嵐が丘

ページ名:嵐が丘

登録日:2019/02/26 (火曜日) 06:17:19
更新日:2022/02/24 Wed 02:00:31NEW!
所要時間:約 24 分で読めます



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エミリー・ブロンテ 世界の三大悲劇 世界の十大小説 名作 嵐が丘 復讐 悲劇 愛憎劇 文学



嵐が丘』とは1847年に出版されたエミリー・ブロンテの長編小説。
原題は『Weathering Heights』


ちなみに著者の姉は『ジェーン・エア』などで有名なシャーロット・ブロンテ。


ジャンルは一応愛憎劇もしくは復讐劇……なのだが復讐者であるヒースクリフの執念が凄まじすぎて、おそらくそのジャンルでは収まりきらない作品になっている。
というかジャンルについては未だに決まり切っていない問題。


イギリスの田舎に立つ屋敷『嵐が丘』を舞台にした『アーンショウ家』と『リントン家』2つの家がもたらした悲劇が登場人物の生々しい感情とともに描かれる。


あらすじ


自称人間嫌いのロックウッドは都会生活に疲れ田舎の「スクラッシュ・クロス」と呼ばれる屋敷に移り住むことにした。
大家が住んでいるという「嵐が丘」に向かったロックウッドだが、そこに住む住人たちは何故か奇妙な冷え切った関係だった。
興味を持ったロックウッドは家政婦のネリーに嵐が丘の過去を聞く。


登場人物


・ヒースクリフ
『嵐が丘』の主人公。そして稀代の復讐者。クールで無愛想な性格。
孤児であったが、ひょんなことから出会った当時の嵐が丘主人(キャサリンたちの父)に気に入られ、養子として暮らすことになる。
嵐が丘では無愛想さから他の住人からはよく思われていなかった。特に長男のヒンドリーからは本気で嫌われている。主人の寵愛を受けて何とか暮らしていき、そんな彼にも仲良くしてくれていたキャサリンのことを大切に思っており、恋をしていた。
だが主人が亡くなって生活は一変する。自分を嫌っていたヒンドリーによって下働きを強要され、徹底的に虐められる。
それでもキャサリンとは裏で愛し合っていたのだが、彼女はひょんなことから隣の家の上級階級であるリントン家の長男エドガーと結婚してしまう。
そして絶望の中嵐が丘から失踪する。だが数年後にエドガー並みの裕福な紳士となって帰ってきた。そして財力に物を言わせた彼の復讐が始まる。
復讐者となった彼は復讐相手に屈辱を与えながらアーンショウ家とリントン家の全てを自分のものにしてしまう。さらにそれだけではとどまらず彼らの子供たちにも復讐の手を伸ばしていく。その異常なまでの執念はまさに復讐者
復讐に燃える苛烈な性格、というだけでもなくエドガーに屈辱を与える&リントン家を乗っ取るためだけにその妹を口説きセックスをしたり、本気で完遂させようとすれば何十年もかかる計画を平気で行ったりと妙に冷静な一面もあり、何かと不気味な人間。
ただキャサリンについては未だに想うところがあるらしく、復讐相手の中では唯一直接手を出していない(まあ彼女の死には確実にヒースクリフが関わっているが)など変に人間臭い一面もある。
復讐だけでは割り切れない感情も彼の魅力だろう。


・キャサリン
ヒロイン。嵐が丘の主人の娘。愛称は『キャシー』
良く言えば天真爛漫で無邪気な性格。悪く言えば電波。ぶっちゃけ彼女の思考回路はヒースクリフより難解で分かりにくい。
そのつかみどころの無さすぎる性格や思想は間違いなくただでさえややこしい『嵐が丘』という作品をさらにややこしくした。ある意味本作の元凶。……悪気は無く、本人なりの善意の結果、悲劇を呼び寄せたというのが恐ろしいところ。まあ余計たちが悪いとも言えるが。
天真爛漫な性格だけあって無愛想なヒースクリフにも明るく接していき、いつしかヒースクリフも心を開くようになっていった。そしてそれはヒースクリフが下働きの身分に落とされても変わらなかった。
しかしひょんなことから上級階級リントン家に数日滞在したことで運命が大きく変わってしまう。


