

 ふらんの瞳にはドロドロの怒り。
 傷つけられたプライドと溶け切った理性。

……その片隅で消しきれない疑問がある。

どうしてあいつはあれだけ迷いもなく、山の中を跳び回ることができる?

 何にも躓かず
何も踏まずに

 どうしてあれだけの速さを保って―――


「―――ッ!!?」


 不意にふらんの視界が明るくなった。

 行く手に幾重にも重なっていた枝葉が無くなる。

ちぇんが逃げた先。

 木々の間にぽっかり空いた原っぱ。
なんとも見晴らしのいい開けた場所に月明かりが差し込んで、ちぇんの姿をはっきりと捉える。


―――今だ


「「「―――ッ!!!!!」」」

 本能が答えを出し、捕食種たちの思考が重なる。

 猛禽類さながらに羽ばたきを止め、羽を固め
弾丸のように獲物めがけて滑空する。

 一つの無駄もなく、障害物のない空中を滑り落ちる。

―――身体へ。尻尾へ。齧りつく
―――怪我を負わせるだけでも十分
―――弱ってしまえばケリが着く

―――やっと、仕留められる

「―――っ」

ふらんの口元が禍々しく歪む。

 近づいてくるちぇんの背中。
 完璧に捉えたという確信。

 他の奴になんか渡さない。
さぁ、どうやって苦しめてやろう。

そこまで思考を巡らせて。
ぐわっと獲物へ牙を向けたところで。


 「―――いまだみょん!!!」


……そんな声が聞こえた。
ふらんの中枢餡が真っ白になった。

 分かったのは。

 追いつこうとしていたちぇんと自ゆんたちの間に“何か鋭い物”が急に現れて。
ぶつかったという感触と痛みがあり、自身の背に絶望的な喪失感があり。
ぐらりと経験したことのない揺れとともに。

 強烈な衝撃と味わう筈のない土の味。

そこで、ふらんの意識は完全に途絶えた。

 

 


 ・
 ・

 

 

「―――うー……」

 陽が昇り、普通ならばとっくに巣穴に帰っている筈の時間でもまだふらんは原っぱにいた。

 見るも無残な姿だった。

 左の片翼が根元から引き千切れ、もう飛ぶことはかなわない。
 右眼下からあんよにかけてばっくりと裂けていて中身の餡子が露出している。
 落下の衝撃で中枢餡が傷つき、裂傷から中身も漏れたので瀕死である。

もうまともに言葉を発することも出来なかった。

 野生捕食種が殊更に嫌う陽の光が全身を包んでいて、痛みと嫌悪感が入り混じって思考はぐちゃぐちゃだ。

 「ぅ……ぅー」

 「――!!!―――!?―――!!!?」
 「――――!!?――――――――!!」

 眼球だけを動かして隣を見やると、共に獲物を追いかけていた二匹のれみりゃが直ぐ傍にいた。

れみりゃたちはふらんに比べてまだ元気がある。

 両翼を引き千切られ、あんよをズタズタに傷つけられ、口には猿轡のような物を噛まされているが。
 痛みにも負けずに全身をうねらせて、猿轡の隙間から息を漏らすぐらいには余裕があった。

 「やっとひとだんらくなのぜ」

 「わかるよー。みんな、おつかれさまなんだねー」

 「なにいってるみょん。
  おとりやくの ちぇんが いちばん つかれてる はずみょん
あとは みょんたちに まかせて ゆっくり するみょん」

 「にゃはは!しんぱいごむようなんだねー!
  これぐらいでへこたれるちぇんじゃないんだねー!
  わかってねー!」


 「ぅ……」


ふらんたちの周りからはそんな声が聞こえていた。

 定まらない思考でもふらんには理解できていた。

 自ゆんたちの周りを取り囲む彼女らが、自ゆんたちをこうしたのだと。

 狩りをしていた筈の自ゆんたちが……逆に狩られたのだと。

 

 「さて、それじゃあ けじめを つけるみょん。
  みんな しずかに……。
  コレ、とってくれみょん」

 「ゆん。わかったのぜ」


そんな言葉が聞こえてきて、途端に周囲が静かになった。

ガサガサゴソゴソと何か作業する音だけが聞こえ。

 「―――ぅ」

 「「―――っ!!?」」


 「ふぅ……どうみょん?
  これで おまえらにも みょんが みえるように なったはずみょん」

―――突然、目の前にゆっくりが現れた。

 輝くような銀髪に黒いリボン。
 相対した相手を貫くような視線。

 頬に大きな傷跡がある以外は他と同じ。

“みょん”と呼ばれる通常種のゆっくりが、何もないところから急に姿を現した。

……捕食種たちにはそう見えただろう。

みょんの傍らに置かれた何かには目も向けずに。
 魔法のような出来事に愕然とするしかない。

そう、ふらんたちには見えない。

 周りを何かに囲まれているのは気配で分かる。
 聞こえてくる声からそれがゆっくりであるのも分かる。

でも、見えない。

ふらんたちには追いかけていたちぇんと目の前に現れたみょん以外の姿が視認できなかった。

ちぇんを捕まえようと開けた場所に入って来た時も。
 比較的軽傷だったれみりゃたちの羽が?がれ、あんよが傷だらけにされている間も。
 周りに何か遮蔽物があったわけでもないのに。

3匹は、それこそ“たくさん”いる彼女たちの姿を確認できていなかったのだ。

 「さて……それじゃあ、よく きくみょん。
  みょんは みょんの“むら”のおさを まかせてもらってる みょんだみょん。
  おまえたちに はなしても わからないかもしれないみょんが……。
  これは みょんたちなりの けじめだみょん。
  これから おまえたちが どうなるか おしえるみょん。
  ―――おまえたちは みょんたちに むしゃむしゃされるみょん」

 「「―――っっ!!?」」

 「―――ぅ」

むしゃむしゃする?

 通常種が捕食種を……喰う?

もう捕食種たちの理解できる範囲を超えていた。

 「おまえたちは むしゃむしゃするために みょんたちをおそってきたみょん。
  なら、みょんたちに つかまえられて むしゃむしゃされても もんくはいえないみょん。
  それでも、みょんたちは おまえらとはちがうみょん。
  これいじょう くるしまないように、あとはいっしゅんで らくにさせてやるみょん。
  ……さいごに なにかいいたいことがあれば、いうといいみょん。
  はずしてやるみょん」

れみりゃの一匹が自ゆんの周りに何かが近づいてくるのを感じた。
 必死に眼を動かすが、やはり姿を認めることはできない。

 「―――っ!?」

 死臭防止のためにお飾りが外される。
 捕食種もよくやることだが、自ゆん達がされることなど想定していないのか。
れみりゃが怒りに震える。

と、少しの間があって猿轡が外された。

 「―――……っふ、ふざけるなだどぉお!!
  れみぃを……れみぃをむしゃむしゃするだどぉおおお!!?
  れみぃたちのごはんのぶんざいでふざけたこと―――アガッ!!?」

 「……みょんたちは ごはんじゃないみょん」

 早業だった。

 空いていた距離は一瞬でゼロになり
何処に隠していたのか、長みょんは鋭利に削られた枝で大口開けたれみりゃの喉奥を一突きにする。

 「そうやって みくだしてるから あしもとすくわれるんだみょん。
  おいしく むしゃむしゃしてやるから ありがたくおもうんだ……みょん!」

 「あピキャッ!!―――」

みょんが軽く枝を捻ったかと思うとれみりゃは動きを止めた。

 今度はお前の番だ、と言わんばかりに二匹目のれみりゃのお飾りと猿轡が外れる。

 「れ、れみぃには かぞくがいるんだどぉおお!!
  れみぃがかえらないと!さくやも おちびちゃんも たべるものがないんだどぉおお!!
  た、たすけてほしいんだどぉおお!!
  れみぃのかぞ―――ウッッ゛!?―――」

 「みょんの おとーさんとおかーさんは おまえらに ころされたみょん。
  みょんはおちびのころから じゆんで たべものをとってたみょん。
  ……それで たすけてもらおう なんて、むしのいい はなしみょんね」

 捻りを入れることもなく二匹目のれみりゃは絶命した。

そして、枝の切っ先が最後のふらんへと向けられる。
ふらんのお飾りはいつの間にか外されていた。

 「おまえは はなすげんきも ないみょんね……。
  もう、みょんは おまえたちを うらんでないみょん。
  おこっても いないみょん。ただ、むしゃむしゃするために えいえんにゆっくりさせるみょん。
  みょんのむらのために、おまえをころすみょん
どうかやすらかに……みょん」

 「う……ぅ……ぅ―――」

ふらんは特に暴れることもなく、みょんの一刺しを受け入れた。

 暴れる余力もなかったのだが。

 諦めていた。

みょんの動きは囮役のちぇんの様に通常種のソレではない。
きっと、一対一でなら夜であっても勝てなかっただろう。

 結局、最後の最後まで理解できない事だらけだった。

 姿の見えない狩人たち。
 捕食種を食べるという通常種。
そして、親の仇であり憎むべき相手である捕食種を辛そうに……悲しそうな顔で止めを刺すみょん。

なにより
 そんな理解の出来ない相手に。
 散々苛立ちと怒りを覚えさせられた相手に。

 殺されてもいいと諦めている自ゆんが一番分からなかった。



 ・
 ・


国立ゆっくり研究所。

そこで取り組まれている『ゆっくり村プロジェクト』

 人間による選別で、善良で頭の良いゆっくりを集め。
 道具と知識を与える。

 水場を中心としてゆっくりたちに農耕をさせ。
 畑による自足自給を実現し、安定した食料調達から起こる分業を成立させ。
ゆっくりたちに高度な社会体系を築かせようという計画。

その産物である“村”が日本各地に存在している。

 

―――その村は針葉樹生い茂る山の中にあった

平地に広がる住宅街と険しい山肌が溢れる山岳。
その中間に位置するなだらかな地帯に築かれた村だ。
 沼を水源として耕作を行い、畑には牧草と人参が育っていた。


 「じょーろじょーろ。おやさいさん、ゆっくりだよ〜」
 「ゆふふ!おやさいさん きょうもゆっくりしてるよ!」
 「もう そろそろ しゅうっかく!できそうだね!たのしみだよ!」

 太陽が顔を見せ始めた早朝。
 村のれいむたちがゆっくりサイズのジョウロを使って畑へ水やりをしている。

 差し込む陽射しが畑を温め、野菜についた水滴が煌めいていた。

 「みんなー!おさたちが!おさたちがかえってきたよー!
  ひろばにあつまってねー!ゆっくりしないでいそいでねー!」

 「ゆ!」
 「わかったよ!れいむ いそぐよ!」
 「ゆゆーん!かりが うまくいった みたいだね!
  きょうはおまつり!だよ!!」

 村の一員である伝令役のちぇんが駆けながられいむたちへと声をかけた。
それに従ってれいむたちはジョウロを置いて、ちぇんの後を追い跳ねていく。


―――村がただの群れであった頃から、ゆっくりたちは捕食種の恐怖に怯えていた。

その地域は捕食種にとって理想的な地形であった。
 野生捕食種の多くは切り立った山肌や崖へと巣穴を作る。
 自然に出来た横穴や鳥の巣の跡を自分で拡張するパターンが多い。

