『おにといしゃ』
昔々、あるところに鬼が出ると曰く付きの怖い怖い森がありました。森の鬼に見つかると、とっつかまえてペロリと食われてしまうと言われるのでその村の人たちは近づこうとはしません。ですが、あるとき村で重い病が流行り、薬を作るために森の珍しい花や草が必要になりました。
うーん、誰がそこへ行こうか、村人たちが頭を悩ませていると、頭の回るお医者様が手を挙げて言います。
「それならぼくがいこう」
本当に行くの、危ないよ、村人たちは考えましたが、誰も直接彼を引き留めようとはしませんでした。だって、止めたら自分達が行かないといけなくなりますから。
そうしてお医者様がずんずん、ずんずんと森の中へ入っていくと、言わんこっちゃない、鬼が顔を出しました。
鬼は驚きました。噂を聞いたことがないわけではあるまい、おまえ、ずいぶん度胸があるやつだな。そう褒めてから続けます。
「だけど残念だったな、誰も来ないからおれは今はらぺこなんだ。」
「それなんだけど、僕を今ここで食べるのは勿体ないと思うんだ」
お医者様はこう説きました。自分は医者で、病気で死にそうな村の人達を治すために草を採りに森に来た。自分がここで死ねば、村の人もみんな死んで、もう誰もこの森に入らなくなるだろう、と。
むう確かに、それじゃあ草が欲しいのか、それならさっさと済ませて出ていけと鬼が言うと、医者はいやそうじゃないと首を振ります。ではなんだ、鬼が尋ねると。
「一緒に村に行こう。それで治療を手伝って、みんなが助かれば、お腹いっぱい食べられるようになるよ」
「お前それマジで言ってる?」
鬼はお医者様の提案をしばらく悩みましたが、最後にはうなずいて一緒に森を出ることにしました。
医者が薬を作り、鬼は井戸から水を汲んでは、床に臥せった村人たちに差し出して、熱心に面倒をみてやります。
その甲斐あって、早晩一人助かりました。鬼は医者にこう囁きます。
「一人助かった。これでお前と2人分おれは食えるな」
「まだまだだ、それじゃあ小腹も満たせないだろう」
「2人助かった。これでどうだ」
「まだまだだ。一食一人でも一日分にもなりやしない」
「3人目だ」
「まだまだだ。ようやっと一日になったところじゃないか」
4人、5人と元気になった人は増えていき、その度に鬼はどうだどうだと尋ねますが、お医者様は口先器用に先延ばし先延ばしにしていきました。
そうしてしばらくして、もうすっかり村中の人が助かったという頃合に京からとっても強い武士様が到着しました。
「間に合って本当に良かった」
武士様がその日の晩に眠っている鬼を刀でええいと一発、無事退治しました。
これで村の人は助かり森にも自由に入れるようになりましたとさ、めでたしめでたし。
注釈)
この御伽話は江戸時代中期の夢潜り「叉嶋守」「夜鬼摩」「羽羽都」による悪夢「八束脛」の討伐記録を元にしたものだと考えられる。
「八束脛」とは交戦記録が2回が残っている。多数の死傷者を伴って森に放逐した1回目と人里に降りていたところを無事討伐した2回目、この話はそのうち後者で、残された呪い石は二つに分割されてそれぞれ「夜鬼摩」と「羽羽都」の手に渡っている。
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