登録日:2015/07/30 Thu 13:49:32
更新日:2024/01/16 Tue 10:59:19NEW!
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物語を聞いたからには、その物語の語り手は実在しなければなら――
■概要
『酔歩する男』とは小林泰三氏の短編小説。短編集『玩具修理者』に収録されている。
『時間』と『タイムトラベル』がテーマのホラー作品だが、その実SF小説の傑作となっている。
元ネタは万葉集にも歌が残されている「菟原処女伝説」であろうか。
美しい少女、菟原処女を巡って菟原壮士と血沼壮士が争い、
嘆き悲しんだ菟原処女がついには自殺してしまうという悲しいお話である。
この血沼壮士は詠んだ人や土地によって智弩壮士とも小竹田丁子とも血沼丈夫とも呼ばれる。
また、菟原処女伝説は現在でいう兵庫県の話だが、このような、
「二人の男が一人の女を取り合い、最後に女が死ぬ」という話は全国に残っており、
例えば千葉県には「真間手児奈伝説」と呼ばれる話があり、『雨月物語』の「浅茅が宿」ラストで引き合いに出されている。
所々にクトゥルフネタが散りばめられている。
(例えば作中で上映されている映画のタイトルが「アット・ザ・マウンテン・オブ・マッドネス」等)
■登場人物
- 血沼 壮士
主人公。誕生日は11月28日。AB型。
馴染みの店にどうしても行けない時があると言う秘密を抱えている男性。
道を間違っている訳ではない、何度も通っている、それでも時々辿り着けない。
一軒一軒店を確認しても存在しない……そんな悩みを抱えている。
ある時出会った男との談笑で真実を知り恐怖してしまう。
- 小竹田 丈夫
この物語の語り手。
血沼の親友だが血沼の事を知らないと言う、謎多き浮浪者の様な男。
実は意識だけがタイムスリップしているタイムトラベラーだった。
- 菟原 手児奈
小竹田曰く、大学院時代に親友・血沼と取り合った事があると言う女性。
童顔でスタイルも決して良くはないが不思議な魅力を振りまいており、小竹田と付き合っていても他の男によくナンパされていた。
趣味は石の匂いで地理に疎い。
未来の事を過去として知っていたり、味を色として認識したりと不思議な所があり、そんな所に小竹田と血沼は惹かれていった。
そんな手児奈が事故か自殺か……突然死んだ事から悲劇が始まる。
また小竹田曰く、二人が脳の処理を受けた時、その瞬間に生まれた歪んだ存在こそ手児奈だと言う。
原因と結果、そんなものは脳が生み出す幻想に過ぎず、因果律を超え、時間に広がるように存在する存在だと確信したらしい。
■用語
過去や未来に行くと言った時間移動の事。
本作品においてはタイムマシンや巨大装置、特殊能力の獲得は必要ない。
必要なのは粒子線癌治療装置だけで、むしろ能力の欠如として扱われている。
血沼は時間感覚障害者のデータを元に研究した結果、時間の流れを正しく感知する器官が脳に存在する事を突き止める。
この器官は「時間を認識する能力」「時間を制御する能力」「波動関数を再発散させない能力」を司っており、
これがある限り生命体は時間を正しく認識できる。それはまるで三半規管が重力を認識するように。
しかし実際には三半規管に何かあっても視覚等の別の感覚がフォローしてくれるように、
知識や経験が時間の流れを無意識に捉えてしまうので、意識がある限りタイムスリップしない。
裏返せば意識を失えば強制的にタイムスリップが発動する。
また実は時間は連続体どころか点の集合体だった(別作品の某未来人の言葉を借りると時間はパラパラ漫画のようなもの)
時間と時間に連続性はなく、脳は混乱しないように時間に順番付けをする事で、時間を連続体だと錯覚させていた。
……つまり5月14日の翌日は5月15日だと当たり前に信じていたが、 実は14日の次はどこかの時間帯だったと言う事だ。20日かもしれないし、4月15日かもしれないのだ。
通常は14日と15日が独立しており、それとは別に意識も独立している。
脳は正しい時間の流れを感知してからその時間の意識に接続し統合する。
しかしタイムスリップするためにそれが壊れてしまったため、意識の接続先が分からなくなってしまう。
そこで脳は「まぁこの辺の時間帯が正解かな……」と適当に接続したためランダムに別の時間軸に飛ばされる。
しかし飛ばされた先にもタイムトラベラーの意識は存在し、その時間軸までの時間帯のタイムトラベラーにも意識は存在している。
そのためタイムトラベラーは意識不明状態になる事はないが、ただ現在のタイムトラベラーが今までの意識とは繋がっていないだけ。つまり実質記憶喪失。
例え過去に飛ばされ未来を変えたとしても、また過去に飛ばされれば波動関数が発散しなかった事になる。
だからと言って日々を適当に過ごせば、未来に行った場合適当に過ごした未来になってしまう。
しかも死のうと思っても、死とはつまり意識を失う――つまり、タイムスリップするだけなので絶対に死ねない。
以下ネタバレのため注意!!