 人間や野生動物から襲われる危険の少ない。
 狩りの獲物として連れ去って来た通常種を逃がす心配のない。
そんな急な傾斜のついた土地がそこかしこにあり、あちらこちらに巣穴が作られていた。

 小一時間も飛べば脆弱な野良ゆっくりが狩り放題の住宅街。
 人間を警戒し、近場で済ませたければ多少逃げ足の速い野生ゆっくりのいる山林。

 食事に困ることはない。

そんな一等地であるからこそ頭の切れる捕食種たちが定住していた。

 山林の中とはいえ、険しい地帯にはあんよを踏み入れられない通常種が棲んでいそうな一帯には目星が付く。
 必然的に通常種の巣が密集しているため、夜中に巣穴を見つけてけっかいを壊し侵入することも容易い。

 村は“捕食種たちの狩場”に在ったのだ。

 知能の高いゆっくりたちによって精巧なけっかいが作られ被害は減ったが。
 村としての体裁が出来ても捕食種からの襲撃が止まることはなかった。

 襲撃の多くは深夜。
 目敏い捕食種にけっかいを見破られ、巣穴の一家族が丸々食い散らかされる。

 身体能力の高い村のゆっくりであっても狭い巣穴の中では勝ち目はなく。
 深夜では複数で団結して相手をすることも出来ない。

 増えては減らされるゆん口。
 思うように発展しない村。

そんな状況が変化したのは……とある研究員からの言葉がきっかけだった。


 『―――逆にあいつら狩っちまえばいいんじゃねぇの?』


 荒らし尽された巣穴の前で。
 仲間の死を悼み、悔しさに歯噛みするゆっくりたちの頭上からかけられた提案。

 村の基礎を作った男から後を引き継いだ担当研究員。
 金色のモヒカンを光らせる鬼……お兄さんの言葉だった。

 村のゆっくりたちは彼の言葉で決意を固め、選択した。

 捕食種から“逃げる”のではなく、“隠れる”のでもなく。
“捕食種を狩る”という選択を。

 普通の村ならば絶対に取らない選択だ。
だが、この村は違った。
そうなった理由は様々だろう。

 通常種の中では比較的穏健なありす種、ぱちゅりー種が選別の段階でいなくなったこと。
 好戦的で活発なまりさ種、身体能力の高いちぇん種、戦闘に秀でたみょん種が大部分を占めていたこと。

そして何より。

 団結力が高まったことで、仲間を失いたくないと村の全ゆんが強く思うようになっていたからこそ―――


「おさー!おかえりー!だよ!!」
 「ゆゆぅ〜ん!みんな ぶじだね!よかったよ!」
 「わかるよー!おかえりなんだねー!」
 「みょん!こんかいも たいっりょう!だみょん!」
 「ゆゆ!!おまつりが もりあがるよ!
  れいむ!もみあげに よりをかけて じゅんび!するよ!!」
 「ゆゆゆ……れいむのおちびちゃん!ぶじにもどってきてくれてよかったよー!
  ゆわぁあああああん!!」

 村の中心部である広場に、ゆっくりたちが集まってゆんやゆんやと騒ぎ立てる。

30はいるだろう出迎え隊の多くは大概が女房役を務めているれいむたちだ。

れいむが母として、妻として夫たちを支える。
そんな体系がこの村では築かれている。

 

 

 提案者であるモヒカン担当研究員は協力を惜しまなかった。

ゆっくりたちとともに狩りの計画を考えた。

 時間は夜。

 村の通常種たちでは捕食種たちの巣穴へ辿り着けない。
 昼間に巣穴を襲撃するという戦略は取れず、捕食種が自ら巣穴から出てくる夜が狩りの時間となった。

 捕食種に限らず、通常種の野生ゆっくりも多少は夜目が利く。
 光源の乏しい巣穴の中でも家族を判別し、困難なく活動できる程には見えることが分かっている。

 越冬中の真っ暗な巣穴の中で巻き起こる愛憎・殺戮・破滅の物語。
それはゆっくりたちが互いに姿を捉えて活動していることを示しているものが多い。

 人間との暮らしを経験する・経験した飼いゆ・野良ゆでは乏しくなるあたり、“見えている”という思い込み故の能力だろうが。

 暗闇で活動すること自体に障害は少ない。
 念には念を入れて決行するのは月が明るい夜としたので、視界に困ることはなかった。

 戦法は待ち伏せ。

 空を飛べない通常種は捕食種と単純に戦闘する事すら難しい。

 故に、捕食種に攻撃を与える手段は“囮役を襲おうとした瞬間に不意打ちする”というものになった。

 囮役はちぇん種が務める。
あんよが速く、猫科の特徴をもつためか他の通常種よりも更に夜目が利き。
 野生の勘によって避ける・躱すに特化した彼女たちが適任だった―――

「ぢぇんー!!よがっだよー!
  ぶじでよがっだよー!!
  れいむしんばいじだんだからねぇええ!!
  うわぁああああああん!!」

 「にゃはは!しんぱい ごむようなんだねー!
  ちぇんのあんよは ゆっくりいち!なんだよー!
  のろまなほしょくしゅには つかまらないんだねー!
  わかってねー!
  ちぇんは ずっとれいむのそばにいるからねー!」

 「ゆああぁああぁあああああん!!」

 今回、囮役を務めたちぇんに番であるれいむが駆けよって肌を刷り合わせる。
れいむの眼の下にはうっすらと隈で出来ていた。
 心配の余り寝ていられなかったのだろう。

 対してちぇんはニコニコと笑いながら、涙を流すれいむを受け止める様に肌を合わせた。

 

―――準備は入念に行われた。

いくら夜目が利き、あんよが速いからといってちぇんは闇雲に跳ねていたわけではない。
 待ち伏せ地点である“開けた場所”が定まるとゆっくりたちは“ルート”を作った。

 予め囮役が駆ける道を決めていたのだ。
 捕食種が飛ぶ高さに枝葉が広がり、ゆっくりのあんよでも走りやすい平らな道を。

ルートも複雑ではなく、ただただ同じ場所を周回するような単純な。
それでいて捕食種たちに勘付かれないくらいは歪な円形。

 障害となる石や枝は排除し、念には念を入れてルートが分かりやすくなるようその石や枝を並べて縁取った。
 日頃から囮役となるちぇん種はそこを跳ねて、ルートの感触を餡子に染み付かせた。

 捕食種を釣ってから何週か後を追わせ、挑発して苛立たせ。
 正常な判断が出来ない程度になってから円周を外れて“開けた場所”へ飛び込む。

 開けた場所ではわざと速度を落として、待ち伏せ地点で確実に仲間が攻撃できるようにする。
ちぇんが待ち伏せ地点を通過した瞬間に攻撃を出来るよう合図を出す役は長が務め。

 狩りに出向くゆっくり全ゆんで練習に明け暮れた。

 大部分がモヒカン研究員のアドバイスによって成立した事ではあるが。
 村のゆっくりたちは“狩り”の準備に苦労を惜しまなかった―――


「ゆゆ!いま けっかい をはずすからね!
  じっとしててね!!」
 「ゆんしょ!ゆんしょ!」

 「ゆ……ふぅ。きゅうくつだったみょん」

 「ええと……ここがこうなって……こうだから」
 「ゆゆ?」

 「わかるよー。あわてなくていいからねー。
  ゆっくりゆっくりだよー」

 村の広場へ戻って来たゆっくりたちへ、出迎え隊が近寄りモサモサと作業を始めた。
れいむ種が中心となってもみあげを。あるいは、口を使って。
 狩りをしてきたゆっくりたちが身に纏う何かを外していく。

……それは何とも拙い。
 幾つもの枝や葉が括り付けられた“麻紐”だった。


 村は狩りに特化した装備を生み出した

暮らしに役立つ道具作りは分業の始まった村でよく見られ。
 多くはありす種を中心に家具を自作するようになる。

 残念ながら、ありす種のいないこの村ではそれらの制作は為されていないが。
 替わりに、狩りにおいて欠かす事の出来ない。最重要の装備を生み出していた。

それが“着るけっかい”
モヒカン研究員の判断で物資として渡された麻紐を用いて。
けっかいづくりに秀でたれいむ種が主として、モヒカン研究員とともに作り出した装備だ。

けっかいとはゆっくりが巣穴を他のゆっくりから守るために用いる手段。
 巣穴の入り口に木の枝・葉・小石を置いたり、立て掛けたり、積み上げたりして構築するカモフラージュ。

 精度はゆっくりによって様々で、乱雑に物を置いた程度のものからバリケードの様に組み上げられる事もある。

 人間からすれば子供だましにもならないが、知覚能力の低いゆっくりには大きな効果があり。
けっかいがあるだけで他のゆっくりからその巣穴は見えなくなる。

 人間でもただ頭に木の葉を付けたり、枝葉で顔を隠すだけで同じようにゆっくりから感知されなくなることが知られている。

“着るけっかい”はそれを応用した装備だった。

 構造は単純だ。
 一本の麻紐の途中途中で木の枝や葉を括り付けていく。
ある程度付け終えればそれだけで完成。

 後はその紐を、着させたいゆっくりにぐるりと回して体に結び付けてやればいい。

 村のゆっくりは額にあたる部分と口から下の胴にあたる部分に各一本ずつ。
“着るけっかい”を結ばれて狩りに赴く。
お飾りや後頭部部分を覆う枝葉は見ようによっては兵隊の用いるカモフラージュにも似ているが。
 人間からすれば何ともお粗末で見っともない。

だが、ゆっくり相手には大きな効果がある。

 着させるゆっくりの、安全を願う念がまじないのような効果をもたらすのか。
“着るけっかい”を身につければ他のゆっくりから視認されない。
 知覚できたとしてもぼんやりと“何かがいる”程度。
まして夜闇の中では、周りに何もなくとも存在を認識されないレベルでのステルス性能を発揮した。

けっかいを着させたゆっくり、着る瞬間を見ていたゆっくりならば着用後も互いを視認できるのも便利な所だ。
 仲間同士の連携が崩れる心配はない。

ゆっくり同士ではさほどきつく結べないために着用後激しい動きは出来ない。
 着せるのも外すのもゆっくり同士では時間がかかり、複数のゆっくりで取り掛からなければならないが。

 待ち伏せという戦法ではどちらのデメリットも関係がない。

 待ち伏せ役のゆっくりはけっかいを着させてもらい、武器を持って待っていればいい。

 「ゆん……このぶき。いいかんじだったみょん」
 「もっとぎざぎざをふやしてみるのぜ」
 「わかるよー。そのほうがはねにひっかけやすいんだねー」

 「こっちのぶきもよかったのぜ」
 「おにいさんにたのんでまたざいりょうをもってきてもらうのぜ」

けっかいを外された狩り部隊のゆっくりたちがそんな事を語らっている。

それぞれがゆっくりとは思えない歴戦の凄みを纏っており、普通のゆっくりに比べ各々が一回り大きく。
 体の其処彼処に戦いや訓練によって刻まれた傷跡が見て取れた。

そして何より物々しいのは彼らの口に咥える“武器”の姿だ。

 