・ヒンドリー
アーンショウ家の長男でキャサリンの兄。
典型的な三下小物であり生意気で無愛想なヒースクリフのことを嫌っている。嵐が丘の主人が亡くなり新たに当主となってからはヒースクリフを下働きに降格させて徹底的に虐め倒している。その姿はまさに小物。
登場人物たちの中では最も早く結婚している。フランシスという名の女性でヘアトンという子供をもうけそこそこ幸せに暮らす……はずだったが奥さんは病気で早死にしており、それ以来酒浸りの生活を送っている。完全に酒に身体を蝕まれており狂人のような妄執に憑りつかれいきなり癇癪を起したり病気がちだったりする毎日。


・エドガー
リントン家の長男。キャサリンに言わせればヒースクリフとは対照的な人物。
ややヘタレなところがあるが基本的に紳士的で教養のある男。要するに本作でも数少ないまともな人間。
ひょんなことから出会ったキャサリンの真っ直ぐさや天真爛漫さに惚れて彼女にプロポーズをする。そのまま彼女と幸せに暮らすはずだったのだが復讐鬼・ヒースクリフに目をつけられたことでその生活は崩れていく。
常識人であったということもあって本作で一番悲惨な目に遭った人。妻は早死にし、妹は寝取られ、跡継ぎは生まれず、本人も失意の中で病死するなど本当に碌な目に遭っていない。言い換えればヒースクリフの復讐が成功しているともいえるが。


・イザベラ
リントン家の長女でエドガーの妹。
お嬢様気質でやや世間知らずな一面があり、失踪してから戻ってきたヒースクリフに惚れ、エドガーたち周囲の反対を押し切って彼と共に駆け落ちする。……ここで男を見る目が無かったのが彼女の最大の不幸だろう。
もちろんヒースクリフはイザベラのことが好きで結婚したはずもなく、駆け落ちした後は彼女を虐待し続けていた。というか結婚したのはエドガーに屈辱を与えるためである。
しかし何故か肉体関係は結んでいたらしく、ヒースクリフから逃げた後に出産している。
リントン家に帰ってきた時には虐待の影響か以前の面影は消え、狂気的な人格になっていた。


・キャサリン・リントン
エドガーとキャサリンの娘。本作屈指の萌えキャラ
名前が同じとややこしいので親の方を『キャサリン』娘の方を『キャシー』と呼ぶ。
キャサリンが病死してしまったため月足らずで生まれて来てしまった少女。なのだが(多少体の弱いところはあるが)母親の生き写しとでも言うような無邪気で天真爛漫な性格でありネリーたちを困らせている。ただし電波なところはあまり受け継いでいない。まあ受け継がれても困るが……。
父にヒースクリフの恐ろしさを教えられても「ちょっと嘘をついたりする」くらいだと思い込んだり、ヘタレ全開のリントンを見捨てずに一緒に遊んであげたりする姿は基本的に救いがない本作における数少ない癒し。


・リントン・ヒースクリフ
ヒースクリフとイザベラの息子。
それにしてもイザベラは何を考えて息子の名前を自分の旧姓にしたのか……。
苛烈な復讐鬼であるヒースクリフのような面は殆ど受け継いでおらずヘタレなお坊ちゃま気質。好き嫌いが多かったり体力がなかったりとワガママな面が目立つ。イザベラに似たのだろうか。
上記のように非常に貧弱であり身体が弱く病気がち。ヒースクリフからは大人になるまで生きられるか怪しいとまで言われている。


・ヘアトン・アーンショー
ヒンドリーの息子。
普通の子供だったが父が亡くなった後、嵐が丘でヒースクリフと共に暮らすことになる。だがヒースクリフが過去に自身を虐待した男の息子をそのままで暮らさせるはずもなく、下働きに降格させ、さらに教養が一切身につかないようにしていた。そのためもうすぐ大人になるような年齢だが読み書きすらまともにすることが出来ない。皮肉にもその姿はヒンドリーに虐げられるヒースクリフに瓜二つである。


