僕は何度も生まれては死ぬを繰り返している。
これは輪廻転生か、いやそんな暖かいものではない。むしろ課された地獄のような何か。
前回は6匹の山羊を丸呑みにした後、腹を裂かれて池の中で溺死した。肺の中まで水が満ちる苦痛と恐怖が今も消えない。
前々回は赤い頭巾の子供を食った後はやはり池の中。その前は豚を1,2匹食ったあと、煮え湯の中でスープになった。
毎回生まれたときには、大きな口と鋭い牙を持っていて、どこにも親どころか同種もいない。名前もない。
ただ暴れて食って、そっからくたばるだけだ。毎回これで終わったら楽なのにと願うが、どこかで目が醒める。
今もまた目が覚めてしまった。
全身に水滴が打ち付け、身体はちくちく何かに刺されるのを感じるから、きっと今回は雨の降る森か山だろう。
暗がりを這う。途中混じり刺す茨で前足も後ろ足もじくじくと痛むが、むしろ飢えを紛らわせてくれて都合はよかった。
乾いた喉は雨で潤せるが止んだが最後だ。最低限水場にはありつきたい、獲物だってそこに居るかもしれないのだし。
どれくらいの時間が経ったのかはわからない。けれど、視界が霞み出した頃にはなんとか湖に辿り着いことはできた。
試しに一口、と口をつけようとしたところで、月明りが照らす水面に映る自分にふと気が付いた。
そいつは裂けたように大きい口がない、湿った鼻先も、鋭い牙も、耳は真横で、目は正面にある。
生まれ変わる度に確かに僕は少しずつ違う、だがこんなのは初めてだ。というか、これは人間の面だった。
思わずほくそ笑んだ。これならもっとうまくやれるに違いない。前足を上げて、直立する、そのまま歩く。
そうして夢中で練習していると、後ろから誰かが肩を触れた。
「雨だというのに、こんなところでどうしたんだい?」
欺いていたから欺かれるのが怖いんだ。彼らは最初から今に至るまでずっと、ずっと僕に優しくしてくれてたのに。
「けものは居てものけものは居ない」信じるんだ、僕をみんなが信じてくれてた分だけ。
それが例えどんな経過を経て、最後はいつもみたいにくたばるとしても、次の目覚めはきっとよいものになるだろう。
息を殺して廃材を掴む。
立ち上がる。
鉄パイプに柄頭を突き刺した即席の‘‘マスターキー‘‘を振るう。扉は弾け飛んで開錠される。
勢いをそのままに飛び込んで、腕を思いっきり引っ張り上げて放り投げた。あいつが僕にしたみたいに、僕もあいつに。
ああ、こんなことをするのは前々回に死んだぶりだろうか。
「なあ坊や。君がまだ小便垂れだった頃、母親から読み聞かせられたことはない?」
「『わるいこのところにはこわくてわるいオオカミがやってくるぞ』」
向き直って僕はもう一度‘‘マスターキー‘‘を構えた。
コメント
最新を表示する
NG表示方式
NGID一覧