8月31日
ページ名:8月31日
- 【作品名】8月31日
【元スレ名】ここだけ日常世界
【注意事項】
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8月31日、長かったような短かったような、色々な事があった夏休みも残り僅か、皆が残り少ない夏休みを惜しみながら過ごしていた。
この少年、鷹村剣(たかむら つるぎ)もそうだ。明日からまた始まる高校生活、高校三年生ということもあって、受験のことなど大変なことも沢山ある。そう考えると、ため息が出る。
「あーあ、終わっちゃうなぁ。まぁ、仕方がないことだけど」
アパートの自室で、冷たい麦茶を飲みつつ、物思いに耽っていると、突然部屋の扉が勢い良く開いた。
『剣兄ちゃーん!!』
入ってきたのは、近所に住む小学生、
華山一太郎(はなやま いちたろう)だ。剣とは、一太郎が赤ん坊の頃からの付き合いだ。元々、母親同士が仲が良く、その縁で知り合ったのだが、子供好きの剣が、一太郎の面倒を見るようになり、いつの間にか兄弟のような間柄になっていたのだ。
そんな一太郎が、慌てた様子で剣の住むアパートまで来たのだ、何事かと心配そうに剣は尋ねる。
「うおっ!?一太郎!?どうした?」
『夏休みの宿題が終わらないよー!!』
「えぇ……」
なんだそんなことか、と肩を落とす剣。だが、一太郎本人にとっては、一大事だ。なにせ、このまま終わらなかったら、母親にも先生にも怒られてしまう。
しかし、宿題は自力でやるべきだと剣は思う。手伝ってやるのは、一太郎の為にはならない。
「でも、一太郎さ、宿題は自分でやるもので……」
そこまで言って、考える。そもそも、一太郎が、宿題を終わらせられなかったのは、自分が遊びに誘ったりしたことも、一つの原因じゃないか、と。それに、子供の勉強を見てやるというのは、教員志望の自分にとって、意味のある経験になるのではないか、と。
「まぁ、仕方ないな。手伝うよ。それで、何が終わってないんだ?」
『ええと、自由研究と読書感想文と絵日記!』
「おい……夏休みの友(ドリル)以外全部じゃないか……」
『えへへー』
「笑って誤魔化すなよ。はぁ……まぁ、一度やるって言ったし、ちゃんと手伝うよ。」
『ありがとう剣兄ちゃん!いや、剣先生かな?』
「!?剣……先生……良い響きじゃないか!な、なぁ、一太郎、もう一回!もう一回言ってくれ!」
『え?ええ!?』
こうして、二人の夏休み最後の一日が、幕を開けた。
- ◆
街の図書館。適度に冷房が効いていて、過ごしやすく、机なども多くあり、そこそこの広さの街の図書館であるため、蔵書もなかなかのもの。勉強するには、もってこいの場所で、剣もよくここへ勉強しに来ていた。
しかし、今日は違う。まずは、読書感想文を終わらせるべく、一太郎と剣はこの場へとやって来たのだ。
『とうちゃーく!』
「こら、一太郎。図書館では静かに、だろ。」
『あ、ごめん、つい。』
「分かれば良いんだ。それより、感想文は何の本で書くのか決まったのか?」
『ううん、まだ。』
「それじゃ、ぱぱっと決めちゃうか。」
『オッケー』
そうして、一太郎は本を探しに歩き出す。剣は、その間、椅子に腰掛け、家から持ってきた英単語帳を読み、勉強する。
『剣兄ちゃん。いくつか持ってきたよ。』
「どれどれ……」
暫くして、一太郎がいくつかの本を持ってきた。一太郎のことだから、漫画でも持ってきた可能性がある。図書館でも、昔の名作漫画等は置いてあるのだ。一応、確認しておくか。そう考え、剣は一太郎の持ってきた本を手に取り見る。
一冊目、「ホントの心霊写真」。ありとあらゆる心霊写真を集めた一冊で、一枚一枚に、霊能者の胡散臭いコメント付き。写真も人目で合成だと分かる物も多い。
「……いや、これでどう書くんだよ。」
恐らく、夏の恒例の心霊番組を見て、影響され、興味を持ったのだろうが、これで感想文を書くのは難しいだろう。
『えぇ?駄目かなぁ?』
「別のにしようぜ。さ、次々……」
二冊目、「新・恐竜図鑑」。最新の研究に基づいた恐竜の復元図が満載の一冊。表紙を飾るのは、ふさふさの毛が生えたティラノサウルス。剣が昔持っていた図鑑に乗っていた姿とは、随分と違っている。これはこれで、可愛いと剣は思うが、かっこよさは減ったと思う。
「いや、一太郎……そもそも、図鑑は駄目じゃないかな。」