・ネリー
アーンショウ家に小さい時から仕えていたメイド。一応この作品の語り部。
語り部にしては珍しく、教養があまりあるとは言えず読者(及びロックウッド)に対して時折間違った情報を伝える。この性質は『嵐が丘』という作品そのものが当時賛否両論となるひとつの原因となった。
また語り部としてもメイドとしてもいろいろな意味でアクティブであり、内心キャサリンを嫌っていたり、ヒースクリフ虐めに参加していたり割といろいろなことをしている。
また何故かやることなすこと裏目に出ることが多く、ヒースクリフやキャサリンほどではないが『嵐が丘』を悲劇に導いた人物。


・ロックウッド
本作の語り部。非常にややこしいが本作の語りは「ネリーの語りを聞くロックウッド」というものになっている。
自称人間嫌いであり都会での生活に疲れ田舎の屋敷「スラッシュクロス」に住むことにした。その関係で近所に住むヒースクリフたちと出会い彼らに興味を持つようになる。


ネタバレを含む本作のストーリー


ある日出張から帰ってきた嵐が丘の主人が連れていたのは薄汚れた小さな子供だった。
話を聞くと出張先で出会った身寄りのない孤児であり、哀れに思った主人が自分の養子にしようと連れ帰ったのだという。主人はその子供を「ヒースクリフ」と名付けて自分の子供のようにかわいがるようになった。



最初こそ嵐が丘での生活になじまずにいたヒースクリフ。
だが無邪気に自分に対して話しかけるキャサリンに対しては最初こそ煙たがっていたが、少しずつ心を開いていくようになった。
でも、俺ってどこの子供なんだろう
ヒースクリフほど気品に満ち溢れた人も居ないわ。きっと中国の皇女様と、英国王様の隠し子だったのよ!
……この時代のふたりは本当に仲がよくほほえましい。



だがそんな穏やかな生活は長くは続かなかった。
病気がちになった主人は癇癪持ちになり、特にヒースクリフが不憫な目に遭うと実の子供たちの時よりも怒るようになっていた。ただでさえ気難しい性格で主人とキャサリン以外には良い目で見られていなかったヒースクリフは周りの住人にさらに厳しい目で見られるようになっていった。
そんなある日、ついに主人が亡くなってしまう。
そしてここからがヒースクリフにとって地獄の始まりだった。


父が亡くなったと聞いて大学暮らしであったヒンドリーが帰郷し、正式にアーンショウ家の当主となる。
そしてまず行ったことは前から生意気で気に入らなかったヒースクリフを召使いに降格させてただ働きをさせることだった。
もちろんこの家以外で暮らすすべを持っていないヒースクリフが逆らうことはできなかった。ただ働きをさせられたうえ過酷な仕事を強要され、虐められ続けたヒースクリフの精神は確実に壊れ始めていった。
少なくともこの生活は5年間続いていたようだ。


しかしキャサリンはそんなこと関係なくヒースクリフに愛情を注ぎ続けていた。ヒースクリフもそれを心の支えにし続けていた。だが二人の間に出来てしまった身分の差は確実にヒースクリフとキャサリンの間の壁となり始めた。


そしてある日上級階級リントン家の住む屋敷である「スクラッシュ・クロス」に忍び込んだキャサリンは犬に足を噛まれ、数日間そこで療養することになる。
帰ってきたキャサリンは無邪気さが少し抜け、お嬢様のような立ち振る舞いを覚えていた。元々呑み込みが早いタイプであったので覚えようと思えば覚えるのは簡単だった。しかもキャサリンはリントン家の長男であるエドガーと仲良くなっていた。
そんなキャサリンにヒースクリフは自分との差が出来たと焦りを覚えるようになる。


その間にもエドガーとキャサリンの交流は続き、逆にヒースクリフはヒンドリーの嫌がらせによってキャサリンに会いにくくなっていた。


そんなことが続く中、ある日キャサリンはネリーに相談を持ちかけた。



そうよ、悩んでいるのよ。だから話さずにはいられないの! どうしたらいいのか、教えてくれない? 今日、エドガー・リントンが結婚を申し込んできて、あたしは返事をしちゃったのよ。でも、まず承知したか断ったかを教えるよりも前に、どっちにすべきだったのか、言ってくれない?


