Its All Over But The Crying
ページ名:Its All Over But The Crying
- 【作品名】It's All Over But The Crying 1-3
【元スレ名】ここだけ能力者の集まる高校、ここだけ世界の境界線
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- 管理者より:1-3の連番投稿されてたようなので、まとめさせて頂いてます!
- 1,2が能力者の集まる高校、3が世界の境界線での投稿です。
燃えている。人が、建物が、───やっと見つけた、彼の小さな世界が。
四十人ものエージェントを捕らえて殺し、三十人もの人間を拷問に掛けてやっと掴めた組織『カノッサ機関』。この焔は、彼等の計画によるものだろう。
そしてこの世界の犠牲もまた、彼等の思惑通りの事なのだろう。
──────A.D.2074 ドレスデン郊外
剣呑な焔に巻かれ、今まさに地図から消えようとしている長閑な農村。その大通りにて取っ組み合う、焔に照らされた人影二つ。
否、勝負は今まさに決しようとしている所であった。満身創痍で、首に手を掛けられた片方の死によって。
「昔っから変人のくせに頑固だと思っていたが……。ハハ、ここまでとはな……」
『こ……の台詞だ……まっ…く……!』
地に押さえつけられもがく男の、華奢な身体は動かない。機械の肉体を持つ偉丈夫に伸し掛られれば、きっと誰でもそうなるだろう。
それはもう一人の方も同じだ。今大きな抵抗をされれば、片腕はもげて肉も爆ぜた身体は、その身に宿る意思に関わらずアッサリと命を刈られるだろう。
残った血塗れの掌で、あの頃とは相も変わらない白く華奢な首を握る。───そこから先が勝者たる機械の身体の偉丈夫、三橋翼にはどうしても出来なかった。
同情ではない。他人の命を奪う覚悟など済ませている。肉体の不調や千日手とも少し違う。ほんの少し力を込めれば、何の問題もなく眼下の男はいずれ窒息死する。
では何故か。───偏に、目の前の敵が、嘗ての友、桐生真雄その人だったからでしかない。
◆
思えば彼の人生はロクなものではなかった。実験用の少年兵として、まだ歯も全て生え変わっていない頃から過酷な環境に置かれていたのだ。
同じ環境にいたのは彼一人だけではなかった。ウマの合うヤツも、気の良い年上(と言っても一、二歳の差だが)の友人も、気になる少女もいた。
そう、『いた』のだ。皆この手で殺した。そうしなければ生きられなかったからだ。
運命とは自分で切り開くものではあるが、時として抜き差しならない状況に、否応無く放り込まれる事がある。過去の三橋がそれだ。
昨日まで共に過ごし、励まし合っていた友人と管理者の命令で殺し合った。でなければ自分が死ぬからだ。強制進化ウイルスに侵され、蠢く緑の肉塊となった少女に自身の異能を叩き込んだ。でなければ自分も死ぬからだ。
その反動か、償いのつもりなのだろうか。あの地獄を生き延びた、彼の磨り減った精神に刻まれた個人的な誓い、『友人は決して殺さない』という呪いが生まれたのは。
そして時は流れて今、嘗て袂を分かった友人が目の前で死にかけている。敵として。
突如現れた得体の知れない連中の話、異世界の軍勢と対抗する。そんな馬鹿げた事を彼は信じ、走狗として世界を駆け、そして今自分を仕留めに来た。何処にも属さない『はぐれ』たる異能力者の自分を仕留めに。
死ぬ訳にはいかなかった。だから戦った。
あの高校にいた時、時折していた模擬戦とは全然違う。ヒロイックさも爽快感も無い、泥臭くブルタルな殺し合いを繰り広げた。
腕を落とされ、目を潰し、腹を斬り裂かれ、筋を噛み千切った。
互いに揉み合い、取っ組み合い、血に塗れて得た勝利などに、しかし高揚感も安堵も微塵もなかった。