恐竜、小学生の男の子なら、好きな子も多いだろう。一太郎も、その一人。夏休み中に、恐竜展に連れていってもらう程だ。しかし、いくら好きだからといって、感想文を書くのに適しているかと言うと……
『えぇー、これも駄目?』
「感想文を書くんだから、なるべく物語が良いんじゃないかな。図鑑とかじゃ、書きにくいだろ?」
『うーん、確かにそうかも。それじゃ、取って置きのこれ!』
三冊目、「怪談シリーズ その3」。人気の児童向け怪談を集めたシリーズの3作目。学校の図書室にも置いてあるが、人気が有りすぎて、すぐに貸し出し中になってしまう。
「うん、まぁ、これなら大丈夫かな。」
『よーし、書くぞー』
これなら問題は無さそうだと判断され、まずはその本を読み終える。そして、一太郎は原稿用紙と向き合った。
暫く用紙に向かい合ったかと思えば、文章に悩み剣に相談し、分からない漢字があれば聞きに行き……
『できたー!』
「どれどれ……」
苦労の末、感想文は完成する。漢字の間違いなど無いか、それをチェックする剣。その感想文の最後には……
でも、ほんとうにおばけが出てきても、きんじょのつるぎ兄ちゃんが、おきょうとかとなえて、なんとかしてくれるとおもいます。
などと、書かれていた。
「一太郎……お前、俺を何だと思ってるんだ?……お経分かんねぇよ……」
『えっ』
- ◆
読書感想文の最後は、無難なものに訂正させ、終わらせた。さて、次は自由研究か。
「で、何の研究をするのか決めたのか?」
『うん、決めたよ!今から、剣兄ちゃんにも見せるから、待ってて!』
図書館を後にし、華山家で自由研究の題材について尋ねる剣。それに対し、一太郎は、もう決まっていると答える。
そして、一太郎が持ってきたのは、数枚の写真。写っているのは、夏休み中に撮った様々な写真。一太郎はその中から、恐竜の化石や復元模型など、この間行ってきたという、恐竜展の写真を取り出すと剣に見せた。
「へぇ、恐竜の研究か。良いんじゃないか。」
『うん!』
それから、一太郎は恐竜展の思い出を、剣に語りながら、自由研究を進めた。写真を貼ったり、文章を書いたり、やることは沢山あったが、剣の手伝いもあって、どうにか終わらす事が出来た。
◆
『終わったー!!これで、もう大丈夫だ!』
「あれ?一太郎、絵日記も終わってないって言ってなかったか?」
『あ、そ、そうだった……』
しかし、外はもう夕暮れ、残された時間は少ない。それまでに、絵日記を終わらせるには、この夏休みのことを思いださなければならないが……
『ど、どうしよう……終わらないよ!いつ、何があったかなんて、すぐに思いだせないし……』
焦りもあり、絵日記を書くことが出来ない。こんなことなら、ちゃんと絵日記を書いておくんだったと、後悔する。
そんな一太郎に、声をかけるのは、やはり剣であった。その手には、一太郎が持ってきた写真があった。
「落ち着けよ、大丈夫だ。何のために、俺が居ると思ってるんだ?」
『剣兄ちゃん……』
「幸い、ここに写真もある。これで、思い出せるだろ?」
『ありがとう、剣兄ちゃん!』
それから二人は、思い出した。夏休みにあった様々なことを――
夏休みが始まってすぐ、二人でプールへ行ったこと。
夏祭りで屋台のくじ引きを引き、大きなぬいぐるみを当てたこと。その後に、花火を見たこと。
恒例の心霊番組を見て、怖くなって夜にも関わらず剣に電話をかけたこと。
恐竜展で、大きな恐竜の化石と並んで写真を撮ったこと。
家族旅行で、牧場に行き、ソフトクリームを食べたこと。その帰りに、剣にお土産のぬいぐるみを買ったこと。
一太郎の父親が、カブトムシを買ってきて、カブ太郎と名付けたこと。剣のバイト先のペットショップで、カブ太郎用のゼリーを買ったこと。
そして、今日、剣に宿題を手伝ってもらったこと。
どれもが、輝かしい思い出だった。そして、いつの間にか絵日記は終わっており――
『やっと終わったー!!』
「ふぅ、なんとかなったな。」
気付けば、外はもう真っ暗。帰ろうとした剣だったが、一太郎の母親の提案により、夕食を食べていくことに。そして、暫くの夕食を楽しんだその後――
『今日はありがとう、剣兄ちゃん!』
「ああ、だけど、来年はちゃんと計画的に終わらせるんだぞ。」
『はーい。』
「それじゃ、またな。」
『うん!またね!』
こうして、二人の夏休み最後の1日は幕を閉じた。
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