キャサリンはエドガーからプロポーズされており、彼女はそれを受けていたのだ。


(中略)それに、この家の悪人の主人がヒースクリフをあんな低い身分に落としたりしなかったら、こんな結婚なんか、考えもしなかったでしょう。いまとなっちゃ、ヒースクリフと結婚しては自分をおとしめることになっちゃうわ。だから、あたしがどんなにヒースクリフを愛しているか、それは絶対に本人に教えてはダメなの。しかも、ねえ、ネリー、これはヒースクリフがハンサムだからではなく、彼の方があたし以上にあたしだからよ。魂というものが何でできているか知らないけど、彼の魂とあたしの魂は同じものなの。ところがリントンの魂は、月の光と稲妻、霜と火くらい違うの


ヒースクリフと結婚しても将来はない、流石の言葉に見かねたネリーは「ご自分が彼と別れた時のお気持ちを、考えたことがありますか。そしてひとりぼっちになってしまった彼のつらい気持ちを? いいですかキャサリン」とたしなめる。


しかしその言葉を聞きキャサリンが叫び返す。

ヒースクリフがひとりぼっちになるですって! あたしたちが別れるですって!
いったい誰が、別れさせられるというの? そんなことをする奴は、ミロの運命をたどることになるわ。あたしが生きている限り、別れはしないわよ。ネリー、どんな人のためだろうと。世界中のリントン家の人間が溶けてなくならないかぎり、あたしはヒースクリフを棄てるのを承知なんかしないわ。そんなこと、させるものですか。あたしにそんなことが考えられるものですか! 
そんな犠牲が必要なら、あたしはぜったいリントン夫人になんかならないわよ。あたしにとっては、ヒースクリフはこれまでとちっとも変わらない大事な人よ。エドガーには、ヒースクリフにたいする反感を棄ててもらわなくっちゃ。すくなくとも、彼を認めてくれなくちゃ。ヒースクリフにたいするあたしの本当の気持ちが分かれば、そうすると思うけど。
ネリー、お前はあたしを身勝手な女だと思っているでしょう。でも、あたしがヒースクリフと結婚したら、二人とも乞食になるしかないなんてこと、考えたことある? ところがエドガー・リントンと結婚すれば、あたしはヒースクリフの出世を助けてあげれて、ヒンドリー兄さんの支配から解放してやれるわ
(中略)この世であたしがあじわった、ひどく虐めないろいろな思いは、すべてヒースクリフそのものだったのよ。そしてあたしは、その一つ一つをはじめからじっと観察し、その感情を味わってきたの。あたしが人生で大切に思っていたのは、ヒースクリフだったの。たとえ他の者はみんななくなっても彼は消えないし、あたしも永久に消えないわ。またほかの全てがのこっていても彼が消えてしまったら、宇宙は巨大な、あたしとは無縁の存在になってしまうでしょうね。
(中略)エドガーに対する愛は、あたしにはよくわかっているのよ。森の木の葉みたいなもので、時と共に変わるでしょう。冬が来れば木の葉が変わるみたいに。ところがヒースクリフにたいするあたしの愛は、土に埋もれた永遠の岩みたいなものなのよ。
(中略)ネリー、あたしはヒースクリフなのよ。彼はいつでも、どんなときにも、あたしの心の中にいるの。べつによろこびではないわ。あたし自身が自分にとっていつでも喜びではないのと同じで。そうではなくあたし自身なのよ。だから、あたしたちが別れるなんていう話は二度としないで。そんあことはできないんですもの




『嵐が丘』という作品を象徴する言葉である。そしてキャサリンが電波扱いされる理由である。


確かにキャサリンはエドガーのことを愛している。だがそれ以上にヒースクリフのことを愛している……というかそういう言葉を超越した自分の半身であると信じている。
だからエドガーと結婚してもヒースクリフと別れることはないし、むしろリントン家の財産を使うことによって、彼を救うことができると信じているのだ。


もちろんこれはエドガーにとっては失礼極まりない話であるし、ヒースクリフもそう簡単に納得できるものではないだろうから、言ってしまえば彼女の判断は褒められたものでもない。しかもキャサリンはそういうことに無頓着であるのか普通にエドガーとの子供を産んでいる。


