登録日:2018/09/19 Wed 12:21:18
更新日:2024/03/22 Fri 13:48:37NEW!
所要時間:約 10 分で読めます
▽タグ一覧
エドガー・アラン・ポー 暗号 宝探し キャプテン・キッド 暗号解読 短編小説 黄金虫 髑髏 小説 暗号小説
「黄金虫」とはエドガー・アラン・ポーの短編小説である。現代は”The Gold-Bug”で刊行は黒猫と同年の1843年。恐らく暗号小説として知っている人も多いだろう。
ジャンルとしては所謂「宝探し」であり、その過程で暗号が出てくるのだが、その暗号を解いて推理をする過程から推理小説的な側面も持っている。
【あらすじ】(未読の方はネタバレ注意!)
語り手の友人ルグランは所謂没落貴族でサリバン島にて黒人の召使ジュピターと共に隠遁生活をしている。
ある時、彼のもとに行ってみると、ルグランは新種の黄金虫を発見したと言って喜んでいた。虫自体は現在彼のもとにはなかったが、彼はそのスケッチを見せてきた。
しかし語り手がそのスケッチを見て「髑髏にしか見えない」と言ったことに腹を立ててスケッチした紙をくしゃくしゃにして暖炉に放り込もうとしたが、その端に目をやると突然驚愕し、その後は語り手には目もくれずに逡巡を始めるのだった……。
それから1か月後、ルグランは語り手に「大事な仕事がある」「黄金虫が財宝をもたらす」といった言葉と共に彼・そしてジュピターの3人でのアメリカ本土の丘陵地帯の短剣の話を持ち掛けてくる…。
【登場人物】
- 語り手
本名は最後まで明かされない。
ルグランの黄金虫の絵が「髑髏にしか見えない」と言った事から「宝探し」への物語が始まる。
奇妙な言動をとっているルグランを精神錯乱をしていると思いながら、「もし何も収穫が無ければ医者に行かせる」として彼の「宝探し」の探検についていく事に…。
- ウィリアム・ルグラン
本作の探偵役的存在。
元々はユグノーの一家の末裔で現在は没落しており隠遁生活を送っている。
黄金虫のスケッチを書いた紙から何かを見つけ、狂ったようにその紙の調査を始め、その後は黒板に図形を書いたり突然外出したりしていた。
この事からジュピター、そしてその有様を知った語り手からキ○ガイ扱いされる。
その後は2人を連れて丘陵地帯の探索を始め、ユリの木の上にジュピターを登らせてそこに打ち付けられた髑髏を発見させる。
- ジュピター
ルグランの召使で黒人(恐らく黒人奴隷だと思われる。)の老人。アフリカ人で作中では「ジャップ」と呼ばれる。
(黒人差別と言うメタな理由からか)ルグランからはやたらとぞんざいな扱いを受けたりあまり教養がないとも取れる様な描写がなされている。
紙の調査などに没頭するルグランの様子を見て何らかの病気だと思って彼からの探検依頼を語り手に伝える際に彼に相談をしている。
- 黄金虫
ルグランが見つけた新種のコガネムシ。
本体をたまたまあった中尉に貸してしまい、代わりに語り手にスケッチを描いた結果今回の物語へと話が展開されていく。
モデルになっているのはコガネムシではなくコメツキムシであるとされている。
以下ネタバレ注意。
本土についた一行は樹木の生い茂った台地へと至りその中を進んでいくと、大きなユリノキへ到着。ルグランはジュピターに木の上に登らせた所、木には何故か髑髏が打ち付けられていた。
ルグランはジュピターに左の眼はどちらかを何度も確認させて、見つけた髑髏の左眼から紐に括り付けて持ってきた黄金虫を垂らさせてそのコガネムシが地上に降り立った地点から最も近い木からその杭までを巻尺でつなぎ、さらにその延長上を50フィートほど行ったところ掘削を開始。しかし2時間かけて作業を続けても何も出てこない。落胆するルグランだったが、ここである事に気が付いてジュピターにある事を聞いた。
「お前の左の眼はどっちだ?」
それに対してジュピターは自分の右の眼を指さした。そう、何度も確認したのにジュピターは目の左右を間違えていたのだ。
そうと分かったルグランは今度は本当に左眼から黄金虫を落として同様の処理をして作業を再開。
始めは正気を疑っていた語り手もどうやらそうではなさそうである事に気が付き始め、彼の作業に力を貸す。
掘り始めた地点は先ほどの位置よりも2~3ヤード(およそ2メートル半)程度ずれており、1時間ほど掘り進めた後、そこからは大量の人骨と金貨が出てきたのだ。喜び、興奮するジュピター。
しかしルグランは一瞬失望した表情になった・・・が、そのまま作業を続けさせるとそこからさらに6つの木箱が掘り出され、そこには大量の硬貨や黄金、宝石や装飾品が出てきた。
興奮する3人。その後家に帰って検分すると、その総額は150万ドル(現在の日本円で200億円以上)とはじき出された。*1
興奮する語り手とルグラン。こうなってくると語り手が気になるのは勿論「なぜあそこに金銀財宝が隠されていると分かったのか」。
それはやはりあの黄金虫のスケッチを見せた時だった。
怒って暖炉に投げこもうとした紙だったが、それは実は黄金虫を発見した日に海岸で拾った羊皮紙で、捨てようとした際に本当に髑髏の様な物が見えたのだ。