『早く……だい……?……くは……だろう』
「……出来たらやってる」
端子に入る微かな声は、ザアザアというノイズに掻き消されて元の声音すら分からない。
顔に妙に力が入る。限界が来たかと思ったが、意識に反して湧き上がる激情によるものだった。
「───何で──ッ!何であんな奴等に着いていったッッ!!!」
喉を逆流する血に咳き込みながら怒鳴る。やり場のない想いを、せめて最後にブチ撒ける様に。
「分かっていた筈だ!奴等が俺等の事を考えて、助けたいと思って近付いた訳ではない事を!気付いていた筈だ!いつかはこうなっちまうって!!」
堰を切った様に恨みつらみが溢れ出る。歪んだ目尻は、流せぬ泪を無理に出そうとしているのか。
「何でよりによって……、お前がこのオレの前に出てきた……ッ!」
ふと、白い血塗れの避けた頰に触れる手に気が付いた。
血で滲む視界が真雄の顔を捉える。数十年経っても変わらない、あの頃の様な微笑みを。
『───良いんだ』
先程まで、肉を裂き骨を砕く殺し合いをしていたとは思えない程、穏やかな声。
『───僕には僕の──、やるべき事があった。君も同じだろう───?』
まるで嵐の後の晴れ間の様にノイズは失せ、はっきりとその言葉は耳に入って、脳を揺さぶる。
聴きたくはない。オレに、俺のその行為を正当化させないでくれ。哀願する様に目が見開かれ、赤い瞳は輝きを増す。
『───君に殺されるなら───』
無慈悲な焔に舐め尽くされ、地図から消えた農村の跡。未だ燻る通りにて膝をつく、血に染まった満身創痍の人物。
人と建物の焼けて生まれた黒い煙の下、深い深い絶望の坩堝の中、それでも遠い情景とはあまり変わらない笑顔を浮かべたまま果てた、友だった男。
嗚咽は無い。涙は流せないからだ。慈悲は無い。そうせねばならなかったからだ。では憤怒は、後悔は───。
「────AAAAAAAAAAAAARRRRGGGGGGHHHHH!!!!!」
朱に染まった顔で天を仰ぎ、鬼は叫びを上げるしかなかった。
- ◆
「……あ。翼…」
「終わったぜ。……立てるな?また、直ぐに発たねばならん。
さっさと準備を整えておけ。一ヶ月ぶりの長旅だ」
村外れの廃品置場。不法投棄された大型バンのドアを開けて、中に隠れていた人物、少女を引っ張り出す。
何の手違いかこの世界に召喚され、自分と寄り添う事となった憐れな淫魔の少女。これが友を殺し、血の混じった戦場の泥を啜ってでも生き延びようとする理由だ。
彼女は自分を慕っている。それ故に、あの瓦解していく学園に置いて行く事も出来なかった。平和な所まで辿り着き、彼女が幸福な生活を得るまで護り、そして去る。それが今の彼を突き動かす決意だ。
彼女が幸福になるのなら修羅にでも、鬼にでも成る。何処までも堕ちてみせる。それが自分の責任だ。生きる目的だと。意固地になっていた。
「…なに、考えてたの?」
「そう見えたか?大した事じゃない。本当、そんな言う程の事ではないさ。マジで。
強いて言うなら、持ち主の死んだ物品を掻っ払うのは気分が良いって事ぐらいさね。早く乗れ」
「……一つだけ、やくそく、してほしい」
「一つしかない缶詰肉を寄越せって事以外なら。何だ?」
「あまり抱えこまないでほしい。それだけ」
「善処するさ。…ありがとな」
乾いた自嘲の笑い溢れる古ぼけた軽トラ。灰となった村の中で見つけた、唯一動く車両。
秋晴れの青空の下、二人の流民を乗せたトラックは宛てもなく道を走る。逃げて、逃げて、逃げ延びるために。
燃えている。人が、大地が、───人であるための最後の縁、度し難い罪人たる彼の祈る唯一の者、その全てが。
この世界を舞台にした戦争経済は留まる所を見せず、アメーバが周りを取り込んでいくかの様に拡がっていった。
戦火は主要都市の大半を焼き尽くし、今や堂々と様々な軍隊に混じって活動するカノッサ機関により、異能力者は重要なリソースとして扱われていった。