そしてこの日の夜、嵐が丘でひとつの事件が起きた。
なんとヒースクリフが失踪してしまったのだ
しかも最悪なことに「ヒースクリフと結婚しては自分をおとしめることになっちゃうわ」という部分だけを聞いて。
エドガーという勝ち目のないライバルがいた上に、キャサリン自身の言葉で敗北者であることを突き付けられてしまいヒースクリフの精神はもう限界を迎えていた。
……せめてキャサリンのヒースクリフに対する想いを聞いていれば、少しはマシな展開を迎えていたかもしれない。


ちなみにネリーはキャサリンの言葉を聞いて、ヒースクリフが彼女に気が付かれないように出ていこうとするのを普通に見ていた。ネリーェ……。


そしてヒースクリフが消えて3年が経過した。
キャサリンは少し後ろ髪を引かれるような想いでありながらも、エドガーとそれなりに仲良くやっていた。


そんなある日また事件が起こる。
なんと失踪していたヒースクリフが嵐が丘に帰ってきたのだ
しかも昔の面影はなく、莫大な財産を手にしていた。
ヒースクリフ、あなたその格好どうしたの?
実は俺は中国の皇女様と英国王様の隠し子だったんでね。彼らから財産を頂いたんだ


ヒースクリフが戻ってきたことを無邪気に喜ぶキャサリン。
だがヒースクリフが帰ってきた目的は、自分から全てを奪ったものたちへの復讐だった。


手始めにヒンドリーの元へ向かう。
彼は妻を亡くしたショックから酒に心も体も蝕まれ、勝てもしない賭けに溺れる毎日だった。
そこにヒースクリフは言葉巧みに誘導し、彼に賭博を申し出る。殆ど頭の回らないヒンドリーが勝てるはずもなく、ヒースクリフは彼の財産の全て、つまり嵐が丘そのものを乗っ取ってしまった


そのころリントン家でも問題が起きていた。
イザベラがヒースクリフに恋をしていた。
エドガーはヒースクリフを嫌って、キャサリンはヒースクリフが好きゆえに、それぞれイザベラを止めようとする。特にキャサリンとイザベラは顔を合わせるたびに口喧嘩になるという険悪な関係に陥っていた。
またエドガーも疫病神のようなヒースクリフを本気で嫌うようになり、キャサリンに別れるようにと忠告する。
もちろんキャサリンにそんなことが出来るはずもなく、苦悩するようになる。


そしてキャサリンは精神に異常を来すようになり、部屋に引きこもり、食事はほとんどせず、「死にたい」「死にたくない」を日ごとに繰り返すような毎日を送っていた。
そのうち無理がたたったのか重い脳炎になってしまう


そのあわただしさをチャンスと見たのか、イザベラがヒースクリフと共に駆け落ちする
だがヒースクリフが嵐が丘に戻ってきたのは復讐のため。
イザベラを愛すはずもなく、虐待を続けていた


ある日、ネリーがヒースクリフの元へキャサリンからの手紙を届けに来る。
キャサリンはもう殆ど虫の息であり、今度エドガーが出かけている隙に会いに来て欲しいというものだった。
半狂乱になり、私はエドガーと貴女に殺されるようなもの、とヒースクリフを糾弾するキャサリン。
ただそれを受け止めるヒースクリフ。
エドガーが帰宅しても二人はまだ語り合っていた。そしてついにキャサリンの意識が途絶える。
悪魔でなければ、まず彼女の看病をしろ。俺に何か言いたいんなら、それからだ


その日の夜、キャサリンは亡くなった。


なんだと、あいつはどこまでも嘘をついていたんだな! いまはどこにいる! あそこじゃない、天国じゃない、肉体は滅びちゃいない、どこなんだ? 何たることだ、お前は俺の苦しみに何か関心はないと言った! だから、おれは祈りをひとつ捧げるぞ、それが舌がこわばっちまうまで繰り返すからな、キャサリン・アーンショウ、俺が生きているかぎり、お前が眠らないように! お前は俺に殺されたと言ったが、それならおれに憑いて離れるな。殺された人間は、殺した人間に間違いなく憑く。俺は信じている、この地上にはさまざまな亡霊がさまよっていることを。いつまでも、俺から離れるな、姿はどうでもいい。おれを狂わせてくれ、ただ、おれを、お前がいないこの谷に放り出すのはやめてくれ! おお、神よ! こんなことが言葉になるものか! おれは命無しでは生きていけない! 魂なしでは生きていけない!


