原発性免疫不全症候群(PID) 「生まれつき免疫のどこかが壊れてる」ことの総称。現在では400を超える種類の疾患があって、大抵は「極めて稀な」という形容詞が付く。一般には予後不良。例えば…毛細血管拡張性運動失調症(Ataxia Telangiectasia)なら、麻痺と認知症を伴い、30歳前後が一般に”寿命”として取り扱われる。それに、それはあくまで寿命であって。どれだけお医者さんが努力したところでいきなり日和見感染で亡くなることだってある。……っていうか、それが大抵だ。 |
「大奈。今、何か見えた気がするの」
「気のせいじゃない?」
「もしものことがあるでしょう?少し見せてちょうだい」
「気のせいだって」
「見せなさい。今、あなた一瞬腕を庇ったでしょう」
「やだ」
「見せなさい!」
お母さんがベッドに覆い被さり、私は両腕を抑え付けられて、力ずくで開かれる。
「……痛い」
隠しておきたかった二の腕と力いっぱい握られた手首に、紫の斑模様が浮かんでいた。
「先日の血液検査の結果ですが、表のこことここの数値を見てください」
「血小板が減ってるけど白血球の数はあんまり変化してない……ということは」
「免疫性血小板減少症の疑いで、感染症の線は薄い、ですか」
「はは、やっぱり大奈ちゃんには説明要らずでしたか」
「ここの本で少しだけ見ました。日和見感染じゃなくてよかったです」
「ですね。直ちに命に別状はないということで、私もほっとしています。」
「ただですね……この病気の治療法というのが、白血球が血小板を破壊しないよう、免疫抑制剤の服用が必要でして」
「はい」
「大奈ちゃんの場合、元々免疫不全の状態から更に抑えるとなると……これで本当に日和見感染してしまう恐れがありまして」
「また偶発的な内出血のことや、もし必要となれば血小板の輸血もありますから」
「はい」
「……お母さんの方には既にお話したんですが、退院の件は……持ち越しになってしまうかと」
「わかりました。よろしくお願いします」
手作りのクリスマス・ケーキが誰の口に入るでもなく、ただ、サランラップに包まれたまま鎮座している。
ずっと、ずっと。
消灯時間はとっくに過ぎた。擦れ合うような風の音が自然と聞こえてくるほど、病室はしんと静まり返っている。
それでも、どうしても眠ることができなくて。ぼんやりと夜空を眺めるんだ、意識が沈むまで。
ふと、ガラス越しに。真っ赤な衣装に髭面の不審者と目が合った。病院の4階で。
「きゃあ!?」
異常事態に思わず声を上げてもそんなことお構いなしにそいつは窓に手を掛け中に入ってくる。
よく見たら、それは面識のある変質者だった。
「ハッハッハッ!こんな時間まで夜更かしとは”悪い子”だなぁ!!」
とりあえず正座させた。
「床がちべたい」
「何やってんですか、こんなとこで」
「何って……配ってたのさ、夢を」
「恐怖の間違いでしょう」
「そういうのもういいんでホント、ナースコールしますよ」
「いやいや本当のことさ、これを見たまえ。」
彼が背を向けると、降下に使用したであろうハーネスに白い袋が括られているのは確認できた。
おっかなびっくり中を覗いてみると、丁寧にラッピングされた大小の箱が幾つか顔を見せる。
「寝静まる頃、親御さんらからプレゼントを預かり、看護婦さんに予め開けておいてもらった窓から入るが……」
「しかしうっかり物音で起こしてしまう新人サンタの私。(設定)」
「唇の前に人差し指を立ててこうだ、『他のみんなには秘密だよ』」
「ここまで百発百中バカウケだったさ」
……病院ごとグルかぁ。後ろ手に構えていたナースコールを渋々手放す。
「ああそうだ。」
「なんですか」
ずずいとプレゼントの一つを私に突き出す。
「ホッホッホー。Merry Christmas Miss Chigsa」
やかましいなこいつ
「あはは、死ぬまでの間、楽しかったら私はそれでいーんです。」
「はっはっは。全くもって同意するよ!私は快楽主義者だからな!」
「それで。今、君は楽しいのか?」
サンタ帽を指に掛けくるくる回しながらそう問われた。
「それ、は」
「千草くん、それ、開けてみたまえ」
答に淀む私を、どこか内心さえをも見透かしそうな眼差しでそう促す。恐る恐る包みを破る。何やら辞書めいたものが顔を出した。
「これは……?」
