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・ギリシャ文字
ギリシャ文字は、古代ギリシャ人がギリシャ語を表記するため、フェニキア文字を元に作った文字である。ラテン文字やキリル文字は、このギリシャ文字を元に、後に生まれたものである。今日でも現代ギリシャ語の表記に用いられ、また非ギリシャ語圏でも、(形式科学の)数学、(自然科学の)物理学、天文学のバイエル符号など、様々の分野で使われている。
「アルファベット」という言葉は、この文字体系の伝統的配列の1番目(アルファ)と2番目(ベータ)の文字名称が、その語源である。各文字の日本語慣用名称は、主として英語式発音に由来する。例えば、Π は、古代ギリシャ語では「ペー」と発音するが、日本では一般に「パイ」と読まれる。これは英語の pi [paɪ] に倣ったものである。
21世紀初頭において、ギリシャ文字を言語の表記に使用するのはギリシャ語のみである。このため、使用地域はギリシャ語を公用語とするギリシャとキプロス、およびギリシャ人の居住する近隣地域に限られている。
自然言語においてはギリシャ文字を使用するものはギリシャ語のみであるが、人工言語にはギリシャ文字を用いているものが複数存在する。グェーゼル語やサーニ語などがそれにあたる。
ギリシャ文字以前には、線文字B、またはミュケナイ文字と呼ばれている文字体系の使用もみられるが、これは仮名文字と同じく音節文字で、音節構造の複雑なギリシャ語の表記には必ずしも適さないものであった。ギリシャ文字の案出は、紀元前9世紀ごろまで遡ると考えられている。その元となった、セム語派のフェニキアが使用していたフェニキア文字はアブジャドであり、文字は子音ばかりの22文字であった。これは、セム諸語が子音に言語の核を置き、母音は補助的な役割しかもたないためである。一方、ギリシャ語においては、母音は極めて重要な位置を占める。そこで、ギリシャ語発音にはない音価を持つA、E、O、Y、Iの5つのフェニキア文字を、母音を表す音素文字に転用するなど、さまざまな改良が加えられた。この改良によってギリシャ文字は母音と子音がそれぞれ文字を持つ、いわゆるアルファベットとなった。文字表はフェニキア文字(最後の文字は「Τ」)の後ろに、Υ /u/、Φ、Χ、Ψ、Ω を追加している。またギリシャの地域により一部異なる音素文字・字体が使われた。イオニアやアッティカ、コリントスなどのギリシャ本土の大部分や東方諸地域全般においては現代のギリシャ文字体系につながる東方ギリシャ文字が使用されたが、一方エウボイア島やクマエを中心とするイタリア半島のギリシャ植民市など、ギリシャ世界の西方においては西方ギリシャ文字(エウボイア文字、クマエ文字)が使用された。この西方ギリシャ文字はイタリア半島の諸民族に伝わってエトルリア文字やラテン文字などの古イタリア文字群の原型となったが、紀元前4世紀ごろにはイオニア式のアルファベットに吸収されて姿を消した。
古代ギリシャ語では、文章を書く方向が一定せず、右から左、または牛耕式に書かれた。右から左へ書かれるときと、左から右で書かれるときでは文字は左右裏返しになった(鏡文字)。西のエトルリア語・ウンブリア語・ファリスク語などは右から左に固定して書かれた。紀元前500年ごろには左横書き(左から右)で行は上から下に移動するという書式で統一され、現在に至る。
ギリシャ文字においては、フェニキア文字の6番目である ワウを分化させ、そのまま [w] を表す場合と [u, uː]を表す場合とで異なる字形とし、字母表上は前者(ϝ、ディガンマ)をフェニキア文字と同じ6番目の位置に置き、後者(Υ)を「Τ」の後に置いた。「Υ」より後の「Φ・Χ・Ψ」の起源については議論が分かれる。「Φ・Χ・Ψ」および「Ξ」は地方によって音が異なり、東方では Ξ [ks]、Φ [pʰ]、Χ [kʰ]、Ψ [ps] であったが、西方では Φ [pʰ]、Χ [ks]、Ψ [kʰ](Ξ は使用せず、[ps] は ΦΣ と書く)であった。
紀元前6世紀になると、イオニアのミレトスで、長母音エー・オーを表す新しい文字が作られた。イオニア方言には [h] が存在しなかったので、本来 [h] を表していた「Η」を長母音エーのために使用し、オーを表すためには新しい字「Ω」を作った。アテネでは紀元前403年にこのイオニア式のアルファベットを公式に採用した。それ以外の地域でも紀元前4世紀前半にはイオニア式を採用するようになった。
