神秘を識る学徒3(あいりすミスティリア)

ページ名:神秘を識る学徒3(あいりすミスティリア)

 

どきどきどきどきどきどき

そわそわそわそわそわそわ

・・・・・・ちらちらちら

・・・・・・チッ

ふんっ
はうっ!?
 

セシルの首根っこを掴むベア。

そのまま部屋の外に放りだした。

ふう。これで落ち着きますね、ご主人様。
  ばーん! と執務室の扉が再び開く。

あーん! ひどいですベア先生!

目の前でそわそわしてる学生を放りだすなんて!

旦那さまも『何か悩みがあるのかい、セシル・・・・・・好きだよ』と

声をかけてくださってもよいではありませんか!

  セシル、好きだよ

ひゃうっ!?

も、もう。そこだけ抜粋しないでください。

顔が火照って燃えてしまいそうです。ですが・・・・・・も、もちろん

わたしも、旦那さまをお慕いしておりますよ・・・・・・

きゃーっ! わたしったら、旦那さまへの愛が溢れて止まりませんっ!

えへ、えへへ

死になさい
  ごすん!

あいたっ!?

ベア先生・・・・・・そんなに厚い本で頭を叩かないでください

あなたは一体何をしに来たのですか

どうせ、頼みごとでもあるのでしょう?面倒なので早く言いなさい

は、はいっ!
 

びしっと姿勢を正すセシル。

そして、真摯な目で見つめてきた。

わたしに、『王』が背負うものの重さを教えてほしいのです
ほう・・・・・・

 

セシルの纏う空気が重厚なものに変わった。

目の前に立っているのは、恋する女学生ではなく・・・・・・

エルフィンを統べる女王の娘だ                          

いずれわたしは、エルフィンの女王となる身。

数百年は先の話でしょうが・・・・・・今から学んでおきたいのです。

『王』が背負うべき責務と、それを果たすための覚悟の重さを!

冥界の王である旦那さまであれば、きっと教えてくださると思い・・・・・・

ぜひ、お聞かせください。旦那さまは、王としてどれほどの重責を背負っているのかを。

話を聞くより、体験したほうが早いのでは?
へ?
 

ベアの言葉に頷く。

じゃあ、セシルを1日冥王に任命

・・・・・・・・・・・・・・?

・・・・・・ほえええええええっ!?

こちらが来年度のカリキュラムの詳細でございます。

それと、冥界の住人からの要望をまとめておきました。

  セシルの目の前に、紙の山がどんと積まれる

あう、あうあうあう

で、では・・・・・・全体的にアレをアレして、いい感じにお願いします

なるほど、意味不明でございます
 

あたふたと目を回しているセシル。

肩には『1日冥王』というタスキが掛けられている。

はあ。 王の責務とやらを、実際に体験していただこうと思ったのですが・・・・・・

やはり、あなたには荷が重すぎましたか?

だ、 旦那さま~・・・・・・
 

助けてほしそうに見つめてくる。

だが、ここで俺が手を差し伸べては意味がない。

血涙を流しながらセシルの視線に耐えた。

うう、そうですよね。

自分の力で頑張らなくては、なんの学びにもなりません。

王の責務・・・・・・見事、果たしてみせましょう!

 

気合を入れたセシルが資料に目を通しはじめる。

ベアは俺と目が合うと、静かに首を振った。

きっと、俺と同じことを考えているのだろう。

仕事を上手くこなしたところで、今のセシルでは――王になれない。

うう。まさか、事務仕事だけであんなに大変だなんて。

ですが、気を取り直して次は視察です! 人々の暮らしを把握するのも王の責務!

 

寮の談話室にはギゼリックの姿がある。

俺はセシルの肩を叩いて、『ギゼリックにも話を聞くといい』と助言した。

確かに。 ギゼリックさまはファウスタを繁栄させたお方・・・・・・

学ぶべきことがあるに違いありません。

よーし、とりあえず酒だ酒! ごくごくごく・・・・・・

ぷっはー! 盛り上がってきた! いっちょ歌うとするか・・・・・・

うっさうっさぴょーんってね!

・・・・・・あ。 やっぱ戦いたくなってきた。

おらおらー! どっかに強い子はいねーがー! あっはっはっはっはー!

えー・・・・・・

ああっ、いけません。『ただの海賊やないかーい』というツッコミが頭の中に・・・・・・

無礼です、無礼です! わたしの頭から消えなさい!

  自分の杖でぺしぺしと頭を叩いている。

お、 冥王にセシルじゃないか。 何やってんだい?

飲む? 飲んじゃう?

やはり、直接聞くことにしましょう。

あの、ギゼリックさま。女王だったころのお話を伺ってもよろしいでしょうか。

『王』が背負うべき責務と、それを果たす覚悟の重さ・・・・・・

それを知りたいのです。

ああん? なんだい急に。 責務に覚悟ねぇ。 そんなもん、あんま気にしたことないよ。
ええっ。 お、王様なのにですか?

望んで女王になったわけじゃないからね、アタシ。

でも、だんだん国が自分好みになってきて・・・・・・それから、

王をやるのがわりと楽しくなった。

いや、 どっちかっていうと、嬉しくなった、かねえ?

