漢字文化圏

ページ名:漢字文化圏
「中華圏」とは異なります。

漢字文化圏(かんじぶんかけん)とは、「文化圏」概念の一つ。漢字に代表される漢文化(中国文化)を使用しているか、過去に使用していた地域のことであり、漢字の他に漢文や儒教などに由来する文化を共有している。

目次

概要[編集]

漢字文化圏とは、中国と中国皇帝からの冊封を受けた周辺諸民族のうち、漢文(特に中古漢語)を媒体として、中国王朝の国家制度や政治思想を始めとする文化、価値観を自ら移入し、発展させ、これを中国王朝とゆるやかに共有しながら政治的には自立を確保した地域を指す。日本の歴史学者・西嶋定生が提唱した「東アジア世界論(冊封体制論)」をきっかけとして定着し、歴史学における「文化圏」概念形成のモデルの一つとなった。ただし、後述のように明確に冊封体制には組み込まれていたとは言えない国も、漢字文化圏に含まれることには注意を要する。

現在の地域区分で言うと「東アジア」と重なる部分が大きく、現在の中国大陸、台湾、ベトナム、朝鮮半島、日本列島に代表される地域がここに含まれる。 ただし、日本においてはその一部地域の政権である邪馬台国の卑弥呼が239年、親魏倭王の爵位に封ぜられたことはあるものの、ほぼ国家統一後の607年、聖徳太子が隋の煬帝に送った手紙において、隋との対等を表明するため「日出る処の天子」や「東の天皇」と記したことからも明らかな通り、その歴史において統一国家として中国王朝から冊封を受けてきたとみなすことは困難である。

もっとも、漢民族を主要な民族とする国以外で、現在まで漢字を日常的に使用している国家は、日本だけである。ベトナムでは識字率向上の観点から、義務教育で完全に漢字教育を廃止した。日本統治時代の朝鮮にハングルが普及した朝鮮半島では、北朝鮮は公式に漢字を廃止して、国民には漢文教育のみ行っている。韓国では独立と同時にハングル専用法が制定され、漢字はカッコ書きでの扱いとなった。さらに漢字教育は重要視されずに、1970年代以降必修教科でなくなったことから、漢字を読めない世代が増加している(詳細は朝鮮における漢字を参照)。

漢字文化圏の内包と外延[編集]

南北朝から宋代まで[編集]

歴史学上の概念としての漢字文化圏の外延を考える場合、西嶋「冊封体制論」が想定する南北朝時代から唐代にかけての地域秩序が第一の参照例となる。西嶋は「東アジア世界」を定義する指標として、冊封のほか、漢字、儒教、仏教、律令制の4件を挙げており、これに該当する主な朝貢国には 新羅、渤海、日本(倭国)がある。この他、律令制の導入が確認できない高句麗、百済も加えて差し支えないだろう。なお北宋以降は高麗が新羅に取って代わり、また新しく大越が加わる。

このほか、南詔及び大理については、その政治制度と文化の漢化度を漢籍資料だけから測ることは難しいが、南詔が唐の、大理が北宋の冊封を受けており、中国密教が流行していたこと、また移住した漢人が政治に関与していることは、新羅、百済など典型的な「東アジア世界」の朝貢国と並行的である。

明代以降[編集]

「冊封体制」が復活した明代以降になると、漢字文化圏に入る要件を満たす国家(ないし地域)は現在まで続く安定性をほぼ確立しており、李氏朝鮮、琉球、大越(後の越南)、そして日本がこれにあたる。この時期には、日本が「冊封体制」から離れているほか、律令制が形骸化し、代わって科挙官僚制が発達するなど、西嶋の挙げた4件は全てを満たされなくなった。特徴的な文化要素として第一に挙げるべきは書記言語である。漢文の移入は漢字による自言語の文字化を促したため、日本の仮名、朝鮮の口訣、吏読、ベトナムのチュノムなど、漢字から派生した独自の文字や用法が発達し、それぞれの国家の固有性を保障する書記言語が確立した。宗教面では土着化した仏教、道教などが、地域的な濃淡と混淆(シンクレティズム)を見せながら民衆に普及し、政治思想としての儒教と合わせて、圏内でゆるやかに共通する思惟の枠組みが定着するに至った。食事における箸の使用、喫茶の習慣、建築における瓦の使用など、生活文化の中にも漢字文化圏を起源とし、これを中心に分布する特徴が見られる。