俺は何だろう?
あなたは犠牲獣。
何故、人は安心していられるのだろう?
波動関数が収束するから。
俺を苦しませる物は何?
それは運命。でも、本当は違う。
何故、人は希望を捨てられないのか?
波動関数が発散するから。
君は誰だろう?
私は手児奈。
■余談
クトゥルフ神話を題材にしたアンソロジー作品『超時間の闇』に掲載された同著者の短編小説『大いなる種族』において、
時間軸から解放された血沼が事の顛末を論文としてまとめあげていたことが語られている。
どの意識の血沼が書いた論文なのかは不明だが、確かに存在していた筈が後に消失しており、
どうやら処置を受けた血沼と小竹田同様にかなり不安定な存在だったようだ。
血沼の論文からインスパイアを受けた同作の主人公の科学者は
「情報流入を制限する役割を持つ脳の部位を一時的に麻痺させることで、短時間で大量の情報を注入出来るのでは?」と仮定。
『対人間収量情報技術実験装置』なるものを開発し、実験を行うのだが……。
また、同著者のミステリーシリーズ、〈メルヘン殺し〉シリーズの三作目『ドロシイ殺し』では大学生の血沼と小竹田が登場している。
こちらでは同じ大学に通うドロシイという女性を巡って三角関係になっており、世界が変わっても中々難儀な星の下に生まれている様子。
しかし物語の終盤、ドロシイは誰も予想だにしなかった事実を告げる。
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▷ コメント欄
- 玩具修理者目当てで文庫買ったけど、ぶっちゃけSFホラーとしてはこっちの方がよっぽどゾクゾクさせられた…… -- 名無しさん (2015-07-30 18:12:26)
- よくわからねえ……俺には無理だ -- 名無しさん (2015-07-30 18:58:18)
- 小林氏の別の作品(イスの偉大なる種族とかが出てくる)で、この小説の登場人物が書いたらしき論文が出てきてたなあ。 -- 名無しさん (2015-07-30 21:36:30)
- ↑×2要するに人生ADVがセーブ&ロードぶっ壊れた上にバグって本来シナリオ上にいなかったキャラクター(古い例だがポケモンのケツバンみたいなもん)が発生してるのに強制プレイしてる、さらに電源切れなくなった状態 -- 名無しさん (2015-08-01 10:16:49)
- 盛大に何も始まらない……のかな? -- 名無しさん (2015-08-01 14:02:45)
- 語り部と主人公が大学時代の元カノの自殺を止めるために過去に飛ぼうとして、能の「時間認識部」をレーザーで焼いたら時間が認識出来なくなってしまった。 -- 名無しさん (2015-08-02 16:43:46)
- タイムスリップには成功したが、過去に飛ぶか未来に飛ぶかすら指定出来ない不完全なタイムスリップだった。しかも「自分の一生の間の年代」しか飛べない制約があるから、死のうと思っても死ねない。 -- 名無しさん (2015-08-02 16:48:37)
- そういう生活を始めてからもうかれこれ五万年は経ちますかねえ、っていう話 -- 名無しさん (2015-08-02 16:49:41)
- 因果すら超越して時空に広がるテコナさんは何者なんや・・・ -- 名無しさん (2015-08-03 23:01:15)
- 無限地獄とも取れればやり直し&やりたい放題の人生、ただし退屈で新鮮味が無い強制理不尽縛りプレイである。 -- 名無し (2015-09-15 16:45:51)
- ゾッとしたわ -- 名無しさん (2015-10-29 05:07:36)
- 恐ろしい点は発狂したり自殺したりしてタイムスリップしても、スリップ移動した瞬間正常状態で起床すること。気が狂うことも考えるのをやめることもできず、ただただ生き地獄を未来永劫続けなくちゃいけない。タイムスリップ・タイムリープものの中でもトップクラスの悪夢。 -- 名無しさん (2015-10-30 20:13:42)
- GER喰らって永遠に死に続ける羽目になったディアボロと同じくらい悲惨だな -- 名無しさん (2015-12-30 09:59:47)
- 自分が観測しなけりゃその他のものは総じて不確定なものってか -- 名無しさん (2016-05-20 23:39:12)
- UTのSANSもこんな風な体験を繰り返していたんだろうか。血沼やディアボロのように発狂しなかったのは弟のおかげか。 -- 名無しさん (2016-11-02 17:04:39)
- 「自分の人生限定のタイムトラベラー」だと小説『スローターハウス5』の主人公に似ているが、そっちは「何度追体験しても終焉すら変わらない人生」だったな。それでもその中である種の悟りを開けていた分この本よりましと思えてしまう。 -- 名無しさん (2017-03-02 17:15:05)
