赤道内戦

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赤道内戦のデータ
発生日付CE74.5月16日
関連人物ローゼス=バレット

ラガナタン=ビノード

クリス=マグウェル

バーク=コーラル

ラクス=クライン 

キラ=ヤマト

アスラン=ザラ 

関連組織ピースガーディアン

赤道連合

インドネシア諸島連合

インド大陸人民国

大西洋連邦

プラント

ミッドガルド師団 

目次

概略[]

第二次汎地球圏大戦オーブ連合首長国が勝利しプラントを併合したことで、以前から燻っていた権力争いや市民の不満などの火種が一気に爆発した事で起きた事件に端を発する内戦。

これにより、インドネシア地域の島々からなる、何者にも介入されぬ強い独立国家の建設を謳うインドネシア諸島連合と、インド方面の諸邦からなる、疲弊した世界で生き残るためには他国と協調するべきだと主張するインド大陸人民国の2つの勢力が争うという赤道連合を二分する事態を引き起こす。ピースガーディアンが介入解決するまでの約1年間、泥沼の内戦が続いた。

この内戦は赤道連合を親オーブ国家へと変化させるきっかけとなったが、一方で武装組織が世界中に拡散する事態を引き起こしてしまったという側面もある。


内戦へ至る経緯[]

赤道連合の国家構造とブレイク・ザ・ワールドの影響[]

CE73の時点で赤道連合はその広大な海洋領土を治めるために、行政府が大陸にある首都カルカッタを中心とする大陸政府とジャカルタにあるインドネシア諸島を治める諸島政府の2つに分かれていた。両者はこの時点では友好な関係にあり、ユーラシアにおけるモスクワとブリュッセルのような対立関係にはなかった。しかしブレイク・ザ・ワールドにより、多数の破片が落下し再起不能ではないかと思われるほどの被害を被った時から両者の関係は次第におかしくなってゆく。


大陸においてはデリー、ヤンゴンを始めとする85ヶ所の都市が大小問わず何らかの被害を被り、中でも首都カルカッタは破片の直撃こそ免れたものの押し寄せた津波によって市街の3分の1が浸水するという被害を受け、大陸政府はこの大被害の復興に頭を抱えることとなった。その一方インドネシア諸島域の被害は大陸のそれを遥かに上回る悲惨なものだった。中でもスンバワ島に直撃した破片は特に大きく標高2850mの大きさを誇るタンボラ山を地表から消し去るほどの威力であった。不幸にもこのときタンボラ山は活火山であったためこの衝撃で噴火。衝突の衝撃で火山灰は上空まで巻き上げられ、火山跡から流れ出した溶岩は島全域を覆い尽くしてしまう。スンバワ島は人が住む事のできない土地となった。スンバワ島程ではないにせよ他の都市も相当な被害を受けており、折からの活発な火山活動も重なって被災した市民達の生活は困難を極めた。


当時の人口、経済などの比率は大陸が6、諸島は4である。さらに国家の首都がカルカッタだった事もあり主導権は大陸政府にあった。その為、単独での復興は不可能であると判断した諸島政府は経済的に余力のある大陸政府に支援を要請する。しかしこのとき大陸政府もまた管轄領の被害の把握と復興の準備で手一杯であり、とても諸島政府に手を貸せる余力はなかった。結果、諸島政府の要請は黙殺され、深刻な衛生状況悪化や食糧難に見舞われたインドネシア諸島域では飢餓や伝染病といった二次災害で命を落とす者が続出。壊滅寸前のインドネシア諸島域を助けたのは、同胞ではなくプラントからの大量の援助物資であった。諸島政府及び市民達は手厚い支援にプラントへの親近感を強める一方、何も手を差し伸べない大陸政府への不信感は日増しに強まっていった。


この事件を機に両者の間には決定的な亀裂が入り、次第に独立すべきだという声が諸島市民の間に強まってゆく。本来手綱を取るべき立場にある大陸政府だが前述の通り自分の領土を守るのが精一杯であり、これらを押さえつける余力も無く、日を追う毎にその機運が高まってゆくのを傍観するしかなかった。

大陸政府の諸島領土無断譲渡[]

そんな中地球では、ユニウスセブン落下はプラントによる策略であると主張する大西洋連邦の宣伝をきっかけに再度反プラントの機運が高まっていた。地球諸国は大西洋連邦が「復興のための効率的連携」との名目で提唱した同盟条約に次々と加盟し、再び「地球連合VSプラント」の構図が出来上がった。周囲が次々と地球連合に加盟していく中、赤道連合もまた加盟を模索し、主導権を握る大陸政府は反対する諸島政府を押し切って条約に加盟することとなった。

それから2ヶ月も経たぬうちに大西洋連邦大統領がプラントへの最後通牒を通達し、それから数時間後に行なわれた地球連合宇宙軍によるプラント本土攻撃によって戦端が開かれる。

それから数日が経ち、戦局は連合首脳の予想とは裏腹に膠着状態に陥る。それを打開するため大西洋連邦はザフト地上軍最大拠点であるカーペンタリア基地を攻略するため、それを上回る巨大基地の建設を模索する。その土地候補には赤道連合の領土であるティモール島やセレベス島の名もあった。

それを聞き知った大陸政府は仰天的な行動に出る。以前から対立していた諸島連合を黙らせる意味合いも兼ねて大西洋連邦にティモール島とセレベス島の広大な基地予定地を譲渡したのである。大西洋連邦へ恩を売るという目的の他に、大西洋連邦と密接に関わることで大軍を誘致し、対立する諸島政府を黙らせようという思惑である。

諸島政府に無断で行なわれたこの譲渡は諸島政府と住民の怒りを最高潮にまで至らしめるが、結果として大国の後ろ盾を得た大陸政府に対し反発する戦力も持たなかった諸島政府は抵抗することができず、大西洋連邦の基地建設部隊が譲渡された基地予定地に進駐した。

プラントからの支援と両政府の対立激化[]

大西洋連邦は隠密裏に対カーペンタリア基地群を建設させる必要から発見されやすい重機を持ち込まず、西暦時代さながらの土木作業によって基地を建設していく計画をとっていた。その多量の労働力は徴用された現地の民間人によってまかなわれていたが、これらの人々は元々地球連合よりではなく、むしろ自分達の危機を救ってくれたプラントに対して親近感を抱いていたことから乱雑な工事が相次ぎ、それに対する仕打ちとして虐待や射殺が相次ぎ、民間人たちの地球連合、しいては大西洋連邦への憎しみが深まっていた。