用語選定の要因[編集]

「文化圏」概念の設定と命名に際しては、地名による場合と、文化の主要な規定要因となる宗教名または書記言語名を冠する場合とがある。漢字文化圏の場合、「東アジア文化/文明圏」「儒教文化圏」などの用語も並行的に使われているが、「東アジア」という地域名称には具体的な意味内包がなく抽象的すぎること、中国、日本、朝鮮、台湾、ベトナムなどにおいて「儒教」の受容のされ方にそれぞれ違いがあることから、「漢字」が全体を平等にカバーする中立的かつ具体的な文化要素として適切と判断され、もっとも普及したものと考えられる。

近現代における漢字の存廃について[編集]

「漢語系語彙」および「漢字廃止論」も参照

漢字文化圏内に現存する各国の書記言語の多くは漢文から発達するか漢語からの語彙借用を行ったため、その語彙には漢語系語彙が多く含まれ、音声言語にも流入し通用している。現在、日本語や朝鮮語、ベトナム語では辞書に掲載されている語彙の6割程度が漢文に起源を持つ単語である。ラテン文字の存在が知られて以降、漢字の学習の困難さや、表意文字(表語文字)を主体とする漢字では表音表現(表音文字)が難しく、不便な性質に対する不満から、漢字廃止論が唱えられるようになった。主に近代になり、従属国で、中国からの文化的自立がナショナル・アイデンティティ確立の課題とされ、漢字そのものが中国文化への従属の象徴と見なされるようになったため、漢字を廃止、または制限する政策が取られるようになった。主に、南北朝鮮のそれである。なお、ベトナムではフランスの植民地支配下において流入したローマ字表記のクオック・グー(国語)が一般に使用されており、高齢者や一部の専門家、日本語や中国語の学習者以外で、漢字を理解する人は少ない。また大韓民国では漢文教育用基礎漢字1800字が中等教育で教えられているが、一般には李氏朝鮮の第4代国王世宗の時代に制定された訓民正音(現在のハングル)が使用され、新聞等でも漢字はほとんど使われることはない。韓国における漢字#「文字戦争」を参照のこと。

一方、その他の漢字使用国でも、康熙字典体を簡略化するのかしないのか、するとしたらどのようにするのかは各国の事情に基づいてのみ行われ、日本の日本漢字、中国本土の簡体字、台湾や香港、およびマカオで使われる繁体字の間に、字体の異なりが生じた。

2011年の漢字文化圏の版図は大きいが、そのうち20%の地域はチベットや内モンゴルなど漢文主体の体制によって支配されているものの実際はインド文化圏やモンゴル文化圏の地域である。これらの地域では古くからの言語による会話が今でも残っている。しかし21世紀以降、経済力や識字人口などの影響により、インド文化圏内に限らず他の文化圏においても、漢字文化圏者の勢力拡大を見越して、子供や子弟に漢字文化圏の教育を施す者は多くなっている。漢字文化圏漢字文化圏における主な言語で「漢字文化圏」という概念の言い方と書き方。

漢字文化圏(かんじぶんかけん)とは、「文化圏」概念の一つ。漢字に代表される漢文化(中国文化)を使用しているか、過去に使用していた地域のことであり、漢字の他に漢文や儒教などに由来する文化を共有している。



特に記載のない限り、コミュニティのコンテンツはCC BY-SAライセンスの下で利用可能です。

シェアボタン: このページをSNSに投稿するのに便利です。


最近更新されたページ

左メニュー

左メニューサンプル左メニューはヘッダーメニューの【編集】>【左メニューを編集する】をクリックすると編集できます。ご自由に編集してください。掲示板雑談・質問・相談掲示板更新履歴最近のコメントカウン...

鼻葉

鼻葉(びよう)とは、小型のコウモリで発達している鼻のまわりの複雑なひだのこと。キクガシラコウモリ類やカグラコウモリ類でよく発達している。エコーロケーションを行うとき、超音波をコントロールするのに役に立...

黒住教

黒住教(くろずみきょう)は、岡山県岡山市にある今村宮の神官、黒住宗忠が江戸時代(文化11年11月11日・西暦1814年)に開いた教派神道で、神道十三派の一つである。同じ江戸時代末期に開かれた天理教、金...

