Time After Time

ページ名:Time After Time
【作品名】Time After Time
【元スレ名】ここだけ世界の境界線


銃声に眼を閉じる。口に含む酒の風味は、酷くシケたものに感じられた。
遠くから下卑た笑いが聴こえてくる。殺し、戦い、死ぬ為だけに歩く兵士達による無意識下の挽歌か。
燃え盛るスクラップヤード。死者の嘆きと伸ばされる手には眼もくれず、ソーマタージは一人自室で酒を呷る。

「──────よっ、元気?」
声が聴こえた。どこか懐かしく、頭の中を掻き回す不愉快な明るい声が。
振り返らなくても声の主は解ってる。何の脈絡もなく現れ、彼の意識を掻き乱す者だ。
「……失せろ、この野郎」
「ありゃりゃ、何か不機嫌そう…。どうかした?ボクで良ければ聞いてあげるよ」

ギリリ、と鋭い歯が噛み合わせられた。怒りが一瞬でソーマタージの頭を温め、身体を追従させる。
振り向きざまに投げられるまだ酒の入ったグラス。顔にブチ当たり中身と破片、血を散らすはずだったそれは、背後の人物の顔面──────貌の無い、トンネルじみた空洞をすり抜けて壁に当たった。
「危な…っ!いきなりなにするのさ!?顔はやめてよ」
「黙ってろ!そのツラ以外挽肉にしてやろうか!」

普段は飄々とし、気紛れで好意と殺意をコロコロと写すソーマタージの顔。その顔は今や、宿敵と相対したかの様に揺るぎの無い敵意に歪んでいた。
「何度も出てきても無駄だ!生憎と俺の頭の中はもう満員なんだよ、唐変木のカマ野郎!
 その産まれる前にタマ落として親父に犯されたみてえな面と全身引っ込めて犬に喰われておっ死にやがれ!」
ゴシックロリータに覆われた身体を指差して怒鳴り散らす。それでも、目の前の少年は困った様に頭を傾けて白い髪を微かに揺らすばかり。
「参ったな……。どうかした?流石にらしくないぜ、つば──────」
「その名前を!口にするな!!」


電光石火の速さで伸ばされた手が貌の無い頭を掴む。ギリギリと、握り潰してやろうかと力を込めたのに指が固定されたかの様に動かない。硬すぎる。
「何なんだ手前は!ズケズケと現れやがってデカい口は効く、人を小馬鹿にした様な態度はする、ふざけた考えに殉じやがる───!」

「何で───! 何でオレに殺されたのにそうしていつも通りに振る舞える───!」


♦︎

空いた手が金髪を掻き毟る。思い通りにいかず癇癪を起こす子供の様に。
歪んだ顔に浮かぶのは怒りだけではない。身を焼き尽くさんばかりの自責の念、後悔の波、終わらない疑問。それらが一緒くたになったものだ。
「───何でお前は、あの時オレを赦したんだ……!」
力無く膝を付き項垂れる。顔を掴んでいた手は高さが変わった事により、少年の両肩を掴んだ。

「──────君には君の……」
「それはもう聴いた、やめろ! その口を閉じろ!オレを憐れむのを止めろ!オレを赦すのを止めろ!
 お前の両腕をへし折った男をいつもみたいにからかうのを止めろ!お前の武器を砕いた男の身を案じるのを止めろ!お前の……お前の首を潰して血の泡に沈めた男を、これ以上気遣うのはやめろ!」
絞り出す様な叫び。それは最早怒号ではなく嘆願だ。
何故、何故こいつは袂を分かった自分の事を案じたのか。あの日以来、三橋翼にとってはそれが一番の苦痛だというのに。

「あの時……。信じていた筈の友達を殺して、あの学校を捨てて逃げたオレ達を、お前とその仲間は追ってきた。
 だから殺した。お前にとっては取るに足らない任務だっただろうが、オレにとっては生き延びる為に必要な行動だった!」
「怒れ!罵れ!理不尽にお前の同行者を殺したオレを恨め!
 死体も埋めずにお前をあの燃える村に棄てて行ったオレを呪え!」

最早人影は無い。土下座するかの様に蹲り、今にも泣き出しそうな声で三橋は叫び続ける
彼を覆うのは暗闇のみ。己を責め続ける髑髏も、視界の端から引きずり込もうと伸ばしてくるミイラの如き亡者の手も無い、塗り潰した様な暗闇。
「オレを…、オレを赦さないでくれ……。 それすらも叶わないのなら──────」