そんな彼らの生活が一変するときが到来する。近海で戦闘中のザフト軍ミネルバ隊が建設途上の基地群を発見し、その搭載機であるインパルスが駐留する地球連合部隊を一蹴し徴用されていた民間人を解放したのである。この戦闘で基地群が発見されたことは現地に駐留する地球連合軍にとって痛恨事と言えた。

当時プラント議長ギルバート=デュランダルはプラント独自の判断での地球領土侵攻を行なわれないと公言していた一方、プラン実施の下地作りの為に現地の勢力からの支援要請があればすぐに応じて懐柔を行っていた。かくして、これを好機とみた諸島政府の独断での要請により飛来したザフト軍のバビやディンを中心とした大爆撃隊によって駐留部隊は基地ごと粉砕され、大西洋連邦に譲渡されていた土地は諸島政府の手元に戻るのである。この後プラントは諸島政府の次なる要請である現地駐留については応じなかったものの代替案としてザフト戦力の諸島政府への無償譲渡を決定し、ジンやゲイツ、ザウートを中心としたMSや艦船が諸島政府に配属された。これらの戦力は一世代前のものではあったが、同じようにダガーなどの旧式機中心である大陸政府に対しては有効な抑止力となった。


事実、この一連の情勢に激怒した大陸政府が送り込んだ破壊された基地群奪回のための部隊に対し、これらの戦力が上手く機能して迎撃に成功していた。プラントはこの後も戦力に余裕ができる度に本来は退役するはずであるMSの諸島政府への譲渡を続けていた。表面上は地球連合に譲渡された土地をザフトが制圧して使用しているということにされており問題はなかったが、それらの真実を知る大陸政府は数次にわたりザフト駆逐との名目で部隊を送り込むのだがその度に増強され続ける諸島政府軍の「ザフト」としての迎撃に遭い敗北を繰り返した。これらの諸島政府の使用していたMS隊にはナチュラルが操縦可能な新型OSが組み込まれており、それによって現地人のパイロットがMSを操っていた。彼らはこの一連の戦闘を経験し、この後諸島政府連合軍が結成される際に大きな役割を果たすこととなる。


これらの戦闘は形式上は地球連合に与する大陸政府軍とザフト軍の戦闘ということだったが、実際は地球連合に与する大陸政府と独力での強い国家建設を望む諸島政府の争いであり、両者の関係は対立を超えて敵対にまで悪化していった。

地球連合の崩壊とプラント敗戦[]

双方が互いに敵対関係に陥り一触触発の事態となる中歴史を大きく動かす事件が発生する。プラント議長ギルバート=デュランダルが戦争の黒幕として軍産複合体ロゴスの存在を暴露し、全世界に打倒ロゴスを呼びかける。

この暴露によって、ロゴスに操られる形となっていた地球連合は急速に求心力を失い、地球連合加盟国でありながらザフトに与する国家も多数に上った。この後のオペレーションラグナロクによるヘブンズベース陥落で事実上連合は崩壊する。

その後オーブに逃げ込んだブルーコスモス盟主ロード=ジブリールを匿ったオーブとプラントの戦闘(オペレーションフューリー)、さらにザフトの追跡を逃れて月のダイタロス基地に逃れたジブリールを追ってザフト軍ミネルバ隊が基地に突入し、ジブリールはこの戦闘で討たれ、ブルーコスモスは壊滅しこの組織に操られていた大西洋連邦も混乱し戦争継続が困難となった。(この戦闘に際し、ジブリールの命で発射されたレクイエム砲によってプラント本土のコロニー数基が破壊され300万もの人々が死亡するという悲劇が起こった)


だが勝利したプラントもまたオーブの独立軍であるアークエンジェル、エターナルを中心とする部隊の猛攻を受け敗戦し、ギルバート=デュランダルは崩壊したメサイアの中で死亡する。

内戦勃発[]

世界が軍事的、政治的に一時的な空白を迎えたこのときより少し前から、諸島政府は自らを束縛し搾取を断行し、主導権を握る大陸政府からの独立を模索していた。自らの後ろ盾であるプラントが敗戦するという緊急の事態が起こったとはいえそれは地球連合の後ろ盾を失った大陸政府も同じような事態に見舞われている。そして何よりブレイクザワールド以後のプラントの好意的な支援によって、壊滅した経済も驚くほどの回復をとげ、それによって軍事力を整備する余裕さえも生まれてきており大陸政府が独立を認めなかった際の武力行使も視野に入れることができた。

CE74年5月8日、赤道連合インドネシア諸島政府は赤道連合インド大陸政府に対し最後通牒を通達する。その内容は以下のものであった。

・大陸政府は西暦におけるマレーシア国境線以東の諸島領土のインドネシア諸島連合としての独立を認めること

・大陸政府はCE73年中の諸行為の過ちを認めその賠償責任を果たすこと

・インドネシア諸島連合の武装を認めること

・大陸政府が締結する大西洋連邦との同盟を破棄すること

・これらの要求が48時間以内に受け入れられないときは武力を以って大陸政府からの独立を遂行する

これらの要求は到底大陸政府が受け入れられることではなく、通達されてからわずか3時間後、大陸政府首相ラガナタン=ビノードは閣議において諸島政府との武力衝突を議会に容認させ、大陸政府の軍であるインド大陸人民軍結成を宣言。インドネシア諸島連合政府領へ向け発進させる。

これを受けインドネシア諸島連合政府も武力衝突を決議。政府首相ローゼス=バレットが諸島領土内の政府に従う軍をインドネシア諸島連合軍として結成することを宣言する。

ここに両政府間の武力衝突、即ち赤道内戦は不可避のものとなった。

開戦[]

最後通牒より45時間後のCE74年5月10日12時、大陸政府はインド大陸人民国を名乗ると共に諸島政府に対して戦線を布告。同時に人民陸軍6個師団13万2000人がマレー半島の国境線を越えて諸島領土に侵入、それを受け諸島政府はインドネシア諸島連合を宣言。両軍の武力衝突が勃発する。

この時点での両軍の戦力は人民軍が陸軍20個師団43万5000人、海軍が主要戦闘艦艇76隻、空軍MS490機を装備。一方の連合軍は陸軍12個師団27万1000人、海軍の戦闘艦艇103隻、空軍MS270機を装備していた。また連合軍にはこれとは別に非正規の特殊部隊であるミッドガルド師団が存在していた。

人民軍の進撃[]