当然驚いたルグランはその絵を調べるがそれは骸骨の様で骸骨でない、別の何か。しかし羊皮紙を拾い、そこにスケッチをした段階ではそんなものは出ていなかった。ではどうやって出てきたのか。ルグランはすぐに答えを見つけた。語り手がいた暖炉の近くで火の熱を受けた結果その絵が炙り出されてきたのだ。
となればやってみることは1つ。羊皮紙を更に火にあてればさらに何かが見えてくるはず。果たしてその予想は的中。髑髏の輪郭が顕在化したと同時に反対側に仔山羊の紋様が現れたのだ。
ルグランはこれを「読みが同じ」と言う理由からかつての大海賊キャプテン=キッドの紋様だと予想。キッドと言えば、莫大な財宝を所有し、なおかつそれをどこかに隠していた事が有名である。
もしかしたらこれは財宝のありかを示す何かの書面の可能性がある。そう考えたルグランは何とかして炙り出しをしようと試みるが火で炙る方法だけでは上手く行かなかった。
そこで羊皮紙についていた泥を洗い落としてその上で更に温めると以下の文字の羅列が登場したのだ。
53‡‡†305))6*;4826)4‡.)4‡);806*;48†8
¶60))85;1‡(;:‡*8†83(88)5*†;46(;88*9
6*?;8)*‡(;485);5*†2:*‡(;4956*2(5*—4)8
¶8*;4069285);)6†8)4‡‡;1(‡9;48081;8:8‡
1;48†85;4)485†528806*81(‡9;48;(88;4
(‡?34;48)4‡;161;:188;‡?;
暗号解読の手順
ルグランはこれを1つの文字を別の1つの文字へと変換する「単一換字式暗号」と予想。
これは暗号の中でもかなり単純な部類に属するため、解くのはさほど難しくはないはず。
これを解くために必要なのはまず「何の言語か」。これに関しては「キッド」は基本的に英語圏でしか通用しないため、英語と仮定することが出来る。
続いて行ったのが「頻度分析」。文字の中で出ている回数がいくつなのかを調査すると…。
- 8 … 33
- ; … 26
- 4 … 19
- ‡ , ) … 16
- * … 13
- 5 … 12
- 6 … 11
- † , 1 … 8
- 0 … 6
- 9 , 2 … 5
- : , 3 … 4
- ? … 3
- ¶ … 2
- ― , . … 1
英文の単語において洗われるアルファベットの頻度は多い順に e , a , o , i , d , h , n , r , s , t , u , y , c , f , g , l , m , w , b , k , p , q , x , z となっている。さらに一番多いeは単語内で二度重なる事が多く、実際に8は2つ連なっている箇所が多いという理由もある為、8をeであると仮定する。この時……
53‡‡†305))6*;4826)4‡.)4‡);806*;48†8
¶60))85;1‡(;:‡*8†83(88)5*†;46(;88*9
6*?;8)*‡(;485);5*†2:*‡(;4956*2(5*—4)8
¶8*;4069285);)6†8)4‡‡;1(‡9;48081;8:8‡
1;48†85;4)485†528806*81(‡9;48;(88;4
(‡?34;48)4‡;161;:188;‡?;
という風に文中には「;48」と言う言葉の羅列が合計で7回出てくる。これは定冠詞の「the」と仮定すると自然である。
これによって「; … t , 4 … h」と出来る。
この時点で暗号は以下の通り。
53‡‡†305))6*the26)h‡.)h‡)te06*the†e
¶60))e5t1‡(t:‡*e†e3(ee)5*†th6(tee*9
6*?te)*‡(the5)t5*†2:*‡(th956*2(5*—h)e
¶e*th0692e5)t)6†e)h‡‡t1(‡9the0e1te:e‡
1the†e5th)he5†52ee06*e1(‡9thet(eeth
(‡?3hthe)h‡t161t:1eet‡?t
この時点で5行目最後の「t(eeth」の部分に注目するとこの部分には英単語として当てはまるアルファベットはない事から単語として「t(ee」と言う形にできる。この条件に合うのはtreeのみ。これによって「( … r」を得る。これによって直後に現れる「th(‡?3h = thr‡?3h」は同様のアルファベットのあてはめによってthroughを得られる。
以上によって「‡ … o , ? … u , 3 … g」となる。
この時点で暗号は以下の通り。
5goo†g05))6*the26)ho.)ho)te06*the†e
¶60))e5t1ort:o*e†egree)5*†th6rtee*9
6*ute)*orthe5)t5*†2:*orth956*2r5*—h)e
¶e*th0692e5)t)6†e)hoot1ro9the0e1te:eo
1the†e5th)he5†52ee06*e1ro9thetreeth
