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畏敬(いけい)とは、ブログ「本のシャワーにさらす肌」の中にある2005年7月24日19時13分11秒に書かれた記事である。本稿では2005年7月24日22時14分55秒に書かれた記事である「畏敬のつづき」についても記載する。
2005年7月24日19時13分11秒に書かれた記事の正式なタイトルは「【No.682】畏敬…7月24日」であり、2005年7月24日22時14分55秒に書かれた記事の正式なタイトルは「【No.683】畏敬のつづき…7月24日」である。本のシャワーにさらす肌自体は既に閉鎖されたが、内容的に非常に素晴らしい文章なのでインターネットアーカイヴに残っている文章を日本さいころペディアに転載する。但し全角数字や全角ローマ字は半角に修正し、明らかな誤りも修正している。またリンク先がインターネットアーカイヴにも残っていないリンクの除去に伴うも修正してある。
この4月から千葉大学の学長に就任された古在豊樹先生とほんの僅かばかりのご縁がある。ご本人は私のことなどご存知ないと思うけれども…。
65歳の定年より4年早く教授職を退官されることになったため、2月、「私の研究エネルギー源」と題して最終講義が行われたのだが、その冊子を「研究教育実績」の冊子とともに家人が入手できた。パラパラとだけ拾い読みさせてもらったら(恐れ多くもったいないことだけれども)、ものすごく面白い。ここで紹介したい、どうしようかと思っていたら、ファイルがpdf.で公開されているのを知った。
専門は生物環境調節や農業環境工学で、その内容に関する講義なら門外漢には分からないが、助手になってからの32年間、どのように研究という仕事に取り組んできたかということをやわらかな語り口で紹介している。
これと思った仕事にはどのように取り組むべきか——これは私の恩師である三戸公先生と同じで、一言で表してしまえば「対象に謙虚」という姿勢が伺える。
対象にタカビーで、ほとんど我が身を振り返るつもりなく文句ばっか垂れている人には説教臭く感じられるだけだろうから一読はお薦めしない。しかし、今からの仕事や活動を少しでも善きものにして行きたいという前向きな気持ちがある人には響くところ大で、何かしらのヒントがあることと思われるので是非読んでみてほしいと思う。
たとえば、研究生活のパターンについての話が最初の方にある。夏なら6時半、冬には7時半には研究室に出勤して、人があまりいない9時半までに論文執筆などの仕事を3時間通しでしていたという。
何をするかは出勤までには固まっていて、普通の人の1日分の仕事をその時間帯に終らせるつもりでいた。そして、9時半とか10時という一般のビジネスアワーになると、それから夜までは、世のため人のために使う覚悟で働き、夜7時から10時ぐらいに帰宅した。なぜなら国立大学の職員であるから、税金を使わせてもらっている立場だったから…だという。この調子で、年間340日は出勤してきたという話である。
内外の講演、学会や国際会議、シンポジウム、東南アジアを中心とする海外渡航などの数も半端ではなく、出勤日数のなかにはそのようなヴァリエーションも含まれていることと思う。が、学生時代から合わせて38年間、そのような早朝出勤&早朝ひと仕事を保つため、どのようにモチベーションを維持し目標管理をしてきたのかという方法がオープンにされていて、道を究めていくことの地道さやひたむきさに畏怖のようなものすらを感じざるを得ない。<この項つづく>
「古(いにしえ)に在り」というのか「古(いにしえ)より在り」というのか——そのどこか浪漫薫る姓の意味を人から尋ねられたとき、ご本人たちはどう答えてきたのだろうか。
「古在」の名は、少し物を知る人であれば必ず通り過ぎてきたはずの知の巨人たちの家系のものである。古在豊樹先生の従兄弟には、元国立天文台台長・古在由秀氏がいる。由秀氏は由秀氏で、母方の血がまたそうそうたる家系につながっていくのであるが、ここではそれを置いておくとして…。