領土の大半が陸路続きで兵力の集中投入が容易である人民軍に対し、領土の大半が島であり兵力移動も難しい連合軍は兵力を分散配置していた。その差はすぐに現れる。連合領土に侵入した人民軍はその迅速な行動で数に劣る連合軍国境警備隊5個師団を開戦後僅か4日で粉砕してマレー半島南岸に追いやり、南部への行軍を迅速に進めていった。

人民軍は大陸続きで陸上の機動戦闘になれていたのに対し、連合軍はそのような大軍での陸上戦闘は不慣れであった。


人民軍の更なる蹂躙と暴走[]

陸上軍の行軍と歩を合わせるように、国境線に展開していた人民軍の空軍戦力も連合領土に侵入しクアラルンプールやシンガポールなどの諸都市の空爆を開始する。空軍戦力が未だ未完成であった連合軍に対し、大西洋連邦から未だに援助を受けていたのを始め戦力の整備が行なわれていた人民軍空軍は楽に防空網を突破し都市中核部に来襲し政府施設や軍事施設のほか水道や発電所、空港などの人間が生活を重要な施設を空爆し、開戦後1週間でマレー半島の都市は要塞化の進んでいたシンガポールを除いたほぼ全てが都市機能を維持するのが不可能なほどの損害を受け退却してきた連合陸軍マレーシア方面軍の建て直しを困難なものとした。

5月18日、マレー半島南部の大都市クアラルンプールに人民軍8万2000が侵入。部隊再編も進んでいなかった連合軍部隊は成す術もなく壊滅してさらに南端へと潰走していった。結果的にクアラルンプールは僅か2日で陥落し、人民軍は連合軍の要衛地スマトラ島への扉を開いた。その際、虐殺や略奪行為も行っている。

陥落から2日後には早くも人民空軍の3個飛行大隊61機がクアラルンプール飛行場に展開し、ここからスマトラ島やシンガポールなどの残るマレー半島域の都市への爆撃作戦が遂行されることとなった。またこの日、大西洋連邦からの支援である試作新型MSスカイホーク40機がスリランカのコロンボ基地に到着し、これらの機は待機していた人民軍第1艦隊と輸送船団に搭載され、これらの艦隊は5月27日、スマトラ島西端バンダアチェへ揚陸作戦を行なうべく出撃した。

オペレーションサイクロン[]

スマトラ島上陸[]

人民軍は連合軍が戦力を立て直す前に決着をつけるべく連合領土の更なる奥深くに進撃すべく考案した攻撃作戦「オペレーションサイクロン」を発動。この作戦は海軍第一艦隊に護衛された陸軍9万8000がスマトラ島西端に上陸し、それと同時にクアラルンプールから陸軍7万3000がマラッカ海峡を横断しスマトラ島北部のドゥマイ港に上陸、スマトラ島を一気に制圧し連合の首都ジャカルタへの道を一気に開くというものであった。ただこのとき人民軍内ではシンガポールから飛来する連合空軍機に悩まされていた空軍の要請で陸軍がシンガポールを合わせて攻略することになり、作戦計画に組み込まれた。

作戦開始日は第一艦隊が上陸地点に到達予定である6月1日と決定された。

そして6月1日午前9時30分、予定通り第一艦隊と陸上軍を搭載する輸送船団が上陸地点に到達してバンダアチェ沿岸の連合軍陣地に砲撃を開始。これを合図にオペレーションサイクロンは開始される。マラッカ海峡を挟んだマレー半島側の港クランから陸軍4個師団7万3000人を載せた船団が海峡を渡ってスマトラ島ドゥマイ地域に上陸を開始し制圧。第一艦隊も沿岸陣地を粉砕してバンダアチェに陸軍5個師団9万8000人を上陸させることに成功し、作戦の本質に当たるスマトラ島攻略過程の第一段階である電撃上陸は完了した。この間連合軍のスマトラ島上陸妨害は驚くほど微少であり、ほとんど損害を受けなかった人民軍計17万1000はスマトラ島全土の制圧を開始。内陸部においても連合軍の抵抗は微少であり、激戦を覚悟していた人民軍兵士達は安堵感を抱いていた。


シンガポール方面軍の惨敗[]

その一方、シンガポール制圧に向かった陸軍2個師団4万5000は連合軍の工兵部隊による妨害に遭い、進軍が大いに遅れていた。工兵部隊は各地に分散して潜み、人民軍の陸上部隊を発見するや迅速にその進路上にある幹線道路や橋脚を破壊して道を塞ぎ、またある者はそのまま対戦車バズーカなどの炸裂弾頭弾で部隊を急襲するといった行為を繰り返し行なった。

この妨害行為により人民軍シンガポール攻撃軍の進軍は予定を5日もオーバーしながらなおシンガポールへの玄関口でありジョホールバールへの到達は見込めない始末だった。それでも6月11日、ジョホールバールの眼と鼻の先である西30Km地点にまで達した人民軍部隊を待ち受けていたのは、予想だにしなかった連合軍の大陸上部隊による集中攻撃だった。何重に陣地を構築し、さらには本来スマトラ島を守るはずの師団まで投入して待ち構えていた連合軍6個師団11万4000は装備する3000門もの各種砲撃兵器の斉射で人民軍の抵抗力を殺ぐと突撃を開始。明らかに劣勢な人民軍陸上部隊は僅か30分で潰走しクアラルンプール方面へと逃げ帰っていったが、そんな兵士達を待ちうけえていたのは連合軍工兵部隊による退路遮断という絶望的事実だった。退路を絶たれた人民軍の兵士達は砲撃で討たれる者や河に入って溺死する者が相次ぎ、シンガポール攻撃に向かった人民軍4万5000は壊滅した。


連合軍の反撃[]

連合軍がスマトラ島を守るはずの師団をマレーシア方面に投入したこともあってスマトラ島での連合軍の抵抗は僅かであり、上陸した人民軍は作戦開始から20日が経過した時点でスマトラ島のほぼ全域を制圧し、残るのはバレンパンを中心とした南部だけとなっていた。当時バレンパンを守っていたのは連合軍第11師団2万3000のみであり、ここも総勢17万の人民軍によって簡単に陥落するというのが大方の予想であった。

しかしその一方、17万の兵士を養う分の食糧を本国からの海上輸送に頼らなければならない人民軍は物資輸送に悩まされていた。マレー半島クランからマラッカ海峡を渡ってスマトラ島へ物資を輸送するのが最短であったのだが、クラン港の取扱量の限界からこの輸送路だけで17万もの兵の武器弾薬食糧を補充しきるのは不可能であったため、復興の進む首都ジャカルタからスマトラ島西端バンダアチェというルートでも物資が輸送されていた。