ヒースクリフは半狂乱になって叫ぶ。半身を失った男の叫びだった。


そしてそしてキャサリンの胎内の赤ん坊は未熟児としてだがかろうじて助かり「キャサリン・リントン(キャシー)」と名付けられた。
キャシーはキャサリンの忘れ形見としてエドガーに大切に育てられることになる。


そして同時期、妹の後を追うようにして兄のヒンドリーも亡くなる。
実質的に嵐が丘の主人となったヒースクリフは、同居人でヒンドリーの息子のヘアトンを下働きとし、教養を得られないような生活にした。
それは過去のヒンドリーとヒースクリフと同じ構図だった。


その間イザベラはヒースクリフから逃げるようにして、彼との息子であるリントン・ヒースクリフを生んだ。
イザベラは十数年後に亡くなり、リントンはエドガーに引き取られるはずだったが、ヒースクリフは無理矢理嵐が丘で彼を育てることとした。



それからの13年間は非常に平和だったが、ある日キャシーがエドガーのいいつけを破り嵐が丘に向かっていってしまう。


自分の知らない過去の因縁に興味を持ちはじめるキャシー。
彼女は粗野で教養のないヘアトンを嫌い、どちらかと言えばお坊ちゃま気質かつヘタレなリントンを気に入るようになっていった。
ヒースクリフもふたりの付き合いを勧めていた。


もちろんヒースクリフがタダで勧めるはずもなくそこには復讐のための裏があった。
それはリントンとキャシーを結婚させることだった。エドガーは妻を亡くしたショックで身体が弱くなり、殆ど先の短い人生だった。その状況でリントンとキャシーを結婚させることが出来れば、リントン家の財産は実質的にヒースクリフが受け継ぐことが出来る
そうすればヒースクリフはアーンショウ家とリントン家、自分から全てを奪ったふたつの家から逆に全てを奪い返すことが出来る。
もともとヒースクリフにとってリントンは気が弱く頭も悪い出来損ないに過ぎず、愛はなく復讐のための道具に過ぎなかった。


だがエドガーが衰弱しているのと同じように、リントン自身が虚弱体質であり、そもそも20歳まで生きられるのかが怪しい状態だった。
さらにリントンの体調が悪くなっていることにキャシーは気が付き始め、嵐が丘にあまり来なくなってしまう。


流石に焦り始めたヒースクリフ。彼は強硬策を取る。
それはキャシーを監禁し、脅迫することだった
珍しくリントンのためにお見舞いに来たキャシー(とネリー)を嵐が丘の一室に監禁する。


ヒースクリフの企みを知り、母親譲りの気丈さで彼に悪態をつき続けるキャサリン。
しかしこのまま監禁され続ければ父の死に目に会えない(この時点でエドガーは死にかけている)ことへの恐怖や、リントンへの同情心から結婚を了承してしまった。


そのころエドガーはヒースクリフが何かを企んでいることに気が付き、財産をキャシーの自由になる形で遺さず管財人にゆだねて彼女が生きていくのに困らないように遺書を書き換えリントンに財産が渡らないようにしていたが、だがそれすら計算済みのヒースクリフが弁護士を買収していたために遺書は書き換えられなかった。


なんとか嵐が丘から脱出しエドガーのもとに帰ってきたキャシー。
ふたりは短い間対面したが、エドガーはすぐにこと切れてしまった。


私は、あのひとのところへ行くよ、愛しいお前も、あとからおいで


これがエドガーの最後の言葉になった。


こうしてヒースクリフはアーンショウ家とリントン家の全てを掌握した。
しばらくして、リントンも病死した。


だがヒースクリフの復讐はまだ終わらない。
キャシーとヘアトン、アーンショウ家とリントン家の血を受け継ぐ人間はまだ存在しているのだから。
身寄りのないキャシーはヒースクリフたちと共に嵐が丘で暮らすこととなる。
キャシーは強い心でヒースクリフに立ち向かうことを決意する。


こうしてネリーの長い話は終わった。
ロックウッドはしばらくスクラッシュ・クロスに住んでいたが、結局田舎の生活も面倒くさくなり都会に帰ってしまった。
そしてロックウッドがスクラッシュ・クロスに来てから1年が経過しようという時、彼は契約終了の旨を伝えるためヒースクリフに会いに行った。


