『デザインベビー』‐大霧氷生 1 僕のいのちはママのお腹じゃなくて、試験管の培養液の中で宿った。 はがねみたいに硬い骨と、けだもののように強靭な身体に、この世界のだれよりも賢い脳みそ。 パパは僕が生まれてくるときに沢山のものを授けてくれたけど、ただ一つ心臓だけは人並にしか作れなかった。 パパは教えてくれた。ネズミもネコも、ゾウだって。生まれて死ぬまでの心拍数はそう変わらない。大体23億回で、寿命の差と言うのはそれを使い切るのが早いか、遅いのか違いだと。 パパは言った。僕が人並みを外れようとするたんび、心臓は沢山の血を早く早く身体に巡らせようと脈打つのだと。 パパは嘆いた。今度こそ僕が幸せになれるように生んであげたかったのにって。 だけど泣かなくたっていいのにな。僕は生まれ落ちて、今、こんなにも満たされてるんだから。 |
32 僕は彼女を背に抱えて必死に走る、走る、走る。 とっくの昔に疲れ切った僕の心臓は、早く眠らせろと喚きたてて告げている。 だけど、今だけだ、あとはほんの少しだけでいい、僕に猶予をおくれ。 立ち止まり、背を振り返ってみた。 立ち込める炎と煙が人々を巻き、みるみるうちに命を吸い込んでいく。 僕は息を止めてもう一度駆け出した。 ドクン。僕の中身がそう脈打つのを聞いた。 |
レイダースの遠征任務のある一幕。派閥の為に貸切られたうちの、一室にて。そこにはこわばった表情で息を飲み、大霧の電子書籍のページをスワイプし文字を追っていく真宵とレヴの姿があった。
「どないやろ。まあまだ途中やし、今までマヨちゃんが読んどるような名著には到底かなわへんが……」
「ううん、ちゃんと面白いよ、面白いけど……」
「う”っ……うっ……あんまりだ………あんまりだよこんな話……」
窓から流れて来た温泉地の硫黄の臭いがかすかに鼻をつく。キーボードを叩く音くらいしか聞こえてこなかった、静かな、静かな空間は彼女のすすり泣く声で上書きされる。
レヴは哀れむように、或いは心底疑問でならないような、そんな神妙な表情で彼を見た。
「大霧はこう……どうして悲しい話ばっかり書くミロ?何か人生に辛いことがあるミロか?」
「いやこれはな……少しばかり人は苦労すると大団円がご都合主義の張りぼてっぽく見えてまう病気に罹るんや」
「落とし穴のない世界なんて存在せえへんて、落とし穴の中での救いを求めるようになるんよ」
「創作くらい夢見てもいいミロのに。世知辛いミロなぁ」
「まあせやけどな、俺の作風的には珍しくこれの結末はちゃぁんと……あら?マヨちゃーん?」
「真宵ちゃんならもう部屋出ちゃったミロよ?多分用事ミロ」
開けっぴろげられたまま放置された扉の先に、既に彼女の姿はもうなかった。
「……いや、実はあの子なぁ……」
「あーそれはぁ……大変そう、ミロな」
私は死なない。だって私達、そもそも生きてない。生ける夢にあるのは『まだ在る』か、『もう居ない』だ。
切って開いたら心臓は確かにあったけれど、ただの一度も鼓動はなくて単にクオリアを入れる容器でしかなかった。
けど人間は、ルゥさんはそうじゃない。開けばそこには動く心臓に有限の命がある。生きているから、やがて死ぬ。
わかってはいても、明日や明後日ではないそれからはどこか、いつも目を逸らしていた。
渡り廊下の窓からは三日月が覗かせている。こんな時間に押し掛けたら迷惑かな、迷惑だろうな。だけどそれでもノックせずには居られなかった。
「開けてもいい?」
「真宵か。ああ、いいよ。入っておいで」
私は咳払いをしてからドアノブに手を掛ける。扉の向こうのルゥさんは私の心配に反して嫌がる素振りはまるでなくて。
両手を組んで握りしめ、私の表情をただ、じぃっと見つめている。
「あのね、ルゥさん」
「うん」
「今日は一緒のベッドで寝てほしいの」
「それは」
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