しかし、元来大陸領土が中心の人民軍の装備は陸軍が中心であり、島が多く洋上警護のために海軍艦艇が充実している連合軍に海上戦力、つまり護衛艦艇の数で劣るのは致し方なかった。護衛艦艇が足りない人民軍は戦闘の主力である第一艦隊をも輸送船の護衛に回していたがそれでも不足であり、それを悟った連合軍の潜水艦隊が6月18日を皮切りに人民軍のカルカッタ→スマトラ島の輸送航路に出没し、大量の補給物資を搭載する輸送船を手当たり次第に撃沈し補給路分断にかかった。

更にそれと並行し、迫る人民軍を撃退したマレー半島の連合陸軍11万が諸島連合東部で稼動し始めた工廠群によって増強された空軍の援護のもと進軍を開始。いつの間にか工兵隊によって修復されていた橋脚をわたり人民軍の陸からの物資輸送の中継点となっていたクアラルンプールに迫った。

連合軍の爆撃隊はクアラルンプールの他にスマトラ島に輸送する船団の本拠となっていたクラン港を爆撃。6月21日から6月23日までの3日間で大小船舶43隻170万トンが撃沈され、人民軍の最短輸送路は使用不可能となり、スマトラ島に展開する陸軍17万の補給はバンダアチェへの海上輸送路にゆだねられた。


アンダマン海海戦[]

スマトラ島への輸送路が望まずともカルカッタ→バンダアチェルート一本に絞られた人民軍はさらなる輸送船舶数増加により発生した護衛艦数の必要数増加に対応できず結果として護衛ができずに撃沈される船舶が増加していたが、それでも本来は物資輸入用のマンモスシップを臨時徴用するという苦肉の策で船舶数を押さえ込むことに成功し、それにより十分な船舶護衛を果たせるようになってからは連合軍の潜水艦隊を寄せ付けず、物資をスマトラ島へと送り続けていた。

それにより、一時は物資危機に陥ったかに見えた人民軍スマトラ派遣軍も息を吹き返し、バレンパンまで残り70Km地点まで迫っていた。そんな状況に、たまりかねた連合陸軍は海軍に「輸送路の本格的な遮断」を要請。それを承諾した連合海軍は6月29日、ジャワ島スラバヤに避退していた海軍第一、第二艦隊を海上輸送路の完全破壊のためアンダマン海に出撃させる。一方その動きを察知した人民軍も7月1日、連合軍艦隊迎撃のために精鋭第一艦隊を護衛任務から解き、ベンガル湾とアンダマン海の境であるテンディグリー海峡に待機させた。

両軍艦隊は7月3日午前7時、小アンダマン島を間に向かい合う形で激突した。

参加兵力

人民軍連合軍

空母2空母3

イージス艦5イージス艦7

巡洋艦6巡洋艦7

駆逐艦20駆逐艦23

MS

制空戦闘機56制空戦闘機63

爆撃機42爆撃機51

数の上では僅かに連合軍が上回るものの決定的なアドバンテージにはならなかった。しかしこの戦闘の意義はスマトラ派遣軍の戦力維持のために航行する輸送船団が壊滅するか否かであり、連合軍の潜水艦隊がどこかに潜伏していることを考え人民軍は護衛と艦隊迎撃のために兵力を二分しなければならなかった。ただし人民軍はアンダマン諸島に展開するMS30機ほどがこれとは別に待機しており、これらの基地航空隊が艦隊兵力の劣勢をどれだけカバーするかにかかっていた。

戦闘は数次にわたって押し寄せる連合軍の攻撃隊を大西洋連邦からの供与機であるスカイホーク隊がよく防いでいたが、第3次攻撃隊に加わっていた非正規特殊部隊ミッドガルド師団ベル=ティンク=シーザー中尉がスカイホークの致命的弱点を見抜き、それにより一転してスカイホーク隊は攻撃隊に追い詰められ、1時間後には38機が撃墜され、残る2機も修復不能な損害を受け人民軍の防空戦闘隊は壊滅する。

勢いに乗った攻撃隊は陣容を立て直して傘の薄くなった人民軍艦隊に襲い掛かり、30分間の攻撃でアルマハル級正規空母アルハザードを含む7隻が撃沈され、イージス艦4隻など12隻が傷つき、艦隊はこれ以上の損害を恐れて退却した。

続く3日午後15時40分、スマトラ派遣軍の維持のためスマトラ島への輸送を航行せねばならなかった人民軍輸送船団に対し、連合軍第4次攻撃隊21機と潜水艦3隻及び水中MS8機が来襲。残存していた数隻の護衛艦は僅か10分で全て撃沈され、抵抗力をほとんど持たない輸送船は攻撃を受けて次々と爆発炎上し、まさに成す術無しであった。

また連合軍は第4次発進より20分送れて第5次攻撃隊31機を発進させており、これらは途中で増援の潜水母艦から発進してきたMS16機と合流してアンダマン諸島北部の人民軍航空基地に襲来し、激しい空戦の末基地は壊滅。

ここに連合軍の勝利は決定的なものとなったが連合軍のほうも艦載機の損害が著しくアンダマン諸島の占領は望めず、艦隊は母港へ引き返していった。

この戦闘の結果連合軍は駆逐艦5隻、潜水艦6隻と艦載MS42機を喪失したのと引き換えに人民軍の艦船を空母含む13隻を沈め12隻を損傷させ、艦載機と陸上機合わせて88機を撃墜するという大戦果をあげた。

また輸送船団42隻中31隻を撃沈に至らしめアンダマン諸島の哨戒拠点基地を破壊したことはこれ以降の人民軍スマトラ派遣軍への物資補給を停滞させることにつながり、戦略的な成功を収めたといえた。

これより1日後の4日12時、人民軍作戦本部はオペレーションサイクロンの失敗を認めた。


スマトラ派遣軍の悲劇[]

人民軍艦隊が敗北し制海権を奪われたことによる補給の停滞はバレンパンまで20Kmにまで迫っていたスマトラ派遣軍にとって致命的なダメージを与えつつあった。供給される物資は日が経つごとにあからさまに減っていき、海戦から5日後の7月8日にはとうとう武器弾薬はゼロ、食糧も1人あたり一日パン100gにまで減らされ、攻勢に立っていたスマトラ派遣軍は一転して部隊壊滅の危機に晒された、