しかし嵐が丘にヒースクリフはいなかった。
そしてロックウッドはネリーから衝撃的な事実を知らされる。
それはヒースクリフが死んだということだった。


きっかけは些細な口喧嘩だった。


実質的な軟禁生活を送り、ヒースクリフを倒す手段もなく鬱屈とした生活をしていたキャシー。
ある日彼女はヘアトンに興味を持ち始める。
同じ家に住む下働きでありながらあまり知らない相手であるヘアトン。そんな彼にキャシーは(少々失礼なことを言いながらも)様々なことを話しかける。
荒んだ生活をしていたヘアトンは最初こそそれを煙たがっていた。
だがそんなヘアトンにも話し続けるキャシーに、わずかだが態度を軟化させていく。
作中屈指のニヤニヤポイント。


そうして交流を続ける中、キャシーはヘアトンのあまりの教養の無さに驚かされる。
まあそうなるようにヒースクリフが育てたのだが。
キャシーは少しずつヘアトンに勉強を教える。


もちろんヒースクリフには反対されたので、彼に見つからないようにこっそりと。
ヘアトンのあまりの覚えの悪さに悪態をつくキャシーと、それに反論するヘアトンだがふたりは確かに楽しそうだった。
それは若き日のヒースクリフとキャサリンの二人に似ていた。


だがある日、偶然ヒースクリフは勉強に励む二人の姿を見つけてしまった。
何か言おうとするヒースクリフ。だがヘアトンにじっと見つめられると戦意をそがれたように言葉を失い、キャシーに部屋から出ていくように言っただけでそれ以上は何も言わなかった。


お粗末な結末じゃないか


ヒースクリフがぽつりとつぶやく。
そして彼は初めて、自身の心中をネリーに語った。


ヒースクリフにとってキャサリンとは世界の全てであり、それゆえに彼にとっては世界の全てがキャサリンを思い出させるものだった。
ヒースクリフにとってこの世界はかつてはキャサリンが存在したのにそれを失ってしまったことを知らせる恐ろしい記録そのものだった。


だから(復讐の気持ちがあったにせよ)アーンショウ家とリントン家はキャサリンを強く思い出させるものであり、その全てを壊してしまいたかった。
教養を身につけたヘアトンの顔つきは、まさしくキャサリンそのものだった。


しかしすべてを壊し続けてきた結末は、それでもリントン家であるキャシーとアーンショウ家であるヘアトンの間に愛がはぐくまれてしまうという「お粗末」なものだった。


この日からヒースクリフは少しずつ変化していく。


妙に機嫌が良くなりあれほど嫌っていたヘアトンに対しても殆ど癇癪を起さなくなった
反比例するように顔色は悪くなり続けた。
また深夜に出かけたり絶食を始めたりと奇行をするようになっていた。


そしてヒースクリフは絶食を始めて4日目、部屋で眠るように死んでいた
これは自殺したのかもしれないし、彼に憑いていたキャサリンの魂がヒースクリフを連れていったのかもしれない
そして今度はヒースクリフを殺したキャサリンが憑かれる番かもしれない。


こうしてヒースクリフが死んだことによりアーンショウ家とリントン家の財産はそれぞれヘアトンとキャサリンの元に戻った。
2人は今後結婚する予定であるらしい。


そしてロックウッドはこの静かな土地で静かに眠れない亡者が存在すると誰が想像できるのか、と考えながら嵐が丘を後にした。




評価の変遷


イギリス文学の中でも当時結構評価が割れたことで有名な作品。酷い時には「最悪の構成」とまで言われていた。


評価が割れた第一の理由としては登場人物の個性が強すぎたこと。
登場人物の個性を楽しむ、という文化が現れたのは結構最近のことであり、19世紀ではまだ登場人物というものは言ってしまえば物語の筋を展開させるための舞台装置に過ぎなかった。その状況で天真爛漫だが電波なキャサリン、粗暴だがツンデレ的な優しさを持っているヘアトン、そして執念だけで生き続けているヒースクリフなど、本作は結構個性の暴力である。特に復讐のためなら倫理観なんてお構いなしのヒースクリフのキャラクター性はインパクトが強く、当時のイギリスでは到底受け入れられやすいものではなかった。
ついでに登場人物全員に見受けられる演劇のようなポエミーな台詞も批判されがちだったらしい。
要するに登場人物の心理が生々しすぎた。