嬉しく?

ああ。 王ってのはさ、自分の国を・・・・・・大切な人や場所を、

自分の手腕で守ることができるんだ。

世の中には、なーんも抵抗できずに、大切なもんを奪われる人もいるのにさ。

大切なもんを全部まとめて守れるってのは、王だけに許された特権だ。

そんな権利を持ってんだから、嬉しいに決まってる。

だから王ってのは、責務だのなんだの言う前に、まず嬉しさが――

って、なに語らせてんだい! 恥ずかしいねえ、このー!

わわわっ、頭をわしゃわしゃしないでくださーい!
  高らかに笑うギゼリックが、豪快にセシルの頭を撫でた。

ギゼリックさまのお話、とてもためになりました。

もしや、旦那さまも・・・・・・ギゼリックさまと同じ思いなのですか?

 

頷く。

冥界や冥界に住んでいる人々を、俺は大切に思っている。

冥王である俺は、それらを守らなければならない・・・・・・いや、

守ることができるのだ。

ギゼリックの言っていた通り、とても嬉しいことに感じる。

いつか女王になったとき、わたしは自分の故郷を・・・・・・

美しい森や人々を、自分の手で守ることができる。

確かに、それはとっても誇らしく・・・・・・嬉しいことですね。

  セシルは胸の前で両手を合わせ、にっこりと笑った。

王という地位には、重責ばかりがあるのだと思っていました。

ですが・・・・・・ふふっ、こういった考え方もあるのですね。

旦那さま。大事なことを教えてくださり、ありがとうございます。

この喜びに気付けないままだったら、わたしは責務や覚悟ばかりを気にして・・・・・・

女王という地位に、押しつぶされていたと思います。

  教えたのはギゼリックだ、と謙遜する。

ギゼリックさまなら、ああ言ってくださると見越していたのでしょう?

わたしは旦那さまのお嫁さんなのですから、それくらい分かります。

・・・・・・うふふ

 

歩み寄ってきたセシルが、俺の胸に両手を添えた。

セシルの手のひらから伝わる温もりが、胸の奥にある熱を昂らせる。

わたし・・・・・・今日一日で、旦那さまを敬愛する気持ちが強くなりました。

そして、このような方と・・・・・・永遠に添い遂げたいという気持ちもまた、

より一層・・・・・・

  俺を見上げるセシルの頬が、ほんのりと染まっていく。

まだまだ未熟なわたしですが、これからもずっと・・・・・・お嫁さんとして、

お傍にいることを許していただけますか?

  答える代わりに、俺はセシルの頬を優しく撫でた。

ありがとうございます。旦那さまに愛してもらえて・・・・・・わたし、幸せです。

はあ・・・・・・とっても幸せな時間。きっと、一生忘れることはありません。

旦那さま、幸せな思い出をたくさん作っていきましょうね。

わたし、ずっと、ずう~っと、いつまでもお傍にいますから。

だって、お嫁さんですもんね・・・・・・えへへ

  セシルが小さくはにかんで、幸せそうに目を細める。
旦那さま・・・・・・わたしの名前、ちゃんと覚えておられますか?
  セシル・ライカ・エンゲル・ベルグルンド

そうです。セシル・ライカ・エンゲル・ベルグルンド・・・・・・

婚約者にだけ伝える、わたしの真名。

ああ、いけません。どれだけ我慢しても頬が緩んでしまいます。

旦那さまに、やさしく真名を呼んでいただける。

これ以上の幸せが、どこにあるでしょう?

今はこれだけで十分です・・・・・・

・・・・・・と、以前までのわたしなら満足していたでしょうね!

 

いきなり強気な顔になるセシル。

かと思えば、切なげに目を閉じた。

ああっ・・・・・・イフリータの炎よりも燃えあがる、旦那さまへの愛情。

もはや、簡単には収まりません。

旦那さま。『いつかきっと』ではなく『今この瞬間』・・・・・・

わたしを本当のお嫁さんにしてくださいませんか

誓いの、口づけを・・・・・・

 

セシルが顎を上げたまま目を閉じる。

もはや、ごまかしは利かないだろう。

俺はセシルの髪を撫でながら心を決めた。

【イフリータ】

・・・・・・

 

・・・・・・。

なぜか召喚されているイフリータと目が合った。

・・・・・・旦那さま? どうされたのですか?

わたしはもう、ずっと前から心を決めていますよ?

はっ! もしや『焦らし』というものですか!

もう、旦那さまったらっ。

ですが、そういうお茶目な部分も大好きでございます。 きゃっ♪

――って、イフリータ!? なんで出てきてるんですか!?

【イフリータ】

・・・・・・、・・・・・・!?

さっきのは呼んだわけじゃなくて!  

迸る旦那さまへのラブをイフリータの炎に例えたんです!

【イフリータ】

・・・・・・!!

 

1人と1体が揉めはじめた。

セシルを本当のお嫁さんにするのは、まだ先になりそうだ。

 

シェアボタン: このページをSNSに投稿するのに便利です。

コメント

返信元返信をやめる

※ 悪質なユーザーの書き込みは制限します。

最新を表示する

NG表示方式

NGID一覧