 武器もこの村なりの特徴を持ったものが作られた。
 待ち伏せ役は攻撃の瞬間に捕食種へなるべく大きな外傷を与えるか、どちらかの羽を?いでしまえば決着が付く。

ゆっくりが通常使う枝を“剣”に見立てるなら、この村のゆっくりが使うソレは“杭”。

 振るうには太く大きすぎる枝を削り、彼女たちは口でそれを咥えて主に“突き立てて”使う。
 長の合図とともに、突っ込んできた捕食種の眼の前へ鋭い切っ先をただ持っていくだけでいい。
 捕食種は突き立てられた杭に自ら突撃して体を引き裂くのだ。

 杭から派生して、羽根へ引っ掻けて?ぐことを主眼に幾重にも溝を刻んだ“鋸”。
モヒカンの持ってきた廃材の板へ石を噛ませた“小刀”。
モヒカンの趣味趣向も相まって、攻撃的で多種多様な武器が生み出された。

 

 「みょん!かりのせいかは ふらんいっぴき!
  れみりゃが にひきだみょん!
  きょうは おまつりだみょん!
  さっそく じゅんびに とりかかるみょん!!」

 「「「「「ゆっゆおー!!!」」」」」

 狩り部隊のけっかいが全て外されれば、長であるみょんからそんな号令が飛んだ。
 村のゆっくりたちは大声で返事をすると“お祭り”の準備に取り掛かる。

 


―――最初は失敗の連続だった

囮役だったちぇんが逃げ切れずに連れ去られたことがあった。
 攻撃のタイミングが悪く、囮役にまで傷をつけてしまうこともあった。
 捕食種へ与えた傷が浅くて結局乱戦となり、数匹のゆっくりが犠牲になったこともあった。

だが、村のゆっくりは狩りを止めなかった。

そのうちに慣れた村のゆっくりはチャンスのたびに狩りを行い。
2年もの月日を費やして、長い間自ゆんたちを苦しめてきた山へ定住していた捕食種を狩り尽した。

だが、そこで村の狩りは終わらない。

 結局のところ現在まで、何処からか獲物と住居を求めてやってくる捕食種をターゲットに狩りが続けられている。

それは、村にとって捕食種が大切な“資源”になったからだ。

モヒカンから教えられた『仕留める際にお飾りを外せば死臭の発生を防げる』ということ。
 捕食種の中身が自分たちにとって食用になるということ。

きっかけは様々あるのだが。
ある時を境に、ふらんは貴重な甘味に。れみりゃは貴重なタンパク源となった。

 今では命の危機を含むとはいえ狩りは村にとっての“催し”に。
 仕留めた捕食種を村の全ゆんで分け、食事をすることは“お祭り”となった。

 

 「ゆんしょ!ゆんしょ!」
 「ゆんせ!ゆんせ!」
 「ゆふぅ〜……りょうりはたいへんだよぉ」
 「みんな!がんばろうね!
  おちびちゃんたちも たのしみにまってるからね!」

 最初の頃は捕食種を喰らうことに抵抗感を見せていたれいむたちも、今では手慣れたものだ。
 捕食種の中でも、中身が餡子であるふらんは野生ゆにとって貴重な貴重な甘味。

 村の全ゆんで分ければ少なくなってしまうが、そこを工夫し“料理”によって量を増やす。

もみ上げにそれぞれが小石をもって、まずはふらんを解体する。
 髪の毛ごと全身の皮を剥き、目玉を外す。
ともすればスプラッターだが歴戦のれいむたちには躊躇いも恐れもない。

 綺麗に全ての皮を剥くと、大きな丸い餡子玉が出来上がった。

 「あんこさんをすくってぇ〜……まーぜまーぜ!」
 「ゆん!ゆん!」

れいむたちは餡子玉から餡子を掬い取り。
それを葉っぱのお皿へ乗せると、今度は村の畑でとれた草と混ぜていく。
 混ぜるのには廃材から作ったお粗末なヘラを用いて。
 元の体積から2倍ほどになったソレは見た目はカオスだがある意味一種の“草団子”だ。

 単品では甘すぎて味覚を壊す恐れのある餡子を薄め、かつ一匹に行きわたる量を増やすために考案された料理である。

れみりゃたちも同じ要領で解体され、こちらの中身は畑で取れた人参と混ぜられる。
 人参であれば肉まんの味を邪魔することもなく、ともすればシャキシャキとした触感が小気味よい。

 料理によって出来上がった複数の草団子と肉団子。
 剥がされた饅頭皮、皮が変形したものである羽、飴細工である髪の毛も立派な食糧だ。
それらは村のゆっくり全ゆんに、大人子ども関係なく平等に分けられる。

 寒天玉である目玉だけは囮役を務めたゆっくりの家庭へと与えられる。

そして、遺されたお飾りは土へと埋めて弔いを捧げる。

それが村の取り決めだった。


 「みんな、いきわたったみょん?
  ……それじゃあ、おまつりを はじめるみょん!!
  みんな!きょうも よくやってくれたみょん!
  ぶじに かりは せいっこう!したみょん!
  これからも むらのはんっえい!のため!
  みんなで ゆっくり がんばっていくみょん!」


 「「「「「ゆっゆおー!!!!」」」」」


 長みょんの声に合わせ、村のゆっくりが声を揃えた。
 広場に集まったゆっくりたちは全部で80程。
お祭りの準備中には広場を離れていた子ゆ赤ゆも仲良く並んで声を張り上げている。

 長からの挨拶が終われば後はお待ちかねの食事の時間だ。


 「むーしゃむーしゃ……しあわせぇえ!!」

 「ゆんゆん!くさだんごさんあまあまだよ!!」
 「わかるよー!にくだんごさんはじゅーしぃー!!なんだねー!!」

 「むーちゃむーちゃちあわちぇー!!」
 「おちびちゃん。あわてなくていいからね」
 「そうだぜ。あまあまはにげてったりしないのぜ。
  ゆっくりむしゃむしゃしてしあわせーするのぜ」

それぞれが野生ゆでは味わう事の出来ない餡の甘味と肉の旨味に舌鼓を打つ。

かさましをしたとはいえ大人からすれば気持ち小さい2個の団子だが。
 同じ量を分けられた子ゆ赤ゆには充分すぎるご馳走だった。

 「むーしゃむーしゃ!しあわせー!
  このあまあまやわらかくてしあわせー!!」

 「わかるよー!おとーさんががんばったからちぇんたちはしあわせーなんだよー!
  ちぇんもおとーさんみたいなゆっくりになりたいんだよー!!」

 「にゃはは!きたいしてるよー!!
  でも、おちびはまだまだおちびちゃんだからねー!
  あせらずゆっくりおおきくなればいいんだよー!!
  わかってねー!!」

 「ゆふふ……ほら、れいむにのおちびちゃんもおとーさんにありがとーしようね」

 「ゆゆーん!!おとーさん!ありがとーだよ!
  れいむとってもしあわせーだよ!!」

 「にゃはははは!!」

 囮役を務めたちぇんは褒美である目玉を子供たちに与えてニコニコ笑顔だ。
 目玉を食べるなど異様に見えるが、この村の価値観では捕食種の目玉は立派なあまあま。
 柔らかく砂糖水を豊富に含んだ寒天玉は子ゆの口に優しい最上級品である。

 

 捕食種を喰らう

 それは単純な甘味の補給以上に、村のゆっくりの身体能力を大きく向上させていた。

 自ゆんたちより遙か高い次元にいた捕食種を喰らう。
 自ゆんたちより圧倒的に強かった捕食種を食べている。
 捕食種を食べて、その強さを身体に取り込んでいる。

 思い込みのナマモノであるゆっくりにとって、これ以上の戦意高揚は無かった。

 捕食種を食べるようになってから彼女たちの体は通常のゆっくりよりも一回り大きくなり。
 跳ねるあんよの力強さ、振るう枝の鋭さは小型の野生動物すら撃退する勢いだった。

 性格も種族に関係なく、好戦的で活動的なゆっくりが多くなった。

……そして、その代償の様にこの村のゆっくりは他と比べて寿命が短い。

まるで命を燃やして日々を過ごしているかのように。
いくら甘味を摂取できても、いくら闘争心を満たしてゆっくり出来ていても。
 狩りや訓練で負った傷や命のやり取りによる精神の擦り減りもあるのだろう。

 村として成立して8年。
 世代交代は早い。
 村一番の古株である長のみょんでも生まれて2年。長としては4代目だ。
 捕食種に襲われていた頃に比べてもゆん口はそれほど増えていない。

だが。村のゆっくりたちはそのことを悲観してはいない。

 今送っている生活は彼女たちなりの“ゆっくり”に溢れているからだ。


 「おーう、お前ら!
  元気にゆっくりしてたか?」


 「あ、おにーさんなのぜ!!
  おさー!!」

 「みょん!みんな!おにーさんがきたみょん!
  おでむかえみょん!!」

 「「「「「ゆっゆおー!!!」」」」」

 粗方がお祭りのご馳走を食べ終えてお開きとなる間際。
 生い茂る木々の間から広場へとやってくる男へ、ゆっくりたちは眼を輝かせた。

 金色のモヒカンヘアーに午後の陽射しが反射してキラキラ光り。
 山の中だというのに袖なし棘付レザージャケット。
がっしりした体形で、豪快に笑みを浮かべながら近づいてくる……そんな人間へ。

 村のゆっくりは長を先頭にぽむんぽむんと跳ねて、足元まで駆け寄っていく。


 「みょん!おにーさん!きょうもたいっりょう!だったみょん!
  ふらんいっぴき!れみりゃにひきだみょん!」

 「おにーさん!まりさあたらしいぶきをつくりたいんだぜ!
  このまえもってきたいたさんがほしいんだぜ!」

 「わかるよー!おにーさん!
  きょうはちぇんがおとりやくをやったんだよー!
  だからたいっりょう!だったんだよー!」

 「ゆゆん!みんなずるいよ!
  れいむだっておにーさんとおはなししたいんだよ!!」

 「はっはっは!わかったわかった!
  順番に聞いてやっから!ほら、広場に戻った戻った!」

 金髪モヒカンを慕って集まるゆっくり。
……傍から見れば異常極まりない光景だが。

この村の研究員とゆっくりの関係は非常に良好だ。

 元……というか現在進行形で虐派の鬼威惨ではあるが。
ゆっくりを見分ける眼は確かであり、分別ももっている。

 「今回も犠牲なしか!流石、俺の村のゆっくりだ!
  はっはっはっは!!」

 「「「「「ゆっくりー!!」」」」」

 口々に話題を繰り出すゆっくりの話を汲み取って、お兄さんは大口開けて笑う。
それを村のゆっくりは嬉しそうに、何処か誇らしそうに受け止めた。

 村のゆっくりは大人であってもまるで子供の様にお兄さんを慕う。

それはお兄さんが根っからの兄貴肌だからだろう。

 狩りを始めた当初から自ゆんたちを支えてくれたお兄さんに対し、ゆっくりたちは全幅の信頼を置いて……


「ゆっへぇえええ!!!ようっやく!
  たどりついたのぜぇえええええええええ!!」


 「―――」
 「「「「「――――――」」」」」


……と、突然広場にそんな下卑た雄叫びが舞い込んできた。

お兄さんはゆらりと立ち上がり、声のした方へ眼を向ける
村のゆっくりたちもお兄さんに合わせてゆっくりと目線をそちらへ向ける。

 「ここが……ここがまりさたちのりっそうきょう!なのぜぇえええ!!!
  ゆっへぇあ!!おまえら!とっととまりささまをあがめたてまつるのぜ!!
  あまあまぁああああああ!!とっとともってこいぃいいいいい!!!」