怨嗟と憎悪は酸の様に世界を浸していき、副産物として生まれる利益は、巧妙に隠された多世界からの使者達が掠め取っていく。地獄さながらの地だからこそ、其れは産まれたのだろう。
──────A.D.2077 オールド・トーキョー 名も無き集落
この地には戦火を逃れた人達のキャンプが築かれていた。
キャンプと言っても、実態は人のいなくなり荒廃した廃墟に住み着いた人々の集落の事で、その収容人数は百を優に超える。
人種も、歳も、異能の有無さえバラバラだが、戦から離れたいと思う気持ちだけは皆に共通していた。
だからこそ、護るべき人を連れた三橋は此処を次の目的地に選んだ。仮初めの平和なのは分かっていたが、それでも縋る様に。
「ゴーン、ゴーン、エヴリワン、ゴーン……。ってか……。
畜生…、畜生、畜生畜生……ッ!ここは俺達の…!」
燃え盛る建物は、件のキャンプのものだ。重機に穿かれた大穴に棄てられる亡骸は、ここに住み着いていた者達だ。
風が届ける遠くの銃声を聴きながら、煤と泥、自他問わず大量の血に塗れた三橋は、大量の血で湿った土の上を這っていた。
漸く見つけた安息の地も長くはない。中に裏切り者が混ざっていたが、敵の探知力が上回っていたか。
兎に角このキャンプは襲撃を受けた。丁度、彼が来た二年後の日に。
始まりは覚えていない。彼女に買い物を任せて部屋で寝ていたら、いきなりズドンだ。
此処を襲ったのが何処の国の軍隊で、どんな思惑があったのか、最早当事者以外には分からないだろう。
重要なのは、此処ももう焼け落ちるという事だ。ならば逃げ出すしかない。彼女を連れて。
◆
殺した。殺した。殺した。銃で。刀で。拳で。身を貫く弾丸も、身体を斬り裂く刃物も、焔も、彼には問題ではなかった。
夥しい量の血を流しながら、ただ護りたい者の為に走る。ここに来て芽生えた純粋な感情は死にかけの身体に鞭打ち、力を与えていく。
そうだ。何故早く素直になれなかったのか。屍山血河を築いたのも、二十年余りも彷徨っていたのも、そして友を絞め殺したのも、全ては彼女と共に生きる為なのだ。
いつだったか、自分に救われたと彼女は言っていたが、それは此方も同じだ。人の身も残っていない機械仕掛けの自分を受け入れてくれた。度し難い獣性を抱えた自分を受け止めてくれた。───必要としてくれた。
なればこそ、認めないにしろ、惹かれない道理は無い。いつしか彼女の存在は親友や自分より大切で、尊いものとなっていたのだ。
そうだ。愛している。彼女が大切だ。だから動け。足掻け。全てが終わったら、思う存分休ませてやる。
───もっと早く、それに気付くべきだった。少なくとも、当の本人が物言わぬ骸になる前までには。
出くわす兵士を退け、瓦礫を越えてきた死に体の彼を迎えたのは、また地獄だった。
襲撃された時そのままだろう、マーケットだった燃え盛る道路に斃れる何人もの骸。その屍たちの中に見知った碧色の髪を見た時、三橋翼の人としての心は完全に折れたのだ。
精神折れた者に出来る事などない。全身の細胞が死滅していくかの様な感覚、嘔吐感に襲われて膝をつく。立ち上がる事も出来ない。
限界は、彼の想像よりずっと近く、すぐそこまで来ていたのだ。
「……髪が乱れてるぜ……。もう少し気を使えよ」
ズルズルと、蛞蝓が這った様に白い血の跡を残して骸に近付き、血に汚れた頰を撫でる。人に近い見た目だからか、魔族の淫魔でも血は赤い。
燃え盛る木材が倒れ、焔が迫ってきていた。だが彼は逃げない。逃げる余力も、あったとしてもその気もない。
「前に聞かれたよな?…俺もお前と同じさ。生きる価値も、俺自身という存在も、意義も、何もかもをお前から貰った」
苦心して身体を起こし、彼女の上体を、血に汚れたその貌と、もう開く事のない眼を抱き寄せる。