豊樹氏、由秀氏ふたりの祖父に当たるのが古在由直。農芸化学者として足尾銅山の鉱毒について論文を物し、農民の立場に立ってエコロジストとして運動をし、のちに東京帝国大学総長となった。豊樹先生の研究である農業への貢献はここにつながっていくわけである。
古在家の男性たちは、みな「由」の字を名に含むのだが、何で豊樹先生はこういう字なのだろうとかねてから思っていた。この機会にとネットで調べていて、ようやく知ることができた。祖父・由直の妻、つまり祖母に当たる人の名が「豊子」なのである。
この人物はまたすごい人で、自由民権家・植木枝盛の薫陶を受けた女流民権家「清水豊子」であり、平塚らいてふや宮本百合子らと並べて語られるように、女性の地位向上への運動に功績があった。のちに森鴎外に評価された『こわれ指輪』を執筆し、その筆名が「清水紫琴」。
この偉大なる女性の字を取って息子に「豊樹」という名をつけた父親が(って、ご尊父の命名かどうか確認したわけでないから分からないか)、戦後の代表的な思想家のひとり、唯物論哲学者の古在由重である。岩波文庫『ドイツ・イデオロギー』を訳したほか、マルクス主義をはじめとする思想書で有名。戦中・戦後を通じて帝国陸軍の戦略戦争に反対し、治安維持法にて1933年と1938年の二度検挙されている。小林多喜二がすでに獄死したあとのことである。平和運動や原水爆禁止運動にも力を注いだ。
豊樹先生の最終講義録には、民間企業に就職しようとして内定を取り消されたことが書いてある。いわれなきシャットアウトの理由を豊樹先生は20年後に知ることになるのだが、それが父親の社会活動によるものであったというのだ。
しかし、その理由がなく、民間企業に勤めていたら、論文219本、特許33件などの業績はどうなっていたのであろうか。
「転向」ということについて知りたくて、前に家人に訊いたとき、古在由重と丸山真男の対話『一哲学徒の苦難の道』(岩波現代文庫)を薦められ、面白くて一気に読んだ。世間で騒がれる「転向」と、彼ら思想家にとっての「転向」にはいかにギャップがあるか、それがいかに静かな内省を伴ったものであったかということが読み易い語り口で書かれていた。
純粋な理論や抽象的思考というものが、世間というフィルターにかけられるとき、どのように利権や異なる目的に流用され易いかが分かる気になった。それは、すべての人にとっての幸福を目指したマルクス主義が、国家イデオロギーとして都合よく利用されつづけてきたことを思い起こさせる内容であった。
由直−由重−豊樹、そして由秀という古在家の人たちの研究や活動の功績をこのように軽く辿ってきただけでも、その学問が「庶民への貢献」、その意味での「実学」というところで共通していることに感銘を覚える。
農学も哲学も天文学も、すべて古(いにしえ)から人びとに必要とされてきた「知」である。田畑を耕し家畜を育て、賢者の言葉に耳を傾け、天空の星を頼りに人類は歩み、船を操ってきた。古に在り、古より在る「知」を、自分が生きる時代にいかに適応させ発展させていくかが研究者の役割に他ならない——この家の人たちの「対象」への地道な取り組みが「研究」の必要性というものを静かに主張しているように思える。<以下古在家と関係ない記述になるため割愛>
「畏敬のつづき」には「由秀氏は由秀氏で、母方の血がまたそうそうたる家系につながっていくのであるが」とあるが、古在由秀氏の母親は東洋史学者で教育行政官として知られる幣原坦の次女・澄江である。従って坦の弟で第44代内閣総理大臣・第40代衆議院議長を歴任した外交官出身の政治家である幣原喜重郎は由秀氏の母方の大叔父である。喜重郎の妻は三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の四女なので古在家は幣原家を通じて三菱グループの創業者一族・岩崎家と姻戚関係で結ばれていることになり、喜重郎は加藤高明(元首相)・岩崎久弥(三菱の3代目総帥)・木内重四郎(元貴族院議員)の義弟にあたる(加藤の妻は弥太郎の長女、久弥は弥太郎の長男、木内の妻は弥太郎の次女)。
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