 「すんすんすんすん!!
  ゆひひひひ!!かくしてもむだなのぜ!!
  ここからたしっかに!あまあまのにおいがするのぜえええ!!
  とっととだすのぜ!!ぐずぐずしてるんじゃないのぜ!!
  どれいどもがぁあああああ!!!」

 「ゆけけけけ!!ころすのぜ!!
  ぶっころすのぜ!
  さからうやつはだれであろうとやつざきなのぜぇえええ!!」


 「―――」
 「「「「「―――――」」」」」

 茂みの中から広場へ躍り込んできたのは、三匹の薄汚れたまりさだった。
 三匹ともゆっくりにしては中々の体格である。
 単に拾っただけだろう枝をおさげで振り回して息巻いている。
 当然ながら村のゆっくりではなく、流れ者だ。

 村には定期的にこういう輩が現れる。
ここは険しい山岳と住宅街との中間地点。
 山岳からは捕食種。住宅街からは……野生に憧れて移住してくるゆっくりが来る。

 成功率は五百匹に一匹くらいだろうか。周期的には一か月に一度くらいか。

 山林に辿り着けさえすればとりあえず野生ゆらしい暮らしは出来る。
みょんの村がある地点は奥の方だがゆっくりがやってこれるルートはいくつかあるので来ようと思えば来れる。

ただ、その大抵はろくでなしだ。

 今やって来たまりさたちも餡走った眼で正気には見えず、お飾りは枝葉に引っ掻けまくったのだろうボロボロだ。
 口元には餡子の染みがあった。
おおよそ“まりさ探検隊”でも結成して、分け入って来たのだろう。

……そして、碌に食料も得られず。
 仲間割れの末に共食いをして、生き残った奴らがここに辿り着いたのだろう。


 「ゆっへぇぇえええええああああああああ!!!!
  そこのくそにんげんのあとをつけてきてせいっかい!だったのぜぇえええ!!
  まんまとまりさたちをこのりっそうきょう!にあんないしてくれたのぜええ!!
  たいちょうであるまりさのずっのう!!にまちがいがあるはずないのぜぇえ!!
  まりさをののしったあのくずどもがまちがって―――」

 「ゆひっ!ゆひひっ!!
  おなかぺーこぺーこなのぜぇ……。
  めのまえにあまあまたくっさん!なのぜぇ……。
  あまあまださないならおまえたちどれいをむーしゃ―――」

 「ゆけけけけけけけけけけけ!!
  ちぬられたまりさにてきはいないのぜぇえ……!
  おおくのむくろのうえにたつまりさはむてきなのぜぇえ……!
  おまえらごときがまりさに―――」

まりさたちの口上が止まる。

……なんだ?

 三匹の思考が重なる。

 冷や汗と全身の震えが湧き上がってくる。
 悪寒が止まらない。
まるで―――大量の捕食種から睨め回されるような悪寒が。

 「―――知ってたぜ。
  テメェらが俺の後ろを付いてきてることなんざな。
  ったく、人が気付いてないと思ってギャーギャー騒ぎやがってよぉ……。
  わざと遅く歩いてここまで誘導してやったに決まってんだろ?
  お陰で村まで着くころには昼過ぎちまったじゃねぇか。
  あまりにも遅いんで途中で無視して来たが……よく辿り着いたなぁ?テメェら」

 「「「「「―――――」」」」」


 「「「―――ヒッ」」」

 三匹のまりさは息を?む。
モヒカン男の後ろに控えるゆっくりたちがいつの間にか口々に禍々しい武器を咥えている。

 同じ通常種であるはずの彼女たちの眼が、捕食種のような緋色をもってこちらを睨み付けてくる。

 「よーし!お前らぁ!!
  獲物が来たぞ!
  日頃の訓練の成果!俺に見せてみろやぁ!!」


 「「「「「ゆっくり!!!」」」」」

まるで統率された軍隊の様だ。
 鬼威惨の号令に、村のゆっくりが伸びあがる。

 

この村は自分たちを脅かすものに対して苛烈だ。

 何もその対象は捕食種だけじゃない。
 通常種……ゲスも立派な敵。

 住宅街からやってくるような野良は大体にしてゲス。
 奥地の群れに馴染めず、浅い山林地帯で半野良生活をしていた奴らも往々にしてゲス。

 村のゆっくりはそいつらに対しても“防衛”ではなく“狩り”という選択を取った。
お兄さんの提案でもなく、自ゆんたちで結成した“ゲス討伐隊”だ。

 空ではなく自ゆんたちと同じ大地を跳ねる敵。
そんなものは容易い相手だった。

 定期的に行うゲス狩りは太陽高く上る昼間に行われる。
お祭りを終えた今なら腹ごなしに丁度良い。


そう、三匹のまりさは格好の獲物であった。


 獲物といっても流石に村のゆっくりでも同じ通常種は食べたりしない。
 彼女たちなりの線引きだ。

 獲物が捕まった先に待っているのは“捕食種を誘き寄せる生餌”としての惨めな最期だ。


 「「「ヒッ……ヒィイィイィィイィイィイィィィッ!!!!?」」」


 「逃がすかぁあ!!!
  行くぜぇええ!!オメェらぁああ!!
  ヒャッハーーーーーーーーー!!!!」


 「「「「「ゆヒャッハーーーーーーー!!!!」」」」」


 逃げ出すまりさたち。

 後追う世紀末な雄叫び。

 山の中の狩猟劇は大した時間もかけずに終わることだろう。

……聊か以上に毒されている彼女たちのゆっくりした生活は、これからもこうして続いていく。



 ・
 ・

 


―――その村はさざ波立つ大きな湖、その湖畔にあった。

 早朝の陽が鏡となった湖面で反射し、湖のある一帯は今日も明るく浮き立つようだ。

 空は快晴。
 真っ青な空はそのままの色で湖に映り込み、朝靄も既に消え去っている。

 「……きょうはひさしぶりにいいてんきね。
  よし!きょうは“おせんたくのひ”よ!
  れいむ!まりさ!みんなにしらせてきて!」

 「ゆん!わかったのぜ!おさ!」
 「わかったよ!みんなにつたえてくるね!おさ!」

 空と湖を眺めていたありすの声に、背後に付いてたれいむとまりさが応えて傍を離れていく。


その村はありすが長を務めていた

穏やか、かつ広大な湖を水源として築かれた村。

 水質が良く透明度が高い。
ゆっくりでも安全に水を汲む事の出来る水辺が溢れている。

 豊富な水資源を何の気兼ねもなく使える村。

だからこそ生まれたのが“洗濯”という習慣だった。

 

 伝令役のまりさとれいむが伝え回ったのか。
ものの数分で村中のゆっくりたちが湖の淵へと集まって来た。

 「ゆゆーん!たいようさんがぽーかぽーかだよ!
  せんたくびよりっ!だね!」

 「まえにせんたくしたひからたくさんにちたってるからね!
  れいむ!せんたくしたくてしたくてたまらなかったんだよ!」

 「ゆ〜、れいむのきれいずきにもこまったもんなのぜ」

 「なにいってるのぉ!?きたないきたないよりきれいきれーいのほうがいいにきまってるでしょぉ!?」

 「むきゅきゅ。けんかしちゃだめよ。
  おちびちゃんたちもはやくいらっしゃーい」

 「「「「「ゆっくりいそぐよ!」」」」」

この村を構成するのはありす、れいむ、まりさ、ぱちゅりー。
ちぇんとみょんはいない。

 子ゆも含めて200ものゆっくりが湖の淵へとやってくる。
その8割はれいむ種かありす種だ。

それも洗濯をするようになった理由の一つだろう。
 野生や野良のゆっくりにとって清潔さは美醜を決定する大きな要素だ。
 通常種の中でも美にうるさい傾向のあるありす種・れいむ種が多いことが洗濯という習慣を身に付けさせた。

 洗濯には担当の研究員からもたらされた道具を使う。

 「さぁ、おかざりをたらいさんにいれましょうね〜」

 「「「は〜い!!」」」

 「ゆぅ……あたまがすーすーしゅるのじぇ」
 「おちつかないよぉ……」

 「おちびちゃん、わがまま いったらだめよ?
  おちびちゃんも おかざりさんが きたないのは いやでしょう?
  とかいはれでぃに なるには ひつようなこと なのよ」

 「ゆん……ありしゅ、がまんするわ……とかいはだもの」

やってきたゆっくりたちの頭に乗せられた道具。

 木製の洗濯用“タライ”に次々とお飾りが入れられていく。
 深さは精々ゆっくりの顎下ほどで、さほど大きくもない木製のたらいだが。
 湖畔にずらりと並べられるほどの量があればすべてのゆっくりのお飾りを回収できる。

お飾りを外す。
 本来ならどんなゆっくりでも嫌がることをこの村のゆっくりは自ら進んで行う。
 子ゆや赤ゆの中には愚図る者もいるが、大人への登竜門として村のゆっくりはどれも経験済みだ。

 「みんな、おかざりをいれたわね?
  それじゃあ!おせんたくをはじめるわよ〜!!」

 「「「「「ゆっゆおー!!」」」」」

 長ありすの号令に村の大人ゆっくりが声をそろえて応える。
 子どもたちは流石に水を扱う行為は危ないので少し離れて見学だ。

 「そーれ!」

 「「「「「じょーろじょーろ!」」」」」

 「そーれ!!」

 「「「「「ざーぶざーぶ!!」」」」」

 「そーれ!!!」

 「「「「「ざーばざーば!!!」」」」」


 長ありすの掛け声に合わせて、村のゆっくりが洗濯に勤しむ。

 洗濯と言ってもやることは至極単純だ。

 湖からジョウロで水を汲み、お飾りの入ったタライへ注ぐ
水が入った状態で別のゆっくりが口へ咥えた棒でタライの中身をかき回す。
お飾りの汚れが混ざって汚くなった水を、今度はタライを傾けて外へと捨てる。

