「あれ、今回は何を間違えたんだぞ?」
その一声が悲劇の始まりであり、彼女とそこに居合わせてしまった不幸な少年は、その言葉を耳にした瞬間に自らに降りかかる災厄を予見した。率直に言えば、彼女に調理場を貸すという判断そのものが致命的なまでの誤りであり、そうすべきでなかった。それが、例え「先生にパンプキンパイを贈りたいから」という純朴な願いで、断ることには良心の痛みを感じるのだとしても。
「ったく社長のやつハロウィンにはゲームの時限イベントがあるって言ってんのに聞きゃしねえ」
「あっ市くん!!!今は開けちゃ……」
次回任務のミーティングを終え、疲労婚売した様子で事務所の玄関の扉を開き、こちらへと飛び掛かるカボチャと目が合ったとき、瞬間、彼は今朝見た星座占いで乙女座は12位だったことを思い出した。
それから約10分後。事務所の周辺一帯は自我を持つ無数の南瓜の群れで占拠され、辛うじて難を逃れた彼らは手近の高台の上に追いやられていた。
「時間経過、或いは破砕することで断片などから再生して増殖していく、核を熱処理で非活性化、攻撃性あり……と」
スコープを覗きその憺たる情景を観察しながら、メモを取るようぼつぼつ呟く。彼の傍らに居るのは……
「いいいい市くん、ああああ頭から血、血が、血が出てる、そそ、それに震えて……」
「落ち着け忍。震えてるのは俺じゃなくてお前だ。ちゃんと活性弾も撃ったろ」
「反省してるしちゃんと手伝うからこれ解いてほしいんだぞ」
「二次災害が起きるから却下だ。そこで大人しくしてろ」
もはやそれどころではなさそうなゴーストスーツを被った少年と、鎖でがんじがらめにされた元凶だけ。
能力も射手、射手、毒、とこの事態を解決できるものとはとても言えなかった。特心対には既に救助要請こそ出したものの、焼却能力者は軒並み出払っており、相当な時間が掛かるという答えが今しがた返ってきたところだ。
ここに、彼らの生存をかけたサバイバルが始まる。
戦いは苛烈さを極めた。小規模なナパーム弾で増殖を一時抑制したり、南瓜の群れを透明化によって掻い潜る。時には不審な挙動を勘繰られないよう、囮を鎖に繋いだまま投げ込むこともあった。破壊した南瓜の亡骸を自らに塗りたくり仲間を演じる作戦は効果こそなかったものの、それは耳と鼻にあたる開口部がないことだという重要な発見にも繋がった。怪物には聴覚や嗅覚はなく、動くものに反応し、さほど高い知性は持たない。ほんのわずかの間なら、同胞の骸を目の前に投じることでその注意を逸らすことだってできる。ありとあらゆる術を用いて彼らは生き延びた。
だが、しかし。バイオハザードから1時間。救助は未だ訪れず、ついに路地裏の奥の奥へまで追いやられてしまった。
もはやここまでか。じりじりとその距離を詰め、その鋭利な牙を覗かせる南瓜に3人は目を伏せ身を屈める。
「終わりだ……。」
「かみさまぁ!!!」
「誰か助けて欲しいんだぞ!!!」
各々が祈りあるいは呪いを吐いたとき、ふと、陽炎が眼前に揺らめいて姿を現し、そして彼らに答える。
「いいだろう。」
その言葉とともに、南瓜たちは細切れのパンプキンパイに姿を変えた。
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