17万もの大軍を投入したことが結果的に輸送路の圧迫を招き、このような状態に陥ってしまったのである。急速に戦意を失った派遣軍は逆に海戦での勝利により数は少ないが士気旺盛な連合軍部隊の猛追を受け潰走し、息絶え絶えになりながらドゥマイ港へ向かって逃げ去っていった。しかし港は連合軍の徹底した爆撃により破壊しつくされており彼らは逃げる術を失っていた。

7月17日にはとうとう食糧の補給もゼロとなった。結局スマトラ派遣軍17万のうち生きて帰還できたのは僅かに1200人でしかなく、後は1万人ほどが連合軍に降伏して餓死を免れたが他は8月10日には全て病死が餓死に至ってしまった。

総計的に人民軍は開戦から3ヶ月間の間に投入した陸軍25万人のうち20万人を失い、また海軍の主力艦隊である第一艦隊も戦力を激減させてしまった。それと引き換えに得たはずのマレー半島やスマトラ島領土も8月17日には全て奪回され、文字通り「百害あって一利無し」。散々な緒戦となってしまった。

さらに後ろ盾にしていた大西洋連邦が15日にオーブと戦争を開始したため大西洋連邦からの支援が停止し人民国政府を落胆させた。


オペレーションストライクバック[]

作戦の発動[]

開戦時保有していた総軍戦力の半分近くを失い大きく戦力を減少させた人民軍に対し、被害を抑えることに成功し、寧ろ一般市民の多くが軍に志願したことで兵力を増強していた連合軍は大西洋連邦の人民軍への後ろ盾が事実上消滅したことを見て取り、陸上軍の進撃を中心とした反攻作戦オペレーションストライクバック(殴り返し作戦)決行を決意する。マレー半島の初期国境線に陸軍14個師団28万人が大量の装備と共に集結。また海軍3個艦隊78隻が艦載機124機と共にアンダマン海に待機し、空軍は総勢360機がマレーシアの各飛行場で発進のときを迎えようとしていた。さらに連合軍はこれまでの戦訓から敵輸送路遮断と味方補給路増強に力を入れており、総勢4万の武装した輸送隊が大量の輸送車両と共に後方に配置されていた。


作戦は9月5日に発動、ジャカルタの最高司令部から発せられた命令を受け総勢28万人の陸軍が先んじて侵入していたミッドガルド師団の先導と空軍の援護の元一斉に突進。同時に艦隊の艦載機がマレー半島における人民軍防衛線後部の幹線道路や鉄道、弾薬庫などの兵站を支えるあらゆるものの爆撃を開始した。兵力補充が遅れていた人民軍はマレー半島には貧弱な国境警備隊しか置けず、それらも初日には全てが壊滅し、前線へ向かおうとする部隊も艦載機による輸送路破壊によって進軍できず、マレー半島一帯は僅か5日で連合軍の支配するところとなった。

連合軍はこの後も破竹の勢いで進撃を続け、各地で敗走を続けた人民軍は9月24日、インド大陸人民国が絶対国防ラインと定めていたマンダレーに立て篭もった。

進撃を続ける連合軍はこのマンダレーを9月26日に包囲する。ここにいた人民軍部隊は雑多な混合部隊であり兵力も5万ほどでしかなかったが都市一面が強固に要塞化されており一筋縄ではいかず戦闘は長期戦の構えを見せた。そこで連合軍は部隊をマンダレー包囲軍15万とこれを無視してパトカイ=アラカン山脈を突破してインパールへ進軍する軍13万とに分派し、両面作戦を遂行することになった。山脈は標高3000m級の山々が連なり進軍を困難なものとしていたため、13万の兵士達は予め海空軍が制圧したインパール南西の小都市シルチャルへ輸送機によって送られることとなった。

パトカイ=アラカン山脈突破戦[]

輸送は9月30日から開始され、陸軍第45歩兵大隊3200人を搭載した輸送機30機がシルチャルに無事到達して部隊を送り込んだのをきっかけに逐次輸送が繰り返された。一方の人民軍もこの動きを捉えていた。人民軍にとってマンダレーとパトカイ=アラカン山脈は絶対国防ラインに位置するところであり、その内側であるシルチャルへの部隊輸送が完了することは国防ラインの即時崩壊、ましては本国が危険に晒されることを意味しており、人民軍は何とか建て直しに成功した空軍戦力を以って輸送の妨害を敢行した。それに対し連合軍も艦載機部隊や空軍部隊が輸送機の護衛につき、熾烈な空戦を繰り広げた。

10月17日までの18日間の戦闘の結果、連合軍は76機の輸送機と陸軍兵9100人、海空軍機87機を失ったが、それと引き換えに人民軍機127機を撃墜し、陸軍12万人とそれをまかなう食糧物資を十二分にシルチャルへ送ることに成功し、作戦は概ね成功を収め終結した。

この戦闘の結果人民軍は空軍5個飛行大隊と熟練パイロットの多くを失い、防空戦力は大きく減少してしまったためその後の作戦に支障を来たすこととなり、戦略面でも連合軍の勝利であった。また10月19日にはそれまで決死の抵抗を続けてきたマンダレーが陥落し、山脈以西は完全に連合軍の占領下となった。

ダッカ攻防戦[]

国防ラインの崩壊した人民軍はそれまでの一連の戦闘で戦力を大きく減少させ、兵力不足に喘いでいた。侵攻作戦の主力だった第2軍はスマトラで壊滅し、本土東方面を防衛していた第4軍も壊滅。残るは首都防衛の第1軍と南部に展開する第3軍のみとなっていた。さらに連合軍の艦隊が連日セイロン島の海軍施設を空襲し、これまでにイージス艦2隻を含む35隻の大小艦艇が撃沈され、空軍はパトカイ=アラカン山脈における一連の戦闘での損害が大きすぎ、共に連合軍の進撃を止める戦力にはならなかった。特に空軍と陸軍は精鋭兵が相次いで戦死し、その補充兵も経験不足であり開戦時ほどの戦闘能力は望めなかった。また工業地帯である大陸奥部の諸都市も連合海軍の艦載機による空襲によって破壊され、工業生産が開戦時の半分にまで落ち込んだことから3軍ともに装備不足に悩まされていた。