その一連の流れを、長ありすの掛け声とともに何度も何度も繰り返す。

 野生で暮らすゆっくりを汚す物は主に“土埃”や“泥”だ。

 野良と違い油性の汚れはほとんど付くことがないので、こんな水洗いだけでも断然綺麗になる。

 洗剤などという上等な物はない。
ゆっくりでは扱いきれないだろうし、何より湖への水質汚染の恐れがあるため与えられなかった。
だが、無くとも村にとっては現状の洗濯で十分。

 群れであったころは互いにお飾りを舐め合って綺麗にしようとしていたが。
 結局は砂糖水の涎に濡れたお飾りへ、より粘っこく土埃が引っ付くだけだった。

 今ではそんなことも起こらない。

 真黒だったタライの水は何度も捨てては注がれを繰り返すうちに、徐々に透明になっていく。

 「そーれ!」

 「「「「「じょーろじょーろ!」」」」」

 「そーれ!!」

 「「「「「ざーぶざーぶ!!」」」」」

 「そーれ!!!」

 「「「「「ざーばざーば!!!」」」」」

 普通のゆっくりならばお飾りの入ったタライへ水が注がれた瞬間に
『なにじでるの゛ぉおおぉお゛おおぉお゛おおおお!!!?』
と半狂乱でタライへダイブしお飾り共々溶け死ぬだろう。

この村のゆっくりはそんな無様は犯さない。

 常に水を扱う一連の流れも滞りなく、一体感のある無駄のない動きだ。

 偏にそれは“水への恐怖”が薄いためと。
 研究員からもたらされた“お飾りは水に溶けない”という半分は思い込みも含んだ知識ゆえだ。

 何度も何度も洗濯を行ううちに、村のゆっくりはその全てが水の扱いに長けた異色のゆっくりとなった。
 一連の流れの中で水飛沫が多少体にかかろうが何も動じることもない。


 「ゆふ〜!おみずさんがきれいきれーいになってきたよ!」

 「それじゃあ、ぶらしたいっ!のみんなはいちについて〜!」

 「「「「「ゆっくりりかいしたよ!!」」」」」

と、粗方のタライから泥水が流れなくなった頃合いに長ありすから指示が飛ぶ。

 言われてタライの傍へ躍り出てきたのは口々に“ブラシ”を咥えた通称“ブラシ隊”だ。

 見てくれは人間の使う歯ブラシの様で。
 柄の部分は長く、ゆっくりが咥えやすい仕様。
 毛の部分は獣毛を用いて、お飾りの生地を傷めないよう柔らかく仕上げた逸品だ。

もちろん、担当の研究員から提供された道具である。

 「ゆ〜ん……あ、ここによごれさんがのこってるよ!」

 「わかったよ!れいむがごしごしするからね!
  ごーし!ごーし!」

 「まりさのおぼうしさん!りぼんにどろさんがのこってるのぜ!」

 「まかせて!ありすがとかいはにごしごしするわよ!
  ごしごし!ごしごし!」

 「むきゅ!きたなくなったおみずさんをだしましょう!」
 「じょーろじょーろ!」
 「ゆんせっ!ざーばざーば!」

 水の中で掻き混ぜるだけでは落ちなかった汚れが、ブラシ隊によってこすり取られていく。

 浸る程度の水が入ったタライの中で、手で押さえているわけでもないので力はそれほど入ってもいないが。
ブラシ隊は器用に毛先を汚れへ当ててこそぎ落としていく。

 多少頑固な泥汚れも、水で緩んだ所を擦ってやればゆっくりでも対処できる範囲だった。

ブラシで汚れが落ちたところへまた水を入れて流す。
 所謂“濯ぎ”作業が終われば、洗濯もようやく折り返しだ。

 「おかざりのだっすいっ!をはじめるわよ〜!
  みんなでゆっくりいそいでじゅんびしましょ〜!」

 「「「「「ゆんしょ!ゆんしょ!ゆっくりいそぐよ!!」」」」」

 村のゆっくりたちが運んできたのはおおよそ50?四方のベニヤ板だ。

 二枚一組。
 等間隔に極小の穴が開けられた一枚と何も加工のされていない一枚。

それらがタライの隣へと幾つも並べられていく。

 幾ら水に慣れていても、ゆっくりであっては濡れたお飾りを絞ることは出来ない。
どうにかして濡れたお飾りから水を除けないかと、村のゆっくりと研究員で苦心して編み出したのが今の脱水方法だ。

 「おかざりさん。ゆっくりはこばれてね〜」

 「ゆんしょ……と」

 先程までタライの中をかき回すのに使っていた棒で、お飾りを引っ掛けて穴の開いたベニヤの上へ運ぶ。

そして、上から普通のベニヤ板を載せて……

「そーれ!」

 「「「「「ふーみ!ふーみ!」」」」」

その上へ、大人のゆっくりが乗る。

 挟まれたお飾りから重みで水が抜けて、下のベニヤ板に空いた穴から流れ出ていく。
 角から角へ隅々と。万遍なく踏み付けてやれば絞るほどではないにしろ、充分に水が抜けてくれる。


 「そろそろよさそうだよ!」

 「ゆん!それじゃあほしてくるからね!」

 「まかせたよー!さぁ、つぎのおかざりさんだよ!」

 一枚ずつ。出来る限り丁寧に。
タライから移してベニヤを乗せて、ゆっくりきっちり踏み付けていく。
この方法ならば絞るよりもお飾りにかかる負担は少なく、破れる心配もない。

 水が抜かれたお飾りならば、多少湿っていても後は安全に運ぶことができる。

 運ぶ先はもちろん“物干し場”だ。


 「これもほしてほしいのぜー」

 「まかされたよ!ほーら、おかざりさん。
  たいようさんがぽーかぽーかだからね。
  ゆっくりほされていってね」

 洗濯ばさみも物干し竿も扱えないゆっくりの物干し場は単純なものだ。

 周りに木々がなく風通しの良い広場。
あるのは、石や枝を使って気持ち斜めに傾けさせた大きな黒いベニヤ板。
 其処へ、れいむ種が中心となってお下げを使って丁寧にお飾りを敷き並べていく。


 風でお飾りが飛んでいかないように、物干し場には交代で見張り役が付き。
たまに裏返したりして充分に陽を当てて、たっぷりと時間をかけて乾かす。

 一つ一つの作業は人間とは比べるべくもなく遅いものだが。
 村のゆっくり総出で行えば一度の洗濯は3時間ほどで終わる。

これにてお飾りの洗濯は終了だ。

あとは……

「みんなでゆっくりみずあびするわよ〜!
  おちびちゃんたちもいらっしゃ〜い!
  おかーさんとおとーさんにきれいきれーいにしてもらいましょ〜!」


 「「「「「ゆっくりぃ〜!!!」」」」」


お飾りの洗濯を眼を輝かせながら、あるいはハラハラしながら眺めていた子ゆ・赤ゆたち。
 長ありすの言葉を受けてそれぞれが親の元へと跳ねていく。

 洗濯の間は全てのゆっくりがお飾りを外して活動する。
そんな事を長く続けてきたお陰か、この村のゆっくりはお飾り無しでも個体を識別できる力に秀でていた。
 加えてお飾りの無いゆっくりへの差別もない。

 子を自らお飾りのない親の元へ行かせる。

これも馬鹿な子供を判別する知能テストの一環だ。

……親を判別できずにウロウロする子供たちはアウトなのだが、それはそれで仕方のない事だろう。

そして、何が始まるのかと言えばそう。
お飾りの洗濯が終われば、今度は体の洗濯だ。

 「ほーら、おちびちゃん。じっとしてて
じょーろじょーろ」

 「ゆきゃぁ〜!つめたいのじぇ〜!」

 「ありすにのおちびもじょーろじょーろなのぜ」

 「ゆ〜!おみずさんきもちいいわ!
  とってもとかいはよ!」

まずは子ゆや赤ゆがタライの中に入れられ、親からじょうろで水をかけられる。

 体中に万遍なく。
 外で動き回って遊ぶおちびたちは大人に負けず劣らず砂や土を被っている。

ジョウロで水をかけただけでその汚れが流れ落ち。
 程なくして体がすっかり綺麗になったおちびたちが、タライから掬い上げられる。

 「おちびちゃんたち。ぬれたままだとゆっくりできなくなるからね。
  たいようさんにぽーかぽーかにしてもらいましょうね」

 「ゆ〜……たいようさんがきもちいいのじぇ〜……」
 「ありしゅ……おねむになってきたわ……」

 「ゆふふ。おとなしくすーやすーやしててね。
  それじゃあ、つぎはあなたのばんよ」

 「ゆん。おねがいするのぜ」

 全身ずぶ濡れのおちびたちはお飾りと同じようにベニヤの上へと転がされて、太陽へと晒される。
その多くは温められる心地よさに昼寝をし、そうでない子もおとなしく体が乾くまで転がっている。

その間に今度は大人の水浴びタイムだ。

 水を捨てたタライの中へ入り、二ゆ一組でジョウロを使い水をかけあう。

 夫役を務めるゆっくりは狩りも行うためにお飾りだけでなく体も汚れだらけだ。
 草の汁や虫の体液など。水をかけるだけでは落ちない汚れも互いにブラシを使って綺麗に落とす。

 一通り浴び終えれば、後は見張りも兼ねておちびが転がるベニヤの傍で一緒に日光浴。

お飾りを綺麗にし、身を綺麗にし、心はゆっくりで溢れかえる。

この村で行われる水浴びは普通のゆっくりが行うソレよりも遙かに豪快で時間が長い。
それでも、村のゆっくりは溶けることもなく痛みを感じる事すらない。

 元々、ゆっくりが水で溶け死ぬ時間や溶ける程度は曖昧だ。

 自ら進んで水を被る水浴びでは溶けることはなかったのに。
 雨に打たれると、打たれた端から溶けて激痛に苛まれながら死んでいく。
うっかり池や水たまりに落ちて無様に泣き叫びながら散っていく。
 場合によっては水に溶けないお飾りすら共に溶け消える場合もある。

 結局はこれも思い込み。
 水そのものよりも“水への恐怖”が耐水性へと影響し、身体を溶かし、自身を殺す。

だからこそ、水への恐怖が少ないこの村のゆっくりは大胆に水を浴びることができる。
むしろ“水を浴びても大丈夫”という思い込みが耐水性を強くしている。
ブラシで身体を擦ったとしても饅頭肌は溶けださない。

 本来、捕食種以上に天敵とも呼べる水と共に在る村。

それがこの村だ。


ちなみに、とある野良のまりさにこの村の映像を見せたところ……

『と……とうげんきょう……なの、ぜ……』

……しーしーを漏らしながらそれだけ言って。
 後は非ゆっくり症となり、儚く散っていった。

 自分を取り巻く環境との落差に耐え切れなかったのだろう。

それ故に“美ゆっくりだらけの村”
そのような名でも、ここは呼ばれている。

 