♦︎


「──────の記────にする───」
ノイズ混じりの声が暗澹たる暗闇から響いてくる。視線を向ければ、チューブトップの上から白衣を纏った小さな少女。その顔は闇に呑まれて輪郭すら見えない。
「───そうか。あの時、アンタは確かに見当たらなかったもんな。先生よ」
制服の袖で目を擦り、皮肉めいて口角を僅かに吊り上げる三橋。
深い微睡みの中、切り離した暴力性、深層意識の奥に封じ込められて尚、その声は彼の記憶を呼び覚ましていた。
「だから、オレは手にかけずに済んだ……」

「アンタをあの酒場で見た時オレは心底驚いたし、正直言えば嬉しかったよ。
 今やたった二人きり、同輩の輩というヤツだったからな。懐かしいのもあるし、過去が今オレを収穫しに来たって、裁いてくれるって思ってた」
椅子に座って周囲を眺める。二人を取り囲むのは、遥か頭上でゆっくりと回転する正方形を除けば薬品臭い空気とカーテンに隠されたベッド、薬の棚に書類棚。ありがちな保健室の空間だ。

「だがアンタは何をしてくれた?何一つ無い!! …勿論怒ってなどいない。オレの、身勝手な妄想だってのは、分かってるんだ…。
 いつかその時が来たら、きっと始末してくれると分かっているから。オレは、待つと決めたんだ……」
「─────ZZ───ZZWWWWWWWM──────」
振り上げた拳をその場で下ろして椅子に座り、力無く項垂れる。目の前の少女は相も変わらずノイズで聴き取れない言葉を発するのみ。
「しかしそれも果たされなくなった今、どうして生き続ける事が出来る?どうしてこの地獄を過ごせばいい?
 労働にしろ何にせよ、つらい事は必ず最後に終わりがあると分かっているからこそ続けられるんだ。その終わりも無くなった今、どうやってオレは生き続ければいい?」
「見ろ、この手だ。この手がお前の大切な人を殺した外道の手だ。恨めしいはずだ。
 この手だ。この手がそうまでして守りたかった者も守れなかった、役立たずの手だ。殺してやりたいだろ?殴ってくれよ!罰してくれよ!オレを!!」

「償う相手もいなくなり贖う事も出来ず、どうして生き続ける、どうしてオレが裁かれる?
 また意識を切り離した肉体の檻に押し込まれるのが罰だと言うのか?───何も知らない連中に囲まれて、ヘラヘラ笑って生き続けろって言うのかよ!
 オレの人生を弄ぶ屑の決めた運命に従い続けて、自分が道化を演じて何もかもを忘れていくのを黙って見てろって言うのかよォッ!!!」
白衣の胸ぐらを掴む。少女は相も変わらず不明瞭な言葉を発し続けるだけで、何も答えはしない。
いつかの越境の際、彼は世界の隙間に触れてしまった。ここではないどこかから自分達を操り、身勝手に何かを言っている者を視た。頭上で輝く正方形がそれだ。
混沌があると言うのならまだ耐えられた。規則性も何も無いカオスの産物が自分と言うのなら、まだ受け入れられた。だが彼は自分達の人生が誰かの決めたものだと知ってしまったのだ。
狂気は覚めた。不幸の偶然と思っていた自分の全ては、手も届かない誰かの掌の上だと知った時、彼の心を襲ったのは一切の虚脱感。そして、自死願望。


「───誰でもいい……。大輔、詩織、真雄…。橘でも伊月でも……。
 ──────誰か、オレを殺してくれ……。お前らの手で、裁いてくれ……。ああ、誰か……」
まるで縋り付く子供の様に、物言わず動きもしない少女の胸板に頭を埋め、三橋は嗚咽を漏らす。
熱い液体が眼から込み上げてくる。人でなしの証、白い血涙がポタポタと溢れていた。
今や彼は粋がっていたガキだった頃の顔となっていたが、其処だけは変わらない。創られた度し難い修羅の証だけは。

「──────裁かれるべき存在なんだよ、オレは──────。
 まだお前らに失望される方がいい、軽蔑されて、嬲られて死ぬ方がよっぽどいい……。どうして、どうしてお前らは……!」
啜り哭く声もやがては消える。また、肉体の檻に閉じ込められる。どこの誰とも知らぬ誰かに勝手に充てがわれた罰を受けさせられる。
そして、残るは沈黙のみ──────。