その状況で人民軍は首都カルカッタ防衛のためには確保しておかなければならない重要拠点であるダッカ防衛のために第4軍の残存兵の他に首都防衛師団を第3軍に変更し、第一軍をダッカへと送った。また空軍も南部方面の戦力を全てダッカに投入し、海軍の残存艦隊もダッカ南部のベンガル湾奥で支援を行なうこととなり、人民軍は3軍総動員によるダッカ防衛作戦である「オペレーションエクスターミネイト」(撃滅作戦)を発動。一方の連合軍も大陸領土に侵攻していた陸軍の9割とそれまでデリーなどの工業地帯爆撃に従事していた海軍の3個艦隊76隻、空軍300機を以ってダッカを攻略すべく攻撃作戦「オペレーションタイフーン」を発動。

両軍共にダッカに持てる戦力の大半を投入したため、このダッカを巡る攻防が戦争の勝敗を左右することとなった。戦闘は11月13日、ダッカ東方のメグナ河渡河を試みる連合軍第13師団とそれを阻止せんとする人民軍第2装甲師団の間で始まり、それをきっかけとしてダッカを含むバングラデシュ地域全土に展開する両軍戦力の衝突により開始された。

兵力、装備、士気において優勢な連合軍に対し人民軍はホームグラウンドであることを活かし、ダッカへいたるルートを自軍が守りやすいところ以外を全て遮断し、連合軍の部隊を引きずり込むように仕向けた。この策は成功し、人民軍は押し寄せる連合軍に巧妙に構築した陣地群の連携で大損害を与え続けた。さらに人民軍は浅瀬を航行可能な特殊艦艇を多数投入し、海上からも連合軍の陸上部隊に砲撃を浴びせた。その激しい抵抗に連合軍の進撃は11月18日に完全に停止してしまった。またこの時期、ブレイクザワールドによる影響か季節外れのサイクロンがバングラデシュ地域に上陸し、十分な堤防が築かれていなかった地域に展開していた連合軍の兵士多数が溺死し膨大な数の装備を失った。連合軍は人民軍兵士に対し大西洋連邦がオーブに敗戦したとの宣伝を何度となく行なうが、既に大西洋連邦からの支援が停止していたために人民軍兵士には何の影響もなかった。


そんな中、いつまでたっても均衡状態が続く状況を脱するために、連合軍は非正規特殊部隊ミッドガルド師団による新型爆弾投下を意図する。元ザフトや傭兵、連合の非BC系など多人種のエースで構成されたミッドガルド師団は人民空軍の妨害を撥ね退け、11月20日にダッカ上空に侵入し、新型爆弾を投下した。時にCE74年11月20日11時30分、サイクロンの猛威に晒されていたダッカは突如閃光に包まれ、市街地は電力を一瞬のうちに全て失った。後の調査でこの時全ての電力を無と化す新型爆弾が用いられたと判明するのはCE81年のことであり、ことの詳細はサイクロンの暴風雲の中に閉じ込めていった。

ダッカの市街地が電力を全て失ったことはそこからの供給に頼っていた人民軍師団に致命的な打撃を与えた。化石燃料の枯渇したこの時代、核動力の納まらない陸上戦闘車両などはバッテリーで稼動しており、その供給源を絶たれたことによって人民軍は抵抗が不可能となりダッカを放棄していった。

この時点で連合軍はオペレーションストライクバックの目標であった「反攻」のある程度の成功を受け、作戦成功を宣言。150Kmにまで迫った首都カルカッタ攻略を目標とした次期作戦に戦争終結をかけることとなる。

首都攻防戦[]

人民軍の決死の攻勢[]

ダッカ陥落によって人民軍の勝利の可能性は限りなく低下し、首都カルカッタが戦場と化すのも時間の問題となりつつあった。しかしダッカに投入した部隊の損害率では連合軍を下回っており、人民国首相ラガナタン=ビノードは戦争の勝利を諦めてはいなかった。彼は首都防衛戦力となっていた第3軍と敗退したとはいえ損害軽微な第1軍を首都防衛軍団として再編し、その指揮官に退役していた「名将」アルゴラ=バハランプル大将を復帰させ任命する。

アルゴラ大将は軍を2つに分け、片方が人民軍の最終防衛ラインであるガンジス河線に連合軍を引き込み、そこをもう片方が後方から挟撃して大損害を与えるという作戦を立案し、ビノードはそれを承認し作戦は実行に移されることとなった。

12月1日、連合陸軍30万5000は空軍の援護の元進撃を開始。カルカッタへと続く湿地帯に展開していた人民軍部隊を破り、ガンジス河へと突進を続ける。それこそアルゴラ大将の狙いだった。人民軍の前線部隊は敗走を装って退却して連合軍を懐に引き込んだのである。連合軍30万人がカルカッタ前方の都市クルナを通過したことを合図に人民軍第3軍が北方のイングラジバザルを経由して連合軍の側面に回りこむことに成功し、これらの軍は12月15日、カルカッタ東25Kmにまで接近していた連合軍の後方から一気に攻撃をかけ、合わせてガンジス河線に待機していた第1軍も突撃を開始した。

思わぬ形で挟撃された連合軍は多数の死者を出して潰走し、南部の海岸線に追いやられていった。人民軍は尚も追撃し12月20日、残存の連合軍陸上部隊26万を海岸線に追い込んだ。

陸上軍救出作戦[]

追い詰められた26万の軍団は連合軍の唯一無二の決戦兵力であり、これが壊滅することはこれまでの3ヶ月間の攻勢が全て無と化し、人民軍が返す刀でそのまま本土までなだれ込んでくる危険性すらあった。そのため連合軍は海軍3個艦隊がこの大軍団救出を行なうこととなり、カルカッタ沖へと向かった。一方の人民軍もこの動きを察知し、ここ1ヶ月間アラビア海沿岸に避退させていた残存の艦隊と空軍首都防衛隊を全て連合軍艦隊攻撃に投入した。また陸軍は包囲を継続する傍ら3個師団6万5000人を火事場泥棒的に連合軍に奪われたカルカッタ以東の諸領土奪回のために差し向けた。

戦闘は激しさを極め、75年1月3日には艦隊同士の接近戦が勃発するなど多岐にわたって交えられた。年が変わった75年1月10日までの一連の戦闘の結果人民軍は正規空母アルマハルを含む18隻を失い、陸軍4万2000が死傷。空軍はMS67が撃墜された。一方の連合軍も正規空母レイテ、改造空母パシフィックが撃沈されるなど7隻が撃沈され10隻が損傷し、艦載機と空軍機計73機が撃墜されるという、両軍共に大損害を出した。