 「うん!
  今日もみんな綺麗でよろしい!」


 「あ、おねーさんだわ!」

 「「「「「おねーさーん!!ゆっくりー!!」」」」」

 陽射しを浴びるゆっくりたちへと一人の人間が歩み寄って来た。

 小柄な体は全身ハイキングスタイルで、肩口までの黒髪を後ろで一つにまとめた女性。
 明朗快活な表情で、すっかり綺麗になったゆっくりたちに破顔する彼女がこの村を担当する研究員だ。


 「動いちゃだめよー。
  いくらあなた達でも濡れたまま動くのは危ないんだから」

 「「「「「ゆっくりりかいしてるよ!!」」」」」

 「うん、みんなお利口さんね。
  さてと……歩いてきて疲れたからあたしも一休みしようかなぁ〜っと」

この村も、研究員との関係は良好。
 洗濯を始めたのも綺麗好きのお姉さんから提案されたのがきっかけで。
ゆっくりたちが使う道具の一つ一つは、女性らしい気遣いで細部が造られた彼女発案の物だ。

 日向ぼっこするゆっくりたちの傍まで来ると、お姉さんは手慣れた様子で背負ったリュックからグッズを取り出す。
お昼寝シートと携帯枕。

 軽い山登りで疲れた体を癒すお昼寝タイム。

この村なりの、お決まりの流れだ。

お姉さんはシートの上へ寝転ぶと猫の様に体を伸ばす。


 「―――〜〜〜ぁー……太陽が気持ちいいねぇ」

 「「「「「ゆっくりぃ〜」」」」」

 頭に被っていたサファリハットで目を覆って、お姉さんは深々と吐き出す。

 太陽の温かさに身を浸すゆっくりたちとお姉さん。

どちらの表情もゆっくりに溢れている。


 「……ゆっくりしてるねぇ……」


 「「「「「……ゆっくりぃ……」」」」」


 彼女たちのゆっくりとした日々は、これからもこうして続いていく。

 


 ・
 ・

 

―――その村は気候穏やかな森の中にあった。


 流れの静かな小川を水源として、ゆっくりの数は120程。

 村の中心部となるのは大きな杉の木が目印としてそびえ立つ広場だ。


 「ゆっくりー!!
  みんなー!ごはんはいきわたってるー!?」

 「もうみんなにとどいてるよー!!」
 「ゆっくりしないではやくはやくー!!」
 「まりさおなかぺーこぺーこなのぜー!!」
 「ちぇんもだよー!わかってねー!」
 「みょん!!みょん!!」

 「ゆふふ……それじゃあ、まりさ!」

 「ゆん!わかったのぜ!
  みんな!はたけさんと!おやさいさんと!
  おにーさんにかんしゃして……!
  ゆっくりいただきます!!」


 「「「「「ゆっくりいただきます!!」」」」」


 広場で村のゆっくり全ゆんが声を合わせて頭を下げる。
それぞれの御前には葉っぱのお皿に、狩りと農耕で得た日々の糧。

 村のゆっくりはお昼ご飯の真っ最中だ。

 外敵の少ない森の中で、お昼は村の全ゆんで集まって食べる。


 「―――」


 大きな木の幹に寄りかかる様に立っているのは、この村を担当する研究員。
 青年……という風を抜け出してきた彼はゆっくりたちの様子に目を細めている。

 数ある村の中で、担当研究員とゆっくりとの関係が最も良好な村。

それは、彼がゆっくりを愛でる事に喜びを感じる類の人間であるからだ。


 「むーしゃむーしゃ……ごっくん!
  しあわせー!!」

 「ゆゆーん!みんなでむしゃむしゃするごはんはしあわせーだよ!!」

 「わかるよー!!くささんもむしさんもなんっばい!もおいしいんだねー!!」


 「むーちゃむーちゃ!
  ごっくん!しあわしぇー!!」

 「ゆふふ。おちびちゃんはちゃんとごっくんしてからしあわせーできてえらいこね」
 「ゆんゆん。しょうらいゆうぼうなおちびなのぜ!」


 友と。あるいは家族と共に話しながら食べる昼食。
 普通のゆっくりならばソレは非常に汚らしく見苦しいものだが。

この村のゆっくりにそんな様子はない。

 食べる前には感謝を示し。
 咀嚼するときは器用にむしゃむしゃ言いながら食べかすを零さず。
ちゃんと飲み込んでから幸せを叫ぶ。

 飼いゆとしての作法が自然と身に付き、それを不快に思う者はいない。

 研究員を慕うゆっくりたちは不満も感じず、むしろちゃんと出来ることに喜びすら感じている。

 加えて、この村のゆっくりは人間でいうところの“お勉強”も積極的に取り組んでいる。
 知能の発達度合いでは村々の中で1,2を争い、道徳心も溢れている。

それが愛で派お兄さんの指導の賜物。彼の成果だ。


 「――………」

お兄さんは穏やかな表情でゆんやゆんやと騒がしい広場を眺めていた。

 彼女たちの繁栄を心から楽しむように


―――おにーさん!


……いつかの、自分を呼ぶ声に耳を澄ますように


「おにーさん!そんなところにたってないでこっちにきてね!」
 「おにーさん!まりさたちといっしょにおひるごはんなのぜ!」


と、広場からお兄さんへと声がかけられる。
 呼びかけたのはこの村の長を務めるまりさと妻のれいむ。

ほぼ二人三脚で村づくりに励んできたふたゆの提案に、お兄さんは苦笑いを浮かべて木から離れていく。


 「うーん。そうしたいのは山々なんだけど。
  僕、お昼を持ってきてないし……そもそも事情があって食べられなくてさ」

 「そんなのだめだよ!!けんっこう!にわるいんだよ!
  だいたい まえにも いったはずだよ!
  こんど くるときは おひるごはんを もってきてねって!」

 「そうなのぜ!
  むらのみんなは おにーさんと いっしょに おひるを たべたくて まちのぞんでるのぜ!
  おひるが ないなら むらとくっせい!の おやさいさんを おにーさんも たべるといいのぜ!」

 「あはは……ありがたいけど、その野菜は僕たちの口に合わなくて。
  困ったなぁ」

 世話焼き夫婦に怒られながらもお兄さんは何処か嬉しそうに笑って。
 広場の真ん中。ゆっくりたちの輪の中へと入っていく。

 遠く思い描いていた穏やかな日々。
 不幸な犠牲を胸に刻んだ青年の夢。

お兄さんは眼を閉じる。
この村のゆっくりした日々がいつまでも続くことを願って

 

 

 ・
 ・
 ・

 

 

―――希少種の生まれた村があった


自然の恵みが溢れる雑木林の村。
ぱちゅりー種が多く、長もぱちゅりーが務めるその村にはえーりんが生まれた。

 「混ぜ合わせるときはなるべく丁寧に。
  じっくり時間をかけて行ってください。
  小さな破片が混ざるだけでも君たちには死活問題ですから」

 「むきゅ……こうかしら。まーぜまーぜ」

 「お兄さんのお話はいつもためになるわ。
  おさ。次はえーりんにもまぜまぜさせて」

 眼鏡をかけた生真面目そうな研究員から教えられているのはゆっくりなりの“薬学”だ。

 村の在る雑木林は人の手が入った名残で樹木の種類が多い。
 特に、季節ごとに実をつける広葉樹がそこかしこに立っている。

 人間も慣れ親しんだ柿やあけび。

オオズミやガマズミ、サルナシ・グミ・苔桃・山桑・山葡萄といった果実類。

どんぐりを実らせるコナラやブナの木も多い。

 樹木だけでなく、今では見ることも少なくなった赤く艶やかなヘビイチゴ、フサスグリ、ナワシロイチゴも採れる。

 昔は子供のおやつであった木の実たち。

 野生動物だけでなく、ゆっくりにとってもそれらは貴重な恵みだ。

 木に登れず空も飛べないゆっくりには、地面に近い低木か落果したものしか手に入れられないが。
 収穫としては十分すぎる。

そして、その収穫は食料としてだけでなく
知能の高いぱちゅりー種とえーりんの特性も相まって、村での“薬づくり”に発展した。


 「まーぜまーぜ……こんなかんじかしら?」

 「……もう少し塗りやすくした方がよさそうです。
  水を足して混ぜてください」

 「むきゅ、わかったわ。
  じょーろじょーろ」

 一人とふたゆが覗き込むのは中心が軽く窪んで鉢のようになった石だ。

 窪みの中には林で採れたドングリを砕いたものと多種多様な木の実。
それらが水と共に磨り潰されて入っている。

ゆっくりのケガを治す特効薬である“小麦粉を溶かしたオレンジジュース”。
 端的に言ってしまえば、デンプン質と果糖の液。

ドングリも中身はデンプンの塊で、野生の果実も当然果糖を含む。
 効果は比べるべくもないが再現できない筈もない。

 元々そういった分野に長けるえーりんは、後ろで纏められたお下げの先で小石を握り力強く薬を混ぜる。

 出来上がった薬は研究員から渡される木箱に保存され。
 有事の際には同じく渡された刷毛で塗ったり、木の葉で湿布したり、或いは飲み薬として使用したり。

お陰で村のゆっくり死亡率は格段に低い。
 普通なら瀕死に至る傷であっても、えーりんによる適切な処置なら一日で全快する程だ。

 木の実の色がそのまま肌に残るので見た目がカラフルな者が多いが、それも個性である。


 「これは紫蘇の葉です。殺菌作用があります。
  もしゆカビが出たら患部を切除した後に磨り潰したこれを塗って乾かしてみるのが良いでしょう。
  カビ菌への効果は何とも言えないところですが、試してみる価値はあります」

 「「ゆっくりりかいしたわ」」

 「これはアキカラマツ。
  下痢を治す効果があります。
  ゆ下痢を起こした子がいたら飲ませてみてください。
  ……君たちに効果があるかどうかは分からないですが」

 「むきゅ!きっときくはずよ!
  だっておにいさんがおしえてくれたんですもの!」

 「ええ。お兄さんのお話が間違っていたことはないもの。
  えーりんも。長の言う通りお兄さんを信じるわ」

 「……うん。ありがとう」

 最近では木の実だけでなく薬草も活用し始めた。

ゆっくりに効き目があるのかは分からないが、調べてきた薬草の知識を長ぱちゅりーとえーりんに教える研究員。

 元々は医師志望で、夢破れて数奇な運命のもとゆっくり研究所に所属しているが。
 当初乗り気でなかった村づくりも今では熱心なもの。

ゆっくり相手でも敬語を崩さない生真面目な性格と、穏やかで礼儀正しいぱちゅりー・えーりんコンビとの相性は良く。

 今回もまっすぐな言葉に、研究員は照れくさそうに頬を掻いて応えた。

 

 