- カーズ様みたく考えることをやめてみたらどうかと思ったけど、その瞬間どこか飛ばされる可能性があって、あの状態より苦しいだろうな・・・と感じた -- 名無しさん (2017-03-20 22:22:42)
- 簡単に言うと、睡眠や死など意識が途絶するたびに自分の人生のどこかの一日にランダム転移する状態。次に目覚めれば学生時代のある一日かもしれないし、社会人時代のプレゼン前日とかかもしれない。翌日以降のスケジュールのために何か備えようにも、自分の認識上の翌日は人生のどの一日かわからないから不毛この上ない(試験勉強しようにもその試験が何日後か何年後かわからない)。 -- 名無しさん (2021-03-22 05:24:07)
- より厄介なのは、だからといって勉強しなかったりプレゼンの準備しなかったりすると転移先の人生が「試験に失敗した人生のとある一日」「プレゼンに失敗した人生のとある一日」になる確率がどんどん上がっていくこと。それを避けるには人生のどの一日になっても(自分の認識ではいつ来るか不明な)スケジュール上の未来のためにその日を過ごさねばならない。それが永遠に続く。余談だが血沼いわく最悪の日は身動きできず思考しかできない胎児時代とのこと。 -- 名無しさん (2021-03-22 05:28:57)
- ↑胎児の話ってどこで出てきたっけ?同作者の他の小説? -- 名無しさん (2021-03-22 09:32:56)
- 同じ話の中であったはずだが -- 名無しさん (2021-03-22 17:45:47)
- 発狂して終わる事ができない、記憶が途絶したら正気に戻る。というのが生き地獄の際たるものだよな。脳髄工場でさえ「死ねば苦痛も終わるからその時がくるまで我慢すりゃいい」って解決策はあるのに・・・ -- 名無しさん (2021-04-01 02:28:57)
- よーしお前ら 俺が作ったページで存分に盛り上がって毛 -- ちずむ (2021-07-23 14:19:43)
- タイムスリップなんてするもんじゃねぇな…過去は変えられない -- 名無しさん (2022-03-21 06:46:40)
- この小説のタイムスリップの問題は未来が変わりまくる事だけどな -- 名無しさん (2022-03-21 16:23:58)
- 逃げ道なし。過去の積み重ねが出来ないので回数を重ねるごとに状況はただただ悪化していくばかり。終わりのない賽の河原の石積を続けるしかないというのはまさに地獄よな。能力を得るのではなく喪失する事で可能になるタイムスリップとはほんま皮肉が利いてる -- 名無しさん (2022-05-10 13:22:49)
- 小竹田の話を聞いてしまったが為に血沼は気にはなってもなんとかやり過ごしていた事実を強く意識することになって結果まともに過ごせなくなったというのは皮肉な話よな。小竹田が話しかけてきたのもどこか怨念めいたものを感じる -- 名無しさん (2022-05-19 23:10:13)
- 過去改変未来改変アリアリのタイムトラベルだから一見無敵・・・だけど行き先がランダムでしかも原理的に因果律が破綻してるもんだからこの状態で何を為しても無為に帰していく・・・世界が可能性状態に発散しては全てが関係の無い次の(客観的には次とか前とかですらない!)世界に収束していくのを自分一人でただ観測し、経験が意味をなさない究極の予測不能に放逐され続ける・・・・考え得る中でも屈指の詰みシチュだと今だに思う エグい -- 名無しさん (2022-05-28 20:21:48)
- 胎児時代にタイムスリップした話は同じ酔歩する男内の描写 -- 名無しさん (2022-09-05 00:57:16)
- 閉所恐怖症だと更にキツい話 -- 名無しさん (2023-01-26 19:56:13)
- タイムスリップというと多かれ少なかれワクワクする先入観があるものを、SFの理屈でゾワッするホラーに使ってしまうのが小林小説的というか -- 名無しさん (2023-07-04 10:15:55)
- 何言ってるのかさっぱりわからない。簡単に言うと(簡単じゃない) -- 名無しさん (2023-08-30 21:55:41)
- 著作権保護のための対応のための編集を行いました -- 名無しさん (2023-08-31 04:36:18)
- 他の作品もそうだけど小林泰三って「読者が体験することはまずないだろうけど当事者になった場合の苦痛や嫌悪を容易に想像できる」惨状を表現するのがうまいよなぁ…小説読んでて体調不良になったの初めてだわ -- 名無しさん (2023-10-09 06:27:18)
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