「入院生活は私も何度か経験があるが。退屈の極みだ、特に食の自由が利かないというのが酷く辛いものだ」
「それは……はい」
「だろう。だから、プレゼントには娯楽をと選んでみた。見たまえ、この人を撲殺できそうな厚みを!」
「題は『我が半生』!中世の農奴が悪魔と契約し、不死の命を得て400年の歳月を彷徨う長編ファンタジー!」
「待って待って待って」
「今流行りの要素を取り込もうと思って成り上がり系ストーリーになっている。評判が良ければ自家出版する予定だ」
「なに?理事長って暇なんですか??」
「まあ、今こうしてサンタの恰好で君に会いに来ることができるくらいには」
「複雑な気分です。……あとそれしまって下さい」
「寝る間も惜しんだ渾身の一作なんだが。……まあ、拒まれてはどうしようもない」
「当たり前じゃないですか、もっとまともなのないんですか」
「おやぁ?やっぱり欲しいんじゃないかね、Christmas Present」
「やっぱいいです」
「まあまあ。せっかく用意したんだ、せめて中身だけは見ていってから決めてほしいな」
次のプレゼントは箱というには薄く、平べったくて、手に取るとずしんと来るような重みがあった。それから包みをゆっくりと剥がしてみれば……それはタブレット端末だった。
「君に贈るなら実際本だなというのは確かだが、如何せん病室の限られたスペースでは置き場に限りがあるだろう?」
「好きな作家を何人か聞いて、そのうちの何冊かを電子書籍で実際にインストールしている」
電源を起動して、画面をスワイプしていく。
『氷菓』『タレーラン』『午前零時のサンドリヨン』『博士の愛した数式』と、題名が並んで目に入る。
「おお……」
まともだ。さっきまでと寒暖差で風邪引きそうなくらい。
「オット!」
「あのー……その。」
「もう少し、気楽に喋ってもいいですか?」
「……?まぁ、好きにするといいさ。」
「おっけー。じゃそうするー。」
「!?」
「」
「ふぅむ。入学の件は?」
「なしなし。そもそもうんって言ってもない!出直してきて。」
「残念だ……が、また来るよ」
「お大事に。」
「あのさ、中学生のときのクリスマスのこと。『我が半生』って言ってー、本持ってきてたじゃん?」
「そんな過去もあった気がするねえ。」
「忘れたとは言わさんけどなー?でね、あれってさー。ほんとは理事長の自伝なんでしょ?」
「ああ、あれのことならここに……。ほら、あった」
「……なっ。真っ白じゃん!?」
「自分の人生が書けるほど面白ければ、こうして理事長なんぞにも就いてなかったろうさ」
「私達はコンテンツじゃないがー?……っていうか。よくそれであの頃の私に見せられたよね!?」
「はっはっは。白紙は白紙でオチが付いたろう?」
「なーんだ」
「まあ、どうやら期待を裏切っていたようで、それは申し訳ないがね」
「……じゃあ、代わりにさー。今改めて教えてくれたら、それでいいよ」
私の言葉にぴくりと眉を揺らし、それから彼は顎に手を添わせる。
「……ふむ、それは、あまり気乗りしないな。」
「人には言いたくないこと?」
「そういうわけではない。ただ……。」
「ただ、そうしたら、君の私を見る目は変わってしまうだろうなと思ってね」
「今なら何も知らずに生きられますよって?」
「知らないよりはさ、知ってる方が怖くないよ」
「それは……」
「それにー。ゾンビの秘書付けたり魔法使ったりしてるのにだいぶ今更じゃない?」
「うーんそれはそう。」
未だ少々の躊躇いを見せながらも、彼は絶えず走らせていたペンを止め、嘆息する。
「じゃあいいか。400年分だ、相当長くなる。心して拝聴したまえ」
「はいはい、じゃあ先にお茶でも淹れとくー?」
「それなら戸棚の一段目だ。」
「……ああ、そういえばあのTODOリスト。聞けばあの後埋めていたらしいじゃないか。」
「えー…あー…そうだっけ?そうだったかも?」
……お母さん、余計なこと漏らしたな。
「それなら、私も中身について聞かせてもらうくらい、してもいいんじゃないか、と思うんだが」
「うーん……でもあれは」
☑︎保健委員になって、今まで勉強したことでみんなの役に立ってみたい! |
「……やっぱり、秘密だよ。」
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