イオニア式に統一される以前は地方ごとに異なる文字が使われていた。「ディガンマ」(「スティグマ」)、「ヘータ」、「サン」、「コッパ」、「サンピ」といった文字は、古典期には廃れた古い時代のもので、その後は数を表記する場合にのみ使われる(サンを除く)。
古代には大文字のみで、また筆記体もない。その後、4世紀には丸みを帯びたアンシャル体が現れた。9世紀以降に小文字が案出され、東ローマ帝国時代の文書には筆記体も見られる。現代ギリシャでは、あまり筆記体を用いないようである。1470年代にイタリアでギリシャ文字は活版印刷されるようになり、このとき古代の碑文に見える大文字と中世以降の小文字を組み合わせた。各大文字には1つの小文字が対応するが、「シグマ」のみ例外的に2つの小文字を持つ。語頭・語中の場合 σ、語尾の場合には ς が用いられる。例えば ΘΕΟΣ(神)を小文字で表記すると、θεοσ とならずに、θεος となる。今日、古代ギリシャ語を表記する場合、すべて大文字、すべて小文字、大文字と小文字の併用のいずれでも特に構わない。現代ギリシャ語では、文頭と固有名詞の語頭に大文字、それ以外を小文字で表記することが基本である。無論、ラテン文字と同様、すべて大文字にしても誤りではない。
ヘレニズム時代以降、発音を正確に表すためにダイアクリティカルマークが発達した。古代ギリシャ語を表記する場合、3種のアクセント記号(鋭アクセント・重アクセント・曲アクセント)や気息記号をつける。ただし、すべて大文字の場合は何もつけない。現代ギリシャ語には h 音が存在しないため気息記号は用いられず、古代ギリシャ語と異なって高低アクセントではないため、1980年代以降はアクセント記号は強勢の位置を表すトノス ( ´ ) とトレマに相当するディアリティカ ( ¨ ) の2種類だけに簡略化された。
ギリシャ文字は数を表す際にも使われる。「イオニア式」と呼ばれる記数法は、アラビア数字のような専用の文字を用いず、通常のギリシャ文字を使ってこれを表した。たとえば、1は αʹ、10は ιʹ で表し、11は ιαʹ である。6を表す「スティグマ」は、「シグマ」の語末形と形態が酷似しているため、現代ではこれを「シグマ」と呼ぶこともあり、また6を表す場合に代用されることもある。
大文字 | 小文字 | 名称 | 表記 | ラテン文字代用 |
---|---|---|---|---|
Α | α | アルファ | άλφα | a |
Β | β | ベータ | βήτα | b |
Γ | γ | ガンマ | γάμμα | g |
Δ | δ | デルタ | δέλτα | d |
Ε | ε | イプシロン | έψιλον | e |
Ϛ | ϛ | スティグマ | ϛίγμα | st |
Ζ | ζ | ゼータ | ζήτα | z |
Η | η | エータ | ήτα | ē |
Θ | θ | シータ | θήτα | th |
Ι | ι | イオタ | ιώτα | i |
Ϳ | ϳ | ヨット | ϳοτ | j |
Κ | κ | カッパ | κάππα | k |
Λ | λ | ラムダ | λάμβδα | l |
Μ | μ | ミュー | μυ | m |
Ν | ν | ニュー | νυ | n |
Ξ | ξ | クサイ | ξι | x |
Ο | ο | オミクロン | όμικρον | o |
Π | π | パイ | πι | p |
Ϟ | ϟ | コッパ | ϟόππα | q |
Ρ | ρ | ロー | ρω | r |
Σ | σ ς | シグマ | σιγμα | s |
Τ | τ | タウ | ταυ | t |
Υ | υ | ウプシロン | ύψιλον | u |
Φ | φ | ファイ | φι | ph |
Χ | χ | キー | χι | kh |
Ψ | ψ | プサイ | ψι | ps |
Ω | ω | オメガ | ωμέγα | ō |
Ϡ | ϡ | サンピ | ϡαμπί | ss |
Ϗ | ϗ | カイ | και | & |
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