泡沫

ページ名:泡沫

 

とめどなく水量を増すその荒波を前に、僕にはもうなにもできないとばかり考えていた。恐怖心と狂気を切り捨て、潜夢士としてのエゴを切り捨てた自分を生まれて初めて呪った。だが、幸運にも一つだけ。手段は残されていた。僕は彼女との契約に同意し羽を得て、悪夢の中へと潜り込んだ。深く、深く。魂が溶け合って、肉が置き換わり、精神が捻じ曲がるのを感じる。悍ましい、吐きそうだ。だが、止めることはない。僕はもうそれを恐れないことにしたのだから。

大規模な水流は夢現領域の顕現だ。世界の一部を切り取って、縫い合わせようとしている。純粋な願望であったとしても、それを世界は許容することができない。夢からは、覚めないといけない。無限に潜航する時間と水圧の感覚を覚えながら底へと沈んでいく。

 

辺りを見渡す。一面暗闇で、人の気配はおろか、転がる石ころの一つも感じられない。怖い。

「……」

「おや、迷子かな?」

高くて落ち着いたその声とともに、ポンと肩を叩かれて不意に飛び上がる。振り向き見るまい、とか。せめて心構えを、だとか。そういうことを逡巡する間もなくそれは目に飛び込んで来る。

幸いにも、その姿は怪物ではなく線の細いゴシックドレスの少女のものだった。

「あっ……あなたは誰?ここはどこなの!?」

戸惑いながら問いかけたら、にんまりと口角を上げて彼女は笑う。

「あなたのしんゆ………」

「絶対違う!!!」

「あはは、食い気味。」

「まともに答えてよ!」

「そうだね、うーん、そうだな……。ここは悪夢だよ。で、私は悪夢に訪れる旅人。ゴシックにロマンチックでしょ?」

非合理だと思った。けれど、今私が置かれている状態のほうが不条理だから、受け入れたわけじゃないけれど、

「……睨むのはやめてよぅ。ありえなーい、って思うのはわかるけど。ほら、明晰夢って知ってる?」

「そういうの。今貴方の意識は悪夢の檻に閉じ込められてる。そうでもなきゃ、説明付かないでしょ?」

……とりあえず、そういうものとしてじゃないと話が進まないと思って乗ることにした。

「ありえない。……けど、じゃあ目が覚めたらここから出られるのね?」

「そうだよ。ただ、この夢は普通じゃない。心当たりとかないの?」

「あるわけない!」

「そっか。それは困ったな。……それじゃあ、このままだと二度と覚めないだろうね。」

「そんな……」

「まあそう気落ちしないでよ。話し相手にはなるし、それに、私も原因探し手伝うからさ」

「……今までの会話であなたに信用する要素があると思う?」

「辛辣すぎて泣いちゃいそう。これでも嘘は一つも吐いてないのに」

「でもいいの?こんな暗闇に永劫独りぼっちは相当堪えそうだけど。私はキツいから相手してほしいな?」

「…………」

こんなでも、確かに、ただ一つこの空間で私以外の存在だ。どうみても罠だったとしても。

「よかったよかった。ところでお互いなんて呼ぼっか。私はリューちゃんでいいよ、君は?」

「絶対に教えない。それと、必要以上に近寄らないで」

「そっか。まあ、じゃあ……君に質問。」

「次はなんなの?」

「暇潰しの問題だよ。正解はないから、あくまで君の答えが聞きたいだけ。」

「……いいよ、とりあえず出題して。」

Q『幸せな夢で死ぬか、幸せじゃないかもしれない現実で死ぬ、どちらがいいだろう。』

「こんな状況でこんな問題出すの……?」

「こんな状況だからふと思い出しちゃったんだよね。……うっわすごい顔。」

「……仮に、その幸せな夢が夢と気づかないなら……それでいいのかも。少なくともこの無間地獄よりはずっと。」

「わかる。」

「それに私の感じている現実だって、夢なのかもしれない。確かめる手段なんてどこにもないんだし」

「」

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