藍司優の昔話

ページ名:藍司優の昔話

 

 

 

初めて夢現災害に遭ったときの景色は、もう10年近くは経った今でも薄れず脳裏に焼き付いている。罅割れる空、燃え上がる家屋、散らばる血の絨毯。どれ一つとってもただの人間が人生として体験するにはあまりにも鮮烈で目を覆いたくなるようなものだったが、それらを差し置いて魂の奥底に刻み込まれたものが僕にはあった。人が何がしかに成り果てる、さながらグロテスクな脱皮の様子を目にしたとき、その未知に言いしれぬ嫌悪感と焦燥を覚えた。

それが後にダイバーに取り立てられ、ホルダーと悪夢だという答え合わせを聞かされても消えることはなく。むしろ厭忌の念は日を追うごとに高まる一方であり、僕はその正体を暴き立て自ら治療する必要があった。しかしその道程は困難を極めるものだった。

まず最初に僕はそれを悪夢に対しての憎悪だと考えた。だから奇書院の中で回ってくる任務を選りすぐって、それらを狩り立てることにしばらくの時間を費やした。だが黒曜石の欠片を何度踏み躙ったところで、胸中のもやが晴れることは決してなく、むしろ募らせた迷いがさらなる悪念を掻き立てたように思う。

様々な試行の末、次に僕は悪夢の”はらわた”を暴くことと、ローグを痛めつけることに執念を燃やすようになった。まず第一に、悪夢の未知を一つずつ既知へと置き換えていく作業は少なからず知的好奇心が満たされる娯楽で、何より僕が知る範囲で最も僕に立ち込める暗雲を取り払ってくれるものだったからだ。

そして、それを続けるためには奇書院が望む人殺しと、それなりに人道を外れた実験を続ける必要があった。けれど、僕が殉ずるべき正義を僕は持ち合わせていなかったし、また金銭や権威というのも僕を取り巻く苦悩に比較すれば大して関心も持てなかったから、僕は誰にでも眠っているような、些細な攻撃性と嗜虐心を満たすことを動機にするほかなかった。つい数日前までは悪逆非道の限りを尽くした輩が、肺を酸に焼かれて陸で溺れるように窒息死する様や、生きたまま抜かれる臓腑を目の当たりにしたときの小鹿のような怯えは、いつ見て痛快で愉快だった。思う存分笑って、それに伴う嫌悪と恐怖の目は見ないふりをする。

 

「うわ、性格終わってんね」

「割とマジで僕もそう思うけど、初任務の初日にそれ言う君も相当なもんだと思うよ」

この会話から後々友人になるとか想像もつかないに決まってるじゃないか。

 

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