ある村ではさなえが生まれた。

 「おはようなんだぜ。さなえー」
 「おはようだよ!ゆーん!きょうもゆっくりだよー!」

 「おはようございます。
  今日もゆっくりしていってくださいね」

 通りかかったれいむとまりさに挨拶を返すと、さなえは静かに瞼を閉じる。
 彼女がいるのは低い切株の上。

 毎朝切株に登り、静かにお祈りをするのがさなえの日課だ。

 野良や野生の中では生まれると迫害されることも多いさなえだが。
この村のゆっくりたちはそんなことをしない。

むしろ、皆がさなえを慕い温かく接してくれている。

 「―――」

さなえは幸せだ。

だから、毎朝村の皆のためにお祈りする。

どうかみんなが健やかに、穏やかにゆっくりできますように。
どうか、自分と同じようにみんなにも幸せが行き届きますように。

そんな祈りのお陰か。

この村は事故で亡くなるゆっくりが少なく、狩りの収穫は多く、畑の成果も上々。
 村の在る一帯が災害に遭うこともなくなった。
 雪解けは早く、春が直ぐに来る。
 梅雨時期でも長雨に苦しむことはなく晴れ間が見える。
 夏は涼しく、秋は恵みに溢れ、冬場は雪が少ない。

 偶然と言われればそれまでだが……さなえが生まれてからの3年も同じ気候が続いているものだから侮れない。


 「さなえー?
  あぁ、またここにいたの」

 「―――お姉さん」

さなえが瞼を開けた先にいたのはこの村の担当研究員だ。

 若く、下手をすれば女子高生にすら見えるが歴とした研究所の一員。
 山中の村にも熱心に通うバイタリティのある彼女はさなえとも大の仲良しだ。

 「お祈り中?ごめんねー邪魔しちゃった」

 「いいえ。じゃまなんてことはありません。
  今日もおつかれさまです。ゆっくりしていってくださいね」

 「ん〜!さなえは良い子だ〜!
  うりうり〜」

 「あはは!くすぐったいですよ〜」

さなえを抱きかかえ、今度は研究員が切株へ腰を下ろす。
 膝の上へさなえを乗せたまま彼女は静かに瞼を閉じた。

 「お姉さんもお祈りですか?」

 「うん。いつもさなえばかりにお祈りさせてるからね。
  村の皆がずっとゆっくりできますように。
  さなえがずっとず〜っとゆっくりできますようにって」

 「……ありがとうございます。
  それじゃあいっしょにいのりましょう。
  お姉さんもゆっくりできますように。
  さなえたちといっしょにずっとゆっくりできますように―――」

 佇む一人と一ゆ。

この後、研究員の彼女は宝くじが当たったり素敵な男性との出会いがあったりするのだが。
それはまた別のお話。

 


ある村ではゆうかが生まれた。

 元々は捕食種でもあるゆうかだが、別段食事に制限があるわけでもない。
チェンジリングで生まれた彼女は特に難もなく村の生活に馴染み、通常種の中で暮らしていた。

 「ちょっと、まりさ。
  あなた……ひまわりにいったい何をしようとしたの?」

 「な、なにって……ちょっとだけあじみを……」

 「なにいってるのぉ!?
はなばたけの おはなさんは むしゃむしゃしちゃいけないって みんなできめたでしょぉ!?」
 「そうよ!こんなに きれいなひまわりさんを むしゃむしゃしようなんて……!
  とかいはじゃないわ!」
 「わからないよー!わからないよー!」
 「みょん!ゆうかが いっしょうけんめい おせわしてるのを しってるはずだみょん!
  だまって むしゃむしゃしようなんて げすのすることみょん!!」

 「ゆひぃい!!ごめんなんだぜ!ごめんなんだぜ!
  あんまりにもおいしそうだったから!まがさしたんだぜ!
  ゆるしてほしいのぜ!ゆうか〜!!」

 「……」

 山林の中。夏の陽射し差す一画。
そこを村では“花畑”と呼び、研究員からもらった花の種がまかれていた。

もちろん、花をこよなく愛するゆうかが中心となった活動だ。

 今は季節の花である朝顔や撫子、サルビアやペチュニアといった花々が花畑を彩っている。

 甲斐甲斐しく行われるゆうかの世話と彼女自身の特性が、ゆっくりであっても立派に花を咲かせるに至った。

なによりも堂々と咲き誇っているのは花畑の中心に並ぶ“向日葵”
ゆっくりでも世話のしやすいよう植えられた背の低い品種が、揃って太陽へと花びらを広げている。

……そして、そんな花をこっそり食べようとした村のまりさが糾弾されているのであった。

 野生ゆにとって花は愛でるモノでなく食べる物。
ゆうかや研究員の尽力と余裕ある生活で大分脱却しつつあるが、未だに食い意地の張った連中は涎を垂らす。

 下手人であるまりさをキツイ目つきで見ながら、ゆうかは軽くため息を吐いた。

 「……ひまわりは花が咲き終わったら種が一杯とれるわ。
  それなら食べてもいい。だから、それまではがまんなさい。
  いいわね?」

 「ゆ!わ、わかったのぜ!まりさがまんするのぜ!
  ゆ〜!やっぱりゆうかはやさしいのぜ〜!」

 「……もう」

 泣きっ面だったまりさが笑顔になる。
コロコロ変わる態度にゆうかも半ば呆れ交じりに笑みを浮かべた。

 周りのゆっくりたちもやれやれと苦笑する。

 「綺麗に咲いたわね〜」

 「あら、お姉さん。
  いらっしゃい」

 「「「「おねえさーん!」」」」

そこへ、研究員である女性がやって来た。
 夏の暑い中を山登りしてきたのでうっすらと汗をかき、麦藁帽でパタパタと顔を扇ぐ。

ゆうかと同じように花の世話が好きで、種も自身が育てた花から採れたものを渡すほどに精通した人物だ。

 若年層が多い研究員の中ではそれなりの御歳で。
 女性としてはどうしても気にしなければいけない微妙なお年頃なのだが……。

 「それにしても……皆でまりさを囲んでどうかしたの?」

 「みょん!きいてほしいみょん!
  まりさがないしょで はなばたけの おはなを むしゃむしゃしようとしたんだみょん!」

 「あら〜それはいけないわね〜」

 「ち、ちがうんだぜ!
  たしかにむしゃむしゃしようとしたけど……ちゃんとあやまったんだぜ!
  ゆうかにもゆるしてもらったんだぜ!
  しんじてほしんだぜ!おばさ―――ゆぼぉっ!?」

……ゆっくりとは、とかく正直なものだ。
ちゃんと気を使える周りのゆっくりたちはご愁傷さまと目を伏せる。

 高速の動きでまりさの顔面にアイアンクロー。
 口が8に歪む。

 村で使ってはいけないNGワード。
 古今東西ありとあらゆる女性にぶつけてはいけない言葉。

 女盛り研究員は引き攣った笑みでゆうかを見た。

 「あらあら〜いけないわね〜まりさ〜。
  そんな悪い子にはお仕置きしないとね〜。
  ゆうか〜。手伝ってくれる〜?」

 「……ええ。よろこんで」

 「ぼべんなばいばべ!(ごめんなさいだぜ!)
  ぼべんなばいばべ!(ごめんなさいだぜ!)
  ばぶべべ!!(だずげで!!)ばぶべべばべ!(だずげでだぜ!)
  びんば!(みんな!)
  びんばぁああぁあああ……!!(みんなぁああぁあああ……!)」

 拉げた口で助けを求めても通じるわけがなく。
ゆうかもお姉さんの頼みとあれば断れず、何処か楽しそうに口端を上げてお姉さんへ付いていく。

ドSコンビによるお尻百叩きの刑が執行され
 まりさの嬌声混じりの悲鳴が村に響くこととなった。

 


ある村ではらんが生まれた。

 「「「ちぇぇええぇえええええん!!」」」

 「「「「「らんしゃまぁああああああ!!」」」」」

 「「「ちぇぇぇええええええええええん!!!」」」

 「「「「「らんしゃまぁあああああああああ!!!」」」」」

 「うっせぇな!
  一々大声で呼び合うな!
  いいか!増えすぎんなよ!
  増えすぎで村に悪影響出たら、俺らでまた数を減らさないと……!」


 「「「ちぇん……」」」

 「「「「「らんしゃまぁ……」」」」」

 「……聞けやコラ」

ちぇんと一緒にすると色々とスパークしてしまうらん種であるが。
この村でも、生まれると元々いたちぇんたちとあっと言う間にビッグバン。

 準希少種などと呼ばれるように、らん自体の数も増えていき。
その3倍くらいの勢いでちぇんが村を占めていった。

ただ、らんがいるお陰でちぇん達は異様に精力的であり村は順調に発展している。

あまりにも増える速度が速いので研究所では心配されているが。
 担当研究員であるヤングモヒカン1の言葉は、幸せに浸るらんとちぇんへ届いているのか……いないのか。

 


ある村ではめーりんが生まれた。

 「じゃぉおおん!じゃおぉおおん!!」

 「めーりん。すーりすーりなのぜ」
 「れいむともすーりすーりしよ!すーりすーり!」
 「めーりんをひとゆじめするのはとかいはじゃないわよ!
  ありすにもすーりすーりさせて!」

 「ははは、めーりんは大人気だなぁ」

 「じゃぉぉぉん♪」

さなえと同様に、通常種からは迫害される傾向のあるめーりんであるが。
この村も希少種に対して差別が生まれることはなかった。

 中身が辛味であるめーりん種は、通常種とは単なる接触だけでも相手を傷つけてしまうことがある。
だが、この村のめーりんは仲間にすりすりをしても何の痛みも与えることはない。

 厚手のモチモチ饅頭皮は気持ちのいい触り心地で。
 無邪気な性格も手伝ってめーりんは村の人気者だ。

 村の警備隊としての能力も優秀で。
 外敵が現れた時は最前線でぶつかり、村の仲間を守るため必死に戦う。


 「よぉし、めーりん。
  俺ともすりすりしようぜぇ。
  そぉれすりすり〜」

 「じゃ、じゃお?……じゃぉぉぉ……ぉぉぉ……」

 「……あ、あれ?
  めーりん……なんか俺の頬っぺたがヒリヒリしてきたんだけど?
  め、めーりん?」

 「じゃぉん……」

 抱きかかえて頬を刷り付けた結果、めーりんとの溝が明確となったヤングモヒカン2

彼がめーりんに受け入れられるまでもう少しかかりそうだ。

 


ある村ではちるのが生まれた。

 「いやだぁぁあああああああ!!
  こっちにこないでよぉぉぉおお!!」

 「まつのぜー!!」
 「まってね!おりてきてねー!」
 「みょん!にげちゃだめだみょん!」

 「待てってー!逃げることないだろうがよー!」

……どうしたことだろう。

ちるのが必死に村のゆっくり&研究員ヤングモヒカン3から、ふよふよ飛んで逃げ回っている。

 「一緒に木陰で昼寝しようって誘っただけだろーがよー!」

 「そうなのぜ!みんなでなかよくすーやすーやなのぜ!」
 「ちるのでひんやりゆっくりしながらすーやすーやしたいんだよ!
  おねがいだよー!!」
 「みょん!みんなしあわせーだみょん!
  なにをいやがってるみょん!」