第二の理由は構成があまりにもややこしかったこと。
この項目では分かりにくいが、本作の大半は「ネリーがロックウッドに嵐が丘の過去を伝える」という構成になっている。そのためネリーの語りから読者に対して情報が伝えられていくのだが、言ってしまえばネリーは頭のいい方ではない。
知識もあまりなく、物事を偏った見方をするために読者に対して間違った情報を伝えることがしばしばある。アクロイド殺しなど信用できない語り手が常識としてある現代であれば比較的受け入れやすいものだが、19世紀前半にやるものではない。アクロイド殺しが1925年に出版されたものだと考えると『嵐が丘』がいかに時代を先取りしていたかが分かるだろう。


ついでに作者のエミリー・ブロンテが『嵐が丘』を出版したほぼ直後に亡くなっていることも評価が別れる原因となった。


ちなみに20世紀に入ってからはW.S.モームの選んだ『世界の十大小説』のひとつに選ばれるなど評価はかなり高まっている。
もっともモームも評価する一方で若干詰めが甘いことを手厳しく貶していたりもするのだが。


ついでに世界の三大悲劇のひとつにも選ばれている。
選ばれた理由は『嵐が丘』が閉じた世界観であるから。
というか三大悲劇はそれが理由で選ばれている。
『嵐が丘』はネリーが語り部であるために、嵐が丘の外で起きている出来事については一切触れられない。ヒースクリフと嵐が丘主人の出会いも、ヒースクリフがどのようにして財産を稼いだのかも一切触れられない。
嵐が丘という狭い世界観だけで完結している物語であると言えるだろう。
閉じた世界観であるために外部の存在は干渉することが出来ず、そのため悲劇が起きてしまう……というのが世界三大悲劇の考え方。


余談


☆また批評の際によく言われているのが、アーンショウ家とリントン家の家系図がきれいな線対称を成しているということ。
エドガー=キャサリン
ヒンドリー=イザベラ
ヒースクリフ=ヒンドリーの奥さん
ヘアトン=リントン
という感じ。


☆なんと7回も映画化しているのだが、何故か大体失敗している。特に初回である1939年版は何を思ったのか、第二世代編をカットし全編ヒースクリフとキャサリンのメロドラマにするという大胆な改変をしている。
ちなみに日本でも和風にアレンジされた映画版を制作している。結構面白い。




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  • 松田優作主演の和風の奴は妙に色のある作品だったなあ 和装の性癖を植え付けられた作品の一つだわ -- 名無しさん (2019-02-26 09:51:39)
  • 初めて読んだのが新潮社の奴だったからか、ただでさえ難解な内容がマジで意味不明だったわ。その後集英社のを中古で見つけて読んだらがっつりはまったけど -- 名無しさん (2019-02-26 10:44:13)
  • 余談の線対称の部分は、自分で家系図書いてみると、言わんとしていることがわかるけど、こういう順番で縦に並べられると、よく分からないな -- 名無しさん (2019-02-26 13:21:16)
  • 結局は自分で自分の何もかもを自分で台無しにしたバカな男の末路である -- 名無しさん (2019-02-26 14:52:54)
  • 「ヒ・ー・ス・ク・リ・フ!」(手旗信号版) -- 名無しさん (2019-02-26 15:13:09)
  • 母親と同じ名前&母親の旧姓と同じ名前と、子世代がややこしすぎる・・・ -- 名無しさん (2019-02-26 15:22:19)
  • ワザリングハイツさん -- 名無しさん (2019-02-26 16:41:39)
  • ここまで複雑なストーリーをよく建て主は短い文章の中に纏められたな… -- 名無しさん (2019-02-26 17:30:52)
  • 1939年版映画の主人公ヒロインの役者が仲悪かったのが理由で結果的にヴィヴィアン・リーが風と共に去りぬの主人公役に決まるという -- 名無しさん (2019-02-26 18:49:23)

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