黄疸

黄疸(おうだん、英: jaundice)とは、病気や疾患に伴う症状の1つ。身体にビリルビンが過剰にあることで眼球や皮膚といった組織や体液が黄染した(黄色く染まる)状態。目次1 黄疸の発生機序[編集]2...

黄泉

黄泉(よみ)とは、日本神話における死者の世界のこと。古事記では黄泉國(よみのくに、よもつくに)と表記される。目次1 語源[編集]2 記紀の伝承[編集]2.1 『古事記』[編集]2.2 『日本書紀』[編...

黄巾の乱

「紅巾の乱」とは異なります。黄巾の乱赤が黄巾の乱が発生した地域(184年)戦争:黄巾の乱年月日:184年場所:中国全土結果:後漢の勝利交戦勢力後漢黄巾賊指導者・指揮官何進皇甫嵩朱儁盧植董卓 他張角張宝...

麻痺性筋色素尿症

麻痺性筋色素尿症(まひせいきんしきそにょうしょう、paralytic myoglobinuria)とは数日の休養の後に激しい運動をさせた時に発生する牛や馬の疾病。蓄積されたグリコーゲンが著しい代謝によ...

鹿児島県立財部高等学校

鹿児島県立財部高等学校(かごしまけんりつ たからべこうとうがっこう, Kagoshima Prefectural Takarabe High School)は、鹿児島県曽於市財部町南俣に所在した公立の...

鳩胸

鳩胸(はとむね)は、胸部が鳩の胸のように高く突き出ていること。特に記載のない限り、コミュニティのコンテンツはCC BY-SAライセンスの下で利用可能です。...

魚沼丘陵

魚沼丘陵(うおぬまきゅうりょう)は、新潟県中越地方南部にある丘陵。地理[編集]魚野川流域の魚沼盆地(六日町盆地とも)と信濃川流域の十日町盆地を隔てている。行政区分では湯沢町、十日町市、南魚沼市、魚沼市...

魔虫兵ビービ

概要『天装戦隊ゴセイジャー』と言う番組における全敵組織共通の戦闘員で、ブレドランが使役するビービ虫が木偶人形に取り憑く事で生み出される。緑を基調として顔には山羊、胴体には蝙蝠と言う具合に悪魔を思わせる...

魏略

『魏略』(ぎりゃく)は、中国三国時代の魏を中心に書かれた歴史書。後に散逸したため、清代に王仁俊が逸文を集めて輯本を編したが、はなはだ疎漏であったため張鵬一が民国11年(1922年)に再び編した。著者は...

高齢者虐待

高齢者虐待(こうれいしゃぎゃくたい、Elder abuse)とは、家庭内や施設内での高齢者に対する虐待行為である。老人虐待(ろうじんぎゃくたい)とも称される。人間関係種類ボーイフレンドブロマンス同棲側...

高等工業学校

旧制教育機関 > 旧制高等教育機関 > 旧制専門学校 > 旧制実業専門学校 > 高等工業学校高等工業学校(こうとうこうぎょうがっこう)は、第二次世界大戦後の学制改革が行われるまで存在した日本の旧制高等...

高知大学教育学部附属中学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ナビゲーションに移動検索に移動高知大学教育学部附属中学校過去の名称高知県師範学校附属小学校高等科高知師範学校男子部附属国民学校高等科高知師...

高槻市立第九中学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ナビゲーションに移動検索に移動高槻市立第8中学校国公私立公立学校設置者高槻市併合学校高槻市立第五中学校設立年月日1972年4月1日創立記念...

高杉晋作が登場する大衆文化作品一覧

高杉晋作 > 高杉晋作が登場する大衆文化作品一覧高杉晋作が登場する大衆文化作品一覧(たかすぎしんさくがとうじょうするたいしゅうぶんかさくひんいちらん)目次1 小説[編集]2 映画[編集]3 テレビドラ...

高杉晋作

出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2015年10月)高杉晋作高杉晋作通称東行生年天保10年8月20日(...

高月北

高月北は、大阪府泉北郡忠岡町の地名。高月北1丁目及び2丁目がある。脚注[編集][脚注の使い方]参考文献[編集]この節の加筆が望まれています。外部リンク[編集]この節の加筆が望まれています。この項目は、...

高所恐怖症

高所恐怖症分類および外部参照情報診療科・学術分野精神医学ICD-10F40.2ICD-9-CM300.29テンプレートを表示高所恐怖症(こうしょきょうふしょう)は、特定の恐怖症のひとつ。高い所(人によ...