hello

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「うまいか?」

「うん!銀ちゃんも食べなよぅ」

「そりゃあよかった。……俺はいいよ、甘いのは苦手なんだ」

「えー。せっかくなのに勿体ない、ほんっとに勿体ないなぁ」

「おいおい、お喋りはいいが落ち着いて食えよ。服に食わせたって仕方ねえだろう」

「それは━━」

食器の扱い方がまだ拙い上に欲張った切り方をするもんだから、端の崩れたところからポロポロとこぼれていく。せっかくだとか言うんなら、お前も丁寧に食えよとかなんとか思わなくもない。仮にも300年生きてきたって言うくらいなのだから。……なんだか喉に刺さった小骨のような違和感がある。正体不明の、やり切れなさというか、怒りというか。相も変わらずピーチクパーチク喋ってくるのを適当に相槌打ちながら、ぼんやりと考えごとに耽る。答えは案外すぐに出た。

 

(ああそうか。300年生きてきても、箸が覚束ないくらいしか食事というものをしていないのだ、こいつは。)

俺が買い取った廃神社の倉庫でクマムシみたく休眠していたこいつは、江戸時代のある百姓の生ける夢だった。そして、こいつが飢えず疲れないからと、そのクソ野郎は食わせることも休ませることもなく下人のようにこき使い続け、終いには化物と疑って殺そうとし、逆に殺されたのだという。神社を引き取るときに聞かされたときはそういう伝承があるのだな、くらいにしか思わなかったが、本人の口からそれを裏付けられたときは、強い憤りを覚えたものだ。

だからこそ、例え生きる上では無意味なものだとしてもこうして今、人並みの生活を送らせようとしたわけで……だから、こいつにそういう『後遺症』の片鱗が見えるごとに、怒りが蘇って……。

「ねぇ、ちゃんと聞いてる?」

「……悪い、考え事してた」

ふと、目のまん前で手をひらひらと振られてるのに気づいて、意識が思考から現実へと引き戻された。

「ねえ、それって何か悩み事?……銀ちゃん、今すっごく怖い顔してたよ」

「ああ、いや、帳簿のことだ。今月も火の車だしなあ、お前にも協力してもらわねえと首が回らねえな?」

勘付かれると余計に気を遣われそうで、怖くて、癪だったから。おれは適当に誤魔化すと風呂場に逃げ込んでしまった。

 

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