♦︎


───Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi, Pi Pi Pi Pi Pi Pi
「ウゥ~………」
朝の光が瞼の隙間から射し込んでくる。テーブルに突っ伏した姿勢のまま、いつの間にか寝ていたらしい。実に一週間ぶりの睡眠だ。
ふと頰を触れば、ヌルリとした感触と共に指が白く汚れる。だから寝るのは嫌だったのに。

自分の背中にしがみつき、心配するかの様なか細い呻きを漏らす名も無き愛しいリビングデッドの少女。
彼女の指す先には、古臭いアナログ時計。依頼を受けていたが約束の時間には間に合いそうにない。

「───目から夢精した。すげーだろ」
早く来るよう急かす電話が鳴り響いたのと、少女の拳が顔の真ん中に突き刺さったのは同時だった。


♦︎



「傭兵は早起き出来ん、目覚ましを持ってないんでな。今日はキャンセルだ」
『ハァ!?でも今日の今日のキャンセルは……』
「キャンセルだ」
ガチャリ。強引に電話を切ると、まだそっぽを向く少女に肩を竦める。
いつもの朝だ。急遽出来た休日の朝。ソーマタージには、彼女がそんなにムスッとする理由が理解出来なかった。

「そんなに怒るなよ…。この前の稼ぎもまだたっぷり……」
明るい声で通帳を開いて顔を顰める。見せない方がいいだろう。
「……とはいかなかったが、まぁまだツケに出来る。ロイの野郎からご飯ねだろうぜ」

「それともここで食ってくか?卵とベーコンがまだあったと思う。
 淫魔って固形物食べさせてもヘーキかな───」
のっそりと立ち上がりキッチンに向かう筈だった身体が止まる。前からしがみつく様に抱きついてきた少女の手によって。


「……………無理、しないで、ほしい………」
それは辿々しくひねり出された気遣いの言葉。顔を埋めて発せられるその言葉に、彼の表情は硬くなった。
「───そいつは、お前の考えた事とでも言うのか?それともその身体に残った記憶か?」
引き離す様に少女の肩を掴むと、天を仰ぎボソリと問いかける。戸惑うその身体に一気に手を回して跪くと、ソーマタージは肩に顎を乗せるようにして、蛇の如く抱き締めた。

「───名前を決めよう。考えたら名無しってのも収まりが悪い。なんて呼ばれてた?」
「…………リリィ」
朗らかな問いかけ。しかし、少女はそれにビクリと怯えた様に身体を微かに震わせる。

「違う、違う違う。そいつはその身体の名前だ。お前自身の、名前を、決めようとしているんだ。
 ───あそこでは、カノッサでは何て呼ばれてた?」
「……………ツー、アー………」
「2A?紙みたいな呼び方だな。2A、2A……。決めた、お前は今からニーアだ。ニーア、中々に良い名だ。昔のゲームから取ったんだけど」
それでいいか?と尋ねながら、くっつけた顔で笑うソーマタージ。少女は何も言えず、しかし微かに微笑んで抱き返す。
───その時だ。ソーマタージの腕に、微かに力が増したのは。


「──────ニーア、オレを恨め。いつ来るかも分からないその時のために、お前に愛する人を重ねて飼い殺そうとしていたオレを恨め。
 その時が来たら、お前の自我を消してやろうとしていたオレを憎め。お前には、当然の権利だ」
その声に朗らかさは欠片も無い。唯只管に親しかった人に罰せられる事を望む、身勝手で憐れな男の声だ。
「頼むよ───。オレの罪業を咎められるのはもうお前しかいないんだ。
 皆消えた。オレが殺したか、逃げ出したか───。遺っているのはオレと、お前のその身体だけなんだ」
泣き出しそうな声でボソリボソリと呟くソーマタージ。少女はその肩を抱き返す。残るのは涙無き嗚咽と沈黙のみ───。

救済はきっとまだ無くて。或いは気付かないだけかもしれないけど。
今しがた名付けられたばかりの少女は、それでも腕の中で呻く男を想う。───救われて欲しいと。
部屋の天井に吊り下げられた何らかの儀礼的な装飾を施された四角いライトは「因果応報」と呟いた。
 
 

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