戦闘そのものは連合軍艦隊が戦闘部隊が盾になっている間に輸送隊が陸軍部隊の救出にあたり、必死の努力の結果残存の陸軍20万の救出に成功し、どうにか軍団壊滅だけは免れることができた。(ベンガル湾撤退戦)

国内世論の変化[]

厭戦気運の高まり[]

戦争が長期化し、動員増大によって国民への負担が増し続ける状況にあって両陣営問わず市民の間には厭戦気運が高まっていた。特に人民国側では相次ぐ敗北と増え続ける犠牲者数、そして国土の半分近くが戦場となって荒廃するなどの負の情報ばかりを目の当たりにし、戦争を止めるべきだとの声が多数に上っていた。人民国政府首相ビノードは自らが戦争を進めただけあって今さら停戦するわけにはいかず、戦争継続の意思を示したことから国民の支持は急落していた。その一方、大西洋連邦との戦争に勝利し国際社会での影響力を日増しに増大させるオーブと友好関係を築くべきと主張する野党国民党のクリス=マグウェルが国民の支持を集めていた。

連合側においても戦争へ動員された兵士が総勢50万人を突破し、犠牲者も相当な数に上ることから戦争継続を良しとしない声が高まり、政府首相バレットは戦争を継続すべきとの声明を発表するが、国民の世論は反転しなかった。さらにカルカッタ南方での一連の戦闘の結果カルカッタ攻略に失敗したことで国民の反戦感情は爆発寸前にまで高ぶった。その背景には元々ブレイクザワールドからの復興が表面上は回復したとはいえ、長期にわたる戦争に耐えうる分には至っておらず、戦力維持のために莫大な予算や物資が投入された結果国民の生活状況が再び悪化に転じたことが大きかった。


この時点で、人民国側は兵士28万が戦死し20万が負傷、保有船舶は開戦時の40%に落ち込み、艦隊は壊滅。空軍の戦力は首都に展開する220機のMSのほかは雑多な戦闘機しか配備されていなかった。一方の連合軍も兵士18万が戦死し17万が負傷、艦隊戦力、空軍戦力は半減していた。また物資不足で物価が高騰し、国家は市民の生活に大きな負担を強いていた。何より共に死傷者が開戦時保有していた戦力を上回っているという事実が戦争の熾烈さを物語っている。

反戦運動の激化[]

1月24日、この日市民達の反戦感情に火をつける事態が両陣営同時に発生する。午前9時、轟音と共に連合首都ジャカルタの政府所有の物資倉庫数棟が人民軍の送り込んだ工作員によって爆破されるという事件が発生。直ちに現場に向かったジャカルタ警察と警備会社は工作員を拘束するのだが、爆破された倉庫の中にあった物体は諸島連合の民衆、行政を驚愕させた。その物体とはなんと小型の戦術核であり、しかも10発も存在していた。拘束された人民軍の工作員によれば、連合軍は膠着する戦況を打開し一気に決着をつけるためかねてより核弾頭を製造していたというのだ。工作によって起爆していたらどうなっていたかと思えば身震いするものだが、ともあれその情報は政府が統制に乗り出したときには既に全国に流されており、その事実を知った市民はすぐさま反政府の暴動を各地で引き起こした。このとき、大陸の占領地の治安維持のために多くの警察を動員していたため事態は収拾がつかず、翌日の25日には首都ジャカルタで200万の民衆が首相官邸と国会議事堂を取り囲み、バレットの退陣を求め政府を糾弾した。

一方同日13時、人民国沿岸部を襲った超巨大なサイクロンは河川の多くを暴走させ、決壊した堤防からなだれ込んだ大量の鉄砲水は沿岸都市の大半を浸水させ犠牲者・行方不明者3万人という大惨事となった。カルカッタも例外になくサイクロンに襲われ市街の半分が床下浸水し、そのうち3分の1は床上まで水に浸かっていた。当時市民の間では既に連合側の市民の暴動が伝わっていたため、停戦して決壊した各地の堤防修復を再優先すべきとの世論が大勢を占めたが首相ビノードは頑なに停戦を拒否し戦争継続に拘った。そのため市民達はクリス=マグウェルを担ぎ出しビノード政権の転覆を声高に叫び始め、水が引き始めた1週間後の1月30日には50万の市民が国会議事堂を取り囲んで退陣を要求し始めた。


政権転覆[]

2月2日、度重なる退陣要求を跳ね除け続けてきた連合首相バレットに痺れを切らした民衆を見た与党独立党幹事長バーク=コーラルはバレット拘束を決意。賛同する議員や警察などと共同でバレットの事務室に突入し、バレットを拘束して政権交代を大らかに宣言した。事実上独裁と化していたバレット政権はここに終焉のときを迎えた。

一方の人民国側でもクリス=マグウェルと民衆がビノード拘束に成功し、時を同じくして両陣営は戦争を主導してきた政権が転覆し、停戦に向けて模索を開始し始めた。

前線軍の暴走[]

停戦命令の黙殺[]

新政権を樹立したクリスとバークは停戦に向けた協議を開始すると共に軍に対して戦争停止を命じる。だが、ダッカに篭っていた連合の前線軍総司令官であるアマーラ=ホラマバード大将は停戦命令を黙殺し、独断で再度のカルカッタ攻撃の準備を始めた。また配下のミッドガルド師団を使って兵士達の戦闘意欲を駆り立てるための工作を行なった。

2月13日午前10日、ミッドガルド師団は人民軍を装って前線に展開していた連合第67歩兵大隊を攻撃する。敵からの攻撃と認識した兵士達はその行為に激怒し、それを見て取ったアマーラ大将は全軍に攻撃開始を下知する。総計5000門の各種砲撃兵器が一斉に火を噴き、先日の敗北から立ち直った総勢35万の陸軍はカルカッタ東方を避けて迂回し、北方のビハール地区を経由してカルカッタ後方に回りこむことに成功する。これを受け人民軍総司令官アルゴラ大将は新政府の停戦指示を「敵の攻撃を受けているのに停戦はできない」として拒否。すぐさま全軍に連合軍迎撃を命じた。

血みどろの決戦[]

連合軍35万と人民軍20万はカルカッタ北方50Km地点にある都市バルダマンを基点に正面から激突した。この地は平坦であったため近代戦ではほとんど有り得ない接近戦となり、一部の部隊は素手やナイフで殺しあうほどの白兵戦となるのもあった。数に勝る連合軍は傘に立てて攻めかかるが、一方的な攻撃再開に激怒し士気が上がっていた人民軍部隊は奮戦し、戦闘は一進一退を繰り返し、戦場は地で血を洗う凄惨な地獄絵図と化した。両軍共に怒りに溢れ、最後の1人になっても戦い続けるという精神が支配していた。そのためどれだけ犠牲を出そうが退却する部隊は1つもなく、壊滅するまで前線に踏みとどまって戦い続けた。