 「あつくるしいんだよぉおおお!!
  あたいはあついのにがてなのぉおおお!!
  ひとゆでしずかにゆっくりしたいのぉお!!
  いやぁああぁああああ!!!」

 季節は夏。

ちるのが生まれた村は避暑地にあり、比較的涼しく過ごせるのだが。
 温暖化の影響か。それでも暑いものは暑い。

 村にとって冷気を身体から放つちるのはこの時期にありがたいのだ。

ちるのからすればただでさえ暑くてしんどいのに押し競饅頭+筋肉モヒカン攻めなのだからたまったもんじゃない。

……結局は夏空の下で逃げ回るより、大人しく捕まった方が涼しく過ごせるのだが。

それにちるのが気付くまでしばらく逃走劇は続いたという。

 


 ・
 ・

 

―――その村は人が放棄した廃村に出来た。


ゆっくりの村第一号。

 研究所の保護下にあった野生生まれのドスまりさを長として。
プロジェクト発足時の試行錯誤と共に発展した村だ。

 人が打ち捨てた古い住居をゆっくりが家として使い。
 古井戸からドスが汲み上げた水を用いて。
 元々は人が畑として使っていた土地を開墾し直し、種をまいた。

スタートとしては恵まれているように思えるが、上手くいかないことなど山ほどあった。

 道具も種も、彼女たちの失敗の中で改良されていった。

なんとか食料を自足できるようになった。
 徐々にゆん口が増えていった。
 自ゆんたちでも色々な工夫を見つけて、日々の中にゆっくりを見出していった。

 生活が軌道に乗ると、ドスがいるお陰か胴付きが生まれるようになった。

 手足のある胴付きによって農耕のレベルが段違いに上がり。
ゆっくり向けの草や人参だけでなく、人間が作るような普通の野菜も作るようになった。

 名実ともに“村”となり―――12年もの歳月が経った


「皆ー!お野菜の収穫に行くよー!!」

 「「「「「ゆっくり!!」」」」」


 盛夏。
 瑞々しく緑が茂る“畑”にゆっくりたちが向かっていく。

その畑は人間が拵えた物と遜色ない。
 畝が平行に整列し、間はゆっくりが作業しやすいよう広めに空いている。

 植えられているのは大玉トマトにきゅうり、ナス。
 一本一本支柱が立てられ、根元には藁が敷かれている。

どの作物も形は不格好ではあるが、付いている実は丸々と太っていた。
 人間でも“美味しそう”と感想を漏らすであろう成果。
 一から十までゆっくりのみで作り上げたとは信じがたい事だった。

 「美味しそうなお野菜さん……はい!
  落とさないようにね!重くなったら後ろの子と交代!」

 「ゆんゆん!わかったのぜ!」
 「まっかせてねー!」
 「みょんもゆっくりはこぶみょん!」


 畝と畝の間をゆっくりたちが進んでいく。
 全ゆんが胴体にマジックベルトを巻かれていて、ベルトに備え付けた籠を背負う形で収穫に当たる。

そして、元気よくゆっくりたちの先頭を務めるのは一人の少女だ。

 黒く長い髪と一緒に、赤く大きなリボンが翻る。
 纏うのは紅を基調とした巫女服。
 袖が無くて肩の部分が露出していたり、下が袴ではなくスカートな辺りがなんともアンバランスだが。

 不思議な事にそれがとても自然に見える。

……軍手と長靴を着用しているので色々台無しでもあるのだが。

 彼女も“ゆっくり”だ。

 胴付きと呼ばれるゆっくりの上位に当たる存在。

 動く饅頭。
 不思議ナマモノとは一線を画す。

 人間と同じように胴体があり、手足が生えている。

 畑を進む彼女……れいむは長靴を履いた二本足で力強く土を踏みしめ。
 軍手に包まった二本の手で器用に食べごろのお野菜を収穫する。

そして、それを後ろを付いてくるゆっくりの籠へ優しく入れた。


 「れいむー!!あっちの収穫が終わったから手伝いに来たのぜー!!」

 「まりさ、ありが……ってちょっと!?
  服も体も泥だらけじゃない!?またお兄さんに怒られるよ!!」

 「そんな事言ったって、枝豆さんの収穫なんだから泥だらけになるのは当たり前なんだぜ!
  でも、お陰で枝豆さんが大量!に採れたのぜ!
  今日の晩御飯は枝豆さんでキュッとやるのぜ!!」

 「「「「「えだまめさーん!!ゆっくりー!!」」」」」


 畑へ向かってくるまりさと呼ばれた少女は、悪戯っぽく笑って鼻を擦る。
 彼女もゆっくり。れいむと同じ胴付きだ。
れいむに比べれば言葉回しにゆっくりらしさが残っている。

 真黒とんがり帽子に白のリボン。
ウェーブがかった金髪。片側だけの三つ編みお下げ。
 全身を包むのは黒を基調としたドレスで、腰に巻かれているエプロンは真っ白……な筈なのだが。

 服は何処もかしこも泥まみれ。
エプロンなんかは見るも無残。
スカートから見え隠れするドロワーズまで酷いものだ。

 子供っぽい顔も例外ではない。

 「まーたお兄さんの真似して。子供なんだから」

 「まりさはれいむと同い年なのぜ!」

 「生まれたのが一緒ってだけでしょー。
  まったく、誰が洗濯すると思ってるのよ……。
  顔まで泥だらけにしちゃって」

 「むぐっ!や、やめるんだぜ!
  まりさはお子ちゃまじゃないんだぜ!」

 「はいはい。お子ちゃまじゃないなら一人でお洗濯もしましょうねー」

 「むぐぐ……」

 乱暴にも軍手で顔を拭われながらまりさは歯噛みする。
 姉妹として生まれ育ち、一緒に胴付きとなった彼女たちは今でも共に生活している。

 「お疲れさーん。ちょっと休憩にすっぞー。
  おやつ持って来たから縁側で……ってまた泥だらけになりやがったな!?」

 「あ、お兄さん。良い所に」

 「「「「「ゆわーい!!おやつゆっくりー!!」」」」」

 畑へやってきた“お兄さん”にゆっくりたちが沸き立つ。
……お目当ては手に持つカゴ一杯のとうもろこしだが。

ツナギの上を脱いで腰に巻いたTシャツスタイル。
Tシャツの前面に書かれた波打つような筆文字の“ゆっくり”が目立つ。
 頭に巻いた白い長タオルがなんとも農家然としていて、ガタイもいい彼は。


 「ゆ……ま、まりさは悪いことしてないんだぜ!
  枝豆さんの収穫を頑張っただけだぜ!
  泥さんが勝手にまりさにくっついて……アイタ!?」

 気まずく眼を逸らしながら弁明するまりさの後頭部を叩いた。

 「どうせまた畑で寝転がったりしたんだろ!
  ったく……お前らの服は洗濯すんのに気を使うから大変だってのに。
  農作業するときは買ってやったツナギ着ろって言ってんだろ」

 「あんなブカブカのお洋服着てたら動きにくいんだぜ!
  それに!この服はまりさのあいでんてぃてぃーさんなのぜ!
  そんな簡単に……アイタァ!?」

 「アイデンティティーなら泥だらけにすんなっつーの!」

 「ボカボカ叩くんじゃないのぜ!!」

 「はいはいはい。二人とも続きはお家に行ってからね。
  あんまりお預けするとこの子たちが可哀そうでしょー」

 「とうもろこしさん……ゆっくり……ゆっくり」
 「わかるよー……はやくむしゃむしゃなんだねー」
 「みょん……じゅるり」
 「れいむのいうとおり……おあずけさんはゆっくりできないのぜ」
 「あまあまとうきびさん……ゆっくりぃ……」

 言い合うお兄さんとまりさ。
 呆れながら二人を押すれいむ。
カゴのとうもろこしを凝視しながら、涎を垂らし後を付いていくゆっくりたち。

 彼らが向かうのは畑のすぐ近くにある古民家。
 彼らの暮らすお家だ。

 

―――研究員がゆっくりとともに暮らすようになったことが始まりだった

基本的に村と人との接触は最小限。
 人と関わること自体がゆっくりを歪めてしまう。

だが、ドスが長を務めるその村は歪むこともなく人との共同生活を成した。

ゆっくりに人が協力しながら畑を作り、苗を植え、野菜を育てる。

 次第に廃村近くの集落が交流を持つようになった。
それをきっかけに研究所が村の存在を公にする。
そうすると、村へ移住したいという人々が現れた。

ゆっくりと共に穏やかな暮らしがしたいという愛で派。
 定年退職し新たな生活を求める老夫婦。
 農業や林業に携わりたいという若者。

 研究所の大いなる協力の元、行政の手が入り。
 道が整備され建物も直され。
 廃村だったその場所は再生を遂げた。

 紆余曲折はあったものの人口は増え、ゆっくりたちの生活も乱れず。

 今では人口約80人。ゆん口は約600。

 『人とゆっくりが共に暮らす村』

 彼女たちの村はそう呼ばれている。

 


 「「「「「むーしゃむーしゃ!!しあわせー!!」」」」」


 「ほら、動かないの」
 「む〜……もう乾いたのぜ〜……」

 「ったく……まりさはもう家で大人しくしてろよ。
  枝豆なら俺が持ってきてやるから」

 古民家の縁側。午後の陽射しを遮って涼やかな其処に住民たちが並ぶ。
 心地よい風が風鈴を揺らしていた。

 茹で立てとうもろこしの甘味にゆっくりたちが歓声を上げ。

 胴付きまりさは一足早くひとっ風呂浴びて、タンクトップのパンツ姿で縁側に胡坐をかき。
 胴付きれいむがまりさの髪をバスタオルでガシガシ拭いている。

お兄さんは麦茶を片手にあられもない姿のまりさをチラチラ見ている。

 「え〜あれはまりさの収穫なのぜ。
  最後までまりさが面倒みるのぜ」

 「生意気言うな。
  どうせ重たくてここまで運んでこれないだろうが。
  結局、俺が運ぶことになるんだろ。
  また泥だらけになられるのも嫌だからな」

 「むー……あのダボダツナギさんを着るのは嫌なのぜ〜。
  ……ゆ?
  ―――お兄さんの視線がやらしいのぜ」

 「本当だね」

 「は!?いや、ただ眼のやり場に困ってるだけだ!
  だーれがお前みたいなちんちくりんに……!」

 「お兄さんのやらしー視線がまりさの小さなお胸に刺さってるのぜ……。
  やっぱりお兄さんはHENTAIさんだったのぜ……」

 「まりさみたいなツルペタさんに欲情するなんてお兄さんはHENTAIさんだね。
  れいむも今夜は気をつけなくちゃ……」

 「ふざけんな!毎晩俺の布団に潜り込んでくるのはお前らだろうが!
  夏で暑苦しいってのに……!」

 「「「「「お、おにーさん……」」」」」

 「何でお前らまで顔赤くしてんだよ!?
  お前らに欲情する程落ちぶれてねーよ!!」


……内容はともかくとして。
わいわいと騒がしい縁側には、廃村だった頃の寂しさは残っていない。


 村の其処彼処からゆっくりと人の笑い合う声が響く。

 人とゆっくりの村。

 彼らのゆっくりとした日常はこれからも続いて―――

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