第一話「華山 彩」

ページ名:華山 彩


 

四月九日(土)友引




 

 最寄りのバス停から水平距離およそ3キロ。田舎だとはわかってたけど、ここまで交通網が発達してないなんて予想外。しかも道は平坦じゃない。私が目指す『豊岳園ほうがくえん』は山の奥にあるのだから___


 

 徒歩約三時間。何とか山を抜けて村の入り口までたどり着いた。四月にしては気温は少し高めのように感じる。ここでは、宿屋の人と待ち合わせになっている。この村には案内してくれる人はいない。だから、旅館の人がここに来た観光客や移住してきた人を案内するのだという。

 

 私の方が先にたどり着いてしまったようだが、いずれ来るだろう。

 

 数分もしないうちに、田んぼと田んぼを隔てるまっすぐな道路の上を走ってくる一人の女性の姿が見える。服装から見て、彼女が旅館の人だと分かった。同時に、〝走って〟やってきたことに「そうか、ここもバスとかないんだ…」と、再び歩かされる未来を悟った。

 

「すみません!お待たせしましたっ!」

 

 そういって頭を下げた彼女は、よく見るとまだ子供であった。

 

「…あ、いえいえ。私も今たどり着いたばかりなので。」

 

 彼女の意外な容姿に驚きつつ、私は目の前の少女に顔を上げるよう促した。

 

「もしかして、あなたが電話で言っていた…?」

 

「はい!弥生春やよい はると申します!この村の案内も私が担当しますのでわからないことがあったら何でも聞いてくださいね!」

 

「若いのにもう仕事してるの?すごいわね。」

 

 若いのに…といっても自分ですらまだ20代前半だ。この場にかつての上司がいたなら「おまえだってまだ若いだろう」と揶揄されていたに違いない。前の職場、悪い場所じゃなかったんだけどな…

 

「えへへ、ありがとうございます。私の両親は出張が多くて…親友の下で働かせてもらってるんです。」

 

「へぇ…それはまた大変ね。…ん?親友、てことはあなたくらいの子が宿を仕切っているの?」

 

「はい!少し変な話に聞こえるかもしれないですけど、旅館『ひいらぎ』は私の親友が経営してるんです!最近は村の人たちも手伝ってくれてるので従業員は合計で五人になります!」

 

 子供が経営、この先の話を聞く勇気はなかった。恐らく不幸があったのだろう。わかりきってることを聞くほど私は腐ってなかった。

 

「なるほど、みんなで助け合ってるわけね。」

 

 そう、かつての私の職場のように___

 

「あぁ、そういえば名乗ってなかったわね。私の名前は華山彩かやま あやよ。よろしくね。」

 

「はい!よろしくお願いします!では早速旅館に向かいましょうか!」



 

 宿に向かう途中、春ちゃんから色々なことを聞いた。この村には中学校までしかなく、子供たちはみな中学校を卒業したらそのままこの村で働く子が多いらしい。彼女は、幼いころからその〝親友〟の家の人の手伝いをしていたらしく、16歳になってから本格的に働き始めたらしい。

 集落に近づくにつれ、その村の全貌が明らかになっていった。村と聞けば都会育ちの私はただっ広い田んぼと、木造の民家が数件立ち並んでるイメージしかなかったが、こうしてみると役所のようなものもあれば、病院もあった。インターネットに上がっている航空写真を見て、「小さい村だな」と思っていたが、実際に来てみると意外と広い。

 

「着きました!ここが旅館『ひいらぎ』です!」

 

 そうこうしているうちにたどり着いた。たどり着いたかと思えば疲れがどっと押し寄せてくる。

 

「いらっしゃいませ。ようこそひいらぎへ」

 

 中に入ると、着物を着た綺麗な女の子が出迎えてくれた。きっとこの子が春ちゃんの親友なんだろう。

 

「私、この旅館の女将をしております、如月讃良きさらぎ さんらと申します。」

 

「あっ、どうも。」

 

 見かけによらず丁寧な応答ができる子だ。両親に厳しく育てられたのだろう。思わず面食らってしまった。

 

「ささ、中にお入りください。」

 

 春ちゃんも先ほどまでとは違い、真剣な表情に戻った。いわれるがままついていくと、私の部屋は二階の奥の部屋だった。

 

「わぁ…!」

 

 扉を開けて中に入ると、和風な感じの間取りがまず目に入ってきた。が、それよりも窓の向こうに見える綺麗な桜に目を奪われた。

 

「とても、綺麗ね。ここに来てよかったわ。」

 

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 

 荷物を置いた後、私はこの旅館の中庭に出た。先ほどの綺麗な桜を写真に撮ろうと思ったからだ。すると、背後から声がかかる。声からして春ちゃんだ。

 

「彩さんは、ここに観光に来たんですか?」

 

「いえ、引っ越しに来たの。」

 

「そうですか…よかったら、うちに住みませんか?」

 

「え?」

 

「うち…どうせ親もいないですし、使ってない空き部屋は沢山あるので!」

 

「でも…いいの?私みたいな見ず知らずの人間を…」

 

「も、もちろん良いですよ!まぁ、彩さんが良いならですけど…」

 

 私は少し戸惑った。たしかに、ここに旅館はあってもマンションのようなものは見当たらなかった。

 

「う…本当にいいの?近所の人から変な目で見られない?」

 

「大丈夫ですよ!ここの人たちはみんな優しいので!」

 

 私は、彼女が交渉しに来たというより、自分の家にどうしても住まわせたいようにしか見えなかった。そんな春ちゃんの気迫に負けてか、結局彼女の家…もとい、弥生家で一緒に住むことになった。

 

 春ちゃんの言う通り、近所の人たちはみんなフレンドリーで、特に怪しまれるなんてことはなかった。彼女は私と一緒に暮らせて楽しいかもしれないが、どちらかというと私のほうが緊張してしまっている。それより、約三時間の登山で疲れ言った体を休めたかった。その日は、いつもより早めに就寝した。

 

 そんな感じで、私は次の日を迎えた。

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