焔は辺りの亡骸を呑み込み、特有の嫌な臭いを辺りに充満させる。その只中にも関わらず、彼は物言わぬ唇と自分の唇を重ねた。初めて、自分から。
◆
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- 「愛している…。もう言う事も出来なくなるから、一度しか言えなくて悪いが」
数秒の後、放された二つの唇の間を伝うのは赤い赤い魔族の血だ。人間とは比べものにならない量のマナに満ちた、魔力の濃縮体。
亡骸の口内に残っていたそれを吸い上げた三橋の身体は、高濃度のマナにより変化を始めていた。
内なる憎悪が文字通り自分の身体を変えていくのが分かった。額が熱を持ち、肉体を突き破る様にナニカが伸びる。それももう、確かめる気は起きない。あるのはただ身を焼く程の憎悪と、微かな後悔のみ。
「お前は望んでいないかもしれないが…。俺には、無理だ。この感情を棄てられないんだ。
…望まないどころか、怒るかもな。愛想を尽かすかもな。それでもいい」
「これから俺が行う事に、一切の救済も救いも善行も無い。ただ獣が駄々をこねる様に、あの地獄の中へ飛び込むだけだ。
これは何度も言ったな…。天国(むこう)か、来世では……。もっとマトモな人に出会えるといいな…。心から祈ってる。…本当さ」
呟く口が大きく開く。後悔に塗れ、逆流する血に汚れた鋭い歯は、何を訴える事も出来ない愛しい人の肩に食らいついた。
止める事は、彼にももう出来ない。本能か、脳に埋め込まれた機械か。どちらかが感じたのだろう。世界が只々憎いと。その世界を壊すだけの力を獲る為に、『コレ』が使えるのだと。
一口肉を嚙み千切り飲み込む毎に、力が漲る。一口血を口に含み飲み込むごとに、傷が塞がり、内から歪んだ内部骨格が飛び出てくる。
通常、機械に魔力が満ちる事はそうそう無い。水が雨合羽に浸透出来ない様に、科学の力の塊たる機械と非科学的な魔力が溶け合う事は無い。単純に相性が悪いのだ。
だが、今の彼の身体は謂わば破れた雨合羽だ。科学も魔術も関係無く、ただ力を求め、混ぜ合わせて自身の物とする憎悪の撹拌器だ。
だから叶ったのだろう。彼の機械の肉体が許容範囲を遥かに越える魔力に冒され、冒涜的な程にその有様を変えていく事が。
◆
まだ見える片目の視界が滲む。涙かと淡い期待も湧いたが違う。人の身体を持たぬ、機械の兵器である事の証左、サイボーグ用のホワイトブラッドだ。
身体に行き渡るマナにより、不要となった血液がその目から排出されているのだ。
───終に、真っ当に哭く事も、叶わなかったか。
自嘲の嗤いを漏らそうとしたが、出てくるのはグルグルと喉の鳴る音のみ。
それもそうだろう。血溜まりに写った己を見よ。貌は剥がれ、歪み捩れた内部フレームが角の様に内から伸びている。何本も。
人間らしい感情を抱くのも、機械の無機質さを持つのも可笑しい、忌まわしい鬼そのものではないか。
残った自我も憎しみに上塗りされて、失せた記憶と共に消えていくのが判る。その前に、その前にやる事がある。
震える手が、顔面を貪られて骨の見えかかった淫魔の首を掴んで指でなぞる。何度も、何度も、戒めろと躾けようとするかの様に。
大きく見開かれ、虚ろに周囲の地獄を写す霞んだガラス玉の様な目には、しかしこの無惨な死骸しか入らない。上塗りされた記憶にも刻み込もうとするかの様に。
「───◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!!!」
鮫めいて尖った牙の生えた口が咆え───常人の数倍の脚力で焔の中から飛び出した。
黒いスパークの走る四肢に力が篭っていく。燃えるマーケットの屋台から引き裂いた赤い布で、膂力漲る背中を隠す。
かくして一人の男の心は折れ、一匹の獣が産まれたのだ。
この地は、この世界は本来の宇宙の予定より遥かに早く終わる。