roughthe)hot161t:1eetout
2行目中盤に現れる「†egree」はすぐにdegreeと分かるので「† … d」。
2行目終盤の「th6rtee*」も同様に「thirteen」となり、「6 … i , * … n」。
この様に芋づる式に暗号内の文字はアルファベットを求められる。
これらも当てはめると……。
5goodg05))inthe2i)ho.)ho)te0inthede
¶i0))e5t1ort:onedegree)5ndthirteen9
inute)northe5)t5nd2:north95in2r5n—h)e
¶enth0i92e5)t)ide)hoot1ro9the0e1te:eo
1thede5th)he5d52ee0ine1ro9thetreeth
roughthe)hot1i1t:1eetout
この分の最初を見ると、「good」と言う文字が浮かび上がってくるので、最初の文字は不定冠詞の「a」になる。これで「5 … a」も分かる。
こうして19個の暗号文字の内過半数の11個の正体が得られた。作中ではカットされているが以後も文中に浮かび上がる単語で簡単に続けていく以下のようにできる。
)hot → shotより、「) … s」。
9inutes → minutesより、「9 … m」。
hoste0 → hostelより、「0 … l」。
lim2 → limbより、「2 … b」。
bran—h → branchより、「— … c」。
se¶enth → seventhより、「¶ … v」。
1rom → fromより、「1 … f」。
bisho.s → bishopsより、「. … p」。
e:e → eyeより、「: … y」。
これらを最終的にまとめると以下の通り。
agoodglassinthebishopshostelinthede
vilsseatfortyonedegreesandthirteenm
inutesnortheastandbynorthmainbranchse
venthlimbeastsideshootfromthelefteyeo
fthedeathsheadabeelinefromthetreeth
roughtheshotfiftyfeetout
適切な区切りやアポストロフィの付加、そして句読の追加をすることで以下の文が出来た。
A good glass in the bishop`s hostel in the devil`s seat ―
― forty-one degrees and thirteen minutes ―
― northeast and by north ―
― main branch seventh limb east side ―
― shoot from the left eye of the death`s head
a bee-line from the tree through the shot fifty feet out.
(僧正の旅籠にある悪魔の腰掛には上等のガラスがある。
41度13分、北よりの北東にある東側の主枝、
七番目の大枝―髑髏の左目から撃て。
その後は木から狙撃地点を経て
50フィート(15メートル強)向こうまで直進せよ。)
こうして文章は意味あるものへと変化したわけだがその意味は依然難解なままである。
少なくとも後半は実際に見つけた髑髏の左眼からのアクションをそのまま書いているだけだが、前半は意味のよく分からない比喩表現が用いられているからだ。
ルグランは「上等のガラス」が望遠鏡である事は事前に予想していた為、次の比喩表現である「僧正の旅籠」にあたる建造物を古表現のhostelをhotelに言い換えた上で探し始めた。島内に知るものがいなかった為、別の手を探そうとしたが、ここで島の北方にある「ベソップ」という字面の似た家があるのを思い出して、調査したところ「ベソップの城」と呼ばれる高い岩がある事を知る。
残る「悪魔の腰掛」だが、これは岩の周辺を調べる内に岩の中で一部が高くなり、中央が椅子の様にくぼんでいる事から場所を見つけられた。
そこからは文章通りに調べることであのユリノキの髑髏の発見、そして作中で行われた掘削へと至った。
なぜ目印に髑髏を選んだのかについては「長年経っても白い色を保つので目印にしやすい」からではないかとルグランは推測している。(語り手は「海賊の旗」から想像している。)
一度はジュピターのミスで骨折り損になりかけたが最終的にキッドの財宝へと彼らは到達することが出来たのだった。
(ちなみに「暗号文通りに弾丸を落とさなかったのは何故か?」や「黄金虫を垂らさなくても、単に真下に来ればいいのでは?」と思う人もいるかもしれないが、これは語り手とジュピターが自分をキ○ガイ扱いしたことに対するちょっとした報復として彼らを煙に巻く為にしていた。)
暗号そのものの謎解きはここで終わったわけだが彼らの間ではまだ1つ気になる事があった。
財宝と一緒に出てきた人骨は何だったのか?
