地上に舞い降りた天使は、その場に居たあらゆる人々の脳をその美しくしなやかな羽でそっと一撫でする。 瞬間、彼らはこの世界のあらゆる苦痛と葛藤から解放された。―――無用となった意識と意思を引き換えに。 そうして降り注ぐ雨粒は祝福し生まれ変わった彼らを洗礼した。 不安も、恐れも、今やそこには何もない。
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「酸の雨だ。マール、本当にお前の見た通りになったな」
「ここまでは予定調和だ、車両まで戻ろう。どっちが運転する?」
「俺がやる。ドライブがてら、今回のターゲットの話でも聞かせてくれ」
「ふむ……そうだな。護衛がみんな落とされても身動ぎ一つない、お前が好きそうな命知らずだったよ」
「へぇ。そりゃあそいつ、蛮勇通り越して頭がどっかイカれてたんじゃないか?」
「或いは私と同じ光景を見て絶望していたか。もう確かめようもないが」
「レイディー、酸性雨から出現までの猶予は10分だ。それまでに可能な限り離脱するぞ」
「任せとけって」
【エンジン音】
【以後再度環境音のみが記録されている】
【衝突音】
「ハハ、君なら助けに来てくれると思ってた!僕は置いて逃げて欲しかったけど」
「変なこと言ってないでちゃんと頭を回して。」
「ああ、ごめんよ、うん、ごめん。そうだなぁ……」
「残弾はどれくらい残ってる?こっちはもう殆ど干物だ」 」
「ん。ごめん、僕の雨のせいで冷えちゃったかな?」
「どうしてそう思うの?」
「手、震えてる。」
「震えてるのはそっちのほうだよ。ほら、ぬくいでしょ」
「本当だ。いや、でもそんなまさか。」
「痛くて熱くて、僕は煮えたぎりそうなくらいなのに」
「それは—」
「それは?」
「怖いから、じゃないの」
「怖いと、人は震えるのかい?」
「知らなかったの?」
「恥ずかしながら。物知りだよね、君は」
「そういうとこだよ」
「今は休んでて。酸性雨であらかた片付いただろうし、あとは何とかするから。」
「優、離して。」
「ダメだよ。救援だってみんなとっくに水溜りになってる」
「深層級ダイバーの責務として、君の無謀を看過することはできない」
「優」
「何」
「寂しいんでしょ」
「そうかもしれない。僕のことは、僕より君のが詳しいから」
「ボクにはお見通しだからね」
「君には敵わないな」
「はぁ。わかった、とりあえず雨が止むまではまだ、ここにいるから」
「ありがとう。けど、大丈夫だ。そんなには待たなくてもいい」
「僕が目を開ける頃には終わってるから」
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