だが、終わる世界だからこそ其れは産まれたのかもしれない。全ての事象、人、生き物、世界そのものを憎み、嫌悪し、破壊しようとする獣。
そして怨嗟と後悔は酸の様に、彼に残った人の心を蝕んでいく。人間性を餌に、獣の殺意は膨れ上がっていく─────。
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燃えている。人が、人が、奴等の世界が。
───否、『燃やした』のだ。彼、彼だったモノが。
憎悪を叫び、怨嗟を取り込む怪物。世界を跨ぎ、また破壊する化け物。それが今の三橋翼だ。彼だったモノだ。
同じく世界を渡る者達、越境者と呼ばれる彼等は、其れを『グラッジ』と呼び、警戒を続けているが、そんな事は最早どうでもいい。
──────遠い世界 何処かの研究施設
幾つもの世界を越えて、その身体は肥大化と変形を繰り返していた。
膨大なマナで変異したとはいえ、元はナノマシンの塊。運良く同系の物が手に入れば、粘土細工の様に取り込み自分の物と出来る。
膨らんだ肉体───ナノマシンと人の負の感情の集合体は、生命を奪われた者達の憎悪を取り込み、更なる糧としていく。
その集合体の一部を適当な人間の身体へ打ち込めば、数分しか保たないとは言え、筋系神経系を弄って意のままに動かせる事にも気付いた。
いつしか其れは、たった一人にして一国の軍隊と同等の戦闘力を有するまでと成り果てていたのだ。
- ◆
燃え盛る建物は、元々は何らかの施設だったらしい。襲って、殺して、適当に暴れていたら、何らかの装置か薬品に引火しドカン。
自我は喪われたが、その記憶はまだ肉体に遺っている。其れは生成した触手を突き刺し、傀儡と化した兵士達に火の元を探させ、被害を更に広げさせた。
効率的な人の殺し方を、其れは知識として持っていたし、実行に移すだけの知能もあったが、何故知っているのかは自身にも分からない。
重要なのは、どうすれば大量の人を殺し、世界を殺せるかだけだ。記憶など、不要極まりない。
銃声と悲鳴、液体の跳ねる音の中、グラッジは施設を彷徨っていると鏡を見つけた。反射する自分の鏡像に牙を剥くほど愚かではないが、ふと立ち止まり、閉じなくなった光る右眼で見据える。
血や埃で汚れた鏡面に、人の身を無理矢理残した、異形の肉体が写り込んでいた。黒い角の生えた髑髏の様な顔。集合体と臍の緒じみて繋がる膨らんだ背中。真っ赤な襤褸布の外套。
───そして、そんな自分の肩に抱き着き、目を閉じて寄り添う一人の碧色の髪の少女。
勿論、傍にはそんな人物などいない。過去その様な者がいた事もないし、これからもいないだろう。
だのに何故───。何故自分は、この女に見覚えがあるのか。
- ◆
黒ずんだ鉛色の拳を叩き込まれ、甲高い音を上げて鏡が砕ける。
下らない幻想を振り払ったグラッジの朱い眼から流れるのは、ヘドロの様にドス黒い血だ。
古くなった血がマナと共に流れ落ちるだけ。ある種の生理現象、それだけに過ぎない筈だ。───筈なのだ。
「───◾️◾️◾️……」
喉が一人でに鳴る。獣の唸りじみた、普通の人にとっては不快な音だ。
「◾️◾️◾️◾️……!」
割れたガラス片の食い込んだ拳から、黒い血が滲み出る。感覚など鈍くなっている筈なのに、嫌に響く。
「────◾️◾️◾️◾️◾️◾️────ッ」
言葉ですらない憎悪の唸りを上げ、グラッジは踵を返した。ただ一人、地獄へ舞い戻る為に。
迎え入れるのは焔と暗闇のみ。殺意と憎悪、怒りこそが力与える原動力なれば。地獄へ堕ちるのは其れ一人だけであろう。
やがて獣は、再び越境者達と見えるだろう。死ぬ為だけに。殺して貰う為に、止めて貰う為に───。
その時まで獣は歩む。愛も情も記憶さえも無くした、愚かで哀しい獣は歩む。
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