ルグランもこの点には答えを断定できずにいたが、筋が通る推測としてキッドが財宝を埋めるのを誰かに手伝わせた後に口封じのために殺して埋めたのではないかと言う説を出した。
(だとすればたとえ暗号で炙り出さないと文字が出てこないとはいえ、あの羊皮紙も痕跡となりうる以上処分するべきであるはずだが。)
秘密をこの世から葬る為に手伝い人をつるはしで何度殴ったのか。
それは流石にルグランでも分からないのだった。
【余談】
- 彼が発表したこの作品は新聞の懸賞で最優秀作となり、ポーは賞金として100ドル(現在の日本円にしておよそ100 ~ 150万円。)を受け取っている。これはポーが生前に得た単独作品の収入としては最高額とされている。
- この作品は発表された1843年に舞台化されているが、これはポーの生前になされた唯一の彼の作品の舞台化である。
- 本作で用いられた単一換字式暗号の「言語予想→頻度分析→単語から類推」と言う暗号解読の流れはシャーロック・ホームズシリーズの「踊る人形」でも用いられている。(こちらは句読を付ける過程も暗号の一部に組み込まれている。)
また暗号から宝を手に入れる流れは江戸川乱歩の「二銭銅貨」でも利用されている。(ただし採用されているのは単一換字式暗号ではない。)
この様にこの作品に着想を得て出来た作品は多い。
- この作品の発表前の話だが、ポーは雑誌にて暗号解読の挑戦状ともいえる声明を出し、また実際に送られてきた暗号の大半を宣言通りに解読していた。また暗号に関する著述「暗号論」も雑誌にて掲載している。
追記・修正は髑髏の右目と左目を間違えないようにしながらお願いします。
[#include(name=テンプレ2)]
この項目が面白かったなら……\ポチッと/
#vote3(time=600,1)
[#include(name=テンプレ3)]
▷ コメント欄
- この暗号作成・解読は26文字しかないアルファベットならではだろうな。日本語だと使用する文字が多すぎて作業が膨大になりすぎる -- 名無しさん (2018-09-19 12:57:11)
- 追記:ひらがな(またはカタカナ)だけに限定すれば50文字程度で済むがそれでもおよそ倍の作業が必要になる -- 名無しさん (2018-09-19 12:58:12)
- ジュピターの間違いって「お前の左目はどっちだ」じゃなく「俺の左目はどっちだ」って聞いて、ジュピターが自分から見て左になる方の目を指して発覚するんじゃなかったっけ? -- 名無しさん (2018-09-19 20:45:31)
- ↑佐々木直次郎さんの奴を見るとルグランがジュピターが勘違いをしてることに気付いて「お前の目はどっちだ」と聞いててそのあとに「俺の左目はどっちだ」と言う問いをしてる。 -- 名無しさん (2018-09-19 21:07:36)
- 昔「王様の仕立屋」で「宝を匂わすメモを仕込んだ鞄を蚤の市で売る」「メモに気付いた購入者が近くのホテルに泊まりにくる」「ホテルのオーナーは鞄売った奴の家族で”儲かった&ざまぁ”」ってのがあった。(作品読んだことないから勝手な妄想だが)何故か存在する羊皮紙と"大量"の人骨を鑑みると、もしかしたらこれもそういう事なのかと考えてしまう。つまりルグランと彼の財産も後ほど「本当の持ち主」に…… -- 名無しさん (2018-09-21 09:32:02)
#comment
コメント
最新を表示する
NG表示方式
NGID一覧