無名の手記(1)

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無名の手記

  1. 時計が10時を指す前の事だったと思う。
  2. 地震速報を受信しても私は特段の興味も示さずいつも通りにデスクに向かっていた。
  3. 1分くらいたってからだろうか。じわじわと何かが沸騰するかのような揺れが5秒くらい続いたと思うと、下から突き上げるような衝撃が4度、5度と続いた。
  4. 確かにびっくりするような揺れかたであったが、東京都新宿区での混乱はそれくらいのものだった。
  5. ただ、特徴的な揺れではあったので、またいつも通りquotesに集合することになった。
  6. 「新宿、ドン、ドンと揺れた。爆発みたい。」そう報告して私は「地震」でリアルタイム検索をかけようとした。
  7. そこで、検索窓をタップしようとした瞬間、突然電波が悪くなる。4本あったアンテナは、2本1本がいいところ。久しぶりに3Gなんていう表示をみることになった。
  8. フリーズしたquotesに表示されたのは、「西之島 巨大噴火」という見出しと、その島の平穏なときの画像であった。
  9. 通信麻痺は15分程度で回復した。それからは何も変わらなない生活がスクリーンのこちら側では続いていた。
  10. この国の多くの人々にとっては豪雨などと違ってなじみのない災害。だからこそより一層に他人事感が強かったのだろう。
  11. 1000kmほども離れた先でも虹の閃光が二度、三度と見えたことに何の違和感も持たなかった人はそれだけ多くいた。
  12. 半径500km以上に広がる煤と虹は、しかし驚くべきことに母島・父島の多くの人々に即死に当たるほどの被害は呼び起こさなかった。
  13. とはいえ度重なる新たな火山の噴火により、海上自衛隊が救出行動を現地で開始するまでに4人が犠牲になった。
  14. メディアの混乱は滑稽なほどであった。高名な教授たちは「予想外」を連呼し、つまらないほどいつも通りの顔ぶれのアナウンサーたちは「未曾有」を連呼した。
  15. インターネットも当然万能ではない。「冷静に」と熱帯びて連投し、「引っ込め」と差し出がましく口出しする。
  16. それでも「自分のようなだれかが、自分でもアイツでもない誰かが、今よりもっといいことをしてくれるはず」と唱え続けることしかできなかった。
  17. さて、火山灰によって命を落としたものの息子はかく語った。
  18. 「あれはおそらく運命だった。」
  19. 「朝の光に紛れて自分の見たことのないほどの鮮やかな、それでいてモノクロ写真のように懐かしく優しい光の立ち上るのを見た。」
  20. 「そのうちよりまばゆい女性の立ち上がるのを見た。」
  21. 「私は口を開いた。声も出ぬ間に彼女は答えた。」
  22. 「『私はこの日が来ることを知っていた。』」
  23. 「『備えよ。まもなく彼女らは現れる。』」
  24. 「また口を開くと、声を発す前に彼女は答えた。」

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