一方、停戦命令を黙殺され続けられたどころか戦闘まで勃発するという緊急事態に両政府は愕然とし、頭を抱えた。こうなった以上再度の停戦命令は最早意味を成さず、自力で戦闘を止める術もなかった。政府は停戦への最後の希望にかけ、当時設立されたばかりのピースガーディアンに出動を要請した。

ピースガーディアンの参戦[]

ピースガーディアンの展開[]

CE75年1月に設立されたピースガーディアンはオーブの進撃を支えたアークエンジェル、エターナル搭載機であったストライクフリーダム、インフィニットジャスティスなどの最精鋭部隊を中心に構成された独立した組織であり、名目上は被災した一般市民の支援であったが彼らに危害を加えようとする部隊を壊滅させる役目も負っていた。ピースガーディアンは3月1日を皮切りに赤道連合の各地の被災地に援助物資を届けると共に慰問活動を繰り返し、組織顧問と言えたラクス=クラインの演説もあって次第に市民達の支持を得始めた。また両陣営の新政府も共にピースガーディアンに好意的であり、その活動を賞賛した。

戦闘介入[]

そんな彼らの課題は戦闘がまだ続いていたバルダマンに程近いこれらの地域への支援であった。特にカルカッタの状況は最悪に近く、1月のサイクロンによる被害で飢餓や伝染病の発生が始まっていた。3月14日、ピースガーディアンはストライクフリーダム、インフィニットジャスティスを中心とした主力部隊の護衛の下にカルカッタへ大量の物資輸送を敢行し、見事に成功してカルカッタ市民を救った。

その成功に人民国新政府クリス=マグウェル首相はピースガーディアンにバルダマンでの戦闘の鎮圧を要請。承諾したピースガーディアンはストライクフリーダム、インフィニットジャスティスとオーブ本国から供与された新型機マサムネ隊を以って戦場に侵入し、両軍を力ずくで止めつつ戦闘を推進する両軍司令官を殺害して戦闘を鎮圧することとなった。

ストライクフリーダムとインフィニットジャスティスは両軍が激突するその最前線に突入し、その圧倒的な戦闘力を以って両軍の進撃停止にかかった。一方のマサムネ隊も手薄になっていた後方から両軍司令部に突入し、アルゴラ大将とアマーラ大将殺害に成功する。戦場においても2機はかなり苦戦を強いられたが、16日に連合の継戦工作を行ってきたミッドガルド師団、翌17日には人民軍きっての好戦集団であるボルケーノ師団を壊滅させ、両軍がそれまでの戦闘で疲弊していたこともあって3月18日には両軍の進撃停止に成功する。指揮官の死亡と相次ぐ戦闘での疲弊によって戦闘意欲を失った両軍は政府からの停戦命令を受諾し3月20日、赤道内戦最大の犠牲者を出した戦闘の終結と共に停戦協定が締結され、内戦は正式に終結のときを見た。

その最小限の犠牲によって内戦を治めたピースガーディアンの成果は多くの人々に称賛された。


内戦終結後[]

1年近くにわたった内戦の結果赤道連合という国家の受けたダメージはブレイクザワールドに勝るとも劣らないほど甚大なものであった。

国土の45%が戦場となり、内戦終結後の統計では船舶保有量は30%、工業生産は40%、そして何より重要なデータであるGDP(国内総生産)は開戦時の20%にまで落ち込み深刻な経済危機を迎えることとなった。戦争の死傷者は両軍と一般市民を合わせて130万人を超え、特に最終戦闘で30万が戦死し16万が負傷したのが大きかった。

各地の都市は労働力不足に見舞われ、サイクロンによる浸水被害や電力不足に喘ぐ各地の都市復興に追われる政府に国土を治める力はなかった。そのため4月4日に設立された赤道連合新政府はオーブに対し支援を要請。当時親オーブ国家を造ることに躍起となっていたオーブは受諾し、その膨大な経済力は赤道連合を消滅から救った。市民達の対オーブ感情も友好を超えて親密的なものとなり、それを受け新政府は4月10日、正式にオーブが提唱する統一地球圏連合への加盟を果たした。


その一方、この戦闘で主導的な役割を果たし続けてきたミッドガルド師団に代表される部隊や将校達は終戦後の軍事裁判で戦犯として裁かれることを嫌い、軍事裁判が開始されるよりも前に姿をくらました。これらの者達は後に反統一連合を謳う武装組織(レジスタンス)を結成し、世界各地で武装闘争を繰り広げるなど解体命令に従わず装備ごと姿を消す等の有力な兵器、部隊の流出が相次いだ。俗に言う兵団流出である。

結果的にピースガーディアンは戦闘鎮圧に関しては期待通りの成果を挙げたが、その後の逃亡阻止についてはお世辞にも成果があったとは言えなかった。オーブがそれまでテロリストとの攻防を経験したことがなく、テロリスト拘束活動という点で未熟だったのがその原因であり、その後の世界情勢に少なからぬ影響を及ぼすこととなる。

尚、この裁判においてラガナタン=ビノード、ローゼス=バレット両元首相は死刑との判決を下され5月16日、内戦勃発一周年に当たるこの日にそろって処刑された。


内戦の意義[]

犠牲者だけが多大な数に上ったこの内戦の数少ない意義を見出すとすれば、皮肉にも熾烈な戦闘による国力疲弊がきっかけで両陣営の市民達の意識が再び共存へと向かい、大陸と諸島の対立がある程度解消されたことにあるだろう。またピースガーディアンの一連の活動への民衆の支持はその後の統一連合加盟をスムーズに行なわせたといえる。

また終戦後オーブは精力的に赤道連合への支援と投資を行い、CE78年9月時点では世界有数の経済国家となるほどの成長を果たすこととなる。


このピースガーディアンの活躍によって民衆の支持を失ったのは、レジスタンスを自称するマフィア組織や内戦を大きく煽ったメディアであった。その逆恨みが後の反統一地球連合運動につながった。


物語における役割[]

赤道連合が親オーブ国家となりえた背景であり、初期のピースガーディアンの活動を描く際の象徴的な事件である。

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特記事項[]



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